ドリーブ バレエ音楽「コッペリア」全曲 名盤
ストラヴィンスキーの「ペトルーシュカ」は、わら人形を主人公としたバレエでしたが、同じように人形が登場するフランスのバレエにレオ・ドリーブの「コッペリア」があります。ドリーブは”フランス・バレエ音楽の父”と呼ばれた作曲家です。
ロシアバレエ団のディアギレフは、当時のパリの上流階級の単なる娯楽に陥っていたバレエの芸術性を極限にまで高めようとストラヴィンスキーの革新的な音楽を使いましたが、それより40年も前の1870年にパリ・オペラ座で初演された「コッペリア」は、誰が聴いても楽しめる非常に解り易い音楽です。「プレリュード」、「スワニルダのワルツ」、「チャールダッシュ」など、曲名に憶えは無くても、必ずどこかで耳にしたメロディが幾つも登場することでしょう。
話の内容は、人間のように動く人形に恋をするという人間の狂気性をベースに登場人物が繰り広げる喜劇となっています。
―あらすじ―
第1幕 人形作り職人のコッペリウスは変わり者ですが、家の二階のベランダでは、からくり人形の少女、コッペリアが座って本を読んでいます。けれども誰もコッペリアが人形だとは知りません。
向かいに住むスワニルダは明るい少女で村の人気ものですが、彼女の恋人フランツは、最近可愛いコッペリアが気になる様子。それを知ったスワニルダは焼きもちを焼いてフランツと喧嘩をしてしまいます。
ある日、コッペリウスは町に出かけますが、家の前にカギを落としてゆきます。それを見つけたスワニルダと友達は好奇心からコッペリウスの家に忍び込みます。
第2幕 薄暗いコッペリウスの家には人形が並んでいて、スワニルダたちはコッペリアも人形だったと知ります。そこへコッペリウスが戻って来たため、友達は逃げ帰りますが、スワニルダは一人で部屋に隠れます。
そこへ何も知らないフランツがコッペリアに会いに来ますが、コッペリウスはフランツに薬を飲ませて眠らせ、命を抜いて、それをコッペリアに吹き込もうとします。
それを陰から見ていたスワニルダはコッペリアに成りすまし、コッペリアをからかって悪戯の限りを尽くします。その騒ぎで目を覚ましたフランツは、コッペリアの正体を悟ってスワニルダと仲直りします。
第3幕 村の祭りの日に、スワニルダとフランツは結婚式を上げます。その祝宴に人形を壊されて起こったコッペリウスが怒鳴り込んで来ますが、村長の取り成しで二人はコッペリウスに謝り、コッペリウスは機嫌を直します。祝宴の踊りが続き、最後は全員のギャロップによるフィナーレとなります。
このように初演での演出はハッピーエンドで楽しく幕を閉じますが、フィナーレは演出によって異なります。僕が生で観た新国立劇場で公演されたローラン・プティによる演出版では、コッペリウスは祝宴から離れて部屋で一人、足元にバラバラに壊れたコッペリアの人形の傍で呆然と立ち尽くすという、とても可哀そうな幕切れとなります。これはドンチャン騒ぎのフィナーレよりも、ずっと心に余韻を残すエスプリを感じる演出なので大好きです。新国立劇場では何度か再演していますので、是非一度ご覧になられることをお勧めします。
それにしても、最近では人間の心を癒すヒーリング・ロボットがよく話題になりますが、考えてみればコッペリアはその元祖かもしれませんね。うん?寂しい大人の男性を癒す女性型の人形?それって、もしやダッチワイフとかいうのでは・・・??
この曲には、初演されたパリ・オペラ座のオーケストラの演奏による全曲盤が有るのでご紹介します。特に長いバレエ作品ではありませんので、組曲や抜粋では無く、是非とも全曲盤をお勧めします。
ジャン=バティスト・マリ指揮パリ国立歌劇場管(1977年録音/EMI盤)
このバレエが初演されたパリ・オペラ座の管弦楽団(但し名称は変わりました)による演奏を最も愛聴しています。このオーケストラはその後、バスティーユ管弦楽団となり、チョン・ミュンフンが飛躍的に向上させましたが、そもそもフランス人は練習嫌いなので、昔はリハーサルと本番のメンバーが入れ替わるなんてのは珍しいことではなかったそうです。初めから厳しいアンサンブルなどは望むべきで無かったのでしょうね。この演奏にもそういうユルさが見受けられるのですが、逆にそれがフランスを感じさせます。柔らかいフランス語で恋を語るかのような甘く軽味のある音です。それはまるで、古き良き時代のパリの劇場で聴いているような雰囲気と言えるでしょう。
指揮をしているのはフランスの名匠ジャン=バディスト・マリです。この人は、かつて東京フィハーモニーにしばしば客演していましたので、オールド・ファンには懐かしいでしょう。僕も何度か実演で聴いた覚えが有ります。
フランス人指揮者とフランスの劇場のオーケストラが演奏するフランスのバレエ音楽。これ以上の組み合わせはちょっと考えられないような気がします。元々、本場もの嗜好が人一倍強い自分ですが、こういう演奏を聴いてしまうと、心から納得してしまうのです。楽しき哉、巴里の街!これぞ、おフランスざんす~
JB・マリ盤以外では下記の三つの全曲盤を聴くことが有ります。
エルネスト・アンセルメ指揮スイス・ロマンド管(1957年録音/DECCA盤) この曲を最初LP時代に聴いたアンセルメの演奏はとても懐かしいです。アンセルメはディアギレフのバレエリュスの指揮者として多くの初演を行ったことも有り「バレエの神様」と称されたと記憶します。しかし実際にはフランス音楽もドイツ音楽も巾広く演奏をしていて、単なるバレエ・オーケストラの指揮者とは全く異なります。古い録音ですが、DECCAの優秀な録音の為に今でも鑑賞には充分耐えられます。マリ盤よりも格調の高さが有りますが、楽しさに於いても中々のものです。オーケストラの技量は多少緩いものの、やはりフランス音楽を得意としたアンセルメの語り口の上手さが充分に発揮されています。
リチャード・ボニング指揮スイス・ロマンド管(1969年録音/DECCA盤) ボニングもバレエを得意とした指揮者で、この曲を二度録音していて、これは1回目の録音です。’57年のアンセルメ盤には幾らか音に古さを感じましたが、こちらはDECCAのアナログ録音が素晴らしいです。オーケストラの質もアンセルメ盤よりもかなり上手く感じられます。ボニングの指揮はスケール大きく立派に鳴らしていますので、前奏曲や盛り上がる曲での聴き応えは素晴らしいです。反面、立派過ぎてフランスらしい粋さやエスプリ感は薄いです。そこが残念ですが、人によってはベスト盤に上げる人も多いのではないでしょうか。なお、2回目の録音の演奏はナショナル・フィルですが未聴です。
ケント・ナガノ指揮リヨン歌劇場管(1993年録音/ERATO盤) フランス音楽はやはりフランスのオーケストラで聴くのが一番です。そこでずっと新しいところでフランスの古都リヨンの歌劇場の演奏です。ナガノの指揮がやや硬派に傾いている印象で、前奏曲やチャールダッシュなどでは迫力が有ってワクワクするものの、ワルツなどのゆったりした曲ではチャーミングさや楽しさが幾らか乏しいように感じられます。物語に応じた語り口の上手さも、マリやアンセルメに比べると劣り、一本調子に感じられることが見受けられます。しかしオーケストラの技量は高く、そうした要素を重視される方には一応のお勧めです。
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コメント
お久しぶりです。
私は「コッペリア」のバレエに思い入れがあるのかどうしても全曲主義です。クラシック音楽やバレエにブランクがあってから全曲版CDを買うお金がなく、ナクソスから出ている組曲「泉」とカップリングになってる安価を購入。その後、ボニング、スイス・ロマンド管も購入できました。彼はオペラだけでなくバレエ音楽のエキスパートなのかナショナル・フィル再録もあります。マリはまだ買えるのかな。
運動不足解消のため久しぶりに足を運んだ某有名バレエ、ダンスショップでバレエ・エクササイズDVDの他に鑑賞DVDがあったので「コッペリア」も購入。オペラ座って近年は衣装がけばいし過度な演出でうんざり。ベストなのは英国ロイヤル・バレエとオーストラリア・バレエ。この2つは古典寄り。前者は人形を壊されて怒ったコッペリウス博士が村長からお金をもらうシーンを含めた完全版。でも、後者の方がダンサー、オーケストラ共に品がいい。
輸入盤も含めて全曲版CDが少ないのが残念かな。
投稿: eyes_1975 | 2012年10月16日 (火) 22時36分
eyes_1975さん、こんばんは。
こちらこそご無沙汰して失礼しています。
でもブログはよく拝見させて頂いてますよ。
「コッペリア」の全曲を聴かれる方は少ないのでしょうかね?こんなに楽しく美しい曲なのですけどね。
新国立劇場の実演が非常に気に入っていまして、DVDは特に購入していませんが、CDの全曲盤ではシンフォニックなものが更に欲しいと思っています。今のところアンセルメが候補です。でもこれは廃盤かな?
マリ盤はまだ現役のはずです。劇場的な演奏としては大変良いと思います。
でも全曲盤は本当に少ないですね。不思議なことです。
投稿: ハルくん | 2012年10月16日 (火) 23時59分