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2017年6月13日 (火)

シューベルト 「アルペジオーネ・ソナタ」 名盤 ~三種の神器~

「アルペジオーネ・ソナタ」イ短調D821は、いかにもシューベルトらしい美しく抒情的なメロディで人気の高い曲です。

もともとこの曲はアルペジオーネ(もしくはアルペジョーネ)という楽器のために作曲されたのでこのタイトルが付いていますが、それは一体どのような楽器かというとこんな外見をしています。

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アルペジオーネは19世紀前半にウイーンのギター職人シュタウファーによって発明されました。チェロをやや小さくしたような形をしていて、同じように足の間に楽器を立てて弦を弓で弾きます。一番似ているのはバロックのヴィオラ・ダ・ガンバです。

大きな特徴は6弦でチューニングがギターと同じこと、またフレットがあることから「ギター・チェロ」とも呼ばれていましたした。けれどもこの楽器は世に広く普及することは無く、じきに忘れられた存在になりました。

アルペジオーネのために書かれた曲の楽譜は余り残されておらず、せいぜいシューベルトのこの作品ぐらいです。

この楽器が一体どのような音がしたのか実際に聴いてみたくなりますが、なにしろ復元楽器も演奏者も限られています。

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クラウス・シュトルク(Ar)、アルフォンス・コンタルスキー(Pf)(1974年録音/アルヒーフ盤)
ディスクは非常に限られますが、とりあえず復元されたアルペジオーネでの演奏を聴くことが出来ます。音と演奏は現在我々が良く耳にするチェロのものとは驚くほど異なります。しいて言えばやはりヴィオラ・ダ・ガンバに近い音です。シュトルクは極めてゆっくりと演奏しているので、全体はまったりとして素朴な音がますます素朴に感じられます。悪く言えば間延びした印象です。確かに一度は聴いてみる価値が有ると思いますが、これを果たして繰り返して聴きたくなるかと言えば正直疑問です。しかしもちろんそれは聴き手の問題ですので、実際にご自分の耳で試されて頂きたいです。

さて、次は一般的に演奏されることの多いチェロによる演奏です。ところが4弦しかないチェロでは高音域の音や音の跳躍が多くなるために実は演奏がとても難しくなります。

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ダニール・シャフラン(Vc)、リディア・ぺチェルスカヤ(Pf)(1960年録音/RCA盤)
シャフランは旧ソヴィエトからほとんど外へ出なかったために余り知られていませんが、母国ではロストロポーヴィチと実力と人気を二分した名手です。事実コンクールでも二度ロストロポーヴィチと二人で第一位を分け合いました。この曲では珍しくRCAに録音された演奏がCD化されています。速いテンポでこの難曲を軽々と弾いていますが、高音部の音程は完璧、頻繁に切り替わるスタッカートとレガートも明確に弾き分けています。歌い回しは自在で、そこかしこに豊かなニュアンスが溢れているのは驚きです。時折大きなルバートも見せますが基本のテンポの流れは崩さずに颯爽と進むのでロマン派風な粘りが感じられません。不思議とシューベルトの古典性が感じられます。有り余るテクニックを駆使していても表面的には抒情性が浮かび上がるという凄い演奏です。ぺチェルスカヤのピアノも優れています。

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ミシャ・マイスキー(Vc)、マルタ・アルゲリッチ(Pf)(1984年録音/フィリップス盤)
チェロで弾くとこの曲はどうしても派手で技巧をこらしたようになり、オリジナルとはかけ離れた異形の音楽になりがちです。しかし叙情派のマイスキーが弾くと全くそんなことはありません。しっとりと落ち着いていてダイナミクスをことさら強調するような箇所がありません。全体にテンポが遅くゆったりとしているのでロマン派風に聞こえます。古典派とロマン派の境目に立つシューベルトでは無く、まるでシューマンのように叙情ロマン派とでも呼びたくなるような魅力に溢れます。アルゲリッチも奇をてららった表現が目立つようなことは無くオーソドックスに徹しています。しかし漂うロマンの香りは確かにアルゲリッチのそれです。テンポの変化は有りますが振幅の巾が大きいので違和感なく落ち着いて音楽に浸れます。

現代の楽器でこの曲を演奏するとすれば、アルペジオーネの音色に近いのはチェロよりもむしろヴィオラでしょう。ところがヴィオラのソリストというのは少ないためにCDの数もチェロに比べてずっと少ないです。

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ユーリ・バシュメット(Va)、ミハイル・ムンチャン(Pf)(1990年録音/RCA盤)
ヴィオラとくればやはりバシュメットの演奏は本命です。この曲をヴィオラで弾くとチェロのように高音部が難所だらけということは無く、むしろアマチュアでも一応は弾ける曲となります。バシュメットのような名人にとってはこの曲は朝飯前の易しい曲でしょう。そこで表現力を駆使して面白く聴かせようということになります。基本テンポはゆったりとしていても、ルバートを多用しながら刻々と表情の変化を付けていきます。しかしそのために、オリジナルの音に近いはずの楽器の割には素朴さを感じさせない結果となっています。この表情の余りの豊かさは聴き手の好みにより評価が大きく左右されるところでしょう。ムンチャンのピアノは室内楽に経験豊富なベテランだけあり素晴らしいです。

三種類の楽器それそれに特徴が有るので、CDは最低各一枚づつ欲しいところです。しかしどれか1種類だけ選べと言われた場合には自分ならマイスキー/アルゲリッチ盤を選ぶでしょう。

もうひとつバロックチェロによる演奏も良さそうですが、お奨めの演奏が有れば知りたいですね。

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シューベルト(室内楽)」カテゴリの記事

コメント

アルペジオーネ・ソナタは大好きな曲なので、記事にしていただいて嬉しいです。
私が一番好きなのはクラウス・シュトルク盤です。曲の暗さと明るさを私好みに表現してくれています。再現したオリジナル楽器の演奏という事で、かなり贔屓目だと思いますが、そうと分かっていても好きなのです(笑)

バロックチェロいうとアンナー・ビルスマ(SONY)盤でしょうか。
このCDには「ます」が収録されているので、「ます」を聴いて心地よくなり、明るめの演奏のアルペジオーネ・ソナタを聴くという流れが好きです。
もしアルペジオーネ・ソナタが暗い演奏だと、「ます」との雰囲気が違い過ぎて、CDを聴く流れという観点で合わないと思います。

ビオラ演奏のCDを持ってませんでした。興味深いので是非購入したいと思います。

投稿: 藤沢市民 | 2017年6月13日 (火) 00時39分

藤沢市民さん、こんにちは。

お好きなクラウス・シュトルク盤にダメ出しをしてしまい申し訳ありませんでした!
あくまで個人的な好みの問題ですのでお許しください。
ただアルぺジオーネの演奏では、いずれもっと上手い、しかし素朴さの有る演奏が現れるような気がします。

ビルスマ盤は試聴のみですがテンポが速くて落ち着いて聴けない印象でした。ただ古楽器演奏者ではこうなるのが普通なのですかね?
であればやはりアルぺジオーネの気に入る演奏を待ちたいです。

バシュメットはすごくロマン派的な解釈ですが、これはこれで楽しめると思います。お聴きになられる価値は有ると思いますよ。

投稿: ハルくん | 2017年6月13日 (火) 10時25分

ハルくんさん、こんばんは。
 
アルペジオーネ・ソナタ。
良い曲だと思いますが、通常の(?)モダン・チェロで聴くと、少し「重い」感じがしたり 「スケールが大き過ぎる」と感じる事があり、愛聴盤は、チェロ・ピッコロによる ビルスマ/インマゼール盤です。
 
アルペジオーネの演奏を聴いてみたくなり、デルタイユ/バドゥラ=スコダ盤を入手したのですが、表現意欲が強すぎたのか、私にはアクの強い演奏に聴こえて 残念・・・。
 
それで、他には無いものかと、最近 シュトルク盤を購入。
 
確かに、第1楽章辺りは"まったり"し過ぎかな・・・と思いますが、デルタイユ盤よりは随分聴き易いので、アルペジオーネで聴く時は、シュトルク盤を取り出すと思います。
 
ただ、作品を聴く時は、ビルスマ盤の シューベルトらしい「歌」を感じる 素晴らしい演奏を 第一に取り出すと思います。

投稿: ヨシツグカ | 2017年6月15日 (木) 23時47分

ヨシツグカさん、こんにちは。

>モダン・チェロで聴くと、少し「重い」感じがしたり 「スケールが大き過ぎる」と感じる事があり

仰る通りですね。どうもシューベルトっぽく無く、シューマンっぽく聞えてしまいます。
ヴィオラでもバシュメットは良いとは思いますが、表現意欲が強くてやはりシューマンっぽいです。

バロックチェロは楽器としては良さそうなのですがビルスマ盤はテンポが速すぎて好みに合いません。ただこれは試聴のみなのでしっかり聴いたら印象が変わるかもしれませんね。

アルペジオーネでは、いずれシュトルク盤よりも良い演奏が現れるような気がしています。

良い曲ですが、本当に気に入った演奏を選ぶのが難しいです。

投稿: ハルくん | 2017年6月16日 (金) 10時25分

いい曲ですよね。バシュメットを愛聴しています。大きな声では言えませんがクラやフルートの録音もあります。決して薦めはしませんが。自分の練習のためこっそりさらったり、発表会で挑戦したりする分には許されるでしょう。

投稿: かげっち | 2017年6月21日 (水) 12時45分

かげっちさん、こんにちは。

メロディラインの美しい曲はどんな楽器で演奏しても楽しめますね。つい先日もフルートでこの曲の素晴らしい生演奏を聴いたばかりです。
但し楽器が異なると、この美しい曲が演奏上の難曲に変わってしまいますね。
幸いヴィオラは比較的楽なので挑戦する意欲が湧きます。
もしもリサイタルを開くときにはこの曲を是非入れたいと思っています。(って仮の話ですよ)(笑)

投稿: ハルくん | 2017年6月21日 (水) 13時38分

ハルくん様

アルペジオーネ・ソナタの記事、興味深く拝読いたしました。この曲は子供の頃、チェロを弾くのが趣味の伯父が何度か聴かせてくれた曲で、少年時代の思い出の詰まった曲です。
もっとも、間抜けな僕はアルペジオーネが楽器の名前とは知らず、てっきりこの曲は、チェロとピアノのための音楽だと大人になるまで信じていました。

さて、アルペジオーネですがギターと同じくフレット付きで、開放弦の調律もギターと同じというのは興味深いところですね。
シューベルトはギターの独奏曲を残しませんでしたので、どれくらいギターが弾けてかは不明ですが、ギターを愛していたことは事実のようです。この曲は、アルペジオーネの名手から依頼されて書いたと云われています。
もしギターの名手がシューベルトに作曲を依頼していれば、シューベルト作曲のギター曲が生まれていたかもしれないと、勝手に想像しています。

フレット付きの楽器は比較的重音を弾くことや低音と高音を同時に鳴らすことが容易ですが、反面音が途切れやすいという欠点があります。
幸いギターは、アンドレス・セゴビアにより、この楽器がピアノやヴァイオリンと比肩することを数多くの録音や演奏によって証明し、今日に至っています。
アルペジオーネも20世紀にセゴビアのような天才がいたら、この楽器の運命も違ったものになっていたかも知れません。

僕の手元にはチェロによるものばかりですが、以下のCDがあります。

① メンゲルベルク、カサド/ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(1940年録音、ANRRCD9109)

② ロストロポーヴィチ/ブリテン(1968年録音、UCGD9016)

③ ジャンドロン/フランセ(1966年録音、UCCD7346)

①はカサド自身がチェロと管弦楽に編曲したものです。カサドのチェロが聴ける貴重な録音だと思いますが、録音が古すぎることと、メンゲルベルクの演奏も大時代的で、今では受け入れられる方は少ないかも知れません。

②はこの曲がチェロのために書かれたものであるかのような雄大な演奏です。ロストロポーヴィチの懐の深い演奏が魅力です。

③のジャンドロンは親日家の割には馴染みが薄いようですが、母国フランスではミュンシュやクリュイタンスと同等に評価されている英雄です。フランセはヨーロッパでは作曲家として有名です。堅牢な音楽の中にも、フランス風の洒落っけのある音楽で、現在の僕はこれを愛聴しています。

そろそろ字数制限がかかりそうなので、これくらいにしておきます。

最後までお読みいただき、感謝いたします。

投稿: motosumiyosi | 2017年6月25日 (日) 23時51分

motosumiyosiさん、こんにちは。

この曲をチェロのための曲と思われている方はほとんどだと思いますよ。
実際演奏者も圧倒的に多数派を占めています。

ロストロポーヴィチは正にチェロの曲に聞こえるのが好悪の分かれ目なのでしょうね。
存在感のあるディスクであることは確かです。

ジャンドロンのこの曲の演奏は聴いていません。我が国では目立たないですが、シューマンの協奏曲のディスクが非常に素晴らしかったのが印象的です。

同じフランス人ではトルトゥリエのアルペジオーネソナタ」の演奏も素晴らしかったと記憶しています。

投稿: ハルくん | 2017年6月26日 (月) 13時47分

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ヴィオラでの演奏が聴きたくて上記を購入しました。
ピアノはヴィオラを良い感じでサポートしていて良いのですが、チェロと比べてヴィオラの音域の狭さが気になります。
楽器の性質・演奏者・録音の関係かはわかりませんが、低音が物足りません。
その為、曲の雰囲気が明るい感じになります。

投稿: 藤沢市民 | 2017年7月10日 (月) 23時01分

藤沢市民さん、こんにちは。

この曲はチェロで聴き慣れていますのでヴィオラで聴けば、そのように感じられるのは当然でしょう。楽器の音域からどうしようもないことです。
あくまで原曲のアルぺジオーネに近い印象を受けるのはヴィオラということです。チェロの場合は編曲版のイメージがより強いですね。
曲の雰囲気が明るいのはもしかしたら演奏によるものかもしれません。

投稿: ハルくん | 2017年7月11日 (火) 08時59分

アルペジオーネの記事を興味深く拝見しました。楽器の写真を使わせていただきたいのですが、許可をいただけないでしょうか。演奏会のパンフレットでアルペジオーネの楽器を説明するために使いたいのです。よろしくお願いします。

投稿: 杉原 | 2019年1月29日 (火) 16時30分

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