シューマン 「幻想曲」 グリゴリー・ソコロフの名演
1950年生まれのロシアのピアニスト、グリゴリー・ソコロフは、16歳でチャイコフスキー・コンクールにおいて、委員長のギレリス以下、審査員全員一致で優勝して国際的に注目されたという輝かしいキャリアの持ち主です。けれども、その割にはレコーディングが極端に少ない為でしょうが、日本においては「知る人ぞ知る名ピアニスト」といった存在です。それでも、このブログのお友達の中にもyoshimiさんやぴあのぴあのさんのような絶大なソコロフ・ファンも、しっかりと存在しています。ソコロフは幾つかの録音を聴いただけでも、大変なピアニストであることに疑う余地は有りません。例えば、パリでライブ録音されたショパンの「24の前奏曲集」などは、その表現力とテクニックにおいて驚くべき名演奏でした。
そのソコロフが1984年から1988年にかけてソヴィエト時代に国内で行ったリサイタルの録音集がロシアのメロディア・レーベルからボックスCD化されているので入手しました。
全部で4枚のCDに収録されているのは、ベートーヴェン「ディアベッリ変奏曲」、ショパン「練習曲」作品25、ブラームス「3つの間奏曲」作品117と「2つのラプソディ」作品79、シューマン「幻想曲」とピアノソナタ第2番という内容ですが、他に1966年のコンクール優勝を記念してのチャイコフスキーの協奏曲、それにサン=サーンスの協奏曲第2番も収められています。
どの曲もこの人の実力を改めて感じる素晴らしい演奏なのですが、特に感銘を受けたのは、ロベルト・シューマンの2曲です。
「幻想曲」ハ長調 作品17は、個人的にはあらゆるピアノ独奏曲の中でも1、2を争うほどに溺愛している曲ですが、これまではリヒテルが1961年にEMIに録音した演奏と1980年のブダペストでのライブ録音を特に愛聴していました。それに次ぐのがホロヴィッツの1965年のカーネギーホールでのライブ演奏でしょうか。ところが、ソコロフが1988年にレニングラードで行なったこの演奏は、あのリヒテルに匹敵するほどの素晴らしさでした。
第1楽章では非常にゆったりとしたテンポで一音一音に深い意味を与えるように実に丁寧に弾いてゆきます。この曲の持つ、どこまでも深く沈滞するロマンティシズムを存分に感じさせます。その点ではリヒテルと良い勝負です。録音も中々に優れていて、この人の粒立ちの良いタッチによる繊細で美しい音が忠実に捉えられています。その点、EMIの録音が今一つであるリヒテル盤に対して非常にアドヴァンテージです。第2楽章はリヒテル以上に遅いテンポで大きなスケールを感じさせますが、一方リヒテルに感じられる熱い情熱のほとばしりは希薄となって幾らかクールさを感じさせます。これは好みもありますが、どちらかといえば僕はリヒテルのほうを取りたいと思います。再び第3楽章で訪れる沈滞ぶりもリヒテルとは優劣が付け難く、両者引分けです。
というわけで、全体の演奏を比べても、リヒテルとは全くの互角。録音を含めて、もしも他人にお勧めするとすればソコロフになりそうです。まさか、あのリヒテルの歴史的な名盤に匹敵する演奏が聴けるとは思ってもみませんでした。この人は本当に凄いピアニスト、いや大芸術家だと思います。
ちなみに、ピアノソナタ第2番も極め付きの名演奏ですが、こちらは次のシューマン特集の時に記事に取り上げたいと思っています。
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コメント
こんにちは。
ソコロフやアファナシエフはようやく知名度が上がってきた感じですが、私はあまり積極的に聴いておりません。ソコロフは音色が鋭角的で、録音環境のためかリバーブがかなり強いのが気になります。好みはかなり分かれるのではないでしょうか。ショパンやシューマンではアルゲリッチやポリーニの華やかな時代があまりにも凄すぎるので後世のピアニストは大変だなあと思います。
アファナシエフもかなり個性的ですね。ブラームスは定評があるものの、テンポが遅い演奏が目立ちますので、中高年向きでしょうかね。
投稿: NY | 2013年10月 5日 (土) 16時30分
ハルくんさん、こんばんは。ソコロフの記事とあっては、コメントをしないわけにはいきません(笑)。
この4枚組CDの存在は知っていたんですが、懐具合の関係でまだ購入していません…。特に気になるのはブラームスとシューマンの録音です。ハルくんさんも書かれているシューマンの2曲については、未だにこれという決定的な演奏がないので期待大です(構造を聴くという点ではアムランの演奏が最高なんですけど、いかんせん…ね。最近ではル・サージュのシューマン全集が非常に素晴らしかったです)。
ソコロフやアファナシエフ(指揮者ではカラヤンやチェリビダッケなど)は音楽の「ある1つの方向性」を極めようとしていますから、好き嫌いが出て当然です。でも、ソコロフは多くの人に1度は聴いてほしいピアニストです。
投稿: ぴあの・ぴあの | 2013年10月 6日 (日) 00時58分
NYさん、こんにちは。
ソコロフはスタジオ録音を余り残していないようなので、録音条件はどうしてもベストとは言えないからでしょう。でも1980年代以降の録音は比較的良好ですし、自分はそれほど気に成りません。それよりも表現力の凄さにいつも圧倒されます。最も、この人もアフェナシエフも演奏そのものはかなり計算されたもののように感じるのです。どちらかいうとリヒテルや若い頃のアルゲリッチなんかの感性のままに没入するような演奏の方が真実味は感じます。
それでも高い芸術性を感じさせるのが凄いですし、やはり好きです。
投稿: ハルくん | 2013年10月 6日 (日) 10時28分
ぴあの・ぴあのさん、こんにちは。
前のコメントにも書きましたが、ソコロフというピアニストは演奏を行なう前に、とことん弾き込んで、演奏内容を計算しつくしているように感じるのです。だからミスも少ないし、構築性や表現の完成度が非常に高いですね。この人は同じ曲を何度弾いても、高いレベルで同じように弾くのではないかな?
けれどもリヒテルのように出来不出来の激しい演奏家のほうが、ひとたび集中した時の感銘度は深いような気もします。ソコロフの演奏を多く聴いたわけでは無いので断言はできませんけど。
でも、とにかく大変なピアニストであることだけは確かですね。多くの人に聴いて貰いたいのは同感です。
投稿: ハルくん | 2013年10月 6日 (日) 10時58分
おお、これは聴いてみたいですね。ちなみにソコロフというクラリネット奏者もいるけど、関係あるのかしら?グリンカのヴィオラソナタなんかをクラリネットで録音しています。
投稿: かげっち | 2013年10月 7日 (月) 12時58分
かげっちさん、こんにちは。
ロシアにはソコロフという名前は少なくはないみたいですね。ですのでお二人が関係無い可能性も充分考えられます。どちらにしても調べてみることは出来るのでしょうかね?
投稿: ハルくん | 2013年10月 7日 (月) 23時18分