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2013年9月

2013年9月28日 (土)

ヴェルディ 「レクイエム」 名盤 トスカニーニ、アバド、そしてムーティ

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初演が行われたミラノのサン・マルコ寺院

ヴェルディは、彼が敬愛したイタリアの詩人であり作家であるアレッサンドリ・マンゾーニの一周忌のために「レクイエム」を作曲しました。数多く作曲されたオペラと並んで有名な、ヴェルディの「レクイエム」です。

マンゾーニの一周忌は1874年にミラノのサン・マルコ寺院で行なわれましたが、その時に指揮をしたのはヴェルディ自身で、オーケストラはミラノ・スカラ座のメンバーを中心とする100名、コーラスが120名、4人のソリストは当時の一流を揃えたそうです。その三日後には会場をスカラ座に移して数回のコンサートが開かれました。

何しろ、この「レクイエム」は、円熟期の大傑作オペラ「アイーダ」の更に3年後の作品でもあり、それまで前例の無いほどにドラマティックだったことから、「余りにイタリア・オペラ的」「ドラマ的に過ぎる」「教会に相応しく無い」という多くの批判にさらされました。熱烈なワグネリアンであるハンス・フォン・ビューローも、この曲を「聖職者の衣服をまとった、ヴェルディの最新のオペラ」だと皮肉りました。
もっともブラームスは、こうしたビューローの評を聞いて、「奴は馬鹿な事を言ったものだ。これは天才の作品だ。」と言ったと伝えられています。

こうして酷評と賛美の両方が飛び交った「レクイエム」ですが、直に海外でも次々と演奏されるようになり、あのビューローも後になって「どんな下手な楽団員の手で演奏されても、涙が出るほど感動させられる」と評価を改めたそうです。

ヴェルディ自身は、「この曲をオペラと同じように歌ってはいけません。オペラで効果のある音声装飾はここでは私の趣味では無いのです。」と語っています。とは言っても、この曲への「教会音楽らしくない」という批評が的外れで無いことは紛れも無い事実ですし、どこからどう聴いても彼のオペラに聞こえてしまいます。けれども、例えばモーツァルトの書いた教会音楽も、やはり彼のオペラと同じように聞こえますので、作曲家の作法というのは中々変えられないもののようです。
ヴェルディがいかにもヴェルディらしく書いた、敬愛する詩人の為の鎮魂歌。それがこの「レクイエム」です。

曲の構成は下記の通りですが、全体で演奏時間が90分近くになる大曲です。

1.レクイエムとキリエ
  レクイエム(安息を)
  キリエ(憐れみ給え)

2.ディエス・イレ(怒りの日)
  怒りの日
  くすしきラッパの音
  書き記されし書物は
  あわれなるかな
  
  みいつの大王
  思い給え
  我は嘆く
  判決を受けた呪われし者
  涙の日

3.オフェルトリウム(主イエズス)

4.サンクトゥス(聖なるかな)

5.アニュス・デイ(神の子羊)

6.ルックス・エテルナ(永遠の光りを)

7.リベラ・メ(我らを救い給え)

この曲の核心は言わずと知れた長大な「ディエス・イレ」ですが、「オフェルトリウム」の神秘的な美しさもまた大きな魅力で聴きものです。
  

ところで音楽評論家の宇野功芳先生は、たびたび「レクイエムならモーツァルトやフォーレよりもヴェルディのほうが感動的だ。」と書いています。もちろんヴェルレクは大変な名曲ですが、僕個人はモーツァルトやフォーレ、あるいはブラームスのほうが更に好きですし、感動的なように思えます。これは好みの問題ですね。

さて、僕の愛聴盤のご紹介です。曲の持つ性質、その歴史から言っても、やはりミラノスカラ座のオーケストラと合唱団で、あるいは少なくともイタリアの指揮者の演奏で聴きたくなります。

1198031392アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC響(1951年録音/RCA盤) トスカニーニにはスカラ座で演奏した古い録音が有りましたが、それは正に阿修羅と化した壮絶な演奏で、あれほど凄い演奏はこれまで聴いたことが有りません。しかし音の悪さが鑑賞向きでは無く、通常鑑賞するにはこのパリッとした音質のRCA盤が最適です。もちろんモノラルですし最新録音には遠く及びませんが、演奏の素晴らしさに直ぐに慣れてしまいます。冒頭の「レクイエム」からフレージングが明瞭で、ムードよりも旋律線の強調が目立ちます。これがトスカニーニのイタリア・オペラの魅力です。「怒りの日」では決して速さに頼らず、ズシリとした聴きごたえが最高です。続く「くすしきラッパの音」での大見得を切るような音のタメと迫力にはゾクゾクします。トスカニーニの声が大きく入っているのも僕は興奮します。独唱陣のシェピやステファノを始めとする英雄的な歌唱は正に圧倒的ですし、トスカニーニの演奏と真に一体化した素晴らしさです。普通なら、録音の良し悪しが印象を左右する「ヴェルレク」なのですが、音の古さを物ともしないこの演奏はトスカニーニの起こした奇跡のうちの一つだと思います。

Uccg4809m01dlクラウディオ・アバド指揮ミラノ・スカラ座管(1980年録音/グラモフォン盤) アバドは、この曲を何度か録音していますが、やはりスカラ座での演奏は特別です。オーケストラと合唱の力強さと厚み、それにイタリア的な濃厚な味わいが最高だからです。録音もマスターはアナログですが非常に優れていて、分離の良さが際立ちます。強音でも音割れは有りませんし、彫の深い演奏を充分に味わうことが出来ます。「怒りの日」などではトスカニーニやムーティほどの興奮は誘いませんが、むしろ繰り返しの鑑賞には向いています。リチャレッリ、ドミンゴ、ギャゥロフらの独唱陣も実に充実していて素晴らしいです。やはりアバドのヴェルディはこのころが最高だったと思うのですが。

Uccg4811m01dlクラウディオ・アバド指揮ウイーン・フィル(1991年録音/グラモフォン盤) スカラ座盤から僅か10年後の2度目の録音ですが、アバドがどういう演奏を意図したのかが良く分かりません。スカラ座の明瞭で押し出しの強い合唱に比べて、「ウイーンらしい抒情性」と言えば聞こえが良いですが、合唱の発声の柔かさがマイナスに感じられます。独唱陣ではカレーラスが一人極めてドラマティックに歌うので浮いてしまい、バランスを崩しているようです。けれども「怒りの日」などでは、スカラ座盤以上の迫力が有りますし、部分的には良いと思うのですが、全体では何か統一性の欠けた居心地の悪さを感じてしまいます。録音は広がりが有り、ダイナミックレンジも大きいですが、分離の良さではスカラ座盤に軍配が上がります。トータル的には迷うことなくスカラ座盤のほうを取りたいと思います。

Verdi_requiem_muti_scalaリッカルド・ムーティ指揮ミラノ・スカラ座管(1987年録音/EMI盤) スカラ座の録音ではアバド盤の7年後ですが、音質に僅かに混濁感が有り、最強音で幾らか音割れを感じるのでアバド盤には劣ります。しかし演奏にはアバド以上の熱さが有ります。「怒りの日」も快速テンポで突き進み、正に炎のようです。スカラ座の合唱の凄さにはさすがに本家の底力と貫禄を感じますし、独唱もハーモニーも揃っていて不満は有りません。パバロッティもショルティ/VPO盤の時の美しさは失われましたが、まだまだ素晴らしい歌声を聞かせてくれます。この曲をいったい何度演奏したかわからないオーケストの自家薬篭中の上手さと雄弁さには舌を巻きます。このイタリア・オペラ的な味わいには抗しがたい魅力を感じます。

51yz3bpgspl__sl500_aa300_リッカルド・ムーティ指揮シカゴ響(2009年録音/CSO盤) ほぼ最新盤と言って良いムーティの再録音はシカゴ響と演奏されました。合唱はシカゴ響のものですが、スカラ座合唱団のパワフルさは無いものの、透明感があり美しいです。オーケストラの音の美しさと相まって、オペラティックな旧盤よりも、ずっと宗教曲的な静けさを感じさせる部分が多々あります。それでも優秀で分離の良い最新録音なので、「怒りの日」などは非常に充実した聴きごたえを感じさせます。独唱陣は余り各人の個性を感じさせない、オケとコーラスと良く混じり合ったトータル・ハーモニーとして聴かせるコンセプトのように受け止められます。旧盤のイタリア・オペラ的な味わいも良いのですが、ずっとユニヴァーサル的で純音楽的な美演の新盤も非常に良いと思います。

これ以外で、過去に所有したディスクとしては、まずジュリーニ/フィルハーモニア管のLP盤が有りますが、強音での音割れが酷く聴く気になれませんでした。CD化されてからは聴いていません。古いところではサバタ/スカラ座盤が有りました。CDですが、トスカニーニ盤のように音がパリッとしないので余り強い印象を受けませんでした。宇野功芳先生推薦のショルティ/ウイーンPO盤は確かに美演ですし、ショルティの力みも普段ほどは感じさせないのですが、どうも音だけがクールに鳴り響いている感じがして余り感動はさせられませんでした。

ということで、個人的には未だにトスカニーニ盤に最も強く惹かれますが、もしも他人に一つだけ薦めるとすれば、演奏、録音トータルで優れたアバド/スカラ座盤を挙げておきたいと思います。

なお、ヴェルディ生誕200周年記念の特別公演としてムーティ/シカゴ響による「レクイエム」が、10月10日にシカゴのシンフォニー・センターで行なわれるそうですが、これがWEB配信されます。下記を参照ください。

ムーティ/シカゴ響 ヴェルディ「レクイエム」ライヴ

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2013年9月21日 (土)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲全集 名盤 ~汲めども尽きない魅力~

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楽聖ベートーヴェンの作品ジャンルのうち「三本の矢」と言えば、もちろん交響曲、ピアノソナタ、弦楽四重奏曲の三つでしょう。このうちの弦楽四重奏曲は一般的には地味な存在ですが、ベートーヴェンの愛好家にとっては交響曲以上に奥深く、汲めども尽きない魅力のあるジャンルです。外向的な性格の交響曲に対して、弦楽四重奏曲は極めて繊細で内向的な性格を持っています。そこが愛好家にとっては何よりも大切に思える理由なのです。

4月から足掛け6ヵ月かけて、弦楽四重奏曲を作品ごとに記事にしてきましたが、今回はそれを「全集盤」として総括してみたいと思います。むろん全作品の演奏のどれもが最高の演奏家などというのは存在しません。毎回多くの演奏家を聴き比べてみたものの、曲によって気に入った演奏家は予想したよりもずっとバラバラだったのです。ですので鑑賞する際には、それぞれの曲のお気に入りのディスクを取り出すことが多くなると思います。ただ、同じ演奏家で全曲を通して聴いてみるのも大切なことで、演奏家の個性よりも、曲の個性の違いを比較しやすくなります。するとまた多くの事が聞こえてくると思うのです。

さて、その全集盤を選択するに当たって、個々の作品ごとに気に入った演奏の上位にポイントを付けてゆく方法を考えました。具体的には、一番のお気に入りには5点。次点には3点。三番手グループには1点としました。けれども実際には自分の好きな曲というのが有るわけで、それと他の曲とのポイントの付け方が同じでは、愛聴盤としては不合理を感じます。そこで、自分の特に好きな曲、すなわち「ラズモフスキー第1番」、第13番(大フーガ付)、第14番、第15番の4曲については、1位に+3点(計8点)、2位に+2点(計5点)、3位に+1点(計2点)というように、ボーナス・ポイントを加算しました。

それでは、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲の総合得点結果です。

第1位 43点 ブダペストSQ
第2位 29点 エマーソンSQ
第3位 18点 ヴェーグSQ
第3位 18点 ジュリアードSQ新盤
第5位 10点 ゲヴァントハウスSQ
(第5位相当にジュリアードSQ旧盤)

あくまでも全集盤ということなので、曲によってはベストに選んだブッシュSQやヴェラーSQは入って来ません。それと意外に点が伸びなかったのが、往年のバリリSQ、スメタナSQと、音楽雑誌では評価の高いアルバン・ベルクSQでした。ズスケSQ、メロスSQ、ウイーン・ムジーク・フェラインSQは健闘したものの入賞までには及びませんでした。

それでは、並み居る名カルテットの演奏の中から見事に上位入賞した団体のご紹介です。

<第1位>
90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(CBS盤) 何故かメンバーが4人ともロシアの出身で、ベルリンで勉強したのちにハンガリーに移ってこのカルテットのメンバーに加わります。アメリカに渡った後の歴史的な名声は古いファンなら良くご存知です。第1Vnのヨーゼフ・ロイスマンは大変な名奏者ですが、第2Vnのアレクサンダー・シュナイダーも劣らぬ名手です。更にヴィオラ、チェロの上手さ、音楽性も素晴らしい為、それまでの四重奏団の第1Vn専制君主型から4人が互角に渡り合う民主主義型を初めて確立した団体だと言えます。彼らの存在無しにジュリアードSQ以降の近代型のカルテットは有り得ないのです。驚くことに、彼らの合奏能力は1940年代頃から既に完成の域に達しています。その証拠が40年代に録音したベートーヴェンの四重奏曲集です。全集では有りませんが、主要な曲をほぼ録音しています。これは復刻盤の音質も優秀なので、彼らのファンは必聴です。また1950年代にもモノラル録音で全集盤を残しました。人によってはステレオ盤よりも高く評価する声も聞かれますが、この時期はシュナイダーが自分のカルテットを主催するためにメンバーから抜けていましたし、僕としては彼らの音楽が最高に熟した晩年のステレオ録音盤を最上位に置きます。曲としては、ラズモフスキー第3番、「ハープ」、第14番、第15番という重要な曲でトップを押さえましたし、多くの曲で万遍なくポイントを稼いでいますので第1位は当然です。残響の少ない当時のCBS録音が、CD化により更に高音がきつくなっているので聴き慣れないリスナーには音質面で幾らか抵抗が有るかもしれません。けれども彼らは元々禁欲的な厳しい音ですので、慣れてしまえば、むしろ魅力にすら感じられます。最初に全集を購入される方に薦めるのには躊躇をを感じないわけではありませんが、色々と聴いた後に最後にたどり着くべき全集だと断言します。

<第2位>
Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(グラモフォン盤) 現代最高と言えるカルテットの全集は何とライブ収録です。ジュリアードSQやアルバン・ベルクSQがスタジオ録音の全集に続く二度目の全集をライブで録音したのは理解できますが、最初からライブというのは無謀とも思えました。ところがこの全集の完成度は他のあらゆる団体のスタジオ録音を凌駕します。アンサンブルの精緻さはもちろん、音程が完璧でハーモニーが極上の美しさです。更にダイナミックに迫力を聞かせる部分と、柔らかく歌う部分の対比が実に見事で千辺万化する表情の豊かさが素晴らしいのです。彼らはドイツ的でもウイーン的でも有りませんが、真に「音楽的な」名演奏だと思います。それを成し遂げる大きな理由は第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンの力量が五分で、曲によって完全に交替出来ることです。強いて言えばユージン・ドラッカーの歌いまわしのセンスの良さを好みますが、もう一人のフィリップ・ゼルツァーの音楽性も劣りません。4つの楽器が完全にコントロールされている点では、全盛期のジュリアードSQに匹敵するか、それ以上だと思いますが、幅広い表現力を兼ね備えていることからするとジュリアードを越えた最高の団体だと思います。曲としては、ラズモフスキー第3番、第12番、第16番でトップを押さえました。次点にも多く入っています。

<第3位>
V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(仏Naive盤) もしも家で折に触れて鑑賞する全集を選ぶとすれば、ブダペストSQとエマーソンSQになると思いますが、もしも『無人島にたった一つだけ持ってゆける全集』を選ぶとすれば、僕はヴェーグSQの新盤を選びそうな気がします。シャーンドル・ヴェーグこそはハンガリーの生んだ大ヴァイオリニストであり、彼が主催するこのカルテットは、完全にヴェーグの担当する第1Vnの主導型です。この新盤の録音時、技術的には全盛期をとっくに過ぎていますので完璧ではありません。けれども、表現意欲が全て心の内側へ向けられていて、外面的に「聴かせよう」などという煩悩を少しも感じさせないこの演奏からは、限りない「癒し」のオーラを与えられます。苦悩から解放されたベートーヴェンと大ヴァイオリニストであるヴェーグ晩年の魂の語らいを、その傍らでただただ聴き惚れるしかないでしょう。千利休の「わび」「さび」の世界を感じさせる「枯淡の境地」とも表現できる素晴らしい全集です。曲としては、作品18、第13番でトップを押さえました。

<第3位>
51065xicuplジュリアード弦楽四重奏団(CBS盤) ワシントンの国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。彼らの旧盤では、合奏を極限まで追い込み、切り詰めた精緻で透徹した演奏を聞かせましたので、ジュリアードと言えば一般にはその印象が強いのですが、この新盤では時の流れと実演という条件のもとで、驚くほど印象が異なります。もちろん緻密さも感じますが、それよりも遥かに大きな感情のうねりを感じさせるのです。その要因は第1ヴァイオリンのロバート・マンの表情豊かな演奏ぶりに有りますが、まるでかつての4人平等の合奏体のイメージが第1Vn中心の専制君主型に戻ったかのようです。それぐらいマンの持つ音楽が大きく凄かったからです。これも絶対に外せない素晴らしい全集です。トップを押さえたのは「ハープ」のみですが、次点に多く入ってポイントを稼ぎました。

ところで、彼らの旧盤は昔、LP盤で聴いたものの余り好きにはなれずに手放してしまいました。けれども、最近もう一度聴き直してみたくなり、CDで買い直しました。機能的で無駄の無い印象は変わりませんが、それがジョージ・セルとクリ―ヴランド管の、あの透徹したベートーヴェンのイメージとピタリ重なり、昔よりもずっと楽しめます。やはり「良いものは良いなぁ」と考えを改めました。主要な曲の演奏は既に個々の曲の記事に書き加えてありますが、全集の得点としては第5位に相当するか、それ以上の結果になりそうです。

<第5位>
312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(NCA盤) ゲヴァントハウス管弦楽団の首席奏者で構成するこのカルテットは、かつてのゲルハルト・ボッセ時代からのファンなのですが、現在のメンバーも非常に素晴らしいのは紀尾井ホールでの生演奏を聴いて実感しました。古き良きドイツの伝統をベースに、優秀なテクニックで現代的な先鋭性も持ち合わせますので、どの曲も高水準の素晴らしさです。メンバーの音程も録音も優秀なので、ハーモニーが非常に美しく感じられます。『ドイツ的で古臭く無いベートーヴェンの演奏』という条件であれば、最右翼なのは間違いありません。それに、もしも全集盤を初めて購入してみようという方がおられれば、是非お勧めしたいです。輸入盤で非常に安値で買えるのも有り難いです。CDのケースがツーピースの箱型なのは好みもあるでしょうが、意外と扱いやすいと思います。

ゲヴァントハウス四重奏団を、同じドイツ的でも、もうう少ししなやかな演奏で、ということならばズスケ四重奏団という選択肢も有ります。あるいはメロス四重奏団もお勧めできます。また、ウイーン的な演奏で、ということであれば、ウイーン・ムジーク・フェライン四重奏団がお勧めできます。本当はウイーンの団体ではヴェラー四重奏団の全集が聴いてみたかったのですが、録音は僅か数曲に限られます。彼らがもしも全集を残していたら、ことによるとベスト・スリーを争うぐらいの全集になった可能性が有りますので、非常に残念です。

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2013年9月14日 (土)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第16番ヘ長調作品135 名盤 ~ようやくついた決心~

ベートーヴェンが書いた最後の弦楽四重奏曲であり、書き換えを行なった第13番の終楽章を除いては、生涯最後の作品です。

第13番以降の作品では曲毎に楽章の数を増やしていきましたが、この曲ではそれをやめて、再び4楽章の形式に戻しました。従って曲の規模が小さくなったことと、曲想全体も非常に力が抜けて穏やかなものに変化しています。何か「解脱」「解放」という雰囲気が感じられます。それでいて、多くの所で非常に斬新な音や響きを織り交ぜますので、新鮮さも感じられるという極めてユニークな作品です。この曲が第13番から第15番までの3曲以上の名曲かと問われれば「イエス」とは答え難いですが、少なくとも同じ後期では第12番以上の内容であるのは間違い有りませんし、むしろ順位にはこだわりたくない、特別な立ち位置に立つ作品です。その価値を理解出来るようになるには、前作までをとことん聴いてきてからだという気がします。

第1楽章 アレグレット
前作、前々作の息苦しさから解放されたような軽やかな主題の楽章です。けれども随所に晩年の作品らしい奥深さが感じられます。

第2楽章 ヴィヴァーチェ
シンコペーションのリズムが印象的ですが、部分部分にとても新しさを感じます。

第3楽章 レント・アッサイ・カンタンテ・エ・トランクィロ
人生の余韻に心静かに浸るような深い味わいが有ります。演奏によっては第九のアダージョを連想させます。

第4楽章 グラ―ヴェ・マ・ノントロッポ・トラット~アレグロ
ベートーヴェンはこの楽章の標題に”ようやくついた決心”と付けています。また、自筆譜の終楽章導入部分に”そうでなければならないのか?”と記し、続くアレグロの主題同機には”そうでなければならない!”とに謎めいた言葉を書き記しました。その意味には多くの研究家が説を唱えていますが、確かなことは分っていません。どちらにしても「葛藤」から「決心」へと心が切り替わり、解放感に浸った素晴らしい楽章です。この解放感は、次に書く第13番の新しい終楽章にも続いています。そのことを理解して曲を聴くと面白いことこの上ありません。

それにしてもルードヴィッヒくんは一体何の決心をつけたのでしょうね。音楽?金?女?果たしてなんだろう・・・。

それはさておき、僕の愛聴盤のご紹介です。

51u9dbjsblブッシュ弦楽四重奏団(1937年録音/EMI盤) 極めてレトロで懐かしい雰囲気の演奏です。第二次大戦後の演奏家からはこれほどまでに人間的な演奏は聴くことが出来ません。非常に深い味わいに満ちています。もっとも現代の耳からすると、ポルタメントの使用が余りにも過剰であり、これが一番好きだと言うわけでは有りません。何度か書いていますが、個人的にはアメリカに移住した後の1940年代の演奏スタイルを好んでいます。とは言え、これは歴史的演奏ということで一度は聴いておくべきだと思います。

206バリリ弦楽四重奏団(1952年録音/MCAビクター盤) ウエストミンスター録音です。ブッシュSQほどはレトロでは無く、ずっと現代的だと言えます。それでも、この甘く柔らかい歌い回しは、かつてのウイーンの味わいに他ならず極めて魅力的です。穏やかなこの曲の良さを一杯に引き出しています。確かに、この曲は余り肩に力を入れて熱演されると逆に良さが失われる可能性が有りそうです。3楽章の懐かしい情緒の深さにも言葉を失うほどです。もちろんモノラル録音ですが、鑑賞に支障は感じません。

90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(1960年録音/CBS盤) 全集盤です。演奏の密度の高さと残響の少ない録音が、嫌でも耳を集中させるので、第14番のような曲では絶大な魅力を発揮しますが、この曲では幾らか聴き疲れをしてしまう感が無きにしも非ずです。大曲の14番、15番の延長線上のような聴き応えを感じるので凄いとは思うのですが、個人的にはもう少し心穏やかに聴いていたくなります。

151ジュリアード弦楽四重奏団(1969年録音/CBS盤) ジュリアードの旧全集からです。昔LP盤で聴きましたが、その時は味気の無い演奏に感じて手放してしまいました。ところがその後の新盤は非常に味が濃く気に入っているので、旧盤ももう一度聴き直してみたくなり最近購入しました。ですので第16番からの登場です。確かに精緻でメカニカルではありますが、決して無機的な演奏では有りません。それどころかロバート・マンのヴァイオリンがやはり凄いです。単に上手いだけでなく、大きな音楽を持っているのを感じます。もちろん4人の音の重なり合いも美しく、ニュアンスの豊かなことは驚くほどです。3楽章では大きく歌わせずに、ピアニシモで神秘的な響きを造ってゆくのがユニークで素晴らしいです。

V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(1973年録音/仏Naive盤) 全集盤です。驚くほど枯れきった演奏です。表現意欲は全て内側へ向けられていて、外面的に「聴かせよう」という意思は皆無に感じられます。何事からも「解脱」したような雰囲気は「彼岸」の世界にも通じて、この曲の本質から遠いとは思いませんが、ここまで枯れられてしまうと、まだまだ俗世の煩悩から解脱できない自分としては、聴いていて無条件には楽しめません。あと20年もしたら、この演奏にもっと同化出来るのかもしれませんが。

51jrjljelラサール弦楽四重奏団(1976年録音/グラモフォン盤) 後期四重奏曲集です。余り「解脱」だとか「彼岸」などと余計なことを考えずに聴いていて非常に楽しめる純音楽的な演奏です。リズムに躍動感が有りますし、アクセントも気が利いています。ハーモニーの美しさも抜群です。4つの楽器の重なり合いは意外にシンフォニックで、幾らか表現が過多なほどですが、ベートーヴェンの最後の大作の新しさ、面白さを再認識させてくれること請け合いです。

Suske_beethoven_late_2ズスケ弦楽四重奏団(1978年録音/Berlin Classics盤) 全集盤です。大曲では幾らか物足りなさを感じさせるズスケですが、この演奏は曲のスケール感と一致してとても良いです。デリカシーにも溢れていますし、リズムの扱い方やフレージングが全て堂に入っていて、何の抵抗も無く曲を心の底から堪能できます。しかも3楽章の美しさは卓越していて、澄み切った味わいが正に最高です。彼らの全集の中でも1、2を争う出来栄えだと言えるでしょう。

D0021969_10143431アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1981年録音/EMI盤) 全集盤です。残響過多で分離の悪い録音は諦めるとして、肝心の演奏は悪く有りません。この曲では曲想のせいか、いつもの大袈裟な歌いまわしや過剰なアクセントがそれほど気に成らないからです。それよりも端々に感じられるウイーン的な甘い節回しに惹きつけられます。3楽章では大きく歌って聞かせてくれますし、終楽章での気分の高揚感も中々のものです。余り好まない彼らの旧盤の中では結構気に入っています。

51065xicuplジュリアード弦楽四重奏団(1982年録音/CBS盤) ワシントン国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。彼らの旧盤では、あれほどの精緻で透徹した演奏を聞かせたので、ジュリアードと言えばその印象が強いです。ところが、この新盤では時の流れと実演という条件のもとで、いささか印象が異なります。確かに緻密さも感じますが、それよりも遥かにダイナミックで人間のパッションを感じさせるのです。しかも音楽が本当に大きいです。ロバート・マンがこれほど凄い音楽家だったとは、昔は全然気付きませんでした。耳が節穴だったのですね。これも旧盤と優劣の付けられない素晴らしい演奏です。。

G7138122wスメタナ弦楽四重奏団(1983年録音/DENON盤) 全集盤です。派手さや大袈裟なところが全く無く、極めてオーソドックスと言えます。しなやかで美しい音が際立つのも大きな特徴です。この曲では、それが非常に良く生かされます。何の過不足も無く、曲をそのまま自然に聴かせてくれる良い演奏です。けれども、余りに自然過ぎて面白さに欠けるのも事実です。もう少しベートーヴェンの魂に迫るような凄みを感じさせて欲しい気もします。

Melos_beethoven_lateメロス弦楽四重奏団(1985年録音/グラモフォン盤) 全集盤です。戦前は別としても、ドイツの演奏家は基本的にイン・テンポで堅牢な造形の演奏を行います。それが、たとえ刺激は少なくても安心感に繋がります。この演奏も同様で、がっちりとしていながら少しも無機的な印象は受けません。特に素晴らしいのが後半の3、4楽章で、彼らの音からは、美しく深い情緒が溢れ出ています。終楽章の彫の深さと手応えも出色で繰り返し聴くたびに味わいが増すように感じます。

61vvfzeifl__sl500_aa300_ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(1990年録音/PLATZ盤) 全集盤からです。広がりの有る録音からは幾らかシンフォニックに聞こえますが、肩の力が抜けて力みの無い演奏がとても心地良いです。幾らウイーンの演奏家といっても昔ほどの甘さは有りませんが、それでもしなやかで柔らかい音は紛れもないウイーンの音です。彼らの全集の中でも1、2を争う出来栄えだと思います。

Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(1994年録音/グラモフォン盤) 全集盤からです。この曲も第1Vnを弾くのはゼルツァーですが、通常は第1Vnが目立つところを逆に抑え気味にして、完全に4つの楽器の集合体としています。その織成す音の鮮やかさと繊細さには脱帽です。3楽章では大きく歌わせずに極弱音のまま和音を響かせ続けます。人間の敬虔な感情を超越して、静寂な悠久の世界に漂うような感覚に襲われます。まるで第九のアダージョのようです。終楽章では、強音分での思い切りの良いダイナミクスも凄いですが、どんなに音が強くても美感を損ねないに驚きます。完全にコントロールされています。その点ではジュリアードSQの旧盤に匹敵するか、凌駕をしているとさえ思います。

312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(1998年録音/NCA盤) 全集盤からです。彼らは古き良きドイツの伝統をベースに、優秀なテクニックで現代的な先鋭性も持ち合わせる素晴らしい団体ですので、どの曲も高水準の素晴らしさです。安心して聴いていられます。3楽章のしっとりとした響きと味わいも素晴らしいです。ベートーヴェンの晩年の心境がそのまま映し出されているかのようです。終楽章もメリハリが付いていて愉しく聴けます。

好きな演奏の多いこの曲のマイ・フェイヴァリットを強いて挙げるとすれば、やはりエマーソンSQでしょうか。次いでは、ジュリアードSQの新旧両盤です。但し、ラサール、ズスケ、メロス、ウイーン・ムジークフェライン、ゲヴァントハウスなども、どれもが素晴らしくその差は僅差だと思っています。

ということで、ようやくベートーヴェンの弦楽四重奏曲特集が終了しました。4月からですので足掛け半年かかってしまいました。聴き終えて改めて感じるのは、曲によって好きな演奏団体が随分と入れ替わることです。ですので16曲全てが良いという団体などは存在しません。次回は、そのことを踏まえた上で、敢えて全集盤としての比較を行ってみたいと思います。

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2013年9月 8日 (日)

2020年東京オリンピック開催決定!

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2020年オリンピック・パラリンピックの開催地が東京に決まりましたね!昨夜からテレビにくぎ付けになり、早朝の発表の時には本当に喜びの涙に浸りました。もちろん多額の税金が投入されて、福祉や防災対策が後回しにされないかという懸念が無いわけでは有りません。けれでも国民全体が一体となって喜び合うイベントの素晴らしさは1964年東京大会や日韓ワールドカップ大会の際に実証済みです。

招致活動に携わった方たちの大変な努力に対しては、心から賞賛の言葉を贈りたいと思います。けれども、オリンピックの招致を決めたのは石原慎太郎前都知事です。当時随分と批判をされたにもかかわらず二度も招致を決めた決断力には頭が下がります。石原氏は今朝のテレビに出演して、「たいまつの火を消さずによかった」と述べたそうですが、一番ほっとしたのではないでしょうか。今回のオリンピック開催決定を喜んでいる方は、石原氏の存在を忘れてはならないと思います。

それにしても、最終プレゼンテーターは全員見事に頑張りました。フェンシングの太田君の熱いメッセージも素晴らしかったですが、何と言ってもパラリンピックの佐藤真海さんのメッセージがとりわけ感動的でした。多くの委員の心をがっちりと掴んだに違いありません。個人的には滝川クリステルが良かったなぁ。フランス語(と英語)が公用語のIOC委員に対しての「オ・モ・テ・ナ・シ」のアピール度は大きかったのじゃないでしょうか。何しろフランス人が惚れるほどの美しさの彼女です。開催地が東京に決定した時に彼女が涙を流して喜ぶ姿にはキュ~ンとしました。やっぱり美人に目を奪われる自分です。(苦笑)

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2013年9月 6日 (金)

東京オリンピックよ、再び!

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いよいよオリンピック・パラリンピックの2020年開催地が決まりますね。日曜の朝5時にはテレビの前で発表を見守りたいと思います。

思えば前回の1964年東京大会の時には自分は9歳でした。学校から先生に連れられて皆で沿道に出て聖歌リレーに声援を送りました。競技場にこそ行きませんでしたが、テレビで色々な競技を応援したことが昨日の様に思い出されます。女子バレーボール、男子マラソン、重量挙げ、柔道、100m競争などなどですね。自分が競技内容を理解できる年齢で東京大会が開かれたのはラッキーだったと思います。そして、あの澄み切った青空のもとでの開会式の感動!
古関裕而(こせきゆうじ)作曲のファンファーレとマーチは感動的でした。君が代を連想させる厳かなファンファーレは我が国ならではだと思いますし、行進曲も本当に素晴らしいです。YouTubeに素晴らしい映像が投稿されていました。

2020年にもう一度オリンピックを日本で観戦出来るようになれば、スポーツの大好きな自分にとってはこの上ない喜びです。

さて候補地ですが、つい一か月前までは東京が最も有力視されていました。安全に運営されることに一番信頼が高かったからですね。ところが直前になり、福島原発の汚染水の漏れの問題がクローズアップされてからは形勢がだいぶ変わってしまったようです。海外の人にとっては2年も過ぎてこのような状況が続くのが相当に不安な材料のようです。当然ですね。汚染水が危機的な状況なのは、もう1年も前からメディアに取り上げられていました。それを東電任せにして今日まで放っておいたのは前民主党政権、それに既に半年以上も政権を担った自民党政権の責任です。東電には解決する能力が無いことは、多くの国民には分かっていたと思います。それを、これまで国が前面に立たなかったのが不思議でなりません。もしも日本が2020年開催を勝ち取れなければ、それは政治の責任ですし、オリンピック開催よりも何より、原発を、福島を本当に真剣に解決しなければならないという世界からのメッセージだと受け止めるべきでしょう。もしも運良く東京開催が決まったとしても、浮かれてしまって原発と福島を忘れてしまうことが無いように国を挙げて心しなければなりません。

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2013年9月 1日 (日)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第15番イ短調作品132 名盤 ~病から癒えた者の神への聖なる感謝の歌~

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第15番は、実際には13番目に書かれた作品です。ですので第13番から15番までの大傑作3曲の中では、最も古典的な形式を残しています。この曲の作曲を進めていたベートーヴェンは腸カタルを悪化させてしまい、一時期病床に伏せていました。その後、回復して再び作曲に戻りますが、その時の感謝の気持ちがこの曲の第3楽章に反映されています。

第1楽章 アッサイ・ソステヌート~アレグロ 
全部で5部に分かれていて自由な形で展開されます。曲想の気宇は大きくシンフォニックで、終結部のスケールの巨大さなどは、まるで第九交響曲の第1楽章終結部のようです。

第2楽章 アレグロ・マ・ノン・タント 
明るく流麗ですが、決して外面的に聞こえることは無く内省的な印象を受けます。

第3楽章 モルト・アダージョ~アンダンテ 
副題として「リディア旋法による、病から癒えた者の神への聖なる感謝の歌」と付けられ、この曲の最も長大な楽章であり中核を成しています。古い教会旋法のうちの第5旋法であるリディア旋法が用いられています。医療の進歩した現代とは違って、小さな病気が元で命を落とすことも珍しく無かった時代にあっては、病が治癒したときの喜びと感謝の気持ちは如何ばかりであったことでしょう。そうしたベートーヴェンの気持ちが想像出来る、神々しいほどに感動的な音楽です。

第4楽章 アッサイ・ヴィヴァーチェ~ピウ・アレグロ~プレスト 
終楽章への短い導入部としての役割を持ちます。であれば、曲全体は古典的な4楽章形式の拡大版であるとの解釈も出来ます。終楽章へ移り変わるところは何度聴いても心を揺さぶられます。

第5楽章 アレグロ・アパッショナート 
ロンド形式です。情緒的なメイン主題は元々は第九交響曲の終楽章の為に構想されたものだそうですが、確かにベートーヴェンの書いた最も魅力的な旋律の一つだと思います。

ベートーヴェンが書いた弦楽四重奏曲の中の最高傑作を第14番と考える人は多いですが、旋律線が極めて美しい第15番を第14番以上に好んでいる人もまた多いと思います。かくいう自分もその中の一人ですが、その大きな理由は、何と言っても後半の第3楽章以降の素晴らしさにあります。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

51u9dbjsblブッシュ弦楽四重奏団(1937年録音/EMI盤) 個人的にはブッシュ達がアメリカに移住する前のSP録音よりも、移住後の1940年代の録音を好みます。過剰だったポルタメントが控え目になり、音楽が現代的に変化したからです。この曲は移住前ですので、ポルタメントを多用した歌い回しが随所に見られます。けれどもこの曲に於いては、戦後の平和な時代の演奏家とは大きな違いが有るように感じます。それはフルトヴェングラーの戦中録音と同じように、「明日は自分が生きているかどうかも分からない」という鬼気迫る気概を感じるからです。

10845ウイーン・コンツェルトハウス四重奏団(1951年録音/ユニヴァーサル・ミュージック盤) ウエストミンスター録音です。彼らは全曲の録音を残しませんでしたが、第15番を録音してくれたのは幸いでした。どこをとっても柔かくたっぷりと歌ってくれるのは、歌謡性の強いこの曲にとても似合っています。3楽章はゆったりと広がりが有り、にじみ出る情感が格別です。終楽章も一貫して遅めのテンポで情緒的に歌い上げます。

1196111190バリリ弦楽四重奏団(1956年録音/MCAビクター盤) 幾らウエストミンスターの名録音とはいえ、やはりモノラルの音は古めかしいです。ブッシュSQや同じウイーンPOを母体にするWコンツェルトハウスSQよりはずっと現代的ですが、それでも柔らかい歌はさすがです。テンポ、ダイナミクスともに節度が有り、派手で大袈裟な表情は一切有りませんが、音楽が何の抵抗も無く自然に心の中に染み入って来る感じです。終楽章は遅めのテンポでゆったりと歌っていますが、少々まったりし過ぎのように思います。

90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(1961年録音/CBS盤) 全集盤です。残響の少ない録音は決して耳あたりの良い音ではありませんし、表面的に聴けば武骨で美麗さからは遠い演奏ですが、ここには単に「上手い」とか「美しい」と言うだけでは済まされない圧倒的な凄みが有ります。ベートーヴェンがこの曲に込めた真実の魂を、これほどまでに感じさせる演奏は聴いたことが無いからです。第1Vnのロイスマンは偉大なヴァイオリン奏者ですが、第2Vnのシュナイダーの存在も絶大です。例えば終楽章のメイン主題では普通は第1Vnの音が大きく目立ちますが、伴奏音型の第2Vnがこれほどものを言っている演奏は有りません。その結果、美しい主旋律が尚更生きるのです。3楽章以降の深い感動は、聴くたびに毎回目頭が熱くなります。

151ジュリアード弦楽四重奏団(1969-70年録音/CBS盤) 旧盤の全集からです。昔LP盤で聴いた時には随分と味気の無い演奏に感じて余り気に入りませんでした。4人の卓越したテクニックによる精緻で完成度の高い演奏はセル/クリーヴランド管のイメージとも重なります。決して無機的というわけでは有りませんが、どうも窮屈な印象が拭えません。個人的にはスケールが大きく情感の豊かな新盤の演奏の方を好んでいます。

V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(1973年録音/仏Naive盤) 全集盤です。造形性の強い14番よりも情緒性の強い15番に彼らの演奏は向いています。全体的にゆったりと情緒豊かに歌わせるのに魅入られます。特に後半の3楽章から終楽章が素晴らしいです。ヴェーグの腕が僅かに衰えたとはいえ、この深い音楽表現は正に円熟の成せる業です。3楽章での敬虔な雰囲気には胸を打たれますし、終楽章の旋律の悲哀に満ちた歌いまわしの上手さはハンガリーの血を感じます。少しもメカニカルさを感じること無く、人の肌の温もりを感じっぱなしの大好きな演奏です。

51jrjljelラサール弦楽四重奏団(1975年録音/グラモフォン盤) 後期四重奏曲集です。速めのテンポの現代的な演奏です。澄んだ響きが美しく、ダイナミクスの変化が大きいのが大きな特徴です。3楽章などは清涼な雰囲気が美しいですが、敬虔な祈りとは幾らか異なるようです。終楽章はきりりとして情に流されない強さを感じますが、決して無味乾燥というわけではありません。4つの楽器の音の織り重なりも実に見事です。ユニークな演奏として忘れることは出来ません。

Suske_beethoven_late_2ズスケ弦楽四重奏団(1977年録音/Berlin Classics盤) 全集盤です。かつて実演で聴いた時にはカール・ズスケの音もメンバーの音も、しなやかで美しいけれども流麗過ぎるように感じました。録音でも印象は変わりませんが、厳格に刻むリズムが、やはり生粋のドイツを思わせます。新しい団体に有りがちな極端なダイナミクスの変化は有りませんが、そこが逆に安心して聴いていられます。破格な曲の演奏として、これだけで充分だとは決して思いませんが、オーソドックスな演奏として日常的に聴くには最適だと思います。

D0021969_10143431アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1983年録音/EMI盤) 全集盤です。例によって残響過多で分離の悪い録音は好みでありません。肝心の演奏は1楽章から大胆な歌いまわしでダイナミクスの変化が大きいです。非常にドラマティックですが、大袈裟に過ぎるようにも感じます。2楽章も同様ですが、中間部ではウイーン的な甘さが感じられます。3楽章は敬虔な雰囲気と美しさを感じさせて良いです。問題は終楽章で、劇的に表現しようとするあまり、少々ヒステリックに聞こえてしまいます。どうして彼らの演奏が評論家筋にあれほど高評価なのか不思議です。

51065xicuplジュリアード弦楽四重奏団(1982年録音/CBS盤) ワシントン国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。1960年代の彼らの演奏を聴いていると精緻で機械的なイメージを持ちますが、晩年の演奏やライブでの演奏を聴いてみると全く逆の印象を受けます。特にロバート・マンのヴァイオリンはまるで大家の演奏ぶりで、表現力の豊かさには舌を巻きます。ですので第1Vnの比重の高いこの曲にはうってつけです。大胆でもアルバン・ベルクのような大袈裟さは微塵も感じられず、ただただ音楽の偉大さを心から味合わせてくれるだけです。3楽章の美しさと祈りの深さは見事ですし、終楽章の切迫感ある歌も真実味が有り素晴らしいです。

G7138122wスメタナ弦楽四重奏団(1983年録音/DENON盤) 全集盤です。第14番、15番を彼らの実演で聴けたのは良かったです。但し、この曲の第1Vnに強い表現力を求めたくなる自分としては、イルジー・ノヴァークは幾らか物足りなさを感じます。もっとも4人の奏者が繊細に重なり合うのが彼らの個性ですので仕方ありません。確かに繊細で美しい演奏ですし、2楽章の中間部や3楽章の静寂は神秘的ですらあります。終楽章も心に染み入ります。けれども部分的に流麗過ぎるので、ベートーヴェンの荒々しさがもう少し欲しくなると言ったら贅沢な欲求でしょうか。

Melos_beethoven_lateメロス弦楽四重奏団(1985年録音/グラモフォン盤) 全集盤です。1楽章は豊かな表情とダイナミクスの変化が目立ちますが、テンポは速く演奏に勢いが有ります。ドイツ的というよりも現代的に感じます。2楽章も同様で躍動感は有りますが、もう少し落ち着きが欲しいところです。3楽章の静寂は良いのですが、敬虔な感動はそれほど感じられずムード的に流れるきらいが有ります。終楽章は速めですが、美しく歌っていて悪くありません。非常に模範的な演奏だと言えます。

36305935ボロディン弦楽四重奏団(1988年録音/Virgin盤) 彼らにとってはショスタコーヴィチが中核のレパートリーでしょうが、ドイツもの、特にベートーヴェンもまた重要なそれです。ここでは第1Vnのコぺルマンが東京SQに移る前に素晴らしい演奏を聴かせてくれます。1楽章はスケール大きく重厚な演奏で聴き応えが有ります。一転して2楽章の柔らかく流麗な表現は、まるでウイーンの団体のようです。3楽章は少なめのヴィヴラートが教会オルガンのような敬虔で美しい響きを生み出していてすこぶる感動的です。終楽章も美しい旋律をじっくりと歌いこんだ秀演です。これは正攻法の素晴らしい演奏だと思います。

61vvfzeifl__sl500_aa300_ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(1992年録音/PLATZ盤) 全集盤からです。曲によっては弾き込み不足を感じますが、さすがにこの曲は充分に弾き込んでいます。1楽章は現代的な演奏ですが、2楽章ではウイーン的な味合いが聴き手を魅了します。3楽章も響きが美しく、中間部も堂々としていて立派です。終楽章は旋律をじっくりと歌わせていて文句有りません。やはり曲そのものがウイーンの団体に向いているのでしょう。

Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(1994年録音/グラモフォン盤) 全集盤からです。この曲も第1Vnをドレッカーでは無くゼルツァーが弾くのを残念に思っていましたが、そんな思いを払拭する凄い演奏でした。通常は第1Vnが目立つところを逆に音量を抑え気味にして、完全に4つの楽器の集合体としています。その結果、非常にシンフォニックに感じられるのです。とは言えフレージングや間合いの良さは絶妙の極みで、ゼルツァーもまた凄いVn奏者だと再認識します。3楽章では大きく歌わせずに極ピアニシモのまま和音を響かせ続けます。人間の敬虔な感情を超越して、静寂な悠久の世界に漂うような感覚に襲われます。これはまるで第九のアダージョのようです。終楽章も4つの楽器の集合体として演奏されますが、ここはやはり第1Vnが感情豊かに主張して弾いて欲しい気がします。それはそれとして、とにかくユニークで凄い演奏です。

312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(1998年録音/NCA盤) 全集盤からです。古き良きドイツの伝統に現代的な先鋭性を上手く融合させたのが彼らのイメージですが、この曲ではかなり保守的なスタンスを取っています。イン・テンポで手堅い演奏ぶりは20年も前のズスケSQの演奏と似かよっています。もちろん過不足は有りませんし、オーソドックスである美徳は否定しませんが、この演奏で無ければ聴けないものがほとんど見当たらないのはどうかと思います。

ということで、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中で一番好きなこの曲のマイ・フェイヴァリットは、ブダペストSQ盤を置いて他には考えられません。
他に外せないのは、ヴェーグSQ、ジュリアードSQの新盤、エマーソンSQですが、ボロディンSQにも後ろ髪を引かれます。

さて、次回はいよいよ最後の第16番です。

<追記>ジュリアード四重奏団の旧盤を後から加筆しました。

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