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2014年8月14日 (木)

モーツァルト 弦楽四重奏曲集「ハイドン・セット」 名盤 ~ハイドンに捧げた渾身の力作~

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Amazonでハイドンの弦楽四重奏曲のCDを検索すると、必ず出てくるのが、この「ハイドン・セット」です。ところが、これはハイドンの作品では無くて、モーツァルトの作品なのですね。

というのも、ハイドンの弦楽四重奏曲集「ロシア・セット」に感銘を受けたモーツァルトが、それに負けないような弦楽四重奏曲集を作曲することを決意して書き上げたのがこの「ハイドン・セット」です。普段は超人的な作曲の速さのモーツァルトですが、この6曲の連作を完成するのには3年余りの歳月を必要としました。極めて異例のことです。きっと『充実した作品を書きたい』という思い入れが特別に強かったからでしょう。正にモーツァルトの渾身の力作です。

連作の最後の作品「不協和音」を完成させたモーツァルトは、その直ぐ翌日にハイドンを自宅に招いて曲を試演披露しています。演奏にはモーツァルト自身もヴィオラで加わっていました。こうして全6曲を二日に分けてハイドンに聴かせ、のちに作品をハイドンに献呈したことが「ハイドン・セット」の名前の由来です。

ハイドンは作品を絶賛し、また大いに刺激を受けて晩年に向けて弦楽四重奏曲の傑作群を次々と書いてゆきます。一方モーツァルトも、その後更に「ホフマイスター」や「プロシア王・セット」という作品を書き上げます。正にウイーン古典派の二人の巨人が互いに刺激し合い進撃するさまは壮観ですね。

「ハイドン・セット」曲目

弦楽四重奏曲第14番ト長調K387
弦楽四重奏曲第15番ニ短調K421
弦楽四重奏曲第16番ホ長調K428
弦楽四重奏曲第17番変ロ長調K458「狩り」
弦楽四重奏曲第18番イ長調K464
弦楽四重奏曲第19番ハ長調K465「不協和音」

モーツァルトの力作、労作だけあってどれも優れた名曲ばかりです。但しそれが逆に彼の音楽が本来持つ『天衣無縫さ』を失っている感が無きにしも非ずです。例えばブラームスが長い年月をかけて完成させた交響曲第1番には、どうしても苦労の跡が伺えてしまい、傑作であるものの、或る種の息苦しさを感じるのと同じかもしれません。一気呵成に仕上げた作品のような”噴出すような勢い”が余り感じられません。けれどもそれが作品の価値を下げるということは無く、あくまでも作品から受ける印象です。
個人的には、第14、第15、第17番の3曲を特に好んではいます。

それでは僕の愛聴盤です。

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ズスケ弦楽四重奏団(1971-72年録音/Berlin Classics盤)
このカルテットを生で聴いたのは今から30年以上も昔のことですが(当時はベルリン弦楽四重奏団の名称)、彼らがベルリン国立歌劇場のメンバーであり、専門の四重奏団で無いのが信じられないほどに熟し切ったアンサンブルと音楽を聴かせていました。当時そのような団体はゲヴァントハウス四重奏団とウルブリヒ四重奏団ぐらいだったように記憶します(どれも旧東独勢ですね)。カール・ズスケ以下のメンバーの音はいずれも端正で、透明感のある美音でした。その分、音量は小さかった印象です。この録音でも音のイメージは生の美しい音そのままです。また、音楽を少しの誇張も無く、楽譜に忠実に演奏している点では最右翼に置かれると思います。ウイーンの団体の持つ小粋さや甘さこそ有りませんが、その代わりにほとばしる瑞々しさが得も言われぬ魅力です。このCDセットには「ホフマイスター」「プロシア・セット」も含まれています。録音の質もとても良く、音楽を心ゆくまで堪能できます。

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ジュリアード弦楽四重奏団(1977年録音/ソニー盤)
ジュリアードSQ二度目の「ハイドン・セット」です。初回の録音では完璧なアンサンブルが少々研ぎ澄まされ過ぎの印象で、ちょっと息苦しさを感じました。その点、二度目の録音では、音楽の感興の起伏が自然に感じられます。モーツァルト演奏としては過激とも思えるほどに表現力が豊かであり、各パートの雄弁さも相変わらずですが、全盛期の非情なまでのメカニカルさは感じられず、むしろゆとりとおおらかさが感じられるほどです。それは第1ヴァイオリンでリーダーのロバート・マンの音楽の変化であるのは間違いありません。個人的には総じて晩年のマンのロマンティシズムを加えて円熟した演奏の方を好んでいます。もちろんここにはウイーン的な甘さは微塵も有りませんが、純音楽的な演奏の魅力と面白さに満ち溢れています。それはモーツァルトがこのセットで目指したものと案外一致しているのかもしれません。

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アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1977-78年録音/TELDEC盤)
ウイーン・フィルを母体とするカルテットの演奏は他にも有りますが、僕が気に入っているのはアルバン・ベルクSQです。何といっても元ウイーン・フィルのコンサートマスターであるギュンター・ピヒラーの音楽性が素晴らしいことと他のメンバーも非常に優秀なことからです。彼らには新旧二種類の録音が有りますが、これは最初の録音です。アンサンブルは極上でもメカニカルさは感じられません。ピヒラーの歌い回しはウイーンの魅力に溢れ、柔らかくしなやかな音には適度の甘さも含まれていて、やはりウイーンの団体は良いなと改めて実感させられます。旧盤は表現が極めてオーソドックスで、安心してモーツァルトの音楽にじっくり浸ることが出来るのが特徴です。デッカ系のテルデック社の音質が非常に優秀な点もメリットです。明瞭さや残響のバランスなどは室内楽録音の見本と言って良いほどです。このCDセットには「ホフマイスター」「プロシア・セット」も含まれています。

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アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1987-90年録音/EMI盤)
アルバン・ベルクSQの二度目の録音です。この演奏は賛否両論ある様で、絶賛されているかと思えば、不思議と辛口の評価も見られます。個人的には良い演奏だと思っています。極めてウイーン的でオーソドックスだった旧盤と比べると、ウイーン的な情緒はそのままですが、ダイナミクスの巾が広がっていることと、表現の豊かさが各段に増しています。その結果としてロマンティシズムがかなり感じられます。彼らがEMIに録音したベートーヴェンでは表現意欲が過剰に思える場面が多くて必ずしも好みませんでしたが、モーツァルトではその欠点は感じられません。演奏の魅力から言えば、むしろ新盤を取りたいところなのですが、録音にエコーがかかり過ぎているのはEMIのいつもの悪い癖で、各パートの分離が明瞭で無いという問題があります。このCDセットにも「ホフマイスター」「プロシア・セット」が含まれています。

ということから、どのセットにも魅力が感じられるので絞り込みは難しいのですが、たった一つしか手元に置くことが出来ないとしたら、アルバン・ベルクSQのTELDEC盤を残すのではないでしょうか。

尚、補足として「狩り」の単独盤を一つだけ上げておきます。

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ウイーン・コンツェルトハウス弦楽四重奏団(1962年録音/DENON盤)
現在でもウエストミンスターの古いモノラル録音がとても人気の有るウイーン・コンツェルトハウスSQですが、1962年に上野の東京文化会館で日本コロムビアがステレオ録音した貴重な遺産の中の一つです。自分は現在でもアナログ盤で愛聴していますが、CDでも出ています。当然ながら演奏には古き良き時代ののんびりとしたウイーンを感じさせますが、第1楽章の中間部で、思い切りテンポを落としてロマンティックに歌わせるところなどは、余りの陶酔感に心を奪われてしまい言葉にすることも出来ないほどです。
残念ながら既に廃盤で中古でも高値を呼ぶようですが、廉価で見つけられた時は絶対のお勧めです。

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モーツァルト(室内楽)」カテゴリの記事

コメント

ハルくんさん、こんにちは。
盆休暇を CDの聴き込みに使っている 私ですが、さすがにマーラーの交響曲やブラームスの協奏曲などは「ちょっと……」と 後回しにして、今週は室内楽を聴こうと思います。(笑)
 
モーツァルト 弦楽四重奏曲は、小学生の頃 大好きだった ハイドンの"皇帝"のカップリングで 第17番"狩り"の アマデウスQ盤をLPがダメになるまで聴きまくった覚えがあります。(笑)
"ハイドン・セット"としては アマデウスQの全集盤を聴いて ジュリアードQの旧盤と聴き比べ、CDになってからは ウィーン・ムジークラインQのボックスセットも聴いていますが、私は やはり アマデウスQの演奏が一番安心できますね。
でも かなり癖の強い演奏だと思うので、人には薦めないようにしていますが……。(笑)

投稿: ヨシツグカ | 2014年8月14日 (木) 12時25分

ヨシツグカさん、こんにちは。

盆休み、私も同じく室内楽です。
モーツァルトに、普段は余り聴かないラヴェル、フランクと中々に良いものです。

僕はアマデウスSQはどうも苦手なんです。癖の強い分、好き嫌いは分かれるでしょうね。好きな人にはたまらない魅力なのでしょうけれども。
珍しく好みが分かれましたね。(笑)

投稿: ハルくん | 2014年8月14日 (木) 13時50分

ハルくんさん、今晩は!蒸し暑い夜ですね。
さて、若者好きな私としては、ハーゲンSQとエマーソンSQのハイドン・セットをお勧めします。古い演奏も悪くはないですが、弦楽四重奏の場合、弦がきつい音は聴いていても、私は楽しめません。そういう意味では、古い録音ですが、イタリアSQも大好きな演奏です。全体の明るさと、どっしりした厚みのある演奏も好きです。これからは、カルミナSQの演奏なども楽しみですね。

投稿: クレモナ | 2014年8月14日 (木) 19時48分

クレモナさん、こんばんは。
雨が降ったので逆に湿度がたまりませんね。

さすがに、ぐっと若手世代が来ましたね。
エマーソンSQは僕も大好きな団体ですが、「ハイドン」はちょっと試聴しただけなので、きちんと聴いてみたいです。
カルミナSQも録音が楽しみですね。

投稿: ハルくん | 2014年8月14日 (木) 22時32分

ハルくんさん、おはようございます

気に入って聴いているバリリQによるCD5枚組の選集には、15番~19番、および23番が
抜けているので、どうしようかと思っていましたが、このブログを見て、ズスケ弦楽四重奏団のCDを入手することに決めました。中古で出ていたので、注文しました。情報、ありがとうございました。
ちなみに、アマデウスQの演奏も、割と気に入っています。

投稿: HABABI | 2014年8月17日 (日) 09時07分

HABABIさん、おはようございます。

バリリSQのモーツァルトは第一級品だと思いますが、主要曲が抜けているのがつくづく残念ですね。

ズスケSQは真面目過ぎるかもしれませんが、逆にリファレンスとしたくなるような欠点の無さ、音楽の格調の高さが有ります。気に入られると良いです。
ご感想の記事を楽しみにしていますね。

投稿: ハルくん | 2014年8月17日 (日) 11時09分

こんばんは。

かなり前にアルバン・ベルク(新)とエマーソンを聴いて
ピンとこなかった曲集ですが
ジュリアード(新)は実に素晴らしいですね。

まず録音が万全です。
少しも「うるささ」が無く、自然な音です。

とてつもなく「巧い」のでしょうが、それを感じさせず
音楽が実に雄弁に語りかけてきます。
うまく表現できませんが、曲のすばらしさが染み込んでくるようです。

モーツァルトに一家言のある石井宏氏が
「全てはロバート・マンの天才さにある」と書いてました。

投稿: 影の王子 | 2016年1月 8日 (金) 20時40分

影の王子さん、こんにちは。
このところお返事が遅くなってしまい申し訳ありません。

ジュリアードの新盤素晴らしいですね。
マンの凄さはベートーヴェンやバルトークだけでなく、ブラームスやモーツァルトなど多彩な点にありますね。とてつもなく高度な技術に隠されたロマンティシズムが晩年になるほど表に顔を表してくるのが実に楽しいです。
正に「本物」ですね。

投稿: ハルくん | 2016年1月14日 (木) 12時54分

どこに書き込むのか迷ったのですが、こちらに書き込ませていただきます。
私はモーツァルトで凄いと思う曲は「ディヴェルティメント K.563」です。
この曲に関するハルくんの記事が見たいです。

ちなみに私のハンドルネームは埼玉県草加市からきています。カルト教団ではありません。念のため。

投稿: そうか | 2017年2月 3日 (金) 02時13分

そうかさん、こんばんは。

K563、いいですね!
手持ちのCDが少ないのでまだ記事にしていませんが、いずれ書きたいと思います。
リクエスト承りましたので少々お待ちください!(笑)

投稿: ハルくん | 2017年2月 3日 (金) 23時56分

ありがとうございます。楽しみに待ってます。
負担にならない様になさってください。

投稿: そうか | 2017年2月 4日 (土) 14時29分

そうかさん、こんにちは。

お気遣い頂きありがとうございます!

投稿: ハルくん | 2017年2月 7日 (火) 12時36分

お早うございます。

ジュリアード新録、アルバンベルク旧録を入手し、順番に2曲ずつ聴き比べました。

後者はまず録音が理想的で音に幅や厚みも在るから曲毎の特徴も解り易い。順番に収められているのも聴き手に優しい。

本題は前者です。残響の無い録音が演奏の特徴を増幅させていると感じます。コレは引き込まれていきます。

ジュリアードで聴くと曲の違いというより演奏に浸る感覚、アルバンベルクは曲の特徴が分かるので14、15、17、19に特に魅かれます。

Miles Davisも学んだジュリアード音楽院、参りました。こういう演奏なら是非ブラームスを、シューベルト「死と乙女」も聴いてみたいです。

投稿: source man | 2017年4月26日 (水) 09時06分

source manさん、こんにちは。

ジュリアード、アルバンベルクとくればもう優劣では無くすべては聴き手の好みの問題ですね。

ジュリアードは昔の先鋭的な演奏スタイルも良いのですが、ロマンティックさがぐっと増して音楽のスケールが大きくなった後期の演奏は大好きです。ですのでブラームスとシューベルトを5枚組に収めた廉価BOXは絶対のお薦めですよ。

投稿: ハルくん | 2017年4月26日 (水) 13時10分

お早うございます。

ハイドンセットではないですが、第21番を3種聴きました。
①コンツェルトハウス'62来日録音
②ヴェラー四重奏団
③アルバンベルク旧録

①カンパー/ウェラーによる厚みに尽きます。他の四重奏曲も含め、ココまでVnに耳が集中してしまうのは初めてです。

②そのヴェラーが引っ張るので、特長がより分かります。悩みますが、どちらか選ぶなら現時点ではこちらです。

③録音技術10年の差なのか、①②は控えめに徹しているのか浅聴きの自分には判りませんが苦笑、チェロ/ヴィオラの低音部門が段違いによく聞こえるので、四重奏という意味ではコレかとも思います。

②③は23番も聴き比べできるので、また書き込みます。

投稿: source man | 2017年6月 3日 (土) 07時40分

source manさん、こんにちは。

凄く大雑把ですが概して自分が好きなのは、
古典的造形性が強いモーツァルト&ベートーヴェンはウェラー、よりロマン的要素の強まるシューベルト&ブラームスはカンパー、というところでしょうか。

「チェロ/ヴィオラの低音部門が段違いによく聞こえる」というのは録音編集時の要因が大きいので実際の演奏のバランスとは異なりますよ。全くあてになりません。録音機材の性能以前の問題です。

投稿: ハルくん | 2017年6月 4日 (日) 12時13分

フフフフフ...ついに!コンツェルトハウスの日本録音「狩り」入手ッ。
…長かった。_| ̄|○

併録のハイドン2曲のうち、35番は大好きな短調なので引き込まれ、このモーツァルトへ続いていく曲順も、作曲者による違いも分かって◎。

ジュリアードの滑らかサウンド、アルバン・ベルクの煌びやかさ、とは違う強力2トップ以下合奏で音が束になって入ってくるのが異質。

実は、Spectrum Soundなるレーベルから2014年発売の、同じく日本録音のシューベルト「死と乙女」/ハイドン23番のLP起こしも入手し、その少し後に、「狩り」と同じくDenon盤の「死と乙女」も(同時発売されていたのを知らなかったので中古屋で見かけた時は驚きましたが、聴き比べ目的で)入手。

Spectrum盤は音が段違いにイイので、日本録音を全て商品化してくれないかなーと。

投稿: source man | 2017年8月 4日 (金) 16時23分

source manさん、こんにちは。

Spectrum盤の存在は知っていますが、そんなに音が良いですか?
「狩り」はアナログ盤も有るので良いのですが、他の曲を入手して聴いてみたいですね。
耳よりの情報をありがとうございました!

投稿: ハルくん | 2017年8月 8日 (火) 12時54分

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