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2014年5月22日 (木)

モーツァルト クラリネット協奏曲イ長調K622 名盤 ~彼岸の音楽~

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モーツァルトが亡くなる一か月前に完成させた「クラリネット協奏曲イ長調K622」は、数々の名作が並ぶ彼の協奏曲の中の最後の作品です。そして、この曲を最高傑作に上げる人も決して少なくは無いと思います。

この曲には良く言われるように、既に天国に旅立ってしまったかのような、現世から解脱した雰囲気が漂っています。正に「彼岸の音楽」に他なりません。
若い頃の作品にも、天国的な曲は幾つも有りましたが、この曲の第2楽章は自分が黄泉の国へ旅立つことをはっきりと予感して、”去りゆく自分自身のためのレクイエム”として書いたことは間違いないでしょう。まるで秋の青空のように澄み渡った音楽は、そこに何とも深い哀しみをたたえています。モーツァルトが愛する家族や友人たち、それに音楽活動に別れを告げねばならない、この世の無常さを感じていたからでしょう。

クラリネットは木管楽器としては比較的歴史が新しいので、モーツァルトがザルツブルク時代に書いた交響曲には使用されていません。宮廷楽団には奏者が居なかったからです。

Stadler1b その後、ウイーンに移ってようやくアントン・シュタードラーという名奏者と出会います。この人は”ウイーンで最初のクラリネット名演奏家”と呼ばれた人で、非常に美しい音色で知られていました。特に低音の演奏を得意としていたので、楽器製作者と協力して低音域を拡張した、現在でいう、バセット・クラリネットを考案しました。

モーツァルトはシュタードラーに宛てた手紙の中で次のように書き記しています。

「あなたの演奏ほど、クラリネットが巧みに人の声に近づくことができるとは思ったことがありませんでした。あなたの音は柔らかく繊細で、心ある者は抗うことができません。」

すっかりシュタードラーの演奏に惚れ込んだモーツァルトは晩年に、「クラリネット五重奏曲K581」、そしてこの「クラリネット協奏曲」という2曲のクラリネットのための大傑作を書き上げました。

ただ、シュタードラーは私生活上の問題は多かったようで、色々なところに多くの借金が有ったうえ、愛人と暮らすために妻と別居をしています。宵越しの銭を持たない江戸っ子(ウイーンっ子??)気質と、女性に惚れやすい性格が、モーツァルトと非常に気が合ったのだろうと思います。自分も友達になってみたかったです??

この曲はバセット・クラリネット用に書かれたので、通常のクラリネットで演奏をすると、最低域の音をオクターブ上げて演奏する必要が有ります。かつてはそのように演奏されてきました。それが1980年代頃からはモーツァルト当時のバセット・クラリネットを研究・復元することにより元の楽譜通りに演奏することが可能になりました。現在では少なくとも録音においてはバセット・クラリネットが主流となった感が有ります。

ということで、愛聴盤のご紹介です。

M4112121211 レオポルト・ウラッハ(Cl)、アルトゥール・ロジンスキ指揮ウイーン国立歌劇場管(1954年録音/ウエストミンスター盤) 往年のウイーンの名奏者ウラッハを外すわけにはいきません。後輩のプリンツよりも速めのテンポで飄々と吹いている印象ですが、ニュアンスがすこぶる豊かで高い名人芸を感じます。モノラル録音ですが音質が明瞭なのでウラッハの楽器の音を忠実に味わうことが出来ます。ウラッハは、これ以前にもカラヤンの伴奏で録音していますが、音質が劣るので一般的にはこちらをお勧めしたいです。

5b アルフレート・プリンツ(Cl)、カール・ミュンヒンガー指揮ウイーン・フィル(1962年録音/DECCA盤) 1960年代初めのウイーン・フィルの柔らかくエレガントな音を透明感のあるデッカ録音で聴けるのがポイントです。遅めのテンポでゆったりと落ち着いたミュンヒンガーの指揮も秀逸です。プリンツの独奏も文句の付けようが無いほどに美しいです。後述のベームとの新盤に隠れた感も有りますが、こちらの旧盤も中々どうして素晴らしいです。

9_2 ジャック・ランスロ(Cl)、ジャン=フランソワ・パイヤール指揮パイヤール室内管(1963年録音/エラート盤) パイヤールの速いテンポで軽く伴奏されると、この曲が晩年の曲とは思えなくなります。ランスロのフランス管の音色も軽妙洒脱で、深刻さとはおよそ無縁です。このようなラテン気質で楽天的な演奏を好む方もおられるのでしょうが、この曲を”彼岸”の音楽ととらえているファンにとっては、この演奏には幾らか抵抗を感じられるかもしれません。

1296010504 カール・ライスター(Cl)、ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィル(1967年録音/グラモフォン盤) ライスターのこの曲の最初の録音です。余り手の込んだ表情づけをせずにストレートに吹いている印象です。音色にもことさら低音を強く意識していないような印象を受けます。天真爛漫なモーツァルトとしてとても上手いと思いますが、”枯淡”の雰囲気は有りません。クーベリックの指揮は壮年期のベームのような堅牢な造形性を感じる音をベルリン・フィルから引き出していて聴き応えがあります。

200753940 アルフレート・プリンツ(Cl)、カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1972年録音/グラモフォン盤) ベームの遅いテンポには好みが分かれるかもしれませんが、この曲を”彼岸”の音楽だとすれば、これほどまでに、その雰囲気を醸し出した演奏は有りません。録音も透明感はミュンヒンガーのデッカ盤に譲りますが、柔らかくブレンドされた録音で聴くウイーン・フィルの美音は最高です。プリンツの楽器の音は新盤が確実に勝っています。演奏についても旧盤よりも更に深みを増していて、孤高の域に到達した感が有ります。

M735504 カール・ライスター(Cl)、豊田耕児指揮群馬交響楽団(1980年録音/カメラ―タ・トウキョウ盤) さすがに円熟したライスターの吹くドイツ管の音色は陰影が深くて素晴らしいです。歌い回しも見事なものです。問題は管弦楽でしょう。この人の3度目の録音の伴奏は何と群馬交響楽団なのですが、弦楽器がピッチ、リズムともに不揃いなのが気に成ります。ライブ収録かと確認したほどですが、スタジオ録音でした。ただ、2楽章だけは独奏も管弦楽も非常に美しく音楽を堪能させてくれます。

M51rtwmrz0lリチャード・ストルツマン(Cl&指揮)、イギリス室内管(1990年録音/RCA盤) バセット・クラリネットが台頭して来た時代に入っても通常楽器で勝負した演奏ですが、ストルツマンの色彩的な音の変化と高度な技術による自由自在な歌い回しは非常に説得力が有ります。それが、この”彼岸”の曲にふさわしいのかどうかは別としても、愉しさに思わず惹き込まれるのは確かです。2楽章も意外なほどに深みが有ります。自ら指揮する管弦楽も優秀、雄弁で非常に素晴らしいです。

以上は、いずれも通常のクラリネットでの演奏ですが、ここから下はバセット・クラリネットを使用した演奏です。

M516ijzasnsl__sl500_aa300_ デイヴィッド・シフリン(バセットCl)、ジェラルド・シュワルツ指揮モーストリー・モーツァルト管(1984年録音/デロス盤) バセット・クラリネットを使用した先駆けのような録音で、現在聴いても低音域の音の威力には圧倒されます。但し、それ以外にモーツァルト演奏として大いに魅力が有るかと問われると、やや返事に窮します。フレージングの味わい、面白みで比べれば、同じアメリカ人でもストルツマンの方が上のように感じるからです。シュワルツ指揮の管弦楽伴奏は無難にこなしているといったところです。

M452011720pic2 ザビーネ・マイヤー(バセットCl)、ハンス・フォンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1985年録音/EMI盤) イングリッド・バーグマン級に美しいザビーネは、ついつい美貌の方ばかりに興味を奪われますが(それは自分だけ??)、美しい音も特筆ものです。ことさらにバセット・クラリネットの低域を強調しているわけではありませんが、やはり音に威力が有ります。2楽章の深みには幾らか物足りなさを感じますが、名指揮者フォンクが指揮するドレスデン管の合奏力といぶし銀の音色も素晴らしく、一聴に値する演奏だと思っています。

M51lccyjqsalエリック・ホープリッチ(バセットCl)、フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ(1985年録音/フィリップス盤) バセット・クラリネットと古楽器オケの組み合わせによる正真正銘のピリオド演奏ですが、この”彼岸の音楽”に古楽器の音がとても良く似合っていると思います。ホープリッチの演奏は、大袈裟な歌い回しの少ない誠実な印象を受けますが、それもこの曲にふさわしいです。この演奏の持つ”たおやかさ”は、ちょっと他の演奏には無い魅力が有り、一度ハマると虜になると思います。

ということで、マイ・フェイヴァリットはと言えば、孤高の境地のプリンツ/ベーム盤、それにバセット・クラリネットのホープリッチ/ブリュッヘン盤、この二つです。

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コメント

ハルくんさん、こんにちは。
「クラリネット協奏曲」……。モーツァルトの最高傑作を選ぶのは まぁ不可能だとは思いますが、その最終選考には必ず残る「傑作」には違いありませんね。(ちなみに私が選ぶのなら、 「フィガロ」か「魔笛」になります(笑))
この作品を聴いていると 「魔笛」からエンターテイメントの要素を取り除いたような、"無垢への憧れ"…または "回帰" を感じずにはいられません。本当に"彼岸の世界"から響いてくるようです。
愛聴盤は やはり クラリネットで、ウラッハ/ロジンスキー盤、オーケストラでは プリンツ/ベーム盤ですが、パセット・クラリネットと古楽器オケの ブリュッヘン盤とホグウッド盤には 他の演奏からは得られない"無垢"を感じてしまいます。

投稿: ヨシツグカ | 2014年5月24日 (土) 09時30分

ヨシツグカさん、こんにちは。

モーツァルトの「最高傑作」。これを選ぶのは不可能ですね。「フィガロ」「魔笛」とこの曲を一体どうやって比較すれば良いのか見当もつきませんので。
まぁ無理を承知で選ぶのなら、自分もやはり「フィガロ」と「魔笛」が最有力候補なのは確かですが。

クラリネット協奏曲の場合は、管弦楽も独奏もどちらもプリンツ&ベーム/VPO盤が断然一番好きです。これはもう最強の組み合わせです。
ただ、ブリュッヘン盤も捨て難いです。ホグウッド盤は聴いていませんが、これも良いのでしょうね。

投稿: ハルくん | 2014年5月24日 (土) 15時13分

お久しぶりです。リハビリ中の身体に鞭打って働き、かつ夏に向けて練習始動しています(謎)。

さて本件については責任上スルーできないと覚悟しておりますが(←何の責任だ、おい!)結論として私はヨシツグカさんと同じ選択になります。

バセットクラリネットは音色としてはバセットホルンというよりバスクラに近く、ことに低音部は好みません(←あくまで個人的な趣味ですが)。

それとは別に、シュトルツマンやマイヤーは楽譜にない装飾等が多く、それがモーツァルト時代の様式にはまっているなら一つの演奏として「あり」なのでしょうが、どうも様式を逸脱しているように思えます(←これもあくまで個人的な趣味ですが)。シュトルツマンをジャズと思って聴けば、それなりに面白いとは言えます(ジャズでもグッドマンの演奏は意外と保守的)。

プリンツの音色は健康的であり、ヴラッハの音色は無骨だがドイツ的で、どちらも大好きです。マイヤーは息が遅い(弦楽器で言えば弓が遅いのと同じ)のが特徴で、ロングトーンに華が足りないようにも感じます(←これまた個人的な趣味ですが)。

マニアックな聴き所をあげると、プリンツは楽譜にアーティキュレーションが指定されていない速い箇所でスラーをかけることが実に多い演奏です。それでいてきびきびしている。ヴラッハをよく聴くとフレーズのしっぽが随分と無愛想なのですが、それで音楽を作ってしまいます。余分な綾をつけない方が作曲者の真髄に近づけるのだ、と教えてくれるように。

当時のクラリネットは、ロマン派の時代を予感させるような「新しい豊潤な響きの楽器」でした。もしかしたら古い奏法にこだわる必要は薄いのかもしれません。上記はあくまで私の趣味であり、特に奏者のビジュアル面については考慮していないことを申し添えます(笑)

投稿: かげっち | 2014年5月26日 (月) 12時38分

かげっちさん、ご無沙汰しました。

まだまだ大変でしょうが、お仕事も楽器の練習もこなせていらっしゃる様子なので嬉しく思います。

この曲に対する責任は大有りです。
なにしろかげっちさんはクラの曲以外でもクラのお話になってしまうぐらいですから。(笑)

やはり自分で特定の楽器を演奏している場合には聴き方が変わりますね。クラリネットを吹いたことの無い自分の聴き方はずっとムード的、直感的になってしまいます。もう一つ、これは他の管楽器のコンチェルトにも言えますが、オーケストラ伴奏が非常に大きく影響します。
なので、自分の場合は正確には「ベームとウイーンPOの演奏が一番好き」なのだと思います。と言いながらも、プリンツはやはり好きですねぇ。音色は「健康的」でも、音楽は「枯淡」ではないでしょうか。

自分が奏者のビジュアル面に弱いのは毎度のことで、これはまぁ性格ですので・・・・(苦笑)

投稿: ハルくん | 2014年5月26日 (月) 14時26分

こんばんは。

ホープリッチ/ブリュッヘン盤
例えていうなら「復元された名画」
というべき美しさに溢れていますね。
バセット・クラリネットの落ち着いた音色が最高です。
通常のクラリネットだと音色の艶やかさが
曲想と齟齬を起こしていた気がしていたのですが
ここではそうした不満は一切感じません。
これまた曲の魅力を再発見した思いです。

投稿: 影の王子 | 2017年2月15日 (水) 21時18分

影の王子さん、こんにちは。

ホープリッチ/ブリュッヘン盤お聴きになられたのですね。とても気に入られたご様子ですので良かったです。
このような新たな感動を得られると、やはり通常のクラリネットのほかにバセット・クラリネットの演奏も聴いておくべきですよね。

投稿: ハルくん | 2017年2月16日 (木) 11時26分

ホープリッチの演奏、なかなかよいですね。バセットクラの奏者には趣味の合わない人が多いのですが、この人のモーツァルトならOKだと思いました。ブリュッヘンも好きではないのですが、コンチェルト伴奏の指揮なら問題ありません。

投稿: かげっち | 2017年2月17日 (金) 12時52分

ホープリッチ、かげっちさんのお褒めと有ればもう間違いないですね!

投稿: ハルくん | 2017年2月17日 (金) 23時56分

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