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2012年12月

2012年12月31日 (月)

ゆく年くる年

あれよあれよという間に、もう大晦日になってしまいました。一年の365分の1には変わりないですが、大晦日と元旦というのは、やはり何か厳粛な気分になりますよね。

この一年、慌ただしく過ごしてしまいましたが、このブログに一度でもお越し頂けた方々には、コメントの書き込みの有る無しにかかわらず、皆様全員に感謝の気持ちをお伝えしたいです。本当にありがとうございました。

今年は、以前にはほとんど触れなかった政治問題も多く取り上げました。やむにやまれぬ気持からです。来年はこのような気持ちにならないような政治に期待したいなぁと思います。やはり音楽や趣味の話が一番楽しいですからね。

さてこれから年を越しながら、来年の抱負を考えようかと思っています。

それでは皆様、良いお年をお迎えください。

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2012年12月29日 (土)

追悼・中村勘三郎 その2 ~野田秀樹さんの弔辞~

中村勘三郎さんの葬儀が27日に築地本願寺で行われましたが、その時に演劇の野田秀樹さんが弔辞を読まれました。勘三郎さんとは長いお付き合いで無二の親友だったそうです。お二人の出会いのエピソードを、以前、勘三郎さんがテレビで話されていたことが有りました。

若い頃に、勘三郎さんが歌舞伎の若手集を連れて渋谷の道玄坂を下って歩いていたところ、坂を上ってくる一団が居たそうです。それが野田秀樹さんであり、やはり演劇界の若手集を連れていたそうです。会ったことは無かったのですが、顔を知っていたので声をかけて挨拶を交わしました。そしてそれが、長い付き合いが始まるきっかけだったのだそうです。「歌舞伎」と「演劇」という片や古典、片や現代の芝居の世界を将来背負って立つことになる二人の巨人の運命的な出会いだったわけです。二人は生れた年が同じですが、実は僕も同じ年です。

それにしても、この二人のコラボレーションの凄さは圧巻でした。「研辰の討たれ」「鼠小僧」「愛蛇姫」。どれもが最高に楽しい現代歌舞伎であり、芝居でした。

葬儀での野田さんの弔辞の全文が産経のWEBニュースに掲載されていましたので、以下に引用しておきます。

―弔辞全文―

 見てごらん。君の目の前にいる人たちを。列をなし、君にお別れを言いに来てくれている人たちを。君はこれほど多くの人に愛されていた。そして今日、これほど多くの人を残して、さっさと去ってしまう。残された僕たちは、これから長い時間をかけて、君の死を、中村勘三郎の死を、超えていかなくてはいけない。

 いつだってそうだ。生き残った者は、死者を超えていく。そのことで生き続ける。分かってはいる。けれども、今の僕にそれができるだろうか。

 君の死は、僕を子供に戻してしまった。これから僕は、君の死とともに、ずっとずっと生き続ける気がする。芝居の台本を書いているときも。桜の木の下で花を見ているときも。稽古場でくつろいでいるときも。落ち葉がハラハラと一葉舞うとき。舞台初日の本番前の袖でも、ふとしたはずみで、必ずや君を思い出し続けるだろう。

 たとえば君が、僕に初めて歌舞伎の本を書かせてくれた「研辰(とぎたつ)の討たれ」という狂言の初日。歌舞伎座の君の楽屋で、出番寸前に突然、2人で不安になった。もしかして観客から総スカンを受けるのではないか。つい5分前まではそんなこと、まったく思いもしなかったのに。君が「じゃあ舞台に行ってくるよ」、そう言った瞬間、君と僕は半分涙目になり、「大丈夫だよな」「大丈夫。ここまで来たんだ。もうどうなっても」。どちらからともなく同じ気持ちになりながら、そして君は言った。「戦場に赴く気持ちだよ」 

 やがて芝居が終わり、歌舞伎座始まって以来のスタンディングオベーションに、僕たちは有頂天となり、君の楽屋に戻り、夢から覚め、しばし冷静になり、「良かった。本当に良かった」と抱き合い、君は言った。「戦友って、こういう気分だろうな」

 そうだった。僕らは戦友だった。いつも何かに向かって戦って、だからこそ時には心が折れそうなとき、必ず「大丈夫だ」と励まし合ってきた。どれほど君が演じる姿が、僕の心の支えになっただろう。それは僕だけではない。君を慕う、あるいは親友と思う、すべての君の周りにいる人々が、どれだけ君のみなぎるパワーに、君の屈託のない明るさに、時に明るさなどというものを通り越した無法な明るさに、どれだけ助けられただろう。

 君の中には、古きよきものと、挑むべき新しいものとが、いつも同居していた。型破りな君にばかり目が行ってしまうけれども、君は型破りをする以前の古典の型を心得ていたし、歌舞伎を心底愛し、行く末を案じていた。

 とにかく勉強家で、人はただ簡単に君を「天才」と呼ぶけれど、いつも楽屋で本から雑誌、資料を読み込んで、ありとあらゆる劇場に足を運び、吸収できるものならばどこからでも吸収し、そうやって作り上げてきた「天才」だった。

 だから、役者・中村勘三郎、君の中には芝居の神髄というものがぎっしりと詰まっていた。それが、君の死とともにすべて跡形もなく消え去る。それが悔しい。

 君のような者は残るだろうが、それは君ではない。誰も君のようには、二度とやれない。

 君ほど愛された役者を、僕は知らない。誰もが舞台上の君を好きだった。そして舞台上から下りてきた君を好きだった。こめかみに血管を浮かび上がらせ、憤る君の姿さえ、誰もが大好きだった。

 君の怒りはいつも、ひどいことをする人間にだけ向けられていた。何に対しても君は真摯(しんし)で、誰に対しても本当に、思いやりがあった。

 そしていつも芝居のことばかり考えて、夜中でもへっちゃらで電話をかけてきた。「あの、あれ、どう? 絶対に頼むよ、絶対だよ」とか、主語も目的語もない、訳の分からない言葉で、こちらを起こすだけ起こして、切ってしまう。電話を切られた後、いつもこちら側には君の情熱だけが残る。今の君と同じだ。僕の手元に残していった君の情熱を、これからどうすればいいのだろう。途方に暮れてしまう。 

 そして君はせっかちだった。エレベーターが降りてくるのを待てなくて、エレベーターのドアを両手でこじ開けようとする姿を、僕は目撃したことがある。勘三郎、そんなことをしてもエレベーターは開かないんだよ」。待ちきれず、エレベーターをこじ開けるように、君はこの世を去っていく。 

 お前に、安らかになんか眠ってほしくない。まだこの世をうろうろしていてくれ。化けて出てきてくれ。そしてバッタリ俺を驚かせてくれ。君の死はそんな理不尽な願いを抱かせる。君の死は、僕を子供に戻してしまう。

 「研辰の討たれ」の最後の場面、君はハラハラと落ちてくる、一片(ひとひら)の紅葉を胸に置いたまま、「生きてえなぁ、生きてえなぁ」、そう言いながら死んでいった。けれどもあれは、虚構の死だ。嘘の死だった。作家はいつも虚構の死をもてあそぶ仕事だ。だから死を真正面から見つめなくてはいけない。だが今はまだ、君の死を、君の不在を、真っ正面から見ることなどできない。子供に戻ってしまった作家など、作家として失格だ。

 でも、それでいい。僕は君とともに暮らした作家である前に、君の友達だった。親友だ。盟友だ。戦友だ。戦友に、あきらめなどつくはずがない。どうか、どうか安らかなんかに眠ってくれるな。この世のどこかをせかせかと、まだうろうろしていてくれ。

以上です。

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2012年12月28日 (金)

ブラームス 交響曲第4番 エッシェンバッハの東京ライブ盤 ~千秋楽 結びの1番、ではなく4番~

今年のブラームス秋場所も、とうとう千秋楽を迎えました。今場所はブラームスの若い10代から最晩年に至るまでの作品を早足で(早過ぎ??)たどりながら、これまで記事に取り上げていなかった曲や愛聴盤をご紹介してみました。

後期ロマン派の革新的な音楽の時代に在りながら、古典的な様式を基盤にして作曲を続けたブラームスは、当時の先進的な音楽家たちから、どんなに批判や揶揄をされようとも、頑固なまでに我が道を行きました。さすがは北ドイツ生れのプロシア人です。どすこい!paper

それにもかかわらず、彼の音楽は当時の多くの聴衆に愛されましたし、時を経て20世紀の後半にもなり、マーラーやブルックナーが一大ブームになった現代でも、ブラームスの音楽は少しも変わらず多くのファンに愛好され続けています。それはいったいどうしてなのでしょう。

たとえ様式的には古くても、肝心の音楽の中身が他の誰よりもロマンティックであり、人間の喜びや哀しみに満ち溢れているからではないでしょうか。そこには、背筋をぴんと伸ばして、すっくと立ち、心の中の哀しみを隠して大げさな涙を見せないブラームスの姿があります。この人の音楽には、そんな成熟した大人の風格を感じます。

また、ブラームスはシューベルトやシューマン、もしくはドヴォルザークのように、初めから魅惑的な旋律を生み出すタイプではなく、ひとつの動機を職人芸によって発展させてゆく術にすこぶる長けていると思います。従って、最も「変奏曲」を得意とした人だと言えるのではないでしょうか。ブラームスの優れた代表作を選ぶとすれば、僕が真っ先に思い浮かぶのは第4交響曲です。そして極め付きがその終楽章です。個人的には第3交響曲をとても好んでいますし、第1交響曲の壮大さにも惹かれます。しかし最高傑作の名前に最もふさわしいのは、やはり第4番を置いて他に有りません。この曲を今場所の結びの一番としたいです。

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クリストフ・エッシェンバッハ指揮シュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団(2005年録音/独ヘンスラー盤)

さて、どの演奏を聴こうかと迷いましたが、特筆すべき演奏だと改めて感じたのが、以前の記事でも一度ご紹介した、クリストフ・エッシェンバッハが2005年にサントリーホールでシュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団を率いて演奏したときのライブ録音です。これはまるでフルトヴェングラーのようにロマンティクで自在な表現でありながら、フルトヴェングラーでは夢中に成り過ぎて失われてしまった造形性をしっかり保持するという、正に離れ業を成し遂げた演奏なのです。前回の記事では、うっかり「技術的には完璧とは言えません」と書いてしまいましたが、それは「SKドレスデンや北ドイツ放送響の熟した楽団には及びませんが」と書き直すべきです。臨時編成でありながら、充分に上手いオーケストラです。これほどのブラームスが日本で演奏されて、それを自分が生で聴けたことは幸運だったとしか言いようが有りません。ウイーン・フィルやSKDのコンサートは毎回話題に事欠きませんが、目立たないコンサートの中にもこんなに素晴らしいものが有るのですね。是非ヘンスラー・レーベルから出ている、この時のライブCDをお聴きになられてください。録音も会場の臨場感が充分に感じられる優れたものです。

<関連記事> ブラームス 交響曲第4番 名盤 ~温故知新~

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2012年12月26日 (水)

ブラームス オルガンのための「11のコラール前奏曲」op.122 ~この世よ、われ去らねばならず~

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ブラームスの葬儀が行われたウイーンのカール教会

親しい友人たちの次々の死、更には自らの死をも意識していたであろうブラームスにとって、最愛のクララ・シューマンの死は、余りにも大きな痛手となってしまいました。

彼は、オルガンのための「11のコラール前奏曲」を書き始めました。これこそは「4つの厳粛な歌」と同じく自分自身の為の鎮魂歌です。あれほど愛したクララへの追憶を胸に、もはや生きる意味や希望を全て失ってしまったブラームスが、自分の為に書き進めた最後の作品です。

ブラームスは若い時代にオルガンの為の曲を書いたことは有りましたが、その後40年ほどは書きませんでした。この作品122は、尊敬したバッハの形式と書法を用いて書かれ、終曲の古いコラール「おお、この世よ、われ去らねばならず」で曲集を終えます。

オルガンのための「11のコラール前奏曲」op.122

第1曲  わがイエスよ、汝は我を永遠に喜ばせ給う
第2曲  心より慕いまつるイエスよ
第3曲  おお、この世よ、われ去らねばならず
第4曲  われ心より喜ぶ
第5曲  装へ、わが魂よ
第6曲  おお、如何に幸いなるかな、信仰深き人々よ
第7曲  神よ、真の慈しみに満てる神よ
第8曲  ひともとのバラ生いいでぬ
第9曲  われ心よりこがれ望む
第10曲 われ心よりこがれ望む
第11曲 おお、この世よ、われ去らねばならず

という、全部で11曲のコラール前奏曲ですが、実はブラームスは、これらを1部と2部に分けて、それぞれ7曲づつ、合わせて14曲書くつもりだったという説も有ります。そうするとこの曲集は未完成作品だということになりますが、真偽のほどは、どうなのでしょうね。

この作品を書き終えたブラームスの健康は日に日に衰えてきました。以前から肝臓癌にかかっていたために、もはや医者の治療を受けても、病状は一向に良くなりませんでした。

それでも、自作曲の演奏会には無理をして顔を出してはいましたが、最後のコンサートになったのは、ウイーン・フィルによる「交響曲第4番」でした。指揮をしたのはハンス・リヒターです。ブラームスが来場していることを知った聴衆は、各楽章ごとに嵐のような拍手を送ったそうです。その半月後には、ブラームスはベッドから離れることが出来なくなり、とうとう1週間後に息を引き取りました。1897年4月3日のことです。ウイーンのカール教会で、人々が大勢参列する中で葬儀が行われました。そして3日後に、中央墓地に遺体が埋葬されました。

この曲集の録音は限られていて選択の余地は少ないのですが、自分が所有しているのはドイツのオルガニストのCDです。

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クリストフ・アルブレヒト(1978年録音/シャルプラッテン盤)

アルブレヒトは1930年生まれのドイツのオルガン奏者です。生れた街は戦後、東ドイツに含まれました。若い頃に、ライプチッヒの聖トーマス教会でギュンター・ラミンに師事していますので、カール・リヒターとは兄弟弟子ということになります。合唱指揮者、指導者としても東側の枠を超えて活動をしましたが、その割に知名度が低いのは、リヒターのようなドラマティックな演奏スタイルでは無く、ドイツの昔気質のいかにも質実剛健な演奏だったからではないでしょうか。この録音では自身がオルガニスト兼指揮者を務めた、東ベルリンの聖マリア教会のオルガンを弾いていますが、どの曲も地味過ぎるようなほど質実な演奏です。けれども、このような曲の演奏は、これで良いと思います。
ということで、演奏そのものには不満が有りませんが、問題は、11曲が番号順では無く、ランダムに配置されていて、しかも初期の前奏曲やフーガが前後に置かれていることです。演奏家もしくはプロデューサーに、どのような意図があったのかは分りませんが、個人的には、この11曲は1番から順番に聴いてゆくのが良いように感じます。従って、CDを一度編集コピーし直して、順に聴くのも一つの方法だと思います。

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2012年12月22日 (土)

「野田版・鼠小僧」 ~江戸のホワイトクリスマス~

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もうじきクリスマスですが、今月亡くなった中村勘三郎(当時はまだ勘九郎でした)が主演した、クリスマスの江戸を舞台にした歌舞伎の傑作が有ります。

それは、2003年に演劇の野田秀樹の脚本・演出で公演された「野田版・鼠小僧」です。といっても僕は生の舞台を観たわけでは無く、舞台をそのまま撮影したシネマ歌舞伎で後から観たのでしたが。

話のあらすじは、江戸の町で棺桶屋をしている三太が、ある武家の遺産をめぐって屋敷に千両箱を盗みに入りますが、蔵番の爺さんに義賊の鼠小僧だと思い込まれてしまい、「自分を殺して金を取って、捨て子同然の暮らしをしている孫に、施しの金を降らせてやってほしい」と頼まれます。

生れてこのかた他人に施しなんかをしたことの無い三太は千両箱を持って逃げ出しますが、途中で箱をひっくり返して小判を街にばらまいてしまいます。そこで三太は小判を取り戻すために、本当の鼠小僧に成りすまします。

ところが、ひょんなことで出会った子供が、蔵番の話していた孫だと気付き、その子の為に小判の雨を降らそうと決心して屋根に上ります。けれどもその時、運が悪いことに目明しに見つかって捕えられてしまいます。

三太は奉行所で裁きに合い、目明しに切りつけられながらも、奉行所から逃げ出します。そして、隠してあった小判の雨を子供に降らせてやろうと、再び屋根に上ります。けれども、追ってきた目明しにとどめを刺されてしまい、そこで力尽きてしまいます。

三太が屋根に横たわっていると、そこに子供が現れて、静かに降ってきた雪を見ながら、「きらきらと光って小判が降ってきたぞ。きれいだなぁ!」と一人でつぶやきます。そのとき尺八の調べで名曲「ホワイト・クリスマス」が静かに流れてきます。今夜は師走の二十四日だったのです。

もうお分りの通り、三太はサンタだったのですね。鼠小僧とサンタ・クロースをコラボさせるアイディアはもちろん野田さんでしょうが、それを演じた勘三郎は全くもって見事でした。こういう役を演じさせて、この人以上の役者はまず考えられません。

ごくごく簡単にあらすじをご紹介しましたが、抱腹絶倒間違いなしの話と演技が次から次へと息つく間も無いほどに登場して来ます。そして最後には一転して涙を誘います。

三太のように天国へ旅立ってしまった勘三郎さんの生の舞台を、出来ることならもう一度堪能したかったですが、幸いなことにこの「野田版・鼠小僧」もシネマ歌舞伎として、来年全国で再上映されるようですので、「研辰の討たれ」や「法界坊」と並んで、最高の舞台を味わうことが出来ます。

松竹 シネマ歌舞伎に関するWEBサイトはこちらへ

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2012年12月18日 (火)

ブラームス 「4つの厳粛な歌」op.121 ~ああ、死よ~

ブラームスは63歳の誕生日に、歌曲集「4つの厳粛な歌」作品121を完成させました。この作品は「ドイツ・レクイエム」と同じように、ブラームスが自分で聖書から詩句を選び出したものです。その内容は、人間の「死」というものを強く意識したものでしたが、それというのも、数年の間にブラームスは何人もの親しかった人たちの死に直面してきたからです。

作品は4曲の歌で構成されていますが、そのタイトルと主たる内容を記しておきます。 

「4つの厳粛な歌」op.121

第1曲「人の子らに臨むところは獣にも臨むからである」
 人も獣もみな、同様の息を持っていて、同じように死ぬ。みな、塵から出て塵に帰るのである。   

第2曲「私はまた、陽の下に行なわれる、すべての虐げを見た」
 虐げられる者の涙を慰める者は居ない。虐げる者を慰める者も居ない。よって、生きている者よりも、既に死んだ者を幸いな者だと思う。

第3曲「ああ死よ、お前を思いだすのは何とつらいことか」
 財を持ち、安穏に暮らして者にとって、「死」を思いだすのは何と辛いことか。力が衰えて、困窮している者にとって、「死」を思いだすのは、なんと喜ばしいことか。

第4曲「たとえ私が、人々の言葉や御使いたちの言葉を語っても」
 御使いたちの言葉や、あらゆる知識、深い信仰心が有ったとしても、もしも「愛」が無ければ、それは無に等しい。最も大いなるものは「愛」である。

この作品は、亡くなっていった友人たちへの鎮魂歌だったのでしょう。そして更に、自らのそれをも意識していたのかもしれません。いや、間違いないでしょう。

曲を書き上げたブラームスの元へ、病床にあるクララから一通の手紙が届きました。それには「心から愛するあなたのクララ・シューマンより、心からお喜びを」と、ブラームスの誕生日を祝福する言葉が記されていました。ブラームスはどんなに喜んだことでしょう。

ところがクララは、その2週間後にこの世を去ってしまいます。その知らせが遅れたうえに、動転したブラームスはシューマン宅へ向う列車の乗継を間違えてしまい、葬儀には間に合いませんでした。墓地への埋葬の立ち会いで、既に閉じられてしまった棺を見ることができただけでした。

ブラームスは、そのとき友人に、「ああ、なんということだ。この世では全てが虚しい。私が本当に愛した、ただひとりの人間。それを今日、私は墓に葬ってしまったのだ・・・・」と語りました。

「4つの厳粛な歌」を書いた時に、果たしてクララの死を予感していたのかどうかは分りません。けれども、もしかしたら予感をしていたのかもしれませんね。

この歌曲は、聴くと心が痛むので、余りCDの聴き比べということはしてはいません。ですので所有しているCDは、フィッシャー=ディースカウが若い頃に録音したものだけです。

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ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br)、イェルク・デムス(Pf)(1958年録音/グラモフォン盤)

これは、フィッシャー=ディースカウの生誕75歳記念に再発売されたCDです。「4つの厳粛な歌」の他にも、ブラームスの歌が20曲以上収められていますが、どれもフィッシャー=ディースカウが、まだ30代であった1957年と58年の録音です。実は、この人は手放しで好きというわけでは無く、全盛期の余りに上手い歌いっぷりには、時に演出臭さを感じてしまう場合が有ります。その点、若い時代の歌はストレートな歌いぶりによる真摯さを感じるので好きです。もちろん歌唱の上手さは当時から群を抜いています。それでも、この録音で、ブラームス晩年の「死」を意識した胸の内が全て表現出来ているかというと、よく分りません。それでも、第3曲で何度も繰り返される「Oh、Tod(ああ、死よ)・・・・」という部分では、歌声が心に痛切に響きます。これは、やはり優れた名唱です。できれば、この人の後年の歌唱でも聴いてみたいとは思っていますが。

「4つの厳粛な歌」以外の曲での歌唱も、もちろん素晴らしいです。

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2012年12月17日 (月)

選挙と第九 ~師走の一日~

昨日は総選挙でした。政権与党には間違っても入れるつもりはありませんでした。ただ、いざ投票するとなると、さあ、どの候補者、政党に入れようかと色々と迷いました。でも最後は心を決めて清き一票です。

その足で厚木の文化会館へ出かけて、市民合唱団による「第九」コンサートを聴きました。「東日本大震災復興支援事業」を掲げた厚木市主催の公演でしたので、第九に先駆けて、市立相川小学校児童により「Friends of Aikawa(絆)」という曲が合唱されました。この歌の前半は厚木市の相川小学校児童による作詞で、後半は宮城県石巻市に有る同じ名前の相川小学校の児童の作詞なのだそうです。二つの小学校が交流して出来上がった歌は、同じように故郷の素晴らしさが歌われています。それを児童たちが無心で一生懸命歌うのですから感動的です。後から聞いた話では、石巻の被災した相川小は来年の3月で閉校になってしまうそうです。胸の痛む話です。

次に、地元アマチュアオーケストラの厚木交響楽団により演奏されたのはエルガーの「ニムロッド」です。この曲はイギリスでは、よく追悼の為に演奏されるそうです。大震災の犠牲者に捧げられました。

そしてベートーヴェンの「第九」は300人の市民合唱団と厚木交響楽団による演奏です。オーケストラは特に管楽陣が充実していますので安心して聴いていられます。弦も低弦は素晴らしいです。ヴァイオリン群はほとんどが正団員のようで立派ですが、その分、多少弱さを感じました。合唱団は非常に素晴らしかったです。力感を感じる合唱は相当歌い込んでいるように感じました。トレーナーが良いのでしょうか。それとも前半の子供たちの真摯な歌声に触発されたのでしょうか。正直言って、プロの統制の取れた合唱よりもずっと感動させられました。

アンコールは指揮をした大浦智弘氏が取り組んでいる、宮沢賢治の小説「ポラーノの広場」からとられたオペラの曲が演奏されました。もちろん宮沢賢治は東北出身ですし、宮城県出身の大浦氏は、このオペラを被災地東北で上演することを目ざしているのだそうです。

この日のコンサートは、このように東日本大震災の追悼、復興、歓喜の歌というように、一貫性のあるテーマの素晴らしい企画でした。単なる年末恒例の第九演奏会では無かったのです。地元でこのような催しに参加できたことは大きな喜びです。

感動を胸に家へ戻り、夜はテレビで大河ドラマ「平清盛」を見た後に、選挙速報にかじりつきました。予想された通り、民主党の「歴史的大敗」です。

思えば、民主党は政権交代を成し遂げた後に、有頂天に成り過ぎましたね。二大政党時代が実現したと、思いあがってしまったのでしょう。舞い上がった首相、大臣たちの次から次への失言、失政の繰り返し。間違いなく「おごり」が有ったと思います。

  ~おごる平家は久しからず~

大河ドラマでも、あれほどまでに隆盛を誇った平家がどんどん没落してゆく姿が描かれていました。民主党の気の毒な落武者たちは、これから一体どうしてゆくのでしょうか。

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2012年12月13日 (木)

ブラームス クラリネット・ソナタ集 続・名盤 ~最後の室内楽作品~

ブラームスは晩年、ピアノのための小品集を作品116、117、118、119と、たて続けに書いた後に、再びミュールフェルのためにクラリネット・ソナタの作品120の1と2の2曲を書きます。これがブラームスの書いた最後の室内楽作品となります。作品114のクラリネット三重奏曲とこの2曲のソナタに関しては、クラリネットをヴィオラに変えて演奏しても良いとしています。

僕は昔、アマチュア・オーケストラでヴィオラを弾いていましたので、当然このソナタの楽譜を購入して自分で弾いてみました。いや、正確に言えば「弾こうと努力してみた」ですね。(苦笑)

ですので、どうしてもヴィオラ版のほうに愛着が有るのは否定できません。ただ、面白いと思うのは、クラリネットとヴィオラの演奏を聴き比べてみると、随分と印象が異なります。クラリネットで演奏されると、本当に晩年の枯れた感じが良く出ます。この曲は、クラリネット三部作のトリオやクインテットに比べると、若さを取り戻した感は有りますが、それでもクラリネットの音色そのものが、枯淡の雰囲気を与えます。それがヴィオラで演奏されると、遥かに若返ったように聞こえます。ヴィオラは弦楽器の中では最も柔らかい音質ですが、感情を外面に表したり、音のアタックを強調するという点においては、クラリネットを上回るからではないかと思います。

もうひとつ、ヴィオラ版では重音を出すように書き替えられています。これはブラームスのロマンティックなハーモニーが醸し出されるので魅力が増します。特に第2番の2楽章中間部での6度の和音!何度聴いても魅了されてしまいます。

それにしても、この2曲のソナタは大変な名作です。ブラームスが再び霊感を取り戻したことにより、最晩年の円熟した技法を用いて一部の隙もない傑作が生まれました。あらためてこのソナタを聴き直してみると、どれほどブラームスが澄み切った境地でこの曲を書いたかが、よく分ります。ブラームスはあるとき、友人であるヴァイオリニストのヨアヒムに宛てた手紙で、「ウイーンに来るときには、あの”可愛らしい曲”を、もう一度弾けるように、ぜひ君のヴィオラを持ってきてください」と書いています。ブラームスがこの曲に、とても愛着を持っていたことを知ることのできるエピソードではないでしょうか。

個人的に特に好んでいるのは、第1番の1楽章と第2番の2楽章ですが、第1番と第2番の魅力には甲乙がつけがたく、やはり作品120として2曲合わせて味わうべきです。

これまで、この曲については、ヴィオラ版を「ヴィオラ・ソナタ集 愛聴盤」「ヴィオラ・ソナタ集 続・名盤」で、クラリネット版を「クラリネット・ソナタ集 名盤」で記事にしています。今回は、クラリネット版の新しい愛聴盤をご紹介することにします。

51dhgphuil__aa300__2レジナルド・ケル(Cl)、ジョエル・ローゼン(Pf)(1953年録音/ウエストミンスター盤) ケルといえばオールドファンには、1930年代にブッシュ四重奏団と組んだクラリネット五重奏曲のEMI録音が懐かしいことでしょう。これは後年の録音ですが、面白いことにブッシュSQのヴィオラ奏者カール・ドクトールの息子であるパウル・ドクトールが弾くヴィオラ版の録音と2枚セットになっています。そちらの演奏は取り立ててどうということはありませんが、ケルのクラリネット版は非常に面白い演奏です。ケルはイギリス人ですが、ドイツ・オーストリアの奏者と違って音色は明るくフランス的です。そのうえ節回しが即興的で、どうかするとジャズのベニー・グッドマンを連想させます。いえ、実はグッドマンのほうがケルに奏法を教えて貰ったことがあるのだそうですが。真正ドイツのライスターとは対照的な、ケルの演奏は第1番の3楽章や4楽章などでは粋なスイング感を持っていて非常に楽しいです。この曲が、決して枯れただけの音楽では無いと思っている自分には、ウラッハ盤よりもむしろ好ましく思います。

51gtndmmgml__sl500_aa300_カール・ライスター(Cl)、ゲルハルト・オピッツ(Pf)(1983年録音/オルフェオ盤) これはクラリネットとピアノががっぷり四つに組んだ、誠に堂々とスケールの大きな演奏です。円熟したライスターも見事ですが、オピッツのピアノが実に素晴らしいです。底光りのする美しい音色で、含蓄のある深い味わいのある表現を聴かせてくれます。決して「枯淡」ではない、音楽として最高に聴きごたえの有る名演奏だと思います。ウイーンでの録音ですが、音質もバランスも極上です。

41cec3txvxl__sl500_aa300_カール・ライスター(Cl)、フェレンツ・ボーグナー(Pf)(1997年録音/Briliant盤) トリオ、クインテットと合わせたクラリネット三部作の2枚組CDです。オルフェオ盤と比べると、やはり14年の時の経過を感じます。全体的にテンポが緩やかになり、表現も淡々としています。「枯れた」と言っても良いのでしょうが、より彼岸に近づいたような印象を受けます。ボーグナーのピアノは透明感のあるタッチで優秀ですが、オピッツのような押しの強さは感じません。

というわけで、この曲のクラリネットによる演奏としては、ライスター/オピッツ盤がマイ・フェイヴァリットとなりました。でも、ケル盤も大いに捨て難いです。

ヴィオラによる演奏ではプリムローズ/フィルクスニー盤とスーク/パネンカ盤がやはり双璧です。

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2012年12月 9日 (日)

ブラームス 晩年のピアノ小品集op.116~119 ~自らの苦悩の子守歌~

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再び取り戻した創作意欲で、室内楽の最高傑作「クラリネット五重奏曲イ短調」作品115を書き上げたブラームスでしたが、その後はピアノの小品集を続けて書いてゆきます。

「幻想曲集」作品116
「3つの間奏曲」作品117
「6つのピアノ小品」作品118
「4つのピアノ小品」作品119

4つの小品集に収められた曲には、それぞれに「カプリチオ」「間奏曲」「バラード」「ロマンス」「ラプソディ」というタイトルが付けられています。ブラームスのタイトル名の付け方には余りこだわりというものは無かったようで、面白いことに半分以上の曲に「間奏曲」と付けられています。どうやらラプソディックでも情熱的でもない穏やかな曲は、みな「間奏曲」にしてしまったようにも見受けられます。いずれの曲も演奏時間にして数分程度の短い作品ばかりです。

それにしても、一度は引退宣言までしたブラームスは既に59歳。一人静かにピアノに向かって作ったこれらの曲は、ブラームスが、『自らの苦悩の子守歌』と呼んだそうです。その意味合いは、それまで楽譜を出版する為や、あるいは演奏家の為に、苦心して作曲したのとは異なって、初めて心の趣くままに、自分自身の子守歌として書いたからでしょう。それは、あたかもブラームスが生涯を振り返ったモノローグです。

僕も、もうじきブラームスのその時と同じ年齢になりますが、これらの作品を聴いていると、ブラームスの心境が少しでも感じられるような気持になります。

全部を合わせると20曲にもなる4つの小品集ですが、その中で特に好きな曲は、と聞かれれば、やはり作品118です。第2曲「間奏曲」の持つ深い味わいは最高ですし、第3曲「バラード」の凛とした男っぽさにも惚れ惚れします。第5曲「ロマンス」もとても魅力的な曲で、中間部でバロック調の爽やかなトリルを入れて何となくバッハへのオマージュを想わせるのが逆に新鮮です。そして力強く勇壮な第6曲「間奏曲」は、まさに男のブラームス。決して他人に涙は見せない、けれども後ろ姿で泣いている、そんな男のイメージです。

作品116では、第3曲「カプリチオ」に惹かれます。中間部の勇壮な雰囲気は正にブラームスそのものです。第6曲の「間奏曲」も美しいです。

作品117では、第1曲変ホ長調の静かな美しさに惹きつけられます。詩人ヘルダーの”不幸な母の子守歌”の詩を引用したこの曲は、息子を亡くしたばかりのクララへ慰めの為に捧げられました。第2曲変ロ短調も哀愁が漂って美しいですが、第3曲嬰ハ短調の暗く気難しい年寄りのような主題はちょっと微妙です。ブラームスらしいと言えば、その通りなのですが。

作品119では、第4曲「ラプソディ」が愉しいです。底抜けの明るさでは無く、アイロニ―を感じさせるのがいかにもブラームスです。

さて、それでは僕の愛聴盤のご紹介に行きます。もちろん4作品が収録されたCDがベストです.

0vvknyuwヴィルヘルム・ケンプ(1963年録音/グラモフォン盤) 確か国内盤では作品116が抜けていたように記憶しますが、独ガレリア盤では全て収められています。どの曲においてもブラームスの心と一体化しているかのような印象を受けます。ひとつの大きな理由は、ブラームスが曲を書いた年齢を越えた、ケンプが68歳の時の録音であることが言えると思います。淡々と自分自身の為にピアノを弾いているような趣なのです。時々テクニック的に「おや?」と思う箇所は有りますが、ピアノの音自体はしっかりとしていますし、全体的に不満はほとんど感じさせません。元々そのような種類の音楽ですし。

1d1b1a5581e73419a8f6faf44112dcf5ラドゥ・ルプー(1971、1978年録音/DECCA盤) 作品116は収録されておらず、代わりに「二つのラプソディ」作品79が収められています。デビューしたての若い頃のルプーらしく、美しく澄んだ音でリリシズムに溢れた演奏をしています。但し、ブラームス晩年の音楽の奥行や深みには少々不足しているような感が無きにしもあらずです。1990年代末に実演で聴いたこの人のブラームスでは次元の違うピアノを聴かせていたので、再録音を行なってくれれば良いのにな、と思わずにいられません。

15a335a8bf8d2ea19c433995ec28cb15ヴァレリー・アファナシエフ(1992年録音/DENON盤) 作品116だけが別CDに分かれているのが不便ですが、とにかく4作品が聴けます。例によって、どの曲も他の奏者の1.5倍は遅いテンポで演奏しています。ですので、暗く重く、孤独感が倍増されている印象です。静寂の美というものを非常に感じさせますし、ラプソディックな曲での途方もないスケール感は凄いの一言です。但し、どれもがブラームスの晩年の心の中に遠慮なく分け入るかのような怖い演ばかりで、聴いていて少々息苦さを覚えるのも事実です。どちらにしても好き嫌いは分れるとは思いますが、一度は聴いておくべき演奏であることは確かです。

Brahms_grimaud_60805エレーヌ・グリモー(1995年録音/ワーナー・クラシックス盤) ザンデルリンクと組んだブラームスのコンチェルトの第1番は、とてつもない名盤でしたが、晩年の小品集も実に見事です。決して枯れたブラームスではありません。カプリチオやラプソディでは、狂ったように荒れ狂います。一方で、沈滞するような曲では、深く深く沈み込みます。表現力が半端でないのです。彼女の凄さは、それでいて後年のアルゲリッチのように恣意的には少しも感じさせないことです。例えば作品117や118での深く感動的なピアノはどうでしょう。ニュアンスの豊かさは比類無いですし、表情があれほど大胆であるにもかかわらず、自然さを全く失わないのは正に驚きです。

41xntcxq1yl__sl500_ヴィルヘルム・バックハウス(1956年/DECCA盤) これは番外です。何故なら、まとまって録音されたのは作品118だけだからです。本当に残念ですが、118だけでも録音してくれたのは幸せです。既に録音時72歳のバックハウスは人に聴かせようという何の力みも感じさせません。極めて淡々と弾いています。ブラームスが自分の部屋でピアノを弾けば、このような演奏になるのではないかと思います。素朴なピアノの音が余計にそのように感じさせます。これはバックハウスにしか成し得ない演奏です。

というわけで、どの演奏にも魅力を感じますが、どれか一つと言われれば、エレーヌ・グリモーを選びます。さらにもう一つと言われたら・・・アファナシエフでしょうか。バックハウスは作品118のみですが、これも捨て難いところです。

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2012年12月 8日 (土)

追悼・中村勘三郎 ~よっ!中村屋!~

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なんということでしょう。今週、勘三郎さんが逝ってしまいました。

歌舞伎という、それまでは少々敷居の高い伝統芸能というイメージを、庶民の芝居という感覚へ変えて、我々を楽しませてくれた稀有の歌舞伎者でした。天性の役者であり、型破りのプロモーターであった彼に代わる人は、今後もそう簡単には現れないと思います。

特に演劇の野田秀樹と協同した幾つかの新作歌舞伎は、保守的な歌舞伎愛好家には、眉をひそめられたのかもしれませんが、自分のような、にわかファンには最高のエンターテイメントでした。多くの人もそう感じたはずです。

とても悔やまれるのは、自分は勘三郎の舞台を一、二度しか観ていなかったことです。いつでも見られるからと思っていたのは大間違いでした。もう二度と観ることが出来ません。

けれども幸いなことは、松竹が「歌舞伎シネマ」という生の舞台を彷彿させる映画撮影を幾つも行ってくれたことです。勘三郎作品を映画館で味わうことができます。DVDも出ていますが、やはり客席の雰囲気を少しでも味わうためには劇場に足を運びたいと思っています。そして、周りの人と一緒に勘三郎の演技を心から懐かしみ、楽しもうと思います。

勘三郎さん、どうもありがとう。
天国でも「中村座」の芝居をやって下さいね。僕が逝った時には、今度こそ生の舞台を何度でも見せてもらいますので。よっ!中村屋!

松竹 シネマ歌舞伎に関するWEBサイト はこちらへ

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2012年12月 5日 (水)

ブラームス クラリネット五重奏曲 続々・名盤

北国からは既に雪の便り。地元の神奈川県でも、秋は終わりに近づいて、「秋のブラームス特集」も、いよいよ「クラリネット五重奏曲」です。晩年にブラームスが一度は失った創作意欲を再び取り戻すきっかけとなった名クラリネット奏者、リヒャルト・ミュールフェルトの為に書いた傑作中の傑作です。ブラームス自身は三重奏曲作品114のほうが好きだと言っていたそうですが、我々聴き手としては、やはりこの曲の翳の濃い味わいと聴き応えには、効し難い魅力を感じます。

この曲については過去に、「クラリネット五重奏曲 名盤」、そして「クラリネット五重奏曲 続・名盤」で、二度記事にしていますが、今回はその後に更に加わった愛聴盤をご紹介したいと思います。

00000792977lアルフレート・ボスコフスキー(Cl)、ウイーン八重奏団員(1961年録音/DECCA盤) 当時のウイーン・フィルのメンバーで組んだこの演奏は、ブログお友達のかげっちさんに薦められて聴いてみました。クラリネット独奏のボスコフスキーは、ウインナ・ワルツで有名なウイリー・ボスコフスキーの弟です。1stVnを弾いているのはアントン・フィーツです。これこそは正にウイーンの味です。かつてのウラッハ盤にはウイーンと言ってもハンガリー風の味わいが濃いように感じましたが、こちらはウイーンそのものを感じます。余りに音が甘く柔らかなので、個人的にはカップリングのモーツァルトのクインテットの演奏のほうに更なる魅力を感じますが、このブラームスの演奏ももちろん素晴らしいです。

81npdo10pelチャールズ・ナイディック(Cl)、ジュリアード弦楽四重奏団(1994年録音/SONY盤) これは廉価BOXの弦楽四重奏、弦楽五重奏と一緒に収められているのですが、実に素晴らしい演奏です。ゆったりとしたテンポでフレーズの終わりに念押しをするので、実際以上に遅く感じます。ロバート・マンのヴァイオリンの歌いまわしは大きく、非常にロマンティックです。クラリネットのナイディックはジュリアード音楽院の教授ですが、マンにぴったりと寄り添って素晴らしいです。他のメンバーももちろん上手いですが、音楽の内容表現に徹しているのが素晴らしいです。終楽章の変奏曲などは気合が入って激しく、それでいて非常に立派という、およそベストの演奏のように思います。かつてのジュリアードQのイメージとはまるで異なる、この大きくて深いブラームスの味わいは正に最高です。

41cec3txvxl__sl500_aa300_カール・ライスター(Cl)、ブランディス弦楽四重奏団(1997年録音/Briliant盤) ライスターがこの名曲を何度録音したかは調べませんでしたが、確か5回以上は録音したはずです。この演奏は、その一番最後の方の録音です。演奏には年輪と熟成を全ての音符に感じさせています。但し、元々情緒に流されるようなタイプではありません。そのあたりは好みです。ブランディスの弾くヴァイオリンの表現力と味わいも悪くはありませんが、超一流とは言い難い気がします。激戦区のこの曲の演奏としては、特別に抜きんでる存在では無いと思います。

ということで、今回の大収穫はナイディック/ジュリアードSQ盤です。
ウラッハ/ウイーンコンツェルトハウスSQ盤が横綱、バヴィエ/ヴェーグSQ盤が大関の座は揺るがないとしても、関脇には前回のシフリン/エマーソンSQ盤に代わってジュリアードSQ盤を昇格させたいと思います。もっともこれは僕の全く個人的な番付(盤付?)ですので、物言いが付くのは承知の上です。どすこいpaper

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2012年12月 2日 (日)

大河ドラマ「平清盛」 ~遊びをせんとや生まれけむ~

今日は日曜日。毎週楽しみにしているNHKの大河ドラマ「平清盛」の放送の日です。いよいよ最終回に近づいてしまったのが残念でならないのですが、何でも視聴率は低迷しているらしいですね。僕は、今まで観てきた大河ドラマの中でも特に良く出来た放送だと思っているのですけれど・・・。

確かに放送開始の頃によく出てきた、荒れた京の都の庶民たちの姿が非常に汚らしく描かれたりするのを嫌う知人もいましたし、大勢登場する人物がよく見ていないと誰が誰だか判らなくなったりもしました。

でも、それだけリアリティを大切にした演出なわけですし、歴史的に濃い内容が含まれてるということです。もともとホームドラマ仕立てのほうが視聴率は良い傾向にあるらしく、それはそれで嫌いではありませんが、今回の見ごたえのある演出は非常に素晴らしいと思っています。

それに音楽を担当している吉松隆氏も実に素晴らしいです。1970年代のプログレッシブ・ロック・バンドのエマーソン・レイク&パーマーの「タルカス」をオーケストラ編曲して効果的に使ったと思えば、一方では重要な登場人物である後白河法皇の編纂した庶民の歌を集めた「梁塵秘抄」の中の「遊びをせんとや生まれけむ」の歌を随所で印象的に使っています。この歌は、子供は無心で元気に遊ぶためのみに生まれ来たのだという内容なのですが、なんでも、平清盛の生涯が走馬燈のように走り抜ける音楽にしたかったのだそうです。

ドラマでは後白河法皇の庶民文化への傾倒ぶりも非常に上手く描かれていますし、登場してくる平家や源氏、あるいは公家たちの各人の心理描写にはただただ感心するばかりです。安っぽいホームドラマでは無い素晴らしい出来栄えの「平清盛」は、第1回の放送からノーカットで見直したいと思うほどです。

さぁ、源頼朝がついに伊豆で挙兵して平家追討に攻め上がる今回も本当に楽しみです。

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2012年12月 1日 (土)

ブラームス クラリネット三重奏曲 イ短調op.114 名盤 ~人生の錦秋~

「弦楽五重奏曲第2番」作品111を最後に作曲からの引退を決意した58歳のブラームスでした。ところが、その後にマイニンゲンの街を訪れたことで状況は一変します。マイニンゲンには大変優秀な宮廷オーケストラが有って、そこにはクラリネットの名手リヒャルト・ミュールフェルトが在籍していました。

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ブラームスはミュールフェルト独奏の演奏会に足を運んだのですが、その演奏に大変な感銘を受けたのです。比較的歴史の浅い楽器のクラリネットには、元々優秀な奏者は決して多くはありませんでしたが、ミュールフェルトのクラリネットを当時の人が讃えた言葉によると、『メランコリックにして歌心にあふれ、表情の巾が広く、雄々しさとデリカシーを兼ね備えている』のだそうです。

ブラームスは、当夜の演奏会の感激をクララ・シューマンへ宛てた手紙の中で、『当地のミュールフェルト以上に、クラリネットを美しく吹く人間はいません』と書き記しました。

こうしてブラームスは、再び創作の霊感を呼び起こされて、ミュールフェルトのために、クラリネットの室内楽曲を書きました。それは「クラリネット三重奏曲作品」114、「クラリネット五重奏曲」作品116、そして2曲の「クラリネット・ソナタ」作品120の1と2です。これらは正にブラームスの人生の晩年において、鮮やかに輝いた「錦秋」のごとき作品たちです。ブラームジアーナーにとっては、この三部作は正にかけがえのない宝物です。

そのうちの最初の作品「クラリネット三重奏曲イ短調」作品114は、クラリネット、チェロ、ピアノという非常に地味な編成ですが、本当に心の奥に大切にしまい込んで置きたくなるような愛すべき音楽です。ブラームス自身もクラリネット五重奏曲以上に、この三重奏曲を好んでいると語っていたそうです。

僕の愛調盤ですが、奇しくもいずれもウイーン・フィルとベルリン・フィルのメンバーの演奏となりました。

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レオポルド・ウラッハ(Cl)、フランツ・クヴァルダ(Vc)、フランツ・ホレチェック(Pf)(1952年録音/ウエストミンスター盤)
 モノラル時代に一世を風靡したウラッハの演奏です。そのレトロで枯れた音色はウイーンの名手といっても現代の奏者とは相当の隔たりが有ります。但し、演奏は意外にも速めのテンポで活力が有ります。クヴァルダのチェロも非常に表情豊かで演奏が前面にでて来るのは録音のバランスだけでは無いようです。ホレチェックのピアノは二人の引き立て役に徹していて余り目立ちませんが、美しく、まとまりがよく取れています。第2楽章での抒情性や第3楽章のアンダンティーノの優美さにも大変魅了されます。例えばライスターの晩年のように枯れて静寂を強く感じる演奏とどちらがこの曲の本質かと問われると困りますが、こういう演奏で聴くと必ずしもこの曲は決して枯れ切っているわけではないと感じます。

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アルフレート・プリンツ(Cl)、アーダルベルト・スコチッチ(Vc)、イエルク・デームス(Pf)(1979年録音/DENON盤)
 元ウイーンフィルのプリンツは、非常に柔らかい音で、モーツァルトの演奏においては師匠のウラッハ以上に好きなのですが、ブラームスもまた情緒的でしっとりとした音を聴かせてくれます。スコチッチのチェロも、デームスのピアノも同様に非常に柔らかく味わい深い音でピタリと合わせています。この辺りの同質感、一体感というのは、やはり長い歴史をかけて作り上げられてきたウイーンのDNAなのだなぁと、つくづく思います。もちろん寂寥感にも不足しませんが、同じように優しさや美しさを強く感じられるのが魅力です。

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カール・ライスター(Cl)、ゲオルク・ドンデラー(Vc)、クリストフ・エッシェンバッハ(Pf)(1968年録音/グラモフォン盤)
 泣く子も黙る元ベルリン・フィルの大御所、ライスターはこの曲を幾つか録音しているはずですが、これは比較的若い1968年の録音です。流石に後年の円熟こそ有りませんが素晴らしい演奏をしています。エッシェンバッハのピアノも非常に魅力的です。まだ若い時代にもかかわらずブラームスの情感を滲みださせるのはやはりただ者ではありません。チェロは元ベルリン・フィル団員でドロルツ四重奏団のドンデラーです。他の二人に比べると幾らか弱さを感じますが、美しくアンサンブルを整えていて問題はありません。全体的に枯れた雰囲気だけでなく、艶やかを感じさせるのは全体の曲想とは矛盾しません。

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カール・ライスター(Cl)、ヴォルフガング・ベットヒャー(Vc)、フェレンツ・ボーグナー(Pf)(1997年録音/Briliant盤)
 ライスターのこの晩年の録音では、正に円熟し切った至芸を聴かせてくれます。『ブラームスは、その音楽を理解するために、長い時の流れを必要とする作曲家だと思う』と語ったのはライスター自身ですが、その言葉が実感させられるような素晴らしい演奏です。晩年のブラームスの孤独感が痛々しいほど感じられます。元ベルリンフィルの首席チェロのベットヒャーも素晴しいですし、ハンガリー出身のボーグナーのピアノも美しい音で二人を支えています。枯れた演奏を聴きたい場合には最もお勧めできます。

ということで、それぞれのウイーン風の味わい、ドイツ風の味わいは、どちらも代え難く、上に上げている演奏をどれも同じように愛聴しています。

<補足>
ウラッハ盤、ライスターの1968年盤を加筆しました。(2017.2.12)

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