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2014年3月

2014年3月30日 (日)

モーツァルト ミサ曲ハ長調「ミサ・ソレムニス」 K.337 名盤

Corolledo_2              コロレード大司教

ミサ曲ハ長調「ミサ・ソレムニス」 K337は、モーツァルトがザルツブルク時代に書いた最後のミサ曲です。ウイーンに移ってからはミサ曲を未完成に終わった「大ミサ曲」と「レクイエム」しか書いていませんので、この曲が、そのままモーツァルトが完成させた最後のミサ曲だということになります。

「ミサ・ソレニムス」(荘厳ミサ曲)の名の割には、演奏に30分もかからない短い曲である理由は、例のコロレード大司教の長時間のミサ嫌いにあります。コロレードは齢をとるにつれて増々長いミサが嫌いに成って行ったので、それ以前に書かれた「ミサ・プレヴィス」(小ミサ曲)と「ミサ・ソレニムス」の長さが変わらないという珍現象が起こってしまいました。これでは、モーツァルトがコロレード大司教の元から逃げ出したくなるのももっともですね。

それでもこのK337の編成は大きく、4声部の独唱と合唱、それに2部のヴァイオリン、トランペットを含む2管編成、ティンパニ、オルガンという構成です。
曲想も、さすがに「荘厳ミサ曲」の名に恥じない立派さが有り、音楽評論家でモーツァルト研究家の井上太郎氏のように「戴冠ミサ」よりも高く評価すると言う人も居るぐらいです。初めて聴いた時のインパクトは「戴冠ミサ」のほうが上でしょうが、K337には繰り返して聴くたびに愛着が増してくるような、そんな良さが有ります。

曲の構成は以下の通りです。
 1.キリエ 
 2.グローリア
 3.クレド
 4.サンクトゥス
 5.ベネディクトゥス
 6.アニュス・デイ

愛聴盤については、単独盤は所有していないので、どちらもセットものです。

Mozart_sacredmusicニクラス・アーノンクール指揮ウイーン・コンツェントゥス・ムジクス、アーノルド・シェーンベルク合唱団(1986年録音/テルデック盤) アーノンクールのモーツァルト宗教曲全集に収録されています。ソプラノをバーバラ・ボニーが歌っていますし、他の独唱陣も合唱も非常に優秀です。ただ、当たり前のことですが、いかにも「プロ」が歌っているような印象を受けるのが個人的には余り好みません。これは完全に好みの問題で、歌に何を求めるかによって評価が全く異なると思います。ここでもアーノンクールの強調されたスタッカートやダイナミクスの変化が見られますが、最近の古楽器派の超刺激的な演奏と比べれば、驚く様なものではありません。時の経過と共にいつの間にかアーノンクールも普通の演奏家に聞こえるようになったということでしょうね。

Cci00036 ペーター・ノイマン指揮コレギウム・カルトゥジアヌム、ケルン室内合唱団(1990年/ヴァージン盤) ペーター・ノイマンのモーツァルト宗教曲選集に収録されています。演奏はひとくちに言ってオーソドックスです。古楽器派でありながら、良く聴かれる刺激的なスタイルには程遠く、現代楽器派を聴いているような安心感が得られます。古楽器派には抵抗を感じるが、さりとて現代楽器の演奏には古さが感じられるという人にとって最適だと思います。ドイツ風のしっかりとした演奏ですので、ウイーン風の柔らかさを求める人には僅かな不満が感じられるかもしれませんが、と言ってこれに替わるようなウイーン風の演奏も少なくとも自分は知りません。独唱は全て大人ですが、ソプラノが少年と間違えるような清純さが有って素晴らしいです。

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2014年3月26日 (水)

モーツァルト ミサ曲ハ長調「戴冠式ミサ」 K.317 名盤

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     レオポルド2世(左)とヨーゼフ2世(右)

モーツァルトの宗教曲は、さすがにバッハほど多くないとは言え、かなりの曲数が書かれています。特にザルツブルク時代には、「教会音楽家」が仕事でしたので、好むと好まざるとにかかわらず、儀式のために曲を書かなければならなかったわけです。但し、コロレード大司教が長時間のミサを嫌ったために、時間制限から、ほぼ例外無く音楽部分を30分程度に収めなければなりませんでした。モーツァルトはそれをかなり欲求不満に感じていたようですが、書かれた曲はどれも皆、素晴らしい作品でした。

それらザルツブルク時代の宗教曲の傑作中の傑作が、ミサ曲ハ長調「戴冠式ミサ」K317です。非常に人気が高いのは、華やかな名称が付いているせいもあるでしょうが、タイトルに負けない素晴らしい内容の曲です。
この曲は、元々は復活祭のために作曲されたもので、ザルツブルク大聖堂で初演されました。のちにヨーゼフ2世(音楽の擁護者としても有名。映画「アマデウス」には絵の顔とそっくりな俳優さんが出ていましたね。)の後を継いだ弟のレオポルド2世の戴冠式の祝賀ミサに各地で演奏されたために、この名称が付いたと言われています。

モーツァルトの宗教曲の最高峰は「レクイエム」K626であり、それに次ぐのは「ミサ曲ハ短調」K427ですが、どちらもウイーン時代の未完成作品でした。完成作品としての最高峰は、この「戴冠式ミサ」K317だと言えるでしょう。

曲の構成は以下の通りです。
 1.キリエ 
 2.グローリア
 3.クレド
 4.サンクトゥス
 5.ベネディクトゥス
 6.アニュス・デイ

この曲は人気曲ですのでCDも多く出ていますが、好みの演奏としては、まず合唱に少年合唱団が使われていることです。さらにはソプラノとアルトの独唱も大人の女性歌手ではなく少年が理想的です。特に、「キリエ」のソプラノ独唱と、「アニュス・デイ」のアルト独唱はどうしてもボーイ・ソプラノで聴きたいと思います。歌唱が上手いか下手かと専門的に比較する以前に、この曲においては若々しく清純な雰囲気が感じられるのが何物にも代えがたいからです。そのことは宇野功芳先生も、昔から書かれていますが、全くもって同感です。どんなに美しい女性歌手(声がですョ)が歌ったところで、三十路を過ぎればやはりオバさまの声になります。少年の声の清純さにはどうしたって敵いません。

という点が自分の評価に大きく影響するのをお知り頂いたところで、愛聴盤をご紹介します。

Mozart40894 フェルディナント・グロスマン/ウイーン寺院管、ウイーン少年合唱団(1963年録音/フィリップス盤) 昔、宇野先生の推薦でLP盤を買ってさんざん愛聴しましたが、現在はCDで聴いています。この演奏は本当に輝かしい生命力と躍動感に溢れています。オケやコーラスに幾らか雑なところも有りますが、大らかさの感じられるウイーン少年合唱団の伸びやかな歌声は、この曲に於いてはドイツの厳格なそれよりも魅力的に感じられます。もちろん独唱も大人の女性歌手では無くボーイ・ソプラノが歌っていますが、歌唱は(少年としては)とても上手く魅力的です。「ベネディクトゥス」や「アニュス・デイ」での素朴な美しさは格別です。フィリップスによる録音も優秀で、響きがとても厚く柔らかく感じられて心地良いです。

Mozarti00023 ハンス・ギレスベルガー/ウイーン宮廷音楽教会管、ウイーン少年合唱団(1978年録音/SEON原盤、タワーレコード盤) この翌年の録音の「レクイエム」はウイーンの教会音楽の底力を見せつけた最高の演奏でしたが、それに比べると出来栄えは幾らか劣るように思います。それでも前述のグロスマン盤に肩を並べる名演です。オケ、コーラスの完成度はグロスマンを凌ぎますし、ボーイ・ソプラノによる独唱はほぼ互角です。歓喜の高揚感ではグロスマンに分が有りますが、ギレスベルガーには強い統率力によるまとまりの良さが有ります。全体的な魅力の点で、グロスマン盤と五分と五分というところです。SEONによる録音も非常に優れています。

Mozart61y7 ウーヴェ・クリスティアン・ハラー/ウイーン響、ウイーン少年合唱団(1983年録音/フィリプス盤) これもウイーン少年合唱団による演奏ですが、合唱が後ろに引っ込み過ぎた録音であるのがマイナスです。残響が多く柔らかい録音は教会的だと言えばそうなのですが、グロスマン盤やギレスベルガー盤に比べて録音バランスに悪さを感じます。演奏全体としては中々に素晴らしいと思いますが、問題はアルト・パートのボーイ・ソプラノ独唱が劣ることです。そのために、あの絶美の「アニュス・デイ」の魅力がいま一つ感じられないのが残念です。

Mozartkronungsmessedgcduccg4503 ヘルベルト・フォン・カラヤン/ウイーン・フィル、ウイーン楽友協会合唱団(1985年録音/グラモフォン盤) 実際にヴァチカンのサン・ピエトロ大聖堂で教皇ヨハネ・パウル二世により挙行された荘厳ミサ典礼の音楽として演奏された歴史的な録音です。カラヤンがウイーン・フイルを指揮して独唱にバトルやフルラネットの大オペラ歌手を使うといういかにもカラヤン好みの豪華な配役ですが、この演奏は余り好みません。「キリエ」などは非常に遅いテンポで引きずるようですし、全体的に重過ぎます。”壮麗で良い”という評価も見受けられますが、モーツァルトの演奏としては不似合いです。ですので、これは荘厳な大聖堂のミサの様子が見られるDVD版のほうを鑑賞しています。

Mozart_sacredmusicニクラス・アーノンクール指揮ウイーン・コンツェントゥス・ムジクス、アーノルド・シェーンベルク合唱団(1986年録音/テルデック盤) アーノンクールのモーツァルト宗教曲全集に収録されています。いつものアーノンクールの強調されたスタッカートやダイナミクスの変化が見られますが極端では無く、ほとんど抵抗感は有りません。管弦楽のアンサンブルは精緻で合唱も優秀ですが、良い意味での緩さというか柔らかさがもう少し欲しい気もします。女性歌手による独唱は端正で禁欲的な美しさが感じられて大人の歌唱としてはとても良いと思います。

Cci00036 ペーター・ノイマン指揮コレギウム・カルトゥジアヌム、ケルン室内合唱団(1990年/ヴァージン盤) ペーター・ノイマンのモーツァルト宗教曲選集に収録されています。ノイマンの演奏を好むのは、ことさら古楽器を意識して刺激的なスタイルにしようとしないことです。テンポにはゆとりが有りますし、打楽器に過剰なアクセントを付けるようなこともありません。それでいてモーツァルトの音楽の魅力を充分に味合わせてくれます。強いて言えば純ドイツ風なので、ウイーン風の柔らかさは有りませんが、これはスタイルの問題です。これも女性歌手による独唱ですが、端正で純粋な美しさが有って抵抗を感じません。独唱陣、合唱ともとても優れています。

ということで、自分のベストはグロスマン盤、そして次点がギレスベルガー盤になりますが、どちらも廃盤というのはまったくもって信じられません。

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2014年3月24日 (月)

「丸山眞男 音楽の対話」 中野 雄

         150              丸山眞男氏

日本における政治思想史の巨人、丸山眞男(まるやま まさお)氏には、知られざる別の一面「音楽愛好家」としての姿が有りましたが、その丸山氏に思想史、音楽の両方の分野で師事されて交流40年以上にも及んだ音楽プロデューサーである中野雄(なかの たけし)氏がお書きになった本が「丸山眞男 音楽の対話」それに「丸山眞男 人生の対話」(文春新書)です。

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丸山氏自身が書いた専門書は、一般の人が読んで理解するには少々難解過ぎるようですが、中野氏の著書は非常に解り易く書かれているので、丸山氏の考え方の一端に触れるのには最適だと思います。

一昨日の3月22日は丸山氏の生誕百周年記念にあたるので、都内で開催された記念の会には数百人が集まったそうです。また、23日には東京フルトヴェングラー研究会主催で「丸山眞男とフルトヴェングラー」という、中野雄氏の講演会が開かれました。そこで、自分はその講演会に行ってみました。

講演内容のベースになったのは、「丸山眞男 音楽の対話」でしたが、中野氏の生の声で語られる多くのエピソードには大変興味をそそられました。丸山氏は、生前ワーグナーとフルトヴェングラーに特に傾倒していましたが、氏の単なる「音楽愛好家」の域を越えた、専門家以上の知識、見識には唖然とするほどです。それは『自分はこれまで音楽を深く聴いて来たつもりであったが、”真剣に聴くこと”とは一体どういうことを言うのだろう」と大きな疑問に遭遇するほどの衝撃です。その丸山氏の聴き方の源流となっているのはフルトヴェングラーの考え方、思想に一致するところなのでしょう。

「音楽愛好家とは何か」「音楽を深く聴くこととはどういうことか」、更には「生きることとはどういうことか」、それらのことを色々と考えさせられる講演でした。その内容は著書を読んで頂いても充分に体験が可能です。お読みになられたことがない方には是非御一読をお勧めしたいと思います。

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2014年3月20日 (木)

フルトヴェングラーと同時代の作曲家 ~エルンスト・ペッピング&ハインツ・シューベルト~

ドイツの大指揮者フルトヴェングラーが同時代の作曲家の作品をどれぐらいの頻度で取り上げたのかは詳しく有りませんが、フルトヴェングラー自身が作曲も行なっていたわけですし、演奏会では案外と取り上げていたのかもしれません。
ただ、我々が現在聴くことができる録音はそれほど多いわけではありません。

実は今月初めのことだったのですが、東京フルトヴェングラー研究会の鑑賞ゼミに参加する機会が有りました。その日のテーマの一つが「珍しいフルトヴェングラーを聴こう」ということでしたので、フルトヴェングラーと同時代の作曲家の作品の演奏を鑑賞しました。

その日に鑑賞したのは下記の4作品です。

1.エルンスト・ペッピング:交響曲第2番へ短調
2.ウォルフガング・フォルトナー:ヴァイオリン協奏曲
3.ハインツ・シューベルト:「賛歌的協奏曲」
4.イーゴリ・ストラヴィンスキー:「妖精の接吻」から

このうち、1.と3.に使用したCDを発表者の方からお借りして来ましたので、ちょっとご紹介してみたいと思います。

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ヴィルヘルム・フルトヴェングラー/ベルリン・フィルハーモニー(ARKADIA盤)

エルンスト・ペッピング 交響曲第2番へ短調(1943年10月30日録音)

ペッピングは1901年にドイツに生まれて、ベルリン音楽大学で作曲を学びました。1934年からベルリンの教会音楽学校で教鞭を取るようになりました。ぺッピングはプロテスタント教会音楽家として多数のミサ曲やモテットを作曲しましたが、それ以外にも3曲の交響曲や、ピアノ協奏曲、管弦楽のための変奏曲、オルガン曲、ピアノ曲などの器楽曲を書いています。ちなみにこの人は1981年まで存命しました。

交響曲第2番は戦火真っ只中の1943年に書かれた作品で、フルトヴェングラーが初演者なのかどうかは定かでありませんが、これが世界最初の録音とのことです。曲は保守的な4楽章構成ですが、全体に悲劇的で重苦しい雰囲気を漂わせています。後期ロマン派のマーラーの作品に近いものが感じられます。

ハインツ・シューベルト 「ソプラノ、テノール、オルガン、管弦楽のための賛歌的協奏曲」(1942年12月6日録音)

シューベルトと言っても有名なフランツ・シューベルトではなく、20世紀生まれのハインツ・シューベルトです。この人は1908年にドイツに生まれて、ミュンヘン音楽院で音楽を学び、作曲と指揮の両方で活躍をしました。
作風はやはり後期ロマン派風で「大管弦楽のためのシンフォニエッタ」、「ヴァイオリンと管弦楽のための協奏的組曲」などを書いています。

「賛歌的協奏曲」は1939年に書かれた作品ですが、このフルトヴェングラーがベルリン・フィルを指揮し、それにエルナ・ベルガー(ソプラノ)、ヴァルター・ルートヴィヒ(テノール)、フリッツ・ハイトマン(オルガン)と行ったこの演奏が世界で最初の録音だったようです。よく”世界初演”と書かれているのを見受けますが、指揮者でもあったシューベルト本人がそれ以前に初演した可能性も有り得ると思いますが確証は有りません。

この曲は単楽章構成で、”協奏曲”と言っても二人の独唱歌手とオルガンのための協奏曲という非常に珍しい編成です。更には弦楽器による独奏も用いられています。”賛歌”というのは教会音楽的な厳粛なものではなく、”苦悩を背負った人間が人間らしく生きられるような強い祈りの気持ち”が込められているように感じます。
ところが、この人は1944年に徴兵されて、翌年の1945年に戦死してしまいました。楽譜もほとんど戦火で焼失されてしまったそうです。

それにしてもぺッピングとシューベルト、どちらの曲も全くの後期ロマン派風の音楽で、ワーグナーやマーラーなどの影響を強く感じます。同じ時代のロシアの革新的な音楽と比べれば、随分と保守的な音楽に聞こえます。もっとも、それはナチス・ドイツによって「退廃的な音楽だ」という烙印を押されて迫害を受け、国外に亡命せざるえを得なかったパウル・ヒンデミットの例に代表されるように、ドイツ国内に留まって音楽家として生き残るためには、このようなナチスの意向に沿った保守的な音楽を書く道しか無かったのかもしれません。
従って、フルトヴェングラーと同時代の作曲家の作品であるにもかかわらず、「現代の音楽」というよりは「前時代の音楽」という気がしてなりません。

ただ、これらが陳腐な音楽かと言えば、決してそのようなことは無く、現代音楽の無味乾燥なものに比べれば遥かに音楽の体を成しています。革新的な新鮮さは持たなくとも、心に自然と浸みこんでくるような親しみ易さが有ります。あの佐村河内氏も好むかもしれません??

ARKADIA盤はCD2枚組で、他にブラームスの交響曲第4番やベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番(コンラート・ハンゼン独奏)といったフルトヴェングラーの第二次大戦中の定番とも言える録音が収められています。
録音はもちろんお世辞にも明瞭とは言えませんが、アナログ的で柔らく聴き易い音だと思います。1枚ものではメロディアやロシアン・ディスクなどのレーベルからぺッピングとシューベルトの2曲が組み合わされた形でリリースされていますので、ご興味の有る方は一度お聴きになられてみても決して損は無いと思います。

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2014年3月16日 (日)

モーツァルト ミサ曲ハ短調 K.427 名盤 ~大ミサ曲~

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モーツァルトはザルツブルク時代には宗教音楽を数多く手がけましたが、ウイーンへ移ってからはそれが極端に少なくなります。ザルツブルク時代には教会音楽作曲家としての立場からそのための音楽を多く書かなければなりませんでしたが、ウイーンではフリー音楽家に転身したので、特に依頼が無ければ書く必要が無かったからです。他人からの依頼による作品の代表作は有名な「レクイエム」ですが、反対に誰からの依頼も無いのに書こうとしたのが「ミサ曲ハ短調」です。この作品はモーツァルトの宗教曲の中で最も規模の大きな作品であるために、「大ミサ曲(Grosse Messe)」とも呼ばれます。

モーツァルトがこの曲を書き始めた動機としては、当時の父親との関係に有るというのが通説です。

モーツァルトは父レオポルドの猛反対を押し切ってコンスタンツェと結婚をしたので、それ以来二人の関係は最悪のものとなっていました。
そんな折、「後宮からの誘拐」がウィーンで大成功して、ザルツブルクでも上演されることになったため、モーツァルトはコンスタンツェを伴ってザルツブルクへ行くことになります。そこでモーツァルトは一計を企てました。大きなミサ曲を作って、そのソプラノ独唱をコンスタンツェに歌わせようとしたのです。そうすれば新妻が父親から見直されて、二人の関係が修復されると期待したのです。

ところが作曲時間が余り無いのに曲の規模をやたらとに大きくしてしまったために、モーツァルトは演奏会までに曲を完成出来ませんでした。やむなく演奏会では従来のミサ曲からの一部が使用されたそうです。

演奏の出来映え、特にコンスタンツェが果たしてこの難しい独唱をどれだけ歌えたのかは分かりませんが、父親との和解には何ら効果が見られず、完全にモーツァルトのもくろみは外れてしまいました。

その後、モーツァルトはこの曲を完成させようとはしませんでした。ウイーンではフリー音楽家でしたので、収入になる曲を優先させているうちに後回しになったのかもしれません。あるいは父親との和解が失敗に終わったので意欲を失ったのかもしれません。

曲の構成は下記の通りです。

第1曲「キリエ」
第2曲「グローリア」
第3曲「クレド」(未完成。一部補筆)
第4曲「サンクトゥス」
第5曲「ベネディクトゥス」
    「アニュス・デイ」(未着手)

第1曲「キリエ」での哀しみを湛えた厳かな表情は胸に迫りますし、8部から成る長大な第2曲「グローリア」は非常に聴き応えが有ります。そして未完成とは言え、第3曲「クレド」の第2部(「エト・インカルナトゥス・エスト」)での、コロラトゥーラによる華やかなソプラノ・パートはモーツァルトらしい霊感に溢れた素晴らしさです。本当にコンスタンツェが歌えたのでしょうか。
ただ、この力作も「アニュス・デイ」が未着手に終わったことから、第5曲「ベネディクトゥス」で終わるために、どうしても尻切れトンボの印象を残すのは止むを得ません。

このように、このミサ曲は未完成に終わりましたが、それでも演奏に50分程度はかかる長い作品ですし、もしも完成していれば1時間を優に超える大作になったのは間違いありません。それが果たしてバッハの「ロ短調ミサ曲」に匹敵したかどうかは分かりませんが、とにかく非常に惜しまれます。
とは言え、ウイーン時代の円熟した技法で書かれたこのミサ曲は、「レクイエム」に次ぐモーツァルトの宗教音楽の傑作でしょう。

ところで、モーツァルトはのちにこのミサ曲ハ短調を転用してカンタータ「悔悟(かいご)するダヴィデ」K.469という曲を書いています。これはウイーンでの慈善演奏会の為に新しく曲を作る時間が無かった為に、ミサ曲の「キリエ」と「グローリア」にイタリア語による歌詞を付けて、2曲のアリアを新たに加えるというバッハ得意の”転用術”を用いたのです。
アインシュタインなどは、この曲を「はなだしく分裂した作品だ」と酷評していますが、それは少々言い過ぎだと思います。ミサ曲ハ短調を愛する人は一度聴かれても損は無いと思います。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

ミサ曲ハ短調 K.427

51mxz5danbl__sl500_aa300_ フェレンツ・フリッチャイ/ベルリン放送響(1959年録音/グラモフォン盤) 昔からこの曲の定番とされた演奏ですが、大編成による旧時代的でロマンティックな演奏です。当時最高のメンバーを揃えた歌手陣や優れた合唱の素晴らしさは圧巻ですらありますが、ソプラノの歌唱などはいささかドラマティックに過ぎるように感じられます。ただ、元からオペラのような華やかさも持ち合わせた「大ミサ曲」ですので、それほどの抵抗は感じません。録音には幾らか古めかしさを感じますが、鑑賞に問題が有るほどではありません、現在でもこの曲の代表的演奏としての価値は失われていないと思います。

519ew7qxmal ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1986年録音/カプリッチオ盤) 同じケルンライブ・シリーズの「レクイエム」の5年前の録音です。大編成ながらも過剰なロマンティックさを排除して端正さが感じられるのは良いです。ただ、オケも合唱も「レクイエム」の素晴らしさに比べると少々劣るように思います。もしかすると録音の明瞭さの不足が影響しているのかもしれません。ソプラノの歌唱は幾らかオペラティックに聞こえていて、出来栄えも今一つのように感じます。

Mozart_sacredmusicニクラス・アーノンクール指揮ウイーン・コンツェントゥス・ムジクス(1984年録音/テルデック盤) アーノンクールのモーツァルト宗教曲全集に収録されています。オケが古楽器の割にはウイーン国立歌劇場による合唱の編成は大きめに感じられます。もちろん全体的にアーノンクール調の鋭いスタッカートやダイナミクスの変化が見られますが、この曲では余り抵抗を受けません。むしろ、この大曲の肥大化を防いで、全体が引き締まった印象を受けます。ソプラノの歌唱は優秀で、決してオペラティックにならない凛とした美しさが感じられて素晴らしいです。

Cci00036 ペーター・ノイマン指揮コレギウム・カルトゥジアヌム、ケルン室内合唱団(1990年/ヴァージン盤) ペーター・ノイマンのモーツァルト宗教曲選集に収録されています。古楽器による演奏ですが、ノイマンは古楽の無味乾燥さとは無縁で、端正な音の中にロマン的な深い味わいを内包しているように感じます。テンポをむやみに速めることもなく、落ち着きを持っているのが良いです。独唱陣も合唱も非常に優秀なので、安心して音楽に身を委ねられます。古臭くも無く先鋭的でも無い、正にリファレンスにしたいような素晴らしい演奏です。

この中で一つを取るとすれば、ペーター・ノイマン盤です。もう一つとなれば、フェレンツ・フリッチャイ盤です。

これ以外では、昔懐かしいウイーンの合唱指揮者フェルディナント・グロスマンが録音したCDを持っていましたが、その頃は気に入らずに手放してしまいました。改めて聴き直してみたいのですが、レアなCDなのでもう手には入らなそうです。アレ~(涙)

カンタータ「悔悟(かいご)するダヴィデ」K.469

51rfit8heml シギスヴァルト・クイケン/ラ・プティット・バンド、オランダ室内合唱団(1985年録音/ドイツ・ハルモニア・ムンディ盤) バロック音楽の古楽器演奏で名を成したクイケンが、古典派作品の演奏にも取り組み始めたころの録音です。この曲はそもそも録音の数が少ないので、ほとんど比較のしようも無いのですが、「ミサ曲ハ短調」の幾つかの演奏と比べても非常に素晴らしい演奏です。深々とした敬虔な雰囲気がたまりません。ラ・プティット・バンドの演奏も流石に優秀です。これほどの出来栄えとなると、ミサ曲のほうの演奏が是非とも聴いてみたくなります。そのうちに録音をしてくれないものでしょうか。

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2014年3月14日 (金)

「市民団体、河野談話見直し中止を」だって??

共同通信ニュースによれば「市民団体、河野談話見直し中止を」だそうです。

まったく市民団体というのは、普段は「国民の知る権利」「真実を知る権利」などと主張しているくせに、今回は全く矛盾する主張をするようです。
ムラヤマ元総理の同じ趣旨の発言にも呆れ果てていますが、国民にも(一部なのでしょうが)こういう人たちが居ること自体がとても信じられません。もしや韓国の組織の息がかかっている人たちなのではと勘ぐってしまいます。

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2014年3月12日 (水)

東京フルトヴェングラー研究会管弦楽団 演奏会のご紹介

演奏会のお知らせです。

大指揮者フルトヴェングラーの偉大なる業績の紹介、普及に努められている野口剛夫さんが主宰する東京フルトヴェングラー研究会管弦楽団の演奏会です。
野口さんは佐村河内氏の作曲偽装をいち早く追求したことでも知られました。

<演奏会概要>

東京フルトヴェングラー研究会管弦楽団 第34回定期演奏会
日時 3月15日(土)14:00開演 
会場 小松川さくらホール
(都営線・東大島駅より徒歩12分)

演奏曲目
ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」序曲
ハイドン:交響曲第88番《V字》
シューマン:交響曲第4番

指揮:野口剛夫

入場料:2000円

お申込み:東京フルトヴェングラー研究会
Tel: (090)6103-5504 
E-mail: otakesan@kt.rim.or.jp
HP: 東京フルトヴェングラー研究会

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2014年3月 6日 (木)

モーツァルト 「レクイエム」 続・名盤 ~ゴースト・ライターの傑作~

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モーツァルトが死の直前まで作曲に取り組んでいて未完成に終わった「レクイエム」は、モーツァルトの家を訪れた謎の使者から匿名の依頼主のために作曲を依頼されたことは皆さんも良くご存じだと思います。

長い間、この依頼主がいったい誰なのかが謎とされていましたが、1964年になってようやく依頼主がフランツ・フォン・ヴァルゼック伯爵という人物で、使者は恐らく伯爵の知人であるフランツ・アントン・ライトケープであったことが明らかになりました。ヴァルゼック伯爵は音楽愛好家で、当時の作曲家に匿名で曲を作らせては、それを自らの手で写譜を行って愛好家仲間たちに演奏をさせていたのだそうです。なんだか佐村河内守氏のような人ですね。佐村河内氏も”現代のベートーヴェン”などと言わずに、”現代のヴァルゼック伯爵”と称すれば良かったのです。もっとも、名声の獲得と金儲けの為に作曲偽装と障害者詐欺を働いた佐村河内氏の悪事の大きさは、単なる貴族の道楽として楽しんでいた伯爵のそれを遥かに上回っているのは言うまでも有りません。

そのヴァルゼック伯爵が、亡くなった妻の追悼のための「レクイエム」をモーツァルトに作曲させようとしたのが真相だったのです。
ですので、モーツァルトは伯爵の”ゴースト・ライター”になる契約を結んだことになります。

モーツァルトは前金として作曲料の半分を受け取っていましたが、曲が完成する前に死んでしまったので、妻のコンスタンツェは残りの半分を受け取るためにモーツァルトの弟子のジュースマイヤーに作品の完成を頼みました。自分の死期を悟っていたモーツァルトは生前、ジュースマイヤーに「レクイエム」の残りの部分の作曲のアドヴァイスを行なっていましたので曲は無事に完成されて、コンスタンツェは残金を受け取ることが出来ました。かくしてジュースマイヤーはモーツァルトの”ゴーストライター”となったのです。

そうとは知らない伯爵は、ゴースト・ライター(モーツァルト)のゴースト・ライター(ジュースマイヤー)による作品を受け取るという、ややこしい話の展開になります。もちろんこの詐欺の主犯はコンスタンツェですね。

伯爵は、この曲を自分の作品として、妻の追悼式とそれとはまた別の演奏会でも演奏をしました。ところが、コンスタンツェは楽譜の写しを持っていて、それを出版社に売り渡し、その楽譜が出版されものですから、さあ驚いて怒ったのは伯爵です。相当にもめたようですが、現代であれば中々に難しい裁判になったことでしょう。

もっともコンスタンツェが楽譜の写しを持っていなければ、この曲が無名の作者の作品として、この世から消え去る結果になっていた可能性もあります。悪妻(?)コンスタンツェの欲が我々にとって大変有り難い結果を生んだということでしょう。

それはさておき、この曲がいわくつきの未完成品であろうとも、モーツァルトが命を削って取り組んだ、自分自身の為のレクイエムの大傑作であることに違いはありません。弟子のジュースマイヤーは他にこれといった作品が残されていないことから、特に才能を持った人物ではなかったようですし、補作の部分を「霊感に乏しい」と批判されることも多いですが、彼としては一世一代の歴史に残る作業を完遂したと評価してあげて良いと思います。

この曲は「モーツァルト レクイエム 名盤」で一度記事にしていますので、今回はその続編になります。

Mozart21b5e フランス・ブリュッヘン指揮18世紀オーケストラ(1998年録音/GLOSSA盤) 東京芸術劇場で行われたライブ録音です。曲の間にグレゴリア聖歌が挿入されているのが特徴です。過去のヨッフム盤やラインスドルフ盤は、実際のミサでの演奏なので挿入に違和感は感じませんが、通常の演奏会では極めて珍しいです。それ自体の評価は別にしても、残響が非常に深く録音されているので、まるで教会で演奏されているように聞こえます。古楽器の端正な音と合唱が柔らかく溶け合っています。肝心の演奏も敬虔な雰囲気と充分な緊迫感が有って素晴らしいと思います。古楽器派の演奏としては、ペーター・ノイマン盤に並ぶ愛聴盤の位置を占めるようになりました。

Mozart5504 ガリー・ベルティーニ指揮ケルン放送響(1991年録音/カプリッチオ盤) 楽屋裏で握手をしたときの笑顔が忘れられないベルティーニですが、この人は本当に音楽の職人だったと思います。これはケルンでのライブ録音です。大編成による演奏ですが、オーケストラも合唱も音が引き締まっていて”たるみ”を全く感じさせません。集中し切った緊迫感が凄いです。フーガの立体感なども実に見事なものです。弦楽器と管楽器の音の重なり合いも本当に美しいです。これだけセッション録音とライブ録音の出来栄えに差が無いのは凄いことだと思います。独唱陣も歌い崩しをしないので古めかしさを感じさせません。ケルン放送による録音も優秀ですし、これを大編成演奏のリファレンスとしたいぐらいです。

Mozart01dl クリスティアン・ティーレマン指揮バイエルン放送響(2006年録音/グラモフォン盤) ガスタイクのフィルハーモニーホールでのライブ録音です。大編成による演奏ですが、比較的速めのテンポで造形がきりりと引き締まっていて古典的に聞こえます。ベートーヴェンのシンフォニーでは重厚長大な演奏をするティーレマンですが、モーツァルトの宗教曲ともなると、だいぶ趣が異なります。このあたりは一世代前の指揮者との違いを感じます。合唱指揮はペーター・ダイクストラですので流石に優秀です。独唱陣も悪くありません。録音は合唱とオケが幾らか遠目に聞こえます。全体に現代楽器の演奏としては新鮮味を感じますが、死というものを目の前にするような厳粛な雰囲気はいま一つ足りないような気がします。

ということで、どれも魅力的な演奏だと思います。特にブリュッヘン盤とベルティーニ盤はこれから時々取り出しそうな気がします。但し、この曲をコンサート・ピースでは無く、あくまでも宗教曲として聴きたい場合には(というのも当たり前の話ですが)、自分にとってハンス・ギレスベルガー盤を越える演奏には中々出会えません。

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2014年3月 1日 (土)

ドヴォルザーク 交響曲第8番 ジョージ・セル/チェコ・フィルの1969年ライブ ~決定盤~

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ドヴォルザーク 交響曲第8番 チェコ・フィル(1969年録音)
ブラームス 交響曲第1番 ルツェルン祝祭管弦楽団(1961年録音)

このルツェルン音楽祭におけるライブ録音のCDは昨年9月に発売されたのですが、すぐに飛びつかなかったのはHMVとタワーレコードの紹介記事に騙されたからです。オーケストラが”ルツェルン祝祭管弦楽団”と書かれていたからです。最近のルツェルン管は”ベルリン・フィルの仮の姿のオーケストラ”とも呼べる優秀なヴィルトゥオーゾ・オケですが、当時はそれほどではなかったのでスルーしていたのです。
ところが、後からオーケストラはチェコ・フィルであることを知りました。製造元のauditeのCDケースには正しく記載されているのですが、どうやら輸入販売元のキング・インターナショナルが、カップリングのブラームス1番と混同したようです。そうなれば話は変わります。

1969年といえばセルがクリーヴランド管とEMI盤を録音する前の年です。あのEMI盤はそれ以前のCBS盤のメカニカルな冷たさを感じさせる演奏とは違って、温もりと立派さを兼ね備えた名演奏なので、自分の愛聴盤の一角を占めています。

さっそく今回のチェコ・フィル盤を入手して聴いたところ、これは大変な名演奏でした。EMIのクリーヴランド管盤と比べてみると、基本的にイン・テンポを通したクリーヴランド管盤に対して、テンポの緩急の巾の広さと呼吸の深さを感じます。歌い方も表情が豊かであり、かなり情緒的に感じられます。ロマンティックな度合いでは、ヴァーツラフ・ノイマンを大きく凌駕しています。例えば第3楽章は遅いテンポで陰影の非常に深い演奏ですが、特にあの美しい主題が中間部を過ぎて再び戻ってきたときの情緒的で翳の濃い歌には体がゾクゾクするほどです。
それでも、もちろんセルのことですから、全体の造形が崩れた感じは全くしません。終楽章では、じわりじわりと高揚感を増してゆきますが、クーベリックのライブのような爆演スタイルにはなりません。それでも終結部ともなると恐ろしいぐらいにたたみ掛けますので、これでもう充分に興奮、満足ができます。

ドヴォルザークの録音はステレオですが、非常に優秀なことが大きなポイントです。EMI録音のように過剰なエコーがかけられていない、とても自然な響きです。チェコ・フィルの美しい木管の音が分離良く忠実に捉えられています。弦楽にも音の伸びと潤いが感じられてとても良いです。実際のホールの真ん中あたりの席で聴いているような臨場感が有るのが素晴らしいです。EMI盤はもちろんのこと、ノイマン/チェコ・フィルの1981年デジタル録音盤よりもむしろ優れていると思います。

演奏のみで比較すれば、アンチェル/チェコ・フィルの1960年ライブ盤が最高だとは思いますが、この演奏もそれに匹敵する素晴らしさです。それに何しろ録音が良いので、総合的にはベストワンにしたいです。ドヴォルザークのファン、チェコ・フィルのファンには宝物のようなこのCDは絶対のお勧めです。

ご参考までに、このドヴォルザークはYouTubeで聴くことができます(こちら)。

カップリングされているルツェルン祝祭管弦楽団を指揮したブラームスの第1番も中々に良い演奏ですし、中々に優れたモノラル録音(疑似ステレオと表記)ではありますが、これはやはりドヴォルザークを聴くためのCDでしょう。

それにしても、こんな素晴らしいCD紹介を誤訳する輸入販売元には呆れかえります。プロの意識の欠如としか言いようが有りません。

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