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2014年2月 6日 (木)

現代のベートーヴェンはやっぱり幽霊だった!?

Ludwigvanbeethoven_2

現代のベートーヴェンはやっぱり幽霊でしたか。

全聾の作曲家として有名になった佐村河内守(さむらごうちまもる)氏は”現代のベートーヴェン”として世に広くもてはやされましたが、あの偉大なベートーヴェンが現代に存在するはずは無く、ただのゴーストだったようです。偽装騒動で明け暮れた昨年でしたが、今年もこんな偽装が発覚するとは呆れてしまいます。

もちろん音楽家が自伝や本を出版する場合に、ゴーストライターの手を借りて書いてもらうことは良くある話です。しかしこれは本職以外の作業なので、それを問題にする気は毛頭ありません。

けれども、本職である楽曲がゴーストの手によるものであったとなると許されません。それも彼の『耳が聞こえないハンディを乗り越えて努力の末に作品を完成させた』という姿が多くの人に感動を与えたわけですから、これは詐欺罪に当たるのではないでしょうか。

自らが被爆二世としての作品「HIROSHIMA」や、東日本大震災をテーマにした「レクイエム」など、音楽ファンだけでなく国民を欺き馬鹿にした話です。

しかし、それもこれも音楽の中身だけでなく、何か話題性を造り上げて売り上げに結びつけようという、音楽業界の商業主義があるからですね。単なる美形演奏家や身体にハンディのある演奏家、あるいは不遇の境遇を送ってきた演奏家たちを『商品』にしようとする魂胆が見え見えですが、それは聴き手が判断すれば良いことで、詐欺とまでは言えません。しかし、他人の作品を本人の作と称して、テレビ出演して、CDを売り、コンサートを行い儲けるとなれば、立派な詐欺行為です。ファンの感動の心を欺いたとなれば、単なる金銭詐欺よりもずっと悪質ではないでしょうか。もっとも、自分自身はCDを買ったこともコンサートに出かけたこともありません。元々こういうのは余り好まないところがあります。

ところで、日本コロムビアはベストセラーのCDの販売を中止したそうですが、今度は本来の作者の名前で再リリースしてほしいものです。そうでなければ、『作品の価値を認めたから発売したのではなく、全聾の人の作品だから発売した』ということになります。全国各地のコンサートも同じことです。作品そのものの価値を認めるならば、正しい形で世に出して貰いたいです。それを音楽ファンは正当に評価しようではありませんか。

今回の事件の発覚を業界の商業主義への警鐘として、音楽業界は前向きに捉えて貰いたいものです。

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音楽やその他諸事」カテゴリの記事

コメント

こんにちは。
自分の音探しの旅から帰還しました。笑

10年程前ですが、浜崎あゆみが歌詞を盗作してると週刊誌が暴き、元ネタであるCoccoさんの歌詞と並べて載せました。一節の最後の何文字かを変えてるだけで、丸写しでした。

作詞能力が在るとは思っていなかったし、やっぱりお抱えゴーストライターが書いていて、行き詰ったのだと思ったものでした。イヤな気分になるから見ませんが、検索すれば他にも色々出てくるみたいですし。

そんな歌手が3年連続獲ったレコ大は、昨年も不可解でしたし、音楽の賞くらい、本質で選んで欲しい。

投稿: source man | 2014年2月 6日 (木) 10時08分

source manさん、こんにちは。

オーディオ装置がついに整ったのですね。これで音楽鑑賞三昧ですね。

ポピュラー音楽の世界では歌詞やメロディのパクリは昔からありがちですね。「似ている」部分がどこまで許されるのかも微妙ですし、意図的であったかどうかも判断が難しいです。
今回の問題は、それらの難しい問題とは次元の異なる極めて悪質な事例としか言いようがありません。

音楽賞については、ポピュラー、クラシックを問わず嫌いです。楽曲の価値を数人の審査員が決めるなどというのはおこがましい行為です。年間最多売上賞だけで充分です。それで例え5年連続でAKBが受賞したとしても構わないと思います。

投稿: ハルくん | 2014年2月 6日 (木) 14時21分

この話からは本当にいろいろ教訓が得られますね。嘘で固めたものがここまで大きくなってしまった例を他にあまり知りません。私は結局、この人の(とはいえなくなってしまいましたが)音楽も聴かずじまいで、おそらくクラシック音楽の愛好家は結構、これらのタイプの音楽から距離を置いていた人が多いかと思いますが、残念なのは心底この音楽に感動してしまった人の気持ちが踏みにじられたことです。やはり本人も表に出てきて謝って欲しいと思いますね。

投稿: ushinabe1980 | 2014年2月 6日 (木) 19時19分

 ハルくんさん、こんばんは。
 今回の事件には驚きを隠せません。しかも先ほどニュースを確認してみると、耳が聞こえないというのも嘘である可能性が高いようではないですか。もし真実であれば許し難い話です。
 三枝成彰氏などの作曲家も称賛した佐村河内氏の曲ですが、「感動的なエピソード」が粉々に破壊された今、通販サイトを見ると手のひらを返すように低評価が並んでいます。ということは「曲」を聴いていなかったということですね。悲しいことです。

投稿: ぴあの・ぴあの | 2014年2月 6日 (木) 19時54分

 言葉が足りませんでした。上記のコメントの最後の段落は、佐村河内氏(が書いたと思われていた)曲や、それを称賛した人々の感性を一概に否定するものではなく、ハンディを抱えていることが売り物として成立してしまう現状が悲しいという意味です。
 需要がなければそもそもそのような売り出し方は成立しませんから、我々消費者の側にも問題があります。「感動的なエピソード」に必要以上に影響されずに音楽を評価するのは難しいことですが、1人1人が気を付けていかなければならないと改めて感じました。

投稿: ぴあの・ぴあの | 2014年2月 6日 (木) 20時24分

この事件であらためて感じることは
みな、音楽に「物語」を求めすぎている
ということです。

曲や演奏そのものではなく
その「背景」の「物語」に
耳を塞がれていたのでは?
と思うばかりです。

投稿: 影の王子 | 2014年2月 6日 (木) 20時32分

ushinabe1980さん

昨日の新垣氏の会見を聞いて唖然としました。
ゴーストライター問題だけではなく、実は聴力が有るという疑惑(不正障害者受給の可能性)、子供のころからバッハを弾きこなしたというピアノも実は初歩的なレベルだということ、楽譜が書けないということなど、全て事実と断定するにはまだ早いですが、余りにも疑惑が続々と出てきました。

うやむやにするのではなく真相を明らかにして、裏切った音楽ファンや世の中に心から懺悔して欲しいと思います。もう誤魔化しは止めてもらいたいです。

投稿: ハルくん | 2014年2月 7日 (金) 10時24分

ぴあの・ぴあのさん

今回の事件には本当に驚かされました。

この人の作品が紹介されるようになった頃から、どうもそこに商業主義の臭いを感じてしまい、余り聴く気にはなれなかったのですが、まさかここまでとは思いもしませんでした。

けれども作品の音楽的価値と偽作問題とは切り離すべきだろうなぁと思います。ハンディを持つ人の努力する姿は感動を呼びますが、だからといって何もかも称賛するのはおかしいです。
作品そのものを評価して、それにたまたま感動的なエピソードが有れば、加えて称賛するという順番でなければいけないのではないでしょうか。

「HIROSHIMA」も、いずれ新垣氏作曲の単なる「交響曲」として再リリースされたら聴いてみたい気はします。

投稿: ハルくん | 2014年2月 7日 (金) 10時38分

影の王子さん

作品や演奏の背景やエピソードを知ることは、理解を深める点で決して悪いことではありませんが、作品や演奏そのものの評価が惑わされてしまうのは良く無いですね。

音楽鑑賞の初歩的段階であれば「物語」をきっかけ造りとして一向に構いませんが、ある程度の段階が進むにつれて、なるべく作品や演奏そのものを聴き分ける耳を養ってゆくべきでしょうね。

投稿: ハルくん | 2014年2月 7日 (金) 11時31分

こんにちは。

実の作曲者は非常に優秀な方のようですね。会見も誠実なものでしたし、勿体無いことです。あれだけの才能がある人が虚像を通して仕事をせざるを得ない矛盾、付加価値がなければ売れない市場、芸術家が他者と共同で仕事をする難しさ、様々なことを考えさせられます。

投稿: NY | 2014年2月 7日 (金) 23時05分

ハルくんさん、こんばんは。
私は この人(達?)の作品は 聴いてないので、この事件の事はコメントしないつもりでしたが、一言だけ…。
ハンディキャップが売り物になるような国は とても悲しいです…。

投稿: ヨシツグカ | 2014年2月 8日 (土) 00時37分

NYさん、こんにちは。

この事件、本当に色々と考えさせられますね。
世の中から絶賛された作品の数々ですが、本人の新堀氏の作品として、業界が果たして売り込もうとしたかどうか。大きな疑問です。
もしも新垣氏が事件の共犯者とみなされるとしたら幾らか同情させられます。
出来れば事件の沈静化後に、あらためて新垣氏の作品を世に問う機会が与えられることを願います。

投稿: ハルくん | 2014年2月 8日 (土) 09時23分

ヨシツグカさん、こんにちは。

人のハンディに同情する気持ちや、それを乗り越える姿に感動する心は大切です。
けれども、その人間の心の弱みにつけこんで利益を得ようとする業界は醜いです。
「感動」を世の中に広く紹介しようとする活動そのものは良いのですが、それが商業主義と紙一重だということを充分認識したうえで行って貰いたいと思います。

投稿: ハルくん | 2014年2月 8日 (土) 09時30分

こんにちは。既にいろいろなコメントが出ていますが自分で全曲を聴いていないので私の疑問だけ書きます。作品の出来については、手放しで賞賛した人と、芸術的には新奇なものがないと一蹴した人とに分かれました(聴く人によって評価が分かれても構わないのですが)。賞賛者には作品の外にある物語に左右されたのではないかという疑問が残る一方、批判者には「芸術的に新しいことだけが音楽の価値なのか」という反論が残ることも憶えておきたいと思います。芸術的価値や作者の素顔はいざ知らず、私はこの音楽が好きだ、という人が多数出現するかどうか興味があります。その意味では、作品を人為的に葬ることをしないでもらいたいです。

投稿: かげっち | 2014年2月10日 (月) 12時56分

かげっちさん、こんにちは。

僕もこの曲は断片的にしか聴いていません。
作品の背後の「物語」が余りにクローズアップされ過ぎて違和感を感じたからです。

芸術作品の価値の絶対評価は難しいですし、そもそも仮に「価値」が無くとも、世に愛される作品も有って良い訳です。

旧「佐村河内」作品が新「新垣」作品として世に出し直されて、音楽ファンに正統に評価されることを願います。

投稿: ハルくん | 2014年2月10日 (月) 13時58分

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