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2014年3月 6日 (木)

モーツァルト 「レクイエム」 続・名盤 ~ゴースト・ライターの傑作~

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モーツァルトが死の直前まで作曲に取り組んでいて未完成に終わった「レクイエム」は、モーツァルトの家を訪れた謎の使者から匿名の依頼主のために作曲を依頼されたことは皆さんも良くご存じだと思います。

長い間、この依頼主がいったい誰なのかが謎とされていましたが、1964年になってようやく依頼主がフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵という人物で、使者は恐らく伯爵の知人であるフランツ・アントン・ライトケープであったことが明らかになりました。ヴァルゼック伯爵は音楽愛好家で、当時の作曲家に匿名で曲を作らせては、それを自らの手で写譜を行って愛好家仲間たちに演奏をさせていたのだそうです。なんだか佐村河内守氏のような人ですね。佐村河内氏も”現代のベートーヴェン”などと言わずに、”現代のヴァルゼック伯爵”と称すれば良かったのです。もっとも、名声の獲得と金儲けの為に作曲偽装と障害者詐欺を働いた佐村河内氏の悪事の大きさは、単なる貴族の道楽として楽しんでいた伯爵のそれを遥かに上回っているのは言うまでも有りません。

そのヴァルゼック伯爵が、亡くなった妻の追悼のための「レクイエム」をモーツァルトに作曲させようとしたのが真相だったのです。
ですので、モーツァルトは伯爵の”ゴースト・ライター”になる契約を結んだことになります。

モーツァルトは前金として作曲料の半分を受け取っていましたが、曲が完成する前に死んでしまったので、妻のコンスタンツェは残りの半分を受け取るためにモーツァルトの弟子のジュースマイヤーに作品の完成を頼みました。自分の死期を悟っていたモーツァルトは生前、ジュースマイヤーに「レクイエム」の残りの部分の作曲のアドヴァイスを行なっていましたので曲は無事に完成されて、コンスタンツェは残金を受け取ることが出来ました。かくしてジュースマイヤーはモーツァルトの”ゴーストライター”となったのです。

そうとは知らない伯爵は、ゴースト・ライター(モーツァルト)のゴースト・ライター(ジュースマイヤー)による作品を受け取るという、ややこしい話の展開になります。もちろんこの詐欺の主犯はコンスタンツェですね。

伯爵は、この曲を自分の作品として、妻の追悼式とそれとはまた別の演奏会でも演奏をしました。ところが、コンスタンツェは楽譜の写しを持っていて、それを出版社に売り渡し、その楽譜が出版されものですから、さあ驚いて怒ったのは伯爵です。相当にもめたようですが、現代であれば中々に難しい裁判になったことでしょう。

もっともコンスタンツェが楽譜の写しを持っていなければ、この曲が無名の作者の作品として、この世から消え去る結果になっていた可能性もあります。悪妻(?)コンスタンツェの欲が我々にとって大変有り難い結果を生んだということでしょう。

それはさておき、この曲がいわくつきの未完成品であろうとも、モーツァルトが命を削って取り組んだ、自分自身の為のレクイエムの大傑作であることに違いはありません。弟子のジュースマイヤーは他にこれといった作品が残されていないことから、特に才能を持った人物ではなかったようですし、補作の部分を「霊感に乏しい」と批判されることも多いですが、彼としては一世一代の歴史に残る作業を完遂したと評価してあげて良いと思います。

この曲は「モーツァルト レクイエム 名盤」で一度記事にしていますので、今回はその続編になります。

Mozart21b5e フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ(1998年録音/GLOSSA盤) 東京芸術劇場で行われたライブ録音です。曲の間にグレゴリア聖歌が挿入されているのが特徴です。過去のヨッフム盤やラインスドルフ盤は、実際のミサでの演奏なので挿入に違和感は感じませんが、通常の演奏会では極めて珍しいです。それ自体の評価は別にしても、残響が非常に深く録音されているので、まるで教会で演奏されているように聞こえます。古楽器の端正な音と合唱が柔らかく溶け合っています。肝心の演奏も敬虔な雰囲気と充分な緊迫感が有って素晴らしいと思います。古楽器派の演奏としては、ペーター・ノイマン盤に並ぶ愛聴盤の位置を占めるようになりました。

Mozart5504 ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1991年録音/カプリッチオ盤) 楽屋裏で握手をしたときの笑顔が忘れられないベルティーニですが、この人は本当に音楽の職人だったと思います。これはケルンでのライブ録音です。大編成による演奏ですが、オーケストラも合唱も音が引き締まっていて”たるみ”を全く感じさせません。集中し切った緊迫感が凄いです。フーガの立体感なども実に見事なものです。弦楽器と管楽器の音の重なり合いも本当に美しいです。これだけセッション録音とライブ録音の出来栄えに差が無いのは凄いことだと思います。独唱陣も歌い崩しをしないので古めかしさを感じさせません。ケルン放送による録音も優秀ですし、これを大編成演奏のリファレンスとしたいぐらいです。

Mozart01dl クリスティアン・ティーレマン指揮バイエルン放送響(2006年録音/グラモフォン盤) ガスタイクのフィルハーモニーホールでのライブ録音です。大編成による演奏ですが、比較的速めのテンポで造形がきりりと引き締まっていて古典的に聞こえます。ベートーヴェンのシンフォニーでは重厚長大な演奏をするティーレマンですが、モーツァルトの宗教曲ともなると、だいぶ趣が異なります。このあたりは一世代前の指揮者との違いを感じます。合唱指揮はペーター・ダイクストラですので流石に優秀です。独唱陣も悪くありません。録音は合唱とオケが幾らか遠目に聞こえます。全体に現代楽器の演奏としては新鮮味を感じますが、死というものを目の前にするような厳粛な雰囲気はいま一つ足りないような気がします。

ということで、どれも魅力的な演奏だと思います。特にブリュッヘン盤とベルティーニ盤はこれから時々取り出しそうな気がします。但し、この曲をコンサート・ピースでは無く、あくまでも宗教曲として聴きたい場合には(というのも当たり前の話ですが)、自分にとってハンス・ギレスベルガー盤を越える演奏には中々出会えません。

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モーツァルト(声楽曲)」カテゴリの記事

コメント

始めまして。
83歳のモーツァルト・ファンです。
最近クラシックのブログにお邪魔するようになりました。
レクィエムが載ったのでお話したくなりました。
 今まで秘話とされていた話も今風ならゴーストライターですか、なるほど。
新しい録音がいろいろ出ていますね。
ブリュッヘンはベートーヴェンの2番を東京劇場で聴いたので何となく想像がつくように思いました。
私も特別の時しかこの曲は聴きません。古くはワルター指揮のSP ( 今はCD )からでした。ラクリモーザは何時聴いても素敵ですね。
 K488やK529がお好きだということも拝見しました。
少し前、モーツァルトのピアノ協奏曲についての私の印象をブログに載せました。( ブログの本来の趣旨から外れていますが。)
これからもお話を聞かせて下さい。
今後共宜しくお願いいたします。

投稿: 蝶 旅の友 | 2014年3月 7日 (金) 14時08分

訂正
k529 ではなく K595 第27番 でした。
失礼しました。

投稿: 蝶 旅の友 | 2014年3月 7日 (金) 14時22分

蝶 旅の友さま

こんにちは。コメントを有難うございます。
「レクイエム」は普段から聴く曲ではありませんが、やはり素晴らしい名曲だと思います。どんなに研究が進んでも謎は多く残りますので、永遠にミステリアスな曲なのでしょうね。

ピアノ協奏曲のK488、K595は大好きです。
蝶 旅の友さまのブログも拝見させて頂きましたが、内田光子さんがお好きなようですね。
でも、好きな演奏家でも曲によっては逆の場合も有りますし、一般的に名盤と言われていても好きにはなれなかったりと、音楽を聴く楽しみは本当に奥が深いものですよね。

これからもどうぞお気軽にコメント下さい。楽しみにお待ちしておりますので。

投稿: ハルくん | 2014年3月 7日 (金) 14時52分

ハルくんさん、こんにちは。
モーツァルトのレクイエムは 私も ギレスベルガー盤が最高だと思います。この曲の"宗教的"な演奏としては これに匹敵するものは リヒターのまるで「マタイ」のような厳しい演奏ぐらいしか思いつきません。どちらも 私にとって大切なCDです。
最近、この曲の興味深いCDを見つけました。シュペリング/ノイエ・オーケストラ盤というもので、通常のジェースマイヤー版の後に モーツァルトが本当に書いた 「怒りの日」から「オッフェルトリウム」までの断片がそのまま演奏されています。(聴いてみると コーラス部分はかなり完成している事がわかります。)
興味が尽きないCDです。

投稿: ヨシツグカ | 2014年3月 8日 (土) 11時38分

初めて投稿します。まーちゃんさんです。
年齢はハル君さんより恐らく少し若い(と拝察する)昭和35年生まれです。
さて、モツレクは小生も好きな曲ですが、ハル君さんや、皆様からも評価の出てこない演奏について、ハル君さんや皆様からご意見を賜りたいものがあります。
先ず、アバド/ルツェルン音楽祭のライブ映像です。旧番のベルリンフィル盤がカラヤンの追悼盤なら、このルッェルン盤は自身の為の生前葬の様に感じました。アバドの指揮ぶりは、まるで高僧が散杖を振っている様です。何といってっも合唱陣、独唱陣が素晴らしい。ザビネマイヤーも写っております。
ついで、コーントープマン。合唱が素晴らしいのは同様ですが、何と清冽な演奏でしょうか。
また、ベーム/ウイーン交響楽団はウィ-ンフィル盤と同年の録音ですが、ウィーンフィルの美しさを取除いて、ベーム独特の厳しさを一層強くしたものです。特に、初来日から最後の来日公演に行った、ペーターシュライアーの映像が見れるのが嬉しいです。独唱陣はウィーンフィルと全員相違しておりますが、全く負けてはおりません。
最後は高校時代に聞いたコンサーとですが、ペーターマークの演奏も素晴らしかったと記憶しております。
ハルくんさんや皆様のご意見を賜われれば幸甚です。

投稿: まーちゃん | 2014年3月 8日 (土) 18

投稿: まーちゃん | 2014年3月 8日 (土) 19時19分

ヨシツグカさん、こんにちは。

シュペリング盤を聴いたことは無いのですが、紹介文を読むとジュースマイヤー版に敬意を表したうえで、モーツァルト本人が残した楽譜部分をそのまま演奏しているのですね。
なるほど、そういうアプローチも有ったのですね。ジュースマイヤー版での演奏も含めて是非一度聴いてみたいです。
ご紹介どうもありがとうございました。

投稿: ハルくん | 2014年3月10日 (月) 09時27分

まーちゃんさん、はじめまして。

コメントを頂きまして誠に有難うございました。大変嬉しく思います。今後ともどうぞよろしくお願い致します。

私ももちろん既存盤を全部聴いたわけではありませんし、あくまで自分の好みで選んで聴いているだけです。

まずアバドですが、残念ながらベルリン盤、ルツェルン盤ともに聴いていません。
トン・コープマン盤は試聴のみで購入をしていませんが、非常にバロック的というかアクセントが明瞭過ぎるように感じました。元々モーツァルト以降の古楽器演奏は余り好まないので仕方ないところです。
ベームの映像版は相当昔、TVで観た覚えが有ります。ただ、それ以降は観ていませんので細部については分かりません。
どなたかご感想をお持ちの方がいらっしゃると良いのですが。

投稿: ハルくん | 2014年3月10日 (月) 09時42分

お久しぶりです。この曲を日常的に仕事のBGMにすることがある私は変でしょうか?(笑)良い演奏がたくさんありますが、あえて推すならアバードかベームです。ザビーネ・マイヤーのバセットホルンが好きじゃないのでベルリンは聴きません。ブリュッヘンは未聴ですが、もともと古楽のリコーダー奏者だった人ですから良い演奏なのでしょう。でもなぜグレゴリオ聖歌を挿入したのか、彼の説明はあるのですか?ジュースマイヤー版以外の演奏は少ないですが、最後の二重フーガがモーツァルトの着想ではなかろうというライナーノートを読んだ記憶があります。

投稿: かげっち | 2014年3月11日 (火) 12時43分

かげっちさん、こんにちは。
お元気そうでなによりです。

ベームはやはりイイですよね。
アバドのベルリン盤以外ということはルツェルン盤でしょうか?CDは出てましたっけ?
ベルリン盤はザルツブルク大聖堂で生演奏した割にはどうもピンと来ません。

ブリュッヘン盤にグレゴリオ聖歌を挿入した理由はわかりません。”演出”と解釈する人も居るようですが、確かにミサ曲ですので原典主義?原点回帰?と言えないことも無いのかもしれませんね。

この曲に関しては謎が多過ぎて、学究的に捉えると何が真実だかを証明するのは困難でしょうね。ですので自分としては「聴き手の好みで聴けば良い」という極めてお気楽な考えです。

投稿: ハルくん | 2014年3月11日 (火) 13時52分

一見矛盾したことを書いてしまいました、訂正です。アバード&ベルリンの録音については「バセットホルンを除けば気に入っている」ので、この楽器にこだわりがない方にはベーム盤と並んで一推しだということです。自分はクラリネット奏者として、どうもザビーネ・マイヤーが好きになれないのです。実はアバード&ルツェルンでも奏者は同じです。

(注:マイヤーの演奏を間近で見たことがないので理由をうまく言えませんが、息が遅いような印象を受けます。独奏曲では装飾過剰なのも好みでありません。)

ブリュッヘンのようにグレゴリオ聖歌を挿入するのが「ミサのやり方として正統」なのかどうか私にもわかりません。「間違いではない」とは言えそうですけど。

投稿: かげっち | 2014年3月13日 (木) 12時07分

かげっちさん

わざわざご訂正をありがとうございます。
そういうことなのですね。
自分はカラヤン時代からベルリン・フィルには興味が無くなったので、ザビーネ・マイヤーがどうのこうの言えるほど意識して聴いてはいません。でも異性としての顔立ちは好きですよ。(←カラヤン並みのスケベ親父??)

投稿: ハルくん | 2014年3月13日 (木) 23時27分

はい、お好みのタイプであることは想像がついておりましたですよ(笑)そういうタイプであればこそ、音色は冴え冴えとしていて、演奏には情熱と叙情があって、小賢しい装飾音で悦に入ったりしないてほしいと願うものであります。

投稿: かげっち | 2014年3月14日 (金) 12時13分

かげっちさん

自分は管楽器をやっていなくて良かったです。
演奏の細部を気にせずに、ビジュアルを楽しめます。(笑)
でも、さすがに最近はお歳を召しましたね。50代というのは自分のお相手の対象には丁度良い頃なのではありますが。

投稿: ハルくん | 2014年3月14日 (金) 23時40分

こんにちは。

作曲家や研究者の不祥事が続きますね。理研の場合は実績よりインパクト重視の人事が招いた悲劇のように思われますが、科学は誤りの歴史ですから、疑義を正して再検証すれば研究の真偽はいずれ判明するでしょう。

ところで、モーツァルトの就職難は有名ですが、素行でも悪かったのでしょうか。映画「アマデウス」みたいに誰かに嫉妬されたのでしょうか。いつの時代も人事や世論の評価はいい加減なものです。あの映画はコンスタンツェ役が非常に上手く、悪妻どころかとても可愛いです。晩年のレクイエムの場面も素晴らしい出来栄えでした。

投稿: NY | 2014年3月18日 (火) 20時54分

NYさん、こんにちは。

理研の件は、監督不行き届きという印象ですね。功をあせった勇み足でしょうか。研究は地道なものですから、発表もそうあらねばなりませんね。

就職難のことは良くは知りませんが、モーツァルトの父が強引に謁見したことで、マリア・テレジアと宮廷から嫌われたのが原因のようですね。
モーツァルトに与えられたのは安月給で、作曲の仕事も限られていたそうです。さらに戦争の影響でウィーンの景気が冷え込んだこともあるようです。
映画「アマデウス」は本当に面白い映画でしたね。何度見ても新鮮で大好きです。

投稿: ハルくん | 2014年3月18日 (火) 22時07分

ハルくん様
愚生は、この作品の鬼気迫る激情と暗さの為、ディスクは以下の3点のみです。ワルター&NYフィルの15AC規格の、モノーラルLP。ジュリーニ&フィルハーモニアOのSonyの輸入盤、ケルテス&VPOのDecca原盤の、アメリカ盤…ウィークエンド・クラシックスなる、漫画っぽいデザイン…です。
演奏から申しますと、ケルテスが敢闘賞ものの好演を果たしていました。劇的な音楽の所でも、過度に感情移入せずに、端正に指揮して下さっているのが、有り難いです。現今の独特のピッチに乱暴なffで、音楽を台無しにしかねない、あまり感心できかねる古楽器グループと指揮者は、御遠慮頂きましょう。余談ですが、全ての方々がそうだとは断言してはおりませんので、どうか誤解なさりませんように…。ド

投稿: リゴレットさん | 2018年3月18日 (日) 18時39分

リゴレットさん

この曲には様々なスタイルの演奏が可能ですが、得てして”鬼気迫る激情と暗さの”往年の巨匠たちの演奏は最近余り好みません。
合唱指揮者や宗教音楽を得意とする演奏家のものを好んで聴いています。

投稿: ハルくん | 2018年3月19日 (月) 12時40分

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