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2014年11月

2014年11月29日 (土)

スコットランド民謡 「広い河の岸辺」(原題:The Water is Wide)

僕はNHKの朝ドラを毎日欠かさず観ているのですが、現在放送中の「マッサン」で主人公マッサンの妻エリーがドラマの中でしばしば歌うスコットランド民謡「The Water is Wide」がとても重要な意味を示していました。
最近、この歌の人気がとても高まっているそうです。というのも、歌手のクミコさんが日本語歌詞で歌ったCDが注目をされ、東北の震災復興に関するイベントでも大勢の合唱団と共に歌われました。そのコーラス編曲版が全国で広く歌われ始めているそうです。

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ところが、今朝のNHK「おはよう日本」の中で、その歌の訳詩を書いて曲の火付け役となったのが八木倫明氏だと紹介されたので大変驚きました。その八木さんは10年前まで日本フィルハーモニーの事務局の仕事をされていて、当時仕事の上のお付き合いが有ったからです。当時から仕事の傍らに楽器のケーナを演奏されているという話は聞いていましたが、その後もずっと活動を続けておられたのですね。それが今、長い苦労が実を結び、暖かな陽光を一杯に浴びておられるように感じます。それはまるでマッサンのモデルとなった竹鶴政孝氏とリタがスコットランドから遠く離れた異国の日本で初めてウイスキー造りに挑戦し、成功した長い道のりとも重なり合うように思えて仕方がありません。

「広い河の岸辺」(原題:「The Water is Wide」)
スコットランド民謡(訳:”やぎりん”こと八木倫明)

河は広く 渡れない
飛んで行く 翼もない 

もしも小舟が あるならば 

漕ぎ出そう ふたりで 



愛の始まりは 美しく 

優しく 花のよう 

時の流れに 色褪せて  

朝露と 消えていく  



ふたりの舟は 沈みかける 

愛の重さに 耐えきれず 

沈み方も 泳ぎ方も 

知らない このわたし 



河は広く 渡れない 

飛んで行く 翼もない 

もしも小舟が あるならば 

漕ぎ出そう ふたりで

それにしても音楽や歌はどうして、かくも人と人との心を結び付けるものなのでしょう。本当に素晴らしいですね!

八木倫明氏がこの「広い河の岸辺 (The Water is Wide)」の記事を自身のブログで書かれていますのでご紹介します(こちら)。

<関連記事>
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2014年11月28日 (金)

ブラームス 今年聴いた交響曲のCDから

それでは今年聴いたブラームスの交響曲CDの単独盤をご紹介します。古い奴だとお思いでしょうが・・・相変わらず古いCDばかりです。(苦笑)

交響曲第1番

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ヨーゼフ・クリップス指揮ウイーン・フィル(1956年録音/DECCA盤)

クリップスによる最初期のステレオ録音ですが、音質は良好で許容出来ます。それにしても当時のウイーン・フィルの響きの何とも魅力的なこと!堅牢な造形を誇るドイツ・スタイルとはまるで異なる柔らかい音のウイーン風ですが、ゆったりと構えて下手なテンポ操作を行わないオーソドックスな指揮なので、安心して耳を委ねられます。と言うよりも、演奏に心が自然と惹き込まれてしまい、気付けば陶酔して浸り切っている自分が居ます。特に2楽章の歌いぶりの何と甘く柔らかいことか。単なる伴奏音型さえもがドキッとさせるほどに魅力的なのです。ヴァイオリン独奏も魅惑の限りで、名前の記述は無いのですが、恐らくはウイリー・ボスコフスキーでしょう。終楽章の序奏はあっさりと始まりますが、第1主題の歌も軽く流すようです。展開部でも力みが一切有りませんので、迫力不足に感じられるでしょうが、これこそが古くて粋なウイーンのスタイルです。

交響曲第3番

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グィド・カンテルリ指揮フィルハーモニア管(1955年録音/EMI盤)

これはEMIの9枚組BOXの中の1曲です。録音の大半はモノラルですが、この曲はステレオ録音ですので聴き易く、同じくこのBOXに収められた第1番のモノラル録音とは音質に大差が有ります。音にざらつきも少なく、当時のEMIの録音にしてはかなり良質な部類です。しかしオーケストラの管楽と弦楽をふっくらと柔らかくブレンドさせた心地良い響きを造り出しているのはカンテルリの実力なのでしょう。テンポも速からず遅からず中庸で落ち着きが有り、イン・テンポをしっかりと守るので安心して聴いていられます。大袈裟に歌わせないのもかかわらず情感にも事欠きません。ドイツの武骨さこそ有りませんが、これは極めてオードソックスなブラームスという印象です。イタリアの若手指揮者がこれだけのブラームスを振れるのは驚きで、飛行機事故による死がつくづく惜しまれます。

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イシュトヴァン・ケルテス指揮ウイーン・フィル(1973年録音/DECCA盤)

奇しくも若くして事故死した指揮者が続きますが、その割にはケルテスには録音の数が案外と多く、ブラームスも交響曲全集を残しました。同じ1970年代のウイーン・フィルとの録音とあればグラモフォンのベーム盤と比べたくなりますが、あくまで自然体で立派な貫禄を感じさせるベームとは対照的な演奏です。こちらは「積極的表現主義」とでも言えそうな、楽譜の読み方からして表現意欲が満々だからです。パートごとの音量バランスやダイナミクスがかなり極端です。特定の音型が強調されたり、通常は目立たない金管の音が浮き上がってみたりと、それはマーラーやワーグナーなら大成功するような手法です。しかしブラームスではどうか・・・。少なくとも自分は違和感を憶えてしまいます。愉しめないどころかわずらわしさを感じてしまうのです。基本テンポがいじられずにイン・テンポを守っているのは唯一の救いです。これが若さに任せた演奏だとすれば、円熟したこの人がどんなブラームスを演奏したか聴いてみたかった気はします。

交響曲第4番

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サー・ジョン・バルビローリ指揮ウイーン・フィル(1967年録音/EMI盤)

バルビローリの全集はかつて廉価のDisky盤で持っていましたが、現在は有りません。ところがこの第4番の演奏を熱烈に支持されるCBEDさんからコメントを頂いてからというもの再び聴きたくなってしまいました。そこで入手したのは中古の東芝盤です。最新リマスターに良くありがちな高域強調型でない為にEMI録音にしては聴き易さを感じます。改めて聴いてみて、つくづく深い情感に覆われた演奏だと思います。この人のマーラー演奏のようにテンポは遅く、一歩一歩を踏みしめながら歩みますが、演奏スタイルと同期しているせいか不思議と不自然さやもたれる印象は受けません。ブラームスの古典的造形は希薄でも、内面のロマンティシズムのほとばしりによって、他には例が無いぐらい強い説得力を持ちます。恐らくはバルビローリにしか演奏が出来ない非常に個性的なブラームスです。

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イシュトヴァン・ケルテス指揮ウイーン・フィル(1972年録音/DECCA盤)

現在出ているCDでは、上述の第3番とカップリングされています。お買得ですが、演奏そのものは第3番の表現スタイルと同じです。けれども1、2楽章には抵抗感は感じられず、逆に青春の光と陰のような新鮮なブラームスを愉しめました。問題は3、4楽章で、極めて積極的でダイナミックな表現がブラームスのイメージからは遠ざかります。但し、それも聴き手の好み次第ですし、こういうブラームスが好きだという方は案外と多いのではないでしょうか。自分自身、普段は枯れたブラームスを好んで聴いているので、余り固定概念にとらわれないようにする為に、時にはこのような演奏を耳にするのも良いのかもしれません。

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ヘルベルト・ブロムシュテット指揮ライプチッヒ・ゲヴァントハウス管(1996年録音/DECCA盤)

シュターツカペレ・ドレスデン、北ドイツ放送響の他にもうひとつ”ブラームス・オーケストラ”を上げるとすればライプチッヒ・ゲヴァントハウス管でしょう。ところが残念なことにコンヴィチュニー以降、指揮者に余り恵まれなかった為に目ぼしいディスク録音が有りません。この演奏もいかにもブロムシュテットらしい誠実な演奏です。けれどもこの曲の魅力を充分に引き出しているかというと疑問です。古典的な造形性は素晴らしく保たれていますが、センチメンタリズムやロマンティシズムが不足です。第1番や第2番であれば構いませんが、第4番がこれでは頂けません。表情があっさりし過ぎている部分も多いですし、気迫や重厚さにも不足して感じられる箇所が見受けられます。管弦楽の響きが素晴らしいだけに残念でなりません。もっとも、このディスクには作品74-1や作品110の3つのモテット、作品109「祭典と記念の格言」といった無伴奏合唱曲が収録されていて、むしろこちらのほうが価値が高い気がします。

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2014年11月26日 (水)

若手ピアニスト磨依さんのグリゴリー・ソコロフ・ピアノリサイタル記事

8月にシェア奥沢で生演奏をしてくれた若手ピアニストの磨依さんが、研修先のパリでグリゴリー・ソコロフのピアノ・リサイタルに行かれた様子をご自身のブログに書かれています(その記事はこちらから)。

一部のファンからは”世界最高のピアニスト”と称されながらも、日本には15年以上前に一度来ただけなので、わが国では知る人ぞ知るピアニストという存在です。ソコロフの生演奏に触れた記事も中々に少ないので、ご興味のある方はご覧になられてください。

もっともそのソコロフも、ついに大手のグラモフォン・レーベルから近々CDがリリースされるとのことですので、ようやく広く知られる存在となりそうですね。

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2014年11月19日 (水)

ブラームス 今年聴いた交響曲全集のCDから

ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデンの新盤(その記事はこちら)以外に、今年聴いたブラームスの交響曲のCDをご紹介したいと思います。
聴いてるのは大半が新録音ではなく古いものばかりですが、ブラームスの音楽の真髄は”温故知新”ですので、「ダメよ~ダメダメ」なんて言わずに「いいじゃないか~ぁ」(日本ブラキイテル連合??)

馬鹿な事を言っていないで、まずは全集盤からです。

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レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1981‐82年録音/グラモフォン盤)

バーンスタインは後期ロマン派の曲を演奏するとテンポは遅く、しかも大きく揺れに揺れて限りなく濃厚な演奏をします。ところが古典派形式の曲だと、確かにロマンの味わいは強いのですが、しっかりとイン・テンポを守り、様式感をとても大切にします。ですのでモーツァルトやブラームスのシンフォニーも安心して聴くことが出来ます。この全集も、どの曲の演奏でも奇をてらった演出は一切行わずに造形性を重視しています。ですので「踏み外し」が全く有りません。これはブラームスの演奏としては我が意を得たりです。4曲ともゆったりとしたテンポでスケール大きく聴き応え充分です。緩徐楽章などでは幾らか耽美的に過ぎるような印象を受けないでもありませんが、その分ロマン的な情緒表出がとても豊かです。第4番の3楽章では腰の軽さを感じますが、これはこれで解釈として許容できます。ウイーン・フィルの音は幾らか明るめに響いていますが、これはこの楽団の元々の特徴ですし、しっとりとした歌や楽器の音色の美しさは正に絶品で魅了されます。それは4つの交響曲のどの曲についても共通しています。

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ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送響(1996-97年録音/RCA盤)

ブラームスを演奏させてシュターツカペレ・ドレスデンと並ぶのが北ドイツ放送響だと思いますが、ドレスデンの持つ暖色系の音に対して暗いモノトーンの北ドイツ放送は正にブラームスの生まれ故郷ハンブルグのどんよりした曇り空を想わせます。ヴァントが晩年にライブ録音したこの全集はその暗く渋い響きを生かした演奏です。第1番は全体的には引き締まった好演なのですが、問題が有るのは終楽章で、突然のテンポのギア・チェンジが頻出します。それによってスケール感が極端に損なわれてしまい矮小な印象を受けます。ティンパニーの強打も目立ち過ぎて気になります。第2番は他の3曲と比べるとずっと南ドイツ的なおおらかさと美しさを感じる曲なのですが、ヴァントの演奏は極めて北ドイツ的で、彫の深いのは良いとしても少々神経質に聞こえます。始終金管が張り出して聞こえるのも煩わしさを感じます。第3番は速めのテンポでリズムの刻みが浅いためにスケールが小さく感じられてしまいます。もたつかないで良いと感じられる方も居られるでしょうが、自分の好みとは異なります。第4番でも細部のニュアンスへの非常なこだわりが感じられますが、それには抵抗を感じないばかりか愉しめます。これはやはり曲想のせいでしょう。決して重量級ではありませんが、イン・テンポを通していて聴き応えは充分です。

ということで色々と不満を述べてはいますが、ティーレマン盤も含めて、今年新たにコレクションに加えた全集盤はどれも一聴の価値が有りました。
次回は単独曲のディスクです。

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2014年11月14日 (金)

マレイ・ペライア&アカデミー室内管弦楽団 日本公演

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昨日、マレイ・ペライア&アカデミー室内管弦楽団のコンサートを聴きに行きました。ところが昼過ぎから始まっていた頭痛が会場のサントリーホールに到着したころから酷くなり困りました。ここまで来て帰るのも何なので我慢して席に着きましたが、とても集中して聴けるような状態ではありませんでした。

それはともかく昨日の演奏曲目です。

メンデルスゾーン:弦楽のための交響曲第7番ニ短調
モーツァルト:ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467
         (休憩)
J.S. バッハ:ピアノ協奏曲第7番ト短調BWV1058
ハイドン:交響曲第94番ト長調Hob.I-94「驚愕」

客席はぎっしり埋まり満席でしたね。ペライアを生で聴くのは実は初めてでしたが随分と人気が有るのですね。
さて、演奏が始まりましたが、自分はそんな体調ですのでぼうっとしていてまともには聴けていません。従って感想は余りあてに成りません。

メンデルスゾーンは指揮者無しのアンサンブルでしたし、曲も曲なので特別な印象は有りません。
モーツァルトの協奏曲第21番ではペライアのピアノがタッチも音も意外に鈍いように感じました。昔ペライアが録音したCDで聴く、あの美しいモーツァルトとは「ちょっと違うなぁ」という印象です。が、それはもしかしたら自分の頭が鈍かっただけかもしれません・・・ 
バッハの協奏曲第7番はヴァイオリン協奏曲第1番からの編曲ですが、同じ鍵盤楽器でもチェンバロで聴く協奏曲は結構好きなのですが、ピアノの音にはどうも違和感が残ります。ピアノの音が弦楽に埋もれてしまうのです。バッハのピアノによる独奏曲の演奏は嫌いではありませんが、協奏曲にはピアノよりもチェンバロのほうが向いているように思います。しかしペライアの弾く協奏曲2曲を聴いてみて、今度は独奏曲を聴いてみたいなぁとは思いました。
最後のハイドンの「びっくりシンフォニー」にはペライアの指揮にビックリしました。テンポもダイナミクスも大胆で派手な演奏だったからです。ペライアの端正なピアノ演奏からはとても想像が付きません。別の面を見たことで面白かったのですが、僕の頭の中は真っ白・・・だったかな。この演奏は体調が良い時に聴いてみたかったです。

とういうわけで、まったくアテにならない感想記でした。申し訳ありません。

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2014年11月11日 (火)

クリスティアン・ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデンのブラームス交響曲全集 新盤

♪更け行く~秋の夜~♪には、別に旅の空を見上げなくてもセンチメンタルになってしまいます。そんな時にピッタリなのが哀愁漂うブラームスの曲ですよね。

毎年恒例の『秋のブラームス祭り』ですが、この1年モーツァルトばかりを聴いていたせいで、余り新しいディスクを聴いていません。”祭り”とは名ばかりの特集となりますが、ご容赦願います。

ということで、まずは今年リリースされたクリスティアン・ティーレマン/シュターツカペレ・ドレスデンの交響曲全集です

Uccg1674m01dlクリスティアン・ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデン(2013年録音/グラモフォン盤)

第1番は1楽章の開始早々から重厚なテンポと響きに心を奪われます。イン・テンポを保っているのが良いです。2、3楽章も美しい響きが素晴らしいのですが、その割に味わいに於いては最高レベルからほんの僅かに下がるような気がします。もっとも、問題は終楽章の有名な第一主題です。楽譜の指定はポーコ・フォルテのアレグロ・コン・ブリオなのですが、どう聴いてもメゾ・ピアノ程度に聞こえます。テンポももったいを付けて遅く、到底”生き生きと”という感じではありません。通常聴かれる演奏とは大きく印象が異なります。ティーレマンはベートーヴェン演奏にも見られましたが、全体はとても堂々としているのに部分的に妙にこだわり過ぎて、逆に”姑息”に感じられることが有りますね。これは悪い癖です。真の巨匠となる為にはこのクセから抜け出す必要が有りそうです。

第2番においてもドレスデンの響きは最高です。録音が良いので非常に満足できます。全体的に遅いテンポで美しく歌わせています。強いて問題点を上げるとすれば終楽章のコーダで、効果を狙ってテンポを煽ってしまうがために、結局は凡百の演奏に陥ってしまうのです。これは非常に惜しいことです。

第3番では1楽章から非常に細かく音量の変化とアゴーギクを伴って歌わせるのですが、これが逆に煩わしさを感じさせてしまい、どうも落ち着きません。2、3楽章には抵抗感は無く、特に3楽章では極めて美しい響きと歌を堪能できます。終楽章はスケールが大きく、重戦車のような分厚い響きに圧倒されて、これには大満足です。

第4番は元々の曲の構造からか、ティーレマンの細かいニュアンス付けが裏目に出ることもなく、音楽を自然に楽しむことが出来ます。録音の良さやオーケストラの響きが全て生きて来ます。ゆったり目のテンポも理想的です。ザンデルリンクの旧盤のような武骨さこそ有りませんが、ライブならではの感興の高さと相まって非常に聴き応えが有ります。1楽章の終結部では徐々にテンポを速めていきますがフルトヴェングラーのような極端さは有りません。2楽章の美しさは秀逸ですし、3楽章は速いテンポの燃えた演奏で、幾らか腰の軽さを感じるものの愉しめます。終楽章は各変奏に旺盛な表現意欲を感じます。多少造りものめいた感は有りますが、終結部へ向かって高揚してゆく様は圧巻です。

総合的には録音が非常に素晴らしく、現在のシュターツカペレ・ドレスデンの美音を忠実に捉えた全集だと思います。にもかかわらずティーレマンの演奏は正にジキルとハイドのようで、スケールの大きさを感じさせたかと思えば、しばしばテンポに余計なギア・チェンジをして矮小さを感じさせてしまいます。少なくとも古典派形式の曲に対してはまだまだ青さを感じてしまいます。それはヴェートーヴェンの全集では見逃せるレベルでしたが、ブラームスではちょっと見逃し切れません。

このセットには交響曲の他にも、シェア奥沢での鑑賞会の記事でご紹介したピアノ協奏曲とヴァイオリン協奏曲のライブ映像のDVDが含まれていて、そちらは非常に魅力的です。
交響曲の演奏に幾らか不満が有るものの、シュターツカペレ・ドレスデンの素晴らしい響きが味わえる点と、DVD付きというコストパフォーマンスの高さから、購入をされても決して損は無いセットだと思います。

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2014年11月 9日 (日)

古楽器によるフランス・バロック音楽のコンサート in シェア奥沢

シェア奥沢の催しがだんだん凄くなっています。今日は古楽器によるフランス・バロック音楽のコンサートが行われました。演奏して頂いたのはバロック・ヴァイオリンの小穴晶子さんとヴィオラ・ダ・ガンバの神山敦子さんです。
小穴さんは多摩美術大学で18世紀フランスの音楽美学を教えていらっしゃる先生であり、神山さんはチェンバロ、ヴィオラ・ダ・ガンバ、通奏低音を習得された日本ヴィオラ・ダ・ガンバ協会の会員さんです。

演奏曲目は、以下の通りでした。

J.F.ルベル     ヴァイオリン・ソナタ第7番
F.クープラン     王宮のコンセール第2番
J.M.ルクレール ヴァイオリン・ソナタ作品2第11番

曲の演奏前には小穴先生による当時の時代背景を含めた詳しいレクチャーが有るので、今回は私の出番はありません。リスナー側になって演奏をゆっくり楽しませて頂きました。
フランス・バロックというと、器楽ではどうもクラヴサンのイメージが強いのですが、素晴らしいヴァイオリン音楽もちゃんと有るのですね。特にルクレールはフランス・ベルギー派ヴァイオリンの創始者とも呼ばれている人ですが、イタリアで学んだというだけあって、何となくヴィヴァルディに似ているような印象を受けました。

それにしても、ここで古楽器の調べを聴けるとは思ってもみませんでした。今日いらした方々は贅沢なひと時を心ゆくまで満喫されたことと思います。

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2014年11月 5日 (水)

モーツァルト 歌劇「魔笛」K620 名盤

Papagenozauberflote1369150859_org        ”おいらは鳥刺し”パパゲーノ

モーツァルトがオペラで放った大傑作の三本の矢、第一の矢「フィガロの結婚」、第二の矢「ドン・ジョヴァンニ」に続く、第三の矢が「魔笛」です。これらのオペラは世界中のオペラハウスで数えきれないぐらい上演されて大変な経済効果をもたらしているでしょう。アベノミクスの第三の矢「成長戦略」の柱”女性の活躍”が足元から揺らいでいる安倍総理にとっては何とも羨ましいことでしょうね。

僕が「魔笛」の映像に初めて接したのは20代の時にイングマール・ベルイマン監督のオペラ映画を銀座のヤマハホールで観たときでした。モノクロながらも凛とした雰囲気と静と動の対比が素晴らしい作品であり、モーツァルトの音楽の素晴らしさにも改めて感嘆した記憶があります。

「魔笛」はモーツァルトの最後のオペラで、ドイツ語によるジングシュピールです。台本を書き、曲を依頼したのは劇場主であり劇団の座長シカネーダーですが、原作はヴィーラントの童話集『ジンニスタン』からの「ルル、あるいは魔笛」が元になっています。シカネーダーは俳優と歌手も兼ねていたので重要な役のパゲーノを演じました。このオペラはモーツァルト自身の指揮で初演が行れました。

このオペラは大ヒットとなり、1年間に100回も上演されました。モーツァルト自身もこのオペラは相当気に入っていたらしく、体調が悪化して死の床にあっても時計を手にして「今頃第1幕が終わるな」とか「今頃”偉大な夜の女王よ”と歌っているな」といった具合に「魔笛」の舞台を気にかけては、「もう一度魔笛が観たい」と言っていたようです。また、死ぬ直前にはパパゲーノの有名なアリアをくちづさんでいたそうです。

物語はメルヘンですが、ストーリーの矛盾性がしばしば指摘されます。それは、前半では悪者のザラストロと善者の夜の女王が、後半になると立場が全く逆に入れ替わってしまうからです。しかし所詮はメルヘンの世界ですし、サスペンスドラマなどでは善い者、悪い者が入れ替わる演出も良く有りますので、細かいことは言わすに楽しみたいと思います。

「魔笛」には親しみ易く魅力的な曲が本当に次から次へと登場します。コロラトゥーラ・ソプラノが連続する最高音を駆使して歌う有名な「夜の女王のアリア」は衝撃的な曲ですが、黒柳徹子が舞台で披露したぐらい有名です。パパゲーノのアリア「おいらは鳥さし」や、口に錠をかけられて歌う「フム・フム・フム・・・」など奇想天外の楽しい歌がふんだんに有る一方、タミーノのアリア「なんと美しい絵姿」やパミーナのアリアのように非常に美しい歌も有り、更に合唱曲も、まるでミサ曲でも聴いているような壮麗さです。

僕が好きなのはモノスタトスのアリアで、速いアレグロのテンポに乗って「俺は色が黒いので嫌われるけど、恋の喜びはある。俺も生身の身体、女を撫でたり可愛がったりしたいんだ。」と、眠っているパミーナにまとわりつきながら歌うのが何ともエロティックです。

けれども本当に一番好きなのは、恋人も女房も諦めて首をくくって死のうと思ったパパゲーノが最後にようやく出会えたパパゲーナと歌う二重唱「パ・パ・パ」で、運命の相手にようやく出会えた喜びを、こんなにも面白可笑しく、いじらしく表現してしまうとは正に天才。このような曲をモーツァルト以外の一体誰が書き得たことでしょう。

それでは、その物語のあらすじです。

―あらすじ―

時代:古代
場所:エジプトの架空の世界

登場人物
タミーノ(T):王子
パミーナ(S):夜の女王の娘
パパゲーノ(Br):鳥刺し
パパゲーナ(S):老婆、のちにパパゲーノの女房
夜の女王(S):世界征服を狙う女王
ザラストロ(Bs):大司祭
ほか

第1幕
王子タミーノが岩山で大蛇に襲われて気を失うが、夜の女王の3人の侍女達が現れて大蛇を退治する。ところが、たまたま通りかかった鳥刺しのパパゲーノが、「助けたのは自分だ」と嘘を付く。それに怒った侍女達は、パパゲーノの口に錠を掛けてしまう。

タミーノは侍女達から夜の女王の娘パミーナの絵姿を見せられると一目惚れをしてしまう。女王は「悪人ザラストロに捕らえられた娘を救い出してくれれば、娘を嫁に与える」と約束をする。
タミーノは”魔法の笛”を受け取り、ザラストロの神殿に向かう。口の錠を外されたパパゲーノも”魔法の鈴”を受け取り、タミーノにお供として付いて行く。

ザラストロの神殿に到着したタミーノとパパゲーノは離れ離れになるが、パパゲーノが先にパミーナを見つける。

一方タミーノは弁者から、ザラストロは本当は悪者などでは無く高徳な大司祭であり、世界の征服をたくらむ夜の女王の邪悪な野望の犠牲とならないようにパミーナを保護していたことを教えられる。

魔法の笛と鈴の力に導かれたタミーノとパミーナはザラストロの前でようやく出会え、お互いを運命の人と思い愛し合う。しかしザラストロは二人が結ばれるためには試練を受けることが必要だと説く。
             
第2幕
タミーノは試練に向かう。パパゲーノは嫌がるが、やはり恋人を得るために試練を受けることになる。

初めは「沈黙」の試練である。沈黙をして何も話さないタミーノに、事情を知らないパミーナは深く悲しむが耐え抜く。そして「火」の試練、「水」の試練と続き、タミーノとパミーナは”魔法の笛”の力を借りて無事に乗り越える。

一方パパゲーノは、辛抱出来ずに脱落してしまうが、”魔法の鈴”の力を借りることで、それまで老婆に化けていたパパゲーナと出会って恋人となる。

ことの成り行きに怒りに震える夜の女王は侍女達を引き連れてザラストロの神殿に侵入しようとするが、雷鳴とともに打ち砕かれてしまう。すると、輝ける太陽の世界が現れる。

ザラストロは試練に打ち勝ったタミーノとパミーナを祝福し、太陽神を讃えて幕が閉じられる。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

それでは愛聴盤のご紹介です。

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オトマール・スウィトナー指揮ドレスデン歌劇場管/ライプチッヒ放送合唱団
ペーター・シュライヤー(T)、ギュンター・ライプ(Br)、シルヴィア・ゲスティ(S)、テーオ・アダム(B)、ジークフリート・フォーゲル(Br)他(1970年録音/オイロディスク原盤:DENON盤) 

この演奏の魅力はとにかく管弦楽に尽きます。音がきりりと引き締まっているにもかかわらず硬さは感じられず、全ての楽器が柔らかく溶け合って本当に美しいです。特筆すべきは首席フルートのヨハネス・ワルターです。このオペらにおいてフルートは有る意味主役ですが(なにせ「魔笛」ですよ!)ワルターのフルートは正に”魔法の笛”で、音が実に柔らかく、まるでフラウトトラヴェルソみたいです。スウィトナーのテンポは中庸で最近の早いテンポの演奏を聴いた後だと落ち着きを感じます。派手さは少しも有りませんがオーケストラの典雅な響きを生かした素晴らしい演奏です。歌手陣ではシュライヤーのタミーノが秀逸です。反面パパゲーノと夜の女王には弱さを感じます。合唱は優秀ですが、ドレスデン聖十字架合唱団の三人の少年はすこぶる絶品です。全体に当時の東ドイツの誠実さが滲み出るような名演だと思います。

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カール・ベーム指揮ベルリン・フィル/RIAS室内合唱団
フリッツ・ヴンダーリッヒ(T)、D.F=ディースカウ(Br)、ロバータ・ピータース(S)、フランス・クラス(Bs)、ハンス・ホッタ―(Br)他(1964年録音/グラモフォン盤)

優雅な「フィガロ」にベルリン・フィルのシンフォニックな音は頂けませんが、「魔笛」は問題ありません。むしろ整然としたアンサンブルが音楽に適しています。ベームは1955年にもウイーン・フィルとDECCAに録音を残していますが、全体的にウイーン的な音で少々緩さを感じてしまうので、「魔笛」に関しては迷うことなくベルリン・フィル盤を選びます。歌手ではなんと言っても不世出の名テナー、フリッツ・ヴンダーリッヒのタミーノがかけがえ有りません。ドラマティックで凛々しく、本当に惚れ惚れとします。但し他の歌手陣に大きなバラつきが有り、ザラストロのフランツ・クラス、弁者のホッターは良いとして、F=ディースカウのパパゲーノは散々指摘されることですが、利発さを隠して馬鹿を装っているようでどうも演出臭いです。ピータースの夜の女王も声は悪くありませんが歌に余裕が無く精一杯という感じです。従って、これはベームとヴンダーリッヒの印象ばかりの強い(にもかかわらず)個性的な名盤だと思います。

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管/合唱団
ペーター・シュライヤー(T)、ヴァルター・ベリー(Br)、アンネリーゼ・ローテンベルガー(S)、エッダ・モーザー(S)、クルト・モル(Bs)、テオ・アダム(Br)他(1972年録音/EMI盤)

サヴァリッシュ全盛期の録音なので、非常に引き締まったアンサンブルと音を引き出しています。ドレスデン歌劇場の芳醇な響きには一歩譲りますが、美しい響きが素晴らしいです。よどみの無い音楽の流れが小気味良く、劇の進行を少しも飽きさせずに愉しませてくれます。歌手に関しても主要なキャストが皆優れています。ペーター・シュライヤーのタミーノは適役で、この役を何度も歌っていますが、この録音がベストの出来だと思います。ヴァルター・ベリーのパパゲーノもユーモラスな演技で表情が豊かであり”自然児”の雰囲気が出ていて素晴らしいです。エッダ・モーザーの夜の女王もテクニックが申し分無く声質も鋭いので怒りの雰囲気が滲み出ています。その他の歌手も充実していてほとんど疵が見られず、総合すると最も気に入っています。EMIの録音はデッカやグラモフォンに比べて透明感や立体感が不足がちですが許容範囲内です。

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ゲオルグ・ショルティ指揮ウイーン・フィル/楽友協会合唱団
ウヴェ・ハイルマン(T)、ミヒャエル・クラウス(Bs)、スミ・ジョー(S)、ルート・ツィーザク、クルト・モル(Bs)他(1990年録音/DECCA盤)

ショルティのDECCAへの二度目の録音です。一般的には1969年録音の旧盤の評価が高いのですが、自分にはショルティがウイーン・フィルの手綱を締め上げ過ぎで息苦しく、デリカシーも感じられません。金管の強音などは暴力的にさえ感じられます。どうして世評が高いのか大いに疑問です。その点、この新盤ではそのような印象は受けず、ショルティの円熟ぶりを感じます。ウイーン・フィルのしなやかで美しい音の魅力が上手く引き出されていますし、ベームのDECCA盤のようなユルさも無く、速めのテンポによる適度な緊迫感が素晴らしいです。歌手ではスミ・ジョーの夜の女王が秀逸で素晴らしいです。その他は全体に小粒ながらも粒は揃っていて、ミスキャストが無いのが有り難いです。個人的には余り好まないショルティですが、このような良い演奏も有ります。DECCAの録音は非常に優秀で、雷鳴や鳥のさえずりの効果音が使われているのが楽しめます。

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ロジャー・ノリントン指揮ロンドン・クラシカルプレーヤーズ
アンソニー・ロルフ・ジョンソン(T)、アンドレアス・シュミット(Br)、ドーン・アップショウ(S)、コルネリウス・ハウプトマン(B)、ベヴァリー・ホック(S)他(1990年録音/EMI盤)

所有する唯一の古楽器派の演奏です。当然のことながらオーケストラの音色は”古雅”ですが、悪く言えば”痩せて乾いている”となります。ノリントンらしく非常に快速なテンポときついアクセント、それにティンパニの強打などが新鮮と言えば新鮮かもしれませんが、余り好みではありません。歌手は古楽器の音に合わせ、余り重い声の歌い手は使われていません。軽中量級の歌手ばかりです。やや物足りないとはいえ、粒は揃っていますし、全体のコンセプトからすれば適切な選択です。合唱は小規模で力みが無く美しいです。この演奏も派手な雷鳴や猛獣のうなり声などの効果音が使われていて、やや過剰ながらも楽しいです。色々と文句を付けてしまいましたが、面白い演奏であることは間違いないので、ご自身の耳で一聴する価値は有ると思います。

この他の演奏では、トスカニーニが1937年のザルツブルク音楽祭でウイーン・フィルと演奏した歴史的録音、カラヤンが1952年にウイーン・フィルと演奏したライブ盤(EMI)、ベームが1955年にウイーン・フィルと録音した旧盤(DECCA)、ショルティがウイーン・フィルと録音した旧盤(DECCA)、コリン・デイヴィスがドレスデン歌劇場管と録音した演奏(フィリップス)などを聴きましたが、どれも手放してしまい現在は持っていません。当然余り気に入りはしなかったからです。

最後にDVDもご紹介しておきます。

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ヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮バイエルン国立歌劇場管/合唱団
夜の女王:エディタ・グルベローヴァ(S)
タミーノ:フランシスコ・アライサ(T)
パパゲーノ:ヴォルフガング・ブレンデル(Br)
パミーナ:ルチア・ポップ(S)
ザラストロ:クルト・モル(Bs)他
演出:アウグスト・エヴァーディング
(1983年収録/ユニテル)

DVDはサヴァリッシュ/バイエルン歌劇場盤を所有しています。やや古い収録ですので画面は4:3ですし、映像も最新盤のように鮮明ではありません。けれどもアウグスト・エヴァーディングの舞台演出が奇をてらうことなくメルヘンの雰囲気に溢れていて安心出来ます。歌手もグルベローヴァの夜の女王、ルチア・ポップのパミーナはサヴァリッシュのCD盤を凌駕します。タミーノとパパゲーノはさすがにCD盤には及びませんが、他の歌手についても不満は無く粒が揃っています。全体を統率するサヴァリッシュの力は折り紙つきで極めてオーソドックスで完成度の高い「魔笛」を楽しむことが出来ます。

以上ですが、CDのマイ・フェイヴァリットとしては、現在はサヴァリッシュ/バイエルン歌劇場盤を上げます。歌手陣が理想的だからです。次点としてはオーケストラの魅力から、スウィトナー/ドレスデン歌劇場管盤とショルティ/ウイーン・フィルの新盤の二つとなります。

ということで、3月にスタートしてから8ヶ月続いたモーツァルト特集ですが、ここでひとまず幕を下ろすことにします。お付き合い下さり有難うございました。

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2014年11月 3日 (月)

野口剛夫 50歳特別リサイタル 『私の「音と言葉」』

交流をさせて頂いている野口剛夫さんが、この10月に50歳の誕生日を迎えたことから、音楽家・研究家として活動してきた御自身の著作を展示し、作品を演奏するというリサイタルが今日行われました。野口さんはまだ50歳であり、祝賀などの意味は無く、あくまでこれまでのお仕事を整理するための節目の会なのだそうです。

野口剛夫 50歳特別リサイタル 『私の「音と言葉」』
後援:キング・インターナショナル、㈱芸術現代社、㈱青弓社
会場:本郷中央教会

プログラム】
フルトヴェングラー(改訂:野口剛夫):歌曲集
野口剛夫:ピアノの為の小品集、ヴァイオリンのためのアダージェット(初演)、弦楽四重奏曲(初演)
フォーレ(野口剛夫による現代日本語訳):レクイエム、ラシーヌ賛歌

(演奏)ピアノ:生田美子、岡珠世、阿部佳津子、ヴァイオリン:境谷睦美、長島陽子、ヴィオラ:柴田幹彦、チェロ:青木祐介、メゾソプラノ:山口克枝、平松混成合唱団、指揮:平松剛一

著作、楽譜、CDの展示】
新刊著書:野口剛夫『フルトヴェングラーの遺言』(春秋社)
 『フルトヴェングラーを超えて』(青弓社)

監修楽譜:『フルトヴェングラー歌曲集』『ブルックナー:交響曲第5番(シャルク改訂版)』(音と言葉社)
翻訳書:ハインリヒ・シェンカー『ベートーヴェン第5交響曲の分析』(音楽之友社)
クラウス・ラング『エリーザベト・フルトヴェングラー 101歳の少女』(芸術現代社)
フィッシャー=ディースカウ『フルトヴェングラーと私』(河出書房新社)他
CD:フルトヴェングラー:《テデウム》(日本初演)、交響曲第三番(日本初演)他

上記のように非常に趣向を凝らしたユニークな内容でしたが、さすがは音楽研究、翻訳、執筆、作曲、演奏指揮と様々な活動をしている野口さんらしいと感じました。大指揮者フルトヴェングラーが作曲をした歌曲集や野口さん作曲の小品、弦楽四重奏曲も楽しい曲でしたが、あのフォーレの名曲を現代日本語訳で演奏したのは興味深かったです。会場となった教会の古く厳かな建物で、神を讃える敬虔な歌詞が日本語であるがゆえにストレートに心に響いて来たからです。とても良いものを聴かせて貰いました。

佐村河内氏のゴーストライター疑惑をいち早く指摘してその名が広く知られるところとなった野口さんですが、御自身の本業の方で増々注目されることを願うばかりです。

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2014年11月 1日 (土)

イラストレーター朝生ゆりこさんの紹介

イラストレーターおよびグラフィックデザイナーとして活躍している朝生(あそう)ゆりこさんは、実は僕の中学時代の同窓生です。彼女は現在YUCARI(マガジンハウスムック)でイラストを担当していますが、これまで日経ビジネスや白石書店、ぺりかん社などの書籍、あるいは農林水産省、日本アロマ環境協会などの機関誌向けに多くのイラスト、挿画を手がけています。その朝生さんのホームページを最近リンクに加えましたので気付かれた方もいらしたかもしれません。

朝生さんは本当に心優しい素敵な女性なのですが、彼女の描く絵も、まるでご本人そのものといった雰囲気の、素朴でありながら非常に繊細な優しさや美しさに溢れた作品ばかりです。派手では有りませんが、たゆまぬ地道な活動ぶりには頭が下がる思いです。

その朝生さんは、以前こちらのブログ記事でご紹介をした、今からちょうど10年前に享年49歳で亡くなったピアニストの小池由紀子さんと中学時代、無二の親友でもありました。デザインの仕事をするようになってからは、小池さんの演奏会のポスターやプログラム、それにCDジャケットなども全部デザインしていたそうです。
そのうちに朝生さん、それに他の旧友たちとも一緒に小池さんの演奏録音を聴いて偲ぶ機会が出来たら良いな、などと思ったりしています。

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