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2013年10月

2013年10月27日 (日)

リッカルド・ムーティ指揮シカゴ響のヴェルディ「レクイエム」特別コンサート

先日のヴェルディ「レクイエム」の記事の中で、10月10日にリッカルド・ムーティがシカゴ・シンフォニーと同曲の特別コンサートを開いて、それがWEB配信されるというご紹介をしましたが、その全曲の映像をYouTubeで観ることが出来ます。もしも、まだご覧になっておられない方がおられれば、ぜひご鑑賞ください。自分もライブでは無く、あとから観ました。パソコンの小さなスピーカーではもったいないので、AKGのヘッドフォンで聴きましたが、実に素晴らしい演奏です。ミラノ・スカラ座のような押しの強いコーラスではありませんが、オーケストラも含めて極めて繊細な美しさを如何なく表現しています。

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2013年10月25日 (金)

ブラームス 弦楽四重奏曲集&ピアノ五重奏曲 エマーソン弦楽四重奏団の名盤

”秋のブラームス祭り”は続きます。ということで、今じっくりと聴きこんでいるのはエマーソン弦楽四重奏団の演奏する弦楽四重奏曲の全集(と言っても3曲ですが)と、ピアノ五重奏曲ヘ短調の2枚CDセットです。そして、すっかりこの演奏にハマってしまっています。

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弦楽四重奏曲第1番ハ短調op.51-1
弦楽四重奏曲第2番イ短調op.51-2
弦楽四重奏曲第3番変ロ長調op.67
ピアノ五重奏曲ヘ短調op.34

エマーソン弦楽四重奏団、レオン・フライシャー(ピアノ)(2005-07年録音/グラモフォン盤)

”傑作の大森林”(?)であるブラームスの室内楽作品の中で、弦楽四重奏曲のジャンルは余りポピュラーとは言えません。確かに往々にして”晦渋”とか”難解”だと言われますし、ピアノや管楽器が加わった他の作品達と比べると、どうしてもとっつき難さが有るのは間違いありません。けれども良い演奏で聴きさえすれば、ブラームス特有のロマンティシズムが緻密な書法によって極めて味わい深く書かれている作品ばかりであることがよく分かります。

一方、ブラームス唯一の作品であるピアノ五重奏曲については、昔からブッシュSQやウイーン・コンツェルトハウスSQ、ブダペストSQといった歴史的名盤の存在によって広く親しまれていますし、曲そのものも若きブラームスの熱い情熱とロマンティシズムが混じり合った傑作中の傑作です。

この全4曲をセットにするとは、さすがはエマーソンSQ、ニクイかぎりです。
彼らはこれまでにクラリネット五重奏曲の素晴らしい演奏もCD化していますが、やはり弦楽四重奏を母体とする作品に特化して録音を行なって来たようです。従って、彼らがこの先、弦楽五重奏曲や六重奏曲を録音するかどうかは少々疑問です。彼らは4本の弦楽器で織成す音楽の、かつてない極限の高みを目指しているように思えるからです。それは単に技術的な面だけでは無い、音楽的にも極めて深いものです。それは他の団体から聴き取れるものとは一線を画しているような気がしてなりません。

ともかくは、このCDの演奏のご紹介をします。

第1番は、3曲の中でもハ短調という調性から最もドラマティックで悲劇的な要素が強いことから比較的聴き易い曲です。これまでは、ブダペストSQの痛切で肺腑をえぐられるような演奏に最も惹かれていました。確かに「晦渋」な演奏ではありますが、そこがブラームスらしくて良かったのです。けれども、エマーソンSQの演奏は随分と印象が異なります。美しくしなやかな音と完璧な合奏力で、少しも「晦渋」には聞こえません。それで聴き応えが失われてしまったかというと、そんなこともありません。アルバン・ベルクSQのような力みも無く、肩の力が抜けた自然体なのですが、決めるべきところでのキメの見事さは特筆ものですし、演奏にぐいぐいと引き込まれてしまいます。

第2番は素朴で哀愁漂う曲ですが、ここでも美しい音を駆使した、しなやかな歌いまわしに魅了されます。3曲の中でも特に地味だと思っていた第2番の魅力に改めて気気付かされたような気がします。

第3番は「古典派への回帰」という一種のパロディともとれるユニークな曲ですが、エマーソンSQの素晴らしく均衡のとれた美しい演奏で聴かされると、ようやくこの曲の真の姿が見えたような気がします。これはパロディでも何でもありません。古典的な様式をベースにブラームスの秀逸な作曲技法で味付けをした本当に美しい音楽であることが良く分ります。考えてみれば、それこそがブラームスの真骨頂だったわけですからね。第2楽章の甘い音楽も、ウイーンの団体以上に繊細に優しく弾いてくれていて言葉を失います。それでいて、しばしば現れる立派で毅然とした表情との見事な対比!第3楽章の心が揺さぶられるようなロマンティックな味わいもブラームスそのものですし、第4楽章のいじらしいばかりの表情も最高で、彼らの音楽的センスの良さには呆れるほどです。

今でもこの3曲のブラームスとしてのベスト演奏はブダペストSQであると思っています。けれども純粋な音楽美をとことん表現した演奏としては、これからはエマーソンSQを第一に考えたいと思います。これほど分かり易く、それでいて音楽の魅力を200%伝えてくれる(倍返し??)ブラームスの四重奏曲の演奏というのはかつて無かったように思うからです。今までブラームスの弦楽四重奏曲は晦渋で中々馴染めないと思われていた方は、是非エマーソンSQの演奏で聴かれてみると良いと思います。

ピアノ五重奏曲へ短調でピアノを弾くのがレオン・フライシャーというのは意外な印象を受けます。10年前位にこの人の生演奏を聴いた時には、特別に優れたテクニックを持っているとは思えなかったからです。それが一時期の腕の故障の影響なのかどうかは分かりませんが、エマーソンSQの超人的な合奏力からすれば、もっと優れたテクニシャンのピアニストが選ばれそうな気もします。実際に演奏を聴いてみても、ブダペストSQと共演した壮年期のルドルフ・ゼルキンのような剛腕の演奏とは完全に異なります。それは「カルテット対ピアニスト」という構図では無く、「カルテット+1」すなわち「クインテット」という印象なのですね。それがエマーソンSQ達の意図であるとすれば、最適なピアニストを選んだのだと思います。誤解が有るといけませんが、決してフライシャーが下手な訳ではありません。腕にまかせて自己主張をするようなタイプでは無い、極めて誠実な演奏家だというだけです。

けれども、この演奏は驚くべき名演奏です。単に「熱演」だとか「上手い」というレベルでは語れない、正しくエマーソンSQによる異次元の演奏です。一聴しただけでは、演奏に激しさや迫力は余り感じられませんし、「良く整っているなぁ」という風にしか受け止められかねません。ところがどっこい、じっくりと聴いてみると、彼らの楽譜の読みの深さは尋常で有りません。テンポは大胆に変化させますし、フレージングの多彩さや表情の豊かさは本当に驚くほどです。しかも、それが「姑息」な印象は全く受けず、深い楽譜の読みが、完全に「音楽に奉仕する形で」音化されています。これほどまでに「純音楽的」な演奏は聴いたことが有りません。ここには、ドイツ的な武骨さも、ウイーン的な甘い味付けも有りませんが、ローカルな味を超越した普遍的な感動を受けます。元々、偏執的(?)なほどにローカルな味わいに固執してる自分がこんな風に感じることは珍しいことです。

この曲では第1ヴァイオリンをユージン・ドラッカーが弾いています。もう一人第1ヴァイオリンを曲によって交替で弾くフィリップ・セッツァーも大変な名手なのですが、やはり自分にはドラッカーのほうが音楽的に一段上のように感じられます。第2楽章アンダンテでの、ゆったりとしたテンポで夢を見るように漂う静かな空気感は一体何でしょうか。このような演奏は、単にテクニックが優れているだけではどうにもなりません。第3楽章のスケルツォも気迫や力で押しまくるのではなく、念押しするリズムとアクセントがドイツ的とはまた違う堅牢さを感じさせていて快感です。そして、白眉はトリオです。実はこのトリオの歌はこの曲でも最も好きな部分なのですが、彼らはここで今まで聴いたことも無いほどにテンポをぐっと落として無上の至福感を与えるのです。この部分に初めて感動した時と同じような目頭が熱くなる思いをさせられました。終楽章も入念に彫琢された熱演ですが、ここはやはりゼルキン&ブダペストSQの圧倒的な演奏の前には幾らか影が薄く感じられます。

それにしても、この2枚組CDに収められた4曲は何度聴いても飽きが来ずに、新しい発見の有る素晴らしいブラームス演奏です。

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2013年10月19日 (土)

ブラームス ヴァイオリンとチェロの為の協奏曲 ツェートマイヤー&メネセス ザンデルリンク/ケルン放送響

今年新しく聴いたブラームスのヴァイオリン協奏曲のCDでは、リサ・バティアシュヴィリの新盤が驚きの名演でしたが、その感想は既に記事にしてしまいました。
一方、ヴァイオリンとチェロの為の協奏曲については、これまで聴いて来たCDに加えて、また一つ素晴らしいCDが加わりましたのでご紹介します。

このCDを聴いた理由はただ一つ。”ブラームス演奏の神様”クルト・ザンデルリンクが指揮をしているからです。「ブラームスと言えばザンデルリンク。ザンデルリンクと言えばブラームス・・・・」と、まるで念仏?のように唱え出してから、はや40年。この人の演奏を聴くたびに、その信仰心は高まるばかりでした。しかし、その教祖様も2年前に天上界へ帰られました。師が世に残していった多くの教え(=CDのこと)から、もっともっと多くのことを我々は学んでゆきましょう・・・って、何だか怪しい雰囲気になってしまいました。(笑)
とにかく、その洗礼を受けたファンにとっては、宗教に例えられるくらいザンデルリンクの演奏するブラームスは特別な存在だということです。

Ph08005トーマス・ツェートマイヤー(Vn)、アントニオ・メネセス(Vc)、クルト・ザンデルリンク指揮ケルン放送響(1985年録音/Profile盤)

 
ザンデルリンクの残した「ヴァイオリンとチェロの為の協奏曲」の録音は自分が記憶する限り、他には無かったと思います。これはケルンのフィルハーモニー・ホールにおけるライヴ演奏です。

第1楽章は一般的なテンポよりも遅めで、どっしりとした構えです。緊迫感よりはスケールの大きい広がりが感じられる点で、1990年頃に録音されたザンデルリンクのブラームスの交響曲全集の新盤に通じる印象を受けます。それは晩年のザンデルリンクのスタイルなのでしょうが、決して緊張感が失われているわけでは無いのが素晴らしいです。ヴァイオリン独奏のツェートマイヤーはオーストリア出身の実力派ですし、チェロ独奏のメネセスもこの曲をカラヤンのDG録音でムターと共に演奏した実績を持つ名手です。ですので二人ともザンデルリンクの立派な指揮に聴き劣りしない見事な演奏を繰り広げています。けれども、それは独奏者として突出して目立とうというタイプの演奏では無く、あくまでもザンデルリンクの創り出す巨大な音楽と一体化したような演奏です。例えてみれば”救い主に忠実な二人の使徒”とでも表現できるかもしれません。

第2楽章に於いては管弦楽と独奏との一体感は更に高まってゆき、柔かく溶け合った合奏の響きが、つくづくブラームスを聴くことの喜びを与えてくれます。うーん、やっぱりザンデルリンクは神様だなぁ。

第3楽章もかなり遅いテンポですので、普段慣れ親しんだこの曲の印象とはだいぶ異なります。フレーズ毎に念押しをして重量感有るこの演奏を聴いた後だと、他の演奏が恐らく足軽に感じられることと思われます。もちろん好みの問題は有りますが、このスケールが巨大で滋味に満ち溢れた演奏は他の演奏とは完全に一線を画しています。

このディスクの録音は音質的には悪くありませんが、コンサート会場のずっと後方で聴くようなライブ感に溢れる音ですので、聴き手の好みは分れるかもしれません。個人的にはもう少し残響が押さえられても良いように思いますが、分離が特別に悪いということでもないのでこれで良しとします。あるいは使用するオーディオ機器によっては逆に満足出来るかもしれません。

この演奏は、これまでの愛聴盤のシェリング/シュタルケル/ハイティンク盤、シュナイダーハン/シュタルケル/フリッチャイ盤、レーン/トレスター/Sイッセルシュテット盤、メニューイン/トルトゥリエ/ベルグルンド盤などに充分伍するか、あるいはそれ以上の名演奏だと思います。

なお、このCDは二枚組で、もう1枚には同じ日のべートーヴェンの「田園」が収められていますが、そちらも同じように巨大なスケールで滋味溢れる素晴らしい演奏です。

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2013年10月12日 (土)

ブラームス ピアノ協奏曲第2番 新・名盤 ~エレーヌ・グリモーの新盤 他~

ここ数日は10月とは思えない暑さですね。まさかエアコンを入れながら”秋のブラームス祭り”を書くことになるとは思いもしませんでした(汗)。でも、開催した以上は続けますよ~、ワッショイワッショイ!

ブラームスのピアノ協奏曲第2番は、交響曲以上に気宇の大きい、充実仕切った名曲ですので、あらゆるピアノ協奏曲の中でも最も好んでいます。ですのでこのブログでも、これまでに「名盤」「続・名盤」「続々・名盤」と3回の記事を書いています。今回は「新・名盤」と題して4回目となります。

それでは、エレーヌ・グリモーの最新盤からスタートして順にご紹介してゆきます。

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エレーヌ・グリモー独奏、アンドリス・ネルソンス指揮ウイーン・フィル(2012年録音/グラモフォン盤) 

これは1番、2番をセットにしたCDですが、2枚のディスクのラベルに印刷されているブラームスの顔のイラストが、それぞれ若い時の顔と壮年の時の顔と異なっているのが洒落ています。第2番でも指揮者はアンドリス・ネルソンスですが、オーケストラがウイーン・フィルに変わりました。ウイーンのムジークフェラインにおけるセッション録音です。

ところで、グリモーが今年の7月に来日してN響の定期でこの曲をジンマンの指揮で演奏したのをTV放送で観ました。それはブログの記事で書いた通り、彼女の美貌(!)には満足したものの、演奏のほうは正直言って期待の半分ほどの出来でした。速いパッセージの難所も今一つ弾き切れていないように感じました。ですので、その半年前に遡ってのこの録音には少々不安を感じていたのです。もしかして彼女にとって第2番はまだまだ未消化なのじゃないかという不安です。さて実際はどうでしょうか。

第1楽章導入部のウイーン・フィルの美しく柔らかい音は期待通りです。続くグリモーのピアノも無駄な力みの無い、自然体の演奏です。全体的に幾らか遅めのテンポでゆったりと進みますが、物足り無さは感じません。N響定期で弾き切れていなかった部分もしっかりと弾き切っています。オーケストラについては幾らか抑制が効き過ぎで、冷静過ぎる印象を受けてしまいます。ネルソンスがもっと自己主張してくれて、もう少し「熱さ」が有っても良かったように思うのです。もちろん度が過ぎて騒々しくなっては元も子も有りませんけれど。そういう点では、もしもこれがライブ収録であったら結果はどう変わっていたのでしょう。

第2楽章でも、全体にテンポはゆったり気味ですが、グリモーはじっくりと立派なピアノを聞かせます。一方ネルソンスは音に繊細さを表現しようとしているのがよく分かります。大波が寄せるような振幅の巾も中々に感じられますし、ブラームスらしい濃い翳りの有る大好きな楽章の演奏としては合格です。

第3楽章では、枯れ切っていない瑞々しさを感じさせます。グリモーがアルぺッジオひとつにも詩を感じさせる極めてデリカシーと変化に富んだ魅力的なピアノを聴かせてくれます。ネルソンスもこの楽章ではウイーン・フィルの音の美しさを充分に引き出していて魅了します。音楽の持つ寂寥感と幸福感とが絶妙にブレンドされているので、演奏に浸っているうちに、しばし時の経つのを忘れてしまいます。

第4楽章は、テンポそのものは標準的ですが、ピアノもオケも弾むようなリズム感が有って、とても生き生きとしています。正に「イタリアの陽光への憧れ」という雰囲気です。その分、北ドイツ的な音の厚みと翳りは薄くなっていますが、これはこれで良さが有ると思います。

全体的には、N響定期での演奏とはまるで別人です。あの時が単にコンディションが悪かったのか、指揮とオケの影響だったのかは分かりませんが、この録音は遥かに素晴らしいと思います。強いて言えば1、4楽章に更に気迫や高揚感、音の厚みが欲しいかなという想いが残りますが、そこは彼女の美しさに免じて許しちゃいます!(笑)

51wfbzhw8lスヴャトスラフ・リヒテル独奏、エーリッヒ・ラインスドルフ指揮シカゴ響(1960年録音/RCA盤) このころのリヒテルの演奏はどれも凄かったです。この曲には後年のマゼールと組んだEMI盤も有りますが、荒さの方が気になって余り好みません。その点、このRCA盤は理性をかなぐり捨てても音楽に没入するような気迫とデリカシーの両方が備わっていて魅力的です。テンポに即興的な伸縮が有るので、古典的な造形性は希薄ですが、とてもスタジオ録音とは思えないライブ演奏のような熱気は、当時西側にデビューしたリヒテルの意欲の表れなのでしょう。ツボを心得たラインスドルフの指揮するシカゴ響の重厚な音もリヒテルを大いに盛り立てています。とにかく鬼神が乗り移ったかのような壮絶な演奏で、一度聴き始めると麻薬のように虜になってしまう、バックハウスやアラウの名演とは対極的な名盤です。RCAの録音は最新録音のような鮮明感には欠けますが、中々に優れています。

41mkfv28nnlクラウディオ・アラウ独奏、ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1969年録音/フィリップス盤) この曲でも名門コンセルトへボウの美しくしっとりとした音色が素晴らしいです。ハイティンクの指揮も非常に立派で見直したくなるほどです。アラウは実演では意外なほど即興的に演奏する場合が有るように思いますが、ここでは頑固なまでにどっしりとした演奏をしています。正に「動かざること山の如し」といった風情です。ピアノの一音一音には非常に重さを感じさせて聴き応えが有ります。まるでドイツの頑固おやじのような武骨さが、いかにも北国人ブラームスを思わせますが、それが逆に聴き疲れを感じさせないでもありません。この人の演奏するベートーヴェンにもそんなところが有りました。それはともかくとしても、これはコンセルトへボウのいぶし銀の音色と相まって、存在感を感じさせる演奏です。

513p08uyjcl__sy355_セシル・ウーセ独奏、クルト・マズア指揮ライプチヒ・ゲヴァントハウス管(1974年録音/Berlin Classics盤) ウーセはフランスの女流ピアニストですが、これは38歳の時に東独へ乗り込んでのセッション録音です。彼女は写真で見る限りは、気の強そうなフランス女性に見えますが、演奏のほうも非常に力強く男性的なピアノを弾いています。これを黙って聞かせたらフランス娘だと思う人は居ないでしょう。テクニックも非常に安定していますし、がっちりとした念押しするリズム感覚がドイツのベテラン・ピアニストのようです。マズアもよく感じさせる退屈さは感じさせずに実に立派です。ゲヴァントハウス管の響きが古色蒼然としていて、古き良きドイツの響きを好む人には最高です。ことによるとソリストを含めても”最もドイツ的な演奏”かも知れません。東独エテルナによる録音は分離が明瞭で無く、古めかしさも感じますが、ザンデルリンク/ドレスデン管の録音にも共通したアナログ的な音の柔かさを感じさせます。当時、仏ディスク大賞を獲得したこの演奏は、非常に掘り出し物の名盤だと思います。

8173fa0zdl__aa1459_アリシア・デ・ラローチャ独奏、オイゲン・ヨッフム指揮ベルリン・ドイツ響(1981年録音/WEIBLICK盤) スペインの女流ラローチャの58歳の時のライブ録音です。決して珠を転がすような流麗なピアノではありませんが、アクセントは明確に付けられてメリハリが効いたタッチです。それでも音楽が男性的に聞こえる訳では無く、むしろどことなく優しさを感じさせます。ですので第2楽章などでは荒々しさは無く、おっとりとした雰囲気なのがちょっと物足り無いです。第3楽章は余り深刻にはなりませんが、豊かな情感を感じさせます。終楽章は室内楽的でとてもアットホームな雰囲気なのに心が癒されます。これは彼女の人間性なのかもしれません。ところで余談ですが、若い頃のラローチャは案外ぽっちゃりとして可愛い顔立ちをしていましたが、このころになると年齢相応で、そ・れ・な・りです。年輪を重ねた女性の癒しにも大いに惹かれますが、ビジュアルで比べる場合には、やはり若い美貌のグリモーを取りたいところでしょうか。

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2013年10月 5日 (土)

ブラームス ピアノ協奏曲第1番 続々・名盤 ~エレーヌ・グリモーの新盤 他~

本格的な秋の到来となり、いよいよブラームスを聴くのに良い季節となりました。そうしたところ、先日ちょうど良いタイミングで、心待ちにしていたエレーヌ・グリモーが弾くブラームスのピアノ協奏曲第1番と第2番の2枚組CDがリリースされました。この演奏の感想と合わせて、今年新たに加えたCDをご紹介したいと思います。さあさ、今年の秋もブラームス祭りだ、祭りだ、ワッショイワッショイ!

まずはピアノ協奏曲第1番です。さっそくグリモーの新盤からスタートしましょう。

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エレーヌ・グリモー独奏、アンドリス・ネルソンス指揮バイエルン放送響(2012年録音/グラモフォン盤) 

1番と2番をセットにした録音と言うとエミール・ギレリスあたりが印象に残りますが、決して数多いわけではありません。この大作をセットでリリースするのはかなりの自信の表れでしょう。加えてレコード会社の力の入れ具合が良く分ります。指揮はアンドリス・ネルソンスですが、オケが第1番ではバイエルン放送響、第2番はウイーン・フィルと異なりますが、曲の性格からいっても妥当な選択だと思います。

その第1番は、ミュンヘンのヘラクレス・ザールでのライブ録音です。そういえばグリモーが20代後半で録音したザンデルリンクとの旧盤もベルリンでのライブでした。二度ともブラームスの母国のドイツでライブ録音するとは、この曲にどれだけ自信を持っているかが良く分かります。その旧盤はザンデルリンクの指揮が正に最高でしたが、グリモーのピアノもベストを争うほどに素晴らしかったです。そこで今回の新盤ではどんな演奏を聴けるのか興味芯々でした。第1楽章はオーケストラによる長い導入部で始まりますが、ネルソンスの指揮は悪くはないものの、彫の深さと翳の濃さではザンデルリンクとは役者が違うなぁという感じです。録音は旧盤よりもずっと明瞭な割にです。そしてようやくグリモーが登場しますが、旧盤ではザンデルリンクの大河の流れに身を任せて自然体で弾いていた印象でした。それが新盤では、自分自身で音楽の流れを創り出しています。それで再録音の意味合いを理解できました。ピアノのフレージングそのものは旧盤で既に完成されていたので、それほど変わってはいません。けれども細かいダイナミクスの変化やアクセントの付け方の配慮が多分に加わっていて、表現力がかなり増しています。その点では聴いていて非常に楽しめます。ただ、繰り返しますが、旧盤でも音楽は充分に完成されていました。新盤の方が感銘の度合いが飛躍的に高まったということでもないのです。むしろ指揮の貫禄の違いで、元々シンフォニーとしてブラームスが書いたこの曲の分厚い音楽の再現は旧盤のほうが上のように感じます。続く第2楽章では新盤は旧盤よりもずっとテンポを遅めとなり、沈滞したロマンティシズムを極上の美しさで表出させているのが素晴らしいです。部分部分のオケ・パートのキメどころはやはりザンデルリンクが上ですが、全体的には新盤の深みを取りたいような気もします。第3楽章は旧盤では自然なリズム感で強い推進力を感じさせますが、新盤ではアクセントの強調が多く加えられていてとても面白さを感じます。旧盤の一気呵成に突き進む印象は薄くなっています。これは違いを楽しむべきであって、どちらが良いとも好きとも言えません。こうしてみると、旧盤はどちらかいうとザンデルリンクの創り出す巨大な音楽に溶け込んでいた彼女が、新盤では堂々と主役として音楽を自らの手で創り出しています。どちらもが素晴らしいブラームスであることに変わりは有りません。そして彼女がこの曲をどれほど自分のものにしているか感心することしきりです。

419fqkb3cil__sl500_aa300_ブルーノ・レオナルド・ゲルバー独奏、フランツ=パウル・デッカー指揮ミュンヘン・フィル(1966年録音/EMI盤) 若きゲルバーはこの録音当時25歳。ブラームスがこの曲を書いた年齢と同じです。そのせいか何か瑞々しい「青春のブラームス」の印象を感じさせます。その割に、両者とも妙に落ち着き払った大人の雰囲気が有るところも似てはいますが。ゲルバーは既にこの曲を弾きこなすのに十分なテクニックを持ち、或るときは豊かな感受性を前面に出し、或るときは極めて男性的に豪快に弾き切っています。25歳という年齢で、こんな曲をよくも書いたし、こんな演奏をよくもしたりと、ブラームスとゲルバーの二人の天才ぶりに改めて感銘を受けます。ミュンヘン・フィルが、2年前まで指揮をしていたクナッパーツブッシュの影響がまだ残っているのか、しばしば豪快に咆哮するのが楽しいです。それでも決して騒々しくは感じさせないのもクナ譲りです。デッカーは作曲家でもありますが、ゲルバーに負けず劣らずオケを豪快に鳴らしていて見事な指揮ぶりです。ちなみにゲルバーは当時、第2番ではケンぺ/ロイヤル・フィルと録音をしましたが、オケの充実ぶりはこの第1番の方が断然素晴らしいです。

41mkfv28nnlクラウディオ・アラウ独奏、ベルナルト・ハイティンク指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1969年録音/フィリップス盤) さすがに名門コンセルトへボウは上手いし、しっとりとした音色が素晴らしいです。フィリップスの録音もそれを忠実に捉えています。ただ、高低弦が厚く充実している割に、中音部の旋律線が良く聞こえて来ないのは残念です。とは言え、全体的にはハイティンクにしてはかなり上出来な部類だと思います。アラウのピアノはライブの時ほど即興性を前面に出しませんが、一音一音に重さが乗った武骨なまでの素朴さがブラームスにはピッタリです。いぶし銀の音色も同様に音楽に適しています。第3楽章あたりは遅めのテンポで少々重ったるい感も有りますし、全体的に「青春のブラームス」というよりは既に壮年期に入ったブラームスのイメージですが、非常に味わいの有る良い演奏だと思います。

41x77ea3xkl__sl500_aa300_ヴィルヘルム・ケンプ独奏、フランツ・コンヴィチュニー指揮ドレスデン国立管(1957年録音/グラモフォン盤) ケンプは元々テクニック主体にバリバリ弾くタイプではありませんし、この曲はどうかなと思いましたが、コンヴィチュニー/SKDとの共演ですので期待して聴きました。モノラル録音ですので、音質が鈍重なのは仕方ありません。全体的にほぼイン・テンポで通し、ルバートを控えた極めて堅実な演奏です。ケンプの打鍵は若い世代の腕前からすれば随分と頼りないものです。「青春のブラームス」には程遠い、老齢者がつまづきそうになりながらも懸命に歩いているという風情です。けれどもこの翁は決してかつての青春時代を忘れない頑固なまでの意志の力が有ります。意外に熱い情熱のほとばしりを感じさせます。オケの音は70年代のザンデルリンクの交響曲全集を期待すると裏切られます。録音が鈍重なせいか、あのいぶし銀の響きは良く聴き取れません。けれども色々とハンディは有りますが、ドイツ音楽の王道を歩んだ二人の巨匠の共演ということで一聴の価値は有ると思います。

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2013年10月 4日 (金)

ジョルジュ・ムスタキ 「私の孤独」(Ma Solitude)

いよいよ、秋本番の到来ですね。朝晩はすっかり涼しくなりました。

それにしても、秋という季節は人を詩人にしてしまいますね。おまけに恋でもしようものなら、心の中は詩で一杯になります。

こんな季節にはシューマンやブラームスのような、ほの暗くロマンティックな音楽が最高なのですが、クラシック以外にも秋に相応しい曲が有りますよ。随分古い曲ですが、ジョルジュ・ムスタキの「私の孤独」という曲です。
この曲は、僕がまだ10代の終わりの頃にテレビで放送されたドラマ「バラ色の人生」のテーマ曲だったので良く憶えていますし、ドラマでとても印象的でした。このドラマには森本レオや寺尾聰、 香山美子らが出演していましたが、憶えていらっしゃる方はそ・れ・な・りのお歳でしょう。

ジョルジュ・ムスタキはフランスで活躍していたので、一応はシャンソンに分類されるようですが、元々はギリシア生れですし、どことなく哲学的、地中海的な吟遊詩人の雰囲気を感じさせます。

 

「私の孤独」(Ma Solitude)訳詩

”私の孤独”と余りに何度も一緒に眠ったので
まるで自分の女友達みたいにしてしまった
それは心地良い習慣だ

彼女は私から一歩も離れずに
影のように従順に
あちこちへ付いて来る
世界中のどこにでも

 いいえ、私は決して一人ではない
”私の孤独”と一緒なのだから

 彼女(孤独)が私のベッドのへこみに居るとき
彼女は場所を独り占めして
私達は二人で向かい合って長い夜を過ごす
私には本当のところ分からない
この相棒がどこまで行くのか

彼女を好きになるべきなのか
あるいは抵抗するべきなのか

いいえ、私は決して一人ではない
”私の孤独”と一緒なのだから

 彼女によって、私は学んだ
涙を流すばかりではなくて
時々私が彼女を放り出したとしても

彼女は決してめげたりしない
もしも私が他の
遊び女との恋を好んだとしても

彼女は私の死に際には
私の最後の伴侶になるだろう

いいえ、私は決して一人ではない
”私の孤独”と一緒なのだから

いいえ、私は決して一人ではない
”私の孤独”と一緒なのだから

いやぁ、心に浸み入りますね。コード進行はシンプルなので、僕でもギターで弾けそうです。秋の夜長に彼女(孤独)と一緒に歌ってみたいです。ただ、習ったことの無いフランス語の歌詞がネックです。ですので決してYouTubeへは投稿しませんよ。(笑)

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2013年10月 2日 (水)

シューマン 「幻想曲」 グリゴリー・ソコロフの名演

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1950年生まれのロシアのピアニスト、グリゴリー・ソコロフは、16歳でチャイコフスキー・コンクールにおいて、委員長のギレリス以下、審査員全員一致で優勝して国際的に注目されたという輝かしいキャリアの持ち主です。けれども、その割にはレコーディングが極端に少ない為でしょうが、日本においては「知る人ぞ知る名ピアニスト」といった存在です。それでも、このブログのお友達の中にもyoshimiさんやぴあのぴあのさんのような絶大なソコロフ・ファンも、しっかりと存在しています。ソコロフは幾つかの録音を聴いただけでも、大変なピアニストであることに疑う余地は有りません。例えば、パリでライブ録音されたショパンの「24の前奏曲集」などは、その表現力とテクニックにおいて驚くべき名演奏でした。

そのソコロフが1984年から1988年にかけてソヴィエト時代に国内で行ったリサイタルの録音集がロシアのメロディア・レーベルからボックスCD化されているので入手しました。
全部で4枚のCDに収録されているのは、ベートーヴェン「ディアベッリ変奏曲」、ショパン「練習曲」作品25、ブラームス「3つの間奏曲」作品117と「2つのラプソディ」作品79、シューマン「幻想曲」とピアノソナタ第2番という内容ですが、他に1966年のコンクール優勝を記念してのチャイコフスキーの協奏曲、それにサン=サーンスの協奏曲第2番も収められています。

どの曲もこの人の実力を改めて感じる素晴らしい演奏なのですが、特に感銘を受けたのは、ロベルト・シューマンの2曲です。

「幻想曲」ハ長調 作品17は、個人的にはあらゆるピアノ独奏曲の中でも1、2を争うほどに溺愛している曲ですが、これまではリヒテルが1961年にEMIに録音した演奏と1980年のブダペストでのライブ録音を特に愛聴していました。それに次ぐのがホロヴィッツの1965年のカーネギーホールでのライブ演奏でしょうか。ところが、ソコロフが1988年にレニングラードで行なったこの演奏は、あのリヒテルに匹敵するほどの素晴らしさでした。

第1楽章では非常にゆったりとしたテンポで一音一音に深い意味を与えるように実に丁寧に弾いてゆきます。この曲の持つ、どこまでも深く沈滞するロマンティシズムを存分に感じさせます。その点ではリヒテルと良い勝負です。録音も中々に優れていて、この人の粒立ちの良いタッチによる繊細で美しい音が忠実に捉えられています。その点、EMIの録音が今一つであるリヒテル盤に対して非常にアドヴァンテージです。第2楽章はリヒテル以上に遅いテンポで大きなスケールを感じさせますが、一方リヒテルに感じられる熱い情熱のほとばしりは希薄となって幾らかクールさを感じさせます。これは好みもありますが、どちらかといえば僕はリヒテルのほうを取りたいと思います。再び第3楽章で訪れる沈滞ぶりもリヒテルとは優劣が付け難く、両者引分けです。

というわけで、全体の演奏を比べても、リヒテルとは全くの互角。録音を含めて、もしも他人にお勧めするとすればソコロフになりそうです。まさか、あのリヒテルの歴史的な名盤に匹敵する演奏が聴けるとは思ってもみませんでした。この人は本当に凄いピアニスト、いや大芸術家だと思います。

ちなみに、ピアノソナタ第2番も極め付きの名演奏ですが、こちらは次のシューマン特集の時に記事に取り上げたいと思っています。

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