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2013年5月19日 (日)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第11番 ヘ短調 「セリオーソ」 作品95 名盤

ウイーンで「傑作の森」を邁進するベートーヴェンが、第10番「ハープ」から1年後に書いた中期最後の弦楽四重奏曲です。内容が非常に凝縮されて書かれていて、全弦楽四重奏曲の中でも演奏時間が最も短くなっています。ところが、タイトルが示す「セリオーソ(厳粛)」の通り、ピンと背筋を伸ばし襟を正して聴かなければいけないような、非常に厳かな雰囲気が漂います。それでいて悲壮感を伴う熱い情熱をも感じさせて、個人的にも大好きな作品です。

第1楽章は極度の集中力の高さが求められる激しい音楽で、嵐のようにたたみ掛けてくる音符に圧倒されます。途中で何度も繰り返して「コレデモカ!コレデモカ!」と聞こえてしまうのは、案外と僕だけでは無いと思います。

第2楽章は音の進行が斬新で、いずれ無調音楽が生まれるであろうという予感が感じられます。

第3楽章はスケルツォに相当する楽章ですが、ベートーヴェンが「セリオーソ」という表記を付けたのはこの楽章です。従って演奏にはその雰囲気を感じさせなくてはなりません。

第4楽章は主部にアレグレット・アジタートの表記が有るように、第15番作品132の終楽章に似た、悲壮感を伴う情緒的な旋律を持つ情熱的な音楽です。

それでは、僕の愛聴盤をご紹介します。

51u9dbjsblブッシュ弦楽四重奏団(1932年録音/EMI盤) ブッシュはアメリカに渡った1939年以降は良い意味で演奏に近代的な普遍性が加わったと思いますが、それ以前のヨーロッパ録音には、頻発するポルタメントなどに、どうしても古めかしさを感じます。もちろんそれが彼らの魅力と言えばそれまでなのですが、個人的にはアメリカでの録音の方が条件抜きで好きな演奏が多いように思います。この演奏に関しても、濃厚なロマンが印象的ですが、愛聴しているというほどではありません。

1196111190バリリ弦楽四重奏団(1952年録音/MCAビクター盤) ウエストミンスター録音です。古い録音でも、バリリになるとずっとスマートさが加わるので抵抗有りませんし、それでいて現代の演奏に無い人間的な肌触りを感じます。速いテンポでメカニカルに弾き飛ばすことが無いので、ゆったりと曲の旋律線を味わえるのが魅力です。かといって緊張感に欠けたダラダラした演奏だということではありません。ウイーンの甘い歌い回しと現代的な構築性を兼ね備えた素晴らしい演奏です。モノラル録音ですが音質は優れています。

90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(1958年録音/CBS盤) 全集盤です。4人の極めて集中力の高いアンサンブルと激しい音のアタックに圧倒されますが、多用するポルタメントが演奏に甘さを加味します。この一見相反するような要素が彼らの最大の特徴です。残響の少ないむき出しの音は、中々耳に馴染み難いかもしれませんが、これほど最初から最後まで求道的なまでに厳しく厳粛な演奏は有りません。正に究極のセリオーソです。ずっしりとした聴き応えが他の演奏とはまるで別次元です。

1197040876ヴェラー弦楽四重奏団(1964年録音/DECCA盤) 実は、彼らの「ハープ」以上に気に入っているのが「セリオーソ」の演奏です。アンサンブルも優秀ですが、英デッカの名録音が、ウイーンらしい柔らかな美音を余すところなく捕えています。しかも第3楽章のリズムにはハッとするような閃きを感じさせます。こんな見事なセンスの良さは聴いたことが有りません。第4楽章もしなやかに歌い非常に美しいです。彼らがベートーヴェンを僅か2曲しか録音してくれなかったのが本当に残念です。もしも全集を録音してくれていれば、バリリSQ以上の歴史に残る全集となった可能性すら有ると思います。ヴェラーさん、あんたどうして指揮者になんかなったのヨ!

151ジュリアード弦楽四重奏団(1970年録音/CBS盤) 旧盤の全集からです。昔、LP盤で聴いた時には、メカニカルで無機的に感じられて余り好みませんでした。けれども現在改めて聴き直すと、バリリQやブダペストQの録音から10年ほどしか経ていない時代に、これほど先鋭的な演奏をしていたことに驚きます。彼らの技術的に全盛期の凄まじい切れ味と迫力が、この曲の持つ曲想に見事に合致していて素晴らしいです。

V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(1973年録音/仏Naive盤) 全集盤です。この時代、ジュリアードSQの登場以降、猫も杓子も精緻さを追求するようになりましたが、音楽の魅力はそれだけでは無いことを強く訴えかける演奏です。ここには大戦前の極めて情感豊かなヒューマニズムに溢れたスタイルの演奏が有ります。彼らこそ、その最後の生き残りだったかもしれません。現在はこんな演奏を聴くことは決して出来ません。第4楽章がなんとアジタートに歌われてることか!

Suske_beethoven_lateズスケ弦楽四重奏団(1975年録音/Berlin Classics盤) 第1楽章は彼らの演奏の中でも最も切れが良く、ソリッドな印象すら与えられます。第3楽章もやはり同様です。第4楽章ではリズムが明確過ぎて旋律が流れるように聞こえないのが少々マイナスです。全体的にドイツ的な構築性も感じさせますが、時代を先取りしたような先鋭性は、現在のゲヴァントハウスSQの演奏を聴いているような気になります。 

D0021969_10143431アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1978年録音/EMI盤) 全集盤です。第1楽章で猛烈なスピードでたたみ掛けて来ますし、凄まじいアタックはまるで暴漢に襲われているようです。コレデモカ、コレデモカと耳元で叫ばれるようで、正直不快です。第2楽章は何となくせせこましい印象ですし、第3楽章、第4楽章も速めでスッキリしていますが、意外に心に響いてきません。「悪い」とまでは言いませんが、これは本当に多くの評論家が絶賛しているような良い演奏なのでしょうか?EMI特有の残響の多過ぎる録音も相変わらずです。

G7138122wスメタナ弦楽四重奏団(1981年録音/DENON盤) 全集盤です。アルバン・ベルクSQの後に聴くと大人しく聞こえますが、テンポと言いダイナミクスと言い、適度なバランスと、しなやかで美しい音に支えられた演奏です。ボヘミアの草原のような爽やかさが心地良いのですが、反面ベートーヴェンのアクの強さが希薄なので人によっては物足り無さを感じるかもしれません。個人的には思い出深いカルテットなので、何の抵抗感も無く安心して身を委ねられます。

51f03m0kttlジュリアード弦楽四重奏団(1982年録音/CBS盤) ワシントン国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。第1楽章はアルバン・ベルクSQ並みに激しいですが、暴力的に成る手前で踏み止まっているので安心です。第2楽章以降は案外とロマンティックで揺らぎを感じさせるのが心地良いです。ここにはメカニカルで直線的なイメージの彼らの姿は全く有りません。音楽の柄が非常に大きく感じられて実に聴き応えが有ります。

Imagesca41p4peメロス弦楽四重奏団(1984年録音/グラモフォン盤) 全体に比較的速めのテンポですが、決して前のめりに成らないリズムに重みが有り、ドイツ音楽を感じます。フレージングの良さも素晴らしく、旋律線の魅力を充分に引き出している言えます。個人芸が浮き上がることが無く、あくまでも総合体としての音楽の厚みを感じさせるのは、ドイツのオーケストラと共通しています。この演奏は非常に気に入りました。

36305935ボロディン弦楽四重奏団(1989年録音/Virgin盤) 全体的にテンポはゆったり気味です。音の厳しさよりはウイーン的な柔らかさを感じますが、録音がEMIによるのでしょう、残響の過多の影響も有ると思います。アルバン・ベルクSQの録音と同じで、どうも好きになれません。第1楽章の最後などかなり壮絶だと思うのですが、オブラートにかかったようで気の毒です。それでも第4楽章では余りマイナスを感じさせずに、しなやかな歌が中々に魅力的です。

61vvfzeifl__sl500_aa300_ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(1991年録音/PLATZ盤) 全集盤からです。PLATZ録音も残響が多いのですが、音に芯が有るのでEMIよりも好みます。第1楽章では気迫のこもった激しい音が迫り来ます。一転して第2楽章では、ウイーン的な甘く柔らかい音が魅力です。第3楽章のリズムの取り方は、幾らかヴェラーSQに似ています。どうやら先輩の影響を受けたのでしょうか。第4楽章は緊迫感が有りますが、情緒がこぼれ落ちそうで惹きつけられます。

Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(1995年録音/グラモフォン盤) 全集盤からです。全体を18分台と大変な速さで演奏しています。ところが、全ての音符が明確に弾き切れているので浮ついた感じはせず、アルバン・ベルクSQに感じたような疑問はこの演奏に対しては起こりません。第1楽章は壮絶極まりなく、怖ろしいほどに音の凄みを感じます。第2楽章以下も素晴らしいです。ライブ録音なのが信じられないほどの完成度の高さです。この曲は第1ヴァイオリンをフィリップ・セッツァーが弾いています。テクニックは文句有りませんが、歌いまわしはドラッカーの方が上手い気がします。

312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(2002年録音/NCA盤) 全集盤からです。この曲でもがっちりとした構築と凛とした趣の演奏を聴かせてくれます。第3、第4楽章などウイーンの団体の持つ「揺らぎ」とは異なる非常に厳格なリズムを刻みます。いかにもドイツ的です。それがまた「厳粛」さにつながるので、この曲にはとても適していると思います。先鋭性を感じはしても、あくまで彼らのベースに有るのは伝統的なスタイルです。

この曲に関しては、必ずしも「厳粛」というイメージが強くは有りませんが、ヴェラーSQを一番好んでいます。独特のセンスの良さに何とも惹きつけられます。他にはブダペストSQ、ジュリアードSQ新旧両盤、メロスSQ、ウイーン・ムジークフェラインSQ、エマーソンSQと、どれも素晴らしく混戦状態です。

<追記> ジュリアード四重奏団の旧盤を後から加筆しました。

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ベートーヴェン(弦楽四重奏曲:初期~中期)」カテゴリの記事

コメント

ハルくんさん、こんにちは。
「セリオーソ」は ラズモフスキーの3曲と共に、最もベートーヴェンらしい四重奏曲だと私は思っています。
こうした曲は やはりブダペストQの演奏が一番しっくりします。本当に "厳粛"や"真剣"等のイメージをさせる演奏です。私は大好きです。
後期の四重奏曲は さすがに 他の四重奏団のものに心が動きますが、中期の作品に関しては「ブダペストQが有れば・・・」という気持ちになります。(笑)
最高です。

投稿: ヨシツグカ | 2013年5月19日 (日) 14時18分

ヨシツグカさん、こんばんは。

ブダペストQは本当に "厳粛"そのものの演奏ですね。そういう意味では最高です。僕も大好きですよ。
ただ、今回一番惹き付けられたのはウェラーSQでした。これも本当に素晴らしいですよ。

投稿: ハルくん | 2013年5月19日 (日) 17時47分

こんにちは。

中後期の気難しい雰囲気のベートーヴェンはとても興味深いです。セリオーソでは最近の若いモンはなっとらんと言っているような気もします。私はそれ以降のチェロソナタ4番とか、ピアノソナタ28番とか、一筋縄ではいかない作品が好きですね。多くの中高年同様、ベートーヴェンも心身の節目で機嫌が悪かったのでしょう。

アルバン・ベルクSQは動画にもよく載ってますが、ラジオやCDでしか知らなかった面々を映像で改めて見てみると意外に若いですね。もっと大昔の人達かと思っていました。もう解散したのでしょうか。

投稿: NY | 2013年5月22日 (水) 00時31分

NYさん、こんばんは。

ベートーヴェンの中後期は気難しい作品が多いですね。やはり精神的な鬱積が相当有ったのだろうと思います。とりわけ弦楽四重奏曲には精神状態が最もストレートに現れているような気がしますが、ピアノ・ソナタなんかでも相当に感じます。それでも強さを失わないのがさすがベートーヴェンです。我々中高年も見習わなくてはいけませんね。

アルバンベルクSQは2008年に解散したようですよ。評論家筋にあらゆる演奏が高評価を受けていたのは、かつてのカラヤンやポリーニみたいですが、「そんなに良いかなぁ」と思う演奏も案外と有るような気がします。

投稿: ハルくん | 2013年5月22日 (水) 22時13分

こんにちは。

ヴェーグ新録を中々の値段で入手してしまったので苦笑、1~6番を旧録と、10~11番をヴェラーと聴き比べをする日々でした。

新録は、20年の録音技術の差なのか残響なのか低音がよく聞こえる録音なので、特にヴィオラとチェロの厚み。聴いてしまうと旧録の聞こえ無さ具合は残念です。

ただ反面、高音は、そういう演奏をされてるのかも知れませんが旧録がよく聞こえます。旧録がよく歌ってると評されるのはそういう面からもあるのだと思います。

総じて新録は高音を抑制させた演奏なので、短調の4番、11番でソノ魅力を最も感じます。

寝かせておいたヴェラーには参りました。合奏での巧さは抜けているし、絶妙な甘さと音色。全曲今からでも...手遅れですか?笑

12番~は、久しく聴いていないブダペスト新録と聴き比べます。

今年も貴blog、諸先輩方の書き込みを参考に善き音楽を知れました。皆さま、よいお年をお迎え下さい。
m(_ _)m

投稿: source man | 2017年12月30日 (土) 12時33分

source manさん、明けましておめでとうございます。

ヴェラーQ素晴らしいですよね。本当に全曲が聴きたかったですね。
しかしヴェーグもブダペストも個性的で、それぞれの魅力を味わうのは実に奥深い楽しみです。

本年も変わらぬおつきあいをどうぞよろしくお願い致します!

投稿: ハルくん | 2018年1月 2日 (火) 18時18分

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