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2013年12月

2013年12月29日 (日)

ベートーヴェン 交響曲第9番「合唱」 テンシュテット/ロンドン・フィルの1992年ライブ ~年末ご挨拶~

昨日は有楽町の劇場まで歌舞伎シネマの「野田版・鼠小僧」を観に行きました。この作品を観るのは二度目です。野田秀樹の脚本と演出が最高に面白くて、最後には泣かされます。けれども、それを生かせるのも今は亡き中村勘三郎さんの類まれな演技が有ればこそです。もう二度とこのコンビの芝居が観られないのかと思うと本当に残念です。

それにしても、今年も残すところあと三日。一年は早いものですね。今年のブログのマニュフェスト(死語か?)には、欲張って八つの目標を掲げましたが、達成できたのは、結局ベートーヴェンの弦楽四重奏曲だけです。これは酷い!民主党のことを悪くは言えませんね。(苦笑)

でも、皆様には本当にお世話になりました。コメントの書き込みを頂いてる方も、そうでない方も、このようなブログにいつもお越し頂いて心から感謝しています。来年も可能な限り色々と記事をアップしてゆきたいと思っていますので、宜しくお願い致します。

ということで、いよいよ今年のフィナーレです。最後を飾るのは、もちろんこの曲です!ベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」!それでは、クラウス・テンシュテットさんに演奏して貰いましょう!(って何だか紅白みたい??)

511zvlveddlクラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルハーモニー/合唱団
ルチア・ポップ(ソプラノ)
アン・マレイ(メゾ・ソプラノ)
アントニー・ロルフ・ジョンソン(テノール)
ルネ・パーペ(バス)
(1992年録音/LPO盤)

これは、テンシュテットの最後の活動時期となる1992年10月8日、ロイヤル・アルバート・ホールでのライブです。この年にはテンシュテットがせっかく来日したのですが、急病で指揮が出来なかったということが有りました。

けれども、この第九の演奏は凄いです。病魔に侵されて、死を目の前にしていたにもかかわらず、これほどの演奏が出来るとは本当に驚きです。島倉千代子も凄かったが、テンシュテットもやはり凄い。

第1楽章冒頭から凄まじい迫力と集中力を感じます。最初からこれで最後まで体力が持つのかと心配になるほどです。テンポを崩すことはしませんが、ひとつひとつの音に何と命がこもっていることでしょう。強いて言えばティンパニの音が幾らか安っぽい(録音のせいか?)わりに、強打をし過ぎる為に、うるさく感じます。常に叩き続けていては気迫が逆効果になってしまいます。このあたりの加減は、やはりフルトヴェングラーには敵いませんね。フォルテで金管が長く吹き続け過ぎるのも、ベートーヴェンというよりはワーグナーの音を想わせます。それが良いと言うファンもおられることとは思いますが。

第2楽章も鋭いリズムで気迫にあふれます。この楽章では音楽の性質から、ティンパニが過剰に感じることもありません。

第3楽章は元々厳かな音楽なので、普通に演奏されても感動します。しかし、この演奏は、極めてゆっくりと、まるで時が止まっているような印象を受けます。テンシュテット自身も、そしてオーケストラのメンバーたちも、一緒に音楽が出来る時間はもう余り残されていないことを理解していたのでしょう。そんな特別な思いが、録音を通してでも痛いほど伝わって来ます。

終楽章も凄まじい気迫の音で始まります。第1楽章でも感じたことですが、いきなりストレートの150Kmの速球を投げ込まれると、最初は驚きますが、だんだん速い球に慣れてしまいます。決め球は「ここぞ」というところで使うので効果が出るのです。3分程度の「リュスランとリュドミラ」序曲のような短い曲ならば、リリーフ・ピッチャーのように全て速球勝負でも構いませんが、長い曲の場合には、やはり緩急を使った完投型の投球が理想です。ヘンな例えでしたが、しかしここでのテンシュテットは最後まで剛速球を投げ切ってしまいます。人間死ぬ気になると信じられないような力が出るものです。
ちなみに、歌手陣と合唱は非常に優れています。オーケストラと合唱との録音バランスも良いと思います。

全体的に鬼気迫る熱演なのは確かですが、ティンパニや金管が部分的に騒々しく感じますし、ロンドン・フィルがオーケストラそのものの音の魅力で勝負できる水準だとは言い難いのが少々心残りです。

第九というと、何人(なにびと)も越えられないフルトヴェングラーの壁が有ります。フルトヴェングラーの凄さというのは、山あり谷ありの一大スペクタクルでありながらも、全体があたかもアルプス山脈のような有機的な連なりを感じさせる点です。こんな矛盾したことを両立できるのは後にも先にもフルトヴェングラーただ一人です。ですので、いかにテンシュテットが死んだ気になっても越えられないものは越えられません。けれども、その神の領域に限りなく近づいた凄い演奏であることは確かです。それが、どれだけ凄いことかは、フルトヴェングラーの偉大さを知っている人こそ良く理解できるものだという気がします。

くどくどと書きましたが、この演奏はフルトヴェングラーを別格とすれば、シュミット=イッセルシュテット/北ドイツ放送響の1970年ライブ(ターラ盤)やクーベリック/バイエルン放送響の1982年ライブ(オルフェオ盤)に次ぐ愛聴盤のひとつに加わりそうです。

それでは皆様、どうぞ良いお年をお迎えください。

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2013年12月26日 (木)

徳田虎雄氏って悪人なの?

徳洲会や徳田ファミリーのことが相変わらずニュースで流されています。もちろんそれだけの違反行為が有ったのだろうとは思います。

そんな中で、「おやっ」と思った記事が有りました。週刊朝日の記事のWEB紹介です。それは、徳田虎雄前理事長にノーベル平和賞を与えようという動きがあったという内容です。虎雄氏が創設した徳洲会は、発展途上国に無償で医療支援をしてきた実績があり、海外での評価が高く、外国から推薦されたのだそうです。

虎雄氏は鹿児島県の徳之島という離島の貧しい農家の生まれの為に、子供の頃、病気の弟を診療を受けさせられずに亡くしているのですね。その為に苦学して医者に成り、一代で日本最大の医療法人を成したのです。

離島やへき地に病院を建てる目的は、『命は平等だ』という虎雄氏の理念を果たす為です。ですので、患者の受け入れはどこも24時間体制、お金を持たない人も診療して後払いを認めるという方針でした。初めの頃は、そんな便利な病院を各地に建てられてしまっては地元の医院が困るからという理由で医師会から行政へ相当な圧力を受けたらしいです。思うように病院建設の許可が貰えない、その打開策として虎雄氏は政治の世界へ進出しました。

民間病院なのに、災害医療チームをどこよりも早く海外派遣することは余り知られていませんが事実です。あるとき、日本の赤十字チームが到着するよりも前に徳洲会チームが現地に入って、その姿がテレビに映し出されました。後から、どこからかテレビ局に圧力がかかったのでしょう。それ以後、赤十字のチームよりも先にテレビに映ることは無くなりました。しかし海外ではちゃんと知られていたのですね。

そのような素晴らしい理念の実現を目指した徳洲会ですが、自民党政権に大きな力を持つ医師会の力に立ち向かうには、政治と金の力はどうしても必要だったのかもしれません。その為に手段を選ばなかったのは問題ですが、背景を考えると同情的にはなってしまいます。

今は、虎雄氏の悪の面ばかりがニュースで流れていますが、この記事では正悪両面について触れられていて、フェアな報道だと感じました。

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2013年12月25日 (水)

「スイート・キャロライン」 by ニール・ダイアモンド

1970年代に世界的な大ヒットをしたニール・ダイアモンドの名曲があります。「スイート・キャロライン」です。もちろん当時から大好きな歌だったのですが、ある日、大学時代に同じオーケストラ団員だった友人3人で酒を飲んでいた時に、どういうわけか「心に残る一曲ってなんだろうね?」という話題になりました。この場合はクラシックは対象外です。で、一人がこの曲を上げたのです。その理由は、歌詞の一節「Good times never seemed so good」(良い時には、そんなに良いとは思えないものさ) が、とても心に響くからだというのです。なるほどなぁ、と思いました。人間、どうしても生きていると、心の中に不平不満を持ってしまい、自分の幸せや、良いことを見逃しがちになりますよね。やはり、生きていられることだけでも有難いと感謝の気持ちを持つことが大切だと思うのです。この部分が、この曲の肝であることは確かですね。


SWEET CAROLINE (スイート・キャロライン)

作:ニール・ダイアモンド

Where it began I can't begin to  knowin'
But then I know It's  growin' strong

どこから始まったのか判らないことだけれど
ぼくは知っている それが段々強くなっているのを

Was in the spring And  spring became a summer
Who'd have believed you'd come  along

春のことだった そして春から夏になった
いったい誰がきみの現れることを信じただろう

Hands, Touchin' hands,  Reachin' out
Touchin' me, Touchin'  you

手が  触れる手が  差し伸べられて
僕に触れて  君に触れる

Sweet Caroline
Good times never seemed so  good

可愛いキャロライン
良い時には、そんなに良いとは思えないものさ

I've been inclined
To  believe they never would,
But now  I

僕は傾きかけている
それが決して願い事では無いと信じることを
そして今 僕は

Look at the night  And it don't seem so  lonely
We fill it up with only  two

夜を見つめている   それはそんなに寂しいものとは思えない
僕らは二人だけで満ちたりているから

And when I hurt  Hurtin'  runs off my shoulders
How can I hurt when holdin' you

そして僕が傷ついた時   痛みは僕の肩から消えてゆく
君を抱きしめていて、どうして傷つくことが有るんだ?

Warm, Touchin' warm,  Reachin' out
Touchin' me  Touchin' you

温もりが 触れる温もりが 差し伸べられて
僕に触れて 君に触れる

Sweet Caroline
Good times never seemed so  good

可愛いキャロライン
良い時には、そんなに良いとは思えないものさ

I've been inclined
To  believe they never would
Oh, Lord,  no

僕は傾きかけている
それが決して願い事では無いと信じるように
おお、主よ

(注:訳は自分なりの解釈ですので正しいかどうかはわかりません)

ところで、この曲がキャロライン・ケネディさんをヒントに作曲をされたことは、実は2007年まで誰にも知られていませんでした。ニール自身が一度も話さなかったらです。ニールがキャロラインさんの50歳のバースデイ・パーティでこの歌を唱ったときに初めて明かしたのだそうです。

ニールが昔、雑誌LIFEの表紙に使われていた、幼いキャロラインさんが馬に乗った写真を見てインスピレーションを受けて、僅か1時間で書き上げたのがこの曲だそうです。(下写真:LIFE 1962年9月号)

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キャロライン・ケネディさんが駐日大使として日本に来られてから、1カ月以上が経ちましたね。日本では大歓迎で迎えられましたが、母国では中国や韓国、北朝鮮と難しい外交問題をかかえる日本の大使としては力量不足だという意見も有るようです。それでも、オバマ大統領に直接電話をかけられる彼女の存在は日本にとって決して悪いことは無いと思います。

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2013年12月24日 (火)

銃弾1万発、それがどうかした?

日本の自衛隊がスーダンのPKO活動に従事している韓国軍に銃弾1万発を支援した件で、どうやら現地の韓国軍からは自衛隊に対して謝意の表明があったらしいです。ところが韓国外務省や国防省の報道官は、「日本に頼んだわけでは無い」と、謝意のかけらさえ示そうとしません。いつもながらの不遜な態度です。
考えてみれば、戦後に日本から韓国に拠出した経済協力金は無償、有償合わせて8億ドルに及びます。これは当時の韓国の国家予算の2.3倍に相当します。おかげで、韓国は経済発展を遂げてきたわけですが、韓国政府はそんなことは国民にはこれっぽっちも知らせていません。やることは反日教育ばかりです。それに比べれば、銃弾1万発なんて、涼しい顔をして右から左に受け取っても何ら不思議は無いことですね。不愉快に思う日本人が馬鹿です。日韓友好なんて夢のまた夢。そんな気がしてしまいます。

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フィギュア・スケート全日本選手権2013

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今年のフィギュア・スケート全日本選手権は素晴らしく見ごたえが有りましたね。正に筋書きのないドラマでした。どの選手も自身の強い想いとスケート人生を賭けて臨んでいることが痛いほど感じられました。ですので、どの選手も表彰台に立たせてあげたい。そしてオリンピックに出場させてやりたい。と思ってしまうのですが、競技の結果は非情です。勝者と敗者に分かれてしまいます。けれども、敗者にとって結果が努力しただけの価値の無いものかと言えば、断じてそんなことはありません。この素晴らしい経験が、将来必ず大きな価値を生むことと思います。僕の座右の銘は、『すべての人生経験に無駄は無し』です。この言葉を、入賞を逃した選手、そしてオリンピックの出場権を逃した選手たちに贈ってあげたいと思います。

いよいよソチ・オリンピック開幕まで残り2カ月。羽生くん、町田くん、高橋くん、鈴木さん、真央ちゃん、佳菜子ちゃん、みな、出場できない選手たちの為にも、そしてなによりも自分自身の為に全力を尽くして欲しいと思います。

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2013年12月23日 (月)

チャイコフスキー バレエ音楽「くるみ割り人形」 名盤

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マリインスキー劇場での初演時の舞台装置スケッチ

チャイコフスキーの三大バレエでは、僕は「白鳥の湖」が一番好きなので、バレエ公演というと、ついついそちらを観に行ってしまいます。「眠りの森の美女」はとても美しいのですが、少々長過ぎるように感じます。ですので二番目に好きなのは「くるみ割り人形」です。ところが考えてみたら「くるみ割り人形」の生公演は、これまで一度も観に行ったことがありません。これはいけませんね。次回は「くるみ割り人形」に行くことにしましょうか。

それにしても、毎年クリスマス近くになると、バレエ公演は「くるみ割り人形」一色に染まりますね。これは皆さんもご存じの通り、台本がホフマンの童話に基づくデュマの小説によるクリスマス・イヴのお話だからです。

<バレエのあらすじ>

―第1幕―

第1場

クリスマス・イブの夜、ドイツのシュタールバウム家の大広間でパーティーが開かれている。広間の真ん中には大きなクリスマス・ツリーが飾られている。

少女クララはドロッセルマイヤー老人から、胡桃割り人形をプレゼントされる。ところが人形の取り合いになり、兄のフリッツが壊してしまう。そこでドロッセルマイヤー老人が壊れた人形を修理する。

パーティーが終わって客も帰り、皆が寝静まってから、クララは人形のベッドに寝かせたくるみ割り人形を見に来る。その時、ちょうど時計が12時を打つと、クララの体が小さくなって人形ほどの大きさになる。

すると、七つの頭を持った、はつかねずみの王様が指揮する、はつかねずみの大群が押し寄せて来る。それを、くるみ割り人形が指揮する兵隊人形たちが迎え撃つ。

両軍は激しく闘うが、最後はくるみ割り人形とはつかねずみの王様の一騎打ちとなる。くるみ割り人形が危ないところで、クララがはつかねずみの王様にスリッパを投げつけると、はつかねずみたちは退散する。

倒れたくるみ割り人形が起き上がると、美しい王子様になっていた。王子様はクララをお菓子の国に招待して二人で旅立つ。

第2場

雪が舞う松林に二人がさしかかる。(雪の踊り‐雪の精たちのコール・ド・バレエ)

―第2幕―

お菓子の国の魔法の城に到着した王子は、女王ドラジェの精(こんぺい糖の精)にクララを紹介する。お菓子の精たちによる歓迎の宴が盛大に繰り広げられる。

クララがクリスマス・ツリーの下で夢から覚める。(そのまま、お菓子の国のシーンで終わる演出も有る)

と、正に夢のように愉しいお話ですね。それでは、僕の所有するCDとDVDをご紹介します。

全曲CD

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エフゲニ・スヴェトラーノフ/ソヴィエト国立響(1988年録音/メロディア盤) 

さすがにスヴェトラーノフというべきか、重厚でシンフォニックな演奏です。テンポの緩急の幅が非常に大きいので、これでバレエを踊るのは不可能でしょう。弱音部での繊細な音と表情は良いのですが、強音部での豪放極まりない音は、チャイコフスキーの交響曲ではそれが大きな魅力になりますが、バレエ曲の中でも、特にこの「くるみ割り人形」では過剰に感じられてしまいます。この辺りは聴き手の好みにかなり左右されると思います。録音が比較的新しい割には、楽器の音に色彩感に不足するように感じられます。なお、自分は三大バレエのボックスセットで持っています。

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ワレリー・ゲルギエフ/キーロフ管(1998年録音/フィリップス盤) 

スヴェトラーノフの重厚なシンフォニーのような演奏と比べると、ずっとバレエの舞台に近いと思います。全体的に速めのテンポでキビキビと子気味良く進むので、音楽の流れを弛緩させることが無く、曲の長さを感じさせません。もちろん細部でデリカシーに溢れる表情づけは、さすがゲルギエフで素晴らしいですし、強音部でも決して強奏し過ぎることがなく、響きの美しさを失いません。録音の良さも有るでしょうが、各楽器の色彩感がふんだんに感じられて楽しいことこの上ありません。全曲が1枚のCDに収まっているのも有り難いです。

組曲CD

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ハンス・クナッパーツブッシュ/ウイーン・フィル(1960年録音/DECCA盤)

組曲での録音盤は数多く有るのでしょうが、僕が好きなのは、巨人クナッパーツブッシュの演奏です。ここには、クナ得意のブルックナーやワーグナーの演奏に通じるスケールの大きさを感じます。全体のテンポは緩やかで少しもせせこましさを感じない大人の余裕が有ります。ウイーン・フィルもこの余裕を心から楽しんでいるようで、元々オーケストラの持つチャーミングな音色も演奏の魅力を倍増させています。白眉は「花のワルツ」で、スケール巨大なワルツが、中間部で短調に転じると、翳りの濃さが極まります。組曲版で全曲にも劣らぬ聴き応えを感じさせる唯一の演奏です。なお、僕のCDは旧盤ですので、現在はカップリング曲目が変わっていると思います。

DVD

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キーロフ・バレエ(マリインスキー劇場)、ヴィクトール・フェドートフ指揮(1993年収録/フィリップス盤) 

ゲルギエフが芸術監督として君臨するサンクトペテルブルクのマリインスキー劇場は古くはロシアの宮廷劇場として設立されて、今もバレエ・ファンに絶大な人気が有りますが、演出は伝統的な保守路線を維持していて、モスクワの革新的なボリショイ劇場とは性格を異にします。それでも最近は少しづつ実験的な舞台演出も試みられていうようです。けれどもオジサンのようなバレエ・ファンは、やはり伝統的な舞台が好きなのですよね。これはオペラの舞台についても言えることなのですが。
そんな保守的なオジサンが安心して楽しめる「くるみ割り人形」が、この1993年に収録された公演です。正に子供の絵本から飛び出したような舞台装置と衣装と演出です。やはり童話の世界は、理屈無しに子供が喜ぶような舞台であって欲しいです。

指揮をしているのはヴィクトール・フェドートフです。キーロフ・バレエで指揮者デビューをしてから、その生涯をこの劇場のバレエ指揮者として捧げた、ミスター・キーロフ・バレエなのですね。コンサート指揮者には真似のできない、バレエ・ダンサーたちが本当に気持ち良く踊れるような演奏をしています。

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2013年12月20日 (金)

チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番 グリゴリー・ソコロフ&ゲルギエフ/キーロフ管のライヴ盤

またしても海賊CD-R盤を取り上げるのは幾らか気が引けますが、特筆大書しなければならない物凄い演奏が有りますのでご紹介します。

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ロシアのグリゴリー・ソコロフは、知る人ぞ知る名ピアニストであり、”現役最高のピアニスト”とも称賛されています。演奏を聴いてみる前は、「そんなオーバーな・・・」と思っていましたが、実際に幾つかの録音を聴いてみると、それが少しもオーバーで無いことが納得できます。もっともソコロフはレコーディングが嫌いなようで、録音が非常に少なく、しかもその大半がリサイタルのライブ盤に限られています。協奏曲の録音も無いわけではありませんが、ごく若い頃の録音が僅かに残るだけです。ヨーロッパでは協奏曲を演奏することも決して珍しくは無いようなので、なんとかディスク化してほしいところです。

さて、そんなソコロフが、ワレリー・ゲルギエフ/キーロフ管弦楽団と共演したチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番の演奏を聴けるとは思いもしませんでした。これは1993年の、恐らくはサンクトペテルブルグでのコンサートだと思います。

P1010085グリゴリー・ソコロフ独奏、ワレリー・ゲルギエフ/キーロフ管(1993年録音/En Larmes盤 ELS 00-16)

第1楽章冒頭の有名な管弦楽の音は幾らか軽めに聞こえます。これは海賊盤である為に、録音が万全では無いせいかもしれません。
続く弦楽の旋律は非常に良く歌わせていて、さすがはゲルギエフです。ところがソコロフのピアノは管弦楽よりも更に悠然とした足取りのために、オーケストラとのズレを感じます。いや、正確に言えば、ズレないようにゲルギエフがソコロフのテンポに合わせようとしていますが、ソコロフはお構い無しといった調子です。ここまでを聴いても、現代の機械的にテンポを合わせたような演奏とはまるで異なる、正に巨人同士の綱引きが感じられて、非常に興奮します。

ピアノの音はレンジも広めで、綺麗に捕えられていますが、オーケストラの方の特に弦楽器の音にはザラつき成分が多く感じられます。マスターがアナログ録音らしいので、その影響かもしれません。鑑賞に支障が有るほどでは無いのですが、気になる人には気になるかもしれません。

展開部に入ると、ピアノとオケとの丁々発止の掛け合いが増々スリリングになってゆきます。ソコロフのテクニックはもちろん素晴らしいのですが、この人の本当の凄さは単に指が回るとか、音の粒が揃っているとかいう次元の問題ではありません。音楽性の素晴らしさです。表現力の豊かさや気迫の凄さなど全てにおいて圧倒される思いです。弱音部で繊細の限りを尽くした、いじらしいほどの表情も見事の一言です。後半に入ると、ゲルギエフとキーロフ管も、時に大見得を切るソコロフのピアノに慣れてきたようでピタリと合わせています。そして、大きな波がうねりとなって押し寄せるような終結部の迫力は尋常ではありません。

第2楽章はゆったりとした構えで、ソコロフ節全開の極めて抒情的なピアノが奏でられます。キーロフ管の繊細な木管や弱音器を付けた弦の伴奏も実に素晴らしいです。ロシアの情緒や憂愁が一杯に溢れているのが良いです。やはり、この曲はロシア人チャイコフスキーの音楽ですね。

第3楽章は速めのテンポで切れ良く疾走します。それでもソコロフのピアノは余裕のヨッちゃんです。ミスがゼロではありませんが、実演でこれだけ完璧に弾き切れる人はそうは居ません。ゲルギエフのオケ伴奏もいよいよ表情豊かに最高に上手くピアノに合わせてゆきます。そして終結部のスケールが大きく息の長い盛り上がりは最高にドラマティックです。

これは本当に凄い組み合わせの演奏です。もしもですが、この録音が正規盤でリリースされればこの曲のベスト盤として推すのを少しも躊躇わないほどの名演奏です。ですので、海賊盤であることを承知の上で、思い切りお薦めしておきます。

なお、聴かれてみたい方は、こちらから購入が可能です。親切に対応して貰えます。

なお、補足ですが、ソコロフは1966年のチャイコフスキー・コンクールに若干16歳の若さで優勝しています。その時に録音された同じ曲の演奏をメロディア盤で聴くことが出来ます。自分の持っているCDは、以前シューマンの「幻想曲」の演奏をご紹介した4枚組BOXです。

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グリゴリー・ソコロフ独奏、ネーメ・ヤルヴィ/ソヴィエト国立響(1966年録音/メロディア盤)

1960年代のメロディア録音とは言っても、正規録音ですので海賊盤よりは音がシャープです。この時のソコロフのピアノを聴くと、これが本当に16歳の演奏なのかと、とても信じられません。テクニックも素晴らしいですが、何よりもあの若さで演奏の表情づけがとても豊かです。テンポ・ルバートや思い切った音のタメなどは、既に将来のソコロフの片鱗を伺わせています。ただ、1993年の演奏に比べると当然ですが、まだまだ成長途中であることも確かです。あの有無を言わせぬ説得力にはまだ程遠いと言わざるを得ません。それは円熟期のこの人が余りに凄い高みに登ってしまったので、そのように感じるだけでしょう。そもそも世の中には円熟期を迎えても、このレベルに至らないピアニストは大勢居ることでしょうし。
オーケストラ伴奏は、名匠ネーメ・ヤルヴィが珍しくソヴィエト国立響を指揮しています。荒々しい響きが面白いですが、演奏は「中の上」といった出来栄えでしょうか。

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”テキサス親父” トニー・マラーノ氏へのインタヴュー記事

米国で従軍慰安婦像撤去の請願活動をしているトニー・マラーノ氏を日刊SPAが、現地取材インタヴューした記事が有りました。こちら<MSNニュース>です。

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2013年12月19日 (木)

”テキサス親父” トニー・マラーノ氏が慰安婦問題について調べた動画

ブログお友達のmorokomanさんから、アメリカ国内にある従軍慰安婦像の撤去を求める請願運動を起こしているテキサス州のアメリカ人トニー・マラーノ氏、通称「テキサス親父」に関する情報を頂きました。そこで、皆さんにも広くご紹介したいと思います。(なお、下記の文章にmorokomanさんに頂いたコメントから多く引用させて頂きましたことをお断りしておきます。)

トニー・マラーノ氏は、テキサス州知事の推薦でテキサス州海軍協会名誉大将に就任された偉い方なのだそうです。この役職は知事の推薦がなければなれないらしく、それだけ社会的な信用と信頼がある方です。

ちなみに「テキサス州海軍協会」とは、テキサス州の歴史や環境保全、有事の州政府への治安維持協力を目的とした、テキサス州が設立した州外郭団体です。

このマラーノ氏が太平洋戦争当時のアメリカ軍の調査資料を取り寄せて、慰安婦問題について調べた動画です。

字幕【テキサス親父】慰安婦は売春婦!証拠はコレだ!と親父ブチギレの巻!

また、マラーノ氏は大変な親日家です。その理由は下記のシリーズ動画を観るとよく理解できます。

字幕【テキサス親父】俺が日本を愛する理由 VOL.1(以降もシリーズとして続きます)

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2013年12月17日 (火)

「米の慰安婦像撤去を」 米男性が請願運動を開始

韓国の反日運動の代表的な一つとして、アメリカ国内での従軍慰安婦像の建立がありますが、その撤去を求める請願運動をテキサス州のアメリカ人が起こしているのだそうです。その詳しい記事は産経WEBニュース(12月16日付)を参照してください。

アメリカ政府への個々の請願案件に対して、インターネットで10万人以上の署名が集まったものは、政府が検討を行うという制度が有るのは知っていましたが、署名が外国人でも出来ることは知りませんでした。自分もさっそく署名を済ませました。署名をする為にはごく簡単な登録が必要ですが、上記のニュース記事の中の説明リンクを読めば難しいことはありません。

アメリカの一市民が日本の名誉と平和の為に頑張ってくれているのに、とても知らん顔は出来ないと思いませんか。そう思われる皆さんは是非ご協力を。

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2013年12月15日 (日)

ホルヘ・ボレット&ギュンター・ヴァント/北ドイツ放送響のライヴ盤 チャイコフスキー ピアノ協奏曲/ムソルグスキー「展覧会の絵」 

北国では吹雪だそうですね。今年の冬は雪が多いのでしょうか。関東でも日増しに冷え込んでゆく感じです。ということで、寒さに負けず「冬のロシア音楽祭り」を続けます。

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ホルヘ・ボレットは1914年生まれのピアニストで、若い頃はバリバリのテクニシャンで鳴らしていた割には、余り人気が出なかったようです。それはもしかしたら、この人がキューバの出身だったからなのかもしれませんね。キューバ革命以後、キューバはアメリカにとって最も近くて危険な国であったからです。まぁ、これは単なる邪推に過ぎません。

ボレットに人気が出てきたのは1970代になってからです(といっても相変わらず余り派手さはありませんでした)が、かなり前時代的なロマンティシズムを綿々と感じさせる演奏スタイルだったようです。何しろ、この人はフランツ・リストの孫弟子だった(リストの弟子の一人が長寿だったので、ピアノを教授されたらしい)からかもしれません。

そんなボレットが、名指揮者ギュンター・ヴァントの伴奏で演奏した、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番のライブ盤が有ります。

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チャイコフスキー ピアノ協奏曲第1番(1985年録音)
ムソルグスキー(ラヴェル編曲)「展覧会の絵」(1982年録音)

チャイコフスキーのピアノ協奏曲は、ボレットが71歳の時の演奏になります。
総じてテンポはゆったりとしていて、せせこましい印象は微塵も感じられません。幾らか、まったりとしている印象です。このスケールの大きな恰幅の良さはとても魅力です。

テクニック的には全盛期の片りんは窺えるものの、目の覚めるような切れ味とは言えませんし、ミス・タッチも随分多いように思います。自分はライブでのミスは余り気にしない方なのですが、この演奏を最初に聴いた時には結構気になりました。けれども2度、3度と聴いていると慣れてしまいます。

この人のピアノのタッチと音色には得も言われぬ艶やかさを感じます。若いピアニストに良くある冷たく硬質で透明な印象とは正反対の、人間の体温を感じさせるような暖色系の、とても綺麗な音です。昔のピアニストにはこういう温かみの有る音を持つ人が多かったのですが、時代による楽器の音の変化と共にすっかり変わってしまいましたね。

一方、弱音部でのデリカシーに溢れて、じっくりと歌わせる弾き方はまったくもって素晴らしいの一言です。例えて言えば、伝統芸能を演じる人間国宝のように、円熟仕切った本当に味わいの深い演奏だと思います。

ヴァントの指揮も最良の職人芸を聴かせてくれます。ことさらロシア風に歌わせる訳ではありませんが、あるときはしっとりと、あるときは堂々と恰幅良くと、まずは理想的な指揮ぶりです。北ドイツ放送響の音色が暗めなのも、よくある派手派手しい伴奏に陥ってしまうのを防いでいて好ましく思います。

次にムソルグスキーの「展覧会の絵」ですが、この曲はもちろんムソルグスキーの作曲したピアノ曲を、フランスのラヴェルがオーケストラ編曲したものです。ですので、往々にしてこの曲がロシア作曲家の手によるものであるということを忘れさせるぐらいフランス的な明るい響きで演奏されます。それも確かに悪くは無いのですが、よくよく聴けばやはりこの曲にはロシアの土臭く暗い音楽が詰まっているのですね。それを思い出させてくれるような演奏を個人的には好んでいます。

実は意外なことに、ヴァントは「展覧会の絵」を好んでいたようで、スタジオ録音の他にも、複数のライブ録音が有ります。この北ドイツ放送響との演奏は、このオーケストラが持っている暗い響きが、自分の好みの丁度良い色彩バランスを持たせているように思います。これが真正ロシア風かと問われれば、そんなことはありませんが、「ビドロ(牛車)」や終曲の「キエフの大門」などでは息の長い旋律を、堂々と息切らせることなく歌い切っていて中々に感動的です。全体的には、決して聴き手を圧倒するような演奏ではありませんが、何となく聴いているうちに、いつのまにか聴き入っている自分が居ます。ヴァントは決してドイツ、オーストリアものだけが良かった訳では無いのですね。

2曲の録音は3年の違いが有りますが、音質はどちらも優秀で、その差は全く感じられません。

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2013年12月12日 (木)

ロストロポーヴィチ モスクワ・コンサート ~リターン・トゥ・ロシア~

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ひとくちに”コンサート”と言っても、ごく普通のそれも有れば、歴史の上で何らかの意味合いを持つものなどと様々です。例えば、偉大なチェリストであり名指揮者でもあったムスティスラフ・ロストロポーヴィチが1990年にロシアで行ったコンサートなどは、典型的な後者の一つですね。

誰もが知っている通り、ロストロポーヴィチは当時のソヴィエト社会主義の反体制派である作家ソルジェニーツィンを擁護したことから、同じように反体制派の烙印を押されて、1970年以降は国内外での演奏活動を極端に制限されてしまいました。そして、とうとう1974年にアメリカへ亡命したために、ソヴィエトの国籍は剥奪されます。

それから16年という長い年月が経ち、ソヴィエト国内の政治情勢がペレストロイカによって大きく変化すると、ようやく祖国への帰還が認められました。1990年のことです。再び祖国の土を踏めることになったロストロポーヴィチに、アメリカから同行したのは当時、音楽監督を務めていたワシントン・ナショナル交響楽団です。彼らがレニングラードとモスクワで3回のコンサートを行うことが許可されたからです。

ロストロポーヴィチたちが到着したモスクワの空港は、彼らを出迎える大勢の人々で埋め尽くされ、コンサートが行われる会場には、ロシアの多くの要人や文化人、外国の要人たちが訪れました。誰よりも大歓迎したのはロシアの一般民衆だったことでしょう。

ロストロポーヴィチ自身も、このように語っています。「私たちがソ連を離れた頃には、国籍を剥奪されて、その後祖国に迎えられた例などは一つも有りませんでした。それが今回、ソ連政府がこのような処置を取り、私たち一家だけではなく、オーケストラも一緒に迎えられたのですから、我が人生、最良の時です。」

そのモスクワでのコンサートは米国SONYによって録音されて、CD化されています。それが「ロストロポーヴィチ・モスクワ・コンサート」(オリジナルタイトル:ロストロポーヴィチ・リターン・トゥ・ロシア)と題されたCDです。

61tqjegqhll__sl500_sx300_ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ/ワシントン・ナショナル交響楽団(1990年録音/SONY盤)

メインの演奏曲目はチャイコフスキーの「悲愴交響曲」ですが、かつてロストロポーヴィチがソ連から亡命をする直前に指揮をしたのも、やはりこの曲だったのだそうです。

CDには、演奏が始まる前の聴衆の大きな声援と盛大な拍手から収録されていますが、それはまるで演奏が終了した後のような凄さです。

ロストロポーヴィチの指揮する「悲愴交響曲」は、骨太のロシアン・スタイルを感じさせる演奏ですが、ワシントン・ナショナル交響楽団の音には、ロシアのオーケストラのような荒々しいまでの豪放さはありません。やはり、ずっとアメリカ的な明るさと洗練を感じさせるものです。もちろんこのコンサートの状況下から、当然ながら力強い熱演を行なっていますが、決して”爆演”ではありません。また、この演奏からは苦悩や悲しみにひたすら耐え偲ぶような印象も余り受けません。むしろ力強く、逆境を乗り越えて行こうとするような、人生に肯定的な強い意志の力を感じます。それは正にロストロポーヴィチの人生そのものなのかもしれません。この演奏が、とても力強く生きようとする勇気に満ち溢れているのは、決してオケの響きの為だけでは無いように思うのです。

演奏が終わった後の拍手と声援が、それは凄まじいことは言うまでもありません。

このCDには「悲愴交響曲」の他にも、当夜演奏されたヨハン・シュトラウス(ショスタコーヴィチ編曲)のポルカ「観光列車」、グリーグのペールギュントから「オーゼの死」、パガニーニ(マーキス編曲)の「常動曲」、プロコフィエフのロミオとジュリエットから「タイボルトの死」、ガーシュインの「プロムナード」、スーザの行進曲「星条旗よ永遠なれ」といった、短い曲が何曲も収録されています。

これは、時代と国家によって自らの人生を翻弄されても、決して負けることなく生涯に渡ってヒューマニズムに満ち溢れた素晴らしい演奏をし続けた一人の偉大な演奏家の歴史的なコンサートです。

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2013年12月10日 (火)

怖ろしいことだ ~近隣国の情勢から~

大変に恐ろしいことになった。北朝鮮のナンバー2である、チャン・ソンテク国防副委員長が失脚したからです。しかも会議場から強制連行されるという異常な仕打ちでした。これは”見せしめ”に違いありません。ソンテク氏は経済優勢路線派で、軍部の弾道ミサイル発射などには反対をしてきました。対外的にも多くのパイプと力と持っていました。とどのつまりはナンバー2が余りに力を持ち過ぎるのは許されないということでしょう。キム・ジョンウンの下にナンバー2や3は居る必要が無い。忠誠を誓うナンバー5か6以下がゴロゴロと居れば良いということなのです。北朝鮮は独裁国家ですが、これからは増々「恐怖政治」に進むのではないでしょうか。となると、いつか国が暴発して、第一書記の暗殺やクーデターが起こらないとも限りません。いや、その可能性が高まったと思います。その時には、中国が北朝鮮に全面介入するのは間違いありません。もちろん韓国も放っては置きません。米国も。すると、どうなるかというと、最悪、朝鮮戦争の再現になりかねません。騒乱に乗じて中国が尖閣や沖縄の領海にぐっと踏み入れることも起こり得ます。これらのことが絶対に起こらないと思っていたら、その人は”極楽とんぼ”だと言えます。

一部の文化人やマスコミの「民主主義を守れ」という、一見まともそうなスローガンに踊らされて、特定秘密法案に反対するのも良いですし、「沖縄県から米軍基地を無くして」と言うのも自由なのですけれど、それは隣り合う国々がみな平和主義で、他国の権利を侵害したりしないという状況下で無ければ成り立たないことだと思います。日本国内だけのことを考えて、海外情勢に目を向けないのでは、幕末の一般民衆と何ら変わりがありません。

そんなことをつらつらと考えると、自分の国が本当に心配になってきます。呑気に音楽なんかを聴いていて良いのかと思ってしまいます。(聴いていますけどネ)

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2013年12月 8日 (日)

エフゲニ―・ムラヴィンスキー 「ライヴ・セレクション 1972、1982」

”ロシアの生んだ最高の作曲家”と言えば、何と言ってもチャイコフスキー、それにショスタコーヴィチというのが万人の認めるところではないでしょうか。もちろん好みは人それぞれ有るでしょうけれども。
そして、”ロシアの生んだ最高の指揮者”と言えば、エフゲニ―・ムラヴィンスキーです。これはちょっと他には考えられません。

そのムラヴィンスキーが演奏する機会の特に多かった曲として、チャイコフスキーとショスタコーヴィチの同じ「交響曲第5番」が挙げられます。正確な記録は有りませんが、少なくとも残された録音の多さから見れば、この2曲が断然他の曲を圧倒しているように思えます。

僕はムラヴィンスキーの”熱狂的なマニア”というほどでは無いので、その演奏録音の全てを保有しているわけではありません。けれども、今年入手した「ライヴ・セレクション 1972、1982」という2枚組のCDアルバムには、この2曲が収録されていて、どちらも非常に良い演奏でしたので改めてご紹介したいと思います。

51ssyqme4qlエフゲニ―・ムラヴィンスキー「ライヴ・セレクション 1972、1982」(ドリーム・ライフ盤)

収録されている曲目は下記の通りです。

ショスタコーヴィチ 交響曲第5番(1982年11月18日)
プロコフィエフ バレエ「ロミオとジュリエット」組曲第2番(1972年1月30日)
チャイコフスキー 交響曲第5番(1982年11月18日)

もちろん、オーケストラは全てレニングラード・フィルハーモニー(現在は名称が変わって、サンクト・ぺテルブルグ・フィルハーモニー)です。どの曲も過剰なエコー処理を施さない非常に生々しい録音です。特に1982年の2曲の録音は中々に優れています。高音域は幾らか刺激的に感じられますが、これはロシアのオケ特有のバリバリと鳴らす金管セクションの性格から余計にそう感じられるのかもしれません。それでも、低音域の量感がしっかりと確保出来ていますので、音のバランスがかなり良いと思いますし、ダイナミック・レンジも広く感じられます。1972年のプロコフィエフのみ音質がやや落ちますが、音質の傾向は似ていますので、さほど抵抗は感じません。

さて、肝心の演奏ですが、まずショスタコーヴィチの第5番が非常な名演奏です。ムラヴィンスキーのこの曲の演奏では、1966年録音のRussianDisc盤が統率力の素晴らしさと凄まじい切れ味で最も好んでいますが、それに迫る魅力を感じます。オーケストラの統率力は1966年盤の方が上ですが、こちらも晩年の1980年代の演奏とは思えない強い緊張感と迫力が有ります。金管の”粗さ”も”荒々しさ”に転じて、これはこれで悪くありません。愛聴盤として、RussianDisc盤に次ぐポジションを、1973年の初来日ライヴ録音盤(Altus)と並んで占めることになりそうです。

次にチャイコフスキーの第5番についてですが、ムラヴィンスキーはこの曲には毎回非常にこと細かく表情づけを行います。それが余りに旺盛であるがために、少々煩わしさを感じてしまうのです。個人的には、ムラヴィンスキーほどはやり過ぎないゲルギエフの方が好きです。その点が、圧倒的に素晴らしいムラヴィンスキーの第4番と第6番の場合とは大きく異なります。けれどもムラヴィンスキーの第5番の中では、この1982年の演奏は最も好ましいように思います。1960年のグラモフォン盤はセッション録音のまとまりの良さではベストなのですが、細部の表情づけに余りに手練手管を尽くし過ぎていて、姑息な印象を受けてしまいます。1970年代の幾つかのライヴ録音盤はどれも荒さと姑息感の両方を感じてしまい好みません。1983年のライヴ録音は、姑息な印象は受けないものの、逆に迫力不足を感じます。その点で、この1982年の録音は姑息な印象は少めで、ずっとストレートな表現による音楽の感動を誘います。金管の適度な荒々しさも伝統的なロシアのオケを彷彿させます。ということから、消去法でゆくとこの演奏が最後に残ります。

但し残念なことに、このCDは既に廃盤ですので、アマゾンなどではプレミア価格が付けられています。根気良く待っていればリーゾナブルな値段で出ることが有りますし、中古店に安値で出ることも有りますので、チャンスを見逃さないことです。それだけの価値は有るディスクだと思います。

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2013年12月 7日 (土)

特定秘密保護法の成立

特定秘密保護法案が参議院本会議で可決されて成立しました。この法律は、防衛、外交、テロ活動などに関し、漏洩すると国の安全保障に支障を与える情報を閣僚ら行政機関の長が「特定秘密」に指定して、これらを扱う公務員らが漏らした場合に罰則を受ける法律です。こんな、欧米では極当たり前の法律をどうして民主党や他の野党が反対するのか理解できません。なんでも「国民の知る権利が損なわれる恐れがある」からだそうですが、こういう法律が無いから、自衛官が中国の女スパイの色仕掛けで防衛機密情報を安易に漏らしたりする事件が起こったりするのではないでしょうか。

大半のマスメディアは法案成立に批判的な報道を流しています。テレビにゲスト出演する識者?は口をそろえて「とても危険な法律です」と発言します。それを聞いた国民は、当然「そりゃ大変だ」と頭にすり込まれて、反対集会やデモへ出かけてゆきます。
ところが、考えてみれば、それは「国民の知る権利」ではなく、「マスメディアの知る権利」が損なわれるからだと思います。国家の安全保障を損ねるような情報でも、スクープはトップ・ニュースになりますから、それはお金になるわけです。それが損なわれてしまっては、マスメディアの商売が上がったりですからね。マスメディアが恣意的に流している(としか考えられない)偏った報道に騙されてはいけません。

確かに、与党の強行採決はもちろん褒められた話ではありませんが、最初から何でも反対の野党にいつまでも付き合っていても、法案は決められません。野党の狙いは、与党提出の法案審議に徹底的に邪魔をして、法案を廃案にすることにより、少しでも国民の注目を浴びて支持率を回復したいだけなのですから。そもそも、中国漁船衝突事件の映像や、福島原発事故の放射線拡散情報を公表しようとせず、極めて重要な国民の知る権利を覆い隠したのは当時の民主党政権でした。特定秘密保護法が有っても無くても、隠すものは隠すのです。

僕はそのように思うのですが。どうでしょう。

<追伸>
今日の産経WEBニュースからご紹介します。
こちらでは安倍総理自身が特定秘密法案の必要性について語っています。
また、こちらには法案をめぐる新聞各紙の論調に対しての見解が掲載されていました。自分の意見はこの見解に近いのですが、もちろんそうでない方もおられるでしょう。メディアをそのまま鵜呑みにすることなく自分自身で考えることが大切だと思います。

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2013年12月 4日 (水)

テミルカーノフ/サンクトペテルブルグ・フィル&エレーヌ・グリモーのライヴ盤 チャイコフスキー「悲愴」/ラフマニノフ ピアノ協奏曲第2番

もうじき冬将軍の到来ですね。北海道や東北、北陸地方では来週あたりから雪の降る日が増えるようです。皆さん、お風邪など召されませぬようにお気を付け下さい。
でも、音楽鑑賞では冬の季節を味わうことにしましょう。しばらくは「冬のロシア音楽祭り」で行きたいと思います。

ロシア音楽といえば何と言ってもチャイコフスキーですね。現在、チャイコフスキーのシンフォニーを演奏して、これ以上のコンビは絶対に無いと思えるのが、ユーリ・テミルカーノフとサンクトペテルブルグ・フィルのコンビです。彼らは1990年代の前半に後期三大シンフォニーをRCAレーベルにCD録音していて、それは良い演奏には違いないのですが、最近の彼らの演奏の凄さはとてもとてもそんなレベルでは無いからです。

比較的最近の彼らの来日公演で聴いたのは、2008年の「悲愴交響曲」と2011年の「交響曲第5番」です。どちらも戦慄が走るぐらい凄みのある演奏でした。特に「悲愴」の素晴らしさは正に言葉を失うほどで、この歴史あるオーケストラの前任シェフであるムラヴィンスキー(その当時は”レニングラード・フィル”の名称でした)のライブ録音と比べても、どちらが凄いかとても判断が付かないほどに思えました。当然、最新録音盤が期待されるところですが、実現していません。ただ、幸いなことに海賊盤CD-Rながらも、2009年のライヴ録音が出ています。これには、同じ日に演奏されたエレーヌ・グリモーが独奏するラフマニノフのピアノ協奏曲第2番も収められているのが嬉しいです。

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ユーリ・テミルカーノフ指揮サンクトペテルブルグ・フィル、エレーヌ・グリモー(ピアノ)(2009年9月17日録音/DIRIGENT DIR-0677)

このCD-Rは米国の海賊レーベルDIRIGENTが出していますが、このレーベルは音質が優れたものが多いことで知られています。このライブは2009年にハンガリーのブカレストで録音されたものですが、非正規盤にしては音質はかなり良い方です。弦楽器の音に僅かにざらつき感が有りますが、ほんの些細な程度なので演奏の良さに気にならなくなるレベルです。

それにしても、この「悲愴」の演奏は素晴らしいです。ムラヴィンスキーはチャイコフスキーをライブで演奏する場合に、意外にリミッターを外してしまい”爆演”になることも多かったのですが、テミルカーノフはオーケストラを完全に制御統率したうえで、それでいて劇的な演奏を行っています。その点では、ムラヴィンスキーよりも上なのかもしれません。この前年に自分が接した生演奏と全く同じ凄さです。オーケストラのアンサンブルは完璧で、個々の奏者達も最高レベルの上手さです。ムラヴィンスキー時代のあの高いレベルをそのままに維持しています。テミルカーノフというマエストロは職人タイプの指揮者で、大袈裟に大見得を切るような表現は有りませんが、創り出す音の充実度と音楽性の高さは本当に驚くほどです。例えて言うならば、それはギュンター・ヴァントが演奏した一連のブルックナーに匹敵すると思います。
もちろん、実際には生演奏で受けた感動には及ばないのですが、家で鑑賞できるディスクということでは、フリッチャイやムラヴィンスキー、ポリャンスキーといった名盤に肩を並べると思います。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番の演奏も素晴らしいです。グリモーは2000年にアシュケナージ/フィルハーモニアと録音した正規録音CDがとても良い演奏でしたし、2008年のルツェルン音楽祭でアバドと共演した際の演奏もDVD化されていますが、それは彼女のピアノの更なる進化が感じられる素晴らしい演奏でした。
そのルツェルンの翌年になるこの演奏ですが、グリモーの弾くピアノの素晴らしさはルツェルン盤と同格に思います。異なる点は、アバドとルツェルン祝祭管の音と演奏が非常にゴージャスでグラマラスなラフマニノフの印象なのに対して、テミルカーノフとサンクトペテルブルグPOの音は、非常に暗い印象で、荒涼としたロシアの大地を想わせる響きだと言えます。これはベルリン・フィルのメンバーを母体とするヴィルティオーゾ・オケであるルツェルン管と生粋のロシアン・オケのサンクトペテルブルグ・フィルとの違いでもあるでしょう。僕はハリウッド的なラフマニノフ演奏も好きなのですが、ロシア的な演奏にはやはりそれ以上に強い共感を覚えます。グリモーのピアノの音もとても美しく捕えられていますし、オーケストラの音とのバランスもとても良く取れています。これがもしも正規盤であれば、間違いなくベスト盤の一つに入ります。
2曲の演奏のどちらもが最高レベルの素晴らしさですし、音質も優れているこの海賊盤CD-Rは、古今の名盤と同等か、あるいはそれ以上の素晴らしさだと思います。

DIRIGENTの海賊盤は幾つかの輸入取り扱い店が有りますが、今回購入したのはこちらからです。一応ご参考までに。

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2013年12月 1日 (日)

姉妹ブログ・オープンのご案内

先月、元ビートルズのポール・マッカートニーが11年ぶりに来日して、コンサート・ツアーを行ってゆきました。クラシック・ファンの方でも、テレビや新聞のニュースで御存じだったのではないでしょうか。

僕は中学生の時代にロック・ミュージックにハマってしまい、我が人生で初めて購入したレコードが、ザ・ビートルズの「アビイ・ロード」というアルバムでした。中学3年生のことです。以来、ロックが大好きで、高校生時代にクラシック音楽に目覚めてからも、大きな波は有りましたが、基本的にはクラシックとロック(厳密に言えば色々なポピュラーミュージック全般)の両方を愛好して来ました。

ですので、クラシック音楽の話題中心のブログ「ハルくんの音楽日記」でも、これまでロックやポピュラー・ミュージックを何度も記事にしてきました。ただ、それぞれを愛好するリスナーのゾーンとしては基本的にはやはり分れていると感じていますので、この際、姉妹ブログ「ハルくんのハードロック・カフェ」をオープンして、別々に運営してゆくことに決めました。

当面は、「ハルくんの音楽日記」の過去記事からのリメイク記事をアップしてゆく予定ですが、もしもご興味をお持ちの方は、どうぞそちらへもお立ち寄り下さい。大歓迎致します。なお、こちらの過去記事についてはそのまま残しておきます。

本日オープンした姉妹ブログ「ハルくんのハードロック・カフェ」へはこちらから

Hardrockcafelasvegas

皆様のご来店、お待ちしてます!

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