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2013年3月16日 (土)

シューマン ピアノ協奏曲 続・名盤 ~リヒテルとグリモーの名演奏~

シューマンのピアノ協奏曲はロマン派らしい名曲だとは思うのですが、意外と演奏は難しく思います。というのは、ピアノが頑張れば何とでもなる古典派の曲とは違って、オーケストラの響きにも深い陰影が求められるからです。その典型がブラームスでありシューマンです。

オーケストラの深い響きに支えられて、始めてピアノは演奏の舞台を得られるのですが、この曲では結構退屈してしまう場合が多いです。この曲に心の底から感動できる演奏というのは、考えてみたらディヌ・リパッティ/アンセルメ盤ぐらいかもしれません。不治の病魔に侵されて残り少ない命の炎を燃やしながら、高熱にもかかわらずピアノに向かった、あの伝説のコンサートです。アルフレッド・コルトーやマルタ・アルゲリッチらの雄弁な演奏も印象的でしたが、それでもリパッティの感動には到底及ぶところでありません。

そのような訳から、この曲の新しい演奏にも興味が湧くことが少なくなってしまいましたが、ところがどっこい、二つの素晴らしい演奏に出会いました。今回はそれをご紹介します。

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スヴャトスラフ・リヒテル(Pf)、リッカルド・ムーティ指揮ウイーン・フィル(1972年録音/オルフェオ盤)

私見ではリヒテルはシューマンの演奏が一番です。にもかかわらず、これまでのこの協奏曲の録音には余り恵まれていません。オーケストラのレベルが低いか、適していないかのどちらかだったからです。その点で、このザルツブルク音楽祭のライブでは、若き才能溢れるムーティが指揮するウイーン・フィルという、かなり理想に近いコンビに恵まれました。

期待に違わず、1楽章からシューマン特有のロマンの世界に引きずり込まれます。録音、マスタリングとも申し分なく、リヒテル本来の美しく底光りする音が忠実に捉えられています。これでこそリヒテルの実力が生きてきます。これまでのリヒテルの残したシューマンの録音のベストのように思います。演奏についても、ゆったりと悠然とした構えで、けれどもエスプレーシヴォのところは充分に盛り上げています。ほの暗いロマン性の表出がなんと見事なことでしょう。ムーティの指揮も素晴らしく、ウイーン・フィルから同じように暗いロマンの音色を引き出しています。

2楽章の味わいも見事です。ともすると退屈になる楽章ですが、音色と雰囲気だけで充分に酔わされます。オーケストラの音は、シューマンの心の奥にある幸福感や不安の入り混じった複雑な感情をそのまま聴かせてくれているかのようです。

3楽章はゆったりとした恰幅の良い演奏で、若きシューマンの精神の高揚ぶりというよりは、ロマン派の王道を行くような貫禄に満ちています。音楽が一つグレードアップしたかのような威厳を感じます。もちろん決して情熱が失われてるわけではありません。リパッティの命を燃やし尽くすような凄まじい気迫とは異なりますが、充分に「熱さ」も感じます。

なお、このCDには別の日の演奏で、モーツァルトのヴァイオリンとヴィオラのほうの「シンフォニア・コンツェルタンテ」K364が収められています。ゲルハルト・ヘッツェルの独奏が聴けるという貴重な録音です。

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エレーヌ・グリモー(Pf)、エサ・ペッカ=サロネン指揮シュターツカペレ・ドレスデン(2005年録音/グラモフォン盤)

これまでに何度も書いていますが、グリモーが若い頃にザンデルリンクの指揮で録音したブラームスのピアノ協奏曲第1番は奇跡的な名演奏でした。そして、ブラームス晩年の小品集も同じように素晴らしかったです。深いロマンを内包した彼女の音と表現はブラームスに一番向いているように思います。ですので、同傾向のシューマンの演奏が悪いはずがありません。

この演奏は決してピアノを弾き崩してドロドロにしているわけではありません。(そのようなスタイルではコルトーが最高です。)感情を豊かに表現しながらも、一定の節度を保ったうえで、シューマン独特のまだら模様の色彩を刻々と変化せているのです。少しも奇をてらう表現はしなくても、自然にシューマンの音楽が具現化できてしまうグリモーは、生粋のロマンティストだと思います。

この曲の録音はドレスデンのルカ教会で行われました。SKドレスデンの持ついぶし銀の響きを最も忠実に捉える、残響の豊かなあの教会です。サロネンの指揮は余計な事を全くしていません。それが良いのです。この古都のオーケストラは、自分たちの古雅な美音を自発的に出せる優秀な楽団だからです。シューマンのまだら模様の音色に何と見事に適合していることでしょうか。

このCDには「Reflections」とタイトルが付いていますが、この場合は「似ている人、あるいは思想、考え方」という意味に思います。カップリングされているのは、クララ・シューマンの歌曲3曲(歌うのはアンネ・ゾフィー・フォン・オットー)、ブラームスの「チェロ・ソナタ第1番」(チェロはトルルス・モルク)、それに「二つのラプソディー」作品79です。音楽的にも近似していたシューマンとその妻クララ、それにブラームスの3人は、私生活においても深い関係に有りました。その3人の曲を集めて1枚のコンセプトアルバムに仕上げるあたりのセンスの良さはさすがです。

メインのシューマンの協奏曲はもちろんですが、他の曲、とりわけブラームスの曲に感銘を受けました。チェロ・ソナタでの彼女のピアノは、翳の濃さがブラームス晩年の作品のような佇まいを醸し出していて、これまでに聴いた中でのベストです。「二つのラプソディー」でも、速いテンポで焦燥感に溢れますが、決して一本調子で無く複雑な精神的葛藤を見事に表しています。ラプソディックであることこの上ありません。この曲でも、やはりこれまでのベストに思います。それにしてもグリモーの弾くブラームスは何故これほどまでに素晴らしいのでしょう。いずれは、ピアノ協奏曲第2番を是非ともSKドレスデンと録音して貰いたいです。指揮者ですか?それはもう誰でも良いです。(笑)

リパッティ/アンセルメの伝説的ライブは別格としても、それに次ぐだけの出来栄えの素晴らしい名盤が加わりました。録音を考慮に入れれば、今後はこのリヒテルとグリモーの二つの演奏を第一にお勧めしたいと思います。

<過去記事>

シューマン ピアノ協奏曲 名盤
シューマン ピアノ協奏曲 続々・名盤

ブラームス ピアノ協奏曲第1番 名盤
ブラームス 晩年のピアノ小品集

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シューマン(協奏曲)」カテゴリの記事

コメント

ハルくんさん、こんばんは。 シューマンのピアノ協奏曲といえば、あの、リパッティが命を懸けた(正に、ウルトラセブン最終回のパンドン戦のような)壮絶な超名演があるので、なかなか満足できる演奏は難しいと思いますが、オケの音色でいえば SKDは非常に魅力的ですね。グリモーも好きなピアニストなので 是非、購入したいと思います。CDのご紹介、ありがとうございます。

投稿: ヨシツグカ | 2013年3月16日 (土) 23時34分

ヨシツグカさん、こんばんは。

ウルトラセブン!懐かしいですねぇ。
弱り切った体で地球の平和を守る最後の戦いに臨んで、そして宇宙に帰ってゆくウルトラセブン。ディヌ・リパッティも同じように最後の戦いに臨んで、そして天国に帰って行きます。リパッティとモロボシ・ダンは実は時を越えた兄弟だったのかもしれませんね。
それはさておき(笑) このグリモー盤は非常に良いと思いますよ。ご感想を楽しみにしていますね。

投稿: ハルくん | 2013年3月17日 (日) 00時03分

そうです、セブンです!でもなぜシューマンかと問われると困るのですが。

シューマンのオケは交響曲にしても協奏曲にしても難しい、すぐ「てんでばらばらな音楽」になってしまいそうです。しかもこの協奏曲、初めは第1楽章しかなかったのを、後から書き足したんじゃありませんでしたっけ?まとまりがない演奏になりやすいのは当然なのです。グリモーまだ聴いたことがないので、マークしてみましょう。

ところで先日の諏訪内さんの番組では、どこで開催する何と言う音楽祭なのか紹介がなかったような気がするのですが、何か意図があるんですかねえ。音楽祭の名称に商品名でも入っているのかと思ったけど、そうではないようです。

投稿: かげっち | 2013年3月19日 (火) 13時11分

かげっちさん、こんにちは。

シューマンは先に「ピアノと管弦楽のための幻想曲」という曲を書いていて、それを第1楽章として書き替えたらしいです。統一感が無いというほどではありませんが、後半はちょっと雰囲気が変わりますものね。

番組が諏訪内晶子個人の特集ですからね。
それにNHKは自前の「NHK音楽祭」が有りますから、余り他のプロモーターの音楽祭のことは大々的にしたくないのでしょう。

投稿: ハルくん | 2013年3月19日 (火) 21時31分

こんにちは。

シューマンの話題ではないですが、ブラームスのラプソディーの名演は少ないですね。大家の演奏はあんまり印象がよくないです。1番は難曲ですし、2番は有名なのでかえって表現が難しいのでしょうね。グリモーの動画が最近は見当たらなくなりました。CD買えってことでしょうか.....女流ではヴァルシの演奏が堅牢で素晴らしいと思うのですが、これは廃盤かもしれません。アルゲリッチはテンポや強弱の振幅が大きすぎてどうもこの曲には合っていない気がしました。

投稿: NY | 2013年3月24日 (日) 18時59分

NYさん、こんばんは。

確かにグリモーのWEB動画が最近よく見ることが出来なくなっていますね。人気が出て来たということでしょうかねぇ。残念なことです。
このCDの演奏はとても気に入りました。元々好きなタイプ(顔の話ではないです)ではありますけれども。

ヴァルシの演奏は聴いたことがありません。随分前に引退して、何年か前に復活したみたいですね。現在は弾いているのでしょうか。

アルゲリッチも、この曲の演奏は聴いていないと思います。

投稿: ハルくん | 2013年3月24日 (日) 23時54分

それにしてもグリモーの弾くブラームスは何故これほどまでに素晴らしいのでしょう。いずれは、ピアノ協奏曲第2番を是非ともSKドレスデンと録音して貰いたいです。指揮者ですか?それはもう誰でも良いです。(笑)

ははは。本当に指揮者など誰でもいいですから二番を録音して貰いたいですね。たまたまReflection を聴き続けた後に出会ったBlogなので、どうしてもコメントしたくなりました。SchumannとBrahmsをこれほど表せるピアニストはなかなかいないと思います。いつまでも元気でいて欲しいのですが、胃癌の手術(2009年?)以来とボーイフレンドと別れたせいでしょうか、最近急に老けたみたいで気になります。Helene 頑張れ!

投稿: JJ | 2013年3月29日 (金) 16時05分

JJさん、こんにちは。
コメントをいただきましてありがとうございました。

グリモ−は一昨年にモーツァルトの素晴らしいアルバムを発表しているので大丈夫じゃないですかね。
彼女には本当に期待しています。

またのコメントを楽しみにお待ちしていますので、どうぞよろしくお願いいたします。

投稿: ハルくん | 2013年3月30日 (土) 11時25分

今晩は、ハルくん。
さしでがましいかもしれませんが、明日NHKEテレ21時からエレーヌのインタビューと演奏会の様子を放送するみたいです。らららクラシックはお引っ越しをし、新番組が2時間枠で始まるんですね。 期待して見てみようっと!
ハルくん、昨夜の勘三郎さんの特番ご覧になりましたか?孫の七緒八ちゃんの可愛いらしい事と言ったら。。。2歳にしてもう歌舞伎役者なんですもの。驚きと感激と涙の2時間でした。

投稿: from Seiko | 2013年4月 6日 (土) 22時14分

Seikoさん、こんばんは。

らららクラシックが引っ越し縮小されたのは知っていましたが、明日の新番組はまだ知りませんでした。グリモーのN響定期を放送するのですね!実はこのコンサート、行こうかどうしようか迷っているうちにチケットを買いそこなったのでTVで観たいと思っていたのですよ。
お知らせをどうもありがとうございました!♡

勘三郎さんの特番もちろん観ましたよ。
七緒八くん可愛いですね。大きくなったら未来の歌舞伎界を背負うのでしょうね。
勘三郎さんの過去のトーク番組も最高でしたね。大竹しのぶとか野田秀樹とか・・・
野田さんの弔辞には涙しました。

投稿: ハルくん | 2013年4月 6日 (土) 23時22分

こんにちは。
リヒテル/orfeo盤ついに入手。ずーっと値が下がるのを待っていたのです。

澄んだ音質なので、ガスヒーターを点けずに済むコノ時間にようやくしっかり聴けました。笑

冒頭Vn独奏がヘッツェルなら、続くのがリヒテルなんて、なんと贅沢な独奏リレー!!完全に引き込まれました。許される限り大音量で聴いてみたい!

バースタインとのマーラー4番/First Classics盤といい、VPOはコノ類の曲では唯一無二の音を出してくれます。スゴい。

投稿: source man | 2013年12月27日 (金) 13時13分

source manさん、こんにちは。

お聴きになられましたか。気に入られて良かったです。
リヒテルのピアノも素晴らしいですが、ウイーンPOの演奏がとても美しいですよね。
これはやはり静かな環境で聴かれたいですね。(笑)

バーンスタイン/VPOのマーラー4も最高ですね。音質も良いですし。VPOの音は本当に特別です。

投稿: ハルくん | 2013年12月27日 (金) 18時27分

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