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2013年11月22日 (金)

モーツァルト 「レクイエム」 ~50年前のケネディ大統領追悼ミサ~

1963年11月22日。今からちょうど50年前の今日、第35代アメリカの大統領であったジョン・F・ケネディはテキサス州ダラスのパレード中に狙撃されて亡くなりました。その時に自分は8歳でしたが、テレビから流れるニュース放送に「大変なことが起きたのだ」と思ったのを、はっきりと憶えています。

それから42年後の2005年に仕事の為にテキサス州のダラスを訪れる機会が有ったので、狙撃された現場を見に行きました。すると、昔テレビで見た通りの雰囲気のように感じました。ケネディが狙撃された地点から、犯人が狙撃を行なったビル(下の写真)を見上げることが出来ます。ビルはそのままになっていて、犯行現場の部屋(最上階の確か写真右から2番目か3番目)はその後、使用されずに当時のまま保存されているそうです。訪れたのが夜間であったので、何かとても不気味な印象を受けました。

Dallas
犯人がケネディ大統領を狙撃したビル(2005年撮影)

そして、その事件の2か月後にボストンの教会で追悼の為のミサが行われましたが、その時に演奏されたモーツァルトの「レクイエム」がCD化されています。

927エーリッヒ・ラインスドルフ指揮ボストン交響楽団(1964年録音/SONY盤)

1964年1月19日に行なわれたミサの実況録音は、これまでにもレコード化されたことが有りましたが、今年の没後50年を記念してCDのリマスターが行なわれました。ボストンの聖十字架教会で行われた本当の追悼ミサであるために、開始の鐘の音や、オルガンの演奏、大司教の祈りの言葉などのカトリック典礼が、そのままに収録されています。

ミサの一環として演奏された「レクイエム」は、エーリッヒ・ラインスドルフが手兵のボストン響と合唱団を指揮して演奏しています。この時代ですので、当然ながら大編成の劇的な演奏スタイルではありますが、本当のミサ、それも国民に心から愛された大統領の為のものでしたので、演奏者やそれを包む聴衆の哀しみの雰囲気そのものがひしひしと感じられてなりません。現代は古楽器スタイルの演奏が主流になりつつある時代ですが、そのような議論の差し挟まれる余地の全く無い、一つの時代の記録です。

制約のある録音条件から、音質の状態は決して万全という訳ではありませんし、オリジナルのアナログ・テープの劣化による音揺れも何か所かに存在します。けれども、この特別な儀式の中での演奏の雰囲気を味わうには充分な音質であり、このような記録を鑑賞できる価値にはとても変えられません。

色々な意味も含めたうえで、最も胸を打つモーツァルトの「レクイエム」の演奏であることは確かです。

<追記>
下記の文章は、ブログお友達のまつやすさんから頂いたコメントです。大変貴重な内容ですので、あえて本文にも掲載をさせて頂くことにしました。

―まつやすさんからのコメント―

11月22日はケネディ大統領の命日でした。50年前私は9才、こども心にアメリカの大統領が暗殺されたニュースは私をテレビから釘付けにしてしまい、あのときのショックというか大事件は私の記憶に鮮明に残ってしまいました。なにしろ脳ミソが飛び散りそれを婦人が拾っていたあの光景、わすれることが出来ません。何度も何度もあのシーンを見て映画JFKも何度となく見て、それでもまだ足りずに本までいくつか読んでいた記憶があります。それほどこの奇怪な事件は私の心を揺さぶったことだったのです。そしてその2か月後にボストンで追悼ミサが行われたというニュースは記憶が定かではありません。しかし数年後にこの映像を見るチャンスが訪れました。先程YouTubeで探そうと試みましたがニュース映像はあったものの演奏の映像はみつかりませんでした。でも必ずあるはずです。そしてこのCD世界初発売は確か2006年日本で発売されています。アメリカにもうかれこれ30年すんでいる妹が私が日本で手にいれた後に日本版を買って持ち帰ったという経緯がありました。私はかれこれ20年以上も前に日本ではCDになっていないのでアメリカで探すように妹に頼んだところアメリカでも発売当時のレコードしかなく手に入らないということでした。今は、リマスター盤がタワーでもHMVでも買えるようです。演奏の方はそれはもう大変な名演奏でして、大統領に追悼ミサということを考えなくても素晴らしいものです。魂の演奏だからですが、この演奏終了後にカッシング枢機卿の説教があって、その内容が日本文でブックレットに掲載されています。ミサの意義、特にケネディとモーツァルト関係を述べていると書いてあります。また、ジャクリーンがラインスドルフ率いるボストン響と合唱団に素晴らしい演奏にたいしてお礼を述べて、そのため会場はなかなかひかなかったこと、そしてカッシング枢機卿がこんなにすごい人々と一緒に歌う勇気なんか僕にはないと言ったことに対し、大切なのはこころであって声ではないのですと言ったラインスドルフ。(引用)日本版のブックレットは私の宝なのです(BVVC-38391-92)
今この演奏ではない、あえて記録を聞いています。是非とももしかしたらあるのかも知れませんが映像で全体をみたいものです。とてつもなく長くなりましたがこの辺にしておきます。

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コメント

これは私が思うに最高の記録です。今、帰宅途中なので後でゆっくり書き込みます。^_^

投稿: まつやす | 2013年11月22日 (金) 19時29分

11月22日はケネディ大統領の命日でした。50年前私は9才、こども心にアメリカの大統領が暗殺されたニュースは私をテレビから釘付けにしてしまい、あのときのショックというか大事件は私の記憶に鮮明に残ってしまいました。なにしろ脳ミソが飛び散りそれを婦人が拾っていたあの光景、わすれることが出来ません。何度も何度もあのシーンを見て映画JFKも何度となく見て、それでもまだ足りずに本までいくつか読んでいた記憶があります。それほどこの奇怪な事件は私の心を揺さぶったことだったのです。そしてその2か月後にボストンで追悼ミサが行われたというニュースは記憶が定かではありません。しかし数年後にこの映像を見るチャンスが訪れました。先程YouTubeで探そうと試みましたがニュース映像はあったものの演奏の映像はみつかりませんでした。でも必ずあるはずです。そしてこのCD世界初発売は確か2006年日本で発売されています。アメリカにもうかれこれ30年すんでいる妹が私が日本で手にいれた後に日本版を買って持ち帰ったという経緯がありました。私はかれこれ20年以上も前に日本ではCDになっていないのでアメリカで探すように妹に頼んだところアメリカでも発売当時のレコードしかなく手に入らないということでした。今は、リマスター盤がタワーでもHMVでも買えるようです。演奏の方はそれはもう大変な名演奏でして、大統領に追悼ミサということを考えなくても素晴らしいものです。魂の演奏だからですが、この演奏終了後にカッシング枢機卿の説教があって、その内容が日本文でブックレットに掲載されています。ミサの意義、特にケネディとモーツァルト関係を述べていると書いてあります。また、ジャクリーンがラインスドルフ率いるボストン響と合唱団に素晴らしい演奏にたいしてお礼を述べて、そのため会場はなかなかひかなかったこと、そしてカッシング枢機卿がこんなにすごい人々と一緒に歌う勇気なんか僕にはないと言ったことに対し、大切なのはこころであって声ではないのですと言ったラインスドルフ。(引用)日本版のブックレットは私の宝なのです(BVVC-38391-92)
今この演奏ではない、あえて記録を聞いています。是非とももしかしたらあるのかも知れませんが映像で全体をみたいものです。とてつもなく長くなりましたがこの辺にしておきます。

投稿: まつやす | 2013年11月23日 (土) 09時36分

 アメリカ人にとってのJ.F.ケネディの存在の大きさを感じる録音ですね。彼が亡くなったとき、何人もの作曲家が追悼音楽を書きました。色々言われましたが、偉大な政治家であったことは間違いないでしょう。
 また、僕はこのレクイエムの演奏は未聴ですが、ケネディ暗殺当日のボストン交響楽団の公演の記録は聴いたことがあります(YouTubeに出ています)。ラインスドルフが急遽演奏会を中断して訃報を会場に伝え、ベートーヴェンの交響曲第3番から葬送行進曲を演奏しました。このような事態でもラインスドルフの指揮は節度を保ったもので、それだけに哀悼の念や怒りがストレートに伝わってきます。人々の動揺と悲しみが鮮明に刻み付けられたショッキングな録音です。
 こんなことを書いたら不謹慎だと言われるかもしれませんが、日本からも、追悼音楽を捧げられるような政治家が…出てくるかなあ。

投稿: ぴあの・ぴあの | 2013年11月23日 (土) 10時46分

まつやすさん、貴重なコメントをありがとうございました。

この歴史的ミサの演奏記録をそこまで克明に追い続けておられたとは敬服します。
今、この演奏を無心で聴くことは中々難しいでしょうが、仮に何の知識が無くても感銘深い演奏であることは確かですね。
とどのつまり、音楽に本当に大切なのは技術や声ではなくて、心だということなのでしょう。

大変貴重な内容ですので、あえて本文にコピーをさせて頂きました。
どうもありがとうございました。

投稿: ハルくん | 2013年11月23日 (土) 11時04分

ぴあの・ぴあのさん、コメントありがとうございます。

死後半世紀が過ぎて、ケネディを回顧する動きが非常に高まっていますね。
アメリカにとっても世界にとっても偉大な政治家の損失だったのは間違いないですね。

ケネディ氏は日本とのつながりや思いを非常に強く持っていたそうですが、だからこそキャロラインさんがあれほどまでに日米の協力を訴えかけるのですね。

日本からだけでなく、アメリカでもあれほど敬愛された政治家はその後現れていませんよね。本当に偉大な人だったのですね。

投稿: ハルくん | 2013年11月23日 (土) 11時15分

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