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2012年11月 1日 (木)

ブラームスの初期ピアノ作品 ~ハンブルクの天才少年ピアニスト~

Brahms_geburtshaus_in_hamburg_2ハンブルクのブラームスの生家(第二次大戦で焼失)

ハンブルクの天才少年、ヨハネス(ブラームス)君は僅か10歳でピアニストとしてデビューして、着実にその名が知れ渡ってゆきました。それと同時に、作曲活動も精力的に行なっていました。少年時代に書いた作品は150曲を超すと言われていますが、ヨハネス君はその楽譜をことごとく破棄してしまいます。自己批判の強い、完全主義者の性格が若い時から備わっていたのは間違いありませんね。

楽譜が残されている最も古い曲は、「スケルツォ 変ホ短調」作品4で、18歳の時の作品です。ピアノ・ソナタの第1番、第2番がそれぞれ作品1、作品2と付けられてはいますが、実際には、この「スケルツォ」のほうが古い作品です。演奏時間で8分程度の曲ですが、民族舞曲的な解り易い旋律が楽しく、僕はとても好きです。将来のブラームスの数々の名作を予感させていると思います。

翌年、19歳の時に作曲されたのが「ピアノ・ソナタ第2番 嬰へ短調」作品2です。4楽章構成で中々に重厚な曲です。ちょっと聴くとリストの曲のような印象を受けますが、暗く情熱的でロマンティックな趣きは、既にブラームスの本領発揮で、19歳の少年の作品とは思えません。子供のころから、港の酒場でピアノを弾いて家計を助けた少年の心の中には、裕福な家で生まれ育ったようなお坊ちゃんには感じられない、心の翳りが潜んでいたのでしょうか。そんなヨハネス少年がとても愛おしくなるような佳曲だと思います。

そして、楽譜出版社と初めて契約を結んだ記念すべき作品が「ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調」作品1です。ブラームスとしても自信作だったのでしょう。初めてリストの家を訪れた時に、リストは初見でこの曲を弾くと、ブラームスの音楽に「素晴らしい北方のロマンティシズム」を感じて、とても好意的だったそうです。また、シューマンの家を訪れた時には、ブラームス自身がこの曲を弾いてシューマンに聴かせると、シューマンはその才能に驚き、自分が創立した雑誌「新音楽時報」にブラームスを紹介する記事を書きました。それが『新しい道』という有名なエッセイです。ブラームスのことを、『芸術の新しい旗手となるべく人間が現れた』と熱烈な表現で絶賛したのです。おかげで、一夜にして世の音楽愛好家の知るところとなりました。好奇心と疑いの目で見られることに、ブラームス自身は大きなプレッシャーを感じていたようです。けれども実際にブラームスの音楽と演奏を聴いた人は、誰もが彼に尊敬の念を抱くようになったそうです。若いブラームスの才能を見事に見抜いたシューマンの眼力は、さすがにピアノの名曲を多く書いた作曲家ですね。

「ピアノ・ソナタ第3番 ヘ短調」作品5は、生まれ育ったハンブルクの町を離れてヴァイオリンの名手レメーニと二人で演奏旅行を行なうようになり、ハノーファーやデュッセルドルフあたりを行ったり来たりする間に書き上げられました。この曲は正真正銘の名作だと思います。第1番と第2番のソナタでは、音符がやや過剰過ぎるために「音楽の為の技巧」では無くて、「技巧の為の技巧」に感じられる部分が無きにしも非ずでした。けれども、この第3番には、そういった印象は全く感じられず、全5楽章の初めから終わりまで、音楽そのものが聞こえてきます。特に、ブラームスの「4つのバラード」作品10を想わせる、美しい第2楽章には、詩人シュテルナウの「若き恋」という詩を標題に掲げています。

たそがれ迫り、月影は輝く
そこに二つの心 愛にて結ばれて
お互いに寄り添い 抱き合う

第4楽章の基礎にもシュテルナウの詩が用いられたようですが、第2楽章で成就した恋が、第4楽章では失恋に至ります。
また、第5楽章では舞曲的な付点音符の音型が、明らかにシューマンの影響を受けているように思います。それでいて中間部の勇壮な旋律は、いかにもブラームスらしい魅力に溢れます。僕は、このソナタ第3番が非常に好きです。

20歳までに3曲のピアノ・ソナタを書いたブラームスですが、それ以降二度とこのジャンルでの曲を書くことはありませんでした。

Brahms01big
当時の20歳のブラームスの肖像画を、シューマンが知り合いの画家に書かせています。ライプチヒでブラームスの支援をしていた、ある婦人は、ブラームスが『どんな娘でも顔を赤らめることなくキスできるような可愛らしい顔立ち』をしているにもかかわらず、その可愛らしい顔の下に強い意志の力が込められているのをしっかりと見抜いていたそうです。

僕はブラームスのピアノ曲の演奏は、それほど聴き比べをしているわけではありませんが、愛聴盤をご紹介しておきます。

―第1番~3番―

Brahms_katchen02
ジュリアス・カッチェン(1963-64年録音/DECCA盤)

42歳という若さで亡くなったジュリアス・カッチェンはアメリカ人ですが、ブラームス弾きとして有名で、ピアノ曲を全て録音しています。このCDは、ソナタの第1番から第3番までと、「スケルツォ」「4つのバラード」「シューマンの主題による変奏曲」という初期の作品を収めています。カッチェンのピアノは非常に力強く男性的で、聴きようによっては、幾らか荒っぽくさえ感じられるほどですが、決して無神経だと言うことではありません。ピアニシモでのデリカシー溢れる表情がその証拠です。ひ弱な洗練さとは無縁だということなのです。ブラームス晩年の充実した作品群と比べて、つまらない演奏をされると、そのままつまらなくなる初期の作品を、これだけ面白く感じさせてくれるピアニストは中々居ないのではないでしょうか。ソナタ全曲を手軽に揃えたいという場合に、真っ先にお勧めして良いディスクだと思っています。

―第1番&2番―
 
31ik5cicabl__sl500_aa300_スヴャトスラフ・リヒテル(1987年録音/DECCA盤) イタリアのマントヴァでのライブ録音です。リヒテルはブラームスのソナタをよく取り上げていたようです。シューマンを得意にしたリヒテルはブラームスにも、とても適性を感じます。ライブということもありますが、余り洗練され過ぎずに、ロマンティックで人間的な肌触りを残すあたりは好ましく感じます。緩徐楽章の沈滞して沈み込むあたりは流石です。フォルテでも豪快さは有りますが、打鍵を必要以上には強く叩き過ぎない節度を感じるのが良いです。

―第2番―
51ng8mv49ll__sl500_aa300_エレーヌ・グリモー(1998年録音/DENON盤) ソナタ第2番の単独盤ですが、シューマンの「クライスレリアーナ」とカップリングされているのは好企画です。最近のグリモーの凄さを知っていると、少々物足りなく感じるかもしれません。けれども豪快で男っぽいカッチェンと聴き分けるには良いと思っています。細部の表現やタッチの美しさに関しては、グリモーのほうが上だと思います。ブラームスの20歳の肖像画の印象に近いのはグリモーのほうかもしれません。

―第3番―
31rwsq1v7jl__sl500_aa300_アルトゥール・ルービンシュタイン(1959年録音/RCA盤) ソナタ第3番の単独盤です。何という、ゆとりのある音楽なのでしょう。若い青年が弾いているようなカッチェンと比べると、落ち着いた大人の男性を想わせます。フォルテでの打鍵を無理に強く弾いたりはしませんが、胸にずしりと響いてくるような手ごたえを感じます。ですので和音が実に美しいです。最近のピアニストの張り詰めた硬質の音では無く、とても暖かさと柔らかさを感じられる音なのが好きです。全体にテンポもゆとりがあり、2楽章や5楽章の詩情の豊かさは心に沁み入ってくるようです。僕は、この曲に関してはルービンシュタインをカッチェン以上に好んでいます。

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ブラームス(器楽曲)」カテゴリの記事

コメント

ハルくんさん、こんばんは。 ブラームスのピアノ独奏曲は あまり聴くことはないのですが、一旦 聴きはじめると 聴き込んでしまいます。やはり、名作揃いですよね。私は レーゼルの独奏曲全集を聴いていますが 地味ながら誠実な演奏が とても心地いいです。    カッチェンの演奏は 名盤の誉れ高いものですよね。機会があれば聴いてみたいです。

投稿: ヨシツグカ | 2012年11月 1日 (木) 18時54分

ヨシツグカさん、こんばんは。

自分もブラームスは、室内楽に比べると独奏曲を聴く頻度はずっと少ないです。でもやはり良い曲が結構有りますよね。

残念ながらレーゼルのブラームスのCDは持っていませんが、ファンの間では人気が有りますね。
カッチェンの演奏は好き嫌いが分れるかもしれません。一度ハマるとこたえられないと思います。

投稿: ハルくん | 2012年11月 1日 (木) 21時49分

こんばんは。ブラームスの初期作品は、若々しくて感情もストレートに現れているように思います。
若いころから、”ブラームスらしさ”が刻印されているのは、ベートーヴェンと似てます。

ピアノ・ソナタは第1番が好きなので、他の曲はあまり聴かないのですが、第1番ならレーゼルも良いですね。技巧的に精密で力感豊かで、叙情感や高揚感はあっさりしてますけど、爽やかなところが好きです。

スケルツォは、コヴァセヴィチの若い時の録音も好きですし(若い頃のブラームス録音はどれも好きなので)、若手のラツィックのスケルツォは、物語のようにドラマティックで面白いです。

グリモーとは相性が良くないのですが、ワーナーのBOXセットなどCDは数枚持ってます。
初期作品の録音は聴いた事がありませんが、DG盤の「2つのラプソディ」は全く合わず、結局、面白いと思ったのは、後期小品集でした。
ソノリティが独特で重層感のある和声の響きに、濃密でネットリまとわりつくような感覚がします。しなやかで母性的なブラームスという印象でした。

投稿: yoshimi | 2012年11月 1日 (木) 23時01分

yoshimiさん、こんばんは。
コメントありがとうございます。

ソナタ1番、2番なんかはリストの影響と思われるような部分が有るように感じますが、全体は既にブラームスらしさで溢れていますね。

僕はグリモーの演奏の大抵のものは好きですよ。「後期小品集」は僕も愛聴盤です。

>ソノリティが独特で重層感のある和声の響きに、濃密でネットリまとわりつくような感覚がします。

確かに。僕はそこが好きなのかもしれません。

投稿: ハルくん | 2012年11月 2日 (金) 23時30分

ちょっとご無沙汰してしまいました(汗)

私は、P協奏曲、三重、四重はわりと持ってるのですが、
ピアノソナタはこれからです。

グリモーのベートーベンP協奏曲の熱演が
大好きです。
最初に狙うのは彼女かなと思ってます。

投稿: 四季歩 | 2012年11月 5日 (月) 20時44分

四季歩さん、こんばんは。

いえいえ、こちらこそご無沙汰して失礼しました。

ピアノ協奏曲、三重奏曲、四重奏曲、どれも最高ですね。ピアノソナタは初期の作品なので、充実度はやや劣るかと思います。でもブラームスはブラームスですし、一度は聴かれて悪くありませんよ。ソナタ以外にも名曲が結構あります。

グリモーのブラームス録音は限られていますが、後期の作品の演奏なんか大好きです。

投稿: ハルくん | 2012年11月 5日 (月) 21時44分

ソナタの1番と2番は多少粗っぽいところも魅力の一つかもしれません。昔から思っていたのですが、1番1楽章の展開部には強引な和声進行が目立ちますね。若さゆえという感じです。初期のピアノ曲では7連符とか変拍子とか、いろいろ凝ったことをしていますが、生硬なところはいかにも青年らしく、そこがまた興味深いです。

ソナタ3番以降、初期の作品はパガニーニ変奏曲で頂点に達する感がありますが、これは難曲というイメージ以上に音楽性が高い傑作だと思います。全体的に厳しさと冷気を感じますね。

投稿: NY | 2012年11月 6日 (火) 22時21分

NYさん、こんばんは。

ブラームスは、ピアノソナタを書くのを止めてからは、パガニーニ変奏曲まで、変奏曲を書き続けますね。その蓄積がやがて管弦楽曲のハイドン変奏曲や第4シンフォニーの終楽章に生かされるのだと思います。
この人は真に変奏曲の達人だと言えますね。それにしても中身の音楽が凄いです。

投稿: ハルくん | 2012年11月 6日 (火) 22時36分

本人の演奏を聴いてみたかったですね。確かハンガリー舞曲の自演は録音がありますが(恥ずかしがってさっさと引き始めたらしく、めちゃくちゃ速い演奏ですが、それが本気だったのかどうか?)酒場ではどう弾いていたのかしら。

投稿: かげっち | 2012年11月11日 (日) 14時38分

ハルくん、こんばんは

ブラームスのハンガリー舞曲とっても有名ですね(^◇^)┛小学生の頃に聴いたことがありますよメチャクチャテンポが速いですよねぇ『夕方クインテット』でハンガリー舞曲を聴いたことがあるよ(*^▽^*)後、ワルツもとってもいい曲ですね(o^∀^o)この曲聴いてると、作曲家のヴィヴァルディを思い出しますよ(^з^)-☆Chu!!(本当は山本図書館を思い出したりしちゃって)
ヴィヴァルディ全盛期の青春送ってましたからぁ~o(`▽´)o

投稿: 上原 瑶子 | 2012年11月11日 (日) 21時41分

かげっちさん

ハンガリー舞曲のピアノ自演は録音があるそうですね。聴いたことが無いので聴いてみたいです。

そうですよね、酒場の演奏は聴いてみたいですよね~。これは本当に興味津々です。

投稿: ハルくん | 2012年11月12日 (月) 18時34分

よう子さん

ブラームスのハンガリア舞曲は最高に楽しいですね。

「ブラームスのワルツ」という曲もイイですね。僕も大好きですよ。優しい人でなけりゃ、とてもあんな曲は書けないなぁ。そう思います。

投稿: ハルくん | 2012年11月12日 (月) 18時38分

カッチェンの演奏は骨太で男前ですね。この人の弾くラプソディ2番は水前寺清子のマーチのようでとても面白いです。ワンツー、ワンツーって感じに聴こえました。全集を残すような人は気迫が違いますね。カッチェンとレーゼルは全集を買おうかなと思いながらいまだにぐずぐずしております。

投稿: NY | 2012年11月12日 (月) 21時03分

NYさん、こんばんは。

カッチェンの音は本当に骨太で男性的ですよね。
ラプソディの演奏は聴いていませんが、水前寺清子のマーチみたいですか。(笑)
でも、なんとなく想像できますね。

投稿: ハルくん | 2012年11月13日 (火) 00時33分

こんばんは。
ルービンシュタインを聴きました。この曲初体験ですが、起伏がない曲は奏者で印象が変わるでしょうね。

>ブラームスの「4つのバラード」作品10を想わせる~

だから、録音年に隔たりが在るにも関わらず「バラード」を併録なのでしょうか...。通して聴くと、やはり「バラード」が一般によく聴かれる曲なのが分かります。でもイチバン気に入ったのは、メランコリーなのに重厚さも感じる「インテルメッツォ」です。

投稿: source man | 2012年11月22日 (木) 19時38分

source manさん、おはようございます。

ルービンシュタイン盤の「インテルメッツォ」というのは、恐らく作品116-6だと思いますが、ブラームスは最晩年の作品116、117、118、119の小品集の半分以上の曲に「インテルメッツォ」と名付けています。どれも素敵な逸品ですので、是非まとめて聴かれてみて下さい。一応「近いうち」に、これらの曲の特集を記事にします。(ところで「近いうち」って「4か月後」でしたねー)(笑)

投稿: ハルくん | 2012年11月23日 (金) 09時27分

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