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2016年7月 9日 (土)

ラフマニノフ チェロ・ソナタト短調 op.19 名盤

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ラフマニノフはチェロ・ソナタを1曲だけ書いていて、特別にポピュラーな存在とは言えませんが、世界的には1930年代から過去50回以上もレコーディングされており、チェリストたちの主要レパートリーの一曲です。

曲の知名度がそれほどでないのは、やはりラフマニノフ=ピアノのイメージが強いからかもしれません。けれどもこの人は、交響曲や合唱曲に素晴らしい作品を残していますし、ピアノのイメージが余りに強過ぎるのも考えものです。

このチェロ・ソナタにしても、聴き込めば紛れもなくラフマニノフのあの深い憂愁とロマンティシズムに溢れた名作なのです。

曲は全四楽章構成であり、スケールの大きさを感じさせます。緩徐楽章の前にスケルツォ楽章が加えられています。

第1楽章の序奏がレントでため息のように始まると、憂鬱な気分をずっと保ち続けて吹っ切れない印象が続きます(ラフマニノフ!)。続くアレグロモデラートに移ると、ピアノ伴奏に乗ったチェロが気品のある第1主題を美しく歌います。その後、チェロとピアノが交互にロマンティックで憂鬱な旋律を歌います。展開部に入ると流石にラフマニノフで、ピアノがまるでコンチェルトのように弾き出しますので、チェロも主役を奪われないように必死となります。以降、両者の熱い掛け合いがずっと続くので実に聴き応えが有ります。

第2楽章はスケルツォ楽章です。冒頭は第1楽章の熱気をそのまま引き継いでいますが、リズムが不安定な精神状態である印象を与えるユニークな曲想です。中間部では一転してチェロが美しくロマンティックな旋律を息長く歌います。

第3楽章はアンダンテの緩徐楽章です。静かで内向的な雰囲気に支配されていることから幾らか地味に感じられますが、チェロがゆったりと歌う旋律はやはり美しいです。

第4楽章では、ようやく憂鬱さから解放された輝かしい雰囲気に変わります。特に第二主題の伸びやかで明るい旋律は非常に印象的で、ラフマニノフ=不健康の方程式を打ち砕いてしまうような効果を持ちます。

全体を聴き終えると、非常にパースペクティヴの良さを感じますし、何よりもラフマニノフの美しい旋律がチェロの深い音色で歌われて聴きどころ満載です。しかもそれに劣らず裏に表にと活躍するピアノの魅力は流石にラフマニノフです。もっとも、この曲の演奏バランスを保つには、チェリストの実力が不可欠となるでしょう。

さて、50種類の録音を集めるのは到底無理な話ですが、僕が集めてみたCDをここにご紹介したいと思います。

Rachmani_rostropovich_album_9_3ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(Vc)、アレクサンダー・デデューヒン(Pf)(1956年録音/グラモフォン盤) 当時まだ30代半ばのロストロポーヴィチが、数多く共演をしたデデューヒンと残した演奏です。最近の録音には到底敵いませんが、モノラルとしては優れた音質です。演奏には奇をてらったところが無く、演出めいた過剰な表現も有りません。テンポも中庸で、特に挑戦的でも刺激的でもありません。特にピアノにはおおらかさを感じます。しかし、それでいてこの演奏には骨太さやロシアの味わいが感じられます。やはり二人ともロシアで生まれ育ったことが大きいと思います。名チェリストの記録として価値を感じます。

Rachmani_cello_81msqhp3abl__sl150_2リン・ハレル(Vc)、ウラディーミル・アシュケナージ(Pf)(1984年録音/DECCA盤) アシュケナージはロシア人にしては余り土臭さを感じさせないのが個人的には物足りませんが、ピアノの音の美しさが素晴らしく印象的です。ハレルのチェロもとても上手く、自由自在に弾き切っています。大胆かつ丁寧さを感じて素晴らしいです。あらゆる意味でリファレンス的な演奏だと思いますが、その分、強烈な個性は有りません。この演奏に濃厚なロシアンロマンティシズムを求めようとすると無理が有ると思います。このCDにはソナタ以外のラフマニノフのチェロ曲が収められていてやはり同傾向の演奏です。

Rachmani_cello_51j0ugglhpl_2ヨーヨー・マ(Vc)、エマニュエル・アックス(Pf)(1990年録音/SONY盤) 流石はヨーヨー・マで、驚くほど良く歌います。表情も極めて豊かで、一音一句にニュアンスが付けられているのに感心します。と書けば、いつものヨーヨー・マですが、実はこの人は僕はやや苦手です。余りに表情が豊か過ぎるのに逆に煩わしさを感じてしまうからです。ポルタメントが不要と思われる箇所でも多用するのも気になります。要するに好みの問題ですね。けれども、これだけ表現力の有るチェロが人気が高いのは全く不思議では有りません。終楽章でも朗々と歌い、スケールの大きさが凄いです。アックスのピアノは音は美しく、洒落っ気こそ有りませんが非常に立派な演奏です。

Rachmani_cello_41o5hheucml_2ミッシャ・マイスキー(Vc)、セルジオ・ティエンポ(Pf)(2005年録音/グラモフォン盤) ルガーノでのライブ録音とのことですが、完成度は高く、実演ならではの緊迫感が凄いです。マイスキーも表情がとても豊かですが、演奏に一気呵成の勢いが有るのでヨーヨー・マのような勿体ぶった感じはしません。むしろラフマニノフの心情がよほど良く表れているように思います。チェロの音色は非常に美しいですし、高音の艶やかさにも惚れ惚れします。ベネズエラ出身のティエンポはこのとき33歳ですが、マイスキーとピタリと息の合ったピアノが素晴らしいです。音も美しいです。ソナタ以外には珍しい小品をチェロで演奏していますが、いずれもライブ録音です。

Rachmani_cello_51yeio1krl_2アレクサンダー・クニャーゼフ(Vc)、ニコライ・ルガンスキー(Pf)(2006年録音/ワーナー盤) 音楽がその演奏家の生きざまを表す好例ではないかと思います。クニャーゼフは17歳でチャイコフスキーコンクールに入賞しながらも、筋力が衰える奇病にかかり数年間の闘病後、のちに妻となるピアニストの献身的な協力を得て見事に再起します。ところが交通事故でその妻を亡くし、自身も重傷を負ってしまいます。そこから再び不死鳥のように立ち上がった後のこの演奏からは、人の生きる悲哀を強く感じずにいられません。演出や誇張というものが感じられず、クニャーゼフというチェリストの沈み込む心のつぶやきを聞いているような気にさせられます。チェロの音色も暗く地味な印象を受けます。ルガンスキーのピアノは共感を持って素晴らしい伴奏ぶりです。この演奏は非常に個性的ですがとても強く惹かれます。唯一の難点は録音に息づかいが大きく入っていて少々気に成ることです。

Rachmani_chrcd044伊藤悠貴(Vc)、ソフィア・グルャク(Pf)(2011年録音/チャンプス・ヒル盤) イギリスで最も権威のあるウインザー祝祭国際弦楽コンクール優勝の賞として録音を行ったのが、ラフマニノフのチェロのための作品集です。この曲もその中に収められています。弱冠21歳での録音ですが、スケールの大きい演奏からはとても年齢は想像できません。正攻法で奇をてらったところが無く、曲の良さがそのまま伝わって来ます。チェロの音は伸びやかですが、しっとりとしてラフマニノフの音楽にぴったりです。特に気に入ったのは終楽章の第二主題でゆったりと大きな広がりを持って歌うところです。名だたる百戦錬磨の巨匠たち以上とまでは言いませんが、こうして肩を並べて聴き比べが出来るというのは凄いことです。英国の権威ある音楽雑誌ストラッド誌で特選盤に選ばれるだけのことはあります。彼は昨年あたりから国内での活動を本格的に始めて生演奏に触れられる機会が増えましたので、CDとの聴き比べも楽しいと思います。

以上の中で、特に気に入っているのは、いかにもライブ録音の感興の沸き立つマイスキー/ティエンポ盤と、ラフマニノフの不健康さが一番強く出たクニャーゼフ/ルガンスキー盤、それにスケール大きく自然な表現の伊藤悠貴/グルャク盤の3つです。これはあくまでも自分の好みということで。

伊藤さんが最も尊敬しているというデヴィッド・ゲリンガスのCDも聴いてみたいのですが未聴です。

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コメント

ラフマニノフのチェロソナタ、いい曲ですね!

作品番号19なので、催眠療法でメンタル面を克服し見事復活を果たした、ピアノ協奏曲2番作品18の次の作品ということになります。
ラフマニノフの創作力が最も充実していた頃の作品なので、ラフマニノフらしさ120%で、素晴らしいです。

私のダントツの第一位は、ダニイル・シャフラン、フェリックス・ゴトリーブの演奏(1979年のメロディア録音)です。朗々と力強く響く音色と歌うところは思い切り歌う、ヴィヴラートもすごく魅力的な演奏です。
第二位はロストロポーヴィチとデドゥーヒンの演奏です。

後は…、原則チェリストだけ挙げますが、リン・ハレル、フェードル・ルザノフ(ピアノはスベトラノフ)、キリル・ローディン、アレクサンドル・ドミトリエフ、アレクサンドル・ルーディン、ゲイリー・ホフマン(ピアノはコラール)などですが、印象は今一つ。

ブログを拝見して、早速手に入れた伊藤悠貴盤は、想定外にバランスの良い演奏でしたので、これが第三位ということで。。。

投稿: joe | 2016年7月10日 (日) 21時04分

Joeさん、コメント頂きありがとうございます!

ラフマニノフのチェロソナタ大変お好きなのですね。本当に良い曲ですよね。

シャフラン/ゴトリーブ盤というのは聴いていませんが良さそうですね。機会が有れば是非聴いてみたいと思います。ご紹介ありがとうございます。

伊藤悠貴盤も気に入られたようなので良かったです!

投稿: ハルくん | 2016年7月13日 (水) 12時35分

ラフマニノフがチェロ曲を書いていたことを、日本人の98%ぐらいは知らないのではないでしょうか?

私も伊藤盤を聴くまで知りませんでした。

第一楽章の冒頭の憂鬱さに聴く気をそがれる人が多そうです。

「ラフマニノフ名曲集」みたいなアルバムに、第4楽章だけ入れておくと、全曲聴いてみたいという人が現れるかもしれません。

マイスキーの激しさはこの曲に合いそうなので、聴いてみたいと思います。


投稿: blue monk | 2016年7月14日 (木) 16時04分

blue monkさん、コメントありがとうございます。

ラフマニノフといえば「ピアノ」。そのイメージが強過ぎるのでしょうね。
そうですね、憂鬱さが嫌いな方ですとそうかもしれません。私はいたってネアカですが、逆に憂鬱な音楽は好きです。

マイスキーお聴きに成られてみてください。あと良ければ”憂鬱な”クニャーゼフのほうも。

投稿: ハルくん | 2016年7月14日 (木) 23時16分

失礼かもしれませんが、私はピアノ曲を聞くことはほとんどありません
若い時からそうなんですが、濁りを感じて気分が悪くなることが多かったです
しかし、名曲だから頑張って聞けばよく聞こえるようになるのかなと思いもしましたが。。。

調べてみると平均律が。。。いろいろ書いてますね
ピアノと弦楽器の共演には違和感がある自分です
弦楽器の音がピアノで汚されてるように聞こえるのです
できれば、オーケストラと弦楽器のほうがいいと思います

投稿: pp | 2016年7月15日 (金) 08時10分

ppさん、コメントありがとうございます。

ピアノの音が苦手なのですね。
理由はやはり平均律?なのでしょうか。仰ることはわかる様な気もします。

ただ、弦楽器は弦楽器で奏者の力量で音程が狂いを生じることが多々ありますので一概には言えず、感じ方の問題に思います。

音楽に『絶対』は無く、人それぞれで宜しいのだと思いますよ。

投稿: ハルくん | 2016年7月16日 (土) 00時52分

7月10日のコメントの続きです。

ラフマニノフのチェロ・ソナタ、
LP末期であった学生時代には、トルトゥリエとチッコリーニのEMI盤を手に入れ、聴いておりました。
当時は代々木にジュピターという輸入レコードショップがあり、そこに注文して、入るかどうかわからないと言われながら、待つこと約6か月、やっと手に入れたレコードに針を落として、チェロの音が流れた時の感動はひとしお。アマゾンで手軽に輸入できる今日とは隔世の感があります。

そんな風にやっとのことで手に入れたトルトゥリエ盤でこの曲に馴染んでいたある日、
FMで別の演奏でこの曲が流れていたので聴きました。

もう、言葉で言い尽くせない、とてつもない演奏、
まさに自分の中にあるこの曲のイメージにピッタリとはまって、打ちのめされてしまいました。
一度聴いただけですが、忘れられない演奏…、それがダニイル・シャフラン、フェリックスゴトリーブの演奏でした。
この演奏があれば、もう他の演奏はいらない、私にとってのシャフラン盤は、こういう言葉が、宣伝文句ではなく、一つの真実として響きます。

しかし、シャフラン盤はなかなかCD化されませんでした。
あの演奏の感動に、少しでも近い演奏はないか、いろいろなCDを聴きましたが、頭の中のシャフラン盤のイメージを凌駕する演奏には巡り会えませんでした。先日コメントさせていただいたCDのほか、マや、シフなどのCDも聴きましたが、やはり違う…。

そんな中、今から10年ほど前だと思いますが、シャフランのメロディア録音がまとまってCD化されその中に、あの感動の演奏がありました!
(ただ、ショパンのチェロ・ソナタとの組み合わせの盤では、インレイの表記が、ゴトリーブではなく、ギンスブルグになっています)

自分の中の曲のイメージにピッタリの演奏に巡り会えた悦び、こういう感動があった次第です。

投稿: joe | 2016年7月16日 (土) 20時39分

joeさん、こんにちは。

ダニイル・シャフラン、フェリックス・ゴトリーブ盤について詳しくご紹介下さりありがとうございました。

調べてみましたが、せっかくの希少ディスクもみな廃盤のようですね。当分入手は難しそうなのが残念です。

投稿: ハルくん | 2016年7月17日 (日) 00時13分

お答えいただきありがとうございます

(クラシックの場合、ピアノと共演する時はピアノに合わせて平均律、無伴奏の場合は響きが綺麗な純正律と使い分けているようです。)
こんなご苦労があるんですね

ヴァイオリンはピアノと共演するときは別物として聞くべきかもしれません
確かに空気感とか浮遊感が違うかもしれません
しかし、この微妙な音程の差が音楽の大きな差に繋がるように思います

投稿: pp | 2016年7月18日 (月) 09時22分

ppさん、こんにちは。

ヴァイオリニストの諏訪内晶子さんの本に若いころ、ヘルマン・クレヴァースという名人の前で演奏をして「音程がまるで駄目」と言われた話が有りました。平均律的な音程で弾いていたのを指摘されたいう内容だったと記憶しています。
調によっても音程が微妙に変わるので大変ですが、それだけ耳の良さが試されるのでしょうね。

投稿: ハルくん | 2016年7月21日 (木) 12時58分

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