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2012年10月25日 (木)

ブラームス ピアノ協奏曲第1番 グレン・グールドと レナード・バーンスタイン ~歴史的?演奏会~

朝晩めっきり冷え込んで来ましたね。まさに秋本番です。

秋は夕暮。うら寂しく、人を恋しく思うころ、ひとり窓より外を眺め、ブラームスの調べなど聴きたるは、いとをかし。(清少ハル納言)

これは一昨年に、ブラームスのチェロ・ソナタの記事を書いた時の一句ですが、中々にブラームスの音楽の魅力を言い当てていると思いませんか?秋の深まる季節に、ブラームスの音楽ほど似合っているものはありません。

というわけで、今年もまた「秋のブラームス特集」ですが、まずはピアノ協奏曲第1番で行きましょう。

この曲はブラームスの作品15で、彼が23歳から25歳にかけて書いた曲ですが、まぁなんて曲なのでしょうね。まだ青春時代だというのに、まるで初老の作曲家が遠い昔を懐古しているような趣きです。ブラームスは若いころはあんなに可愛らしい顔をしているのに、精神的には完全に「とっつぁん坊や」ですね。しかもこの曲の完成度は並み大抵ではありません。古典的な3楽章構成にして、50分近くの長丁場を少しも飽きさせない、驚くほど充実したピアノ協奏曲です。第2番と並んで、「ピアノ協奏曲」というジャンルにおける頂点ではないでしょうか。それを、まだ20代前半に書いてしまうのですから、これを「奇跡」と言わずして何と言いましょう。

この曲の愛聴ディスクについては、「ピアノ協奏曲第1番名盤」「ピアノ協奏曲第1番 続・名盤」で二度記事にしていますが、今日は、ちょっと別の演奏を聴いてみます。グレン・グールドとレナード・バーンスタインの歴史的?な演奏会の録音です。

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時は1962年4月6日、ニューヨークのカーネギーホールのステージの上からバーンスタインが客席に向かってスピーチをしています。

「驚いてはいけませんよ。ミスター・グールドはちゃんと来ています。」(観客の笑い)

どうしてこんなことを言ったかというと、リハーサルの段階で曲の演奏解釈についてグールドとバーンスタインとの間で論争が起きてしまい、それを新聞が「Who is the boss? Soloist or conductor?」(誰がボスなのか?独奏者、それとも指揮者?)という記事にしたために騒動になっていたからです。

さらに、バースタインのスピーチは続きます。

「これから、かなり型破りのブラームスのピアノコンチェルトを聴いてもらいます。並外れて幅の広いテンポ、楽譜の指示を無視したダイナミックスは、これまで聴いて来た演奏とは全く異なります。但し、私はグールドの解釈に賛成は出来ません。
それでは、なぜ指揮をするのか?という疑問ですが、それはグールドが真剣な芸術家だからです。その彼が誠意をもって生み出したものであれば、私もそれを真剣に受け止める必要があります。彼の解釈は非常に興味深いものであり、それを皆さんに聴いて頂きたいからです。

コンチェルトにおいて、独奏者と指揮者のどちらがボスかという問題ですが、時には一方、またあるときはもう一方というのが答えです。しかし今回は、お互いの意見が余りにも異なるために、このようなスピーチを行わなければならなくなりました。 
しかし、演奏され尽くしたこの作品に、新しい装いを与えられるチャンスを持てることは喜びです。ミスター・グールドの演奏には、彼の信念が浮き彫りにされています。私たちは、この並外れた芸術家から何かを学び取ることが出来るでしょう。
このブラームスのコンチェルトをミスター・グールドとコラボレートする一週間は正に冒険でした。その冒険の精神を持って、皆さんにこの演奏をお届けします。」

以上がスピーチの概要です。このCDにはスピーチがそのまま(もちろん英語で)収録されています。これを聞いたら絶対に演奏を聴いてみたくなりますよね。

で、演奏を実際に聴いてみた感想です。

第1楽章は確かに遅めのテンポで開始されます。最も遅い部類です。けれども演奏が珍奇かというと、決してそんなことはありません。僕などは堂々とした良いテンポに感じます。ただしオーケストラは幾らか戸惑いを感じているようで、全体的にどことなくしっくりしていないかもしれません。むしろ、それよりも気になるのは、ニューヨーク・フィルの響きです。オン・マイクの録音の影響も大きいとは思いますが、普段ドイツのオケで聴ける、ぶ厚く暗いブラームスの響きからはほど遠いです。アメリカのオケのブラームスの音への適応性は諦めるしかないでしょう。アンサンブルも、少々がさつに聞こえます。ただし、名人揃いのオケですので、管のソロ・パートの演奏には文句が有りません。
グールドのピアノは、テクニックを誇示する様な演奏では有りません。一音一音に心を込めて弾いています。そこかしこに孤独感を感じさせる趣がブラームスに適しています。ブラームスとグールドの二人の青春の孤独感が、そのままピタリと重なり合うように感じられます。聴き進むうちにオケの響きも気にならなくなります。

第2楽章では、さらに深く心の底に沈滞してゆく雰囲気がたまりません。グールドもバーンスタインも、本質的に極めてロマンティックな演奏家ですが、この曲はやはりこうでなくては。孤独でロマンティックな音楽にすっかり浸りきってしまいます。

第3楽章は情熱的ですが、ことさらテンポを速めて煽るわけではなく、ずっしりとした男っぽい手ごたえを感じます。表面的で、単にスマートなだけの演奏とは全く違います。

これは、演奏前のスピーチから想像されるような珍奇な演奏などでは決してありません。ブラームスの心の内にある青春の孤独感と一体になった素晴らしい演奏だと思います。

演奏終了後の盛大な拍手も収録されていて、この日の聴衆が満足し切った様子が手に取るように分ります。

この曲のリファレンスとしては、エレーヌ・グリモーがクルト・ザンデルリンクと組んだCDを第一に選びますが、このCDも天才グールドの残した歴史的ライブの演奏を聴くことが出来る点で大変貴重です。

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ブラームス(協奏曲:ピアノ)」カテゴリの記事

コメント

うーむ、これはやはり遅すぎて私はどうもよくわからないです。グールドは好きですが、ベートーヴェンの熱情ソナタとかモーツァルトのトルコ行進曲付きソナタとか、有名曲で妙な解釈があって意外です。個人的にはグリモーや伊藤恵さんをぜひ聴いてみたいです。

若き日のブラームスで一番郷愁をそそるのはバラード4番ではないかなあと思っています。あのたそがれ感は尋常ではありません。これはグールドとミケランジェリが双璧の素晴らしい演奏を残しています。

投稿: NY | 2012年10月26日 (金) 01時56分

ごぶさたしています。頸椎の病期で手足が不自由になり12月に手術を控えています。1カ月半ほど入院だそうで、病床に持ち込むCDを選ぼうとしています。この曲も持参の予定。

投稿: かげっち | 2012年10月26日 (金) 12時28分

NYさん、こんばんは。

この演奏、特に冒頭が遅く感じますが、遅過ぎるようには思いません。威厳が有って良いと思うのですがね。

グールドは、やはりバッハが一番しっくり来るとは思いますが、既存の演奏様式に捉われずに自分の表現を貫くあたりは天才ですね。個々の曲の演奏の好き嫌いは別にして、こういう人は良いです。

バラードも良いですね。4曲とも好きですよ。
グールドの演奏は残念ながら聴いていませんが、ミケランジェリはピアノが本当に美しいですね。素晴らしいです。
他には、淡々としているルービンシュタインも好きです。重く暗く、弔鐘のように響くアフェナシエフのピアノは聴いていると落ち込んでしまいます。

投稿: ハルくん | 2012年10月26日 (金) 22時43分

かげっちさん、こんばんは。
ご無沙汰しました。

頸椎のご病期で手足がご不自由とは大変ですね。当然楽器も吹けないのでしょう?
実は自分も近年、頸椎が原因と思われる指先のシビレがあります。生活に支障は無いものの、中々治りません。

ともかくは、かげっちさんが手術によって完治されることを心からお祈りしています。
この際、治療の間、ゆっくり休養なさってください。

投稿: ハルくん | 2012年10月26日 (金) 22時53分

ハルくん様

morokomanです。

morokomanは現在、シベリウス・ジャンキーに成り果てている人間ですが、中学一年生から高校二年生の途中まで、ブラームスの熱心な聴き手でした。

朝から晩まで、ブラームス一辺倒だったのですよ。いわば、ブラームジアーナの「卵」だったのです。

それが、高校二年生の時に、シベリウスの音楽と運命の出会いをしてしまいました。以後、ブラームジアーナとしての道を踏み外してしまいました。(涙)

とはいえ、こうした記事を読むとかつての記憶を思い出し、懐かしい気持ちでいっぱいになります。

そんな人間ですが、我慢しきれず、書き込んでしまいます。どうかお許しください。


さて、今回の記事を読んだ感想ですが、まず一点目。
ハルくん様は偉いなぁ……。
よくこんな録音を見つけてきましたね。
顔ぶれからすれば、商業マスコミなんかでもっと取り上げられても良いはずなのに、morokomanは今までこの録音を商業誌で見たことはありませんでした。
もしかすると、たまたま掲載された時に読まなかっただけなのかもしれませんが、それでも今まで知らなかったのは我ながら首をひねってしまいます。なぜ知らなかったんだろう。

そんなmorokomanの記憶なんかどうでも良いことですが、もしmorokoman同様に一般の方々に知られていなかったとしたら、このハルくん様の記事の価値は計り知れないですね。

とにかく、こんな録音があったなんて! よく見つけられたものです。ハルくん様には敬服の念を禁じることはできません。読んで良かったです。勉強になりました。ありがとうございました。

そして二点目。
>私はグールドの解釈に賛成は出来ません。
それでは、なぜ指揮をするのか?という疑問ですが、それはグールドが真剣な芸術家だからです。その彼が誠意をもって生み出したものであれば、私もそれを真剣に受け止める必要があります。

…………バーンスタインは、偉い!!!!!!

morokomanがバーンスタインだったら、グールドと殴り合いの喧嘩になったかも知れません。そうなる自信はありますが、何の自慢にもなりませよね(涙)。

バーンスタインの度量の広さを感じますね。こういう態度は学びたいものです。すごく勉強になるエピソードでした。そしてこれだけでもこの記事を読んだ価値は有りましたね。

投稿: morokoman | 2012年10月27日 (土) 20時52分

morokomanさん、こんにちは。

中学一年から高校二年まで、ブラームス一辺倒とは驚きです。シベリウスジャンキーとブラームジアーナの両立は出来ますよ。
ぜひご復帰を!

このグールド&(VS?)バーンスタイン盤は結構知られていますよ。ただ生粋のブラームスファンは意外と聴かれていないかもしれませんね。
ブラームスの響きからは遠いですが、「本質的に」非常に良い演奏だと思います。

投稿: ハルくん | 2012年10月28日 (日) 11時22分

レスありがとうございます。

>中学一年から高校二年まで、ブラームス一辺倒とは驚きです。

小学生のころはベートーヴェンでした。最もそれほど熱心な聴き手では無く、FMラジオなどに流れる曲などを聞き流している程度でしたが。今思うと変な小学生でしたね。

中学生になったある春の日、FMラジオから流れてきた音楽に耳を惹きつけられました。オーケストラの音楽が、まるで大河の水のように澱みなく、柔らかく、形を自由自在に変えて滔々と流れていく曲でした。そして最後は堂々と曲を結びました。

「なんだ? この曲。ベートーヴェンのようなゴツゴツした肌触りじゃないぞ。でも澱みなく、無理なく、無駄なく、オーケストラ全体の音色が有機的に絡まっていて、本当に完成度が高い。ベートーヴェンとは違った「完璧さ」を感じさせる曲だ」

などと、生意気にも分かったような感想を持ちました。後で知りましたが、それはウォルフガング・サヴァリッシュさんの指揮によるNHK交響楽団のブラームスの交響曲第4番の第1楽章でした。

「すごいすごい! こんな凄すぎるオーケストラ曲、ベートーヴェン以外には初めてだ!」 これが出会いでしたね。

以後、お金が無いからコツコツと貯めて、ド田舎の小さなレコード店に行ってブラームスのLPを買いました。田舎のレコード店のことでしたから、ワルター/ コロンビア響のものしか売っていませんでしたが、廉価盤でしたので中学生にはちょうど良かったです。幸い、ワルター盤の第4番は現在でも名演とされるもの。運が良かったと思います。ワルター/コロンビア響で更に夢中になり、やがてワルターが指揮をしたブラームスの他の交響曲も買い、全集として揃えてからは、家の響きの悪いレコード・プレーヤーで何度も何度も聴き返しましたよ。

当時はとにかくレコードが(この年齢の人間には)高価であったこともあり、沢山買い集めて誰それの演奏がどう、なんて聴くことはできませんでした。とにかくブラームスの曲そのものを知りたかったから、手当りしだい、その時入手できるLPを買ったらそればかり聴き、そのLPに収録されている曲がどんなものなのかを覚えてから別の曲に飛びつく、ということを繰り返していました。

ですから、ブラームスの曲は一通り知っています。ただ、現在でも誰それの演奏はどうこう、なんてことは言えるレベルではありません。それぞれの曲につき、一種類か二種類の演奏しか知りません。今はハルくん様の記事を読むたびに感嘆の声を上げるばかりです。


>このグールド&(VS?)バーンスタイン盤は結構知られていますよ。

ありゃりゃ……。(^^;)
では私が知らなかっただけなのか。でも商業誌であんまり取り上げられた覚えがなかったから……。でも、自分の見過ごしなのでしょうね。

投稿: morokoman | 2012年10月28日 (日) 21時35分

morokomanさん、こんばんは。

自分の場合は中学校まではロックしか聴きませんでしたね。クラシックに目覚めたのは高校生からです。ですのでブラームスを聴き始めたのも高校生です。シンフォニー全集はカラヤンを買いましたが、後から聴いたフルトヴェングラーの演奏が随分と違うので、演奏聴き比べの面白さを知りました。
CD時代にならなければこんなに沢山の聴き比べは出来なかったでしょうけれども、1枚のレコードを何度も何度も擦り減るぐらい聴いた昔の方が良かったんじゃないかと思うことも無いわけではありません。

投稿: ハルくん | 2012年10月28日 (日) 22時08分

ハルくんさま

夏の第九演奏の前から少し不調でしたが、練習本番の二日間は奇跡的に指が動きました。その後休息に症状が進みました。

最悪の場合、もしかしたらあれが最後の演奏になるかもしれません。まあそうはならない予定ですが。歩くのも不自由ですが、代わってもらえない仕事が多い季節なのでだましだまし出勤しています。

この曲は好きですが、グールドは嫌いです(笑)合唱付ならぬ独奏ピアノ付交響曲なので、彼に限らず個性的すぎるピアニストはどうかと思います。

morokomanさま

わたしもシベリウスジャンキーでブラームジアーナです。病床に持ち込むCDは両者を軸に、押さえとしてモーツァルトやドヴォルジャークを考えています。季節柄トッピングとしてメサイアも加えて。

投稿: かげっち | 2012年10月31日 (水) 22時24分

かげっちさん、こんばんは。

演奏会の時には、きっと集中力で乗り切られたのでしょうね。体には負担になってしまったかもしれないですね。早く良くなってください。

このブログの常連のFrom Seikoさんからも、かげっちさんの病状をとても心配されているメッセージが寄せられましたのでお伝えします。

>かげっち様が頸椎の手術と伺い大変心配しております。割り込みおしゃべりに、快くお付き合いくださった優しいかげっち様に心から感謝しておりました。手術の成功と一日も早いご回復をお祈りしております事お伝えください。

そうですねー。僕も最近はブラームスとシベリウスが一番心にしっくり来ますね。もちろんその他にもこよなく愛する音楽家は沢山居ますけれど。

投稿: ハルくん | 2012年11月 1日 (木) 01時26分

ハルくんさん、かげっちさん

グールドとバーンスタインのこの録音は、10年少し前に入手して聴きましたが、意外とまとも演奏で、逆に驚いたことを覚えています。同じ組み合わせでベートーヴェンの第4番のPCの録音を、若い頃から繰り返し聴いて来たせいかもしれません。

かげっちさんへ:
多くの方々が、ずうっとこれからも応援していると思います。気が向いたら、私のブログの方にも書き込みしてください。大歓迎します。

以上、ハルくんさんのブログを使わさせて頂きました。失礼致しました。HABABI

投稿: HABABI | 2012年11月 1日 (木) 20時59分

かげっち様

はじめまして。morokomanと申します。

>わたしもシベリウスジャンキーでブラームジアーナです。

私のごとき新参者に暖かいお言葉をかけてくださり、どうもありがとうございました。 m(_ _)m←感謝

「頸椎の病気」で手術をしなければならない、と上のコメントに記載されており、読みながら案じておりました。
でも、新参者が馴れ馴れしく「心配です」と書き込むのは良くない、と思い直し、自重しておりました。
今回ありがたくもかげっち様の方からお声をかけてくださり、私も心おきなく書く事ができます。

このブログに掲載されている、シベリウスの記事のかげっち様のコメント、いちいち拝読しておりました。
ハルくん様同様、オーケストラ・プレーヤーでなければ書けない視点でコメントをされており、私のような「お気楽でのんきな聴衆」としての立場で聴いていた身からすれば『目からウロコ』と申しましょうか、「そういうことなのか」と目を見開かされること、度々ありました(例えば、実際に演奏されたシベリウスの7番についてのコメントなど)。

どうか今後も演奏家としての視点からのコメントで、いろいろと解説していただければ、一聴衆としてこれほどためになることは無いと思います。これからもよろしくお願い申し上げます。

>最悪の場合、もしかしたらあれが最後の演奏になるかもしれません。

ううむ……相当な重症であると推察いたします。医者ではないmorokomanは回復を祈願することしかできませんが、再び演奏者として復帰できるようになることを、心から願ってやみません。


投稿: morokoman | 2012年11月 1日 (木) 21時24分

HABABIさん、こんばんは。

そうなのですよね。この演奏は、騒がれたほど変わった演奏には感じません。
曲によって随分と印象が変わりますね。熱烈なファンではありませんが、聴いていて非常に楽しい演奏家だと思います。

かげっちさんへの応援ありがとうございます。

投稿: ハルくん | 2012年11月 1日 (木) 21時56分

ハルくん様、morokoman様、HABABI様、From Seiko様

涙が出るような励ましのお言葉、幸せです。昨日ついに福祉ショップで杖を買いました。来月上旬までとにかく働かなければなりません、一人親方に近い仕事なので、相手を困らせるキャンセルはできないけれど、現場を代わってくれる人がいないのです。使命感というほど格好良くはないですが、映画「アマデウス」のレクイエム作曲シーンを思い出しつつ(ただし私はまだ死なない予定ですが)仕事しています。

私は「体がシベリウスを愛している」のだとはっきり言えますが、シベリウスという人に会ってみたい気持ちは薄いです。でもブラームスという男性には会ってみたい、どういう人がこんな曲を書いたのか知りたいと思うのです。男のむせび泣き、颯爽とした夜の都会の後ろ姿、熱情、魂の救い、いろいろな要素があります。

さてグールドの演奏を私が聞くと、好き嫌いは別としても、生身のグールドという人間を意識せずにはいられません。それが、ブラームスを聴く時には妨げなのです(笑)以前N響アワーでサヴァリッシュがブラームス4番を演奏した後、指揮台の上の「開かれずに置いたままのスコア」がアップになりました。暗譜で指揮していたのだけれど、作曲者へのリスペクトを表すため置いてあったのでしょう。気づかない人も多いでしょうから演出と言うべきではありません。ブラームスが成らしたかった音を鳴らしているだけですよ、という謙虚さを感じました。

投稿: かげっち | 2012年11月 8日 (木) 12時41分

かげっちさん、こんばんは。

「シベリウスという人に会ってみたい気持ちは薄いけれども、ブラームスには会ってみたい」
というコメントは、とても分るような気がします。

ブラームスの音楽は余りに人間的なのですね。しかし、まるで心の奥底をえぐられるような真実味があります。人間の強さ、弱さ、喜び、哀しみというあらゆる感情が高度に混じり合った本当に素晴らしい音楽だと思います。

投稿: ハルくん | 2012年11月 8日 (木) 22時13分

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