« 「第7回せんがわピアノオーディション受賞コンサート」 三原未紗子 ピアノリサイタル | トップページ | シューベルト 歌曲集「美しき水車小屋の娘」 名盤 ~さすらい人の子守歌~ »

2019年2月26日 (火)

シューベルト 歌曲集「冬の旅」 名盤 ~死に向かう旅~

Https___cdn_evbuc_com_images_3702_2

歌曲王シューベルトの三大歌曲集と言えば、いわずとしれた『冬の旅』、『美しき水車小屋の娘』、『白鳥の歌』ですが、その中でも『冬の旅』は特に人気が高いですね。レコーディングも昔から数多く行われてきました。

これより4年前に作曲された『美しき水車小屋の娘』と同じ、ドイツの詩人ヴィルヘルム・ミュラーの詩集によりますが、『水車小屋』が若者の希望に満ちた旅立ちから始まり、甘い恋と失恋を経て、最後の自殺までを描いた作品だったの対し、『冬の旅』では最初から失恋した若者が登場します。彼は追い払われるように街を出て、さすらいの旅を続け、そして慰めとしての「死」を求めゆくという、はなはだ絶望的な作品です。

この当時、シューベルト自身も梅毒に感染してからは健康が回復する見込みもなく、次第に死について考えるようになっていたのは間違いありません。

『冬の旅』は全部で24曲から成りますが、初めに作曲されたのは前半の12曲です。というのはミュラーの詩集が初め出版されたのもその前半分だけだったからです。完成後にシューベルトは友人たちの前でこの12曲を自分で歌いましたが、その音楽の暗さに皆が驚いたそうです。

シューベルトはその後、詩集の続編の存在を知り、後半の12曲を完成させました。但し彼の生前に出版された楽譜は前半のみです。

全24曲では非常に長い作品にもかかわらず、暗い曲調が連続するために、聴いていて楽しくなることはありません。人によっては聴くのが最も苦痛な作品かもしれません。にもかかわらず、この作品には悪魔に(死神に?)引き寄せられるがごとき強烈な魔力(魅力?)が有ります。

この作品が聴き手にとってどのような位置を占めるかは聴き手自身に委ねられますが、これだけ広く愛聴されている事実は、やはり誰しもが決して逃げることのできない「死」という大きなテーマに向き合っているからかもしれません。

全体を覆う暗闇の中にも、うっすらと光が見える「菩提樹」「春の夢」「郵便馬車」など数曲にはとても心が癒され、それが束の間の夢のような幸せに感じられます。

『冬の旅』には多くのCDが出ていますが、「決定盤」や「お奨め盤」などは余り意味が有るとは思えません。声楽は器楽と違い「声」そのものを好きかどうかが大きな決め手となるからです。

この曲集をシューベルトは最初にテノール用に書いていますが、それが自分の声に合わせて書いたのかどうかは知りません。しかし「主人公の若者」はシューベルト自身の投影でもあるので、若者らしい声で歌われるのは一つの理想です。確かに曲の暗さを表すにはバリトンの声質の方が向いていますが、反面バリトンではどうも若者っぽくなくなり、「さすらう中年」といった印象になることが多いです。ですので個人的にはこの曲集はテノールで聴くのを好みます。もちろん実際は、語りかけるように歌うのか、劇的に歌い上げるのか、流麗に歌うのか、様々な歌い方が有って、それを自分の耳や心がどう受け止めるかで印象は大幅に変わります。必ずしもテノールなら良いということではありません。

の所有CD盤をご紹介はしますが、余り当てになさらず、興味ある演奏を実際にお聴きになってご評価されてください。

では本命のテノールは後にして、まずはバリトン盤からご紹介します。しかしFディースカウは質量ともに圧倒的です。

Schubert51zaojdudkl_sy355_ ゲルハルト・ヒッシュ(Br)、ハンス・ウド・ミュラー(Pf)(1933年録音/EMI盤) もちろん第二次世界大戦前の録音ですので、音の擦り上げなどが目立つ古めかしい歌唱に聞こえます。けれども何と人間的で温かな味わいに溢れているのでしょう。この時代の演奏は器楽奏者も楽団も皆共通していますね。ここでは主人公と同化して悶え苦しむというよりも、若者を慈愛の心で見守っているような優しさを感じてしまいます。録音は古いですが、それが逆に郷愁を誘います。

Schubert81bkj9dfhtl_sy355_ ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ジェラルド・ムーア(Pf)(1962年録音/EMI盤) Fディースカウはこの曲集を何度も何度も録音しましたが、最初のステレオ録音であり、Fディースカウとしても完成の域に達した歌唱だと思います。それまでの情緒綿々と歌われる声楽界のスタイルから遥かにスタイリッシュで細部まで完璧にコントロールされた歌唱を成し遂げました。同じムーアとの後年の録音と比べても遜色は有りませんが、EMI録音の音の鮮度が余り良いとは言えません。

Schubert61whbvol9ol ハンス・ホッタ―(Br)、ハンス・ドコウピル(Pf)(1969年録音/ソニー盤) ホッタ―にはモノラルとステレオによるスタジオ録音盤が有りますが、これは60歳の時の東京文化会館でのライヴ盤です。深い情感の表現は圧倒的で、その歌にはただならぬものを感じさせます。ただ元々深い声質が若者のイメージでは無く、どうしても「年老いた旅人」に聞こえてしまいます。従ってこのディスクをファーストチョイスに選ぶことは有りませんが、偉大な歌手の記録として是非とも聴いて貰いたいです。

Schubert61joyjyqiml_sy355_  ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ジェラルド・ムーア(Pf)(1972年録音/グラモフォン盤) Fディースカウの数多くの「冬の旅」の中でも頂点に立つディスクだと思います。どんなに細かい音符にも意思が行き渡り、完ぺきな声のコントロールで歌われているからです。反面、この人特有の演出臭さが感じられたり、余りの上手さが鼻に付く方も少なくないでしょう。ムーアは伴奏ピアニストとして最高で、驚くほど表現力豊かに歌にピタリと寄り添っています。両者の完成度はちょっと比類が無いと思います。 

Schubert61yn6xofgll_sy355_ ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、ダニエル・バレンボイム(Pf)(1979年録音/グラモフォン盤) ムーアとの盤に並ぶFディースカウの頂点に立つディスクだと思います。この盤の決め手はやはり共演のバレンボイムです。ムーアとは違い独奏家のピアノですが、何も自分勝手な演奏をしているわけでは無く、様々な部分で「冬の旅」のドラマを雄弁に語ります。

Schubert41kvn0t7cbl_sl500_ ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、アルフレッド・ブレンデル(Pf)(1985年録音/フィリップス盤) Fディースカウの声が絶頂期を過ぎてからの録音は総じて彼のファンには余り評価されないように感じます。けれども自分のようにこの人の歌唱の上手さが必ずしも好きに感じられない人間にとってはむしろこの録音が向いていると思います。ブレンデルの結晶化したようなピアノも素晴らしいですし録音の良さがそれを万全に捉えています。 

Schubert51flnlzqttl_sy355_ ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、マレイ・ペライア(Pf)(1990年録音/ソニー盤) Fディースカウが最後に残した録音ですが世評は最悪です。確かに全盛期の声の輝かしさは見る影も有りません。では何故そんな録音を行ったのかということですが、それまでと大きく変わっている点は弱音でのつぶやくような歌い方です。それはまるで主人公に成り切って絶望や孤独を声にならない声で吐露しているみたいです。そう思うとこの録音にはある種の共感を覚えてしまいます。ただこの人の代表盤とするには無理が有ります。

Schubert12zfmrdajl クリスティアン・ゲルハーエル(Br)、ジェラルド・フーバー(Pf)(2001年録音/ArteNova盤) 廉価盤ですがゲルハーエルの三大歌曲集はどれも侮れない良さが有ります。バリトンとして声の良さを感じますし、過度にならない自然な歌いまわしには共感が持てます。過去の多くの名盤を凌駕するまでには思いませんが、さしあたり三大歌曲集を聴いてみたいという方には安心してお勧め出来ます。

Schubert315ktwx79flティアス・ゲルネ(Br)、アルフレッド・ブレンデル(Pf)(2003年録音/DECCA盤) ゲルネとしてもブレンデルとしても二度目の「冬の旅」の録音ですが、これはロンドンの室内楽の殿堂ウィグモアホールでのライヴです。録音が柔らかいので、演奏がやや平たく聞こえますが、両者とも力みなく、しっとりとしたシューベルトの抒情を表現しています。ゲルネの声質が深いので若者の印象は受けませんが、分析でなくストレートな歌唱には曲を追うごとにぐいぐいと引き込まれてゆきます。

ここからは本命のテノール盤です。

Schubert51s4tl5jdl_sx355_ エルンスト・ヘフリガー(T)、イェルク・エーヴァルト・デーラー(Hf)(1980年録音/クラーヴェス盤) 晩年の録音ですのでロングブレスで息が続かない箇所が幾らか見受けられます。しかし声質は非常に美しく若々しいのでまるで若者が歌っているように感じます。その表情は適度な豊かさを持ちますが、伴奏に古楽器のハンマーフリューゲルが使われ、速めでキビキビと演奏されているのでロマン派の濃密さを回避した古典的な印象を受けます。

Schubert41x5a5kncdl_sy355_ ペーター・シュライヤー(T)、スヴャトスラフ・リヒテル(Pf)(1985年録音/フィリップス盤) ゼンパーオパーにおけるリヒテルとの共演ライヴ録音です。リヒテルはさすがに大ピアニストで、ことさらに力まなくても存在感が抜群です。得意のシューベルトの独奏を聴いているような深さと充実感を感じます。力が入っているのはシュライヤーで、やや力こぶの入り過ぎな歌唱に聞こえますが、元々尋常な歌曲集では無いですし、ライヴであればこれぐらい思い入れの入った歌唱が楽しめると言えなくもありません。演奏記録としても充分過ぎる価値が有ります。

Schubert41rkkoesuil ペーター・シュライヤー(T)、アンドラ―シュ・シフ(Pf)(1991年録音/DECCA盤) シュライヤーのこちらはセッション録音なので当然完成度は高いです。その反面リヒテルとのライヴ盤のようなスリリングさは無くなります。ピアノがシフであることもその理由でしょう。どちらも好きですが、リヒテル盤の後に聴くと物足りなさを感じられるかもしれません。しかしテノールの「冬の旅」としては極めて優秀な演奏だとは思います。

Schubert516t9j56dfl_sy355_ クリストフ・プレガルディエン(T)、アンドレス・シュタイアー(FPf)(1996年録音/TELDEC盤) 落ち着いた声で低域も深いテナー、プレガルディエンも大好きです。古楽器のフィルテピアノを弾くシュタイヤーの演奏も素朴でよくマッチしていると思います。過度にドラマティック、ロマンティックにならないスタイルにむしろ新しさを感じます。古典的なシューベルトを感じさせる優れた演奏だと思います。

Schubert71jv1yvtgkl_sy355_ イアン・ボストリッジ(T)、レイフ・オヴェ・アンスネス(Pf)(2004年録音/EMI盤) イギリス出身ですがシューベルトやリートを得意とするボストリッジは、声の質が細身でどことなく弱そうな男の印象を与えるのが、この物語の主人公の若者にピッタリです。感情表現が豊かですが、それが自然なので作り物めいた演出臭さを感じることも有りません。長いこの曲集を少しも飽きずに自然に惹き込まれてしまいます。但しうるさい人には発音がいま一つドイツっぽく無いのがマイナスかも知れません。アンスネスのピアノも上手く美しいのですが、EMIの録音がやや焦点ボケした感じなのが勿体ないです。しかしトータルでは非常に良い演奏で大好きです。

3149020206607ェルナー・ギューラ(T)、クリストフ・ベルナー(FPf)(2009年録音/ハルモニアムンディ盤) ギューラの歌い方は比較的端正ですが、さりとて地味過ぎることは無く、はみ出さないレベルで表現豊かに歌います。いわゆる「演出臭さ」などは微塵も感じさせません。声の質が太過ぎず、細過ぎず、繊細でいてかつ力強さにも欠けていないのは素晴らしいです。

Schubert51vswt2c8l_sx355_ ヨナス・カウフマン(T)、ヘルムート・ドイチェ(Pf)(2013年録音/ソニー盤) オペラ界のスーパースター、カウフマンはリートにも取り組を見せていますが、オペラほどの世評の高さは得られていないようです。確かに余りにオーバーでオペラティックな歌い方が根っからのリートファンには余り受けが良くないのかもしれません。かくいう自分も例外ではなく、この歌唱はどうも好みません。これはあくまでもカウフマンのファンのためのディスクだと思います。

ということで、本命のテノールからは、最も主人公のイメージに近いボストリッジ/アンスネス盤をマイ・フェイヴァリットに上げます。対抗としては対照的に劇的なシュライヤー/リヒテル盤です。

バリトンではやはりFディースカウですが、個人的好みでブレンデルとの盤、完成度でムーアとの盤(グラモフォン)、バレンボイムとの盤、この三つを上げます。もう一つ加えるとすればゲルネ/ブレンデル盤でしょうか。

|

« 「第7回せんがわピアノオーディション受賞コンサート」 三原未紗子 ピアノリサイタル | トップページ | シューベルト 歌曲集「美しき水車小屋の娘」 名盤 ~さすらい人の子守歌~ »

シューベルト(声楽曲)」カテゴリの記事

コメント

ハルくん、冬の旅の詳しい比較ありがとうございます。だいぶ歌曲から遠ざかっているので、レコード収集の旅に出ようと思います。(笑)

投稿: よーちゃん | 2019年2月27日 (水) 09時33分

よーちゃんさん、ありがとうございます。

やっと「冬の旅」をアップ出来ました。なんと10年越しになってしまいましたよ。(汗)
しかし歌曲もやはり良いですね。
レコード収集の旅、どうぞお気を付けて!(笑)

投稿: ハルくん | 2019年2月27日 (水) 16時08分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: シューベルト 歌曲集「冬の旅」 名盤 ~死に向かう旅~:

« 「第7回せんがわピアノオーディション受賞コンサート」 三原未紗子 ピアノリサイタル | トップページ | シューベルト 歌曲集「美しき水車小屋の娘」 名盤 ~さすらい人の子守歌~ »