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2014年1月

2014年1月30日 (木)

テミルカーノフ/サンクトぺテルブルグ・フィル 2014来日公演 ~静と動の対比~

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もうじきソチ・オリンピックが開かれるロシアから、ユーリ・テミルカーノフとサンクトぺテルブルグ・フィルハーモニーが3年ぶりに来日しています。そこで昨夜はサントリーホールのコンサートを聴きに行きました。

このロシアの名門オーケストラは近年では、2008年、2011年と来日していますが、いずれもコンサートを聴いて深い感銘を受けました。(詳しくは下記の関連記事を)

このオーケストラはロシア最古の楽団であること以上に、かつてのムラヴィンスキーの手兵レニングラード・フィルハーモニー(旧名称)として余りにも有名です。そのムラヴィンスキーが神格化された存在である為に、どうしても後任のユーリ・テミルカーノフは過小に評価されがちです。確かに、古い演奏には平凡なものも多かったような気がしますが、ムラヴィンスキーの没後から既に25年間も首席指揮者の座に就いている事実と実演を聴く限り、オーケストラの実力、優れた指揮ともにムラヴィンスキーの時代と比べても遜色が無いことを認識させられます。

2008年にはチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」、2011年にはやはりチャイコフスキーの第5番、そして今回交響曲第4番を聴きましたので、これで後期三大交響曲を聴くことが出来ました。現在チャイコフスキーを演奏してこのコンビは世界最高だと思います。

昨夜のプログラムは、前半が日本初演というギア・カンチェリ作曲「アル・ニエンテ~無へ」、後半がチャイコフスキーの交響曲第4番です。

それではコンサートの感想です。

ギア・カンチェリはグルジア共和国生まれの作曲家です。「アル・ニエンテ~無へ」は2000年に書かれた曲で、テミルカーノフに献呈されました。現代曲ですので、訳のわからない音楽を想像していましたが、さにあらずです。鳴る音と長い休符、ピアノとフォルテ部分が繰り返されるという、「静と動」の対比の音楽です。不協和音が多用されますが、不思議な抒情を感じさせる美しい響きが多いです。「現代音楽」というよりもミステリアスな映画に似合うような音楽という気がしました。

後半のチャイコフスキーの交響曲第4番では、テミルカーノフの旺盛な現意欲が感じられました。普段聴き慣れた演奏とは一味も二味も異なりました。

まず第1楽章冒頭のファンファーレが極めてゆっくりと、控え目に鳴らされます。はじめ「迫力に欠けるな」と感じましたが、それが解釈であることがあとから判ります。主部に入ると、テンポは逆にかなり速くなります。良く言えば「切迫感の有る」、悪く言えば「せわしない」テンポです。個人的にはこのテンポは少々速過ぎに感じられます。ところが、ゆったりとした部分に入ると再びテンポがぐっと落ちます。要するに、この曲でも表現のテーマは「静と動」の対比なのかと理解しました。
金管を派手に「爆奏」させないのはいつものテミルカーノフです。ムラヴィンスキーやスベトラーノフなどのタイプとは明らかに異なります。弦楽の音が常に表に出て、管楽の音に消されることがありません。消されない弦楽群の力ももちろん凄いです。あの延々と続く付点音符のリズムを正確に弾き切るのは非常に奏者を疲れさせるのですが、それを微塵も感じさせません。
第1楽章も後半に入ると音がどんどんと高揚してゆきます。終結部に入りたたみかけてゆく音の持つ凄みは流石にこのオーケストラの伝統です。

第2楽章はこれまで聴いた演奏の中でも最も遅いぐらいのテンポです。あの美しい旋律がもたれるほどですが、深く沈み込んでゆく虚無的なまでの雰囲気は悪くありません。オーボエ独奏の音色もとても美しいです。弦楽の音の美しいことも流石です。柔らかくふわっとホールに広がってゆきます。

第3楽章は聴きものの弦のピチカートの精度が気になるところですが、セッション録音ではありませんし、実演でこれだけ揃って演奏するのは並みのオケではありません。

第4楽章は当然速いテンポが予想されますが、その通りです。ここでも金管の音が制御されていて、弦楽の音がかき消されません。それどころか、あの速い音符を弾き切る弦楽群の優秀さには脱帽です。第1プルトから最後尾のプルトまでが全く同じようにピタリと合って凄みの有る音を出しています。昔、ムラヴィンスキーの「ルスランとリュドミラ」序曲を初めて聴いて驚愕したときを思い出します。このような「凄み」は、そうそう感じられるものではありません。そして一糸乱れぬアンサンブルで進軍を進めて、あのフィナーレにたたみかけてゆきます。終結前に冒頭のファンファーレが再び現れますが、今度は冒頭のときよりも遥かに力強く奏されます。
この楽章においても、決して「爆演」という印象では無く、極めて理知的な凄さ、興奮を感じさせるユニークなものです。こういうチャイコフスキーを聴かせるコンビが他に居るかどうか、少なくとも自分には思い当りません。

アンコールは2曲。このコンビの定番のエルガーの「愛の挨拶」とストラヴィンスキーの「プルチネッラ」から第7曲「ヴィーヴォ」でした。コントラバスとトロンボーンのソロが活躍してコンチェルトの趣のある「ヴィーヴォ」を実演で聴いたのは初めてですが、これはとても愉しかったです。

75歳になったテミルカーノフさんは3年前と少しも変わらず、まだまだ元気そうです。これからも何度でも日本に来てくれると良いなと思います。

<関連記事>
テミルカーノフ/サンクトぺテルブルグ・フィル 2011来日公演
テミルカーノフ/サンクトぺテルブルグ・フィル 2008来日公演
チャイコフスキー 交響曲第4番 名盤

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2014年1月27日 (月)

リムスキー=コルサコフ 交響曲第2番嬰へ短調「アンタール」op.9

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リムスキー=コルサコフの書いた交響曲は全部で3曲ですが、第2番「アンタール」嬰へ短調作品9は元々、交響曲として作曲されたにもかかわらず、内容が余りに標題的で、多楽章形式の交響詩に近いことから、第3版の改定では「交響組曲」とされました。通常演奏されるのはこの第3版ですが、現在は「交響組曲」としてよりも「交響曲第2番」として扱われることが多いようです。

曲の内容としては、6世紀のアラビアの詩人アンタールの見る夢と、彼が夢の中で実現を約束される3つの願いごとを表しています。

―あらすじ―

現世を儚んで廃墟で隠遁生活を送っていたアンタールは、ある日、一頭のカモシカを襲う巨大な鳥を槍で追い払います。カモシカの正体は実はパルミナの妖精の女王ギュル・ナザールでした。
アンタールは夢の中で女王の宮殿に招待されて、お礼として『人生の3つの喜び』を贈ると約束されます。
アンタールは「復讐の喜び」「権力の喜び」「愛の喜び」の3つを願いますが、再び人生に疲れ果てたアンタールは女王との「愛の喜び」の中で死んでゆきます。

曲は4楽章構成です。楽章ごとに上記の内容が示されています。

第1楽章「アンタールの夢」 廃墟の描写、アンタールの主題、女王の主題、鳥の攻撃と撃退、宮殿の描写、女王とアンタールの会話、宮殿の描写

第2楽章「復讐の喜び」

第3楽章「権力の喜び」

第4楽章「愛の喜び」 再び人生に疲れ果てたアンタールは、女王との”愛の喜び”の中で死んでゆく

この曲は、あの「シェヘラザード」と同じ東洋趣味に満ち溢れた作品で、オリエンタルな雰囲気の民謡がふんだんに取り入れられています。完成度も非常に高く、リムスキー=コルサコフの3曲の交響曲(とした場合)の中で最も好みます。「シェヘラザード」の世界が好きな人には100%保証付きの名作です。

それにしても、気になるのは『愛の喜び』ってどういうものでしょう?ノース・コリアの「喜び組」とは違うのでしょうか。オジさんは一人で曲を聴きながら、ただただ妄想にふけってしまいます。自分の最後も、こうだと良いのになぁ・・・・。

ということで、僕の愛聴盤のご紹介です。

703エフゲニ・スヴェトラーノフ/ロシア国立交響楽団(1983年録音/ワーナーミュージック盤)(CD5枚セット)

この曲も、スヴェトラーノフの旧録音盤で聴いています。メロディアによる録音ですが、音質に不満は全く感じません。
スヴェトラーノフは、いつものように哀愁が一杯に漂うオリエンタルなメロディを存分に歌わせてくれます。もちろんロシア国立交響楽団の音も素晴らしく、金管の荒々しい力強さや、木管のほの暗い音色、弦楽の艶などにはほとほと溜息が出ます。
RCAへ録音した新盤は恐らく、これを更に上回る名演ではないかと思われますが、未聴です。

それでは、YouTubeから第4楽章「愛の喜び」を聴いてみましょう。ネーメ・ヤルヴィの演奏です。

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2014年1月24日 (金)

リムスキー=コルサコフ 交響曲第1番ホ短調op.1 ~ロシア初の交響曲?~

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さあ、いよいよソチ・オリンピックの開幕まで2週間となりました。「ソチ・オリンピック記念 ロシア音楽特集」も盛り上がってゆきましょう!

ニコライ・リムスキー=コルサコフは、作曲家になる前には海軍の軍人でしたが、まだ現役軍人の時代に書かれたのが、交響曲第1番作品1です。この作品はロシア民謡や東洋の旋律がふんだんに取り入れられていたので、民族主義者たちの間で大きな評判を呼んで、「ロシア初の交響曲」と呼ばれました。ロシア五人組の一人キュイは、「この曲は本当にロシア的です。ロシア人にしか作曲出来ないような音楽です。ドイツ気質の澱んだ特徴がいささかも見受けられないのですから。」という賞賛の手紙をリムスキー=コルサコフに書き送りました。

ただし、実際はロシアではアントン・ルービンシュタインが、既に交響曲第1番と第2番を書き上げていましたので、歴史的に「ロシア初」というのは誤りです。けれども、ルービンシュタインの作品はドイツ音楽の影響を大きく受けたものでしたので、ロシア人にとってみれば、この作品を「ロシア人による初めてのロシアらしい交響曲」と呼びたくなる気持ちはとても理解できます。とにかく、リムスキー=コルサコフはこの曲の成功によって、音楽家への道を歩むことを決心します。ですので、この交響曲は、リムスキー=コルサコフ自身にとっても、ロシア音楽界にとっても大変記念すべき作品なのです。

曲は古典的な4楽章構成で書かれています。

第1楽章 ラルゴ―アレグロ 荘重で神秘的な序奏部を持ちますが、主部は堂々と力強く、初期のドヴォルザークの交響曲を想わせます。さすがに現役軍人だけあり、行進曲を想わせるのが面白いです。続く旋律はカリンニコフばりの典型的なロシアの民謡調で情緒たっぷりです。

第2楽章 アンダンテ・トランクィッロ 静けさに包まれたロシア風のとても美しい主題を持ちます。途中シンフォニックにスケール大きく盛り上がります。展開の仕方が確かに交響曲のそれです。

第3楽章 スケルツォ、ヴィヴァーチェ リズミカルで迫力が有り、チャイコフスキーのバレエ音楽を想わせます。トリオの潤いある色彩の美しさはさすがです。

第4楽章 アレグロ・アッサイ 第3楽章と共通した、非常にチャーミングなロシアン・バレエを想わせるような音楽です。優雅な雰囲気に、とても心地良さを感じさせます。

初演時からいきなり評判を呼んだだけあって、ロシア情緒に満ち溢れた非常に魅力的な交響曲です。そしてロシア的ですが、大陸的な荒々しさよりは、むしろ優雅さや美しさをより多く感じます。

尚、この曲は初めは変ホ短調で書かれましたが、作曲者の手でホ短調に改定されました。従って、通常はホ短調の改定版で演奏されます。

リムスキー=コルサコフの交響曲のディスクは少ないので、CD選択の余地は余り有りませんが、僕が所有しているのは、スヴェトラーノフの旧盤の方です。

703エフゲニ・スヴェトラーノフ/ロシア国立交響楽団(1983年録音/ワーナーミュージック盤)

これはCD5枚セットで、メロディア録音によるスヴェトラーノフのリムスキー=コルサコフの交響曲や管弦楽曲の大半が収録されています。スヴェトラーノフは1993年にもRCAに交響曲を主体に再録音を行なっていますが、こちらの旧盤も交響曲は1970年代末から1980年代にかけての録音ですので、それほど古さは感じさせません。リムスキー=コルサコフの管弦楽曲を色々と聴きたい場合には便利なセットです。もしも交響曲中心に聴きたい方には、新しいRCA盤が勧められると思います。

スヴェトラーノフにこのような典型的なロシア音楽を演奏させて悪かろうはずはありません。100%の保証付きです。手兵のロシア国立交響楽団についても同様のことが言えます。金管楽器の力強さや、木管楽器のほの暗い音色には惚れ惚れさせられます。やはりロシア音楽の演奏はこうでなければいけませんね。この演奏だけで充分満足出来るのですが、これだけ素晴らしいと、新盤の方も聴いてみたくなります。

ところで、せっかくですのでYouTubeから美しい第2楽章をご紹介しておきます。ロシアの名匠ボリス・ハイキン/モスクワ放送響の演奏で、録音は古いですが、YouTubeでは一番良かったです。

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2014年1月20日 (月)

プロコフィエフ バレエ音楽「ロミオとジュリエット」全曲 ワレリー・ゲルギエフ/キーロフ管弦楽団

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シェイクスピアの戯曲「ロミオとジュリエット」は余りにも有名ですが、自分は青春時代に観たフランコ・ゼフィレッリ監督の映画がどうしても忘れられません。オペラの演出も手掛けるゼフィレッリ監督の映像が古典的かつリアルで、本当に中世の街や城の中に居るような錯覚を覚えたほどです。それに加えて、主役の二人、オリヴィア・ハッセーとレナード・ホワイティングの初々しく可憐な美しさには魅了されずにいられませんでした。そのうえニーノ・ロータの音楽が何と素晴らしいことか。中世のイメージを上手く生かした美しいメロディの数々がまるで魔法のようでした。
ということで、あの映画は自分の「ロミオとジュリエット」体験の原点です。

それはひとまず脇に置くとして、音楽のジャンルにも数多く用いられたこの戯曲ですが、ベルリオーズの劇的交響曲やチャイコフスキーの劇的序曲といった有名な作品と並び、バレエ音楽として最も有名なのは、やはりセルゲイ・プロコフィエフのものでしょう。

プロコフィエフがパリからロシアに戻り、たまたま接したシェイクスピアの悲劇的な戯曲にひどく感激して、バレエ音楽の創作を決意しました。作品は僅か4か月という短い間に一気に書き上げられました。それにもかかわらず、彼の書いたバレエ音楽の中で最も長大で、ドラマティックな作品であることからも、プロコフィエフがどれほど、この題材に強い意気込みを持ったかが窺い知れます。

面白いのは、最初に書き上げた脚本では、終幕でロメオが1分早く駆けつけてジュリエットが生きていることに気付いたために、ハッピー・エンドとなるという内容に変更されていました。その理由は、バレエの振付で、生きている人は踊ることができるが、死者は踊れない、ということだったからです。
けれども、その後に振付家たちと再度相談して、悲劇的な結末を踊りで表現できるということになり、原作どおりの悲劇的な結末に終曲を書き改めました。

この作品は組曲版も有って気軽に楽しめますが、やはり全曲版で鑑賞したいと思います。生の舞台でバレエ鑑賞するのは理想だと思いますが、家で楽しむ場合は、個人的には映像版のDVDよりもCDで音楽に集中して鑑賞するのを好んでいます。

全曲版CDの愛聴盤は一つだけです。

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ワレリー・ゲルギエフ/キーロフ管弦楽団(1990年録音/フィリップス盤)

最近ゲルギエフはロンドン交響楽団との録音が多いですね。首席指揮者としての契約上の問題なのでしょうが、母国の楽団では無く、イギリスの団体とチャイコフスキーやプロコフィエフなどロシア音楽の録音を行うのは、個人的には非常に残念です。そう言えば、「ロミオとジュリエット」もロンドン響と再録音を行なっています。

もちろん僕が所有するのはキーロフ管弦楽団との旧盤の方です。旧録音と言ってもフィリップス録音ですから、音質は最新のものと全く遜色ありません。

ゲルギエフが名を知られるようになったきっかけはカラヤン・コンクールで優勝してからですが、その為かどうかは知りませんが、この人は一世代前のロシアの爆演系指揮者とは異なりますね。指揮の師匠がテミルカーノフであるのも影響がありそうです。二人ともロシア的な迫力を持ってはいても、決して音量のリミッターを外すような真似はしません。多彩な音色の変化を持つことも共通しています。特にゲルギエフの繊細な音色感覚はCDでは中々聴き取ることが出来ませんが、実際の生の音を聴くと驚くほど感じられます。
ですので、プロコフィエフというのはゲルギエフにとって最善のレパートリーだと思います。いわばホーム・グラウンドの手兵オーケストラ、キーロフ管を駆使して、繊細で美しい音とリズミカルで生き生きした演奏を繰り広げています。不協和音でも決して騒々しく感じられることが無く、斬新な響きを楽しむことが出来ます。プロコフィエフはやはりこうでなければ面白くありません。これはとても素晴らしい全曲盤だと思います。

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2014年1月16日 (木)

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 グリゴリー・ソコロフ&フェドセーエフ/バイエルン放送響のライブ

このところチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を聴く機会が多いです。元々チャイコはスキ~なのですが、この曲は旋律の美しさとロシアの情緒が際立っていて本当に大好きです。

ところで先に、ロシアの幻の大ピアニスト、グリゴリー・ソコロフがワレリー・ゲルギエフ/キーロフ管と共演したライブのチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の海賊CD-R盤のご紹介をしましたが、ソコロフはこの曲を何度も演奏していたようです。但し、正規ディスクはデビュー時の古いセッション録音盤(露メロディア)しか存在しません。

そのソコロフが、この曲を1990年代(詳細不明)にウラジーミル・フェドセーエフ/バイエルン放送響と共演したライブ演奏が、やはり海賊CD-R盤(En Larmes)でリリースされています。このディスクはショスタコーヴィチの「レニングラード」とカップリングされていて少々高価ですので購入はしていませんが、演奏をYouTubeで聴くことが出来ます。ゲルギエフとの演奏に全く遜色の無い素晴らしさです。これを聴けばソコロフのテクニックの凄さと、とてつもない表現力がお分かり頂けると思います。フェドセーエフも素晴らしい伴奏ぶりです。演奏後の聴衆の凄まじい拍手と歓声も収録されています。


チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番
グリゴリー・ソコロフ&フェドセーエフ/バイエルン放送響(1990年代の録音)

※その後、En LarmesのCD-R盤を購入しました。
音質が優れている分、凄まじさが更に感じられて、ゲルギエフ盤を凌ぐ史上最高の演奏であることを確信しました。

<関連記事>
チャイコフスキー ピアノ協奏曲 グリゴリー・ソコロフ&ゲルギエフ/キーロフ管のライブ盤

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2014年1月13日 (月)

ヴァン・クライバーン 第1回チャイコフスキー国際コンクール・ライブ

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アメリカのピアニスト、ヴァン・クライバーンが亡くなってから1年近く経ちますが、我々はこの人をどのように評価して来たのでしょうか。

彼が若くして一躍有名になったのは、1958年に開催された第1回チャイコフスキー国際コンクールのピアノ部門で優勝したからだということは良く知られています。
旧ソヴィエト連邦がこの国際コンクールを創設した目的は、当時冷戦時代だった為に、国家の威信を賭けた一大プロジェクトとすることだったそうです。もちろん、あのホロヴィッツを輩出して(ウクライナの出身)、リヒテルやギレリスという大ピアニストを抱えたソヴィエトが米国なんかに負けるはずは無いと確信していたからでしょう。

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ところが、優勝をさらったのは、こともあろうにアメリカ生まれの23歳の若者でした。これは誰も予想していなかったでしょう。なにしろクライバーンはテキサス州中部のフォートワースの出身です。ここには国際空港が有って何度か降りたことがありますが、周辺にはまだまだ牧場が多く存在するような土地です。ただ、当時のクライバーンの顔つきは、テキサス・カウボーイというよりは、モルモン教徒の青年伝道師のような雰囲気ではあります。事実、彼は敬虔なクリスチャンでしたので、演奏家を引退した後は、教会のオルガニストとして奉仕活動を生涯続けたそうです。

話はそれましたが、国家威信の失墜となるにもかかわらず、アメリカの若者を優勝させた審査員たちは非常にフェアでした。しかも、当時の国家主導者であるフルシチョフはクライバーンと笑顔でがっちりと握手を交わしました。新しい国際コンクールとしての価値と権威が守られた素晴らしい対応だったと思います。

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コンクール優勝のニュースは直ぐにアメリカに伝えられ、彼は一夜にしてヒーローとなりました。凱旋帰国の際にはアイゼンハワー大統領がわざわざ空港まで出迎えて、ホワイトハウスでは祝賀パーティが開かれました。ニューヨーク5番街での優勝パレードが紙吹雪が舞う中で盛大に行われました。

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その後、コンクールで指揮をしたキリル・コンドラシンを招いてカネギーホールで記念のコンサートが開かれ、合わせてチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番がRCAにレコーディングされました。このレコードが当時、ポピュラー・レコード以上の大ベストセラーになったことは有名です。そもそも、街のレコードショップにクラシックのコーナーが日本以上に少ないアメリカでは驚くべきことですね。

しかし、彼は早々と音楽界を引退してしまいます。恐らく敬虔なクリスチャンとしての性格が、商業主義で多忙な音楽業界に嫌気を差したのではないかと勝手な想像をしています。
やがて、多くの有能な若手ピアニストたちの登場によって、彼の存在が徐々に忘れ去られていったことに不思議は有りません。

そんなクライバーンですが、コンクールで弾いたチャイコフスキーとラフマニノフの協奏曲の録音がCD化されています。

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チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番
ラフマニノフ    ピアノ協奏曲第3番

ヴァン・クライバーン独奏、キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィル(1958年4月11日録音/テスタメント盤)

これは、コンクール本選の最終審査で弾いた実演の音源です。もちろん年代が古いライブですので、後のRCAのセッション録音とは比べものにならない貧しい音質です。ただ、音そのものは明瞭ですので、鑑賞には充分耐えます。RCA盤も素晴らしい演奏だと思いますが、こちらではコンクールにおける一発勝負の緊張感が伝わって来ます。その気迫とは裏腹に、ピアノの音や表情に力みや硬さが感じられないこともありません。けれどもその分、得られたものはとても大きいです。

クライバーンのテクニックがその後デビューする若手たち以上だとは思いませんし、むしろ粗さが感じられるようにも思います。けれども、ラフマニノフの協奏曲にも示されているように、ロマンティックな情緒表現には非常に高い才能を持っています。そして、この大舞台で清水の舞台から飛び降りるような思い切りの良さが実に感動的です。これだけ大きな音楽の魅力が感じられるデビュー直後の若手ピアニストというのは稀ではないでしょうか。

コンドラシンとモスクワ・フィルも素晴らしい演奏を繰り広げていて、精一杯アメリカの若者の熱演に応えようとしています。ここには国境も政治も関係の無い、音楽に生きる者たち同士の共感が溢れ返っていて感動を呼びます。
やはり、このコンクールでのコンサートは歴史的な一夜と呼ぶに相応しいものだと思います。

なお、クライバーンは4年後の1962年に再びモスクワを訪れており、コンドラシン/モスクワ・フィルとチャイコフスキーを再演しています。これは映像に残されていて、DVDやYouTubeで観ることが出来ます。コンクールの時よりも、ずっと落ち着いた印象で、音楽に成熟を感じます。これもとても素晴らしい演奏だと思います。

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 クライバーン&コンドラシン/モスクワ・フィル(1962年演奏)

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2014年1月11日 (土)

チャイコフスキー バレエ音楽「白鳥の湖」全曲 名盤

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    マリインスキー劇場 バレエ「白鳥の湖」

さて、年末年始にはベートーヴェンを聴いていたので中断してしまったロシア音楽特集に戻ります。おりしもソチ・オリンピックの開幕まで一か月を切ったところですので、この際改題して「ソチ・オリンピック記念 ロシア音楽特集」とします!

ということで、ロシア音楽といえばチャイコフスキー。その代表作の一つがバレエ音楽「白鳥の湖」ですね。このバレエは良く知られた曲以外にも、驚くほど多くの魅力的な名曲ばかりの大傑作です。

「白鳥の湖」のストーリーは有名ですので、ここでは詳細は省きます。ただし、演出によって結末が異なり、「悲劇的な結末」と「ハッピーエンド」の二通り存在します。

悪魔の魔法によって白鳥の姿に変えられてしまった美しい娘が、夜だけ人間の姿に戻った時に王子に見初められ、やがて王子が悪魔を打ち倒すのですが、原典版では、娘は人間の姿には戻れず、王子と二人で湖に身を投げるという悲劇的な結末になっています。それに対して、後年改作されたのが、悪魔の魔法が解けて、娘と王子とは二人で幸せに暮らすというハッピーエンドです。どちらが良いかは、人それぞれの好みだと思います。バレエ公演の場合には全体的な演出や踊りの印象が強いので、自分は余り結末にはこだわりません。ましてやCDによる音楽鑑賞では結末の違いは関係ありません。

ところでCDで「白鳥の湖」を聴く場合に、「全曲盤は長過ぎる」と言う人が居ますが、僕はそうは思いません。全曲で無いと聴いた気がしないのです。確かに単なる繋ぎの曲が一つも無いとまでは言いませんが、素晴らしい名曲が息つく間も無く次々と続きますので、絶対に全曲盤で聴くべきだと思います。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

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ゲンナジ・ ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響)(1969年録音メロディア盤) 

全盛期のロジェストヴェンスキー/モスクワ放送響のコンビの演奏だけあって最高です。耳をつんざくような金管の強奏と躍動感溢れる切れの良いリズムが快感ですが、一方で情緒溢れるメロディはたっぷりと歌わせてくれます。オーケストラの上手さも特筆ものです。そして、この演奏でどうしても語らなければならないのが、ミヒャエル・チェルニャコフスキーのヴァイオリン独奏です。それはもうコテコテのロシア節で土臭く弾いてくれていて味わいが最高です。元々、この曲の独奏パートはコンチェルトかと思うほどに技術的にも難しく、並みのバレエ楽団のコンマスでは手に負えないのですが、この人はオイストラフかと思うくらいに上手く弾いています。長い独奏部分は、すっかりヴァイオリン協奏曲を聴いているような錯覚に陥ります。こういう演奏を聴いてしまうと、この曲はロシアの楽団以外ではちょっと聴こうという気が起きなくなります。録音は明瞭なのですが、当時のメロディア・レーベル特有の音の固さが有ります。

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エフゲニ・スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立響(1988年録音/メロディア盤) 

スヴェトラーノフもロジェストヴェンスキーに負けず劣らず、というかそれ以上に濃密なロシア風の演奏です。ダイナミック・レンジの巾も微小なピアニシモから壮大なフォルテシモまで驚くほどの広がりが有ります。まるでシンフォニーのような演奏という点では随一だと思います。「くるみ割り人形」では少々極端過ぎるように感じた豪放極まりない音も、「白鳥の湖」では抵抗はありません。もちろんテンポの緩急の幅が非常に大きいので、これでバレエ・ダンサーが踊ることは不可能です。ヴァイオリン独奏は優れていてロシア的な味わいも有りますが、ロジェストヴェンスキー盤の魅力には及びません。録音は比較的新しい年代ですのでメロディアレーベルとしては水準に達していて不満を感じることはありません。なお、自分は三大バレエのボックスセットで持っています。

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ワレリー・ゲルギエフ/マリインスキー劇場管(2006年録音DECCA盤)

さすがはゲルギエフで素晴らしい演奏です。録音の優秀さもあって、オーケストラの響きが本当に美しいです。「白鳥の湖」で、これほどまでの美しさで詩情豊かな演奏というのは聴いた記憶が有りません。もちろんチャイコフスキーですので、荒々しいロシア的な大迫力を求めるファンも多いことでしょうが、このいじらしいまでのデリカシーに溢れた演奏に接してしまうと、これはこれで絶対に外すことが出来ません。但し、全体的にテンポ設定が速いので、不満と言うほどでは無いのですが、幾らかせわしなさを感じてしまう部分も有ります。ヴァイオリン独奏も上手いのですが、割に平凡な印象で、ロジェストヴェンスキー盤の素晴らしさにはほど遠いです。

以上の3つの中からは、一般的には録音が優れていて演奏も美しいゲルギエフ盤を勧めるべきなのでしょうが、この曲のヴァイオリン独奏部分に抗しがたい魅力を感じている自分は、あえてロジェストヴェンスキー盤を第一に取ります。

舞台映像版のDVDについてもご紹介しておきます。

Cci00040 マリインスキー劇場(2006年収録/DECCA盤) この伝統ある劇場の監督であるワレリー・ゲルギエフ自身が指揮をしています。なお上記のCDとは別の劇場収録です。オデットは看板のロパートキナです。彼女は顔立ちが美しいので大好きです。ゲルギエフの振るテンポは、やはりコンサート向きなので、ダンサーにとっては速過ぎたり遅過ぎたりと随分踊りにくそうな部分が見うけられます。そのために、純粋なバレエ・ファンからは必ずしも評判は良くないようです。けれども僕は純粋なバレエ・ファンでもありませんし、この演奏は大好きです。何といっても、オーケストラが優秀です。日本で公演を行う場合には、お世辞にもキーロフ管本来のレベルではありませんが、この収録では高い演奏レベルを聴かせてくれます。舞台映像用の「白鳥の湖」で、これ以上の管弦楽演奏はまず望めないでしょう。これほど音楽的に素晴らしい「白鳥の湖」のバレエ公演は有りません。もちろん伝統的な舞台演出も最高で、全体の薄明るく淡い色彩が本当に美しいです。そしてマリインスキーのコール・ド・バレエの素晴らしさ。これは生の舞台に接すると本当に言葉にならないのですが、DVDでも充分にその美しさを味わえます。
演出も最後に王子が見事に悪魔を倒してハッピー・エンドとなるオーソドックスな終わり方なので安心。この素晴らしいDVDは、普段バレエを見ないクラシック音楽ファンにこそ是非観て頂きたいお薦めです。

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2014年1月 8日 (水)

ベートーヴェン 交響曲全集 コリン・デイヴィス/シュターツカペレ・ドレスデン ~新年はベートーヴェン~

毎年年末になると「第九」が聴きたくなります。これは「習慣」と言おうか「慣わし」と言おうか、要するに「すり込まれている」からですね。もちろん、元々”苦悩を越えて勝利を勝ち取る”という正に一年の締めくくりに相応しい音楽であるからです。

それに対して、新しい年の始まりというのは、よほどひねくれた人でなければ、誰しもが峻厳な気持ちを求めるものですね。すると、ベートーヴェンの音楽がまたもや適してしまうのです。もちろん大バッハでも良いのですが、この世の中、何が起こるかわからない不安な時代の新しき年に立ち向かうには、やはりベートーヴェンです。

ということで、ベートーヴェンの交響曲全集を聴き込んでいます。年末に購入したコリン・デイヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデンのCDです。欲しかった旧フィリップス盤を中古で手に入れました。

317コリン・デイヴィス指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1991-1993年録音/フィリップス盤)

録音は序曲を除けば全て1992年と1993年に集中して収録されました。これは曲毎のばらつきを減らす為には理想です。録音場所はドレスデンのルカ教会ですので、この楽団の古雅で柔らかい響きが忠実に捉えられています。残響は豊かですが、音の芯が失われることはありません。素晴らしい録音です。これはフィリップスの優秀なスタッフが携わったからだと思います。

シュターツカペレ・ドレスデン(以後SKD)が最も良い音を持っていたのは1970年代だと思います。それ以降は少しづつ現代的で輝きの有る音に変わってきているという気がします。ただ、それでも他の楽団と比べれば、遥かに古雅な響きを残しています。この7年ほどの間に実演の音を2度聴くことが出来ましたが、そういう印象でした。

デイヴィスの演奏は一貫してオーソドックスです。奇をてらった表現は一切有りません。どの曲も遅めのイン・テンポによる重厚でプロシア的なベートーヴェンです。けれども細かい部分、主にフレージングに微妙なわさびが効かされています。ちょっとした歌わせ方が実にニュアンスに富んでいます。もちろん全て楽譜に書かれた範囲内であり、それを逸脱するような解釈は有りません。そこが、コリン・デイヴィスの素晴らしさですね。

9曲の演奏にばらつきは非常に少ないです。もちろん無いとは言いません。そんな全集は有り得ないと思います。この全集は、ばらつきの巾が小さいことでは最右翼の一つではないでしょうか。

それでは、曲毎の感想を順番に触れてみます。

「第1番」 中庸のテンポですが、恰幅の良さを感じます。音そのものに味わいの深さが有るので、9曲の中では余り魅力を感じる機会の少ない曲ですが、珍しく聴き惚れてしまいました。優れた演奏です。

「第2番」 幾らか遅めのテンポで堂々としています。SKDはこういう曲が本当に上手いのですが、少しもメカニカルに感じさせません。切れの良さではコンヴィチュニー/ゲヴァントハウスに敵いませんが素晴らしい演奏です。

「第3番」 中庸のテンポで古典的な造詣の堅牢さを感じます。一方で高揚感も中々のものです。ただ、この曲にはやはり命を焼き尽くすほどのパッションが欲しいです。その点では、まだ充分とは思えません。良い演奏ですが物足りなさを感じてしまいます。「エロイカ」では神の領域のフルトヴェングラー以外では、テンシュテット/ウイーン・フィルが最高だと思いますが、その域にまで達した演奏には中々お目に掛れません。

「第4番」 これは優れた演奏です。中庸の良いテンポで重厚この上無く、何よりもSKDの柔かく厚みのある響きが最高に魅力的です。正にドイツ・スタイルの王道をゆく演奏で、非常に聴き応えが有ります。

「第5番」 デイヴィスはフルトヴェングラーのようにテンポの大きな変化を用いた大芝居はしません。テンポは速過ぎず遅過ぎず中庸です。程良い緊張感を保ち、SKDの響きを生かした重厚な演奏を聴かせてくれます。聴き終えた後には大きな充実感が残ります。

「第6番」 SKDの古雅で素朴な音色が街中から離れた片田舎を想わせて、音楽にとても適していると思います。ドイツ的な造形性の明確な演奏なので、個人的にはどちらか言うとウイーンのしなやかな演奏スタイルの方が好みなのですが、これはこれでやはり良い演奏です。

「第7番」 ゆったり目のテンポで重さの有る堅牢な演奏です。しかし重過ぎることはありません。オケの音も弦楽器を主体に管楽器がそこに混じるという柔かい響きなのが心地良いです。同じリズムの繰り返しから成る曲ですが、機械的だったり単調に感じられることはありません。第2楽章も遅めですが、じっくりと哀切の気持ちが滲み出ていて胸を打たれます。終楽章も厚い響きでじわじわと高揚する良い演奏です。

「第8番」 幾らか遅めのテンポで堂々としています。ただ、この曲はもう少し速いテンポで颯爽としていた方が好みです。それでも第2楽章の愉悦感などはとても素晴らしいと思います。

「第9番」 第1楽章から重厚な響きで魅了します。実演のような熱気には欠けるものの、音楽そのものに非常に充実した聴き応えを感じます。第2楽章も極めてオーソドックスな表現なのですが耳を奪われます。ティンパニの重量感に溢れる音も最高です。第3楽章の弦と木管の生み出すハーモニーは体が震えるほど美しいです。終楽章でも響きの魅力が絶大です。音そのものにこれだけ魅力のある演奏は稀有です。独唱者は粒が揃っていて不満有りませんし、合唱も高水準です。録音バランスもとても良いです。素晴らしく充実した演奏ですが、もしも物足りなさを感じるとすれば”実演のような熱気”だけでしょう。

それにしてもSKDの演奏する「第九」の響きは本当に魅力的です。聴力を失ったベートーヴェンに一度で良いからこの音を聞かせてあげられたら良いのになぁと思ってしまいます。

SKDのベートーヴェンの交響曲と言えば、まだ若きヘルベルト・ブロムシュテットが1970年代に録音した全集を愛聴して来ましたが、これはSKDが最も魅力的な響きを持っていた時代の全集として大きな価値が有ります。ただ、曲によって幾らか演奏と録音にばらつきが有るように感じられるのがマイナスです。

一方、デイヴィスの全集はブロムシュテットの全集から約10年から15年後の録音ですが、オーケストラそのものはそれほど大きく変化していません。むしろアナログ録音がデジタル録音に変わった影響の方が大きい気がします。1970年代に録音されたスイトナーのモーツァルト、ザンデルリンクのブラームス、サヴァリッシュのシューマンなど一連のアナログ録音の音に似ているのはもちろんブロムシュテット盤です。その点で捨て難い魅力を感じます。何しろいにしえのSKDの音が聴けるのですから。しかし、現在のデジタル・オーディオ媒体で鑑賞する場合には、どちらが優れた音かと聞かれれば、やはりデイヴィス盤と答えざるを得ないところでしょう。

ベートーヴェンの交響曲全集ともなれば、色々な指揮者やオーケストラで聴きたくなりますが、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏はウイーン・フィルのそれと並んでどうしても外すことは出来ません。指揮者の違いによって、オーケストラそのものが持つ音の魅力がさほど変わらないのはこの二つのオケの大きな特徴でもあります。ということから、このデイヴィスとSKDによる全集は大変に高い価値が有ると思います。

ところで、ベートーヴェンの交響曲全集のまとまった記事というのは書いていませんので、いつか全集比較を行なってみたいと思っています。

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2014年1月 3日 (金)

ベートーヴェン ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 ~新春初夢・女流名人戦~

新たなる気持ちで新年を迎えたいという気分に、ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲とピアノ協奏曲「皇帝」は、とても相応しいですね。峻厳な気持ちになるヴァイオリン協奏曲に対して、「皇帝」は生きる力と勇気を湧き起こしてくれます。どちらも素晴らしい名曲だと思います。

実は、二年前の2011年の新年にも、同じ「皇帝」で聴き初めをしました。僕の愛聴盤についてはその時の記事、ピアノ協奏曲第5番「皇帝」 名盤で、ご紹介済みですが、今回は題して「新春初夢・女流名人戦」です。演奏を競うのは日仏の美人鍵盤奏者同士という、いわば国際Aマッチです。

エレーヌ・グリモー(フランス代表)
     VS
仲道郁代 (日本代表)  

なにしろ、お二人ともホント美しいので、CDのジャケット写真を眺めているだけで魅入られてしまいます。ボーっとしていてロクに正しい審判ができないかもしれませんが、二人とも自分の好みのタイプですので、どちらかを贔屓するような真似はしません。たぶんですけど(?)

それでは、試合開始!先攻はエレーヌ・グリモーさんです。

41kbt0fajylエレーヌ・グリモー独奏、ヴラディーミル・ユロフスキ指揮シュターツカペレ・ドレスデン(2006年録音/グラモフォン盤)

指揮者のユロフスキは余り知られませんが、ロシアに生まれて18歳でドイツに移住した人です。それにしてもグラモフォンは最近、シュターツカペレ・ドレスデンを使った録音が多いですね。東西ドイツ分断の時代には考えられなかったことです。この演奏がルカ教会で録音されたと聴けば、古いファンなら「ああ」と言って響きを想像なさるでしょう。全ての楽器が柔かく溶け合った、あの典雅な響きです。ユロフスキの指揮は力みの無い自然体で、オケの響きを最優先させている印象です。木管のハーモニーも美しく、このオケのドイツものは本当に素晴らしいです。グリモーのピアノはオーソドックスです。テクニック的にも不足は全く感じません。彼女はブラームスでは、かなりロマン的に傾く傾向が有りますが、このベートーヴェンは古典的な様式をしっかりと守っています。あくまで造形を重視して、そこにロマンの香りを混ぜ合わせるというスタイルです。造形を壊してしまうような過剰表現は有りません。それはオケの演奏スタイルともピタリと一致していて、バランスの良く取れた統一感を感じます。といって、第2楽章の敬虔な雰囲気が薄いなどということは無く、非常に深い祈りを聴かせています。ピアノとオケの両者が何と美しいことでしょう。第3楽章のリズムの良さと躍動感も見事です。更に、そこかしこに感じられる愉悦感が聴き手を幸せな気分にさせるでしょう。これは決して暴君のような荒々しい皇帝ではありません。立派な佇まいをしていて、民衆のを大切にする慈愛と人徳に溢れた皇帝という印象です。

ここで、攻守の交代。後攻めは仲道郁代さんです。

51axi15yy7l仲道郁代独奏、パーヴォ・ヤルヴィ指揮ドイツ・カンマーフィルハーモニー(2004年録音/ソニー盤)

仲道さんは本当に美しいと思います。けれでも、時にそれが正当な評価の邪魔をする場合が有りそうです。「あんな美人が良いピアノを弾けるわけがない。しょせんビジュアルだろう。」と玄人のファンに思われかねないからです。もちろん、どの演奏も全て良いなどと言うつもりは毛頭無いですし、それでは逆に正しい聴き手では無いと思います。

そんな仲道さんが41歳の時の録音であるこの演奏は、オーケストラが古楽器であるのが特徴的です。ヴィブラートが少ない透明感の有る響きです。そのバロック的な音が良いかどうかは聴き手の好みしだいですが、個人的にはベートーヴェンには現代楽器の重厚な音が好みです。仲道さんはテクニックに物を言わせてバリバリと弾くヴィルトゥオーゾ・タイプでは全くありませんが、テクニックに不足するわけではありません。彼女のピアノは、端正で透明感の有るとても美しい音を持ちますので、古楽器オケとの相性は決して悪くありません。白眉は第2楽章で、清純な祈りの雰囲気を見事に漂わせています。もちろん、全体が力強さに欠けている訳では無く、第1楽章や第3楽章の勇壮な部分ではとても立派に弾いています。しかし、これはグリモーにも共通していますが、荒々しい男性の皇帝では無く、気品が有り聡明な美しい女帝という印象です。そういう点はグリモー以上に感じられます。その結果、幾らかスケール感に不足しているのは否めません。但しそれは、仲道さんのピアノだけのせいでは無く、パーヴォの取る全体的に速めのテンポや古楽器オケの響きなどのトータル的な結果です。第3楽章の湧き立つような生命感と気品溢れる優しさの両立なども見事なものです。仲道さんが、単なるヴィジュアルの女流ピアニストと思われたら大間違いです。誤解されている方には是非ともお聴きになられて欲しいです。

ということで、この女流一番勝負(いや、「5番」勝負ですね)、管弦楽パートも含めた演奏トータルでは、グリモー盤の判定勝ちとします。しかしグリモーさんの美貌に惹かれながらも、仲道さんの優しい笑顔には更に惹きつけられます。ということで、この新春対決の結果は「水入りで引き分け」です。
仕方ありませんね、水もしたたる美しいお二人ですから。
へえ、おあとがよろしいようで。

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2014年1月 1日 (水)

2014 新春ご挨拶

20130318114

皆様、明けましておめでとうございます。

昨年中は、このブログにいつもお越し下さいましてありがとうございました。
人生いろいろ、山あり谷ありですので、嬉しいことや辛いことが次々と訪れますが、それもこれも生きていればこそです。命のある証と思って頑張るだけです。そんな人生において、大好きな音楽の話を沢山の方々と語り合えるこのブログは、今や自分にとって無くてはならぬ大切な交友の場です。皆様に心から感謝したいと思います。

今年は記事を馬車馬のように行進、では無く更新して行けたらなぁと思っていますが、今年もまた懲りもせずに、この一年の「目標」を掲げることにします。昨年はこれを「マニュフェスト」と呼んだばかりに、ことごとく実現できませんでした。やはり呼び名が悪かったためでしょう。(苦笑)

それでは、今年の目標です。

1、フォーレの室内楽曲特集

2、モーツァルトの未記事の曲

3、シューベルトの三大歌曲集

4、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ

5、バッハのカンタータ

6、オペラ(ワーグナー、ヴェルディ、プッチーニなど)

以上、何のことはありません、昨年の残りです。一つ少ないのは「脱ブラームス」を削除したからです。これは初めから無理なことでした。

それでは、新しい年が皆様にとりまして素晴らしい年に成りますよう心からお祈り申し上げます。

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