« 2020年7月 | トップページ | 2020年9月 »

2020年8月

2020年8月16日 (日)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第3番 ハ短調op.37 名盤

Gettyimages11938000572048x2048

さて、ベートーヴェン生誕250年記念、今回はピアノ協奏曲第3番です。楽聖の残した5曲のピアノ協奏曲で、第5番「皇帝」に次いでは第4番が優れていると思いますが、逆境に立ち向かうような悲壮感と男っぽさという点でベートーヴェンらしいのは第3番です。

ベートーヴェンは元々この曲を「交響曲第1番」と同じ演奏会での初演を目指しましたが、第1楽章しか出来上っていなかったために断念しました。その3年後となる1803年にアン・デア・ウィーン劇場での演奏会で初演を行いましたが、ピアノ・パートが殆ど出来ていなかった為に、ベートーヴェンが自分でピアノを弾いて即興演奏で終わらせたそうです。それでも翌1804年には、ついにピアノ・パートの楽譜が完成して、ベートーヴェンの弟子のフェルディナント・リースがピアニストを務めて完全な初演をされました。

ベートーヴェンは、耳の疾患への絶望感などから1802年に、あの「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いていることから、この曲全体を覆う悲壮感はそこから生まれたような気がしますが、楽想そのものは、その2年前から既に出来ていたということになります。

曲の構成は、革新的な第4番とは異なり、古典的な協奏曲のスタイルを踏襲して書かれています。

第1楽章 ハ短調 アレグロ・コンブリオは「運命」と同じですが、「運命」ほど激しくは無いものの逆境に立ち向かう意志の力が大いに感じられます。

第2楽章 ホ長調 ラルゴは深い祈りに包まれた非常に美しい楽章で、この中間楽章は第4番のそれよりも出来が良いように思います。

第3楽章 ハ短調-ハ長調 モルト・アレグロはロンド形式で主題が繰り返された後、中間部を経過してドラマティックに盛り上がります。コーダはプレストとなり曲を閉じます。

それでは、いつも通りに愛聴盤CDをご紹介してみたいと思います。

410rqjyevvl__sl500_aa300_ ヴィルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィル(1958年録音/DECCA盤) バックハウスはいかにもドイツ的なピアニストですが、必ずしもイン・テンポを厳格に刻むタイプではありません。むしろ楽想に合わせたテンポの浮遊感を感じます。しかしそこから不自然な印象は全く受けません。音楽の流れにごく自然に感じられます。この曲でもベーゼンドルファーの骨太でいて柔らかく美しい音と、‘50年代のウィーン・フィルの柔らかな音とが極上に混ざり合っています。シュミット=イッセルシュテットは殊更に迫力を求めたりはしていませんが、それでいて聴き応えは充分です。DECCAのステレオ録音も明晰で素晴らしいです。

81ji3jgvqjl__ac_sl1500_ グレン・グールド独奏、バーンスタイン指揮コロムビア響(1959年録音/SONY盤) グールドの個々の録音を集めた全集に含まれます。衝撃的なバッハで世を席巻した時代の演奏ですが、このベートーヴェンでは古典的な楽曲のスケールを意識したように思えます。4番、5番のロマン的な弾き方に比べると、ずっと端正ですっきりとしたピアノなのです。しかし第2楽章では深い祈りの気分を聴かせます。バーンスタインもグールドの解釈に合わせたオーケストラの音造りをしていて、編成がやや小さめに聞こえますが、決して薄っぺらで軽い音では有りません。ドイツの伝統的な重厚な響きと比べて新鮮です。録音も明瞭で優れています。

B29368989916_1 ハンス・リヒター=ハーザー独奏、ジュリーニ指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) 真にドイツ的なピアニストと呼ばれたリヒター=ハーザーが同じ年にEMIに録音した3番から5番までのうちの1曲で、この3番のみ指揮がジュリーニです。リヒター=ハーザーは男性的で豪放とも呼べる打鍵を持ちますが、“がさつさ“とは無縁で、弱音部分では神経質に陥らない絶妙の繊細さも持ち合わせ、それらが全てドイツ音楽を感じさせる、ずしりとした手応えを聴き手に与えてくれます。ジュリーニのオーケストラ統率も手堅いです。録音は当時のEMIとしては上質で、これはリヒター=ハーザーのベートーヴェンボックスに含まれます。

41ploftjgjl__ac_ ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) まず冒頭のライトナー指揮のベルリン・フィルの暗い音色で重々しい演奏が印象的です。この当時のこのオケの音色はプロシア的で本当に良かったです。ケンプはいわゆる男性的で豪放的な演奏とは異なりますが、ドイツの伝統を基本とした堅牢さに惹かれます。この人特有の優しさや虚飾の無い美しさも相変わらず魅力的です。第2楽章の祈りもとても深く感動的です。録音はピアノ、管弦楽ともアナログ的な落ち着いた響きで美しく録れています。

71jk1d9kx2l_ac_sl1200_ スヴャトスラフ・リヒテル独奏、ザンデルリンク指揮ウイーン響(1962年録音/グラモフォン盤) まず冒頭の長い導入部のザンデルリンクの造る音楽の雄大さ、素晴らしさに圧倒されます。気宇が極めて大きく、それでいて堅牢な古典的造形性が見事だからです。ウイーン響の持つ音のしなやかさとドイツ的な厚い響きが両立しているのも最高です。リヒテルはライブの時のあの我を忘れるような高揚こそ有りませんが、立派この上なく、技術的にも安定感抜群のピアノはザンデルリンクの音楽にピタリ一致します。全体の音楽を主導するのはザンデルリンクという印象ですが、それに埋もれるようなこの人では無く、両者の協調と競演が極めて高い次元で見事にバランスが取れています。

71dfn4bl1gl_ac_sl1050_ ルドルフ・ゼルキン独奏、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1964年録音/CBS盤) この録音当時のゼルキンはCBSのドイツ音楽の看板ピアニストとして活躍しましたが、義理父のアドルフ・ブッシュの精神を受け継いだ、魂の演奏を聴かせてくれました。それは古典的で堅牢な演奏スタイルでは無く、ブッシュやフルトヴェングラーに代表される正に炎と化すような演奏でした。そういう点で、この頃のバーンスタインとの相性は非常によく、第1、第3楽章での白熱した演奏と、第2楽章の沈滞した表現との対比が素晴らしいです。

41smq4ndwl_ac__20200816173701 ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967-68年録音/EMI盤) 若きバレンボイムと巨匠クレンペラーが共演した全曲録音の1曲です。第1楽章冒頭からクレンペラーの極度に遅いテンポとスケールの大きさに驚きます。しかしバレンボイムが入ってからも、その音楽に自然に溶け込んでいます。第2楽章もテンポは遅いですが静寂感が良いです。第3楽章は1楽章ほどの遅さは感じませんが、悠揚迫らざるスケールの大きさは相変わらずです。録音は当時のEMIの標準的レベルで過大な期待は禁物です。

510 エミール・ギレリス独奏、セル指揮ウィーン・フィル(1969年録音/オルフェオ盤) ギレリスはセル/クリーヴランド管とEMIに全集録音を行いましたが、これはザルツブルグ音楽祭でのライブです。「鋼鉄の音」と称された(自分にはそれは揶揄されたとしか思えないのですが)ギレリスの音はロシア物はともかく、ドイツ音楽にはそれほど食指を動かされません。しかしこの録音では音に適度な柔らかさが感じられて抵抗有りません。優れた技術に裏付けされつつ、ひたすら誠実に弾くのには好感が持てます。セルもクリーヴランド管とのCBS録音で見せた、完ぺきな機能主義による冷徹さが、ウィーン・フィルの柔らかな音に中和をさせられていて好ましいです。このCDには同日のメイン曲の「運命」も収録されていて、それもまた素晴らしいです。 

Emperar001 フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウィーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) 冒頭からホルスト・シュタインの指揮するウィーン・フィルが引き締まった音で緊張感を持ち、それでいて美しい響きに思わず引き込まれます。要所で打ち込むティンパニも効果的です。グルダのピアノはここではドイツ的でがっちりとしていますが、切れの良さも十分で素晴らしいです。第1楽章の推進力と切迫感、第3楽章の躍動感に魅了されますが、第2楽章の美しさも特筆できます。DECCAの優秀なアナログ録音なのが嬉しいです。

81xkbvrwhsl_ac_sl1400_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム指揮ウィーン・フィル(1977年録音/グラモフォン盤) ポリーニのピアニスティックな魅力は、優雅な曲想の第4番よりは「皇帝」やこの曲に発揮されるようです。研ぎ澄まされた硬質の音が好みかどうかは別にしても、一音一音の打鍵そのものに凄みが有るのは確かです。ベームの指揮に関しては、相変わらず貫禄充分でずしりとした重みを感じさせて素晴らしいです。それに、ウィーン・フィルから引出す、フォルテの引き締まった迫力ある音と、美しくしなやかな音との演奏の区分けが実に見事です。この時代のグラモフォンの録音は安心して楽しめます。

272 ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時にミュンヘンで行った全曲チクルスのライブです。セッション録音の様にフォルムが整理し尽くされた演奏では無く、実演ならではの自在さが感じられて楽しめます。打鍵も‘64年録音盤と比べても決して聴き劣りしないのは流石です。その上に巨匠としての円熟が加わっていて非常に魅力的です。ゼルキンは真にドイツ的な僅か数名の巨匠ピアニストの一人だったと断言します。クーベリックの指揮もゼルキンを力強くサポートしていて素晴らしいです。録音はやや柔らか過ぎかもしれませんが、客席で聴く雰囲気充分で良いです。

818mdiyd7gl_ac_sl1417_ アルトゥーロ・ベネディッティ=ミケランジェリ独奏、ジュリーニ指揮ウィーン響(1979年録音/グラモフォン盤) クレンペラーほどは遅くありませんが、ジュリーニの遅めのテンポでスケール大きく開始されます。厚みが有りながらも、しなやかでウィーン的なオケの音も素晴らしいです。ミケランジェリも一音一音を丁寧に彫琢された音で弾いていますので両者の愛称は良いですが、音楽に奔流のような勢いはさほど感じません。しかし立派で高貴なベートーヴェンということでは比類が無く、そういう点では思わず引き込まれてしまいます。ライブですが演奏は完璧で、録音には臨場感が有り細部の再現も優れています。

7fcd8540eb49a9220748ae0f70890ff4 クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1987年録音/フィリップス盤) アラウは南米チリの生まれですが、子供の時からドイツで学んだので、確かにドイツ的なピアノを弾きます。この録音時には84歳となっていて、遅めのイン・テンポで淡々と歩み行く、正に大家の演奏です。第2楽章の深い祈りの雰囲気が味わい深いですが、第1、第3楽章のスケールの大きさも中々の物です。極めて誠実で朴訥に弾いているのはバックハウス以上ですが、メリハリは弱く人によっては退屈に感じるかもしれません。ディヴィスはアラウに合わせた堅牢な指揮ぶりで、SKドレスデンの響きの良さに魅了されます。録音も良く、柔らかく厚みのある響きが最高です。

71csz0dey5l__ac_sl1400_ クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) 録音当時まだ33歳のツィマーマンをアラウの後に聴くと、良くも悪くも若さを感じます。もちろんテクニックは申し分無く、ピアノの音色も美しいのですが、幾らか落ち着きのなさが感じられます。それでも第2楽章などは情緒深く聴かせてはくれますし、第3楽章の切迫感も悪くはありません。バーンスタインは晩年にもかかわらず、重量感と生命力を感じさせて素晴らしいです。全体的には同じコンビの「皇帝」「4番」に比べて出来栄えがやや落ちるでしょうか。

41lxad4j66l__ac_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド/ベルリン・フィル(1992年録音/グラモフォン盤) ポリーニ15年ぶりの再録音は全曲チクルス演奏会のライブ収録です。良くも悪くも贅肉の無いポリーニのピアノに大きな違いは感じません。それでも自己主張がより明確になっているのは本人の円熟なのでしょうが、指揮者の違いも有るように思います。アバドの指揮は全体的にレガート気味で雰囲気は有りますが、ベームのような厳しさが感じられません。ベルリン・フィルの音も当然そのように聞こえます。ですので自分の好みで言えばベームとの旧録音を取ります。

51uwabwfp5l__sx466_ アンドラーシュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/テルデック盤) シフが43歳の時の録音です。モダンピアノによる演奏ですが、奏法はいかにもシフらしく端正で古典スタイル寄りのものです。従って「現代的過ぎるのは嫌だが古楽器ピアノではちょっと」という方には丁度良いのではないでしょうか。古雅な音色を持つSKドレスデンとの組み合わせはとても良いです。ハイティンクもいつもながらの自己主張をしない指揮スタイルでこのオケの良さを引き出していて好感が持てます。録音も優秀です。

81gvgswskcl__sl1400_ アルフレード・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウィーン・フィル(1997年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤に収められています。指揮者のラトルはEMIから借りてきた、いわば“ゲスト”なのですが、譜面の細部の読み方が深く、第1楽章の長い導入部からして既に主役の様に聞こえます。肝心のブレンデルの方が幾らか影が薄いです。それでもブレンデルは若い頃のような分析的なピアノ演奏では無く、ベートーヴェンの音楽に自然に向かい合う真摯さが好印象です。ラトルの譜読みは意図が見え見えなのは余り感心しませんが、それさえ気にならなければ全体的には良い演奏だと思います。特に第2楽章は美しいです。

61pzza8azrl_ac_sl1200_ マルタ・アルゲリッチ独奏、アバド指揮マーラー・チェンバー管(2004年録音/グラモフォン盤) アルゲリッチはベートーヴェンの協奏曲を1番、2番は良く演奏していますが、3番以降はほとんど知りません。ですので、このアバドとの共演のライブ録音は貴重です。しかも素晴らしい演奏です。基本の造形は押さえた上で随所に彼女らしい力強さと即興的な閃きを感じさせます。それでいてしばしば閉口させられる恣意的なアクの強い表情付けが有りません。第2楽章のまるでシューマンのような夢見るような美しさも絶品です。アバドの指揮も室内管の特性を生かした美しいもので、アルゲリッチとの息がピタリと合っています。ちなみにカップリングされた第2番のほうも同様に素晴らしいです。

ということで、この曲に関しては決定的なフェイヴァリット盤は存在しませんが、あえて上げれば、バックハウス/シュミット=イッセルシュテット盤、リヒテル/ザンデルリンク盤、グルダ/シュタイン盤でしょうか。そしてアルゲリッチ/アバド盤が僅差で肉薄します。
更に続くとすれば、ケンプ/ライトナー盤、ゼルキン/クーベリック盤、シフ/ハイティンク盤辺りです。

<補足>リヒテル/ザンデルリンク盤、ギレリス/セルのオルフェオ盤、アルゲリッチ/アバド盤を追加しました。

| | コメント (7)

2020年8月10日 (月)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第4番ト長調op.58 名盤

Gettyimages790279562048x2048


毎日暑いですね!もし新型コロナ禍が無ければ、こんな暑い中でオリンピックが開催されていたはずです。やはり真夏の開催ってどうなのでしょうね。。

さて、ベートーヴェン生誕250年記念、今日はピアノ協奏曲第4番です。楽聖の残した5曲のピアノ協奏曲はどれもが傑作で、第3番や第1番も好きですが、最高傑作の第5番「皇帝」と並び立つのは、やはりこの第4番です。男性的で勇壮な「皇帝」に対して、高貴さや美しさに溢れた第4番は、さしずめ「皇后」というところでしょうか。

ベートーヴェンはこの曲においても、革新的な手法を取り入れました。それまでの協奏曲のように、まずオーケストラが“前座”として演奏を開始して、その後から独奏楽器が“主役”として華々しく登場するのではなく、初めから独奏ピアノに、しかも小さな音で演奏を開始させて、その後からオーケストラを登場させるという手法を取り入れました。これには初めてこの曲を聴いたお客さんは驚いたに違いありません。
しかも、それまでは独奏者の引き立て役として「伴奏」に徹する感のあったオーケストラに、ある時はピアノと語り合わせ、またある時は丁々発止の掛け合いを演じさせました。各楽章の楽器構成も、第1楽章でティンパニとトランペットの出番を全く無くしてみたり、第2楽章では弦楽合奏のみの演奏というように、慣習に捉われることなく非常に独創的です。

ベートーヴェンがこの曲の作曲に取り掛かったのは1805年で、翌1806年に完成させました。初演が1807年にウィーンの貴族邸宅の広間にて非公開で行われ、翌年アン・デア・ウィーン劇場に於いて公開での初演が行われました。そのどちらもベートーヴェン自身がピアノを弾きました。
この曲は、ベートーヴェンの最大のパトロンであり、ピアノと作曲の弟子でもあったルードルフ大公に献呈されています。

それでは、愛聴盤CDをご紹介してみたいと思います。

41kbvasan0l_ac_ コンラート・ハンゼン独奏、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1943年録音/TAHRA盤) 第二次大戦中のライブ録音で、旧ソ連に接収されたテープから様々な形でリリースされていますが、音質は時代相応で期待は禁物です。しかし演奏は素晴らしいです。両者ともロマンティシズムの限りを尽くしてテンポも自由自在、古典的造形性は皆無ですので、これが現代の聴き手に受け入れられるものかどうかは分かりませんが、一つの時代の記録として貴重です。写真はこの録音が含まれているフルトヴェングラーの戦時中録音のボックスセットです。

815t3zsicpl_ac_sl1495__20200809145601 ワルター・ギーゼキング独奏、カラヤン指揮フィルハーモニア管(1951年録音/EMI盤) ドイツの名ピアニストだったギーゼキングの録音は何となく忘れ去られていますが、こうしてカラヤンのボックスセットに収められたのは嬉しいです。ギーゼキングとカラヤンの演奏スタイルはテンポの大きな変化やルバートをほとんど行わないのでマッチしています。1楽章や3楽章の颯爽としたところも良いですが、2楽章の深く沈み込んだ雰囲気にも惹かれます。モノラル録音で、高音域のざらつきが幾らか気に成りますが、音はそれなりに明瞭です。但し同時期の録音の「皇帝」と同様にピアノの音像が引っ込んでいるのがマイナスです

410rqjyevvl__sl500_aa300_ ウイルヘルム・バックハウス独奏、シュミット=イッセルシュテット指揮ウィーン・フィル(1959年録音/DECCA盤) バックハウスの弾くベーゼンドルファーの柔らかく美しい音と、‘50年代のウィーン・フィルの音とが溶け合った響きがDECCAの優れたステレオ録音で残されたことは至上の喜びです。当時のこのオケの弦と木管は何と美しく味わい深いことでしょう。ピアノも指揮もどこまでも虚飾の無い自然体の演奏で、楽聖の音楽の美しさ、崇高さを余すところなく感じさせてくれます。ただ第3楽章では管弦楽に更に豪快な迫力を求められるかもしれません。そういう意味ではベームの指揮でも聴いてみたかったとは思います。

Casadesus_g1593336w ロベール・カサドシュ独奏、ベイヌム指揮アムステルダム・コンセルトヘボウ管(1959年録音/SONY盤) 意外な共演ですが、れっきとした旧CBSによるセッション録音です。モーツァルトの協奏曲演奏で定評のあるカサドシュは、この曲でも粒立ちの良い奇麗な音で古典的な造形美を感じさせます。ベイヌムは手兵の名門コンセルトへボウを率いて、正にぴったりの演奏を繰り広げています。弦楽の上手さもさることながら、特に木管楽器が本当に美しく惚れ惚れさせられます。デジタルリマスターこそ高音域の強調が過剰ですが、鑑賞の妨げになるほどでは有りません。

B29368989916_1 ハンス・リヒター=ハーザー独奏、ケルテス指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) 真にドイツ的なピアニストと呼ばれたリヒター=ハーザーが同じ年にEMIに録音した3番から5番までのうちの1曲です。一つとして変わったことはしていないのに、どこをとっても心に染み入ります。そういう点ではバックハウスと非常に似ていて、やはりこれがドイツピアノの伝統なのかと感じ入ります。第2楽章における深い祈りも印象的です。ケルテスの管弦楽の造形性と美しさを両立させた指揮ぶりも秀逸です。録音は当時のEMIとしてはかなり上質だと思います。ベートーヴェンボックスに含まれます。

61j74pvdnyl__ac__20200809145601 ヴィルヘルム・ケンプ独奏、ライトナー指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) ケンプには同じドイツの巨匠でもバックハウスやリヒター=ハーザーの男性的な演奏と比べると気品や優しさを強く感じます。豪快さで圧倒するような演奏とは無縁ですが、決して弱々しくは有りません。そういった点でこの曲の第1楽章はケンプの良さが最高に発揮されています。ライトナーもケンプの音楽と一体化する素晴らしい指揮です。第2楽章もアウフタクトが威圧的に成らずに美しく、第3楽章の落ち着いたテンポは、人によっては躍動感不足と感じられるかもしれませんが風格が有ります。録音もピアノ、管弦楽とも美しく録れています。

81ji3jgvqjl__ac_sl1500_ グレン・グールド独奏、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1961年録音/SONY盤) グールドの個々に録音された演奏を集めた全集に含まれます。ピアノの音についてもフレージングについても実に個性が感じられます。といっても決して奇をてらった演奏では無く、聴いていて抵抗感は全く有りませんし、逆に音楽の楽しさに惹き込まれてしまいます。それはバッハ音楽のようなポリフォニー的な弾き方というか、左手が右手と同等の雄弁さを持ち、バスの単純な伴奏音型でさえ自己主張しているのは面白いです。バーンスタインも堂々たるオーケストラをグールドに合わせていて、曰くつきのブラームスの第1協奏曲の時のように両者競い合うような感じでは有りません。 

41smq4ndwl_ac_ ダニエル・バレンボイム独奏、クレンペラー指揮ニュー・フィルハーモニア管(1967-68年録音/EMI盤) 当時売り出し中のバレンボイムが巨匠クレンペラーと共演して行った全曲録音の1曲です。第1楽章ではクレンペラーの主導かと思える遅いテンポによりスケールが大きいですが、バレンボイムの存在感がどうも薄いです。ベートーヴェンの音楽の煮詰めにまだまだ甘さを感じてしまいます。第2、第3楽章にもほぼ同じ事が言えるでしょう。録音も音像の輪郭のはっきりしないEMIの典型的ななものです。

Emperar001 フリードリッヒ・グルダ独奏、シュタイン指揮ウイーン・フィル(1970年録音/DECCA盤) 録音当時のグルダのタッチにはドイツ的な重さは無く、切れの良い軽快さが魅力です。その後に登場してくる新時代のベートーヴェン演奏の先駆け的存在でした。それでいて、どこかウィーンの伝統を感じさせる辺りが魅力です。1、2楽章の美しさは格別で、3楽章の躍動感にも心が湧き立ちます。ホルスト・シュタインの指揮も中量級の音造りでグルダのピアノとの相性は抜群です。DECCAの優秀な録音もウィーン・フィルの音の美しさを忠実に捉えています。

81xkbvrwhsl_ac_sl1400_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム指揮ウィーン・フィル(1976年録音/グラモフォン盤) ポリーニのピアニスティックな魅力は、この曲の第1楽章では発揮し辛いようです。「皇帝」のような輝きの聴かせどころが無いからでしょう。第2楽章の静寂感の有るピアノは中々ですが、本領を発揮するのは第3楽章です。夢中までには成っていませんが、堂々たる弾きぶりです。ベームの指揮はもちろん立派ですが、壮年期の引き締まった統率力は弱く、むしろ余裕さが感じられます。ウィーン・フィルの音の美しさは言うまでもありません。

272 ルドルフ・ゼルキン独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1977年録音/オルフェオ盤) ゼルキン74歳の時にミュンヘンで行った全曲チクルスのライブです。セッション録音の様にフォルムが整理し尽くされ演奏では無く、実演ならではの自在さが感じられて非常に楽しめます。流石に若い頃の音の切れ味は有りませんが、その分円熟した豊かな音楽を堪能させてくれます。とはいえ第3楽章などはエネルギ―の迸りに耳を奪われます。ゼルキンは真にドイツ的な味わいを与えてくれる僅か数名の巨匠ピアニストの一人です。クーベリックの指揮もゼルキンを力強くサポートしていて素晴らしいです。放送局の録音も大変優れています。

Sim ウラディーミル・アシュケナージ独奏メータ指揮ウィーン・フィル(1983年録音/DECCA盤) アシュケナージの美しいタッチはクリスタルのようですし、メータとウィーン・フィルも実に流麗で美しく演奏しています。ただ幾らエレガントな「皇后」のような曲だとは言っても、ベートーヴェンの音楽の持つ男性的な力強さがもう少し感じられても良いように思います。第2楽章もややムード的です。ただ、それでも管弦楽に関しては旧録音で共演したショルティ/シカゴ響の過剰なまでの厳めしさよりはずっと良いと思います。第3楽章も躍動感は有りますが、豪快さよりは整った美しさが勝ります。

7fcd8540eb49a9220748ae0f70890ff4 クラウディオ・アラウ独奏、ディヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1984年録音/フィリップス盤) 遅めのイン・テンポで急がず騒がず、淡々と歩み行く演奏です。この時81歳のアラウは、どこをとっても極めて誠実に弾いていますが、メリハリが弱いのでやや退屈です。ディヴィスもアラウにゆったりと合わせていますが、むしろSKドレスデンの響きの良さが魅力です。音に芯が有り、しかし柔らかく厚みのある音が最高です。中では第2楽章が、深く厳かな雰囲気に包まれた祈りの雰囲気で味わい深いですし、第3楽章の悠揚迫らざるスケールの大きさも中々のものです。

599 クリスティアン・ツィマーマン独奏、バーンスタイン指揮ウィーン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) 録音当時まだ33歳のツィマーマンでしたが、バーンスタインを相手に物おじすることなく自分の音楽を堂々と奏でています。もちろんテクニックは申し分無く、ピアノの音色も美しいですが、華麗に過ぎないところが良いです。バーンスタインはウィーン・フィルの美感を生かしていますが、重量感よりは生き生きとした躍動感を強く感じます。同じコンビの「皇帝」も素晴らしかったですが、これもまた伝統と新しさのバランスが抜群の名演奏だと思います。

61nolnh4mll_ac_ マウリツィオ・ポリーニ独奏、アバド指揮ベルリン・フィル(1992年録音/グラモフォン盤) ポリーニ16年ぶりの再録音は全曲チクルス演奏会のライブ収録です。実演といえどもテクニックも音楽も大きな違いが感じられないのは、この人の長所でもあり欠点でもあります。旧盤ではベームへのリスペクトの大きさが感じられて幾らか窮屈さを感じましたが、こちらでは完全に自分の音の世界に入っている印象です。アバドもベルリン・フィルの厚い響きを生かして充実した演奏を聞かせています。旧盤とどちらを選ぶかと聞かれると迷うところです。

51uwabwfp5l__sx466_ アンドラーシュ・シフ独奏、ハイティンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1996年録音/テルデック盤) 今ではすっかり巨匠の仲間入りをしたシフですが、これは43歳の時の録音です。モダンピアノによる演奏ですが、奏法はいかにもシフらしい端正で古典スタイル寄りのものです。従って古雅な音色を持つSKドレスデンとの相性はとても良いです。指揮のハイティンクもいつもながらの自己主張をしないスタイルに徹していて正に適役です。古楽器演奏までは求めなくとも、ロマンティック過ぎるスタイルに抵抗のある人には最良の演奏だと思います。

81gvgswskcl__sl1400_ アルフレード・ブレンデル独奏、ラトル指揮ウィーン・フィル(1997年録音/フィリップス盤) ブレンデルの三度目の全集盤に収められています。指揮者にEMIのラトルを起用したのは驚きでしたが、新鮮な組み合わせです。ラトルの譜面の細部の読み方は深く、しばしばハッとさせられます。これは協奏曲ですのでそれほど目立ちはしませんが、随所でやはりこだわりを見せます。しかしそれが音楽の大きな奔流にならないように感じるのは自分だけでしょうか。肝心のブレンデルは若い頃のような分析的な演奏では無く、ベートーヴェンの音楽に自然体で向かい合うような真摯さを感じて好印象です。

さて、良い演奏が沢山有りますが、特に気に入っているものを上げてみますと、バックハウス/シュミット=イッセルシュテット盤、リヒター=ハーザー/ケルテス盤、ケンプ/ライトナー盤がベスト・スリー。それに肉薄するのがグルダ/シュタイン盤、ゼルキン/クーベリック盤、ツィマーマン/バーンスタイン盤です。こうしてみると古い演奏家が多いですね。古い奴だとお思いでしょうがご勘弁を。

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2020年8月 6日 (木)

ドイツのニ大巨匠による「皇帝」ライブ盤 超名演


Thumb_napoleon15768x647_20200807110501

ベートーヴェン生誕250年記念特集は続きます。今回はピアノ協奏曲第5番「皇帝」です。
この曲の名盤については既に「皇帝 名盤」「皇帝 女流名人戦」で書きましたが、今回は真にドイツ的なピアニストであるヴィルヘルム・バックハウスとハンス・リヒター=ハーザーという二大巨匠のライブ盤の聴き比べとしました。奇しくもこの二人は同じライプチッヒの生まれです。
但し、御二人の知名度にはだいぶ大きな差が有ると思います。1950年代から60年代のDECCAレーベルの看板ピアニストとして君臨したバックハウスと、フィリップスとEMIに録音を行ったものの余り重きを置かれなかった感のあるリヒター=ハーザーですので、遠い島国の日本ではバックハウスの知名度が圧倒的に勝るのは当然です。しかしリヒター=ハーザーは、数少ない録音からも『バックハウス以上にドイツ的』と言われる人が居るのが、あながち間違いでもないと思っています。
そこで「皇帝」という大名曲における二人の貴重な晩年のライブ盤を聴き比べてみます。しかもサポートする指揮者はそれぞれカイルベルトとザンデルリンクという、これまた真にドイツ的な大巨匠です。ワクワクする組み合わせですよね。

 

8144e9krizl__ac_sl1488_
ヴィルヘルム・バックハウス独奏、ヨーゼフ・カイルベルト指揮シュトゥットガルト放送響(1962年録音/TAHRA盤)

バックハウスの「皇帝」の録音は多く、最も標準的なDECCAのシュミット=イッシェルシュテットとのステレオ録音はいまだにマイ・フェイヴァリットとして君臨しています。クレメンス・クラウスとのモノラルの旧盤も良いですが、むしろライブ録音のショルティ/ケルン放送響(1959年)、シューリヒト/スイス・イタリア放送響(1961年)共演盤が素晴らしいです。そこでこのカイルベルトとの録音に成るわけですが、一言で言って最もドイツ的でスケールが大きいです。それが一番最後の録音だからなのか、共演指揮者との相性なのかは分かりません。基本テンポも幾らか遅めですが、それよりも間合いや音のタメ、大きなルバートなどが過去以上に大胆です。しかし恣意的な安っぽさなど微塵も感じられず、例えれば歌舞伎の名役者が見得を切るようなごく自然な腹芸だと言えます。そのうえ打鍵の確かさ(といっても機械的にという意味では無い)はこれがこの時78歳のピアニストかと驚くほどです。カイルベルトの指揮が同じように堂々たるものなので、なんでも昔、この録音が発売されたときに、指揮者がクナッパーツブッシュと間違えられていたそうです。それもなるほどと思わせるような凄い指揮ぶりです。当時のシュトゥットガルト放送響も超一流では有りませんが、充分にドイツ的な味を出しています。録音はモノラルで、頭の部分がややボケた印象なのはオリジナルテープの劣化かもしれませんが、それ以後はピアノもオーケストラも明瞭で生々しく芯の有る音に魅了されます。このディスクはDECCAのステレオ盤と並ぶマイ・フェイヴァリット盤となりました。なお、このディスクには同じ日に演奏されたブラームスの交響曲第4番が収められています。そちらは録音が幾らか不安定な個所が有りますし、演奏そのものも「皇帝」のほうがだいぶ格上です。ですのでジャケット写真はカイルベルトだけなのは残念です。

51gubrjqrsl__ac_
ハンス・リヒター=ハーザー独奏、クルト・ザンデルリンク指揮デンマーク放送響(1980年録音/Kontrapunkt 盤)

リヒター・ハーザーは1912年生まれですので、実はバックハウスとは生まれた年が28年も差が有ります。ところが代表的なレコードのブラームスの協奏曲第2番が1958年の録音の為に、バックハウスの同曲のステレオ録音よりも古く、同じようなドイツの巨匠と印象付けられる原因となりました。この「皇帝」は68歳の時の録音です。打鍵、とくにフィンガリングの滑らかさはバックハウスよりも上ですが、両巨匠に共通するのは決して音が上滑りしないことです。ショパンなどを得意とするようなテクニシャンが弾くベートーヴェンはどうも音が上滑りする印象を受けます。その点この人のようなしっかりとした音で堂々と恰幅の良い演奏を聴かされてはこたえられません。ドイツ音楽の良さここに極まれりです。間合いや音のタメ具合はバックハウスの方がより強く感じますが、リヒター=ハーザーの貫禄も相当なものです。
この人には1960年にケルテスと組んでEMIに録音した「皇帝」が有り、それも既に素晴らしい演奏でした。けれども、これほど凄いドイツのピアニストがその後1960年代後半から70年代にレコード会社の商業ベースから外れてしまったのは大きな損失です。世は既にピアニスト新時代に入ってしまったからでしょうか。こうして超名演の演奏会が開かれていたのですから、ヨーロッパでは高い名声が有ったと思うのですが。共演をするザンデルリンクもまた真にドイツ的な指揮者でしたので、リヒター=ハーザーとの相性は最高です。オーケストラはデンマークのオケですが、この音楽の素晴らしい風格にはそれをしばし忘れます。当然バックハウスの録音とは比較にならないハイファイ録音なのも嬉しいです。ちなみにこのディスクは2枚組で、もう1枚はブラームスのピアノ協奏曲第1番です。これがまた同じような超名演です。ザンデルリンクはこの曲を得意にしていて、エレーヌ・グリモーとの正規盤以外にも、ラドゥ・ルプーとの非正規盤という超絶的な名盤が存在します。

このような名演奏を今も聴くことが出来る何という幸せ。
ドイツ音楽は永遠に不滅です!

| | コメント (8)

« 2020年7月 | トップページ | 2020年9月 »