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2013年5月 6日 (月)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第10番 変ホ長調 「ハープ」 作品74 名盤

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第10番は、ラズモフスキー・セットから3年後に書かれました。この曲に「ハープ」という副題が付けらているのは、第1楽章で登場するピツィカートによる伴奏音型がハープを連想させるからですね。これは、もう皆さんご存知のことだと思います。全体的に優美な曲想を持つことと、この副題から、ともするとこの曲は女性的だと思われがちです。ところがどっこい、そこはベートーヴェンです。優しさを持つ曲でも、やはり「男の」優しさじゃないかなという気がします。ですので、この曲を余りに優美に演奏されると、心地良さは感じても、ある種の物足りなさを感じるかもしれません。

第1楽章はタイトルの由来となっていますのでピツィカートの活躍が印象的です。第2楽章のアダージョは優美な優しさを持ちますが、同時に厳かな祈りの雰囲気も感じさせますね。さすがは楽聖ベートーヴェンです。第3楽章プレストはスケルツォ楽章に相当しますが、運命動機のような4連附が頻繁に登場する緊迫感に息を飲みます。第4楽章は変奏曲ですが、フィナーレにしては高揚感よりもずっと落ち着きを感じさせます。いかにもベートーヴェンらしい人間の深い感情を味合わせてくれるので、個人的にはこの曲で最も好きな楽章です。

というところで、僕の愛聴盤をご紹介します。

10845ウイーン・コンツェルトハウス四重奏団(1952年録音/ユニヴァーサル・ミュージック盤) ウエストミンスター録音です。バリリSQ盤よりは音が固いですが、優れた録音です。全体的に遅いテンポでゆったりと歌っていますが、演奏の古めかしさに逆に魅力を感じます。第3楽章などは意外に速いテンポで緊迫感を感じさせますが、第4楽章のまったり感は時代錯誤と言えるほどです。この得も言われぬ懐かしさこそが聴き手を強く惹き付けて止みません。

Barylli_1012バリリ弦楽四重奏団(1956年録音/MCAビクター盤) ウエストミンスター録音です。バリリSQの中でも人気の高かった演奏だったように記憶します。第1楽章はWコンツェルトハウス以上に遅くのんびりとしています。これぞ古きウイーンの味わいですね。ピツィカートが一番ハープらしく聞こえます。第2楽章の歌の美しさも格別で魅了されます。第3楽章は始めは緊張感に乏しく感じますが、徐々に情緒の深さに惹かれてしまいます。第4楽章では変奏を慌てず騒がず奏する音楽の翳りの濃さが魅力です。Wコンツェルトハウスと同じように、失われてしまった時の大切さをつくづく感じてしまう素晴らしい演奏です。

90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(1958年録音/CBS盤) 全集盤です。この曲の女性的なイメージを覆す、極めて男っぽい演奏です。ナヨナヨしたところは皆無で、骨太の力強さを見せています。と言って繊細さに欠けるということでは無く、むしろ第2楽章など、いかにもベートーヴェンらしい男の優しさを他のどの演奏よりも滲み出しています。第4楽章の各変奏曲での情感の豊かさも出色です。表面的な美しさには背を向けて、音楽の持つ真実性を深くえぐり出した感動的な演奏だと思います。

1197040876ヴェラー弦楽四重奏団(1964年録音/DECCA盤) ウイーン・フィルのコンサートマスター、ワルター・ヴェラーの残した希少なベートーヴェン録音です。ウイーン的な甘く柔らかい音が、この曲の優美な側面を十全に表していて素晴らしいです。アタックは過剰に強調されませんし、およそ音と表情の美しさで言えば最右翼だと思います。技術的にも優れています。但し、この曲の男性的な面を聞き知る為には、この演奏だけでは不足します。そのことを認識した上で、座右に置いておきたい名盤だと思います。

151ジュリアード弦楽四重奏団(1965年録音/CBS盤) 旧盤の全集からです。昔、LP盤で聴いた時には、メカニカルで無機的に感じられて余り好みませんでした。けれども現在改めて聴き直すと、確かに技術的に全盛期のジュリアードの実力は圧倒的ですが、4人が織成す音の美しさと透徹感に魅了されます。曲も彼らのハードボイルドなスタイルに意外なほどに適合しています。甘さ、柔らかさばかりがこの曲の魅力で無いことを見事に証明しています。

V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(1973年録音/仏Naive盤) 全集盤です。ブダペストSQのような堅牢な造形性は求められませんが、情感の深い表現力に置いてはウイーン・コンツェルトハウスにも肩を並べます。この曲でも第2楽章の深い味わいには心から魅了されます。第4楽章での各変奏の大きな歌いまわしと深い情感の表出はこのカルテット独特のものです。それも全て第1Vnのシャーンドル・ヴェーグの存在が有ればこそです。

61zqixj1x9lズスケ弦楽四重奏団(1975年録音/Berlin Classics盤) 音は美しいし、しなやかな表情も良いし、アンサンブルは優れているし、バランスの良さから言ってもリファレンスに最適な演奏だと思います。けれども余りに整い過ぎているというか、サラリとし過ぎているというか、何に置いても強い個性が感じられないのです。昔、実演に接した時も同じように感じました。確かに欠点の無い演奏には違いないのですが、彼らならではの個性が欲しくなるのは我儘でしょうか。

D0021969_10143431アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1978年録音/EMI盤) 全集盤です。EMI特有の残響の多い録音はどうも苦手です。特に第1楽章では、全体の輪郭は聞こえても細部の音が団子に聞こえてしまいます。それでも、第2楽章のしっとりとした歌は美しいですし、第3楽章のリズムにもキレが有ります。第4楽章の各変奏の表情が豊かな点も見事です。ウイーン的な甘く柔らかい音に先進性を適当に織り交ぜて上手くブレンドされた良い演奏だと思います。

G7138122wスメタナ弦楽四重奏団(1979年録音/DENON盤) 全集盤です。彼らはウイーンの団体のような甘さは無いものの、非常にしなやかで美しい音はこの曲に適しています。第1楽章のピツィカートが一番ハープに聞えるのもこの演奏です。全体的に落ち着きが有ってテンポを煽ることも無く、とてもオードソックスな美演です。この曲としては特に不足は感じられないものの、個人的には更にアクの強さを求めたくならないでもありません。

51f03m0kttlジュリアード弦楽四重奏団(1982年録音/CBS盤) ワシントン国会図書館ホールでのライブ録音による新盤です。彼らのかつてのメカニカルなイメージを払拭するような、非常にドラマティックで人間的な演奏です。第2楽章でのロバート・マンのヴァイオリンが何と大きく真実味に溢れた歌を聴かせてくれることでしょうか。これは正に大芸術家の成せる業です。録音のリアルさも加わって、第3、第4楽章の演奏の生々しさにも圧倒されます。アンサンブルの些細な傷などは全く気にならなくなるぐらい凄みの有る演奏です。

Imagesca41p4peメロス弦楽四重奏団(1984年録音/グラモフォン盤) 第1楽章はアンサンブルが優秀ですし、オーソドックスで非常に美しく優れた演奏です。第2楽章は美しいものの心に迫る真実味に欠ける感が有ります。第3楽章は速いテンポで切迫感を出そうとして、逆に上滑りしている印象です。第4楽章で再び聴き応えの有る充実した演奏をしてくれているので、中間の2楽章の出来栄えが少々残念です。

338アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1989年録音/EMI盤) 二度目の全集の第1巻に含まれます。残響の多い音造りは旧全集と同様ですが、こちらの方が音に芯を感じるので良いです。ライブ演奏によるであろう緊迫感も優れます。特に旧盤で不満を感じた第1楽章が上出来です。第2楽章以降についても音の翳りが深く、真実味が増しているので、旧盤とどちらを選ぶかと問われれば、僕は迷うことなく新盤の方を取ります。

61vvfzeifl__sl500_aa300_ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(1991年録音/PLATZ盤) 全集盤からです。これもEMIの録音に似た、非常に残響の深い音造りで、確かにこんな風に聞こえるホールもヨーロッパには有るでしょうが、家で鑑賞するには少々煩わしく感じます。演奏としてはウイーンの甘さと柔らかさに現代的な機能性と鋭敏性をブレンドさせた印象で、現代のミニ・ウイーンフィルという風情なのは決して悪くありません。第3楽章も足が地に付いた上での切迫感の表出が見事です。第4楽章も充実しています。

Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(1995年録音/グラモフォン盤) 全集盤からです。第1楽章の甘く柔らかい音はウイーンの団体以上にさえ感じますが、緊迫感のある部分での激しいアタックには、何もここまでと思ってしまいます。第2楽章の懐かしい歌いっぷりには感心しますし、第3楽章の集中力と迫力も凄いです。第4楽章でも充実した演奏を聴かせますが、特別な演奏と言うほどではありません。この曲は全体的には彼らの先鋭性を発揮する余地はそれほど多くは無かったようです。

312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(2002年録音/NCA盤) 全集盤からです。一音一画を曖昧にすることの無い、いかにもドイツ的な演奏です。歌い崩すことが無いので、第2楽章など物足りなく成りそうなものですが、意外に深々とした祈りの雰囲気を感じさせます。第3楽章のキレの良さには現代の団体らしい先鋭性を感じます。第4楽章の各変奏の弾き分け方も見事です。メンバーは入れ替わっても歴史の重みと新しさ、それに優れた技術を兼ね備えた名演奏だと思います。録音も優秀です。

以上を聴き終えて、優れた演奏は色々と有りますが、特に強く印象に残るのは、ブダペストSQと、ジュリアードSQの新旧両盤です。音楽の風格が他の演奏とは断然違います。その他では、ウイーン・コンツェルトハウスSQ、ヴェラーSQ、ゲヴァントハウスSQあたりが上げられます。

<追記> ジュリアード四重奏団の旧盤を後から加筆しました。

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コメント

ハルくんさん、こんばんは。
GW中は なかなか聴けなかったワーグナーのオペラとバッハのカンタータを聴き込んでいました。やはりドイツ物は良いですね。
さて、「ハープ」ですが、"剛" と"柔"のバランスが難しい曲なのか、なかなか「これは」という演奏が少ないように思います。そういう意味では「ヴァイオリン協奏曲」に似た印象です。
ブダペストQの演奏は"剛"が強めで、ズスケQのものは"柔"が強く感じます。 今のところ 私のお気に入りはゲヴァントハウスQの演奏です。
この曲はウィーンの団体の演奏も聴いてみたいですね。
コンツェルトハウスQあたりは良さそうですね。

投稿: ヨシツグカ | 2013年5月 6日 (月) 23時27分

ヨシツグカさん、こんばんは。

ブダペストは「剛」の最右翼でしょうね。今回聴いて改めてそのように印象を持ちました。正にそこが僕は気に入ったのです。

ゲヴァントハウスはバランスは良いですね。ドイツ的にカッチリしていますが、精巧だしセンスは良いし素晴らしいですね。

ウイーンコンツェルトハウスは現実離れしたようなレトロの雰囲気が良いですよ。僕は大好きです。カンパ―のヴァイオリンの味の濃さが素晴らしいです。
そのカンパ―以上に立派なヴァイオリンだと感じたのがジュリアードのマンです。

投稿: ハルくん | 2013年5月 6日 (月) 23時49分

ハープとセリオーソはいいですね。中期と後期の中間的な性格が味わい深いです。ほぼ同時期のピアノソナタ26番と27番に雰囲気が似てますね。この時期のベートーヴェンは40歳前後でしょうか。現代ではまだまだ若いと言われる歳でも19世紀ではかなり感じるものがあったことでしょう。私も不惑を超えましたが、将来はどうなることやら。

投稿: NY | 2013年5月 8日 (水) 22時18分

NYさん、こんばんは。

明かに後期を予感させるというか、既にしっかりと顔を出していますね。それにしてもまぁ、1曲1曲とてつもない音楽です。それがこれから更に深まって行くのですから信じられません。

私なんぞは不惑をとっくに通り越して、もうしばらくで耳順ですよ。なかなか他人の意見に素直に従う境地には達しないですねぇ(笑)

投稿: ハルくん | 2013年5月 9日 (木) 00時11分

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