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2013年12月12日 (木)

ロストロポーヴィチ モスクワ・コンサート ~リターン・トゥ・ロシア~

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ひとくちに”コンサート”と言っても、ごく普通のそれも有れば、歴史の上で何らかの意味合いを持つものなどと様々です。例えば、偉大なチェリストであり名指揮者でもあったムスティスラフ・ロストロポーヴィチが1990年にロシアで行ったコンサートなどは、典型的な後者の一つですね。

誰もが知っている通り、ロストロポーヴィチは当時のソヴィエト社会主義の反体制派である作家ソルジェニーツィンを擁護したことから、同じように反体制派の烙印を押されて、1970年以降は国内外での演奏活動を極端に制限されてしまいました。そして、とうとう1974年にアメリカへ亡命したために、ソヴィエトの国籍は剥奪されます。

それから16年という長い年月が経ち、ソヴィエト国内の政治情勢がペレストロイカによって大きく変化すると、ようやく祖国への帰還が認められました。1990年のことです。再び祖国の土を踏めることになったロストロポーヴィチに、アメリカから同行したのは当時、音楽監督を務めていたワシントン・ナショナル交響楽団です。彼らがレニングラードとモスクワで3回のコンサートを行うことが許可されたからです。

ロストロポーヴィチたちが到着したモスクワの空港は、彼らを出迎える大勢の人々で埋め尽くされ、コンサートが行われる会場には、ロシアの多くの要人や文化人、外国の要人たちが訪れました。誰よりも大歓迎したのはロシアの一般民衆だったことでしょう。

ロストロポーヴィチ自身も、このように語っています。「私たちがソ連を離れた頃には、国籍を剥奪されて、その後祖国に迎えられた例などは一つも有りませんでした。それが今回、ソ連政府がこのような処置を取り、私たち一家だけではなく、オーケストラも一緒に迎えられたのですから、我が人生、最良の時です。」

そのモスクワでのコンサートは米国SONYによって録音されて、CD化されています。それが「ロストロポーヴィチ・モスクワ・コンサート」(オリジナルタイトル:ロストロポーヴィチ・リターン・トゥ・ロシア)と題されたCDです。

61tqjegqhll__sl500_sx300_ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ/ワシントン・ナショナル交響楽団(1990年録音/SONY盤)

メインの演奏曲目はチャイコフスキーの「悲愴交響曲」ですが、かつてロストロポーヴィチがソ連から亡命をする直前に指揮をしたのも、やはりこの曲だったのだそうです。

CDには、演奏が始まる前の聴衆の大きな声援と盛大な拍手から収録されていますが、それはまるで演奏が終了した後のような凄さです。

ロストロポーヴィチの指揮する「悲愴交響曲」は、骨太のロシアン・スタイルを感じさせる演奏ですが、ワシントン・ナショナル交響楽団の音には、ロシアのオーケストラのような荒々しいまでの豪放さはありません。やはり、ずっとアメリカ的な明るさと洗練を感じさせるものです。もちろんこのコンサートの状況下から、当然ながら力強い熱演を行なっていますが、決して”爆演”ではありません。また、この演奏からは苦悩や悲しみにひたすら耐え偲ぶような印象も余り受けません。むしろ力強く、逆境を乗り越えて行こうとするような、人生に肯定的な強い意志の力を感じます。それは正にロストロポーヴィチの人生そのものなのかもしれません。この演奏が、とても力強く生きようとする勇気に満ち溢れているのは、決してオケの響きの為だけでは無いように思うのです。

演奏が終わった後の拍手と声援が、それは凄まじいことは言うまでもありません。

このCDには「悲愴交響曲」の他にも、当夜演奏されたヨハン・シュトラウス(ショスタコーヴィチ編曲)のポルカ「観光列車」、グリーグのペールギュントから「オーゼの死」、パガニーニ(マーキス編曲)の「常動曲」、プロコフィエフのロミオとジュリエットから「タイボルトの死」、ガーシュインの「プロムナード」、スーザの行進曲「星条旗よ永遠なれ」といった、短い曲が何曲も収録されています。

これは、時代と国家によって自らの人生を翻弄されても、決して負けることなく生涯に渡ってヒューマニズムに満ち溢れた素晴らしい演奏をし続けた一人の偉大な演奏家の歴史的なコンサートです。

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チャイコフスキー 交響曲第6番「悲愴」 名盤

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コメント

メインの「悲愴」はあまり感銘を受けないものの
小曲はいずれも名演で、繰り返し聴いています。

チェリストとして巨大過ぎるせいか
指揮者としては評価されていないようですが
「新世界」とショスタコーヴィチ「死者の歌」
は名演だと思います。

投稿: 影の王子 | 2013年12月12日 (木) 21時37分

影の王子さん

「悲愴」には名演が目白押しなので、それ以上というつもりは全くありません。しかしアメリカのオーケストラ(!)を引き連れて祖国で行った演奏として決して恥じる内容では無いと思います。また、かつてロンドン・フィルとセッション録音した全集よりはずっと良いと思います。

チェリストとしてのロストロポーヴィチは上手過ぎることもあって、意外に曲によって好き嫌いが分かれてしまいます。指揮者としてはオーケストラに余り恵まれなかった感は有りますが、比較的平均点が高いように思っています。あくまでも「好き嫌い」の点からですが。

投稿: ハルくん | 2013年12月12日 (木) 22時42分

ハルくんさん、こんばんは。
私も ロストロポーヴィチは どちらかと言うと、チェリストとして認識しています。
昨年 買った コーガン、ギレリスとの ピアノトリオ集は絶品ですし、リヒテルと組んだ ベートーヴェン ソナタ全集、ロジェストヴェンスキーとの「ロココ変奏曲」、ブリテンのチェロ交響曲などは 私の愛聴盤です。
指揮者としての演奏は「シェヘラザート」くらいしか聴いていません。
しかし、このライブや 例えば クーベリックのプラハの春での「わが祖国」など 歴史的な演奏は いつか聴いてみたいものです。

投稿: ヨシツグカ | 2013年12月12日 (木) 23時56分

ヨシツグカさん、こんばんは。

ロストロポーヴィチは確かにあのピアノ・トリオでは最高ですし、素晴らしい演奏は多くありますが、たとえばドヴォコンのようなチェロの大名曲が意外と好きに成れないのです。上手過ぎて余裕が有り過ぎだからかもしれません。

「シェエラザード」は良い演奏ですが、パリ管の音が明る過ぎなのが難点に思えました。

クーベリックのプラハの春での「わが祖国」は歴史的な演奏の名に恥じない名演奏だと思います。

投稿: ハルくん | 2013年12月13日 (金) 00時27分

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