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2015年3月

2015年3月24日 (火)

たかこ・やぎりんバンド&枝元一代 「広い河の岸辺コンサート」 at シェア奥沢

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春うららの日曜日、シェア奥沢で、たかこ・やぎりんバンド&枝元一代の「広い河の岸辺コンサート」が実現しました。以下は、シェア奥沢のオーナー堀内さんのフェイスブック・イヴェント・アルバムからの引用です。

2015年3月22日、やぎりん(八木倫明さん)をお迎えしたコンサート「広い河の岸辺」は、シェア奥沢の常連さんの企画、ご縁で実現したものです。当日は思いがけない出会いがいくつもあり、見えないところでじわじわとご縁が深くなっていることを実感した会でした。
八木さんのケーナで聴く「広い河の岸辺」は、やはり深い感動を受け、最後には合唱で皆で歌い、満員の会場がひとつになりました。藤枝貴子さんのアルパ(パラグアイのハープ)の響きはすばらしいもので、ボーカルの枝元一代さんは、前日が初の音合わせだったとは信じられない、素晴らしい歌声のハーモニーでした。
交流会の後に「広い河の岸辺」の背景を取材したNHKのドキュメンタリー番組の録画を皆で視聴し、またまた深い感動をわかちあう場となりました。

演奏会はビデオ撮影し、公開の許可を得ましたので、後ほど一部をYoutubeにアップする予定です。

本当に素晴らしいコンサートになりました。普段ここでは主にクラシックの鑑賞会を開いているのですが、今回は非クラシックのコンサートです。けれども、たかこ・やぎりんバンドのレパートリーは350年前のスコットランド民謡からイタリア・ルネッサンス音楽、はたまたメキシコ、パラグアイなど中南米の民謡、また日本の古謡など、長い時を経て、国を越えて愛され引き継がれてきた、いうなれば「ワールド・タイム・トラベル・ミュージック」です。つまり、カテゴリーレスのプログラム内容なのです。クラシック音楽はもちろん素晴らしいですが、非クラシックにもそれに少しも劣らぬ魅力と深い味わいが有るといつも思っています。

演奏に入る前に挨拶と紹介をして、そのまま最前列席で聴きました。たかこさんのアルパ演奏台の直ぐ前です。目の前に見るたかこさんの凛とした演奏姿は美しく、何か神々しさを感じます。アルパ=ハープですので、要は”竪琴”。ギリシア彫刻か何かに有りそうな”竪琴を奏でる女神”そんな印象を受けてしまいます。とすると、ケーナを演奏するやぎりんは、さしづめ同じギリシア神話に登場する”笛を吹く牧神パン”でしょうか。実際にパン・フルートを演奏しますしね。少年のハートを持ってそのまま大人になっちゃったようなところが有って、茶目っ気も持ったやぎりんのイメージに案外と合ってそうです。それにパンは上半身が山羊(やぎ!)ですし、ゼウスが天に掲げて”やぎ座”となったのですね。

面白いことにギリシア神話には、パンが竪琴の神様アポロンと演奏比べをした話が有ります。パンが笛を演奏し、その後にアポロンが竪琴の演奏をして、山の神様がその審判をするのですが、山の神様が軍配を上げたのはアポロンの方でした。ということで、神話の時代から笛の演奏家は竪琴の演奏家には頭が上がらない??ということなのかもしれませんね。

でも、現代のパンとアポロンのバンドのハーモニーは抜群です。遠くギリシア神話に想いを馳せたくなるような見事な音の調和です。たかこアポロンはさすがは竪琴の神様。両手の指先からつぐみ出す音は繊細さの極みで、アルぺッジオの強弱の変化も、まるで浜辺に寄せては返す波のように自然な変化を感じさせてくれます。本当に素晴らしいと思います。

今回はそこに枝元一代さんという元宝塚歌劇団出身の素敵な歌手がコラボしました。一代さんは普段は中南米の音楽を歌っていますし、たかこ・やぎりんも中南米音楽はレパートリーの一つの柱です。両者は演奏前から通じてしまうのかもしれません。今回は、たかこ・やぎりんの曲「広い河の岸辺」「思い出のサリーガーデン」と一代さんのライフワーク曲「よろこびのうた(メキシコ民謡)」の3曲の共演となりましたが、各曲の雰囲気がとても調和が取れていて自然です。「よろこびのうた」が加わることで、たかこ・やぎりんの元のプログラムに更に厚みが加わるという幸福な結果がもたらされたと思います。愛情と優しさに溢れるこの素晴らしい曲に柔らかいアルパの響きがとても良く似合っていました。

それにしても、一代さんの美しい声はそれだけで大きな魅力なのですが、素晴らしいのは決してその声に頼っていないことです。言葉の一つ一つを本当に大切にして、優しく語りかけるように歌い、心の思いや気持ちを可能な限り聴き手に伝えようとしているのが良く分ります。凄く胸の奥にまで響いてくる歌でした。「広い河の岸辺」が終わったあとに、やぎりんが思わず「素晴らしいです・・・」と漏らした言葉が印象的でした。僕は前日の初リハーサル&別コンサートでの本番、そしてシェア奥沢でのリハーサル&本番と合計5回以上はこの歌を聴きましたが、最後の本番での歌は言葉にならないぐらい素晴らしかったです。これから先、一代さんの歌う「広い河の岸辺」を再び聴く機会はきっと有るだろうと思いますが、その時にどんな風に歌って聴かせてくれるのか楽しみでなりません。もう1曲の「思い出のサリーガーデン」の歌唱も「広い河の岸辺」に負けないぐらい素晴らしかったです。

シェア奥沢は木造家屋で床も木ですので、アルパの音が非常に良く響きました。演奏台に共鳴して床全体が響くために、音の量感が驚くほどでした。ケーナももちろん木の笛ですので、美しく自然に響き渡って素晴らしかったです。
やぎりんはシェア奥沢をとても気に入ってくれた様子で、「次回は秋ごろにでも」という言葉が出たほどでした。コンサートの再演は確実ですね。

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コンサート終了後の左から、やぎりん、一代さん、たかこさん、たかこさんの愛娘優希ちゃん

<参考>
この日の演奏曲目(★歌:枝元一代)

1.埴生の宿
2.すみれ(小さなオルゴール) ウニャ・ラモス
3.さくらさくら 日本古謡
4.コンドルは飛んで行く ダニエル・アロミア・ロブレス
5.ラ・サンドゥンガ(僕の心のお母さん) メキシコ民謡
6.コーヒー・ルンバ(ベネズエラ) ウーゴ・ブランコ
7.よろこびのうた★ メキシコ民謡/谷川越二、枝元一代 作詩

******休憩******

8.アルパ・ソロ曲
. 牛乳列車(パラグアイ) フェリックス・ペレス・カルドーソ
10.
ラピュタ・シチリアーナ イタリア・ルネサンス音楽
11.
思い出のサリーガーデン★ アイルランド民謡/やぎりん訳詩
12.
広い河の岸辺〜The Water Is Wide〜★ スコットランド民謡/八木倫明 訳詞
13.
引き潮 ロバート・マクスウェル
14.
アマポーラ  ホセ・マリア・ラカーリェ

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2015年3月20日 (金)

ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 ラザール・ベルマンの名盤

51bwzmb6oalラザール・ベルマン(ピアノ)、クラウディオ・アバド/ロンドン響(1976年録音/SONY盤)

ラフマニノフの代表作は何と言ってもピアノ協奏曲第2番。けれども聴き応えの点では第3番も少しも劣りません。第3番をメインに演奏するヴィルトゥオーソ・ピアニストも多いぐらいです。

この曲の愛聴盤は幾つも有って、ホロヴィッツ、ガヴリーロフ、アルゲリッチ、中村紘子、それにラフマニノフ本人の録音です。それに今回加わるのがラザール・ベルマンがアバド指揮ロンドン響のサポートで1976年にセッション録音したディスクです。

ロシアには昔から「幻の演奏家」という触れ込みで紹介される人が多かったですね。かつてはリヒテルもそう、このベルマンもそうでした。現在もグリゴリー・ソコロフなど少なくとも我が国では未だに「幻」の状態です。

ラザール・ベルマンは風貌が「森の熊さん」(「マッサン」なら森野熊虎??)なので、それまでのクラシック演奏家の神経質なイメージとは随分異なって見受けられました。しかし神経質に見えないのは演奏にも共通していて、例えば”病的なまでのデリカシー”のようなものは感じませんでした。テンポも基本的にイン・テンポを崩さないので、案外と武骨な印象を持つほどです。ですので個人的にはそれほど興味を持っていたピアニストでは無かったのです。この演奏に関しては、”アバドのロシア物”というのもさほど興味が有りませんでした。アバド本人は昔からロシア物が大好きですが、僕は申し訳ないけれど正直言って”ニセモノ”という偏見の目で(耳で?)見ていました。今でも基本的には変わりません。

それがどうして今頃このCDを聴いたのかと言えば、たまたま聴いた試聴で気に入ってしまったからです。
『あれっ、これはイイじゃないか。自分の耳はロバの耳だったのか!ヒヒ~ン!』そんな驚きです。

第1楽章はゆったりとしたイン・テンポで特にルバートを効かせることも無く、淡々と進みます。一見「ベルマンは曲への思い入れが希薄なのでは」とでも思ってしまいそうです。けれどもそれは間違いで、一点一画を曖昧にしない演奏が徐々に大きな造形感を生み出し、圧倒的なスケール感を感じさせてゆきます。このあたり、”ピアニストのジュリーニ”という印象を受けます。ロンドン響は必ずしもロシア風の歌い回しが出来る訳では在りませんが、楽壇の持つ音色は渋く暗く、この曲にうってつけです。これがもしもベルリン・フィルであればずっと明るい音になってしまい、余り向いていなかったと思います。
ピアノの気迫や激しさではホロヴィッツ、ガヴリーロフ、アルゲリッチの敵ではありませんが、広大なロシアの大地を想わせるこの演奏には惹き付けられます。派手さや明るさが乏しい分、ハリウッド的な印象を受けないのはむしろ好ましい気がします。カデンツァ後ではいじらしいほどに情感を湛えていて本当に素晴らしいです。

第2楽章も同様ですが、アバドも後年のようなくどさが無く、管弦楽の響きはベルマンのピアノと静かに溶け合って、遠い夜のしじまの様に感じられます。しかしそれは徐々に盛り上がってゆき、やがては愛の調べとしてエクスタシーに到達します。うーん、「逢いびき」!(←意味不明??)

第3楽章でもせせこましさが無く、大地にしっかりと立つ様な堂々とした風格を感じます。いわゆる「情熱的な演奏」とは異なりますが、さりとて冷めている訳でも何でもなく、聴き終えた後には「素晴らしい音楽を聴いた」という充実し切った余韻を残してくれます。

ということで、今後はしばらく棚から第一に取り出したくなる愛聴盤の座を占めそうです。ちなみにこのCDは2枚組で1979年のカーネギーホール・リサイタルのライブ録音がメインとなっていますが、そちらも中々に素晴らしいものです。

<関連記事>
ラフマニノフ ピアノ協奏曲第3番 名盤 ~ロシア音楽紀行~

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2015年3月13日 (金)

ラフマニノフ 交響曲第2番ホ短調op.27 ヴァレリー・ポリャンスキーの名盤

Rachmaninov_chan9665ラフマニノフ 交響曲第2番ホ短調op.27 ヴァレリー・ポリャンスキー指揮ロシア国立交響楽団(/1997年録音シャンドス盤)

毎年恒例となっていた「暖炉にあたった気分で聴く冬のロシア音楽特集」ですが、今年は暖冬だったせいか(といっても北日本はいまだに大雪で大変ですが)、特集をしないうちに早春を迎えてしまいました。(汗)
そこで「早春のロシア音楽特集」??に切り替えです。

ということで、まずはラフマニノフの交響曲第2番です。
ラフマニノフの交響曲では第3番が通好みというイメージですが、ポピュラーなのはやはり第2番ホ短調op.27ですね。この曲は確かに昔のハリウッド映画音楽に似た部分も多いですが、実際は映画音楽の方がラフマニノフの音楽を取り入れたというのが正しいでしょう。あの、身も心もとろけてしまうほどに甘く美しい旋律の第3楽章アダージョが典型です。

もっとも僕は最近では第1楽章を非常に好んでいます。というのも、あのシベリウスの後期の曲に通じるような「永遠」という趣を感じずにはいられないからです。それはもちろん以前の記事で紹介したスヴェトラーノフやマリス・ヤンソンスのCDの演奏からもある程度は感じ取れるのですが、新たに愛聴盤に加わったヴァレリー・ポリャンスキーのCDからは最もシベリウス的な”静寂”が感じられるのです。情緒綿々とオーバーに歌い回すのがラフマニノフの音楽だと思っていると、認識を大きく覆されます。ポリャンスキーの演奏は”常識的な”ラフマニノフの演奏スタイルからは最も遠いところに有ります。

それにしても、この演奏は何と美しいのでしょう。静かに、心の奥にゆっくりとゆっくりと浸みこんでくるような、いじらしいほどの美しさです。表現に虚飾が無い分、時間は余計に掛りますが、内面に浸透して到達する深さは計り知れないほどです。その点、特に魅力を感じるのは第1楽章と第3楽章です。第2、第4楽章ではたとえばスヴェトラーノフの豪放な迫力には及びませんが、第2楽章の緩徐部分の美しさにはやはり胸を打たれます。

ところで、ポリャンスキーの手兵のロシア国立響ですが、これはかつてスヴェトラーノフが率いた楽団とは別のものです。あのスヴェトラーノフの分厚く鳴り響く音には及びません。金管の上手さや全体の音の切れの良さなども僅かに劣る印象です。けれどもポリャンスキーの音楽性はそのハンディを物ともしない素晴らしさなのです。このコンビのチャイコフスキーの後期三大交響曲のCDの演奏と全く同じ類の素晴らしい満足感を得られます。それに、未聴ですが大半の交響曲を録音しているグラズノフの演奏なども、さぞや美しいのではと想像させます。

これほど実力のある指揮者がこれまで日本でほとんど無名の存在だったのは信じられないことですが、嬉しいことに今年の7月、ついに日本の聴衆の前に姿を現してくれます。それもチャイコフスキーの三大交響曲を一夜で演奏するという離れ業を行なってくれるのです。それまであと4か月。待ち遠しくて仕方が有りません。

<関連記事>
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2015年夏 ポリャンスキー/ロシア国立響の来日公演決まる!
チャイコフスキー 後期三大交響曲 ポリャンスキー/ロシア国立響
「ロシア民謡集」 ポリャンスキー/ソヴィエト国立室内合唱団

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2015年3月 8日 (日)

たかこ・やぎりんバンド 「シェア奥沢コンサート」のお知らせ

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クミコの歌で大ヒット中のスコットランド民謡「広い河の岸辺(The Water Is Wide)」の日本語訳で知られるやぎりんがシェア奥沢にやって来ます!

「シェア奥沢 春のコンサート」
パラグアイのハープとアンデスの笛ケーナのデュエット
世界最小管絃楽団 たかこ・やぎりんバンド♪
ゲスト歌手 枝元一代

2015年 3月22日(日)
午後3:00開演(開場2:30)
   (4:45終演予定)
会場:シェア奥沢(定員40人)
   (東急自由が丘駅から徒歩6分)⇒MAPと行き方
終演後、出演者とお客様の交流会があります。

入場料¥1200(茶菓付き)
交流会参加費¥800(軽飲食付き)

予定曲
広い河の岸辺 The Water Is Wide スコットランド民謡:八木倫明訳詞
よろこびのうた メキシコ民謡:谷川越二、枝元一代 作詩
思い出のサリーガーデン アイルランド民謡:やぎりん訳詞
コンドルは飛んで行く(ペルー) 他(詳しくは上記チラシ参照)

※基本的に地域コミュニティ向けの特別コンサートですが、一般の方でも参加可能です。
予約申し込み、お問い合わせは下記まで
ハルくん harucla0912@yahoo.co.jp

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2015年3月 5日 (木)

ハインリッヒ・ビーバー 「レクイエム」 名盤

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             ザルツブルク大聖堂

2006年の秋のこと、ザルツブルクを訪れる機会が有ったので大聖堂に立ち寄り、ここで起きたいにしえの様々なシーンを想像しては感慨に浸りました(上の写真はその際に撮影したものです)。

モーツァルトが1756年にザルツブルクで誕生して洗礼を受けたのもこの大聖堂ですので、ちょうどその250年目だったのですね。

そして、モーツァルトが生まれる約70年前の1687年、ここで初演が行われたのがビーバーの「レクイエム」です。故郷のボヘミアからザルツブルクへ移り住み、宮廷楽長となったハインリッヒ・ビーバーでしたが、仕えていた大司教マクシミリアン・ガンドルフ・フォン・キューンブルクが亡くなった時に追悼ミサの為に演奏されました。マクシミリアンが突然亡くなったのが5月3日、ミサはその6日後の5月9日に行われたことから、この曲は生前から既に用意されていたものと考えられます。宮廷音楽家の仕事というのは、そういうものなのでしょうね。

この曲は演奏時間としてはおよそ25分ほどですが、構成は以下のように5部からなります。

Ⅰ.入祭唱(Introitus)-キリエ(Kyrie eleison)
Ⅱ.続唱(Sequentia)-怒りの日(Dies iræ)
Ⅲ.奉献唱(Offertorium)
Ⅳ.サンクトゥス(Sanctus)-ベネディクトゥス(Benedictus)
Ⅴ.アニュスデイ(Agnus Dei)-聖体拝領唱(Communio)

初演時には下記の図のように合奏隊が中央だけでは無く、左右の上部に2隊づつ置かれ、全部で5隊に分かれて演奏が行われたそうです。

Biber_requiem_first_consert       ビーバー「レクイエム」初演時の楽隊の配置

ビーバーというと、どうしても名曲「ロザリオのソナタ」を始めとしたヴァイオリン楽曲のイメージが強いのですが、宮廷音楽家として宗教曲も多く書き上げています。後年この地で同じ宮廷音楽家を務めたモーツァルトが書いた「レクイエム」はウイーンに移ってからの作曲ですので、ザルツブルクの「レクイエム」といえば、やはりビーバーの作品となるでしょう。

モーツァルトの「レクイエム」は未完ながら相当な大作で、音楽には強い哀しみや激しさ、あるいは荘厳さを感じさせますが、ビーバーのこの曲には深刻さは感じられず、大きな起伏が見られない淡々とした音楽となっています。人の死が「悲劇」では無く、「安らかな天国への旅立ち」なのだという宗教観に忠実に基づいているのでしょう。幸福感や慈愛を感じさせる落ち着いた曲想です。
それでも、弦楽による伴奏などは音楽の端々で極めて効果的に生かされていて、さすがはビーバーという印象を受けます。この曲は一度聴いただけではそれほど強い印象は受けませんが、何度も繰り返して聴き込むうちに、心にじわじわと浸透してくる不思議な魅力を持ちます。やはり愛すべき名作です。

愛聴盤は二つだけですが、どちらも特筆大書すべきディスクです。

Biber_requiem001ジョルディ・サバール指揮ラ・カペラ・レイアル&コンセール・デ・ナシオン(1999年録音/ALIAVOX盤)

何といっても、ザルツブルク音楽祭で初演場所である大聖堂で行われたライヴ録音です。しかもこの時には初演時の再現が試みられ、5つの合奏隊を立体的に配置しています。残念ながら録音では視覚的な確認は出来ませんが、立体的な音響効果からある程度想像が出来ます。「レクイエム」に先立ち、器楽合奏のみの「葬送行進曲(Marcia Funebre)」が演奏されますが、これも初演時の再現なのでしょうか。演奏についてはビーバーの楽譜には書かれていないトランペットとティンパニが加えられている為に、非常に壮麗な印象を受けます。但しライブ録音ですので、古楽器の演奏に幾らか安定感を欠く面が見られるのと、ヴァイオリンの音が埋もれて聞こえる点がマイナスです。一方で深く豊かな残響の中から浮かび上がる透明なコーラスは神秘感を漂わせて素晴らしいのですが、それは飽くまでも”純音楽的”なそれであり、必ずしも”宗教的な敬虔さ”を感じさせるものでは有りません。初演時の演奏がどのようなものであったか”学究的に”追及した演奏であることは間違いありませんが、この演奏が真に感動的に感じられるかどうかは、結局は聴き手の心と耳に負うところが大きいと思います。

Biber_519uzgvzabl__sy300_ハンス・ギレスベルガー指揮ウイーン少年合唱団&ウイーン・コンツェントゥス・ムジクス(1968年録音/TELDEC盤)

モーツァルトの「レクイエム」で奇跡的な名演奏を聴かせてくれたギレスベルガーですが(下記:関連記事参照)、ビーバーの曲でも素晴らしい名演奏を残しています。但し、このディスクではアーノンクールが演奏する他の曲が表に立っていて、うっかりするとギレスベルガーの名前を見逃します(というかジャケット表面には書かれていない!)。ウイーン少年合唱団の純真な歌声はこれこそ正に宗教曲だという印象を受けます。独唱にもボーイ・ソプラノとアルトが使われていて、当然ながら歌唱は完璧では有りません。けれども宗教曲において完璧性を第一優先したいわけでは有りませんので、気になりません。それよりも素朴で地味な歌声はレクイエムというよりも、むしろモーツァルトのミサ・プレヴィスでも聴いているような印象です。サバール盤がどんなに初演に忠実であろうとなかろうと、自分が聴いていて感銘を受けるのはギレスベルガーの方なのです。何という美しい音楽なのだろうかと感じずにはいられません。またスタジオ録音ですので、ビーバー得意のヴァイオリンの音のソノリティの明確さも大きな魅力です。それでいてコーラスは残響豊かな教会で歌っているように聞こえて素晴らしいです。ちなみにこのCDは現在はapexから廉価盤が出ていますので入手し易いはずです。

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モーツァルト 「レクイエム」 名盤

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2015年3月 2日 (月)

「ラ・メール(La Mer)」 シャルル・トレネのライヴ

以前にも記事にしたことのあるシャンソンの名曲「ラ・メール(La Mer)」。
子供の頃、マントヴァーニの演奏で聴いて妙に好きだったのだけれど、今でもやっぱり全てのポピュラー音楽の中で一番好きな曲なんです。この曲の作曲者のシャルル・トレネが歌うライヴ映像を見つけてただただ感動。
うーん、この地中海の抜けるような蒼さの空と海の雰囲気、最高だ!

<関連記事>
ラ・メール(La Mer) ~海~

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