« ブラームス 交響曲第4番 エッシェンバッハの東京ライブ盤 ~千秋楽 結びの1番、ではなく4番~ | トップページ | ゆく年くる年 »

2012年12月29日 (土)

追悼・中村勘三郎 その2 ~野田秀樹さんの弔辞~

中村勘三郎さんの葬儀が27日に築地本願寺で行われましたが、その時に演劇の野田秀樹さんが弔辞を読まれました。勘三郎さんとは長いお付き合いで無二の親友だったそうです。お二人の出会いのエピソードを、以前、勘三郎さんがテレビで話されていたことが有りました。

若い頃に、勘三郎さんが歌舞伎の若手集を連れて渋谷の道玄坂を下って歩いていたところ、坂を上ってくる一団が居たそうです。それが野田秀樹さんであり、やはり演劇界の若手集を連れていたそうです。会ったことは無かったのですが、顔を知っていたので声をかけて挨拶を交わしました。そしてそれが、長い付き合いが始まるきっかけだったのだそうです。「歌舞伎」と「演劇」という片や古典、片や現代の芝居の世界を将来背負って立つことになる二人の巨人の運命的な出会いだったわけです。二人は生れた年が同じですが、実は僕も同じ年です。

それにしても、この二人のコラボレーションの凄さは圧巻でした。「研辰の討たれ」「鼠小僧」「愛蛇姫」。どれもが最高に楽しい現代歌舞伎であり、芝居でした。

葬儀での野田さんの弔辞の全文が産経のWEBニュースに掲載されていましたので、以下に引用しておきます。

―弔辞全文―

 見てごらん。君の目の前にいる人たちを。列をなし、君にお別れを言いに来てくれている人たちを。君はこれほど多くの人に愛されていた。そして今日、これほど多くの人を残して、さっさと去ってしまう。残された僕たちは、これから長い時間をかけて、君の死を、中村勘三郎の死を、超えていかなくてはいけない。

 いつだってそうだ。生き残った者は、死者を超えていく。そのことで生き続ける。分かってはいる。けれども、今の僕にそれができるだろうか。

 君の死は、僕を子供に戻してしまった。これから僕は、君の死とともに、ずっとずっと生き続ける気がする。芝居の台本を書いているときも。桜の木の下で花を見ているときも。稽古場でくつろいでいるときも。落ち葉がハラハラと一葉舞うとき。舞台初日の本番前の袖でも、ふとしたはずみで、必ずや君を思い出し続けるだろう。

 たとえば君が、僕に初めて歌舞伎の本を書かせてくれた「研辰(とぎたつ)の討たれ」という狂言の初日。歌舞伎座の君の楽屋で、出番寸前に突然、2人で不安になった。もしかして観客から総スカンを受けるのではないか。つい5分前まではそんなこと、まったく思いもしなかったのに。君が「じゃあ舞台に行ってくるよ」、そう言った瞬間、君と僕は半分涙目になり、「大丈夫だよな」「大丈夫。ここまで来たんだ。もうどうなっても」。どちらからともなく同じ気持ちになりながら、そして君は言った。「戦場に赴く気持ちだよ」 

 やがて芝居が終わり、歌舞伎座始まって以来のスタンディングオベーションに、僕たちは有頂天となり、君の楽屋に戻り、夢から覚め、しばし冷静になり、「良かった。本当に良かった」と抱き合い、君は言った。「戦友って、こういう気分だろうな」

 そうだった。僕らは戦友だった。いつも何かに向かって戦って、だからこそ時には心が折れそうなとき、必ず「大丈夫だ」と励まし合ってきた。どれほど君が演じる姿が、僕の心の支えになっただろう。それは僕だけではない。君を慕う、あるいは親友と思う、すべての君の周りにいる人々が、どれだけ君のみなぎるパワーに、君の屈託のない明るさに、時に明るさなどというものを通り越した無法な明るさに、どれだけ助けられただろう。

 君の中には、古きよきものと、挑むべき新しいものとが、いつも同居していた。型破りな君にばかり目が行ってしまうけれども、君は型破りをする以前の古典の型を心得ていたし、歌舞伎を心底愛し、行く末を案じていた。

 とにかく勉強家で、人はただ簡単に君を「天才」と呼ぶけれど、いつも楽屋で本から雑誌、資料を読み込んで、ありとあらゆる劇場に足を運び、吸収できるものならばどこからでも吸収し、そうやって作り上げてきた「天才」だった。

 だから、役者・中村勘三郎、君の中には芝居の神髄というものがぎっしりと詰まっていた。それが、君の死とともにすべて跡形もなく消え去る。それが悔しい。

 君のような者は残るだろうが、それは君ではない。誰も君のようには、二度とやれない。

 君ほど愛された役者を、僕は知らない。誰もが舞台上の君を好きだった。そして舞台上から下りてきた君を好きだった。こめかみに血管を浮かび上がらせ、憤る君の姿さえ、誰もが大好きだった。

 君の怒りはいつも、ひどいことをする人間にだけ向けられていた。何に対しても君は真摯(しんし)で、誰に対しても本当に、思いやりがあった。

 そしていつも芝居のことばかり考えて、夜中でもへっちゃらで電話をかけてきた。「あの、あれ、どう? 絶対に頼むよ、絶対だよ」とか、主語も目的語もない、訳の分からない言葉で、こちらを起こすだけ起こして、切ってしまう。電話を切られた後、いつもこちら側には君の情熱だけが残る。今の君と同じだ。僕の手元に残していった君の情熱を、これからどうすればいいのだろう。途方に暮れてしまう。 

 そして君はせっかちだった。エレベーターが降りてくるのを待てなくて、エレベーターのドアを両手でこじ開けようとする姿を、僕は目撃したことがある。勘三郎、そんなことをしてもエレベーターは開かないんだよ」。待ちきれず、エレベーターをこじ開けるように、君はこの世を去っていく。 

 お前に、安らかになんか眠ってほしくない。まだこの世をうろうろしていてくれ。化けて出てきてくれ。そしてバッタリ俺を驚かせてくれ。君の死はそんな理不尽な願いを抱かせる。君の死は、僕を子供に戻してしまう。

 「研辰の討たれ」の最後の場面、君はハラハラと落ちてくる、一片(ひとひら)の紅葉を胸に置いたまま、「生きてえなぁ、生きてえなぁ」、そう言いながら死んでいった。けれどもあれは、虚構の死だ。嘘の死だった。作家はいつも虚構の死をもてあそぶ仕事だ。だから死を真正面から見つめなくてはいけない。だが今はまだ、君の死を、君の不在を、真っ正面から見ることなどできない。子供に戻ってしまった作家など、作家として失格だ。

 でも、それでいい。僕は君とともに暮らした作家である前に、君の友達だった。親友だ。盟友だ。戦友だ。戦友に、あきらめなどつくはずがない。どうか、どうか安らかなんかに眠ってくれるな。この世のどこかをせかせかと、まだうろうろしていてくれ。

以上です。

|

« ブラームス 交響曲第4番 エッシェンバッハの東京ライブ盤 ~千秋楽 結びの1番、ではなく4番~ | トップページ | ゆく年くる年 »

歌舞伎」カテゴリの記事

コメント

以前からそっと拝読させていただいております。
今回の野田秀樹さんの弔辞、感動いたしました。
魂を揺り動かされました。
掲載していただきありがとうございます。
私も同年代で年下です。
自分も現在闘っている身なのでこんな戦友が欲しいですが、これも人徳ですね。
素晴らしい方でした。

投稿: グラント | 2012年12月30日 (日) 18時09分

グラントさん、はじめまして。
コメントを頂きましてありがとうございました。大変嬉しく思います。

華々しい二人の姿を見ていると、天才が軽くパフォーマンスをこなしてしまうように受け止めてしまいそうですが、決してそうではないのですね。戦場に行くように命がけで闘っていたのですね。
改めて、他に絶対に代えがたい人を亡くしたものだと思い、残念でなりません。

生きてゆくことは誰もが闘いですね。勘三郎さんたちのように頑張ってゆきましょう。

投稿: ハルくん | 2012年12月30日 (日) 20時34分

今年は素敵な記事を沢山読ませて頂きありがとうございました。来年も期待しています。

投稿: よーちゃん | 2012年12月31日 (月) 17時08分

よーちゃんさん

こちらこそ一年間お越し頂きましてありがとうございました。
フォーレの室内楽特集を「近いうちに」と言っておきながら、とうとう年内に実現しませんでした。(涙) これでは、みんしゅ党以下ですね。(笑)
来年こそは実現します!マニュフェストに加えますので・・・???

どうぞ良いお年をお迎え下さい。

投稿: ハルくん | 2012年12月31日 (月) 17時49分

おはようございますハルくん。
勘三郎さん、団十郎さんと相次いで歌舞伎界は悲しい出来事に見舞われましたね。 団十郎さんは亡くなった祖母が海老蔵の頃からの贔屓で、よく写真を目にしていた役者さんです。この看板役者二枚の喪失感は計りしれませんね。
でも嬉しいニュースも…私の憧れのおじ様「中村吉右衛門」さんのお嬢様と尾上菊之助さんの慶事。結婚会見を動画チェックしました。和やかな4ショットによる爆笑会見でしたね。真面目そうな菊五郎&吉右衛門おじ様があんなにユーモラスでお茶目さんなんて!素敵で楽しい会見でした(笑)
勘三郎さん、現海老蔵さんにそれぞれお二人目の二世誕生予定もあり、悲しい後には喜びが追いかけて来てくれました。
歌舞伎界はこうして芸と命を受け継いでいくのですね。
菊之助さんとよう子さんの末長いお幸せと歌舞伎界のますますの発展を祈ります。

投稿: from Seiko | 2013年2月17日 (日) 11時06分

Seikoさん、こんにちは。

まったく勘三郎さん、団十郎さんと立て続けに亡くなるなんて、まさか取り壊された古い歌舞伎座の呪いでもあるまいに、などと邪推したくもなるほどです。
でも、こうして新しい役者さんたちが、頑張って屋台骨を背負ってゆくのですね。
勘九郎さんも真面目だし、菊五郎さんも真面目そうです。海老蔵は・・・しっかりしてほしいですね。いい芸を持っているのですからね。
新歌舞伎座に新しい桜の花が絢爛と咲き誇ることを祈りましょう。

投稿: ハルくん | 2013年2月17日 (日) 14時58分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1080200/48520458

この記事へのトラックバック一覧です: 追悼・中村勘三郎 その2 ~野田秀樹さんの弔辞~:

« ブラームス 交響曲第4番 エッシェンバッハの東京ライブ盤 ~千秋楽 結びの1番、ではなく4番~ | トップページ | ゆく年くる年 »