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2013年4月26日 (金)

ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第9番 ハ長調 「ラズモフスキー第3番」 作品59-3 名盤

ラズモフスキー四重奏の最後を飾る「第3番」は非常に斬新な作品です。この曲は20世紀のカルテットの姿を予見していたかのように思えてしまいます。それまで伝統的に、第1ヴァイオリンが専制君主的に演奏全体をリードして、自分の歌いたいように旋律を歌い、他のメンバーはそれを伴奏して支えるという弦楽四重奏の構成を、この曲では4つのパートの役割が完全に均等に割り当てられています。顕著なのは第1楽章と第4楽章ですが、特にフーガの手法を用いた第4楽章は、4つのパートの比重が全くの平等ですし、最初の主題を一番地味な音色のヴィオラから始めて、以後チェロ→第2ヴァイオリン→第1ヴァイオリンと受け継いでゆくので、段々と音色の明確度が高まり、楽器の特性が生かされるという作曲の閃きが実に素晴らしいです。

以上のことを考えてみると、昔の専制君主型のカルテットのスタイルではこの曲の真価を表すことは難しかったでしょう。20世紀も半ばになって、ブダペスト弦楽四重奏団によって、初めてこの曲の真価が表されたと言っても過言では無さそうです。「ハ長調」という調性もあって、作曲された当時、3曲の中で最も聴衆に理解されたとの話ですが、本当にこの曲の真価が演奏によって表されるには、更に時の流れが必要だったと思います。

もっとも「第3番」は非常にストレートな曲なので、最初に聴いた時のインパクトは大きいのですが、何度も繰り返して聴くと、第1番、第2番に比べて、幾らか飽きが来やすいようにも思います。大傑作であることに変わりは無いのですけれど。

この曲の演奏の良し悪しの判断には第1楽章と第4楽章の出来栄えが大きく影響しますし、メンバーの力量の均一性が非常に重要です。演奏する側にとっては非常な難曲です。ところが、こともあろうに僕はこの曲の第4楽章を演奏会で演奏した経験が有ります。それは大学の卒業記念の演奏会で、オーケストラ部の卒業生の数名同士でメンバーを組んで短い室内楽曲を演奏したのです。小ホールでのミニ・コンサートでしたが、僕は仲間とカルテットを組んで、選んだ曲が何とこの曲の第4楽章でした。
それにしても、この曲を人前で弾くと言うのは何とも無謀極まり無く、ヴィオラのソロで曲を開始しましたが、緊張で指が空回りしてしまい悲惨な状況と成りました。恐らく聴いていた人には冗談音楽に聞こえたことでしょう。(苦笑)

この曲を聴くと、今でもそんな青春時代の悪夢??が蘇りますが、世界の一流プロは流石に上手いです。そんなこの曲の愛聴盤をご紹介します。

51u9dbjsblブッシュ弦楽四重奏団(1933年録音/EMI盤) アドルフ・ブッシュは20世紀の偉大なヴァイオリニストですが、この曲の場合には他の3人に同等の力量が要求されるように書かれているので、やや聴き劣りします。ヴィオラ、チェロの音程の甘さは気になるところです。第4楽章で拍の長さが均一で無いのも(もちろん意図的な表現なのでしょうが)抵抗を感じます。第2楽章の悲壮感溢れる歌は流石なものの、全体的には古めかしさを感じてしまいます。録音はもちろん古いです。

10845ウイーン・コンツェルトハウス四重奏団(1952年録音/ユニヴァーサル・ミュージック盤) ウエストミンスター録音です。1楽章で主部に入っても慌てず騒がず、じっくりと進む様は、さながらクレンペラーかクナッパーツブッシュを思わせます。第3楽章での大時代がかった遅さにも驚きますが、第4楽章こそ彼らの真骨頂です。非常に遅いテンポで歌うように進むので旋律線が明確に聴き取れます。速いだけが能では有りませんよ、とでも言っているようです。この曲に関しては、同じ古めかしいスタイルでも、僕はブッシュSQよりもこちらの方が好きです。録音は古いながら明瞭です。

1196111187_2バリリ弦楽四重奏団(1955年録音/MCAビクター盤) ウエストミンスター録音です。コンツェルトハウスSQに比べると、メンバー全員が若く技量が上がっているので、この曲本来の音の構築性が充分に表現出来るように成りました。第2楽章での音の重なり合いの美しさと深い祈りの雰囲気も非常に素晴らしいです。第3楽章ではウイーン的な甘さと柔らかさに魅了されます。そうした美感を持ちながら、情緒至上主義には終わらないので、第4楽章では現代的な機能性も持ち合わせているところを感じさせます。録音はモノラルですが極上です。

90650dc0bfe3c81c14f641d351d90ca5ブダペスト弦楽四重奏団(1958年録音/CBS盤) 全集盤です。古くからの第1ヴァイオリン専制君主型から脱して、4人の民主政治型の演奏スタイルを確立したのはブダペストSQですが、それに最も適したのがこの曲です。4人のメンバーの力量が完全に均等で、アンサンブルが完璧であった為に、当時は「即物的だ」などと言われたそうですが、それぐらい上手かったわけです。現在聴くと、無機的な印象は全く無く、人間的な味わいも強く感じます。圧巻は第4楽章で、現代の速さを競うスポーツ競技のような演奏とは全く異なり、速過ぎも遅過ぎもしない理想のテンポで重戦車が爆走するような迫力と聴き応えを感じます。

151ジュリアード弦楽四重奏団(1964年録音/CBS盤) 旧盤の全集からです。昔、LP盤で聴いた時には、テンポも速過ぎ、メカニカルで無機的に感じられて余り好みませんでした。けれども現在改めて聴き直すと、メンバー4人の高度な技術が一体と成った合奏の切れ味と迫力には圧倒されるばかりです。終楽章の速さも新盤以上で、手持ちの演奏でこれより早いのはエマーソンSQのみです。バリリQやブダペストQの録音から10年も経ていない時代に、このような演奏をしていたとは、今更ながら本当に驚きです。

61zqixj1x9lズスケ弦楽四重奏団(1967-68年録音/Berlin Classics盤) ベルリン歌劇場管弦楽団のメンバーで編成されたこのカルテットの技量は専門の団体に劣らない技量を持ちました。ですので、この曲でも充分に弾きこなしています。強いて言うと、チェロの速い音が時々曖昧に聞こえる箇所が有りますが許せる範囲です。全体に東ドイツ的な堅牢さよりも、むしろ音のしなやかさを強く感じさせますが、オーソドックスな名演奏として何の抵抗も無く安心して曲そのものを味わえます。

V4871ヴェーグ弦楽四重奏団(1973年録音/仏Naive盤) 全集盤です。第1Vnのシャーンドル・ヴェーグは、情緒的な表現力ではブッシュ、カンパ―並みの素晴らしさですが、アンサンブルに現代的な意味での洗練度は求められません。そこがブダペストSQに及ばない点です。従って、この曲には不向きなように思えますが、聴いてみると案外その弱みが気に成りません。機械的な冷たさではなく人間的な温か味が感じられて、これはこれで悪くありません。

1939ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(1977年録音/ビクター盤) 「第2番」の感想と同じようになってしまいますが、コンビチュニー時代のゲヴァントハウス管の「野武士」に例えられる武骨な響きの名残を感じさせる演奏です。頑固なまでに融通の利かないイン・テンポを守っていて、ずしりとした手ごたえが有ります。柔らかいウイーン・スタイルでも現代的にスマートなスタイルでも無い、これこそは古きドイツ風と呼べるでしょう。このような貴重な演奏の録音が我が国で行われたことに感謝したいと思います。

D0021969_10143431アルバン・ベルク弦楽四重奏団(1978年録音/EMI盤) 全集盤です。EMI特有の残響の多い録音は生の会場に近いのかもしれませんが、細部が聴き取りにくいのが欠点です。彼らは第1楽章を速いテンポで疾走しますが、16分音符が団子に聞こえてしまい残念です。第2楽章はギュンター・ピヒラーを中心にしなやかに歌わせています。第3楽章はさすがにウイーンの団体らしく甘く美しくとても魅力的です。第4楽章でも録音のマイナスは有りますが、集中力の高いアンサンブルを繰り広げています。

G7138122wスメタナ弦楽四重奏団(1979年録音/DENON盤) 全集盤です。スメタナSQのチェコものは掛け値なしに好きですが、ベートーヴェンは当時の評価の高さほどには凄いと思っていません。彼らの生演奏に接した時にもそう感じました。この曲でもオーソドックスな表現で聴き易い反面、ベートーヴェンらしいアクの強さが薄いような気がします。メンバーではチェロのコホウトが幾らか弱く感じられるのもマイナスです。

51f03m0kttlジュリアード弦楽四重奏団(1982年録音/CBS盤) ワシントン国会図書館ホールでのライブによる新盤です。ブダペストSQと同様、目の前で演奏しているような生々しいCBS録音は好きです。機能的に追い込んだアンサンブルも凄いですが、ライブのせいで無機的な冷たさは感じさせず、メンバー全員の実在感の有る音と演奏の凄みだけが伝わって来ます。第4楽章は相当な速さですが、僅かに音符が前のめり気味です。大して気になるほどでは無いのですが。

Imagesca41p4peメロス弦楽四重奏団(1984年録音/グラモフォン盤) 当時の新世代のドイツのカルテットとして非常に優秀なアンサンブルを誇りましたが、この曲を聴く限り、第3楽章はとても美しいものの、第1楽章や第4楽章では速いテンポに幾らか音符が鳴り切っていないように感じてしまいます。カラヤンやクライバーを意識した訳でも無いでしょうが、無理に飛ばしている印象です。時代の流れでは仕方有りませんが、重厚なドイツの演奏スタイルは既に消え去る運命だったのでしょうか。

36305935ボロディン弦楽四重奏団(1987年録音/Virgin盤) ラズモの1番では残響過多の録音に閉口しましたが、2年前に録音された3番の方が良好です。演奏も非常にオーソドックスで好感を持てます。古くも無く先鋭的でも無く、僕のような年代には安心して聴いていられます。アンサンブルは優れていますがメカニカルには感じません。ロシア演奏家のドイツものは余り趣味では無いのですが、彼らは例外です。時にウイーン的な甘さを感じさせるセンスの良さが魅力的です。4楽章ではゆとりと貫禄を感じさせます。

61vvfzeifl__sl500_aa300_ウイーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団(1990年録音/PLATZ盤) 全集盤からです。第1楽章から速いテンポでかっ飛ばすので、チェロが付いて行けずに苦労しています。全体もバタついた印象です。第2、第3楽章も速めですが、さすがに美しく良く歌っています。第4楽章は驚くほど速いですが、音符を弾き飛ばしている印象が有り、意外に感銘を受けません。別にジュリアードやABQに対抗する必要は無いと思うのですがねぇ。

Emersonbeethovenエマーソン弦楽四重奏団(1994年録音/グラモフォン盤) 全集盤からです。4人の奏者の存在感が全くの五分という点においてはブダペストSQ以来だと思います。第1楽章を相当速いテンポで弾いているにもかかわらず、一つ一つの音符の迫力と凄みは驚くほどです。第2、第3楽章では旋律を甘く柔らかく歌いますが、対旋律や伴奏音型にことごとく意味が込められているのにも目からうろこです。そして白眉は第4楽章で、圧倒的な猛スピードでありながら、弾き飛ばすどころか細部に聴かせどころ満載です。手に汗握る展開に言葉も失い、ただただ息を止めて聴き入る他有りません。

312ゲヴァントハウス弦楽四重奏団(2003年録音/NCA盤) 全集盤からです。録音の良さも加わって、冒頭の和音の美しさに耳を奪われます。ビブラート少なめでピッチが正確だからでしょう。主部に入っても一音一画を曖昧にすることなくキッチリと音にしています。ダイナミクスやアクセントが明確なのはいかにもドイツ的です。第2、第3楽章も美しい響きをベースによく歌い聞かせます。第4楽章は無理の無い速さで、弾き飛ばすこと無く丁寧に音にしています。とても味わいの深さを感じます。

以上ですが、この曲の場合は、やはり第4楽章で受ける感銘の度合いで勝負が決まるように思います。そうなると圧倒的な聴き応えという点でブダペストSQが最高ですが、もう一つそれに匹敵するのがエマーソンSQです。さしずめブダペストが東の横綱大鵬ならば、エマーソンが西の横綱柏戸という両横綱です。そして大関の座には、ジュリアードSQの新旧両盤に後ろ髪を強く引かれ(抜けそうになり)ながらも、新旧のゲヴァントハウスSQの両盤を据えたいと思います。

<追記> ジュリアード四重奏団の旧盤を後から加筆しました。

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コメント

ハルくんさん、こんばんは

私が最初に聴いたのがブダペスト弦楽四重奏団のLPで、今でもこの演奏を、男臭さと言うか叔父さん臭さと言うか、独特の存在感を覚えて、聴きたくなります。第1ヴァイオリンの音程がアブナイ感じがするのですが、聴いている内に慣れてくる様で、あまり気にならなくなります。HABABI

投稿: HABABI | 2013年4月26日 (金) 21時33分

ハルくんさん、こんばんは。
ラズモフスキー第3番を聴いていると 私は 「運命」や「熱情」を聴く時のような感じがします。イメージとしては、"苦悩を越えての勝利(完成)"でしょうか。
そういう意味では ブダペストQの演奏は この曲にぴったりですね。私も彼らの演奏が一番好きです。
しかし、先日 購入した ブッシュQのCDを聴いていると 特に第2楽章での チェロのピチカートに今まで感じた事のない、「真実性」を感じてしまいました。私の心にグッと響いた演奏です。          多分、再生機器の違いも あるのでしょうね。

投稿: ヨシツグカ | 2013年4月26日 (金) 21時36分

HABABIさん、おはようございます。

僕が最初に聴いたのはジュリアードの旧盤です。吉田秀和氏推薦だったので購入しましたが、2番目に購入したブダペストの方がずっと良いなぁと思いました。好みですね。

ブダペストの第1ヴァイオリンの音程は決して危ないとは感じませんが、録音当時相当な年齢だったはずで、その割には技術はしっかりしていると思います。
とにかくこの武骨な男っぽさがたまりません。

投稿: ハルくん | 2013年4月27日 (土) 06時21分

ヨシツグカさん、おはようございます。

この曲はブダペストがやはり一番ですね。近年ではエマーソンに衝撃を受けましたが。

ブッシュQは第2楽章はさすがに聴かせてくれますね。ただ第1、4楽章がどうも古めかしく感じてしまい、余り好みません。演奏の歴史の上では外せないですけれど。

投稿: ハルくん | 2013年4月27日 (土) 06時27分

ハルくんさん、こんばんは。
エマーソン四重奏団の全集セットを2000円を切る価格でかなりお安く入手出来、ここ10日ほど 聴き込んでいます。
その圧倒的な合奏能力の高さ、 豊かな音楽表現、さすがに 現代最高のカルテットの1組と言われるだけはありますね。
ベートーヴェンの四重奏曲を ここまで"克明に"演奏出来るなんて 物凄い事だと思います。
こういう演奏で 聴きたい作品は やはり ラズモフスキーの3曲ですよね。私は、この3番と2番が"しっくり"来ました。 彼らの演奏を聴いていると トスカニーニやムラヴィンスキーのベートーヴェンに共通する感覚を覚えます。 聴いていると 他の演奏と 聴き比べがしたくなる・・・そう言う感覚です。
これは 素晴らしい事だと思います。
私は こういう感覚を大切にしていきたいと思っています。

投稿: ヨシツグカ | 2013年9月12日 (木) 23時49分

ヨシツグカさん、こんばんは。

エマーソンSQの全集を入手されましたか!
是非とも聴いて頂きたいと思っていました。

確かにトスカニーニやムラヴィンスキーのベートーヴェンにも共通するでしょうが、もっと近いのはCクライバーのように思います。よく似た「華」を感じるのですね。

実は僕のほうは最近ジュリアードSQの旧全集を購入しました。30年ぶりに聴いています。昔LP盤で聴いたときの印象と変わりませんが、これこそトスカニーニのベートーヴェンかも。
齢を重ねたせいか、昔よりもずっと楽しめます。これをどう記事に加えようか考え中です。

投稿: ハルくん | 2013年9月13日 (金) 01時02分

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