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2012年11月

2012年11月26日 (月)

ブラームス 弦楽五重奏曲 名盤 ~やめるべきか、やめざるべきか~

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日増しに秋が深まってゆきますね。自宅にほど近い丹沢の山に入ると、すっかり色づいた木々の美しさに目を奪われます。皆さんのお近くでも同じような光景が見られるのではないでしょうか。

さて、秋のブラームス特集ですが、先日の「弦楽四重奏曲」に続いて今回は「弦楽五重奏曲」です。弦楽五重奏曲についても、やはり以前の記事の「弦楽六重奏曲 名盤」の中で簡単に触れたことは有りましたが、余りにお粗末なものでしたので、改めて取り上げてみます。

御存知の通り、ブラームスは弦楽五重奏曲を2曲書きました。どちらも通常の弦楽四重奏にヴィオラを追加した編成です。ブラームスは中声部をカバーするヴィオラを好んで、よく活躍させましたが、この二つの曲においては活躍度合いが更に高まっています。

第1番 ヘ長調 op.88 ブラームス49歳の正に円熟期の傑作です。全3楽章という珍しい構成となっています。楽曲として、ブラームスの才能を最も感じるのが第1楽章で、美しい第1主題に続く第2主題は、同じ小節の中で2拍子と3拍子が絡み合うように書かれていて、ブラームス得意のシンコペーションの旋律が混じりあって、心が揺られるような感覚を味わいます。長大な第2楽章は、緩徐楽章の間に急速なスケルツォ的な要素が含まれるというユニークな構成で、これはベートーヴェンの後期の四重奏の影響かもしれません。この中間楽章によって全体のバランスが見事に保たれています。第3楽章には音楽の深みは余り感じませんが、非常に明るく楽しく高揚して終わります。

第2番 ト長調 op.111 ブラームス58歳の大変な力作なのですが、この作品は同時に問題作でもあります。ブラームスはこの年、交響曲第5番の構想を練っていたのですが、結局頓挫してしまい、代わりに書き上げられたのが、この弦楽五重奏曲第2番です。ですので、第1楽章は、非常にシンフォニックで、そびえ立つ様な構築感が立派この上ありません。それが第2楽章は、うって変わって、ハンガリーかルーマニア風の、まるで「望郷のエレジー」とでも呼べそうな曲となります。続く第3楽章も哀愁を湛えた舞曲風の曲で、孤独を一杯に感じさせます。第4楽章では再び気分を高揚させて終わります。
この曲の聴きどころとしては、交響曲を意識して書かれたであろうスケールの大きな書法と、ブラームスとしては非常に斬新で新しい和音が挙げられますので、この2点を意識して聴くと非常に面白く感じられると思います。
実は、ブラームスはこの曲の原稿を出版商のジムロックに送った際に、次のような手紙を同封しました。
『この手紙とともに私の音楽に別れを告げてもらいたい――やめる時が来たのは確かなのだから・・・・・』という内容です。
つまり、ブラームスは作曲活動から引退することを決めたのですが、それは自分の創作能力の衰えと、既に時代の潮流から取り残されてきたことを感じていたからに違いありません。もし、この曲に満足していれば、引退を考えるはずはありません。確かに、ブラームスとしては新しく斬新な響きと円熟した技法による非常に聴きごたえのある作品ですし、2、3楽章の民族的な曲想は魅力的でブラームス好きの心を確実に捕えます。けれども、この曲が以前のような、ほとばしるようなインスピレーションに満ちているかというと、必ずしも肯定は出来ません。僕も、どちらかと言えば第1番の方が好きですが、しかし第2番も本当に良くできています。とにもかくにも、この問題作をじっくりと聴かずしてブラームスの室内楽を語ることは絶対に出来ないでしょう。

もちろん、この後、ブラームスはクラリネットの名手ミュールフェルトと出会い、一度は失った創作意欲を再び取り戻して、クラリネット三部作(三重奏、五重奏、ソナタ)を書き上げます。ブラームスがここで本当に引退してしまっていたら、あの素晴らしい最晩年の名作達を聴くことが出来なかったことになります。

そうした背景で書かれた円熟期の二つの作品ですが、ともかくは僕の愛聴盤をご紹介します。

―第1番&2番―

177 ブダペスト弦楽四重奏団、W.トランプラー(Va)(1958年録音/SONY盤) タワーレコードの企画で発売されたBOXセットに収められています。第1番の演奏が素晴らしいです。表面的な美音からは遠い、極めて厳しい音ですが、だからこそブラームスの心が滲み出てきます。1stVnのロイスマンを筆頭に、彼らの音色は常に哀しさを感じさせます。シンコペーションを念押しするリズム感も最高です。第2番も同様の演奏ですが、ブラームスの新境地の響きの再現が十全とは言えないので、幾らかマイナスだと思っています。それでも2楽章や3楽章の枯れた味わいと悲劇性は最高です。

790 アマデウス弦楽四重奏団、C.アロノヴィッツ(Va)(1967‐68年録音/グラモフォン盤) これもブラームスの室内楽曲BOXに収められています。いつものように、1stVnのブレイニンが大きく歌いますが、第1番などは基本テンポが比較的速めですし、表情も穏やかです。ブダペストSQでは音が厳し過ぎると言われる方には良いと思います。第2番も同じように良い演奏です。1楽章は響きが美しく、2楽章、3楽章には暗く成り過ぎない節度が有ります。4楽章でもやはり美しさを感じます。録音はバランスが良く、柔かな響きでとても優れています。好みは別にして、リファレンスとしてはアマデウスSQの演奏が良いのかもしれません。

81npdo10pelジュリアード弦楽四重奏団、W.トランプラー(Va)(1995年録音/SONY盤) 弦楽四重奏曲の録音から2年後の、1stVnのロバート・マンが既に75歳で、引退直前の録音です。ゆったりとしたテンポでロマンティックに歌った演奏からは、かつてのジュリアードSQの鋭角で機械的なイメージは全く有りません。技術的な完璧さを前面に押し出す印象は全く感じられませんが、だからといってアンサンブルが崩れている訳では無く、本当に凄い団体だったと思います。円熟のブラームスの音楽を聴かせてくれるこの演奏は、とても気に入っています。

他に、単独曲の録音にも触れておきます。

―第1番―

Cci00051 ウイーン・コンツェルトハウス四重奏団、他(1950年録音/ウエストミンスター盤) ブダペストSQのような暗さは無く、もっと穏やかに昔を懐かしむような風情があります。アントン・カンパーのヴァイオリンを中心とした、昔のウイーン風の甘く柔らかい奏法には何とも言えない魅力を感じます。フレーズの変わり目でテンポを大きくルバートさせるのも、一層強く情緒に訴えかけてきます。第3楽章でも一気呵成に進むのではなく、じっくりと音楽の味わいを与えてくれます。第1番の演奏としては、ブダペストSQと並んで好んでいます。なお。このCDは六重奏曲の第2番がカップリングになっていますが、そちらも実に魅力的な演奏です。

―第2番―

Brahms_melosメロス弦楽四重奏団、J.コセ(Va)(1990年録音/ハルモニアムンディ盤) これは、カップリングされたクラリネット五重奏曲以上に素晴らしい演奏です。各楽器のハーモニーが秀逸で、ブラームスの書いた斬新な響きを完璧に音化しています。音像のスケールも非常に大きいです。中間2楽章も単なる民族的な音楽で無いことに気づかされます。僕は、この演奏を聴いて、初めてこの曲の真価を知ったような気がします。ブラームスは決して古い書法に執着していたわけではなく、新しい書法と響きをしっかりと追及していたのです。それを強く感じさせてくれる点で、これは必聴の演奏です。この曲とクラリネット五重奏曲という晩年の大作をカップリングさせた意味合いも非常に大きいです。

ということで、この2曲の演奏は別々に切り離して考えるべきです。第1番ではブダペストSQとウイーン・コンツェルトハウスSQに非常に惹かれますが、第2番はメロスSQの演奏が自分のフェイヴァリットです。

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2012年11月25日 (日)

陶芸家への道 記念すべき初作品

Op1

陶芸初作品が完成しました。昨日は陶芸教室へ出かけて作品とのご対面です。三つの作品を作りましたので、ハルくんの作品1の1から3です。
(写真はクリックすると拡大します)

作品1の1 「蒼い皿」

Op11_2
作品1の2 「蕎麦柚子の器」

Op12
作品1の3 「青い一輪挿し」

Op13
想像していたよりもずっと綺麗な色が付いたのに驚きました。形を造るのは、もちろん難しいのですが、その形に合わせて色づけの溶液を決めるのに、非常に迷いました。でも、こうして完成してみると、とっても気に入った色具合に出来あがりましたので満足です。

これからは、季節毎に作品を作って少しづつ増やしてゆきたいなと思っています。そしていつか個展でも開けたら最高ですね。BGMに名曲を流して、音楽と陶芸のコラボなんて凄く愉しそうだなぁ。まぁ。いつのことになるやらですけど。

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2012年11月23日 (金)

厚木市民芸術祭「第九」コンサートのご紹介

年末の恒例行事であるベートーヴェンの第九コンサートは「ニッポンのお祭り」ですので、自分も毎年ではありませんが、一年おきぐらいには聴きに出かけています。

そこで、せっかく神奈川県の厚木市に昨年引っ越してきたことでもあるので、今年は地元で開催されるアマチュアの厚木市民合唱団とオーケストラによる第九コンサートに行くことに決めました。

オーケストラの演奏をする厚木交響楽団というのは、知人の紹介で既に一度演奏会を聴いたことがありますが、その時はブルックナーの第5交響曲という大曲を演奏したほどですので、アマオケとしての水準は中々に高いと思います。

本来であれば地元のお祭りに演奏者として参加したいところですが、今は余裕が有りませんので、今回は聴衆として参加するのがとても楽しみです。

小田急線の本厚木駅から徒歩圏内にある厚木市文化会館で開かれるこのコンサートですが、近隣にお住まいの方はお暇が有ればお越しになられてみてはいかがでしょうか。

チケット等、詳しくはこちらを参照ください。
厚木市「市民芸術祭」第九コンサート情報

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2012年11月21日 (水)

マリインスキー・バレエ/ロパートキナ 2012日本公演 「白鳥の湖」 ~儚いまでの美しさ~

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今週は偶然、舞台鑑賞が重なりました。昨夜は府中の森芸術劇場へマリインスキー・バレエを観に行きました。プログラムは「白鳥の湖」です。

マリインスキー・バレエを観るのは6年ぶりで、前回も同じ「白鳥の湖」でした。このバレエ団はやはり一番観たくなるバレエ・カンパニーですね。

当夜は、主役のオデット姫を最初はエカテリーナ・コンドウーロワが踊る予定だったのですが、それがウリヤーナ・ロパートキナに変わりました。勢いのあるコンドウーロワは楽しみにしていましたが、変更がロパートキナとあっては不満有るはずがありません。彼女の生舞台を見たことが無いので良かったです。

劇場に早めに着いたので、ちょいと隣の公園を歩いてみました。武蔵野の森を想わせるような紅葉が正に見ごろで素晴らしかったです。それから劇場建物内のイタリアンレストランで夕食を済ませて、いよいよ開演となりました。

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このバレエ団の舞台は実にオーソドックスです。まるで絵本を開いたみたいです。お城の貴族や、村の娘たちそのものの衣装は淡い色を基調にしていて本当に上品で綺麗です。それに何といっても踊りが美しいです。このバレエ団の魅力はコール・ド・バレエ(群舞)の美しさに有ると思いますが、およそ世界一ではないでしょうか。娘たちの裾の長いひらひらのスカートが一糸乱れず、くるくると回ります。日が暮れて徐々に暗闇が訪れるのを繊細な照明が演出しますが、明るさと色彩が刻々と変化するのが本当に素晴らしいです。

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バレエダンサーは、みな美しいですが、とりわけロパートキナの美しさには息を飲みました。正に別格です。以前ボリショイ・バレエの公演で観たザハーロワは最高だと思いましたが、こうしてロパートキナを観ると、とても甲乙がつけがたいほどに感じられます。さすがは天下のマリインスキーの看板バレリーナです。

オーケストラはもちろんマリインスキー劇場管弦楽団ですが、ゲルギエフが振るオーケストラ・コンサートの時のレベルからは相当かけ離れます。このようなバレエ公演のツアー・メンバーは、まあ2軍に違いありません。特に初めのうちは音が随分薄く感じました。けれども徐々に音が合ってゆき、響きがどんどん美しくなってゆきました。何よりノリが良かったです。さすがは一流劇場のオーケストラです。ちなみに当夜の指揮者はアレクセイ・レプニコフという人です。

ところで「白鳥の湖」でのパ・ド・ドゥのヴァイオリンの独奏は、毎回密かに注目しています。なにせ侮れない難しさなので、通常のバレエ団専属オケのコンマスでは必ずといって良いほどスケールのハイポジションの音程が狂います。でも、今回のコンマスはかなりの腕前でした。完璧な音程で弾き切っていて、時折まじえるポルタメントが非常に魅力的でした。たとえロパートキナのパ・ド・ドゥでも、つい音楽が気になってしまうのです。そういう点で、今回のオケは素晴らしかったです。

美しい踊りと音楽と、その余りに美しい舞台には儚ささえも感じてしまいます。この美しさは、今この場だけのものなのです。公演が終われば失われてしまい、記憶だけを残して消えてしまうからです。ステージを観ていて感動する反面、何だか悲しくなってしまいました。これは余りに美し過ぎます!

本当に素晴らしいバレエでした。次にマリインスキー・バレエを観られるのは何年後になるでしょう。オーケストラ・コンサートやオペラ公演とバレエ公演の客層は必ずしも一致しないのでしょうが、マーラーやブルックナー、ブラームスのファンも、この美しさは絶対に経験されるべきです。

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2012年11月18日 (日)

ソフィア国立歌劇場 日本公演2012  プッチーニ 歌劇「トスカ」

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秋晴れの今日、上野の東京文化会館へブルガリアのソフィア国立歌劇場の日本公演を聴きに出かけました。と言っても、招聘元の会員サービスの招待だったのですが。

演目はプッチーニの「トスカ」です。プッチーニはとても好きで、一番好きなのは断然「ラ・ボエーム」。次いで「蝶々夫人」と「トゥーランドット」です。ところが「トスカ」は、さほど好きでもないのです。前の3演目なら、家でも鑑賞しますし、生公演にも行ったことが有ります。ところが「トスカ」だけは、今まで生で観たことはありません。なぜかと言うと余りに暗いストーリーだからです。暗いだけならまだしも、登場する悪役のスカルピアの陰湿さに耐えられないからです。トスカをものにしたくて、彼女の恋人のマリオを拷問にかけますが、「恋人を助けたいなら、お前の体をよこせ」などと要求をして、陰湿極まりないったらありません。トスカにナイフで刺殺されるのは「ざまあみろ」ですが、結局最後にマリオは銃殺されてしまうし、トスカは自決してしまうし、この話は救いようが無いのです。

もしも自分が出演するのなら、拷問はされるし、あげくに殺されてしまうマリオの役はやりたくないなぁ。どうせなら殺されても美女に迫れるスカルピアのほうが良いな・・・あれ??

それにしても、この暗い演目が、どうしてこんなに人気が有るのか不思議なのですが、やはり何曲も含まれている名アリアのせいですかね?

ということで、招待でも無ければ中々観に行かない「トスカ」ですが、いざ生で観劇してみると、なかなか楽しめます。ソフィア歌劇場は歴史があるだけ、レベルが高かったです。歌い手は上手いし、特にトスカ役のラドスティーナ・ニコラエヴァと、マリオ役のコスタディン・アンドレ―フは素晴らしかったです。スカラピオ役のニコラ・ミハイロヴィチも良かったです。オーケストラは専属のオケですが、これがなかなか上手い。といってもテクニック的に整っているとかいうのではなくて、オケピットに入ったオペラの伴奏オケとしての表現を知り尽くしているのです。これはヨーロッパの歌劇場の多くが同じように感じさせますね。わが国の新国立劇場は立派ですが、普段はコンサートオーケストラとして活動しているオケがピットに入っても、伴奏が上手いとは、どうしても感じられないのです。新国立劇場には、やはり専属オケが欲しいです。

などと、つらつら考えながら帰ってきました。でもやっぱりプッチーニは良いなぁ。暗くても陰湿でも。
やはり人間、「歌に生き、愛に生き」ですねー。

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2012年11月17日 (土)

ブラームス ヴァイオリンとチェロのための協奏曲 イ短調 メニューイン&トルトゥリエ

ブラームス晩年の名作、「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲」はタイトルの通り、ヴァイオリンとチェロという二つの楽器が活躍する協奏曲です。そしてブラームスが書いた最後の協奏曲となりました。

複数楽器のコンチェルトはバロック時代には非常に盛んでしたし、モーツァルトも何曲か書いています。それが、ロマン派以降にはコンチェルトというスタイルそのものの衰退もあって、余り書かれなくなるのですが、そんな古い形式を使って名作を書いてしまうのがブラームスです。

この曲では、時にヴァイオリンがリードして、時にチェロがリードします。あるときは仲良く寄り添い、あるときは激しくぶつかり合います。ブラームスはこの曲に「夫婦」の意味をこめて書いたそうですが、何故ゆえ結婚経験のない彼が、夫婦の日常生活を知っていたのかは分りません。

この曲は、第1楽章や第3楽章も素晴らしいですが、僕は特に第2楽章を好んでいます。それにしても、なんという甘く優しい雰囲気でしょうか。ブラームスは愛すれども敵うことのなかったクララ・シューマンとの夫婦生活を密かに想い描いて、二人の愛の交歓を表現したのかもしれませんね。

この曲については、以前「ヴァイオリンとチェロのための協奏曲 名盤」で記事にしています。今回は、その後に聴いた印象的な演奏をご紹介したいと思います。

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ユーディ・メニューイン(Vn)、ポール・トルトゥリエ(Vc)、パーヴォ・ベルグルンド指揮ロンドン・フィルハーモニー(1984年録音/EMI盤)

この曲には幾つも名盤が有るので、この演奏は余り目立たないと思います。僕が興味を持った理由は、メニューインのブラームスだからです。バッハやベートーヴェンの演奏も素晴らしいですが、彼の弾いたブラームスのヴァイオリン協奏曲はとても気に入っています。ですので、この曲もとても興味深いところだったからです。

チェロを弾くトルトゥリエも渋いですね。個人的にフランスのチェロ奏者には好きな人が多いのです。フルニエやジャンドロンも良いですが、トルトゥリエも中々に好きな演奏家です。

この両者の共演を支えるのがパーヴォ・ベルグルンドです。これも興味をそそられますよね。

で、実際に聴いてみた感想です。

メニューインは音程、ボウイングとも完璧ではありません。滑らかさにも欠けています。けれどもスマートで無いのが逆に魅力です。端麗辛口なのは、ちょっと晩年のシゲティに似ています。反対にトルトゥリエは非常に上手いです。この曲を余裕を持って弾き切っています。といってロストロポーヴィチのような大げささは感じません。二人の音は一つの楽器のようにピタリと合わさるわけではありませんが、似ていないもの同士の夫婦が仲良く寄り添うような印象を受けます。ベルグルンドの指揮は得意とするシベリウスの演奏と同じように、透徹した演奏です。ブラームスにしては贅肉が少な過ぎかなとは思いますが、外面的な派手さが無いのも悪くは有りません。テンポは一貫して中庸、第2楽章など、もう少し浪漫的に沈滞してくれても良いのにな、とは思いましたが、これが彼らの味なのでしょう。

それにしても、この曲はやはり素晴らしい曲だなと、改めて感じさせてくれる良い演奏だと思います。

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2012年11月13日 (火)

ブラームス 弦楽四重奏曲集 名盤 ~ドイツロマン派の弦楽四重奏の名作~

深まる秋にブラームスの音楽はうってつけですが、その中でも、とりわけ好んでいるのが室内楽です。これまでもブラームスの室内楽曲は秋になると随分取り上げて来ましたが、弦楽四重奏曲と弦楽五重奏曲については、だいぶ以前に、「弦楽六重奏曲 名盤」の記事の中で、両方が組み合わされた全集盤に触れただけで、それぞれの曲についてはこれまで記事にしたことが有りません。
ということで、今回はブラームスの弦楽四重奏曲集を取り上げてみます。

室内楽では、どのジャンルも3曲以上は書いていないブラームスですが、この編成でも、やはり3曲しか残していません。ブラームスが完全主義者で、交響曲第1番を完成させるのに20年以上かけたことは有名です。同じように弦楽四重奏曲の第1番を完成させるのにも、習作を20作以上も書いて8年以上をかけました。このジャンル、それにピアノ・ソナタもですが、先人ベートーヴェンの偉大な作品群を多分に意識したのは明らかです。

第1番 ハ短調 op.51-1 ブラームス40歳の年に、ようやく完成された第1番は、交響曲のそれと同じように傑作となりました。ハ短調という調性からも、劇的で悲劇性を感じさせる曲ですが、1楽章から付点リズムとシンコペーションに乗る旋律はブラームスの面目躍如ですし、円熟したブラームスの暗く熱い情熱が素晴らしいです。3楽章では何度も繰り返されるふんぎりの悪いメロディがいかにもブラームスです。孤独感に妙に惹きつけられます。終楽章の暗い情熱と切迫感も胸に迫り来ます。もしも最初のとっかかりに1曲だけ聴かれる場合には、第1番が良いのではないかと思います。

第2番 イ短調 op.51-2 第1番とペアになっているのが第2番ですが、イ短調という調性からも、1番の劇的さは後退していて、憂愁や優美さを感じさせる曲となっています。それでも、時折見せる暗い情熱はまぎれもないブラームスのものです。2楽章あたりは、息の長い旋律が初めのうちは親しみ難いかもしれませんが、どっぷりと身を浸らせる感じで繰り返して聴くと中々に深い味が有ります。3楽章以降は民族舞曲的な躍動感が感じられて素晴らしいです。但し個人的には、喜びと哀しみの切り替えがめまぐるし過ぎるのが欠点だと思っています。

第3番 変ロ長調 op.67 作品51の2曲から2年後の42歳の年に書かれました。まるでハイドンと間違えるように始まるのに面食らいます。これはブラームスの「古典への回帰」というユーモアなのかもしれません。聴き進むとベートーヴェンのようでもあり、やはりブラームスのようにもなり、あたかもウイーンの音楽の歴史を辿るかのようです。幸せな時代のブラームスのニヤニヤした顔が思い浮かばせられるようで非常に楽しいです。

駄作が一作たりとも存在しないブラームスの室内楽ですが、弦楽四重奏曲に関しても、3曲とも名作です。人によってはそれを否定しますが、決してそんなことはありません。ベートーヴェンのそれらと比べれば、かなり地味なことは否めませんが、何度も聴き込んで親しんでみると、少しも劣らない魅力を持っていることに気付きます。少なくともブラームスのファンにとっては大切な宝なのです。但し、これからブラームスの室内楽に親しもうという方に対しては、最初にはお勧めしません。まずは、聴き易いヴァイオリン・ソナタあたりから入って、ピアノを含む三重奏、四重奏、五重奏と聴き込んでからでも少しも遅くはないからです。同じ弦楽の重奏曲であれば、六重奏曲が親しみ易いので、そちらから聴き始められることをお勧めします。

ということで、ブラームスの室内楽鑑賞も弦楽四重奏曲まで来れば、いよいよ最終段階に入って、貴方もブラームジアーナーのお仲間入り。「同じ穴のムジーナー」ですね。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

―全集盤―

790 アマデウス弦楽四重奏団(1959年録音/グラモフォン盤) ブラームスの室内楽曲集BOXに収められています。アマデウスSQは、1stVn奏者のブレイニンの誇張の有る表情とクセのある歌い回しが、曲によっては余り好きではありません。けれどもブラームスの特に第1番あたりは曲そのものがドラマティックなので、ぴたりとハマっています。彼ら以降のカルテットと比べると、技術的には幾らか見劣りしますが、それを補う音楽の味わいが感じられます。弦楽五重奏、六重奏、クラリネット三重奏、五重奏までカバーした、このBOXは最初にまとめて揃えるのには適しています。

177 ブダペスト弦楽四重奏団(1963年録音/SONY盤) ブラームスの室内楽曲BOXセットに収められています。20世紀を代表するカルテットでありながら、だいぶ忘れ去られた感があるのは、彼らの厳しい音が、今の時代の耳に馴染まないからだと思います。残響の少ない録音が尚更そう感じさせます。けれども1stVnのヨゼフ・ロイスマンの醸し出すヴァイオリンの哀しい音色は胸に迫り来て、まるでヨゼフ・シゲティのようです。時折使うポルタメント奏法からは、通常の「甘さ」では無く、「痛切さ」を生んでいます。従って曲想から、第1番に関しては、彼らほどに心を打たれる演奏は聴いたことが有りません。他の曲の演奏ももちろん好きです。

51nzozhnhvl__sl500_aa300__2メロス弦楽四重奏団(1986‐87年録音/グラモフォン盤) これはシューマンとブラームスというドイツロマン派の弦楽四重奏曲を合わせた好企画セットでしたが、演奏も非常に素晴らしいです。彼らはドイツ音楽の伝統の上に、高度な技術と現代感覚を持ち合わせた素晴らしい団体でしたが、いつの間にか影が薄くなったのが残念です。音色は美しく、しなやかに歌いますが、あくまでウイーン風とは異なるドイツ風のスタイルで、全てに過不足無く、音楽そのものを味わえます。その点で文句のつけ様の無い名演奏だと思います。

G2509773wアルバンベルク弦楽四重奏団(1991‐92年録音/EMI盤) ドイツ・スタイルのメロスSQに対して、やはりウイーンの団体であることを強く認識させる演奏です。彼らのテクニックは完璧ですし、アンサンブルは強固なのですが、そこかしこに甘く柔らかなウイーン風の味わいを感じさせるのが素晴らしいです。それでいて気合の入った迫力は大変なものです。特に1stVnのギュンター・ピヒラーの名人芸が圧倒的です。第2番のみがライブ録音ですが、全く差を感じません。録音も優秀です。

81npdo10pelジュリアード弦楽四重奏団(1993年録音/SONY盤) ロバート・マンはこのカルテットの創設メンバーであり、かつ1stVnを50年もの間務めた凄い人ですが、このブラームス録音時には既に73歳でした。ですので、かつてのこの団体の「精密機械」という印象はありません。むしろテンポは遅く、リズムも念押しをするような、ゆったりとした実にロマンティックな演奏スタイルに変化しています。個人的な好みで言えば、若い頃の演奏よりもこの頃の老熟した演奏の方がずっと好きです。

以下は全集ではありませんが、単独の録音盤にも触れておきます。

―第1番―

Vegh967ヴェーグ弦楽四重奏団(1949年録音/CASCAVELLE盤) クラリネット五重奏曲とのカップリングの古いライブ録音です。濃厚な浪漫の香りを感じさせる点では、ブッシュSQと並ぶヴェーグSQの音楽性と曲との性格が見事に合っています。第2楽章の情緒の深さはいかばかりでしょう。元々、彼らは技巧重視のスタイルではありませんが、この演奏に晩年の技術の衰えは感じません。第1番を愛する方には是非聴いて頂きたい演奏です。音質は多少ひずみますが、それほど聴き難くはありません。

―第3番―

Busch_brahms_piano_quart1ブッシュ弦楽四重奏団(1949年録音/EMI盤) 偉大なブッシュSQの晩年のスタジオ録音盤が有ります。ただ、アドルフ・ブッシュの音楽性には悲劇的な曲想の第1番のほうが合っているとは思います。第3番は古典的な性格の色合いが濃いので、ブラームスの音楽の造形面に不足しがちな彼らのスタイルには幾らか物足りなさを感じます。けれども、それを補う深いロマンの味わいには、やはり惹き込まれます。特に終楽章での遅く甘い表現が一番印象的です。音質も彼らの録音の中ではしっかりしています。

とうことで、自分の好みで言えば、第1番の素晴らしいブダペストSQに最も惹かれます。但し、音の個性が強過ぎますし、もしもこれから全集を聴いてみようと思われている方には、アルバンベルクSQがお勧めです。

<関連記事>
ブラームス 弦楽四重奏集/ピアノ五重奏曲 エマーソン四重奏団

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2012年11月 7日 (水)

ブラームス 「4つのバラード」作品10 名盤

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ブラームスの初期のピアノ独奏曲の中でも、人気の高いのが「4つのバラード」作品10です。ヨハネス青年21歳の作品です。

話は「バラード」からは少々離れてしまうのですが、ブラームスは自身が名ピアニストで、なおかつ古典的な形式を重んじた作曲家であるにもかかわらず、ピアノ・ソナタを20歳までに3曲書いただけで、それ以降、書くことはありませんでした。何故なのでしょう?
それは、やはりベートーヴェンの存在が大きいと思います。このジャンルにおける、あの32曲の不滅の金字塔が余りにも偉大で、とてもそれを越えることは出来ないと諦めたからではないでしょうか。ブラームスは楽器の重ね合わせの才能が抜群でしたので、独奏作品よりも、むしろ重奏作品に適性が有るのも事実です。

そんなブラームスですが、この「4つのバラード」は、20歳そこそこの傑作だと思います。僕もとても好きです。「バラード」というのは、物語性のある詩のことですが、それを音楽にしたショパンもブラームスも、必ずしも物語性を明確にしていたわけではありません。4曲の中では、唯一「第1番」のみが、父親を殺した息子が母親に罪を告白するというスコットランドの叙事詩「エドワード」にアイディアを得たとされます。第2番以降は、特に詩との関連性はありません。

4曲の構成は次の通りです。

第1番 アンダンテ ニ短調 

第2番 アンダンテ ニ長調 

第3番 「間奏曲」アレグロ ロ短調 

第4番 アンダンテ・コン・モート ロ長調

同主調の曲が二組合わさっていますが、調性の関連からしても4曲は、連続して演奏されるべきです。ブラームスの「4つのバラード」は、ショパンのバラード集のように各曲が単独で演奏可能な曲とは異なります。
第3番が「間奏曲」というのも意味が有りそうです。仮に全体を4楽章のソナタとすれば、この曲はスケルツォ楽章に相当します。
第4番は他のアンダンテと異なり、コン・モート(動きをもって)の指示がありますので、幾らか速めに演奏されることが多いようですが、この場合は物理的(肉体的)な速さではなく、精神的(気分的)な動きを要求しているように思います。これは演奏家の解釈に委ねられるべきでしょうね。終曲として位置づけられていますが、もしも1曲だけ単独で演奏するとすれば、第4番だけが可能だと思います。

このように全4曲の均衡がとれているのも、この曲集の存在感を高めていますが、それにも増して、全体を通してこぼれるばかりの若々しい抒情性が素晴らしいです。ファンの間で人気が高いのも当然です。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

473ba372lジュリアス・カッチェン(1962年録音/DECCA盤) ブラームスの初期曲集の中に収められています。全体的にテンポは幾らか速めで、若々しい青年ブラームスを感じさせる演奏です。力強い打鍵とタッチにより、表情の抑揚の巾も大きく、いかにも若い男性が意欲的に弾いているというような印象です。録音時のカッチェンの年齢と、作曲当時のブラームスの年齢が重なり合った、ごく自然な演奏に感じられます。ただしその分、元々(音楽的に)年齢不詳のブラームスの落ち着きや老獪さは失われがちです。第4番も多少せかされているように感じられなくもありません。

31rwsq1v7jl__sl500_aa300_アルトゥール・ルービンシュタイン(1970年録音/RCA盤) 晩年の録音ですが、ピアノの音が非常に美しく感じられます。といってもミケランジェリの美音とは性質が異なり、しいて言えばバックハウスの弾くベーゼンドルファーのような柔らかいいぶし銀の印象です。テンポは中庸で、速いカッチェンと遅いミケランジェリの丁度中間です。若々しさと老獪さがまだら模様に混じり合ったブラームスの音楽には一番ぴったりしているように思います。そういえばこの人の弾く協奏曲の演奏も同じように「大人のブラームス」を聴かせていて非常に素晴らしかったです。

G7022103wアルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ(1981年録音/グラモフォン盤) ミケランジェリは独自の美学を持っている人なので、フランスものも、ショパンもベートーヴェンも、みなミケランジェリの個性が強く出ています。このブラームスも同様です。けれどもホロヴィッツのように個性が、えげつないほどにむき出しになる(だから魅力なのですが)のではなく、作曲家のオリジナリティを尊重したうえでの個性ですので、ある種離れ業です。遅めのテンポでじっくりと沈滞した表情は、決して青年ブラームスのイメージではありませんが、この曲の美しさを極限まで引き出しています。何とデリケートなタッチの美しい音と表情なのでしょうか。若きブラームスが「夢に見たかのような」美しい音楽です。うーん、唖然!

91okcm7og8l__aa1500_ヴァレリー・アファナシエフ(1993年録音/DENON盤) よくアファナシエフは「鬼才」と呼ばれます。しばしば遅いテンポで、普段聴く曲を全く別の曲のように演奏するからです。この演奏も、ミケランジェリ以上に遅いテンポで重苦しく憂鬱です。第4番などはカッチェンの倍の演奏時間です。若きブラームスの作品が、まるで晩年の曲のように聞えます。けれども、ここで表現される孤独感を否定することは決して出来ません。もしかしたらブラームスは20代で、これほどの孤独を胸に秘めていたのかもしれない。そんな風にも思えてしまいます。アファナシエフのピアノのタッチは非常に美しく、ミケランジェリにも匹敵します。「鬼才」は時に「天才」をも凌駕します。

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2012年11月 1日 (木)

ブラームスの初期ピアノ作品 ~ハンブルクの天才少年ピアニスト~

Brahms_geburtshaus_in_hamburg_2ハンブルクのブラームスの生家(第二次大戦で焼失)

ハンブルクの天才少年、ヨハネス(ブラームス)君は僅か10歳でピアニストとしてデビューして、着実にその名が知れ渡ってゆきました。それと同時に、作曲活動も精力的に行なっていました。少年時代に書いた作品は150曲を超すと言われていますが、ヨハネス君はその楽譜をことごとく破棄してしまいます。自己批判の強い、完全主義者の性格が若い時から備わっていたのは間違いありませんね。

楽譜が残されている最も古い曲は、「スケルツォ 変ホ短調」作品4で、18歳の時の作品です。ピアノ・ソナタの第1番、第2番がそれぞれ作品1、作品2と付けられてはいますが、実際には、この「スケルツォ」のほうが古い作品です。演奏時間で8分程度の曲ですが、民族舞曲的な解り易い旋律が楽しく、僕はとても好きです。将来のブラームスの数々の名作を予感させていると思います。

翌年、19歳の時に作曲されたのが「ピアノ・ソナタ第2番 嬰へ短調」作品2です。4楽章構成で中々に重厚な曲です。ちょっと聴くとリストの曲のような印象を受けますが、暗く情熱的でロマンティックな趣きは、既にブラームスの本領発揮で、19歳の少年の作品とは思えません。子供のころから、港の酒場でピアノを弾いて家計を助けた少年の心の中には、裕福な家で生まれ育ったようなお坊ちゃんには感じられない、心の翳りが潜んでいたのでしょうか。そんなヨハネス少年がとても愛おしくなるような佳曲だと思います。

そして、楽譜出版社と初めて契約を結んだ記念すべき作品が「ピアノ・ソナタ第1番 ハ長調」作品1です。ブラームスとしても自信作だったのでしょう。初めてリストの家を訪れた時に、リストは初見でこの曲を弾くと、ブラームスの音楽に「素晴らしい北方のロマンティシズム」を感じて、とても好意的だったそうです。また、シューマンの家を訪れた時には、ブラームス自身がこの曲を弾いてシューマンに聴かせると、シューマンはその才能に驚き、自分が創立した雑誌「新音楽時報」にブラームスを紹介する記事を書きました。それが『新しい道』という有名なエッセイです。ブラームスのことを、『芸術の新しい旗手となるべく人間が現れた』と熱烈な表現で絶賛したのです。おかげで、一夜にして世の音楽愛好家の知るところとなりました。好奇心と疑いの目で見られることに、ブラームス自身は大きなプレッシャーを感じていたようです。けれども実際にブラームスの音楽と演奏を聴いた人は、誰もが彼に尊敬の念を抱くようになったそうです。若いブラームスの才能を見事に見抜いたシューマンの眼力は、さすがにピアノの名曲を多く書いた作曲家ですね。

「ピアノ・ソナタ第3番 ヘ短調」作品5は、生まれ育ったハンブルクの町を離れてヴァイオリンの名手レメーニと二人で演奏旅行を行なうようになり、ハノーファーやデュッセルドルフあたりを行ったり来たりする間に書き上げられました。この曲は正真正銘の名作だと思います。第1番と第2番のソナタでは、音符がやや過剰過ぎるために「音楽の為の技巧」では無くて、「技巧の為の技巧」に感じられる部分が無きにしも非ずでした。けれども、この第3番には、そういった印象は全く感じられず、全5楽章の初めから終わりまで、音楽そのものが聞こえてきます。特に、ブラームスの「4つのバラード」作品10を想わせる、美しい第2楽章には、詩人シュテルナウの「若き恋」という詩を標題に掲げています。

たそがれ迫り、月影は輝く
そこに二つの心 愛にて結ばれて
お互いに寄り添い 抱き合う

第4楽章の基礎にもシュテルナウの詩が用いられたようですが、第2楽章で成就した恋が、第4楽章では失恋に至ります。
また、第5楽章では舞曲的な付点音符の音型が、明らかにシューマンの影響を受けているように思います。それでいて中間部の勇壮な旋律は、いかにもブラームスらしい魅力に溢れます。僕は、このソナタ第3番が非常に好きです。

20歳までに3曲のピアノ・ソナタを書いたブラームスですが、それ以降二度とこのジャンルでの曲を書くことはありませんでした。

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当時の20歳のブラームスの肖像画を、シューマンが知り合いの画家に書かせています。ライプチヒでブラームスの支援をしていた、ある婦人は、ブラームスが『どんな娘でも顔を赤らめることなくキスできるような可愛らしい顔立ち』をしているにもかかわらず、その可愛らしい顔の下に強い意志の力が込められているのをしっかりと見抜いていたそうです。

僕はブラームスのピアノ曲の演奏は、それほど聴き比べをしているわけではありませんが、愛聴盤をご紹介しておきます。

―第1番~3番―

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ジュリアス・カッチェン(1963-64年録音/DECCA盤)

42歳という若さで亡くなったジュリアス・カッチェンはアメリカ人ですが、ブラームス弾きとして有名で、ピアノ曲を全て録音しています。このCDは、ソナタの第1番から第3番までと、「スケルツォ」「4つのバラード」「シューマンの主題による変奏曲」という初期の作品を収めています。カッチェンのピアノは非常に力強く男性的で、聴きようによっては、幾らか荒っぽくさえ感じられるほどですが、決して無神経だと言うことではありません。ピアニシモでのデリカシー溢れる表情がその証拠です。ひ弱な洗練さとは無縁だということなのです。ブラームス晩年の充実した作品群と比べて、つまらない演奏をされると、そのままつまらなくなる初期の作品を、これだけ面白く感じさせてくれるピアニストは中々居ないのではないでしょうか。ソナタ全曲を手軽に揃えたいという場合に、真っ先にお勧めして良いディスクだと思っています。

―第1番&2番―
 
31ik5cicabl__sl500_aa300_スヴャトスラフ・リヒテル(1987年録音/DECCA盤) イタリアのマントヴァでのライブ録音です。リヒテルはブラームスのソナタをよく取り上げていたようです。シューマンを得意にしたリヒテルはブラームスにも、とても適性を感じます。ライブということもありますが、余り洗練され過ぎずに、ロマンティックで人間的な肌触りを残すあたりは好ましく感じます。緩徐楽章の沈滞して沈み込むあたりは流石です。フォルテでも豪快さは有りますが、打鍵を必要以上には強く叩き過ぎない節度を感じるのが良いです。

―第2番―
51ng8mv49ll__sl500_aa300_エレーヌ・グリモー(1998年録音/DENON盤) ソナタ第2番の単独盤ですが、シューマンの「クライスレリアーナ」とカップリングされているのは好企画です。最近のグリモーの凄さを知っていると、少々物足りなく感じるかもしれません。けれども豪快で男っぽいカッチェンと聴き分けるには良いと思っています。細部の表現やタッチの美しさに関しては、グリモーのほうが上だと思います。ブラームスの20歳の肖像画の印象に近いのはグリモーのほうかもしれません。

―第3番―
31rwsq1v7jl__sl500_aa300_アルトゥール・ルービンシュタイン(1959年録音/RCA盤) ソナタ第3番の単独盤です。何という、ゆとりのある音楽なのでしょう。若い青年が弾いているようなカッチェンと比べると、落ち着いた大人の男性を想わせます。フォルテでの打鍵を無理に強く弾いたりはしませんが、胸にずしりと響いてくるような手ごたえを感じます。ですので和音が実に美しいです。最近のピアニストの張り詰めた硬質の音では無く、とても暖かさと柔らかさを感じられる音なのが好きです。全体にテンポもゆとりがあり、2楽章や5楽章の詩情の豊かさは心に沁み入ってくるようです。僕は、この曲に関してはルービンシュタインをカッチェン以上に好んでいます。

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