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2014年5月

2014年5月31日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第21番&第12番 ラドゥ・ルプーの名盤

41ppgtg4xtl_2ラドゥ・ルプー独奏、ユリ・シーガル指揮イギリス室内管弦楽団(1974年録音/DECCA盤)

デビューした当時、”千人に一人のリリシスト”と称されたラドゥ・ルプーも、現在ではすっかり大家に成りましたが、この人は何しろ滅多にレコーディングを行なわず、来日する機会も極めて少ない有様なので、”千人”というよりも、まるで”仙人”のような演奏家です。

ルプーのレパートリーと言えばシューベルト、ブラームスのイメージが最も強く、次いではベートーヴェン、シューマンあたりでしょうか。モーツァルトでは往年の名奏者シモン・ゴールドベルクと組んだヴァイオリン・ソナタ集という大物が有りますが、それ以外は聴いた覚えが有りません。ですが、 ピアノ協奏曲に第21番と第12番を組み合わせたディスクが1枚だけ有りました。不覚にもこれまで聴き逃していましたが、聴いてみたところ本当に素晴らしかったのでご紹介します。

ルーマニア生まれのルプーは先輩のディヌ・リパッティと同門になりますが、モーツァルトを得意としたリパッティの弾き方に案外似ているように感じます。更に言えば、同じく同郷のクララ・ハスキルにも似ているかもしれません。3人の弾くモーツァルトの音からはそのような印象を受けます。

1970年代以降の優秀なピアニスト達に共通しているのは、大きなホールでも耐えるような輝かしい音色と音量を持つことですが、この3人の音を聴いていると、音質、音量から最適なのは中規模程度の広さのホールというように思えます。もちろんフォルテピアノの演奏家は当たり前としても、現代楽器のピアニストでこのように感じられる人は少数派だと思います。誤解が有るといけませんが、かつて大ホールで聴いたルプーは音量に不足することは有りませんでした。ただ、その音は非常に美しいのですが、金属的な響きの印象は全くせず、あくまで「木製の箱」であるピアノが鳴るような印象でした。

モーツァルトのピアノ協奏曲第21番K467は両端楽章でハ長調の堂々とした曲想を誇りますが、ルプーはフォルテを決して過剰に鳴らすことが無く、音に抑揚の有る美しさを感じさせます。もちろん演奏には若々しい情熱を感じさせますが、常に節度を保っています。もってまわった表情づけが見られないにもかかわらず、いじらしいほどの感受性が一杯に感じられます。ルプーは幾らかスタッカート気味で切れの良いタッチを持ちますが、リズムが前のめりになることも無く、音符を端折ることも有りません。現代のピアニストには、意外に古典派とロマン派の奏法の区別が無いように思える演奏家も少なくないように思いますが、ルプーは古典派的な演奏がしっかりと身についているように感じます。
この名曲の演奏では、これまでゲザ・アンダ/ウイーン響盤とフリードリッヒ・グルダ&アバド/ウイーンPO盤が好きでしたが、ことによるとルプー盤はそれ以上に気に入ったかもしれません。

第12番イ長調K414は地味な存在ですが、とても素晴らしい名曲です。ルプーとシーガルはこの曲に於いても抑揚を保ちつつ、それでいてこの曲の魅力を一杯に感じさせてくれます。バレンボイムのこの曲の演奏では更にロマンティックに感動を与えてくれますが、古典的な節度を保ちつつ同等かそれ以上の満足感を与えてくれるこのルプーの演奏も本当に素晴らしいです。

イスラエル出身のユリ・シーガルはかつて日本のオーケストラへも客演していましたが、ここでは元々優れたイギリス室内管の魅力を一層引き出しているように感じます。それにしても素晴らしい室内オケです。バレンボイム、内田光子、ペライアなど層々たるピアニストがこのオケとモーツァルトの ピアノ協奏曲全集を録音したことが良く分ります。
ルプーとシーガルの共演は、表面的では無い底光りをするような美しさと、立派な威容を感じさせる稀な演奏を生んでいます。

「このコンビでもっと録音を残してくれていれば」と思えて仕方がない出色のモーツァルトです。

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モーツァルト ピアノ協奏曲第21番 名盤
モーツァルト ピアノ協奏曲第12番

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2014年5月30日 (金)

拉致問題の解決を心から願う

今日、日朝の二国間協議で北朝鮮が日本人拉致被害者と、拉致された疑いがある特定失踪者について、全面的な調査を約束したと日本政府が発表をしました。テレビのニュースを観ていて涙が出そうになりました。進展が無いままおよそ10年間の空白がありましたから、ようやく一歩前進です。この一歩が問題の全面解決につながることを心底願います。この事件の心痛は当事者の家族、友人でなければ絶対に分からないことでしょう。
考えてみて下さい、自分の家族が突然外国の組織に拉致されて何十年も帰って来られなくなったということを。有り得ますか?絶対に有り得ません。
これは断じて「人道的に解決されるべき問題」などでは無く、明らかな「隣国からの侵略行為」なのです。ある意味、領土を侵略されるよりももっと許しがたい行為です。
個人的には、北朝鮮が起こした事件だと判った段階で、自衛隊を実力行使してでも北朝鮮から拉致被害者を奪還するぐらいのことをやって欲しかった気持ちで一杯です。これは果たして過激なことでしょうか?もしも連れ去られた日本人が自分の家族であったら、きっとそう考えて当たり前なのではないでしょうか。
北朝鮮が日本人の失踪事件に関与していることは、相当早い時期に公安当局が掴んでいたにもかかわらず、それを一般に公表しなかった当時の日本政府の責任は重大過ぎます。安倍総理はこの事件解決に向けて本当に努力をしていると思いますが、過去の政府の犯した過ちを取り返すためにも、更に頑張って貰いたいです。

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2014年5月28日 (水)

祝! 木田真理子さん バレエ「ブノワ賞」受賞!

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バレエ・ダンサーの木田真理子さんが、ロシアのブノワ賞を受賞したそうですね。 これは非常に権威ある世界的なバレエの賞で、なんでもバレエ界のアカデミー賞?だとか。日本人として初めての受賞となる快挙だそうです。

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評価されたプログラムのスウェーデン王立バレエ団の「ジュリエットとロミオ」は、もちろん「ロミオとジュリエット」を題材としたものですが、一般的なプロコフィエフ作品のバレエ音楽では無く、スウェーデンの振付師のマッツ・エックがチャイコフスキーの音楽をシンフォニーやピアノコンチェルトなどから選び出して使用しています。

木田真理子さんはジュリエット役を演じていて、彼女の美しい容姿を生かした素晴らしいパフォーマンスを見せてくれています。下記はほんの僅かですが。


  「ジュリエットとロミオ」 スウェーデン王立バレエ団

なお、このバレエ・プログラムは、今月DVDで発売されたようです。是非とも全幕を観てみたいものですね。

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中国というモンスター国家

映画「オロ」を見たことも有って、改めて中国という国について考えてしまいました。おりしもウイグル自治区でのテロが過激化していますが、これも中国政府のウイグル民族への弾圧が強くなったことへの反動なのでしょう。
中国政府はまたしてもウイグルの独立運動派を公開裁判にかけて、50人以上に死刑判決を出したそうです(関連記事)。恐らく、これまで行ってきたように、何千人も収容可能な大きな競技場で公開処刑するのでしょう。一党独裁の恐怖政治による「見せしめ」のために・・・

中国は第二次大戦終了後のドサクサに乗じて、ウイグル、チベットに侵攻し、そのまま広大な土地を占領し続けて、民族独立を絶対に認めようとしません。それもそのはず、両地域には膨大な地下資源が有るからです。しかし問題は、民族を徹底的に迫害、粛清して、漢民族に純化させる行為を行っていることです。「歴史の改ざんは認めない」 これは、中国が日本に対して良く使う言葉ですが、それを倍返し、いえ千倍返ししたいです。

けれども中国は今や超大国。軍事費を20数年前の何と40倍にも膨らましています。周辺国を力でねじ伏せるというアジアの脅威、世界の脅威のモンスター国家になっています。
ただ、考えてみれば、日本にも中国をモンスターにした責任が少なからず有りそうです。1972年の日中国交正常化以降、どれだけ巨額な資金援助、技術開発支援を行ったか計り知れません。当時の中国は完全に発展途上の国でしたから、日本の援助が無ければ、発展のスピードは随分遅れたことでしょう。そのほうが良かったのではないかとさえ思えてしまいます。

中国のモンスター化に手を貸して、さらに日中国交正常化を優先するために、台湾を独立国家として認めず、チベット、ウイグル問題に対しても口を挟まずに人権問題に封印をしてきた日本の政策というのは、これで良かったのでしょうか。ことによると日中国交正常化に調印をした田中角栄の罪は大きいかもしれません。その後に中国に膨大な経済支援を続けた自民党政権の罪も大きいのではないでしょうか。日本は多くの見返りも受けましたが、失うものも大きかったような気がします。
そんな歴史を知ってか知らずか、これからは中国と友愛の関係になろうと主張していた極楽とんぼの鳩山元総理のような人もいまだに存在しますけれど。

ようやくウイグル問題に真剣に取り組みだした自民党、安倍総理たちには幾らか希望の光を感じています。チベット問題にも積極的に取り組んで貰いたいですし、これまでのように中国の顔色をうかがって、重大な人権問題に目を閉じるようなことは、もう止めにしててもらいたいです。日本はそういうことでアジアのリーダーシップを是非取って欲しいです。

今後ますます領土問題、人権問題、環境破壊問題などで、モンスター国家の存在が世界の秩序を破壊しかねないことを本気で心配しているからです。

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2014年5月27日 (火)

映画「オロ」 鑑賞日記

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先週日曜日のことでしたが、最近知った世田谷に有るコミュニティスペース「シェア奥沢」で映画の鑑賞会が有りました。上映されたのは岩佐寿弥(いわさとしや)監督の「オロ」です。

「オロ」はドキュメンタリー映画です。中国に長い間支配されて民族、文明の危機に直面しているチベットの親たちは危険を承知のうえで敢えて自分たちの子供をヒマラヤの山を越えてインドやネパールへ亡命させますが、少年オロもそのうちの一人です。
命がけでインドへの亡命に成功したオロは、雄大な山々の麓の街に有るチベットの子供たちのための難民学校に通い、やはり同じように亡命をしてきた仲間たちと一緒に勉強し、家族と別れた哀しみを抱えながらも力強く生きてゆきます。

この映画を観ていると、中国に占領、支配されて厳しく迫害を受けているチベットの人々の心の痛みや憤りが非常に強く感じられるのですが、岩佐監督自身は人権問題を前面に掲げようという意思はそれほどなく、あくまで少年オロの姿をありのままに映し出すことを目指していたのだそうです。

詩人の谷川俊太郎氏が、この映画にあてたコメントが有ります。

見終わるともう一度はじめから見たくなる、そんな魅力があるのびやかな美しい映画です。
オロの涙、オロの笑顔、オロの言葉が、どんな大問題も個人にとっては日常として現れる、だからこそそこには苦しみと同時に喜びも希望もあるのだと教えてくれます。

本当に、見終わった後にそんな気持ちにさせてくれる映画でした。
実は岩佐監督は昨年不慮の事故がもとで亡くなられてしまったのですが、この日は制作スタッフのメンバーが3人会場にお越しになられて、撮影の裏話などを色々とお聴きすることが出来ました。とても貴重な時間を過ごすことが出来て素晴らしかったです。

この映画はDVDでも発売されていますが、全国各地で上映会も開かれていますので、もしも機会が得られる方は、是非大きいスクリーンで皆さんとご覧になられることをお勧めします。映画の詳細、予告編などは下記を参照ください。

映画「オロ」ホームページ

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2014年5月22日 (木)

モーツァルト クラリネット協奏曲イ長調K622 名盤 ~彼岸の音楽~

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モーツァルトが亡くなる一か月前に完成させた「クラリネット協奏曲イ長調K622」は、数々の名作が並ぶ彼の協奏曲の中の最後の作品です。そして、この曲を最高傑作に上げる人も決して少なくは無いと思います。

この曲には良く言われるように、既に天国に旅立ってしまったかのような、現世から解脱した雰囲気が漂っています。正に「彼岸の音楽」に他なりません。
若い頃の作品にも、天国的な曲は幾つも有りましたが、この曲の第2楽章は自分が黄泉の国へ旅立つことをはっきりと予感して、”去りゆく自分自身のためのレクイエム”として書いたことは間違いないでしょう。まるで秋の青空のように澄み渡った音楽は、そこに何とも深い哀しみをたたえています。モーツァルトが愛する家族や友人たち、それに音楽活動に別れを告げねばならない、この世の無常さを感じていたからでしょう。

クラリネットは木管楽器としては比較的歴史が新しいので、モーツァルトがザルツブルク時代に書いた交響曲には使用されていません。宮廷楽団には奏者が居なかったからです。

Stadler1b その後、ウイーンに移ってようやくアントン・シュタードラーという名奏者と出会います。この人は”ウイーンで最初のクラリネット名演奏家”と呼ばれた人で、非常に美しい音色で知られていました。特に低音の演奏を得意としていたので、楽器製作者と協力して低音域を拡張した、現在でいう、バセット・クラリネットを考案しました。

モーツァルトはシュタードラーに宛てた手紙の中で次のように書き記しています。

「あなたの演奏ほど、クラリネットが巧みに人の声に近づくことができるとは思ったことがありませんでした。あなたの音は柔らかく繊細で、心ある者は抗うことができません。」

すっかりシュタードラーの演奏に惚れ込んだモーツァルトは晩年に、「クラリネット五重奏曲K581」、そしてこの「クラリネット協奏曲」という2曲のクラリネットのための大傑作を書き上げました。

ただ、シュタードラーは私生活上の問題は多かったようで、色々なところに多くの借金が有ったうえ、愛人と暮らすために妻と別居をしています。宵越しの銭を持たない江戸っ子(ウイーンっ子??)気質と、女性に惚れやすい性格が、モーツァルトと非常に気が合ったのだろうと思います。自分も友達になってみたかったです??

この曲はバセット・クラリネット用に書かれたので、通常のクラリネットで演奏をすると、最低域の音をオクターブ上げて演奏する必要が有ります。かつてはそのように演奏されてきました。それが1980年代頃からはモーツァルト当時のバセット・クラリネットを研究・復元することにより元の楽譜通りに演奏することが可能になりました。現在では少なくとも録音においてはバセット・クラリネットが主流となった感が有ります。

ということで、愛聴盤のご紹介です。

M4112121211 レオポルト・ウラッハ(Cl)、アルトゥール・ロジンスキ指揮ウイーン国立歌劇場管(1954年録音/ウエストミンスター盤) 往年のウイーンの名奏者ウラッハを外すわけにはいきません。後輩のプリンツよりも速めのテンポで飄々と吹いている印象ですが、ニュアンスがすこぶる豊かで高い名人芸を感じます。モノラル録音ですが音質が明瞭なのでウラッハの楽器の音を忠実に味わうことが出来ます。ウラッハは、これ以前にもカラヤンの伴奏で録音していますが、音質が劣るので一般的にはこちらをお勧めしたいです。

5b アルフレート・プリンツ(Cl)、カール・ミュンヒンガー指揮ウイーン・フィル(1962年録音/DECCA盤) 1960年代初めのウイーン・フィルの柔らかくエレガントな音を透明感のあるデッカ録音で聴けるのがポイントです。遅めのテンポでゆったりと落ち着いたミュンヒンガーの指揮も秀逸です。プリンツの独奏も文句の付けようが無いほどに美しいです。後述のベームとの新盤に隠れた感も有りますが、こちらの旧盤も中々どうして素晴らしいです。

9_2 ジャック・ランスロ(Cl)、ジャン=フランソワ・パイヤール指揮パイヤール室内管(1963年録音/エラート盤) パイヤールの速いテンポで軽く伴奏されると、この曲が晩年の曲とは思えなくなります。ランスロのフランス管の音色も軽妙洒脱で、深刻さとはおよそ無縁です。このようなラテン気質で楽天的な演奏を好む方もおられるのでしょうが、この曲を”彼岸”の音楽ととらえているファンにとっては、この演奏には幾らか抵抗を感じられるかもしれません。

1296010504 カール・ライスター(Cl)、ラファエル・クーベリック指揮ベルリン・フィル(1967年録音/グラモフォン盤) ライスターのこの曲の最初の録音です。余り手の込んだ表情づけをせずにストレートに吹いている印象です。音色にもことさら低音を強く意識していないような印象を受けます。天真爛漫なモーツァルトとしてとても上手いと思いますが、”枯淡”の雰囲気は有りません。クーベリックの指揮は壮年期のベームのような堅牢な造形性を感じる音をベルリン・フィルから引き出していて聴き応えがあります。

200753940 アルフレート・プリンツ(Cl)、カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1972年録音/グラモフォン盤) ベームの遅いテンポには好みが分かれるかもしれませんが、この曲を”彼岸”の音楽だとすれば、これほどまでに、その雰囲気を醸し出した演奏は有りません。録音も透明感はミュンヒンガーのデッカ盤に譲りますが、柔らかくブレンドされた録音で聴くウイーン・フィルの美音は最高です。プリンツの楽器の音は新盤が確実に勝っています。演奏についても旧盤よりも更に深みを増していて、孤高の域に到達した感が有ります。

M735504 カール・ライスター(Cl)、豊田耕児指揮群馬交響楽団(1980年録音/カメラ―タ・トウキョウ盤) さすがに円熟したライスターの吹くドイツ管の音色は陰影が深くて素晴らしいです。歌い回しも見事なものです。問題は管弦楽でしょう。この人の3度目の録音の伴奏は何と群馬交響楽団なのですが、弦楽器がピッチ、リズムともに不揃いなのが気に成ります。ライブ収録かと確認したほどですが、スタジオ録音でした。ただ、2楽章だけは独奏も管弦楽も非常に美しく音楽を堪能させてくれます。

M51rtwmrz0lリチャード・ストルツマン(Cl&指揮)、イギリス室内管(1990年録音/RCA盤) バセット・クラリネットが台頭して来た時代に入っても通常楽器で勝負した演奏ですが、ストルツマンの色彩的な音の変化と高度な技術による自由自在な歌い回しは非常に説得力が有ります。それが、この”彼岸”の曲にふさわしいのかどうかは別としても、愉しさに思わず惹き込まれるのは確かです。2楽章も意外なほどに深みが有ります。自ら指揮する管弦楽も優秀、雄弁で非常に素晴らしいです。

以上は、いずれも通常のクラリネットでの演奏ですが、ここから下はバセット・クラリネットを使用した演奏です。

M516ijzasnsl__sl500_aa300_ デイヴィッド・シフリン(バセットCl)、ジェラルド・シュワルツ指揮モーストリー・モーツァルト管(1984年録音/デロス盤) バセット・クラリネットを使用した先駆けのような録音で、現在聴いても低音域の音の威力には圧倒されます。但し、それ以外にモーツァルト演奏として大いに魅力が有るかと問われると、やや返事に窮します。フレージングの味わい、面白みで比べれば、同じアメリカ人でもストルツマンの方が上のように感じるからです。シュワルツ指揮の管弦楽伴奏は無難にこなしているといったところです。

M452011720pic2 ザビーネ・マイヤー(バセットCl)、ハンス・フォンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1985年録音/EMI盤) イングリッド・バーグマン級に美しいザビーネは、ついつい美貌の方ばかりに興味を奪われますが(それは自分だけ??)、美しい音も特筆ものです。ことさらにバセット・クラリネットの低域を強調しているわけではありませんが、やはり音に威力が有ります。2楽章の深みには幾らか物足りなさを感じますが、名指揮者フォンクが指揮するドレスデン管の合奏力といぶし銀の音色も素晴らしく、一聴に値する演奏だと思っています。

M51lccyjqsalエリック・ホープリッチ(バセットCl)、フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ(1985年録音/フィリップス盤) バセット・クラリネットと古楽器オケの組み合わせによる正真正銘のピリオド演奏ですが、この”彼岸の音楽”に古楽器の音がとても良く似合っていると思います。ホープリッチの演奏は、大袈裟な歌い回しの少ない誠実な印象を受けますが、それもこの曲にふさわしいです。この演奏の持つ”たおやかさ”は、ちょっと他の演奏には無い魅力が有り、一度ハマると虜になると思います。

ということで、マイ・フェイヴァリットはと言えば、孤高の境地のプリンツ/ベーム盤、それにバセット・クラリネットのホープリッチ/ブリュッヘン盤、この二つです。

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モーツァルト クラリネット協奏曲&ピアノ協奏曲第27番

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2014年5月18日 (日)

記事追記のお知らせ ~カラヤン/VPOのブラ3、ベト7~

ブラームスの交響曲第3番で、カラヤン/ウイーン・フィルの1960年代のDECCA録音がお好きだというご意見を何人かの方から頂きましたので、聴いてみたくなりました。聴後の感想は既存の記事に追記を行いました。カップリングされている同じウイーン・フィルとのベートーヴェンの交響曲第7番についても追記しました。もしもご興味をお持ちの方は下記のリンクをご覧ください。

ブラームス 交響曲第3番 名盤
ベートーヴェン 交響曲第7番 名盤(ステレオ録音編)

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モーツァルト ホルン協奏曲集 名盤

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モーツァルトのホルン協奏曲集を語るのには、モーツァルトの親しい友人であったホルン奏者のロイドゲープ(本名はヨーゼフ・ライトゲープ)を語らない訳にはゆきません。

モーツァルトよりも20歳ほど年上のロイドゲープは、ザルツブルクの宮廷楽団の名ホルン奏者でしたが、モーツァルトよりも早い時期にウイーンに移りました。それというのも、ロイドゲープの妻の実家のチーズ屋がウイーンに有ったので、それを手伝いながらオーケストラで働いたのです。4年遅れてモーツァルトがウイーンに移ると、二人の間の親交は増々深まりました。

モーツァルトはこの友人ロイドゲープの為に4曲のホルン協奏曲を書きました。かつて4曲には、作曲されたと推測される順番にそれぞれ番号が第1番から第4番まで付けられていました。ところが1980代に入ると学者の研究によって、作曲の順番が大きく訂正されました。かつての曲番号を入れ替えて作曲された順に並べますと、以下の通りになります。

①第2番変ホ長調K417
②第4番変ホ長調K495
③第3番変ホ長調K447
④第1番ニ長調K412

そのために、新全集では曲番号の表記は行われずにケッヘル番号のみとなっています。演奏録音についても1970年代までのものは大半が番号順に並べられていましたが、1980年代以降のものは、作曲順に並べられていたり、番号の表記を行なわないものが多くなりました。

さらに、”第1番”と言われてきたK412は実際はモーツァルトの死の年に書かれた作品で、第2楽章ロンドは未完成だったのを、弟子のジュースマイヤーが書き直したものであることが分かりました。現在ではこのジュースマイヤー版のロンドニ長調はK514とされています。ですので、現在はモーツァルトの未完成楽譜を基に新たに研究補筆したもので演奏されることが多くなりました。なお、良く知られたように初稿楽譜にはモーツァルトの手で五線譜の至る所にロイドゲープをからかうコメントが書き加えられています。このことからもモーツァルトとロイドゲープの親しさをうかがい知ることが出来ますね。

当時のホルンは現代のホルンと違って音程を操るバルブが無かったので、独奏楽器として演奏するのは非常に困難でした。ですので、他の管楽器と比べると、どうしても単調な曲に成りかねません。ところが、モーツァルトは伴奏の管弦楽をとても上手に使って、逆に”狩りの楽器”としてのホルンの魅力と楽しさを余すところなく引き出しています。天才ですね、モーツァルトは本当に。

4曲はどの曲も魅力的ですが、旋律の魅力、充実度から言えばやはりK447(第3番)が頭一つ抜けているように思います。ただ、K412(第1番)がモーツァルトの手で完成されていれば、K447に肩を並べた可能性はあります。

ホルンの為の協奏曲は決して多くは有りませんが、リヒャルト・シュトラウスの”英雄的な”2曲とは全く対照的な、美しく愉悦感に溢れた名作としてモーツァルトの4曲は輝きを放っています。

それでは愛聴盤のご紹介です。

Mozart_brain デニス・ブレイン(Hr)、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮フィルハーモニア管(1953年録音/EMI盤) 昔、東芝EMIのアナログ盤で聴いた時には音の悪さで話になりませんでしたが、CD化されて随分と音がしっかりしました。ブレインの輝くばかりのテクニックと歌い回しは、やはり一聴に値します。カラヤンの指揮伴奏も意外にゆったりとしたテンポで旋律を甘く歌わせていて素晴らしいです。この曲集の歴史に残る演奏ということでとても価値が有ると思います。

Uccg5269m01dl ギュンター・へーグナー(Hr)、カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1978-80年録音/グラモフォン盤) ”狩りの楽器”あるいは”ウインナーホルン”を連想させる音が魅力的です。ナチュラル・ホルンでなくても、これだけ深い味わいの音が聴けるのですね。ウイーン・フィルの柔らかい音色も非常に魅力的ですが、それをゆったりと風格の有る指揮で支えるベームの芸格の高さが最高です。作曲の順番が訂正される直前の録音ですので、1番から順に並んでいます。

Nhorn05 アントニー・ハルステッド(Hr)、クリストファー・ホグウッド指揮エンシェント室内管(1993年録音/DECCA盤) イギリスの名手ハルステッドによる二度目の録音です。ナチュラル・ホルンでの演奏ですが、非常に上手く吹きこなしているのに驚かされます。表情の豊かさ、細やかさに感心します。また、しばしば現れる大胆に音を割った思い切りの良さも快感です。ホグウッドが指揮する管弦楽は清純な音が魅力的ですし、リズムもキビキビしていて古楽器演奏としてはおよそ理想的だと思います。

ということで、この三つの演奏はどれも特徴と魅力が有るので順番を付けるのは不可能です。

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2014年5月15日 (木)

遠い過去の記憶「日韓友好」という言葉

随分以前のことですが、「日韓友好」という言葉が有ったような微かな記憶が有ります。記憶違いで無ければ日本でワールドカップが開催された頃です。

今日は、東京で日韓両政府の外務省局長級協議が開かれているようですが、韓国は例によって「従軍慰安婦問題」を取り上げて、”誠意ある対応”を求めるらしいです。日本はもちろん、日韓請求権協定に基き「問題解決済み」と答えるでしょうし、最近の韓国国内での戦時中の日本企業に対する損害賠償訴訟問題にも不満を述べることでしょう。

しかし、考えてみれば韓国がかつてベトナム戦争に米国から頼まれもしないのに大量に派兵をして(それを決めたのは朴大統領のオヤジさんですが)、北ベトナムで一般人の男性のみでなく、女性や子供を大量に虐殺したことは有名です。にもかかわらず、戦後の賠償請求をしないベトナム人の人の良さに乗じて知らん顔、当時の自国の兵隊は「英雄」扱い(なのだそうです)、日本に対しては「正しい歴史認識を持て」と、”被害者としての立場”を綿々と訴えて、世界中で反日キャンペーンを繰り広げるという身勝手ぶり、厚顔無恥さには、つくづく開いた口がふさがりません。正しい歴史認識を持たなければならないのは一体どこの国でしょう。

あのような隣国と仲良くする価値が有るのだろうかと本気で思うことがあります。

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2014年5月14日 (水)

モーツァルト フルート協奏曲&オーボエ協奏曲 名盤

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モーツァルトは父レオポルトへ送った手紙の中で、「嫌いなフルートのために曲を書くのは苦痛です。」と書いています。どうやらお気に入りの楽器ではなかったようです。ところが、実際は「フルートとハープの為の協奏曲」や「フルート四重奏曲集」、あるいは歌劇「魔笛」のようにフルートが大活躍する傑作を幾つも書いています。楽器の好き嫌いとは別に名曲を書き上げてしまうというのは、正に”プロフェッショナル”の仕事だと言えますね。

そんなモーツァルトが独奏フルートのために書いた協奏曲が2曲存在します。

フルート協奏曲第1番ト長調K.313
フルート協奏曲第2番ニ長調K.314

この2曲は、モーツァルトがマンハイム=パリ旅行中に知り合った、外科医で裕福な音楽愛好家のドジャンから、フルートのための”協奏曲”と”四重奏曲”の注文を受けたために作曲をしました。第1番も良い曲ですが、第2番の魅力の方が上回っている様に感じます。但し、この第2番は既作品である「オーボエ協奏曲ハ長調」に僅かに変更を加えて移調しただけの作品です。

オーボエ協奏曲ハ長調K314

20世紀に入るまでは、フルート協奏曲の第2番と、どちらが先に書かれた曲なのかが謎とされていましたが、現在ではマンハイムのオーボエ奏者に提供したオーボエ協奏曲ハ長調のほうが先だったことが判明しています。もっとも、これも新曲では無く、原曲はザルツブルク時代に書かれた作品だと推測されています。

それはともかくとして、このような場合に大抵はオリジナルの方が魅力的であるケースが多いように思うのですが、この作品に関しては全くの互角。いずれかの楽器を自分で演奏する人でも無い限りは、軍配を上げるのにとても迷うのではないでしょうか。そこでモーツァルトを愛する人は、それぞれの曲を奏でる楽器の音色の違いを味わい楽しむことが出来ます。この曲は、例えてみれば”1つぶで2度おいしい”アーモンド・グリコのような作品ですね。そう言えば、グリコはお菓子も食品も、まろやかな味付けが得意ですからね。モーツァルト=グリコ説。新しい論文をネイチャー誌に投稿しましょうか??

ということで愛聴盤のご紹介ですが、やや変則的に成ります。

Mozart038フルート協奏曲第1番ト長調K.313
フルート協奏曲第2番ニ長調K.314
オーボエ協奏曲ハ長調K314

ヨハネス・ワルター(Fl)、クルト・マーン(Ob)、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1973年録音/キングレコード:シャルプラッテン原盤)
フルート協奏曲2曲とオーボエ協奏曲が収められていて便利です。しかもどちらもこの名楽団の首席奏者が独奏を務めています。それにしてもヨハネス・ワルターのフルートが実に美しいです。まるで木製のような滋味溢れる音色が心に浸み入って来ます。現代的なテクニックと古楽器の魅力を兼ね備えたかのような印象です。クルト・マーンのオーボエも同様の傾向で派手さは有りませんがやはり素晴らしいです。但し、ワルターのフルートの方が魅力において勝るような気がします。ブロムシュテットはオーケストラの典雅で美しい響きを生かして独奏を見事に支えています。

1197081051フルート協奏曲第1番ト長調K.313
オーボエ協奏曲ハ長調K314

ヴェルナー・トリップ(Fl)、ゲルハルト・トレチェク(Ob)、カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1974年録音/グラモフォン盤)
オリジナルのフルート協奏曲1番とオーボエ協奏曲との組み合わせですが、他にK299が収められています。トリップとトレチェクのそれぞれの美しい音と独奏は曲の魅力を十二分に引き出していて申し分ありません。それをウイーン・フィルの甘く柔らかい音が包み込んでいます。ベームの指揮はギャラント風の華やかさは有りませんが、ゆったりとした風格が有ります。若きモーツァルトの演奏としては立派過ぎるという批評は有るでしょうが、ここにある音楽の深みは実に得難いと思います。特に幾らかレガート気味に奏されるオーボエ協奏曲での美しさは尋常ではありません。

517l9l0hisl__sl500_aa300_フルート協奏曲第1番ト長調K.313
フルート協奏曲第2番ニ長調K.314

ペーター=ルーカス・グラーフ(Fl)、レイモンド・レッパード指揮イギリス室内管(1984年録音/クラ―ヴェス盤)
フルート協奏曲2曲として収録されています。フルートの音の粒立ち、輝かしさで言えばランパルの右に出る人は居ないように思いますが、演奏によっては饒舌に感じる場合が有ります。逆にニコレはモーツァルトには生真面目過ぎるように感じます。その点、グラーフは太めの音で逞しいですが、饒舌さを感じることは有りません。この2曲でも豊かな表現力とギャラント風の華やかさを持ちながら、落ち着いた風情をも感じさせる素晴らしい演奏です。若きモーツァルトの演奏として完全無欠の名演奏ではないでしょうか。レッパード/イギリス室内管の伴奏も緻密で美しく非常に素晴らしいです。

どのディスクも魅力的なのですが、好みで選べば、フルート協奏曲としてはワルター/ブロムシュテット盤とグラーフ/レッパード盤が互角。オーボエ協奏曲としてはトレチェク/ベーム盤を取りたいと思います。

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2014年5月10日 (土)

モーツァルト フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299 名盤

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モーツァルトが3度目のパリ旅行の時に父レオポルドに宛てた手紙の中で、交友を持ったフランスの公爵について、このように記しています。

「ド・ギーヌ公はフルートをとても良く吹きます。その令嬢には作曲を教えていますが、彼女もハープをとても上手く奏します。」

ド・ギーヌ公とはフランスの外交官で音楽の愛好家でした。モーツァルトは公爵の娘の家庭教師を務めていました。アマチュアながら名フルート奏者であったド・ギーヌ公が、ハープを弾く娘と共演できるような作品を望んだことがきっかけで、この「フルートとハープのための協奏曲ハ長調K.299」が作曲されました。

独奏楽器のフルートと、通常は伴奏の役割が多いハープとの二つの楽器が独奏をするというコンチェルトは非常に珍しい構成ですが、素晴らしい名曲に仕上げてしまうあたり、さすがは天才モーツァルトです。但し楽器の特性上から、どうしてもフルートが目立ちがちとなり、ハープはさしずめ”夫を立てる控え目な奥様”という風に聞こえるのは仕方の無いことでしょう。けれどもこの奥様、いざという時にははっきりと物を言えるしっかり者でもあります。男性にとっては理想の奥様ですね。

ともかく、この曲は本当に素晴らしい傑作です。第1楽章アレグロも美しいですが、第2楽章アンダンティーノのこの世のものとは思えない美しさと第3楽章ロンド・アレグロのほとばしる愉悦感は言葉にできません。モーツァルトの管楽器を伴う協奏曲では、クラリネット協奏曲が最高ですが、それに並ぶ存在がこの「フルートとハープのための協奏曲」です。

それでは僕の愛聴盤です。

5b ウェルナー・トリップ(Fl)、フーベルト・イェリネク(Harp)、カール・ミュンヒンガー/ウイーン・フィル(1962年録音/DECCA盤) 恐らくこの曲の定番でしょうが、パリのギャラント風スタイルでは無く、ウイーン風の演奏です。ミュンヒンガーの遅くかっちりしたテンポはドイツ風ですが、録音当時のウイーン・フィルの持つ甘く柔らかい音色がそれを補って余りあります。トリップとイェリネクのソロは、自分が前面に出るという感じでは無く、オーケストラと素晴らしく溶け合っています。結果として、この曲の天国的な美しさが最も良く出ている点では随一だと思います。

9_2 ジャン=ピエール・ランパル(Fl)、リリー・ラスキーヌ(Harp)、ジャン=フランソワ・パイヤール/パイヤール室内管(1964年録音/エラート盤) これはミュンヒンガ-盤以上に定番かもしれません。こちらはパリのギャラント風のスタイルですが、決して華やか過ぎることはありませんし、テンポも中庸で落ち着きが有ります。時には上手さが鼻につくことがあるランパルも、正に”フランス公爵”のような気品と風格が素晴らしいですし、ラスキーヌもまた”公爵夫人”といった貫禄を感じさせます。二人とも半端で無く上手いのですが、それが全て音楽表現に生かされています。録音は多少古めに感じるかもしれませんが、鑑賞に支障は有りません。

4191vr749vl__sl500_aa300_ ヨハネス・ワルター(Fl)、ユッタ・ツォフ(Harp)、オトマール・スウィトナー/シュターツカペレ・ドレスデン(1975年録音/シャルプラッテン盤) 当時のSKドレスデンの首席のヨハネス・ワルターのフルートは大好きでした。歌劇「魔笛」などでの演奏が忘れられません。旧東ドイツ製の楽器らしいですが、ピリオド楽器でないのに、まるで木製のような音色が魅力的です。大きなビブラートが特徴ですが、それが派手さにつながることもありません。ツォフのハープは堅実で不満は有りません。スウィトナーのテンポは速めで躍動感が有りますが、もちろんアンダンティーノでは美しく歌わせてくれています。

1197081051 ヴォルフガング・シュルツ(Fl)、ニカノール・サバレタ(Harp)、カール・ベーム/ウイーン・フィル(1979年録音/グラモフォン盤) ウイーンの演奏ということで、当然ミュンヒンガー盤との比較になります。ベームのテンポ感はミュンヒンガーと大きな差は有りませんが、立派さではやはりベームが上です。シュルツのフルートは、表現の深さが感じられて素晴らしいです。一方、奥様役のハープはサバレタですが、この奥様は少々出しゃばる傾向が有り、うるさく感じられることがあります。控え目で夫にピタリと寄り添うようなミュンヒンガー盤のイェリネクの方が好感が持てます。厳しい祖父役のベームの存在感は無視できませんが、やはり独奏者に”夫婦円満度”の高いミュンヒンガー盤を個人的には上位に置きたいと思います。

ということで、マイ・フェイヴァリットは余りにオーソドックスな選択なのですが、古き良きウイーンの香りを漂わせたトリップ/イェリネク/ミュンヒンガー盤、それにパリの香りを漂わせるランパル/ラスキーヌ/パイヤール盤、この二つです。

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2014年5月 6日 (火)

バレエ「春の祭典」 マリインスキー劇場 ニジンスキー振付(ホドソン復元)版

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バレエ「春の祭典」が20世紀の初頭にパリで初演されて大事件となったことは多くのクラシックファン、バレエ・ファンの知るところだと思います。ストラヴィンスキーの作曲による革新的であった音楽も、現在ではすっかり”古典”となり、コンサートで頻繁に取り上げられています。但し、バレエ上演に関しては、海外では定番ですが、日本では上演されることがほとんど有りません。原因として考えられるのは、我が国のバレエ・ファンがまだまだ保守的な嗜好で、バレエ団がどうしても興業収益を考えるあまり、一定の人気作品にばかり演目が偏ってしまうからではないでしょうか。助成金の少ない我が国では、それを批判するのは酷というものですが、手堅い保守路線を守るだけでは発展は有りませんし、逆に将来衰退の道をたどることにもなりかねません。せっかく日本人の若手ダンサーが国際コンクールで多く入賞しても、日本のバレエが芸術として進化、発展しなければ意味が有りません。もちろん頑張って挑戦している団体も存在しているのですが。

演目だけをとっても、ストラヴィンスキーの「火の鳥」「ペトルーシュカ」「春の祭典」、ラヴェルの「ダフニスとクロエ」「マ・メール・ロワ」、ファリャの「恋は魔術師」「三角帽子」、プーランクの「牝鹿」、プロコフィエフの「ロミオとジュリエット」「シンデレラ」、グラズノフの「四季」「ライモンダ」などの演目がもっと多く取り上げられると良いのになぁと思います。

それはそれとして、話を「春の祭典」に戻しますが、GW中に或るお宅でニジンスキーの初演振り付けを再現したブルーレイ・ディスクを見せて頂く機会が有りました。2008年にマリインスキー劇場でワレリー・ゲルギエフが指揮をして行われた公演の収録盤です。それをとても大きな画面と優れた音響装置でじっくりと鑑賞出来たので、非常に良い体験が出来ました。

バレエ「春の祭典」の振り付けについて、一応経緯をまとめてみますと、20世紀初頭、ロシア・バレエ団(バレエ・リュス)を引き連れてパリで興行していたディアギレフは、それまで振付を担当していたミハイル・フォーキンに代えて、天才ダンサーのニジンスキーを振付師にすることを決めます。但し、ニジンスキーは振付の経験はほとんど無く、その能力は未知数でした。

ニジンスキーの振付師としての能力に不安を抱えていたストラヴィンスキーは、ニジンスキーが音楽の知識を全く持っていないことに驚き、リズム、小節、音符の長さといった音楽の初歩的な知識を教えることから始めなければならず、毎回音楽と振付を合わせるのに苦労をしました。

ニジンスキーは「春の祭典」とドビュッシーの「遊戯」の2作品の振付を担当しましたが、他のダンサーを指導した経験がほとんど無く、自分の意図を伝えることが出来ずに、しょっちゅう癇癪を起こしてしまい、稽古は120回にも及びました。

しかも運悪く、主役である生贄の乙女に予定されていたニジンスキーの妹が妊娠してしまったために、急遽代役が踊ることになり、この重要な役をこなすにはかなり能力不足だったようです。

こうしてパリに完成したシャンゼリゼ劇場のこけら落としの一つとして、1913年5月29日に「春の祭典」の初演がピエール・モントゥーの指揮で行われました。

Riteofspring 苦労の末に出来上がった舞台は、曲が始まると、地味な衣装のダンサーの一群が舞台を走り回り、内股で腰を曲げ、首をかしげたまま回ったり飛び上がるという、従来のバレエとは全く違うものでした。

嘲笑の声が上がり、野次が酷くなるにつれて、賛成派と反対派の観客達がお互いを罵り合い、あげくに乱闘となってしまい、音楽がほとんど聞こえなくなり、ついにはニジンスキーが舞台袖から拍子を数えてダンサーたちに合図しなければならなくなりました。劇場主は観客に対して「とにかく最後まで聴いて下さい」と必死に呼びかけました。
この日の観客の一人だったサン=サーンスは途中で「楽器の使い方を知らない者の曲は聴きたくない」といって席を立ったと伝えられます。
翌日のフランス中の新聞の一面には、この事件が大きく取り上げられたそうです。

もっとも、この年に初演を含めパリで4回、ロンドンで4回上演されましたが、大混乱となったのは最初の1回だけで、2回目以降は大きな騒乱が起こることは有りませんでした。

一方、初演の4ヶ月後に南米で電撃結婚をしたニジンスキーがディアギレフから解雇されたため、「春の祭典」はロシア・バレエ団のレパートリーから外されました。

その後、1920年に再演が行われることになりましたが、ニジンスキーの複雑な振付を覚えている者がいなかったため、新たにマシーンという振付師が、ストラヴィンスキーによるアドヴァイスを受けながら、単純な農民の輪舞を元にして振付けをしました。この「マシーン版」以降は、多くの振付師によって様々な振り付け版が作られました。

こうして、完全に忘れ去られてしまったニジンスキーの振付でしたが、1987年に舞踏史学者のホドソンと美術史家アーチャー夫妻によって、残された舞台スケッチの資料や関係者の証言などから復元が行われて、シカゴのジョフリー・バレエ団によって上演されました。

このマリインスキー劇場の舞台演出は、そのジョフリー・バレエ団の振り付けが元になっています。

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なるほど、古代民族のような衣装を着たダンサーが内股で腰を曲げて、首をかしげたまま回ったり飛び上るという、伝えられている通りの初演時の特徴的な踊りです。舞台背景も極めてシンプルで、”銭湯の大きな富士山の絵”でも連想してしまいそうです(自分だけ??)。

現代の演出家の手による、革新的で刺激的な舞台を観てしまった後だと、踊りそのものも舞台デザインもとても地味に感じます。けれども、これを初演時の舞台を想像しながら観ていると、当時としては非常に斬新な舞台だったのだろうなぁと、とても感慨深いものが有ります。衝撃的な舞台も、100年経った現代では既に”古典”です。もしも、これから「春の祭典」の舞台を観ようと思う方は、先にこの映像を見てから、現代的な演出版を観るのが良いと思います、もちろん既に現代的な演出版を観た方が、改めて原点を知るのも非常に有意義なことです。

この映像は撮影カットが多少細切れに過ぎたり、舞台真上から撮ったカットが余計なように感じないことも有りませんが、映像は鮮明ですし、なにしろオーケストラ演奏が素晴らしいです。ゲルギエフの指揮するキーロフ管弦楽団の上手さと迫力は既存のCD盤以上ではないかと思えます。音質もレンジが広く大迫力で素晴らしいです。「春の祭典」ファンは一度はご覧になるべきです。

なお、このディスクには「火の鳥」も収録されていますが、そちらはミハイル・フォーキンによる振り付け版で、ずっとオーソドックスなクラシカル・バレエです。それでも舞台演出が非常に面白く愉しめるのは間違いありません。

<関連記事>
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アンジュラン・プレルジョカージュ振付によるバレエ「春の祭典」
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2014年5月 4日 (日)

モーツァルト ヴァイオリンとヴィオラの為の協奏交響曲変ホ長調K.364 名盤

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今日の曲は、モーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラの為の協奏交響曲K364」ですが、これは本当に素晴らしい名曲です。ヴァイオリン協奏曲の第3番、4番、5番と比べても曲の充実度において、それらを凌ぐ傑作だと思います。3曲の協奏曲を誉め讃えたアインシュタインも、この協奏交響曲については「モーツァルトがヴァイオリン・コンチェルトで追及したものの頂点である」と述べています。

曲は下記の3楽章構成です。

第1楽章アレグロ・マエストーソ
第2楽章アンダンテ
第3楽章プレスト

この曲は、もちろんコンチェルトのカテゴリーに含まれますが、「協奏交響曲」というタイトルからもシンフォニックな色合いが濃いです。また、独奏楽器が2台のいわゆる”二重協奏曲”なのですが、ヴァイオリンとヴィオラにはカバーする音域こそ異なっても、どの楽章に於いても全く同じ音型が与えられていて、お互いが後に先にとそれを繰り返すように書かれています。”二重協奏曲”に夫婦の意味合いを込めたのはブラームスでしたが、モーツァルトのこの協奏曲では、『外に出て稼ぐのは夫、家事をするのは妻』という昔ながらの役割分担ではなく、『夫も妻も外で仕事をこなし、家事も育児も公平に分担する』という、非常に欧米的な新時代の関係になっています。安倍総理は”女性の社会進出”を積極的に進めたいと訴えていますが、そのためには例えば育児休暇を夫が妻と半年交代で取得できるような社会の仕組みが確立されなければなりません。でなければ、結局は女性に家事の負担が重なるだけですし、社会進出の為に結婚も子育ても犠牲にするようないびつな構造になります。「女性の社会進出」が「晩婚化」「少子化」に増々拍車をかけるだけの結果になりかねません。

大きく話が脱線しましたが、それぐらい”男女平等の精神”を実践したような名曲です。さすがはモーツァルトです。

それはさておき、かつてアマチュアでヴィオラを弾いていた頃に、演奏をしたい”憧れの曲”と言えば、ブラームスのヴィオラ・ソナタでしたが、さすがに難し過ぎて手も足も出なかったです。その点、このモーツァルトの協奏交響曲は名曲の割に、アマチュアが一応弾くにはそれほど難しく無いので、よく一人でヴィオラパートだけを弾いて遊びました。
そこで、押入れから本当に久しぶりに楽器を引っ張り出してきて弾いてみましたが、ブランクが余りに長くて、指が全く言うことを聞いてくれません。音符を一つづつ確かめて、たどたどしく追って行くしか無いのですが、それでもとても懐かしく楽しかったです。やはり楽器は良いですね。

ということで、僕の愛聴盤紹介に移ります。

1198020932 アルトゥール・グリュミオー(Vn)、アッリゴ・ペリッチャ(Va)、コリン・デイヴィス指揮ロンドン響(1964年録音/フィリップス盤) LP時代から愛聴して来た演奏です。デイヴィスの名伴奏に支えられて、独奏の二人が生き生きと名曲を奏でています。グリュミオーが素晴らしいのはもちろんですが、イタリア人のペリッチャがそれに少しもひけを取りません。2楽章での綿々と歌い、沈み込んでゆくような雰囲気も最高です。正に何一つ文句の付けようの無い名演奏だと思います。

419v6708bpl トマス・ブランディス(Vn)、ジュスト・カッポーネ(Va)、カール・ベーム指揮ベルリン・フィル(1964年録音/グラモフォン盤) ベームの指揮は実に風格が有ります。愉悦感に不足しますし、2楽章のムードも今一つですが、この曲を”交響曲”のように立派に演奏したものとしては最右翼ではないでしょうか。独奏の二人も余り目立とうとせずに管弦楽に溶け込もうとしているように感じられます。そういう点ではユニークな演奏だと思いますが、カッポーネのヴィオラが少々弱いのが気に成ります。

Mi0000955220 イーゴリ・オイストラフ(Vn)、ダヴィド・オイストラフ(Va&指揮)、ベルリン・フィル(1972年録音/EMI盤)  同じベルリン・フィルを指揮してもベームのような風格はありませんが悪く無いです。2楽章のドラマティックなうねりなどは圧巻です。オイストラフのヴィオラは上手いですが、ヴィオラらしい音の厚みに不足するので、何となくヴァイオリンが2台で弾いているようです。イーゴリのヴァイオリンも悪くありませんが、さりとて特別な魅力は有りません。それに二人ともダイナミックでやや繊細さに不足するようにも感じられます。

428 ゲルハルト・ヘッツェル(Vn)、ルドルフ・シュトレングVa)、リッカルド・ムーティ指揮ウイーン・フィル(1974年録音/オルフェオ盤) ウイーン・フィルの首席同士が独奏を務めるザルツブルクでのライブです。生演奏ということも影響して、ベーム盤以上にソロが目立ちにくい録音ではあります。ヘッツェルは元々ユーゴスラヴィア生まれで必ずしも生粋のウイーン風の弾き方ではありませんが、これをムーティ/ウイーン・フィルの”交響曲的”演奏として聴く分には中々に味わいが有って良いです。

ということで、上記の内で”完全無欠のモーツァルティアン”??を満足させてくれる演奏は、アルトゥール・グリュミオー/アッリゴ・ペリッチャ盤です。

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