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2013年2月

2013年2月26日 (火)

グリーグ ヴァイオリン・ソナタ集 ~オーレ・ベーンの名演で~

グリーグはピアノ独奏曲を数多く書いていて、どの作品も抒情的で非常に親しみ易いように感じます。それに比べると室内楽作品はずっと少ないのですが、その中で僕の愛聴曲に3曲のヴァイオリン・ソナタが有ります。各曲について簡単にご紹介しておきます。

ヴァイオリン・ソナタ 第1番ヘ長調 作品8

グリーグがデンマークに住んでいた22歳の年に最初のヴァイオリン・ソナタが作曲されました。ある部分はシューマン風でもあり、またドヴォルザーク風でもあり、まだまだ個性に乏しいのは否定でません。それでも、既にグリーグらしい爽やかな抒情が感じられますし、第2楽章ではノルウェーの民族楽器ハーディング・フェーレのような響きを響かせたりと、それなりの面白さは有ります。

ヴァイオリン・ソナタ 第2番ト長調 作品13

24歳の時にノルウェーに戻ってから作曲されました。第1番から僅か2年しか経っていませんが、内容的には格段に進歩しました。第1楽章からグリーグらしさに溢れていますし、民謡調の旋律が魅力の第2楽章は、なんと深い抒情を湛えていることでしょうか。ドヴォルザークのヴァイオリン小品に通じる雰囲気を感じますが、あくまでもグリーグの音楽そのものです。第3楽章は優雅で美しい北欧舞曲で心が躍ります。

ヴァイオリン・ソナタ 第3番ハ短調 作品45

この曲はずっと後の44歳の時の作品です。どうして20年ぶりに再びヴァイオリン・ソナタを書く気になったのかというと、実はテレジーナ・トゥアという名前のイタリアの女性ヴァイオリニストが、グリーグ宅を訪れたのがきっかけだったようです。これは大いにアヤシイですね。きっと彼女は大変に魅力的だったに違いありません。
この曲はハ短調という調性からも、ドラマティックな要素を持っています。とりわけ第1楽章はブラームスを想わせる曲想と、グリーグ的な抒情とが交互に現れて魅了されます。第2楽章はとてもロマンティックな夜想曲風です。どことなくボロディンのノクターンにも似ていますし、これはテレジーナと二人で語り明かした夜を想って書かれたような気がします。中間部の胸の高まり具合はいかばかりでしょう。第3楽章は民族的な特徴あるリズムが大そうご機嫌です。

3曲のうちで人気の高いのは第3番ですし、グリーグの音楽の魅力に溢れた名曲なのは間違いありません。けれども、個人的には第2番も非常に好んでいます。

Grieg_838オーレ・ベーン(ヴァイオリン)、アイナル・ステーン=ノックレベルグ(ピアノ)(1985年録音/独SOUND STAR-TON盤)

いわゆる「国民楽派」に分類される作曲家の作品は、やはり同郷の演奏家が一番しっくりきます。チャイコフスキー、ドヴォルザーク、シベリウス、いずれもなのですが、グリーグもまた、しかりです。このソナタ集はそれなりに演奏されていて、CDも出ていますが、同郷の演奏家で良さそうなものが無いかと探して見つけたのが、この演奏です。

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オーレ・ベーン

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アイナル・ステーン=ノックレベルグ

オーレ・ベーンは1945年生まれのノルウェーのヴァイオリニストです。欧米ではメジャーオケのソリストとして多く演奏をしている実力者なのですが、日本での知名度はゼロに近いようです。同じノルウェー人のピアニスト、アイナル・ステーン=ノックレベルグのほうは、グリーグのピアノ曲を全曲録音しているのでご存じの方は多いのではないでしょうか。この人は1944年生まれですので、二人は全くの同世代です。

このCDはドイツのレーベルで制作されましたが、本当に魅力的な演奏を聴かせてくれます。二人のテクニックは確かですし、特にオーレ・ベーン思い切りの良い弾き方は、変な神経質さが無くて爽快です。といって無神経で荒い演奏とは全く異なります。何よりも、「面白く聴かせてやろう」という力みを全く感じさせません。曲そのものに自然に語らせるような演奏なのです。シべリウスと同様に、演奏家の我欲や見栄、誇張が僅かでも入り込むと、その瞬間に音楽の美しさは消え去ってしまい、矮小な音楽に落ちてしまいます。それぐらい純粋素朴な音楽なのだと思います。その点、この二人の演奏は正に理想的です。グリーグの書いた美しい作品を、これほどまでに美しい演奏で聴くことの出来る喜びは何物にも代えがたいです。このCDに出会えたおかげで、この3曲が本当に愛聴曲になりました。

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2013年2月23日 (土)

グリーグ 劇付随音楽「ペール・ギュント」全曲 ネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団

フィンランドのシベリウスと並んで北欧を代表する作曲家といえば、ノルウェーのグリーグですね。シベリウスの音楽が「春が近づいてきた冬の終わり」だとすれば、グリーグの音楽は「冬の寒さが遠ざかってゆく早春」というイメージです。その温度感の差は、両国の気候そのものの違いでもあります。

そのグリーグの代表作の一つ、劇音楽「ペール・ギュント」については、以前「ペール・ギュント第1&第2組曲」の記事にしました。広く親しまれている組曲版で、ラシライネンとノルウェー放送響の素晴らしい演奏をご紹介しました。ラシライネンの演奏が余りに素晴らしいので、これまで特に全曲盤を聴こうとも思わなかったのですが、ブログお友達のmorokomanさんから、全曲盤の素晴らしさを教えて頂いたこともあり、演奏の期待できそうなCDを入手しました。ネーメ・ヤルヴィとエーテボリ交響楽団の演奏です。この演奏は完全原典版として、グリーグが書いた全ての曲を網羅しています。

20100731_612169ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団(1987年録音/グラモフォン盤)

この演奏には当然のことながら、オーケストラ以外に歌手や語り手、コーラスが大勢参加しています。

  バーバラ・ボニー(ソプラノ)
  ウルバン・マルムベルイ(バリトン)
  シェル・マグヌス・サンヴェー(テノール)
  ルート・テレフセン(語り)
  エスター・オーリン・ヴォーカル・アンサンブル
  プロ・ムジカ合唱団、といった面々です。
 

参考までに各曲のタイトルを記しておきます。

劇付随音楽「ペール・ギュント」全曲

1.婚礼の場にて(第1幕前奏曲)
2.ハリング(第2場と第3場)
3.スプリンガル(第3場)
4.花嫁略奪:イングリの愁訴(第2幕前奏曲)
5.ペール・ギュントと山羊追いの女達(第3場)
6.ペール・ギュントと緑衣の女(第5場への導入)
7.ペール「育ちの良さは馬具見りゃわかる」(第5場の結び)
8.ドヴレ山の魔王の宮殿にて(第6場の開始)
9.ドヴレ山の魔王の娘の踊り)(第6場)
10.ペールはトロルに追い回される(第6場)
11.ペール・ギュントとベイグ(第7場)
12.オーゼの死(第3幕前奏曲)
13.朝(第4幕前奏曲)
14.泥棒と盗品買い(第5場)
15.アラビアの踊り(第6場)
16.アニトラの踊り(第6場)
17.ペールのセレナーデ(第7場)
18.ペール・ギュントとアニトラ(第8場)
19.ソルヴェイグの歌(第10場)
20.ノムノン像の前のペール・ギュント(第11場への導入)
21.ペール・ギュントの帰郷:夕方の嵐の海(第5幕前奏曲)
22.難破(第1場と第2場の間)
23.小屋でソルヴェイグが歌っている(第5場)
24.夜の情景(第6場)
25.ペンテコステ讃美歌「祝福の朝なり」(第10場)
26.ソルヴェイグの子守歌(第10場)

通常演奏される組曲版では、当然ストーリーの展開とは無関係に曲が入れ替わっています。コンサートで演奏される場合には何ら問題は有りません。但し、少しでもストーリーの展開を意識して聴こうとすれば、どうしても全曲版となります。

全曲版は、CD2枚分のおよそ85分にも及ぶ、短いオペラ並みの規模になります。全ての曲が格別の名曲だとは言えないかもしれませんが、それは大抵のオペラ作品の場合に当てはまることです。それよりも、歌が加わることにより、歌無しの組曲版とは大きく印象が異なってきます。歌やコーラスの役割がとても重要となります。たとえば、第8曲「山の魔王の宮殿にて」では、トロル(怪物)たちがペールを「殺せ!殺せ!」と荒々しく叫びながら歌うのが、管弦楽だけのときよりも遥かに不気味な雰囲気になっています。第16曲「アニトラの踊り」も歌とコーラスが入ったおかげで非常に魅惑的な曲に成りました。それ以外にも有名な「ソルヴェイグの歌」や終曲の「ソルヴェイグの子守歌」など美しい歌曲が多く含まれています。
それと、楽器で面白いのは第2曲「ハリング」ではノルウェーの民族楽器ハーディング・フェーレ(またはハリング・フェーレ)というヴァイオリンの仲間が使用されていることです。アイリッシュ・フィドルによく似た音で、北欧を感じさせてくれて楽しいです。

この演奏では、セリフ部分を歌手とは別の専門の語り手が担当しています。それほど違和感は有りませんし、むしろ迫真のセリフのやりとりが演劇性を高めていて良いです。

この全曲版を聴いていると、まるでオペラを聴いているように思えてきます。それに、ストーリー自体が元々破天荒ですので、ファンタジー冒険映画を見ているような気にもなります。この「ペール・ギュント」が舞台化や映画化されたら絶対に面白いと思うのですがね。

指揮者のネーメ・ヤルヴィは、シベリウスなどの北欧ものが大の得意ですし、グリーグの音楽への共感が強く感じられます。程よくドラマティックでありながらも決して大げさにはならず、「オーゼの死」などでは、静寂の中から哀しみを滲み出させていて感動的です。

確かに全曲版をこのような素晴らしい演奏で聴いてしまうと、管弦楽版には物足りなさを感じてしまい、中々後戻りできないかもしれません。

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2013年2月19日 (火)

シベリウス ヴァイオリン協奏曲 続・名盤 ~二つのヘルシンキ・ライブ~

ヴァイオリンのための協奏曲と言えば、特に好きな曲はブラームス、ベートーヴェン、チャイコフスキー、それにシベリウスです。メンデルスゾーンはどうしたと言われそうですが、自分の4大協奏曲は上記の通りです。中でもシベリウスの曲は、技術的にも難曲ですが、それ以上に透徹した心象世界を表現できるかどうかの音楽性が求められますので、演奏が真に難しい曲だと思います。

そんなこの曲の愛聴盤については、過去の記事「シベリウス ヴァイオリン協奏曲 名盤」でご紹介しましたが、独奏者とオーケストラの演奏のどちらもが比類の無い素晴らしさなのは、フィンランド出身のペッカ・クーシストとセーゲルスタム指揮ヘルシンキ・フィルの演奏です。チョン・キョンファや諏訪内晶子の名演も本当に素晴らしいですが、クーシストの演奏は更にその上を行くという完全無欠の演奏です。その後も、幾つかの演奏を聴きましたが、やはり同様の印象でした。ですが、その中からご紹介して面白いと思われるものを二つ取り上げてみます。奇しくも二つともシベリウスの母国、フィンランドのヘルシンキで行われたライブ演奏です。

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リサ・バティアシュヴィリ(Vn)、サカリ・オラモ指揮フィンランド放送響(2007年録音/SONY盤) 

彼女は1979年生まれのグルジア出身の若手注目株です。最近グルジアからはピアノのブニアティシヴィリとか、美人演奏家が次々と現れています。きっと美人の宝庫なのですねー(うるうる)。こうなると、我が諏訪内晶子とヒラリー・ハーンとの日米欧美女コンテスト??が楽しみです。結果は第1位諏訪内、第2位バティアシュヴィリ、3位ハーンです。但し顔の好みですが。(笑)
冗談はさておき、彼女は16歳で1995年のシベリウス・コンクールで第2位に入賞した実力者です。惜しくも優勝を逃したこの年の優勝者こそ誰有ろう、僕の大絶賛するペッカ・クーシストなのです。
バティアシュヴィリのこのCDはヘルシンキのフィンランディア・ホールで行なわれたコンサートの録音です。実際に聴いてみると、音がとても柔らかく、人間の肌のぬくもりを感じます。音量も小さめなように想像されます。フレージングには少しもメカニカルな雰囲気が無く、あくまでも人間的な印象です。本来、この曲には、もう少し透徹したクールさが適すると思いますが、違和感を覚えることはありません。また、造形性やディレクションの点では弱さを感じなくもありません。1楽章や3楽章では迫力に物足りなさを感じますし、スケールも小さいです。けれども、それが彼女の味なのですね。それは恐らく性格から来るのではないでしょうか。とても優しそうな顔ですものねぇ。2楽章ではアットホームな雰囲気が心に浸みてきます。良いなぁ。こういう演奏家って現代では少なくなりましたからね。嫁にするなら、ヒラリーよりも絶対にリサだなぁ。すると晶子は・・・愛人??(笑)
オラモの指揮については、諏訪内盤のときの演奏と違って、もっと優しく包み込むような演奏に終始しています。これは明らかにソリストに合わせたのでしょう。
彼女は、また最近ブラームスの協奏曲をティーレマンと録音しました。そちらについては、また別の機会に改めてご紹介します。

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オレグ・カガン(Vn)、タウノ・ハンニカイネン指揮フィンランド放送響(1965年録音/独Live Classics盤)

クーシストとバティアシュヴィリがシベリウス・コンクールに出場した1995年から遡ること30年前の1965年開催の年に優勝したのは、43歳という若さで世を去ってしまったロシアのオレグ・カガンです。優勝した時のヘルシンキでの記念コンサートのライブ録音が残されています。注目すべきは、伴奏指揮が、何とタウノ・ハンニカイネンなのです。この人は知る人ぞ知るフィンランドの名指揮者ですが、なにせ録音が少なく、シンフォニア・オブ・ロンドンと録音したシベリウスの交響曲第2番、第5番は、一部の評価は高いものの、オケの音が幾らか安っぽいために実力を出し切れていませんでした。けれどもこのライブではフィンランド放送響を指揮していますので期待は大です。
この演奏は古いライブ収録の割に明瞭な音質なので嬉しいです。広がりは少な目ですが、優れた録音です。カガンのヴァイオリンは、この人特有のよく澄んだ端正な音で清涼感を感じさせて、この曲にとても適しています。フレージングには多少の緩さを感じないでもないですが、やはり優勝しただけのことはあります。3楽章では目立つミスが有りましたが、ライブですので、これはご愛嬌。
ハンニカイネンとフィンランド放送響の演奏は非常に素晴らしいです。ロシアから来た若者を後ろから支えて、貫禄充分のサポートを行っています。

40年以上の時を隔てて、同じヘルシンキで行われた二つのシベリウスのコンサートのライブCDですが、どちらも充分に楽しませて貰いました。

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2013年2月15日 (金)

若き日のオッコ・カムのシベリウス ~カム・バック・プリーズ!~

毎年同じことを言っているような気がしますが、春が近づく頃になると北欧の音楽、とりわけシベリウスが聴きたくなります。真冬にではありません。といって春にでもありません。もう少しで春が訪れるという、まさにその頃なのです。北国の人が感じるであろう「春への期待」が最も強く感じられる季節だからです。

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シベリウスの交響曲は全7曲のどれもが最高に好きなので、愛聴盤も多く有りますが、基本的にはフィンランドの演奏家のものが一番しっくり来ます。その中に、ヘルシンキ・フィルハーモニーが1982年に初来日した時に、オッコ・カムと渡邊暁雄が二人で指揮をしたシベリウス・チクルスのライブ録音盤が有ります。個人的には最も好きな全曲録音盤の一つです。当時それを東京FMで聴いて、シベリウスの音楽に目覚めるきっかけとなった、大変に想い出深い演奏でも有るのです。

フィンランド出身の名指揮者は多く存在して、名匠パーヴォ・ベルグルンド亡き後も、サロネン、サラステ、セーゲルスタム、ヴァンスカ、オラモ、などの面々が大活躍しています。そんな中で、オッコ・カムだけがどうも地味で余り目立ちません。フィンランド中心に活動していて、日本にも随分来ているにもかかわらずです。

1946年生まれの彼は、元々ヴァイオリニストとしてスタートしましたが、20歳を待たずにヘルシンキ・フィルに入団し、まもなくフィンランド歌劇場のコンサートマスターに就任するほどの名手でした。ところが指揮は独学にもかかわらず、僅か23歳の1969年に、第一回カラヤン国際指揮者コンクールで第一位となったのです。そして、ご褒美に独グラモフォンにシベリウスの交響曲を録音することになりました。元々、カラヤンが1965年から67年にかけて4番から7番までの録音を行っていましたが、何故か中断していました。その残された1番から3番だけをカムが録音することになったために、何となく妙な全集が出来上がりました。

その全集は、カラヤンの指揮した4番以降は、音に美しく磨きをかけたカラヤン流の演奏で、決して悪いということではありませんが、少々ムード的に流れていて、透徹したシベリウス本来の音楽とは幾らかのギャップを感じてしまいます。一方、カムの指揮した3番までの曲では、もっと自然なシベリウスの本質を捕えた演奏が聞こえて来ます。そこで、このカムの指揮した3曲について改めて聴き直してみることにします。

シベリウス 交響曲第2番

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オッコ・カム指揮ベルリン・フィル(1970年録音/グラモフォン盤)

記念すべきコンクールの翌年に最初に録音されたのが第2番です。新人指揮者とは思えない堂々とした指揮ぶりに感心します。ハッタリが微塵も無い純粋なシベリウスの音楽が感じられます。カラヤンの演奏に感じる僅かなギャップを感じることは有りません。但し、問題が有るとすればベルリン・フィルの出す音です。まず第一に、金管の強奏が少々羽目を外しています。バリバリと咆哮する音がシベリウスの美感を損ねています。第二には、弦楽にカラヤンの演奏で聞かれたポルタメント気味の弾き方がしばしば顔を出すことです。来日公演の際のヘルシンキ・フィルでは、このような弾き方は見られないので、これはベルリン・フィルの奏法なのでしょう。コンサートマスターまで経験したカムといえども、新人の身分で天下のベルリン・フィルの弾き方は変えられなかったのだと推察します。従って、良い演奏ではあるのですが、手放しで絶賛することは出来ません。

シベリウス 交響曲第1番/第3番

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オッコ・カム指揮ヘルシンキ放送響(1972年録音/グラモフォン盤)

2番はそのままベルリン・フィルと録音しましたが、続く1番、3番では、なぜかフィンランドのオーケストラに変わりました。ヘルシンキ放送響というのは、どうやらヘルシンキにあるフィンランド放送響のようです。ますます妙な全集となりましたが、変更理由はどこにも記されていません。これは恐らく、ベルリン・フィルではシベリウスの本当の音は出せないとカムが判断したからだと推察します。そこで自国のオケを使うという賭けに出たのではないでしょうか。その結果、本当に素晴らしい演奏となりました。第1番は日本ライブでは渡邊暁雄が指揮しましたので、ここでカムの演奏を聴くことが出来ます。この曲はロシアあたりのオケが演奏すると、往々に金管が大咆哮するものですが、そんなことは決してしません。冒頭からロシアの荒涼とした大地では無く、フィンランドの深い森が想い起されます。2楽章での木管の音色や歌いまわしも実に自然であり、シベリウス特有の寡黙な美しさを感じます。続く3、4楽章でフォルテシモになっても、ある程度抑制を伴った音が響いて来ます。それはもちろん迫力不足ということではなく、ただ過剰にならないだけなのです。

第3番の演奏も、やはり同じ傾向で、派手さの無い素朴な音が、1番よりも更にこの曲に適しています。1楽章で刻まれるリズムは機械的では無く、手造り的な温か味を感じます。2楽章の民謡調の雰囲気も本当に心に浸み渡ります。3楽章の節度の有る盛り上がりもまったくもって的を得ています。

カムの指揮には、全体的に余り神経質にならない大らかさを感じます。ロマンティックな傾向も強いと思います。但し、それはあくまで控えめな北欧の音楽の範囲であり、節度を保った素晴らしい演奏なのです。1番と3番に関しては、来日ライブの名演奏と比べても充分に魅力的であり、他の名盤達の中に有って、少しも輝きを失わない魅力的な演奏だと思います。若い頃から素晴らしいシベリウスを演奏していたとつくづく認識させられます。

この素晴らしい1番と3番のCDは残念なことに、現在単独では発売されていません。1番~3番の2枚組ディスクも有りましたが既に廃盤です。入手するためには全集を購入するしか無いのですが、廉価盤ですし、カラヤンの4番以降の演奏も人によっては好まれるでしょうから、悪くないと思います。

地道な活動の時期を経て、カムは、最近ようやくフィンランドの名オーケストラであるラハティ交響楽団の首席指揮者に就任しました。既に管弦楽曲のCDを1枚録音しましたが、是非ともこのオーケストラと、交響曲全集を録音して欲しいものです。

カムよ、どうか楽壇の表舞台に再び戻って来てくれ!
カム・バック・プリーズ!

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2013年2月12日 (火)

ハルくんの冬の旅 ~会津若松紀行~

三連休に冬の旅をしました。♪ゆーきのふるまちを~ ゆーきのふるまちを~♪と歌いながら、神奈川から車を運転して旅して来たのは、NHK大河ドラマ「八重の桜」で話題の、会津若松です。実はドラマの始まる以前の一昨年12月にも訪れたことがあるのですが、なかなかに良い土地なのですっかり気に入ってしまい、一年ぶりにまたまた訪れることにしました。

但し第一日目は、会津若松から30キロほど南にある湯の上温泉(ゆのかみおんせん)に宿をとりました。何故かと言うと、この近くの大内宿(おおうちじょく)という村へ行ってみたかったからです。

Aizu_ouchijyuku2大内宿(写真はどれもクリックで大きくなります)
昨年末にTVで放送されたのでご存じの方も多いと思いますが、古い宿場町をそのまま保存したような街並みなのです。訪れてみると確かに時代劇の股旅物そのもののような雰囲気で、いまにも木枯らし紋次郎(ご存知の方は自分と同世代?)が現れそうです。うーん素晴らしい。但し、ちょうど雪まつり開催時期だったからなのでしょうが、観光バスが大挙して旅行客がわんさか訪れていたので、静かな雰囲気からはほど遠かったのが心残りです。

Aizu_ouchijyku_2大内宿
それでも高台から眺望した雪に埋もれた街並みは静かな宿場町の雰囲気そのものです。

夜、湯の上温泉で宿泊した宿は古い民宿ですが、囲炉裏端で食べる会津の田舎料理がとても素朴で良かったです。

さて二日目には会津若松に入りました。最初に訪れたのは会津武家屋敷です。これは会津藩家老の西郷頼母(さいごうたのも)の邸宅を復元したものですが、この重鎮は昨年末の12時間時代劇「白虎隊」や「八重の桜」に登場するのでお馴染みです。当時僅か33歳の若き奥方が、薩長軍に攻め込まれて辱めをうけるくらいならと、年もゆかない娘たちを次々に自らの手にかけ、最後は自害したという「自刃の間(じじんのま)」の前に立つと感慨無量でした。

Tsurugajyo鶴ヶ城
それから会津若松のシンボル鶴ヶ城に行きました。戊辰戦争では、薩長の新政府軍の大砲の猛攻撃にさらされてボロボロになった城内に、「八重の桜」の主人公である山本(新島)八重が男の服装をして立てこもっていました。砲術指南役の家に生まれた彼女は、女ながらに鉄砲の名手だったので、城に迫る薩長軍の兵隊を次々に撃ち倒したそうです。
現在の城はもちろん再興されたものですが、白塗りの壁のお城が雪に覆われて非常に美しかったです。さすがにお城には雪にもかかわらず、大勢の観光客が訪れていました。それにしてもボランティアで無料ガイドをしてくれた現役の消防士さん、話が面白くて親切で楽しかったなぁ。どうもありがとうございました!

Oyakuen御薬園
それから、宿に入る前にまだ時間が有るので、前回も訪れたお気に入りスポット「御薬園(おやくえん)」に行きました。元会津松平家の庭園です。こじんまりとした回遊式の非常に美しい山水庭園です。もっとも今は真ん中にある池が雪に埋もれていて、まるで雪野原でしたけれども。でも本当のお目当ては、庭内の端にある(写真の一番奥に見える)「重陽閣(ちょうようかく)」なのです。秩父宮妃ゆかりの和洋折衷の建物ですが、ここでは絨毯敷きの落ち着いた部屋で、ゆっくりと英国紅茶と洋菓子を頂きながら、静かな時の流れを味わうことが出来ます。そこそこ広い部屋なのに、前回も今回も客は自分と家内の二人だけでした。ここは素晴らしい穴場です。

さて二日目の宿は、市内にほど近い東山温泉にとりました。ここは戊申戦争で会津藩とともに薩長軍と戦った土方歳三が体に負った傷を癒したことでも知られています。宿泊したのは歴史ある旅館ですが、こじんまりとしていて落ち着いた佇まいが良かったです。ここでも、また囲炉裏端で会津料理を頂きました。

三日目は御存知、飯盛山を訪れました。白虎隊自刃の地として余りにも有名ですね。雪の階段を何段も上ると小高い丘の上に19人の隊士が自ら命を絶った場所と御墓が深い雪に覆われていました。彼らは16歳と17歳だったのですよ。当時の武士の精神というのは凄過ぎます。

そして最後に訪れるのは「會津藩校日新館(あいづはんこうにっしんかん)」ですが、その前にお昼にどうしても食べたかったのが、会津味噌を使った味噌ラーメン。東北で最も古いラーメン屋を継承していると称する「小豆屋(こまめや)」さんです。メニューは確かに味噌ラーメンがほとんどで、他に醤油ラーメンが僅かにあるだけ。地元風の客で賑わっていましたが、食べて「うーん、なるほど!」と呻らされるような美味しさでした。隣街の喜多方ラーメンは有名ですが、元々会津ラーメンと同じような歴史だそうですね。たまたま喜多方が有名になりましたが、会津ラーメンも実に旨い!旅の方におススメです。

Nishinkan會津藩校日新館
さて市内からやや離れた日新館は、元々は鶴ヶ城のすぐ近くに有りましたが、戊辰戦争で燃えてしまったために、後から場所を移して再現されたのが現在ある場所です。確かにやたら広い藩校ですので、こりゃ後から町の中にはとても建てられないなと納得。かつては会津藩士も白虎隊も小さいころからここで武道、学問を学んだのです。

会津藩の子供たちは6歳になると「什(じゅう)」という子供達の組織(遊びの仲間)に振り分けられて、「什の掟」を教えられたのだそうです。

「什の掟(じゅうのおきて)」

 一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ。

 二、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ。

 三、嘘を言うてはなりませぬ。

 四、卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ。

 五、弱いものをいじめてはなりませぬ。

 六、戸外でものを食べてはなりませぬ。

 七、戸外で婦人と言葉を交わしてはなりませぬ。

   ならぬことはならぬものです。

という誓いですね。最後の「ならぬことはならぬものです」とは、「してはいけないことは、してはいけないのです」という意味です。

こうして冬の会津の旅を終えて、神奈川に帰って参りました。次回には春の会津を訪れてみたいかな。

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2013年2月 8日 (金)

ショスタコーヴィチ 交響曲第5番 ニ短調 op.47 名盤

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まだまだ寒い日が続きますが、立春も過ぎれば、少しづつハルの足音、じゃなかった、春の足音が聞こえてきますね。いつまでもロシア音楽特集でもありませんので、今回で最終回とします。そこで取り上げようと思いついたのが、ドミートリ・ショスタコーヴィチです。

ショスタコーヴィチが20世紀を代表する交響曲(だけではありませんが)作曲家であるのは間違いありません。「20世紀に書かれた交響曲」というなら、個人的にはシベリウスの方が、ずっと好きですが、なんといっても全15曲の大軍団には多勢に無勢で圧倒されます。

ところでショスタコーヴィチは、これまで一度も記事にしたことが有りませんでした。そうなのです。正直言うと、熱中するほど好きでは無いからです。こんなことを書くと、世のタコ・マニアからは怒られるでしょうが、その理由は良く分りません。馬が疾走したり、飛び跳ねたりするようなリズムや、ブラスバンドのようにバリバリと鳴る管楽器の扱いには大いに面白さを感じますが、どうも僕の肌には今一つしっくりと来ません。これは単に感性の問題なのでしょうけれども。
ところがタコ・マニアというのは熱狂的(偏執的??)で、僕の大学オケの後輩には、ショスタコーヴィチの交響曲だけを演奏するためにわざわざ専用のアマチュア・オーケストラを結成してしまった猛者が居ました。ここまで行くと脱帽です。

そんなショスタコーヴィチの15曲のシンフォニーの中で、最も好きだと言えるのは第5番です。真正タコ・マニアには評価の微妙なこの曲ですが、後期ロマン派好きな自分にとっては最も楽しめます。この曲をめぐっては、当時反体制派として見られて立場の危うかったショスタコーヴィチが、意に反して社会主義を賛美する音楽を書いたと言われていますが、僕は余りそのような意識を持って聴いたことは有りません。あくまでも純音楽的に聴くことがほとんどなのです。そうしてみると、交響曲としての形式を忠実に踏襲したこの曲は、非常にまとまりの良い名曲に思えます。

この曲の初演はムラヴィンスキーによって行われました。そのリハーサルには、ショスタコ―ヴィチが立ち合っていましたが、ムラヴィンスキーとは演奏解釈をめぐって激論を交わしたそうです。それでも無事に初演が行われましたので、最終的には意見がまとまったのでしょう。

なお、この作品を「革命」の副題で呼ぶことが有りますが、ショスタコーヴィチ自身はそのような命名は行っていません。

それでは、愛聴盤のご紹介です。

51h0qp0k65lエフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1965年録音/ドリームライフ盤) やはり初演者としての貫禄は他を圧倒しています。これは、モスクワ音楽院大ホールでの一連の録音の中に含まれますが、昔のLP時代には出ていなかったように記憶します。翌年1966年のレニングラードでの演奏と似ていますが、演奏の出来栄えは66年盤には及びません。録音も並みレベルです。従って、全盛期のムラヴィンスキーの演奏を聴けるという点では価値が有ると思いますが、マニア以外には特にお勧めはしません。

413n12nkrul__sl500_aa300_エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1966年録音/RussianDISC盤) ムラヴィンスキーの数ある録音の中でも、最も好きな演奏です。速いテンポで激しく突き進み、切り裂くような音の迫力に圧倒されます。テンポの微妙な変化も自家薬篭中の上手さを感じます。初演者がいつでも一番良いとは限りませんが、この曲に関しては、どの部分の表現をとっても最も説得力を感じます。3楽章の情感の深さも、凡百の指揮者の及ぶところではありません。録音年代が古い割には、音質が明瞭で、各楽器の音が生々しく鳴り響いています。

51s73wwsb8lエフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1973年録音/Altus盤) これはムラヴィンスキーの記念すべき初来日の時の東京文化会館でのライブ録音です。60年代の演奏と比べると、テンポが幾らか遅めとなり、音の切れ味が弱まりましたが、その代わりにスケール感が増しています。録音も良好で、文化会館の1階で聴いているような生々しさが伝わって来ます。残念ながら自分は実演を聴き逃しましたが、この演奏に接した当時のファンは本当に幸運でした。来日直前にレニングラードで録音された演奏も近年リリースされましたが、そちらは未聴です。

51ftnqf2d5lエフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1984年録音/ERATO盤) 晩年のデジタル録音ですので、音質は最も優れています。確かに第3楽章などでは更に深みを増していて極めて感動的ですが、その反面、全体のアンサンブルの精度やリズムのキレの良さ、音の凝縮力などに弱まりを感じます。もちろん他の指揮者と比べれば充分素晴らしいのですが、個人的には60年代、70年代の演奏を好んでいます。もっとも1978年のウイーン録音盤は、音質が余りに柔らかすぎて好みません。

51bhwoyugqlレナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1959年録音/SONY盤) ムラヴィンスキーと並ぶ人気を誇るのはバーンスタインです。東西冷戦時代にニューヨーク・フィルとモスクワで演奏会を行ない、ショスタコ―ヴィチから絶賛を受けたエピソードは有名です。但し、それをもって演奏解釈が全て認められたとは思いません。その熱演ぶりに胸を打たれたということだったのかもしれないからです。モスクワ公演の直後にボストンで録音した演奏は、やはりエネルギーに満ち溢れた名演です。フィナーレは非常な快速テンポで煽りますが、少々バタバタした感無きにしもあらずです。金管の音色が明る過ぎるのも気になります。終結部が楽天的なのも「冷戦、そんなの関係ねー」と言ってるみたいで、同時代のロシアの演奏家のようなシリアスな感じが希薄なのには、幾らか抵抗を感じます。

51tcdmh5hqlレナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1979年録音/SONY盤) これはムラヴィンスキーの僅か6年後に、同じ東京文化会館で行われたライブ演奏です。当時の演奏家と言うのはつくづく凄い人たちが居ました。1959年録音の旧盤は演奏の若々しさで人気が高いですが、この新盤では、ずしりとした手ごたえで全体的に深みを増しているのが魅力です。終結部も旧盤のように楽天的には感じません。もっとも、これはショスタコーヴィチというよりもマーラー寄りの演奏なのかも知れません。どちらの演奏も魅力的なのですが、個人的には新盤を好んでいます。

Kondra011キリル・コンドラシン指揮モスクワ・フィル(1968年録音/ヴェネチア盤) コンドラシンは世界で初めて、タコ交響曲全集を完成させた指揮者です。ヴェネチア・レーベルから全集盤がライセンス販売されています。この曲では、ムラヴィンスキーばりの超快速テンポで、贅肉が完全に削ぎ落とされた、すさまじい切れ味と凄みを聞かせています。当時のモスクワ・フィルは極めて優秀でした。ムラヴィンスキーやコンドラシンのシリアスな演奏を聴いてしまうと、東西冷戦時代の西側の演奏家のアプローチがいかにも微温的に感じられてしまいます。音質が硬いのがマイナスですが、これはリマスターの影響だけでは無いと思います。全集盤については、また別の機会に取り上げたいと思います。

41haadctn4lエフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ロシア国立響(1992年録音/CANYON盤) チャイコフスキーを演奏させると極めて重厚でワイルドなスヴェトラーノフは、さしずめロシアのスギちゃんです(笑)。この曲では全体的にテンポは遅めで重厚ですので、20世紀の音楽というよりは、後期ロマン派の曲を聴いているような印象を与えられます。それでもオケの迫力ある響きは、まぎれもないロシアの音です。この演奏は、生粋のタコ・マニアにはどう受けとめられているのでしょうか。「オレはムラヴィンスキーじゃないぜ、スヴェちゃんだぜ。ワイルドだろう~」なんて、言うはずは無いですが、終結部のパワフルさとド迫力はさすがです。CANYONの録音は極めて優秀です。

6110ipi39ilルドルフ・バルシャイ指揮ケルン放送響(1996年録音/ブリリアント盤) バルシャイのタコ全集は録音も優秀ですし廉価盤ですので、まとめて揃えたい人にはお勧めできると思います。演奏がドイツの放送オケということもあって、響きがそれほど刺激的にならず、冷た過ぎないので聴き易いです。個人的にはロシアの硬質な響きの方が、タコらしさを感じますが、これはこれで良いと思います。バルシャイはこの曲に関しては、ゆったりとしたテンポで重厚に演奏しています。2楽章などはなんだかマーラーを聴いているような趣があります。欠点は金管群にロシアの楽団のような馬力が無いことです。終結部では息切れしているように聞こえます。

ということで、この曲は誰が何と言おうとムラヴィンスキーが最高です。録音の数が多過ぎて、どれを選ぶかは迷うところでしょうが、僕の最も好きなのは1966年のRussianDISC盤です。次いでは、1973年の来日公演盤(Altus)です。

ムラヴィンスキー以外では、コンドラシン盤が非常に気に入っています。ムラヴィンスキーの気迫に最も接近しているように思います。次いでは重量感あふれるスヴェトラーノフ盤が好きです。

以上ですが、ショスタコ―ヴィチの他の曲に関しては、そのうちにまた取り上げてみたいと思います。

実は、明日から3日間、「八重の桜」で話題の会津若松へ旅行しますので、コメントへのお返事が遅れると思います。帰りましたら必ずお返ししますので、その間はどうかお許しください。

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ムラヴィンスキー 「ライブ・セレクション1972、1982」

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2013年2月 3日 (日)

リムスキー=コルサコフ 交響組曲「シェヘラザード」 名盤

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シェヘラザードという女性は、伝説上のイランの王妃ですが、「千夜一夜物語(アラビアンナイト)」の語り手として知られています。どうして毎晩物語を語り続けなければならなかったのか、おさらいをしてみますと、昔々シャリアール王という王様が居ました。王様にはお妃様が居ましたが、このお妃様には大変な浮気癖があり、宮殿で堂々と浮気をしていたのだそうです。しかも奴隷とまで浮気をしていました。(よほど魅力的な肉体の奴隷だったのでしょうかね?)

ところが、王妃の浮気を密告されたシャリアール王は、ことの真相を確かめるために、ある日狩りに行くと見せかけて、途中で宮殿に引き返してきます。
すると、王妃は後宮で例の奴隷と浮気の真っ最中でした。
王様は怒り狂って、お妃も奴隷も下女たちも、全員処刑してしまいました。(おお怖ろしや~)

そして、王様はこのことが原因で女性を信じられなくなり、それからは処女と結婚して一夜だけ過ごしては、翌朝に処刑してしまう、という日々を過ごすようになります。
処刑した処女の数は3000人にも及んだそうです。うーん羨ましい・・・、おっと違った、なんてヒドイ奴だ!

そこで、時の大臣の娘であるシェへラザードが、父の反対を押し切って、自ら王様と結婚して一夜を過ごすことを志願しました。

さて、いよいよ王様の寝室に入ったシェへラザードは、面白い物語を王様に語ります。王様は彼女の最初の物語に聞き入り、次の話をするように命じますが、彼女は夜が明けたのを理由に話を終わりにします。そして、「明日お話しする物語は、今宵のものより、もっと心躍るでしょう」と言いました。王様は新しい話を聞きたさに、シェへラザードを処刑せずに生かしておきます。(見事な話術ですねぇ。どこかの結婚詐欺女みたいだ?)

こうして、毎日面白い物語を話したシェヘラザードと王様との間には、やがて3人の子供ができました。(ということは、やっぱり話だけでは無かったのネ。)
シェヘラザード王妃によって、王様は人徳と寛容を身に付けました。
その千と一夜の物語が、「アラビアンナイト」というわけです。

めでたし、めでたし・・・と言いたいところですが、それじゃ3000人の女性の命を奪った落とし前はどうつけてくれるんや!(ハルくん怒る)

リムスキー=コルサコフはロシア五人組の一人ですが、ロシア海軍に入隊して、世界の海を航海した変わり種です。ですので、この「シェエラザード」でも、大海原の描写に非常に優れています。民族的で情緒にあふれる音楽は、他のロシアの作曲家と共通していますが、とりわけ美しい旋律を書いているように思います。

交響組曲「シェエラザード」は、4曲で構成されていて、明かに「交響曲」を意識した構成です。独奏ヴァイオリンがシェへラザードの象徴として至る所で奏されますが、艶っぽい美女を想像させて、とても魅了されます。

一応、4曲のタイトルを記しておきます。

第1楽章「海とシンドバッドの船」

第2楽章「カランダール王子の物語」

第3楽章「若い王子と王女」 

第4楽章「バグダットの祭り。海。船は青銅の騎士の有る岩で難破。終曲」

第1楽章での、荒れ狂う大海原と静かで平和な航海との対比は最高です。さすがに本物の船乗りですね。僕が好むのは第2楽章の民族的な雰囲気で、漂う哀愁がこたえられません。第3楽章のロマンティックな美しさも素敵です。第4楽章はフィナーレに向かって極めてドラマティックに盛り上がります。再び海にたどり着いて最後は船が難破して幕を閉じます。

リムスキー=コルサコフはロシアといっても、中央アジア的で、いわゆる荒涼としたシベリア大地の雰囲気は感じさせません。特にこの曲はアラビアを題材としていますし、明るく演奏されることも多いように思います。でも、第2楽章に登場するオリエンタルな哀愁に溢れた旋律などにも、やはりロシア風の味わいが込められているように感じます。

それでは僕の愛聴盤です。

Schehrrazade_kondrashinキリル・コンドラシン指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1979年録音/フィリップス盤) 後述のゲルギエフ盤を聴いてしまうと物足りなく感じますが、コンドラシンがしっとりした音色のコンセルトへボウを指揮したオーソドックスな名演です。良くも悪くもゲルギエフやチェリビダッケのようなアクの強さが無いので、好みは分れるでしょうが、安心して抵抗感なく聴いていられる点は良いと思います。名コンマスのヘルマン・クレヴァースの独奏も美しいです。

Celibiセルジュ・チェリビダッケ指揮シュトゥットガルト放送響(1980年録音/AUDIOR盤) 同オケとのライブ録音はグラモフォンから1982年録音のものも出ていますが、それとは別の演奏です。海賊盤ですが、音いじりをしない音造りは正規盤以上に優れています。演奏は極めて遅いテンポでスケールの巨大な典型的なチェリビダッケのスタイルです。特に1楽章や終楽章の破滅的なカタルシスが凄いです。反面、2楽章は遅過ぎてもたれます。3楽章も更に美しく出来そうです。独奏ヴァオリンは表情が大胆で艶やかさに溢れていて、シェラザードの語りを聞くようなのが魅力的です。

Cherisセルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル(1984年録音/EMI盤) この人のこの曲の録音は、近い時期に集まっていますが、ミュンヘンでのライブは最もテンポが遅くチェリビダッケの本領発揮です。但し、終楽章などではシュトゥットガルトRSO盤に比べても緊張感が失われています。結局、この人にとってはブルックナーもRコルサコフも同じ方法論での演奏になってしまうのですが、共通しているのは聴き手の息が詰まらせられることです。こんな演奏を忠実に行なえるオケの力量、管楽メンバーの肺活量?は大したものです。聴き手を「凄い」と感じさせる大巨匠の技ではありますが、これが決して王道だとは思いません。

61h9hwg5twl__ss500_ワレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ歌劇場管(2001年録音/フィリップス盤) ゲルギエフの録音の中でもベストの一つです。スケールが非常に大きく、歌いまわしや表情が何とも魅力的です。オケの音には厚みと潤いが有りますし、ヴァイオリン独奏も技術、表情づけともに満足できます。全体にロシア風の味わいを強く感じられて、改めてこの曲がロシア音楽だと認識させられます。3楽章の美しさは絶品ですし、終楽章の手に汗握る展開もこれまで耳にしたことが無いほどです。正に王道の演奏であり、これにくらべればチェリダッケと言えども、からめての演奏という気がしてしまいます。

これ以外のディスクは手放してしまいましたが、オリエンタルな雰囲気が漂うカラヤン/ベルリン・フィル盤は案外悪く無かった記憶があります。ロストロポーヴィチ/パリ管盤はスケールは大きいものの、オケの音色が余りにも華やかに過ぎて好みませんでした。

結局、この曲はゲルギエフ盤一枚あれば事足りますが、もう一枚選ぶなら、何だかんだ言ってもチェリビダッケのAUDIOR盤です。

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