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2012年12月28日 (金)

ブラームス 交響曲第4番 エッシェンバッハの東京ライブ盤 ~千秋楽 結びの1番、ではなく4番~

今年のブラームス秋場所も、とうとう千秋楽を迎えました。今場所はブラームスの若い10代から最晩年に至るまでの作品を早足で(早過ぎ??)たどりながら、これまで記事に取り上げていなかった曲や愛聴盤をご紹介してみました。

後期ロマン派の革新的な音楽の時代に在りながら、古典的な様式を基盤にして作曲を続けたブラームスは、当時の先進的な音楽家たちから、どんなに批判や揶揄をされようとも、頑固なまでに我が道を行きました。さすがは北ドイツ生れのプロシア人です。どすこい!paper

それにもかかわらず、彼の音楽は当時の多くの聴衆に愛されましたし、時を経て20世紀の後半にもなり、マーラーやブルックナーが一大ブームになった現代でも、ブラームスの音楽は少しも変わらず多くのファンに愛好され続けています。それはいったいどうしてなのでしょう。

たとえ様式的には古くても、肝心の音楽の中身が他の誰よりもロマンティックであり、人間の喜びや哀しみに満ち溢れているからではないでしょうか。そこには、背筋をぴんと伸ばして、すっくと立ち、心の中の哀しみを隠して大げさな涙を見せないブラームスの姿があります。この人の音楽には、そんな成熟した大人の風格を感じます。

また、ブラームスはシューベルトやシューマン、もしくはドヴォルザークのように、初めから魅惑的な旋律を生み出すタイプではなく、ひとつの動機を職人芸によって発展させてゆく術にすこぶる長けていると思います。従って、最も「変奏曲」を得意とした人だと言えるのではないでしょうか。ブラームスの優れた代表作を選ぶとすれば、僕が真っ先に思い浮かぶのは第4交響曲です。そして極め付きがその終楽章です。個人的には第3交響曲をとても好んでいますし、第1交響曲の壮大さにも惹かれます。しかし最高傑作の名前に最もふさわしいのは、やはり第4番を置いて他に有りません。この曲を今場所の結びの一番としたいです。

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クリストフ・エッシェンバッハ指揮シュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団(2005年録音/独ヘンスラー盤)

さて、どの演奏を聴こうかと迷いましたが、特筆すべき演奏だと改めて感じたのが、以前の記事でも一度ご紹介した、クリストフ・エッシェンバッハが2005年にサントリーホールでシュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団を率いて演奏したときのライブ録音です。これはまるでフルトヴェングラーのようにロマンティクで自在な表現でありながら、フルトヴェングラーでは夢中に成り過ぎて失われてしまった造形性をしっかり保持するという、正に離れ業を成し遂げた演奏なのです。前回の記事では、うっかり「技術的には完璧とは言えません」と書いてしまいましたが、それは「SKドレスデンや北ドイツ放送響の熟した楽団には及びませんが」と書き直すべきです。臨時編成でありながら、充分に上手いオーケストラです。これほどのブラームスが日本で演奏されて、それを自分が生で聴けたことは幸運だったとしか言いようが有りません。ウイーン・フィルやSKDのコンサートは毎回話題に事欠きませんが、目立たないコンサートの中にもこんなに素晴らしいものが有るのですね。是非ヘンスラー・レーベルから出ている、この時のライブCDをお聴きになられてください。録音も会場の臨場感が充分に感じられる優れたものです。

<関連記事> 
ブラームス 交響曲全集 エッシェンバッハ指揮ヒューストン響
ブラームス 交響曲第4番 名盤 ~温故知新~

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ブラームス(交響曲第1番~4番)」カテゴリの記事

コメント

ハルくんさん、こんばんは。 以前書いたように、交響曲の傑作と思う作品は モーツァルト「ジュピター」、ブルックナー「9番」、シベリウス「6番」(それぞれ、ヨッフムとヤルヴィのCDを聴いたら、順番はつけれなくなりました)ですが、好きな交響曲となると、ブラームス「4番」と シューベルト「グレイト」は 最右翼に入ります。 特に、ブラ4は 毎日聴いていても飽きないでしょうね。
ブラームスが最後までロマンティックだったのは 多分、クララの存在が 大きかったのではないでしょうか。お互いに惹かれ合っても 結ばない恋・・・! (ん~, なんとロマンティックなのでしょうか!)
あちらの世界でも クララをめぐって、ロベルトとの微妙な 三角関係を楽しんでいる事でしょうね。(笑)
       さて、今年に入って こちらのブログに投稿させていただくようになり、とても楽しい一年をすごす事が出来ました。   本当にありがとうございました。
どうぞ 良いお年をお迎えください。

投稿: ヨシツグカ | 2012年12月30日 (日) 00時43分

ヨシツグカさん、こんにちは。

「傑作」交響曲というと、人によって色々と異論が出てくるでしょうが、自分の「好きな」交響曲ということではブラームスの3番と4番は間違いなく十傑に入ります。

ブラームスの音楽において、「クララへの想い」というのは絶対に影響大だと思います。もしも彼がハッピーな人生を送っていたら、曲の内容が変わっていたかもしれません。そう思うと、我々はブラームスが気の毒な人生を送ってくれたことに感謝しなければならないのかもしれませんね。
あぁ、本当に可愛そうな人ですねぇ。

ヨシツグカさんには、余り一般的で無い曲目の記事にも、毎回欠かさずコメントを頂けたことに心から感謝しております。こちらこそ大変ありがとうございました。
どうぞ良い年をお迎えください。

投稿: ハルくん | 2012年12月30日 (日) 10時57分

ご紹介ありがとうございます。
聴いてみましたが、N響との演奏と感想は同じながらも
こちらの方がより凄い気がします。
エッシェンバッハは「自分が夢中になる」のではなく
「オケを夢中にさせる」名人なのかなぁ?とも思いました。
(下品な表現ですが)「ド演歌」となるギリギリで踏みとどまり
古典的形式を遵守してるのが最高です。
しかし「ピアニストから指揮者へ」のショルティ、バレンボイム
アシュケナージとは「格が違う」と強く感じますね。

投稿: 影の王子 | 2017年12月20日 (水) 23時39分

影の王子さん、こんにちは。

>「ド演歌」となるギリギリで踏みとどまり古典的形式を遵守してるのが最高です

そうなのですよね。フルトヴェングラーが完全な「ド演歌」になっているのに、本当にギリギリのところで踏み止まっていて古典形式を感じさせるのは、正に離れ業ですね。
こんな演奏が可能なのは「天才」ですね。並みの「巨匠」ではとても出来ない技ですね。

投稿: ハルくん | 2017年12月21日 (木) 12時56分

返信ありがとうございました。

このエッシェンバッハの「天才」ぶりにすっかり仰天していますが
どうにもそれを分析した文献が見当たりません
(ネット上ではあるかもですが)。
「レコード芸術」「音楽の友」「音楽現代」
「モーストリークラシック」といった雑誌をチェックはしている
のですが見たことはありません。
僕が単に「情弱」なのかもしれませんが。
もし、そうした文献があれば教えてください。

投稿: 影の王子 | 2017年12月21日 (木) 20時43分

影の王子さん、こんにちは。

これまでエッシェンバッハが指揮者としての本当の凄さが認められてきた訳ではないかと思いますが、ネット検索すると注目されていた方も幾らかいらっしゃいますね。
一番熱く書かれていたのはアリアCDの店主さんです。それと私でしょうか。これにはちょっとした自負が有ります。
http://www.aria-cd.com/arianew/shopping.php?pg=label/hanssler98593

投稿: ハルくん | 2017年12月22日 (金) 11時08分

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