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2014年1月 8日 (水)

ベートーヴェン 交響曲全集 コリン・デイヴィス/シュターツカペレ・ドレスデン ~新年はベートーヴェン~

毎年年末になると「第九」が聴きたくなります。これは「習慣」と言おうか「慣わし」と言おうか、要するに「すり込まれている」からですね。もちろん、元々”苦悩を越えて勝利を勝ち取る”という正に一年の締めくくりに相応しい音楽であるからです。

それに対して、新しい年の始まりというのは、よほどひねくれた人でなければ、誰しもが峻厳な気持ちを求めるものですね。すると、ベートーヴェンの音楽がまたもや適してしまうのです。もちろん大バッハでも良いのですが、この世の中、何が起こるかわからない不安な時代の新しき年に立ち向かうには、やはりベートーヴェンです。

ということで、ベートーヴェンの交響曲全集を聴き込んでいます。年末に購入したコリン・デイヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデンのCDです。欲しかった旧フィリップス盤を中古で手に入れました。

317コリン・デイヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1991-1993年録音/フィリップス盤)

録音は序曲を除けば全て1992年と1993年に集中して収録されました。これは曲毎のばらつきを減らす為には理想です。録音場所はドレスデンのルカ教会ですので、この楽団の古雅で柔らかい響きが忠実に捉えられています。残響は豊かですが、音の芯が失われることはありません。素晴らしい録音です。これはフィリップスの優秀なスタッフが携わったからだと思います。

シュターツカペレ・ドレスデン(以後SKD)が最も良い音を持っていたのは1970年代だと思います。それ以降は少しづつ現代的で輝きの有る音に変わってきているという気がします。ただ、それでも他の楽団と比べれば、遥かに古雅な響きを残しています。この7年ほどの間に実演の音を2度聴くことが出来ましたが、そういう印象でした。

デイヴィスの演奏は一貫してオーソドックスです。奇をてらった表現は一切有りません。どの曲も遅めのイン・テンポによる重厚でプロシア的なベートーヴェンです。けれども細かい部分、主にフレージングに微妙なわさびが効かされています。ちょっとした歌わせ方が実にニュアンスに富んでいます。もちろん全て楽譜に書かれた範囲内であり、それを逸脱するような解釈は有りません。そこが、コリン・デイヴィスの素晴らしさですね。

9曲の演奏にばらつきは非常に少ないです。もちろん無いとは言いません。そんな全集は有り得ないと思います。この全集は、ばらつきの巾が小さいことでは最右翼の一つではないでしょうか。

それでは、曲毎の感想を順番に触れてみます。

「第1番」 中庸のテンポですが、恰幅の良さを感じます。音そのものに味わいの深さが有るので、9曲の中では余り魅力を感じる機会の少ない曲ですが、珍しく聴き惚れてしまいました。優れた演奏です。

「第2番」 幾らか遅めのテンポで堂々としています。SKDはこういう曲が本当に上手いのですが、少しもメカニカルに感じさせません。切れの良さではコンヴィチュニー/ゲヴァントハウスに敵いませんが素晴らしい演奏です。

「第3番」 中庸のテンポで古典的な造詣の堅牢さを感じます。一方で高揚感も中々のものです。ただ、この曲にはやはり命を焼き尽くすほどのパッションが欲しいです。その点では、まだ充分とは思えません。良い演奏ですが物足りなさを感じてしまいます。「エロイカ」では神の領域のフルトヴェングラー以外では、テンシュテット/ウイーン・フィルが最高だと思いますが、その域にまで達した演奏には中々お目に掛れません。

「第4番」 これは優れた演奏です。中庸の良いテンポで重厚この上無く、何よりもSKDの柔かく厚みのある響きが最高に魅力的です。正にドイツ・スタイルの王道をゆく演奏で、非常に聴き応えが有ります。

「第5番」 デイヴィスはフルトヴェングラーのようにテンポの大きな変化を用いた大芝居はしません。テンポは速過ぎず遅過ぎず中庸です。程良い緊張感を保ち、SKDの響きを生かした重厚な演奏を聴かせてくれます。聴き終えた後には大きな充実感が残ります。

「第6番」 SKDの古雅で素朴な音色が街中から離れた片田舎を想わせて、音楽にとても適していると思います。ドイツ的な造形性の明確な演奏なので、個人的にはどちらか言うとウイーンのしなやかな演奏スタイルの方が好みなのですが、これはこれでやはり良い演奏です。

「第7番」 ゆったり目のテンポで重さの有る堅牢な演奏です。しかし重過ぎることはありません。オケの音も弦楽器を主体に管楽器がそこに混じるという柔かい響きなのが心地良いです。同じリズムの繰り返しから成る曲ですが、機械的だったり単調に感じられることはありません。第2楽章も遅めですが、じっくりと哀切の気持ちが滲み出ていて胸を打たれます。終楽章も厚い響きでじわじわと高揚する良い演奏です。

「第8番」 幾らか遅めのテンポで堂々としています。ただ、この曲はもう少し速いテンポで颯爽としていた方が好みです。それでも第2楽章の愉悦感などはとても素晴らしいと思います。

「第9番」 第1楽章から重厚な響きで魅了します。実演のような熱気には欠けるものの、音楽そのものに非常に充実した聴き応えを感じます。第2楽章も極めてオーソドックスな表現なのですが耳を奪われます。ティンパニの重量感に溢れる音も最高です。第3楽章の弦と木管の生み出すハーモニーは体が震えるほど美しいです。終楽章でも響きの魅力が絶大です。音そのものにこれだけ魅力のある演奏は稀有です。独唱者は粒が揃っていて不満有りませんし、合唱も高水準です。録音バランスもとても良いです。素晴らしく充実した演奏ですが、もしも物足りなさを感じるとすれば”実演のような熱気”だけでしょう。

それにしてもSKDの演奏する「第九」の響きは本当に魅力的です。聴力を失ったベートーヴェンに一度で良いからこの音を聞かせてあげられたら良いのになぁと思ってしまいます。

SKDのベートーヴェンの交響曲と言えば、まだ若きヘルベルト・ブロムシュテットが1970年代に録音した全集を愛聴して来ましたが、これはSKDが最も魅力的な響きを持っていた時代の全集として大きな価値が有ります。ただ、曲によって幾らか演奏と録音にばらつきが有るように感じられるのがマイナスです。

一方、デイヴィスの全集はブロムシュテットの全集から約10年から15年後の録音ですが、オーケストラそのものはそれほど大きく変化していません。むしろアナログ録音がデジタル録音に変わった影響の方が大きい気がします。1970年代に録音されたスイトナーのモーツァルト、ザンデルリンクのブラームス、サヴァリッシュのシューマンなど一連のアナログ録音の音に似ているのはもちろんブロムシュテット盤です。その点で捨て難い魅力を感じます。何しろいにしえのSKDの音が聴けるのですから。しかし、現在のデジタル・オーディオ媒体で鑑賞する場合には、どちらが優れた音かと聞かれれば、やはりデイヴィス盤と答えざるを得ないところでしょう。

ベートーヴェンの交響曲全集ともなれば、色々な指揮者やオーケストラで聴きたくなりますが、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏はウイーン・フィルのそれと並んでどうしても外すことは出来ません。指揮者の違いによって、オーケストラそのものが持つ音の魅力がさほど変わらないのはこの二つのオケの大きな特徴でもあります。ということから、このデイヴィスとSKDによる全集は大変に高い価値が有ると思います。

ところで、ベートーヴェンの交響曲全集のまとまった記事というのは書いていませんので、いつか全集比較を行なってみたいと思っています。

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ベートーヴェン(交響曲全集)」カテゴリの記事

コメント

ハルくんさん、こんばんは。
'70年代のSKDの音の響きの魅力は、一種独特で、ハマると 「ドイツ・オーストリア物はSKDでなければ…」という気持ちになってしまいますね。(あ~ 恐ろしや、恐ろしや…(笑))
'70年代のSKDの交響曲全集では 私はもう1組、ブロムシュテットのシューベルト全集を愛聴しています。厳密に言えば '78~'81年ですが、ブロムシュテットの個性を考えると ベートーヴェンよりも合っているように感じます。これは本当に 素晴らしいです。
 
ベートーヴェンの交響曲全集は 昨年購入した ベーム/ウィーン・フィル盤と ケンぺ/MPO盤も いかにも"古き良きドイツ"といった演奏なので かなり気に入りました。(残念なのは、ケンぺの第9番 のフルートの音量の不自然さですが……)

投稿: ヨシツグカ | 2014年1月 8日 (水) 22時28分

ヨシツグカさん、こんにちは。

SKDの音は本当に独特の魅力です。ウイーンPOとこのオケは唯一無二の雅やかな響きを持ちますね。これはやはり宮廷楽団として出来てから長い歴史を持つからでしょうか。商業目的に出発した他の楽団とは根本的に異なるような気がします。

ブロムシュテットのシューベルト全集は聴いていませんが、やはり良いでしょうね。

ベーム/VPOのベートヴェンは良いですよね。よく「テンポが遅い」とか「老人臭い」とか言われましたが、この風格は本当に素晴らしいです。

投稿: ハルくん | 2014年1月 9日 (木) 10時03分

お久しぶりです。

さてこの全集ですが、SKD大好きなハルくんなのに今まで触れられていないのが不思議でした。珍しく持っておられなかったのですね。私は一足お先にnewton classicsの方で購入しました。

とても良い全集だと思います。私はエロイカと7番が気に入りました。エロイカはフルトヴェングラーもテンシュテットも好きじゃないので(失礼!)サヴァリッシュ、クーベリック/WPhと並んで最高位にあります。7番はまた飛び切り名演だと思いました。

全集と言うことで言えば、クーベリック、サヴァリッシュとこのデイヴィスがいいと思います。あ、ベームも好きです。

投稿: まっこい | 2014年1月 9日 (木) 22時42分

まっこいさん、ご無沙汰しました。
久しぶりのコメントをどうもありがとうございます。

実はフィリップス盤の中古安値品を狙っていたためです。
これは良い全集だと思いますね。ただ、僕は逆に「エロイカ」が一番物足りなかったです。まっこいさんの演奏の好みをお聞きすると何となく納得しますが。

全集のフェイヴァリット盤の選択は非常に難しく、「果たして出来るものかなぁ」という疑問が湧いています。それでもいずれはとは思っていますけれど。

投稿: ハルくん | 2014年1月 9日 (木) 23時08分

なるほどね~、楽しく読ませていただきました。ハルくん様のテイストを考えると納得です。デイヴィスのようにクラリネット出身の指揮者はめずらしいです(あとはヴァンスカくらい)。アインザッツの芳醇さ(重すぎない、鋭すぎない)と、弦楽器の歌わせ方に、木管出身指揮者らしいものを感じます。

投稿: かげっち | 2014年1月19日 (日) 12時14分

かげっちさん、こんにちは。

そういえばそうですね。
クラリネットもヴィオラもオケ全体をぐいぐいと引っ張って行く存在ではありませんからね。
「日陰者」、いや「縁の下の力持ち」が似合う楽器なので、指揮者には余り向かないのでしょう。デイヴィスのバランス感覚をみると実に納得します。この人はもちろん指揮者に向いていますが。

投稿: ハルくん | 2014年1月20日 (月) 11時17分

ハルくんさん、こんばんは。

最近 タワーレコードから発売された クリュイタンス/ベルリン・フィルのベートーヴェン 交響曲全集 SACDハイブリッド盤を購入。
現在、聴き込み中ですが、これが 中~低音域のしっかりした、素晴らしいリマスタリングで、当時のベルリン・フィルの音を思い浮かべることが出来ます。

演奏については やはり 「田園」、第2、4番は名演ですが、8番と「運命」も かなり良いです。

こんなに リマスタリングで印象が変わってしまうのですね……。
タワーレコードの丁寧な"仕事"に感謝です。

投稿: ヨシツグカ | 2015年6月 5日 (金) 16時20分

ヨシツグカさん、こんにちは。

これは耳よりの情報ですね。
クリュイタンス/BPOのベートーヴェン交響曲全集はEMIのCDリマスターが高域寄りで感心しませんでした。昔持っていた東芝EMIの廉価LP盤のほうがよほど良いぐらいです。
ですので今回のリマスターは大歓迎ですね。
ただ、このタワーレコード盤は¥10000越えるのですね。SACDは要らないという人向けにせめて半額でリリースできないですかね・・・EMI盤と比べて余りに高価なのが迷うところです。

投稿: ハルくん | 2015年6月 5日 (金) 16時27分

ハルくんさん、再び こんにちは。
確かに このBOXセット 高いです……。(諭吉先生+税ですから) (汗)
この ハイブリッド盤は SACD層とCD層を 別々のマスタングを行っているらしいので、CD層で聴いても 素晴らしいく(SACD層の方は 会場の"響き"をうまく捉えていて、CD層の方は オケが こちらに迫って来るイメージです) 曲によっては CD層の方が良いくらいです。
これなら、CDで発売しても……ど思いますが,どうでしょうね…。
まあ SACDとしては安い部類だとは思いますが…。

投稿: ヨシツグカ | 2015年6月 5日 (金) 21時23分

ヨシツグカさん、再びこんにちは。(笑)

そうなのですか!
そういう話を聞いてしまうと、余計にCD単独盤で欲しくなりますね。SACDプレイヤーを持たない自分としてはちょっと困った問題です。

投稿: ハルくん | 2015年6月 5日 (金) 21時26分

TOWER RECORDSさんから、SACDハイブリットでシューリヒトのベートーヴェン交響曲全集が販売されていましたので、購入し全曲を聴きなおし、改めてシューリヒトの偉大さ確認いたしました。
各曲の感想に関しては、ハルくん様のブログに詳しいので省略して、全集について僕なりの感想を述べさせていただきます。

パリ音楽院管弦楽団は、初代主席指揮者であったアブネックがベートーヴェンを得意としていましたので、オーケストラがフランスであることは別に驚異ではありません。
驚異なのは、シューリヒトのベートーヴェンに対する尋常ではない愛情です。シューリヒトは、どの作曲家を指揮しても、誰も真似ることのできない自分の刻印を押すことを忘れませんでしたが、このベートーヴェンにもシューリヒトにしか表現できない刻印が刻まれています。

テンポはどの曲も早目です。ワーグナーは「速いテンポで演奏すれば、難しい部分は誤魔化せるんだよ」と言っていますが、少なくともそれは、シューリヒトには当たらない言葉です。どの曲も全く誤魔化しのない、それでいて通常の指揮者だったら見過ごすような細部にまで血が通った演奏になっています(例えば第4番の第一楽章の、序奏から主題部に入る瞬間等)。

ベートーヴェンは超一流の指揮者から凡庸な指揮者までが演奏し、すっかり手垢にまみれてしまった感がありますが、シューリヒトによって余計な贅肉が削ぎ落され、手垢を綺麗に洗い流し、ベートーヴェン自身が望んだ姿なっているように思えてなりません。
また昨今の行き過ぎた原点回帰主義によって骸骨のようになったベートーベンとも無縁です。

全曲を通してはっきりと分かったのは、シューリヒトは音楽のミケランジェロです。各曲を指揮するとたちどころにダビデ像が現れます。そして全曲を演奏すると、あの伝説に聴くシスティーナの天井画が現れます。

当分はシューリヒトの演奏から離れられません。

投稿: motosumiyosi | 2017年6月20日 (火) 23時48分

motosumiyosiさん、こんにちは。

シューリヒトの全集盤のご感想ありがとうございます。
そういえばベートーヴェンの交響曲の全集特集は未だ手付かず状態でしたね(汗)。

シューリヒトの凄いところはドイツだろうがフランスだろうが、どこの国のどんなオーケストラを指揮しても個性的で素晴らしい演奏になってしまうことですね。

小澤征爾が若いころにヨーロッパで生演奏に接した当時の巨匠たちの中で、最も印象的な指揮者の一人としてその名を上げていたのも良くわかります。

投稿: ハルくん | 2017年6月21日 (水) 10時20分

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