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2014年1月13日 (月)

ヴァン・クライバーン 第1回チャイコフスキー国際コンクール・ライブ

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アメリカのピアニスト、ヴァン・クライバーンが亡くなってから1年近く経ちますが、我々はこの人をどのように評価して来たのでしょうか。

彼が若くして一躍有名になったのは、1958年に開催された第1回チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で優勝したからだということは良く知られています。
旧ソヴィエト連邦がこの国際コンクールを創設した目的は、当時冷戦時代だった為に、国家の威信を賭けた一大プロジェクトとすることだったそうです。もちろん、あのホロヴィッツを輩出して(ウクライナの出身)、リヒテルやギレリスという大ピアニストを抱えたソヴィエトが米国なんかに負けるはずは無いと確信していたからでしょう。

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ところが、優勝をさらったのは、こともあろうにアメリカ生まれの23歳の若者でした。これは誰も予想していなかったでしょう。なにしろクライバーンはテキサス州中部のフォートワースの出身です。ここには国際空港が有って何度か降りたことがありますが、周辺にはまだまだ牧場が多く存在するような土地です。ただ、当時のクライバーンの顔つきは、テキサス・カウボーイというよりは、モルモン教徒の青年伝道師のような雰囲気ではあります。事実、彼は敬虔なクリスチャンでしたので、演奏家を引退した後は、教会のオルガニストとして奉仕活動を生涯続けたそうです。

話はそれましたが、国家威信の失墜となるにもかかわらず、アメリカの若者を優勝させた審査員たちは非常にフェアでした。しかも、当時の国家主導者であるフルシチョフはクライバーンと笑顔でがっちりと握手を交わしました。新しい国際コンクールとしての価値と権威が守られた素晴らしい対応だったと思います。

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コンクール優勝のニュースは直ぐにアメリカに伝えられ、彼は一夜にしてヒーローとなりました。凱旋帰国の際にはアイゼンハワー大統領がわざわざ空港まで出迎えて、ホワイトハウスでは祝賀パーティが開かれました。ニューヨーク5番街での優勝パレードが紙吹雪が舞う中で盛大に行われました。

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その後、コンクールで指揮をしたキリル・コンドラシンを招いてカネギーホールで記念のコンサートが開かれ、合わせてチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番がRCAにレコーディングされました。このレコードが当時、ポピュラー・レコード以上の大ベストセラーになったことは有名です。そもそも、街のレコードショップにクラシックのコーナーが日本以上に少ないアメリカでは驚くべきことですね。

しかし、彼は早々と音楽界を引退してしまいます。恐らく敬虔なクリスチャンとしての性格が、商業主義で多忙な音楽業界に嫌気を差したのではないかと勝手な想像をしています。
やがて、多くの有能な若手ピアニストたちの登場によって、彼の存在が徐々に忘れ去られていったことに不思議は有りません。

そんなクライバーンですが、コンクールで弾いたチャイコフスキーとラフマニノフの協奏曲の録音がCD化されています。

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チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番
ラフマニノフ    ピアノ協奏曲第3番

ヴァン・クライバーン独奏、キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィル(1958年4月11日録音/テスタメント盤)

これは、コンクール本選の最終審査で弾いた実演の音源です。もちろん年代が古いライブですので、後のRCAのセッション録音とは比べものにならない貧しい音質です。ただ、音そのものは明瞭ですので、鑑賞には充分耐えます。RCA盤も素晴らしい演奏だと思いますが、こちらではコンクールにおける一発勝負の緊張感が伝わって来ます。その気迫とは裏腹に、ピアノの音や表情に力みや硬さが感じられないこともありません。けれどもその分、得られたものはとても大きいです。

クライバーンのテクニックがその後デビューする若手たち以上だとは思いませんし、むしろ粗さが感じられるようにも思います。けれども、ラフマニノフの協奏曲にも示されているように、ロマンティックな情緒表現には非常に高い才能を持っています。そして、この大舞台で清水の舞台から飛び降りるような思い切りの良さが実に感動的です。これだけ大きな音楽の魅力が感じられるデビュー直後の若手ピアニストというのは稀ではないでしょうか。

コンドラシンとモスクワ・フィルも素晴らしい演奏を繰り広げていて、精一杯アメリカの若者の熱演に応えようとしています。ここには国境も政治も関係の無い、音楽に生きる者たち同士の共感が溢れ返っていて感動を呼びます。
やはり、このコンクールでのコンサートは歴史的な一夜と呼ぶに相応しいものだと思います。

なお、クライバーンは4年後の1962年に再びモスクワを訪れており、コンドラシン/モスクワ・フィルとチャイコフスキーを再演しています。これは映像に残されていて、DVDやYouTubeで観ることが出来ます。コンクールの時よりも、ずっと落ち着いた印象で、音楽に成熟を感じます。これもとても素晴らしい演奏だと思います。

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 クライバーン&コンドラシン/モスクワ・フィル(1962年演奏)

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名ピアニスト」カテゴリの記事

コメント

 ハルくんさん、こんばんは。
 チャイコフスキー・コンクール(ピアノ部門)の優勝者は、個性的な爆演をする人が多い気がします(笑)。ソコロフ然り、ガヴリーロフ然り…。それでも乱暴とか、支離滅裂に感じないのは、ツボを押さえているからなんでしょうね。
 クライバーンは冷戦下の優勝者だったせいで変なイメージが付きまとっている感じですが、結局、審査員は聴くべきところをちゃんと聴いていたということでしょうか。それにしても、優勝後のアメリカの反応を聞くだけでウンザリしてしまいますね。早々に引退してしまったのも仕方ない気がします。

投稿: ぴあの・ぴあの | 2014年1月14日 (火) 00時13分

ハルくん様

morokomanです。

私も、ぴあの・ぴあの様「優勝後のアメリカの反応を聞くだけでウンザリしてしまいますね」のご指摘に同意見です。

アメリカという国は、演奏家にとっては幸せな国ではないのかもしれない、と思うことがあります。

果たして「芸術」を「芸術」としてありのままに認識しているのかどうか、疑問です。

クライバーンに対するあのすごい凱旋パレードを見ると、どうも「音のスポーツ」としてしか認識していないんじゃないかと思えてなりません。

ちなみに、ハイフェッツなどの演奏を聴くとすごいのですが、なんとなく「音のサーカス」「響きの曲芸」を聴いているような気になりますし。

当時は「スポーツ」「サーカス」の一種として認識されているのではないか、と思ってしまうことが、多々あります。

現在ではそうではないと思いたいのですが。

とはいえ、日本とて同じことが言えますね。ヴァン・クライバーンのコンクール優勝後の辻井くんへの熱狂など考えるとね。

投稿: morokoman | 2014年1月14日 (火) 07時43分

ぴあの・ぴあのさん、こんにちは。

そう言われてみれば、ロシアのオーケストラも爆演型が多いですね。これはやはり伝統の価値観なのかもしれませんね。

審査員はフェアでしたね。リヒテルも審査員の一人だったそうですが、クライバーンに満点を与えて、他の全員には零点だったそうです。

ただ、僕は優勝後のアメリカでの反応は仕方ないように思います。なにせ冷戦下のソヴィエトでの優勝ですから。あれがもしもショパン・コンクールであったら、あれほどの騒ぎにはならなかったでしょう。

きっかけとしてはともかく、このおかげでアメリカでクラシックを聴く人が増えたのは良かったのではないでしょうか。

投稿: ハルくん | 2014年1月14日 (火) 15時55分

morokomanさん、こんにちは。

アメリカ人でクラシック音楽を芸術として捉えている人は少ないでしょうね。ヨーロッパに比べればずっと少ないと思います。

でも、優勝後の大騒ぎをきっかけとして彼のレコードを買ってクラシックを聴いてみた人が多かったわけですから、クラシック不毛の地への普及効果としては良いことだったのではないでしょうか。

クライバーン・コンクールそのものが商業主義だという批判は昔から有りました。ですので、このコンクールの優勝者で大成した人はほとんどいません。唯一の例外は、優勝権益のコンサート活動を全て辞退して練習に励んだラドゥ・ルプーだけです。辻井君も既に商業ベースに完全に乗っかっているように思えてなりません。杞憂に終われば良いのですが。

投稿: ハルくん | 2014年1月14日 (火) 16時09分

 ハルくんさんのおっしゃる通り、クラシック音楽のすそ野を広げたという点ではよかったと私も思います。しかし現在に至るまで、国際コンクールの優勝者に対する周りの反応が優秀な演奏家を疲弊させてしまうのだとしたら、それは問題だと思います。
 ヴァン・クライバーン・コンクールの優勝者ですが、言われてみると、現在広く知られているのは確かにルプーくらいですね。他にも数人、少し耳にしたことがありますが、あまり印象に残りませんでした。唯一、95年のショパン・コンクールで最高位をとったアレクセイ・スルタノフが長生きしていれば、大成したかもしれませんが…。

投稿: ぴあの・ぴあの | 2014年1月14日 (火) 21時33分

ハルくんさん、こんばんは

クライバーン、懐かしいですね。
中学生の頃、この人のショパン名曲集のLPを買って聴いていました。英雄ポロネーズとか。ご紹介のコンクールのものは持っていませんが、クライバーンの主な録音は持っていると思いますし、ケルテス指揮、ベルリン・ドイツ交響楽団との1961年9月28日演奏会録音のチャイコフスキーPCなどと言うのも持っています。この曲に関しては、ギレリスの様な凄まじいテクニックを披露している訳ではありませんが、安定感のある中で、神経質ではない、少しおっとりした感じの若々しい感性を顕していて、好感を覚えます。
名前ばかりが有名で、姿や新たな録音が消えていましたが、これほど有名にはならなくても、似た様に表舞台から姿を消した演奏家は、きっと凄い数、いるのでしょうね。生活と、ソリストとしての演奏会と、研鑽、それと勿論才能、何とも凄いことだろうと思います。
私には、クライバーン、ちょっと切なさを覚える名前です。HABABI

投稿: HABABI | 2014年1月14日 (火) 23時43分

ぴあの・ぴあのさん、こんにちは。

コンクール後のファンの大歓迎は悪いことは無いと思っています。それに溺れるようなら、優勝者の驕りと勘違いであって、大家になる資格全く無しです。
問題は、儲けの為に優勝者を多くのコンサートに駆り出して疲弊させてしまう音楽業界ですね。よほど教育方針のしっかりとした師匠や本人の意思が無いと商業主義に流されて疲弊してしまうでしょう。でも目先の華やかさと利益には誰しも弱いのでしょうか、そういった例が案外と多く見受けられる気がします。

投稿: ハルくん | 2014年1月15日 (水) 06時25分

HABABIさん、こんにちは。

クライバーンの良さは仰られる通り、『安定感のある中で、神経質ではない、少しおっとりした感じの若々しい感性』なのでしょうね。
最近のコンサート優勝者とは違う魅力を感じます。
その良さを失わせてしまったアメリカの音楽業界には「失望」を感じ得ません。大家に成長していたらつくづく良かったのになあと思います。本当に切なさを覚えますよね。

投稿: ハルくん | 2014年1月15日 (水) 06時32分

こんばんは。寒くなりましたね。

映像で見るとクライバーンはずいぶん親指が反っていますね。力が入って弾きにくいのではないかなあと思うのですが、確かに素晴らしい演奏だと思います。後年のクライバーンについては厳しい見方をしている評論家もいますが、私の世代はクライバーンの現役時代も知りませんし、風評で偏った見方をしているのかもしれません。若くして引退したところは最近亡くなった作家のサリンジャーを思わせます。

今年はフォーレをご紹介される予定とのこと。室内楽ではブラームスと並ぶ最高峰ですからね。

投稿: NY | 2014年1月15日 (水) 19時32分

NYさん、こんばんは。毎日本当に寒いですね。

当時のクライバーンの演奏は文字通り「力演」ですね。良くも悪くも力一杯弾いている印象です。

クライバーンは若い頃、余りに多くのコンサートとレコーディングに引っ張り出されて忙し過ぎたのだと思います。商業主義の犠牲者と言えるでしょう。業界は大いに考え直さなければいけないと思います。

フォーレの室内楽は本当に素晴らしいですからね。昨年出来なかったので、今年は絶対に取り組む覚悟です。よろしくお願いします。

投稿: ハルくん | 2014年1月15日 (水) 23時38分

こんにちは、いつも楽しみにしています。
こんなに濃い内容でまめに更新されていて、いつもすごいなぁと尊敬です。

チャイコフスキーのピアノ協奏曲は自分がクラッシックにはまる第一歩で今回も楽しく聞かせていただきました。
個人的にはクライバーンの62年の録音のが好きでしたが
他のどれもよさがありますね。

今年も楽しいブログ、よろしくお願い致します。
年頭の目標も期待しています。
でもどうして 脱ブラームスなんですか?

投稿: SS | 2014年1月18日 (土) 16時07分

ハルくん様

morokomanです。

>クライバーン・コンクールそのものが商業主義だという批判は昔から有りました。ですので、このコンクールの優勝者で大成した人はほとんどいません。唯一の例外は、優勝権益のコンサート活動を全て辞退して練習に励んだラドゥ・ルプーだけです。辻井君も既に商業ベースに完全に乗っかっているように思えてなりません。杞憂に終われば良いのですが。


>問題は、儲けの為に優勝者を多くのコンサートに駆り出して疲弊させてしまう音楽業界ですね。よほど教育方針のしっかりとした師匠や本人の意思が無いと商業主義に流されて疲弊してしまうでしょう。でも目先の華やかさと利益には誰しも弱いのでしょうか、そういった例が案外と多く見受けられる気がします。


上記のハルくん様の文を読み、昔読んだブラームスの伝記を思い出しました。

まだ幼いヨハネス少年の両親の元に、興行師がやって来て、彼を売り込もうと話を持ちかけたそうです。

それを聞いた、ヨハネス少年を教えていたコッセル先生が飛んできます。

 「なんですって、ヨハネスを見世物にする? 絶対にいけません! そんなことをしてしまったら、彼の才能は死んでしまう!!」
 
 と力説し、興行師をとっちめて追い出してしまったそうです。

 ヨハネス少年を以後、こうした誘惑から守るため、コッセル先生は自分よりも実力のある教師であり、かつ社会的な地位もあるマルクスゼン教授に紹介します。
 
 マルクスゼン教授はヨハネス少年を知り感激し、「私に天才を育てる機会を与えてくれてありがとう」とコッセル先生に感謝し、以後ヨハネス少年を無料で教えていたのだと聞きました。
 
 
        ありがとう、コッセル先生……
        あなたは全人類にとっての恩人です……。
 
 
 天才を守ってくれた、こうした影の功労者に、私達は感謝の気持ちを忘れてはいけませんね。

 一方で、辻井くんはちょっと心配。クライバーンのコンクールに「優勝」というのは、確かに優れた実績ですが、野球の選手で言えば、たかだが「甲子園大会で優勝した」ぐらいの価値でしかありません。

その後、大成した選手はどれだけいることか……逆に、高校時代に活躍できなかった選手が、プロとして大成したケースは結構あります。

コンクールの優勝が、将来の大成を保障するものではない、ということを、多くの人が知っていますから。彼の周囲に、より成長を導くような方、ヨハネス少年にとってのコッセル先生、マルクスゼン教授のような存在がいることを、願ってやみません。


投稿: morokoman | 2014年1月18日 (土) 20時57分

SSさん、初めまして。
いつもお寄り頂いているとのこと、どうもありがとうございます。そしてコメントを頂き大変嬉しく思います。

自分もチャイコフスキーのこの曲は、クラシックにハマるきっかけとなったうちの1曲です。
確かにクライバーンの演奏では62年のものが凄く良いですね。同感です。

「脱ブラームス」というのは、僕がブラームス好きで、記事の割合が余りに多かったので、少し減らそうということから一昨年の目標に掲げたのです。でも正直、最初から減らすつもりも無い「空目標」だったので(笑)、今年の目標からは削除しました。

また、いつでもお気軽にコメント下さい。楽しみにお待ちしています。

投稿: ハルくん | 2014年1月19日 (日) 23時45分

morokomanさん、こんにちは。

コンクールそのものが悪いとは言いませんが、仰る通り、いわば甲子園選手権かアマチュア日本一大会です。優勝は素晴らしいですが、プロで大成することが約束されるわけではありません。我々がとても良く知っている通りです。

コンクール入賞後の受賞者自身とその指導者の本当の質が、その後に問われることを絶対に忘れてしまってはいけません。

投稿: ハルくん | 2014年1月20日 (月) 10時58分

ハルくん様

クライバーンに触発されて、ちょっとアメリカの演奏家について、日ごろ思っていることを書きます。

今は冬です。私の場合「冬は、シベ4の季節!」なので、いろいろなシベ4を聴いているのですが、そればかりではさすがに飽きてしまいます。

なので、ハルくん様にならってロシア音楽でも聴こうかな、とCDラックをがさごそとあさります。

そしたら、シカゴ響の『ロシア音楽名曲集』が出てきました。曲は「ダッタン人の踊り」とか「禿山の一夜」「スペイン奇想曲」などです。

聴いてみるとやはり達者な演奏です……が、やはりアメリカの演奏家がロシア音楽を奏でている、という認識をどうにも超えることはできませんでした。

「やっぱり自国の作曲家の曲は、自国の演奏家のほうがいいな~」という認識を新たにしました。

その時、はっと思いました。 
 
 
 
              シカゴ響の演奏家って、
       自分の国の作曲家を、どう思っているんだろう?
 

 
私がただ単に知らないだけなのかもしれませんが、彼らがジョージ・ガーシュインを演奏した録音なんて、聴いたことがない……。

そういえば、チャールズ・アイヴズも、アーロン・コープランドも、サミュエル・バーバーも、レナード・バーンスタインも、録音したことがあるのだろうか……?

いえ、もしあるのでしたら、これは単に私の認識不足にすぎません。指摘していただければ幸いです。

でも、もし「無い」のでしたら、これだけのオーケストラが、自国の作曲家で勝負しないというのは、ものすごい損失なのでは?

もしかすると、彼らは自国の作曲家達を、ヨーロッパ各国の大作曲家たちよりも、一段下に見ているのではないでしょうか?

もっというと、クラシック音楽の本家筋である独墺系の、しかも規模の大きな、そして高度な内容を持った大作曲家達(ベートーヴェン、ブラームス、ワーグナー、マーラー)しか、相手にしたくないのではないだろうか……。それ以外の作曲家など、歯牙にもひっかけない、ましてやアメリカの作曲家など、相手にもしたくない、そう思っているのではないだろうか……?

今書いたことは、ただ単に、私の認識不足から来る間違いかも知れません。

「そんなことは無いぞ! シカゴ響のガーシュインの録音は○○レーベルにあるぞ!」
「××社の録音にシカゴ響のコープランドがあるぞ!」とご存知の方がいらしたら、聴きたいので、ぜひご指摘ください。

(以下、もし無いのだったらを前提にして書きますが)
アメリカ最高級のオーケストラが、自国の作曲家郡を無視している……というのが本当だとしたら、特にクラシックというジャンルについては、やはりヨーロッパの大作曲家に対して、価値をより高く見ているような気がしてならないのです。

クライバーンの優勝にあんなに熱狂した、アメリカ人の意識の底流にも、そうした考えがあるのではないかと、つい思ってしまいます。

シカゴ響のアイヴズの交響曲全集、バーンスタインの交響曲全集や、コープランドの管弦楽曲全集なんか、ぜひ聴いて見たいと思うのですけれども。

投稿: morokoman | 2014年1月20日 (月) 20時57分

morokomanさん

確かにシカゴ響のアメリカものって余り記憶が無いです。クリーヴランドOやニューヨークPO、デトロイトSOの録音が有る割には不思議ですね。
もっとも、オーケストラが、というよりも指揮者が取り上げるかどうかのような気がします。たまたまシカゴの指揮者が録音しなかっただけではないでしょうか。でも恐らく定期公演では頻繁に取り上げていたものと想像します。

録音が少ないのは商業ベースに乗らないのでしょうね。元々アメリカの人はクラシックそのものを余り聴かないですし、ヨーロッパの人がアメリカ音楽のCDを沢山買うとは思えないですしね。それは日本でも言えそうです。日本の音楽が演奏会で頻繁に演奏されますか?イエスとは言い難いです。やはりクラシックの本丸は1000年経ってもヨーロッパなのでしょうね。違うかな?

投稿: ハルくん | 2014年1月20日 (月) 23時20分

ハルくんさん、morokoman様、こんばんは。
シカゴ響のアメリカ物ですが,レヴァインとのガーシュウィン作品集が かなり有名なのですが…。
あと、ティルソン・トーマスが振った、アイヴズの交響曲なんて言う物も出ているようです。
まあ、ほかにも探せば 結構あるかも知れません。
ちなみに、ガーシュウィンに関しては ボストン・ポップス・オーケストラの演奏の方が私は好きですが…。(笑)

投稿: ヨシツグカ | 2014年1月21日 (火) 00時04分

morokomanです。

ハルくん様へ。

早速のレス、どうもありがとうございます。
ハルくん様の文章のレスを書いていたのですが、不用意に長くなってしまったので、時間を置いて推敲し、明日にでも改めてレスをしようと思います。今しばらくお待ちください。
 
 
 
ヨシツグ力様へ。

>シカゴ響のアメリカ物ですが,レヴァインとのガーシュウィン作品集が かなり有名なのですが…。


おおおおおおおお~! 貴重な情報、どうもありがとうございます!!

聴いてみたいと思います。(深く感謝)


>あと、ティルソン・トーマスが振った、アイヴズの交響曲なんて言う物も出ているようです。

あ~、あれはシカゴ響だったのでしたか。ニューヨーク・フィルだと思い込んでいました。これもどうもありがとうございました。

ちょっと安心しました。ガーシュインと言い、アイブズと言い、やっぱり偉大な作曲家ですよ。これがアメリカ最高のオーケストラで取り上げられることがないなんて、あまりにも哀しすぎます。杞憂に終わってうれしいです。
 
 
>ちなみに、ガーシュウィンに関しては ボストン・ポップス・オーケストラの演奏の方が私は好きですが…。(笑)

これは音楽の質とオーケストラの志向性が合うか合わないかの問題かも知れません。たしかに、ガーシュインでしたら肩の力をほどよく抜いたポップス・オーケストラの方が向いているかも知れませんね。

投稿: morokoman | 2014年1月21日 (火) 00時56分

morokomanさん

文章が長いのは一向に構いませんよ。ただ、これはクライバーンとコンクールの記事ですので、余りかけ離れた内容の場合は程々にお願いしますね。うるさいことを言って大変申し訳ありませんsweat01

投稿: ハルくん | 2014年1月21日 (火) 01時15分

ハルくん様

morokomanです。

先日はすいません。
一見、クライバーンとは関係ないことを書いてしまいました。

ですが、先日の記事のきっかけはやはりクライバーンです。

アメリカ人にとって、音楽上の芸術、作曲家、演奏家ってなんだろう? という疑問から先の文になってしまいました。

クライバーンの凱旋パレードでの熱狂を見ると、私の心の中でどうにも違和感が沸いてしまいます。

「ありゃなんだ? たかだかコンクールの優勝に過ぎないのに……。まるでスポーツ選手が優勝したような、そう、たとえばヤンキースの優勝みたいじゃないか」

ヤンキースの凱旋パレードとシンクロしたとき、アメリカ人の「音楽に対する価値観」は、私達が持っているものとは違うのかも知れないと思えてきたのです。

芸術を、芸術とは思っていないのではないだろうか?
「楽器を使うスポーツの一種」としてしか、考えていないのではないだろうか?
スポーツで語弊があるとしたら、「音の曲芸」としてしか、とらえていないのではないだろうか?

クライバーンが、せっかく「芸術」を披露しようとしても、聴衆が「スポーツ」や「曲芸」を求めているとしたら……。もしそうだとすると、そのギャップにいつしかクライバーンが疲れきってしまい、絶望してしまうのも当然だと思えてきたのです。

以上はたんなる憶測で「間違っている可能性が大」なのですが、ついついそんな思いがよぎってしまいます。

続きます。次で最後です。

投稿: morokoman | 2014年1月23日 (木) 00時17分

morokomanさん

凱旋パレードそのものは、ヤンキースの優勝パレードと本質的に同じように思います。「NY・イズ・ナンバーワン!」と「USA・イズ・ナンバーワン!」の違いだけですから。

ですが、ヤンキースもクライバーンも、あるいはロンドンオリンピックの銀座パレードも、どれも彼らの偉業をみんなで祝福する催しですから、それは悪いことでは無いと自分は思います。

クライバーンの場合には、彼が芸術を真に自分のものにする前に、商業主義の喧騒に翻弄されてしまい「自滅」したからのような気がします。それは音楽業界の責任が一番大きく、聴衆やクライバーン本人に責任を負わせる気はそれほど起きません。

投稿: ハルくん | 2014年1月23日 (木) 12時01分

ハルくん様

続きです。これで最後です。

>凱旋パレードそのものは、ヤンキースの優勝パレードと本質的に同じように思います。「NY・イズ・ナンバーワン!」と「USA・イズ・ナンバーワン!」の違いだけですから。

 
そうなんですよ! だからこそ先日の問題の書き込みにつながるんです。

アメリカ人ってうるさいぐらい「USA・イズ・ナンバーワン!」を連呼するくせに、たとえばかの国の有力オーケストラが海外公演をやったとき、アメリカの作曲家のみでプログラムを組んだことを聞いた事がない……。彼らの志向性からいくと、「No1である俺達の国から生まれた作曲家の曲を聴け!!!!」とばかりにプログラムを組みまくってもおかしくないのに。

結構自国の作曲家に冷たいと思うんです。なぜなんでしょう。そこがわからない。

シベリウスの場合は、大昔はカヤヌスだのハンニカイネンといった人たちから、現在ではパヌラ門下生達が海外で取り上げまくっているおかげで、全世界に普及し、おかげさまで私のようなものが毎日真冬に違った種類のシベ4をとっかえひっかえ聴くことができます。まったくありがたいことです。

アメリカの演奏家も、とりわけオーケストラがもっともっと取り上げれば、世界により普及して、より全世界の音楽文化が豊かになると思うんだけれどもなぁ。

そこで「アメリカ人の芸術観」ってなんだろう? という疑問にいたったわけです。

「クライバーンのパレード」から、だいぶ話が拡大しました。本来ならこのブログの「アメリカ音楽」とか「アメリカの作曲家」のカテゴリーの記事の中で書くべきところなのですが、探してみたところ、ありません。(汗)

なので、ここに書いてしまいました。ご無礼お許しください。

投稿: morokoman | 2014年1月24日 (金) 22時38分

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