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2012年12月 1日 (土)

ブラームス クラリネット三重奏曲 イ短調op.114 名盤 ~人生の錦秋~

「弦楽五重奏曲第2番」作品111を最後に作曲からの引退を決意した58歳のブラームスでした。ところが、その後にマイニンゲンの街を訪れたことで状況は一変します。マイニンゲンには大変優秀な宮廷オーケストラが有って、そこにはクラリネットの名手リヒャルト・ミュールフェルトが在籍していました。

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ブラームスはミュールフェルト独奏の演奏会に足を運んだのですが、その演奏に大変な感銘を受けたのです。比較的歴史の浅い楽器のクラリネットには、元々優秀な奏者は決して多くはありませんでしたが、ミュールフェルトのクラリネットを当時の人が讃えた言葉によると、『メランコリックにして歌心にあふれ、表情の巾が広く、雄々しさとデリカシーを兼ね備えている』のだそうです。

ブラームスは、当夜の演奏会の感激をクララ・シューマンへ宛てた手紙の中で、『当地のミュールフェルト以上に、クラリネットを美しく吹く人間はいません』と書き記しました。

こうしてブラームスは、再び創作の霊感を呼び起こされて、ミュールフェルトのために、クラリネットの室内楽曲を書きました。それは「クラリネット三重奏曲作品」114、「クラリネット五重奏曲」作品116、そして2曲の「クラリネット・ソナタ」作品120の1と2です。これらは正にブラームスの人生の晩年において、鮮やかに輝いた「錦秋」のごとき作品たちです。ブラームジアーナーにとっては、この三部作は正にかけがえのない宝物です。

そのうちの最初の作品「クラリネット三重奏曲イ短調」作品114は、クラリネット、チェロ、ピアノという非常に地味な編成ですが、本当に心の奥に大切にしまい込んで置きたくなるような愛すべき音楽です。ブラームス自身もクラリネット五重奏曲以上に、この三重奏曲を好んでいると語っていたそうです。

僕の愛調盤ですが、奇しくもいずれもウイーン・フィルとベルリン・フィルのメンバーの演奏となりました。

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レオポルド・ウラッハ(Cl)、フランツ・クヴァルダ(Vc)、フランツ・ホレチェック(Pf)(1952年録音/ウエストミンスター盤)
 モノラル時代に一世を風靡したウラッハの演奏です。そのレトロで枯れた音色はウイーンの名手といっても現代の奏者とは相当の隔たりが有ります。但し、演奏は意外にも速めのテンポで活力が有ります。クヴァルダのチェロも非常に表情豊かで演奏が前面にでて来るのは録音のバランスだけでは無いようです。ホレチェックのピアノは二人の引き立て役に徹していて余り目立ちませんが、美しく、まとまりがよく取れています。第2楽章での抒情性や第3楽章のアンダンティーノの優美さにも大変魅了されます。例えばライスターの晩年のように枯れて静寂を強く感じる演奏とどちらがこの曲の本質かと問われると困りますが、こういう演奏で聴くと必ずしもこの曲は決して枯れ切っているわけではないと感じます。

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アルフレート・プリンツ(Cl)、アーダルベルト・スコチッチ(Vc)、イエルク・デームス(Pf)(1979年録音/DENON盤)
 元ウイーンフィルのプリンツは、非常に柔らかい音で、モーツァルトの演奏においては師匠のウラッハ以上に好きなのですが、ブラームスもまた情緒的でしっとりとした音を聴かせてくれます。スコチッチのチェロも、デームスのピアノも同様に非常に柔らかく味わい深い音でピタリと合わせています。この辺りの同質感、一体感というのは、やはり長い歴史をかけて作り上げられてきたウイーンのDNAなのだなぁと、つくづく思います。もちろん寂寥感にも不足しませんが、同じように優しさや美しさを強く感じられるのが魅力です。

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カール・ライスター(Cl)、ゲオルク・ドンデラー(Vc)、クリストフ・エッシェンバッハ(Pf)(1968年録音/グラモフォン盤)
 泣く子も黙る元ベルリン・フィルの大御所、ライスターはこの曲を幾つか録音しているはずですが、これは比較的若い1968年の録音です。流石に後年の円熟こそ有りませんが素晴らしい演奏をしています。エッシェンバッハのピアノも非常に魅力的です。まだ若い時代にもかかわらずブラームスの情感を滲みださせるのはやはりただ者ではありません。チェロは元ベルリン・フィル団員でドロルツ四重奏団のドンデラーです。他の二人に比べると幾らか弱さを感じますが、美しくアンサンブルを整えていて問題はありません。全体的に枯れた雰囲気だけでなく、艶やかを感じさせるのは全体の曲想とは矛盾しません。

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カール・ライスター(Cl)、ヴォルフガング・ベットヒャー(Vc)、フェレンツ・ボーグナー(Pf)(1997年録音/Briliant盤)
 ライスターのこの晩年の録音では、正に円熟し切った至芸を聴かせてくれます。『ブラームスは、その音楽を理解するために、長い時の流れを必要とする作曲家だと思う』と語ったのはライスター自身ですが、その言葉が実感させられるような素晴らしい演奏です。晩年のブラームスの孤独感が痛々しいほど感じられます。元ベルリンフィルの首席チェロのベットヒャーも素晴しいですし、ハンガリー出身のボーグナーのピアノも美しい音で二人を支えています。枯れた演奏を聴きたい場合には最もお勧めできます。

ということで、それぞれのウイーン風の味わい、ドイツ風の味わいは、どちらも代え難く、上に上げている演奏をどれも同じように愛聴しています。

<補足>
ウラッハ盤、ライスターの1968年盤を加筆しました。(2017.2.12)

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ブラームス(室内楽)」カテゴリの記事

コメント

ハルくんさん、こんにちは。 クラリネット・トリオ・・・。なんて良い曲なのでしょう。
私は この曲を聴くと どこまでも高く、澄みきった秋の空をイメージします。こんな傑作が、「クラリネット五重奏曲」の陰に隠れているなんて・・・もったいない、もったいない。(笑)
CDは 私の場合は 同じ ウィーンとベルリンでも ウラッハ盤と ライスターの81年盤です。ウラッハ盤は私のこの曲の原点みたいな演奏なので はずすわけにはいきません。(笑) ライスターのものは チェロにベルリン・フィルのボルヴィツキー、ピアノがハンガリーのヴァーシャーリというものです。この演奏を聴いていると、かなり色彩が豊かに聴こえます。まさに "錦秋"といった感じです。

投稿: ヨシツグカ | 2012年12月 1日 (土) 17時10分

ヨシツグカさん、こんにちは。

クラリネット五重奏曲は掛け値なしの大傑作ですが、このトリオは余りに陰に隠れすぎていますね。2曲のソナタも同様です。

ウラッハの「トリオ」だけは聴いていません。五重奏やソナタの素晴らしさからすれば間違いなく良いでしょうね。

投稿: ハルくん | 2012年12月 2日 (日) 13時58分

どれも名盤です!(←しゃしゃり出る)
ほかにゴイザーとかエトリンガーなんかは手に入るのでしょうか。ウラーハは凄すぎる、枯れきったこの曲を最もよく表した演奏ですね。凄すぎてつらいものもあります。健康がすぐれないときはプリンツがおすすめ。

投稿: かげっち | 2012年12月 3日 (月) 13時36分

おお~。(^O^)

お薦めのCD2枚とも、見事なまでに『ブラームス色』ですね~。(^^)

こういう表紙のデザイン、配色もまた、『ブラームス色』のイメージ形成に役立っていますね。

morokomanは、この作品は全く知りません。図書館で借りられるといいなぁ……(思わずため息)。

投稿: morokoman | 2012年12月 3日 (月) 21時41分

かげっちさん、こんばんは。

ウラッハのスタイルに最も似合う曲なのでしょうね。やはり聴いてみなければいけませんね。
ありがとうございます。

投稿: ハルくん | 2012年12月 3日 (月) 21時49分

morokomanさん、こんばんは。

正に「晩秋」のイメージのこの曲、素晴らしいですよ。是非、捜されてみてください。

投稿: ハルくん | 2012年12月 3日 (月) 22時01分

こんばんは。
プリンツ盤で聴いてみたくて中古屋に。ワンコインで買えました。
冒頭チェロの独奏から、ほの暗い曲調と柔らかい音色、コレは大好物の予感どおり、終楽章はアレですけど終始コノ雰囲気で進むので、フジTV「再会」を観た後の複雑な気持ちで聴き出したのも在り、曲の世界に浸れました。
貴Blogの御蔭でまたしてもイイ曲イイ演奏に出逢えました。

投稿: source man | 2012年12月 9日 (日) 00時04分

source manさん、こんにちは。

愛聴曲が増えたとのこと、多少なりともご参考になれたのでしたら、とても嬉しく思います。
コメントをどうもありがとうございました。

投稿: ハルくん | 2012年12月 9日 (日) 09時16分

こんな内容の書き込みで恐縮です。

https://www.youtube.com/watch?v=hcoKBKkrb64
上記の音源は
http://www.universal-music.co.jp/p/UCCG-6307/
でしょうか?

youtubeの0分59秒からの数秒が特徴的で好きです。

面倒くさい質問ですみませんが、ハルくん様しか頼れる人がいません(ノ△・。)

投稿: そうか | 2017年1月31日 (火) 00時15分

http://www.universal-music.co.jp/p/UCCG-6307/
上記のCDを通販で買いました。
色々な通販サイトでCDの試聴をしましたが、先程のyoutubeの音源と思われるCDは発見出来ませんでした。
狭い範囲の試聴ですが、多分youtubeの音源はCD化されていないモノだと思います。

質問しておいて本当に申し訳ありません。

プリンツ盤だけ所有しています。ゆったりと柔らかい演奏で優雅さを感じます。
他の曲も聴くと、プリンツはブラームスよりもモーツァルトに似合うと思います。私の好みの問題ですが。

投稿: そうか | 2017年1月31日 (火) 01時44分

そうかさん、お返事が遅くなり申しわけありません。

ゆっくり聴けていないので定かではありませんが、初めの音源はれっきとした録音だと思います。購入されたライスターの演奏に共通点がありそうなのでそれではありませんか?
この若い時期のCDは持っていませんが、やはりクラリネットの第一人者ですし、このころからとても素晴らしいと思います。
確かにブラームスはプリンツよりも合うかも知れませんね。

またお気軽にコメントください。楽しみにお待ちしています。

投稿: ハルくん | 2017年1月31日 (火) 13時02分

買ったCD(ライスター1981年11月)を聴きました。youtubeの演奏とは違いました。録音・編集の関係かチェロの音が小さいです。チェロの弾き方を考えるともっと音量が出ていると思います。

youtubeのは著作権の問題もあり、CDやLPレコードが音源じゃないっぽいと、勝手に思うようになりました(笑)
お騒がせしてすみません

投稿: そうか | 2017年2月 1日 (水) 00時09分

そうかさん、こんにちは。

81年盤とは違いましたか。ちょっと残念でしたね。
でも81年盤も定評が有りますし、何より良い曲ですし楽しまれてください。

気に入った演奏が誰のどの音源なのかは気になりますね。
いつか分かると良いと思います。

投稿: ハルくん | 2017年2月 2日 (木) 12時00分

1/31日に書き込んだyoutubeの音源がわかりました!
http://sn2.superokayama.com/sn2/mirror/public-domain-archive.com/classic/download.php%3Falbum_no=427.html
上記サイトの音源でした。
このサイトは「日本国内において著作権保護期間が終了し、パブリックドメインとなったデータを公開しています。」
だそうです。
発見出来て嬉しいです( ノ゚∀゚)ノ

投稿: そうか | 2017年2月 8日 (水) 00時52分

そうかさん、こんにちは。

あれから前から欲しかったウラッハ盤をちょうど購入したところでした。これでしたか。
じっくり聴いたら記事に加筆しようと思っています。
わざわざありがとうございました!

投稿: ハルくん | 2017年2月 8日 (水) 11時06分

私もウラッハ盤が欲しいのですが、どれを買いましたか?レオポルト・ウラッハの芸術ですか?グラモフォンから出ているのは廃盤ですよね。
輸入盤CDは音飛びする物が多いので避けています。

投稿: そうか | 2017年2月 8日 (水) 22時50分

そうかさん、僕の好きなのはMCAビクターの20bitK2リマスター盤です。ウエストミンスターのものはほとんどこの中古盤を購入しています。

投稿: ハルくん | 2017年2月 8日 (水) 23時01分

この曲、1と4楽章だけ演奏したことがあります。ところで、VPOのクラでもプリンツは異質の奏者のようですね。私がクラを勉強し始めたとき最初に親しんだ奏者です。ブラームスというとウラッハのようなごつごつした演奏を連想しやすいですが(それも大好きですが)、意外と都会的d絵健康的な演奏(プリンツのような)もありだと思います。あと、現在では音源を探すことが難しいのですが、W.テシュナーという奏者のブラームスは戦慄が走る名演でした、東京文化で聴いたことがあります。

投稿: かげっち | 2017年2月17日 (金) 12時37分

かげっちさん、こんばんは。

プリンツが異質なのですかね?
この人の音はとにかく柔らかく流れるようですし、ブラームスよりもモーツァルトのほうがより向いているかもしれないですね。クラ5、クラコンは最高です。

投稿: ハルくん | 2017年2月17日 (金) 23時53分

お早うございます。

ウラッハを追記されてますが、奇遇にも先日入手した処です。ご紹介のリマスター盤でなく、ソナタとの組み合わせがとても魅力だったので初期盤を選びました。

96年頃のビクター盤各種は、オリジナルマスター発見→リマスターが多く発売されたと認識していますが、ご紹介盤の解説書にも記述が在るのであれば聴いてみたいです。

最初に聴いたのもありますが、他の曲でもそうで、自分はプリンツの音色に最も魅かれます。

投稿: source man | 2017年2月18日 (土) 10時23分

ウラッハ盤の記事についてです。
チェロが前に出る事によって、全体のバランスが私好みです。3つしか楽器がないので、どれか一つでも引っ込んでると物足りなく感じます。

ハルくんのblogはとても興味深く、面白いです。

シューベルトの弦楽五重奏曲はお好きですか?私はシューベルトの室内音楽で最も好きです。次にアルペジオーネ・ソナタ、その次にピアノ五重奏曲「ます」です。今後変わると思いますが(笑)

投稿: そうか | 2017年2月18日 (土) 14時37分

source manさん、こんにちは。

ウラッハ、プリンツ、それにライスターとくれば、これはもう聴く人の好みでしかありませんね。その好みも時を経ると変わって来たりもします。最近自分自身で特に感じています。

96年の一連のビクター盤ですが、試しに一番好きな曲で聴き比べられてはいかがでしょうか。
これも好みですが、僕は好きです。

投稿: ハルくん | 2017年2月21日 (火) 12時32分

そうかさん、こんにちは。

そうですね。トリオですので一人が弱いと大きく減点対象ですね。逆にバランスが良いと加点したくなりますね。

あとは演奏スタイルとの兼ね合いなのですが、ウラッハたちでは、ウラッハのあの音色そのままの”枯れ切った演奏”も聴いてみたい気がしました。

拙ブログを面白いとのお言葉、ありがとうございます!大変嬉しいです。

シューベルトの弦楽五重奏は凄く好きですよ。CDも幾つか聴いたので、そろそろ記事にしたいと思っています。ついでに「鱒」や「死と乙女」なんかもですね。色々有って困ります!(笑)

投稿: ハルくん | 2017年2月21日 (火) 12時49分

こんばんは。

ストルツマン、アックス&ヨーヨー・マのソニー盤で聴いてます。
音楽が雄弁に語り掛けてきますが、それが詩情を壊してはいないと思います。
1993年収録で録音も申し分ありません。

投稿: 影の王子 | 2017年7月 7日 (金) 20時26分

影の王子さん、こんにちは。

ストルツマン盤も有ったのですね。
この人のクラリネットも素晴らしいと思います。
ヨーヨー・マはやや好みから外れる演奏が多いのですがこの演奏は一度聴いてみたいです。
ありがとうございました。

投稿: ハルくん | 2017年7月10日 (月) 12時41分

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