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2012年9月

2012年9月27日 (木)

ブラームス 交響曲全集 エードリアン・ボールト盤 ~熟年男性向け名盤?~

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朝夕がすっかり涼しくなりました。秋の気配を感じると、何となくブラームスを聴きたくなるから不思議です。もう何年もそうしているうちに身体にすっかり染み付いてしまったようです。

エッシェンバッハのブラームス交響曲全集を聴いたところで、ついでにもう一つ最近購入した全集を。と言っても正確には再購入になります。
指揮者はサー・エードリアン・ボールトで、オーケストラはロンドン・フィルハーモニー(3番のみロンドン交響楽団)です。録音されたのは1970~73年です。

以前は、海外のDiskyというレーベルがEMIからのライセンスで出したCDを持っていましたが、現在は所有していません。そこへ最近ボールトの「バッハからワーグナーまで」という11枚組の廉価ボックスがリリースされたので購入した次第です。今回は本家EMIの販売ですし、他にもバッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルト、ワグナーなどのドイツの作曲家の名曲を収録して大変充実していますが、中核となっているのは、やはりブラームスの4曲の交響曲です。

その演奏ですが、どの曲でもロマンティシズムに溺れ過ぎない節度を保っています。テンポは速からず遅からずの中庸で、ほぼインテンポを守り、劇的な表情の変化は見せません。正に英国紳士の気品ある姿を想わせるような雰囲気です。それは決してブラームスの音楽から離れてはいません。

響きの面でも、イギリスのオーケストラは地味で暗く、くすんだ音色を持ちますのでブラームスに似合います。但し、トゥッティで金管が弦よりも一瞬早めに音を出すことが有るのは気になりました。また、微動だにしないインテンポを守るというわけではなく、音楽が高揚する部分では僅かに加速を見せます。それは通常では自然な表現なのですが、ブラームスの場合にはインテンポを頑固なまでに守った方が立派な造形性を感じられるので好ましいとは思います。

それにしても、この演奏はどれもが良質のブラームスです。噛み続けるほどに味わいの増すスルメのような演奏と言えるかもしれません。ザンデルリンクやベーム、ジュリーニの素晴らしい全集以上とは思いませんが、それらとはまた一味違った名盤のように思います。4曲の出来栄えは安定していて出来不出来は有りません。それでも特に印象に残るのは、名ヴァイオリニストのユーディ・メニューインが自ら志願してコンサートマスターに就いたという第1番です。もちろん2楽章のメニューインの独奏も聴きものですが、大きく高揚する終楽章も感動的です。第4番は、素晴らしい人生の黄昏を感じさせるような非常に味わい深い演奏です。と言っても枯れているわけでは無く、終楽章の変奏など案外と情熱的で面白く聴かせてくれます。

うーん、これは正に大人の男(熟年男性とも言う?)の音楽です。まあ、もともとブラームスの曲にはそういうところが有りますが、このCDはR40指定にするべきかもしれませんね。

この新盤の音質をDisky盤と直接聴き比べてはいませんが、かなり良くなった印象ではありました。

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2012年9月25日 (火)

日本の領土を守れ その5

明日は自由民主党総裁の選挙である。この結果は大きい。それは実質的に、次の日本の総理大臣を決める選挙だからだ。「近いうち」の解散総選挙までの短いお役目になることが明らかな「うそつきどじょう」の場合とは大違いである。

経済立て直しは別にしても、外交、防衛面では自民党しか考えられない。それもこれも民主党の稚拙な外交が招いた現在の危機である。早急にアメリカとの安全保障の関係を修復しなければいけない。そして尖閣諸島に対する中国の侵攻を防がなくてはならない。したたかに反日デモを演出して、尖閣の領海侵犯を国家ぐるみで動員する中国に対して、民主党政権は相も変わらず「冷静な対応を求める」などと間抜けなことを言っている。中国は極めて冷静に日本に揺さぶりをかけているのが、なぜ判らないのか。

オスプレイだってそうだ。「オスプレイの機体に問題は無い。だから安全だ。」などと嘘を言っている。どうして元自衛官の大臣がそんなことしか言えないのか。オスプレイは落ちる時には落ちるに決まっている。自衛隊機だって落ちることは有る。民間飛行機だって落ちる。それでも飛んでいるではないか。国民はそれを猛反対しているか?飛行機は落ちる。自動車は事故る。それでも無くならないのは、リスク以上の必要性を感じているからだ。僕はオスプレイは必要だと思う。それも沖縄に配備するのが重要だ。中国の尖閣諸島への侵攻に対して迅速に対抗できるようになるからだ。それを沖縄の人や国民に説明しないでどうするのだ。外交、国防のことが何も分からない民主党では限界である。

自民党の新しい総裁に、地方票では石破氏が有力らしい。僕も現在の状況では、国防に最も強い石破氏がベストだと思う。経済はその方面に強いメンバーを人選すればよい。問題は決戦投票になった場合に、国会議員の投票だけで決まることだ。もしも派閥の力で、石原氏か安倍氏に決まるようなことが有れば幻滅する。そんな旧態依然のことをしていては自民党はやはり駄目だ。派閥を無視してでも、党一体で決められれば自民党は再生出来る可能性が生れるだろう。そのことに期待する。

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2012年9月21日 (金)

ブラームス 交響曲全集 エッシェンバッハ/ヒューストン響盤 ~こちらヒューストン~

51tpouw3ykl__ss400_クリストフ・エッシェンバッハ指揮ヒューストン交響楽団(1991~93年録音/EMI Virgin盤)

現代の指揮者は、どうしても仕事量が多く忙し過ぎるために、短時間で仕事をまとめあげる器用な能力が求められます。ひと昔前の巨匠時代の指揮者のように、じっくりゆっくりと時間をかけて自分の音楽を徐々に熟成させてゆくようなタイプは生き残れないでしょう。ですので、どの演奏家も金太郎飴のように何となく似たり寄ったりで、特別な個性の感じられない演奏家が多くなりがちです。ホールで生で聴くのならまだしも、CDを購入して家で聴こうとは中々思えなくなるというのが正直な気持です。

そんな現代の指揮者たちの中で、数少ない個性を持つ人という点で僕が興味を駆り立てられるのは、クリスティアン・ティーレマン、パーヴォ・ヤルヴィ、そしてクリストフ・エッシェンバッハの3人です。少し前まではワレリー・ゲルギエフと小林研一朗が好きでしたが、二人とも最近の活動にはそれほど大きな興味は感じられません。

そのうちのティーレマンとエッシェンバッハには共通点を感じます。二人とも現代流行の古楽器的で速いテンポのスタイルには目もくれずに、かつてのドイツの巨匠時代の重厚長大路線を再現しているように感じるからです。

そして、ワーグナーやブルックナーを得意とするティーレマンにはクナッパーツブッシュを、比較的テンポの変化を自由に行うエッシェンバッハにはフルトヴェングラーを連想させられます。

実は、クリストフ・エッシェンバッハが凄い指揮者だと知ったのは、2005年にサントリーホールでシュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団を率いて演奏したブラームスの第4交響曲を聴いた時です。アゴーギグを多用した変幻自在なテンポ感を持ち、白熱した演奏が、まるでフルトヴェングラーが現代に蘇ったかのように感じられたのです。それでいてフルトヴェングラーほどには極端で無いので、ロマンティックで充実したブラームスを聴けた喜びで一杯になりました。シュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団というのは若手演奏家を主体とした臨時編成の団体ですので、技術的には完璧とは言えませんが、エッシェンバッハの音楽を忠実に表現していました。

さて、そのエッシェンバッハが既にブラームスの交響曲全集を1991年から93年にかけてEMIに録音していたのは知っていましたが、オーケストラがアメリカのヒューストン交響楽団だったので、これまで敬遠をしていました。アメリカのオケのブラームスの音には抵抗感が有るからです。ましてやヒューストンというのが興味を損なっていました。「こちらヒューストン」と言えばNASAの通信でお馴染みの言葉ですが、この都市のあるテキサス州には仕事で行ったことがありますが、その土地に似合うのはクラシック音楽ではなく、カントリー&ウエスタンだったからです。

そうは言っても、実演で聴いたブラームスの素晴らしさを知っている者にとっては、やはり聴いてみたいですし、いずれはドイツのオケと再録音する可能性も有るでしょうが、それではいつになるか判らないので、ダメもとで聴いてみました。このCDセットには、4曲のシンフォニーと「ハイドンの主題による変奏曲」「大学祝典序曲」「悲劇的序曲」「アルト・ラプソディ」が収められていて充実しています。

全ての曲を聴いてみて感じるのが、演奏表現の統一性です。基本はゆったりとしたテンポのスケールの大きな表現ですが、微動だにしないイン・テンポで古典的な造形性を強調するという演奏とは異なります。適度なアゴーギグとテンポの流動性を生かしたロマンティックなスタイルです。但し、それは極端な動きでは有りませんので、とても正統的なブラームスを感じさせます。実演で聴いたスタイルとも少々異なる印象です。
1番の第1楽章や終楽章のような速い楽章での充実感も素晴らしいですが、3番の2、3楽章のような緩徐楽章での静けさと美しさも大変なものです。

ヒューストン響で最も印象的なのは弦楽の優秀さです。ヴァイオリンは澄んだ音で良く歌いますし、中低弦の厚みも大したものです。木管群もまずます問題ありません。問題が有るとすれば、やはり予想をしていた金管の音色です。ホルンの音はドイツの渋く深い音とは反対の明るい音色でブラームスには不向きです。但し、管楽の音を浮き立たせるのではなく、あくまでも弦楽の上に柔らかく乗せるというヨーロッパ的にブレンドされた響きです。アメリカのオーケストラから、これほど柔らかい響きを醸し出すというのは、やはりドイツ人であるエッシェンバッハの力でしょう。

それにしてもエッシェンバッハのブラームスは本当に素晴らしい。この人が北ドイツ放送響あたりと再録音を行なってくれたら、何を置いても飛び付きたいと思います。

この4枚組CDは、日本でも再リリースされましたが、旧盤にもかかわらず4000円近くと少々割高です。Virginレーベルの海外盤ならせいぜい元は20ドル程度ですし、自分も中古店で1000円以下で入手しました。東芝は相変わらずこういう、せこい商売を続けているようなのが余り感心できません。

ところで、前述のサントリーホールでの第4番のライブ演奏はヘンスラーからCD化されています。CDで聴くと、どうしてもオケの粗さが感じられてしまい、会場での感動には遠く及びませんが、テンポや表情の変化の大きさはヒューストン響との演奏以上で、非常にドラマティックです。興味をお持ちの方はこちらも是非お聴きになられて下さい。

51zthntyphlクリストフ・エッシェンバッハ指揮シュレスヴィヒ・ホルシュタイン祝祭管弦楽団(2005年録音/ヘンスラー盤)

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2012年9月15日 (土)

日本の領土を守れ その4

ずいぶん以前ですが、こんな言葉をどこかで知りました。
それは、「中国人は嘘を100回繰り返して言う。そのうちに嘘が本当のことになってしまう」というものです。

僕は個人的には、たまたま中国人の友人や知り合いが何人もいますが、皆とても良い人です。なので、国としての傍若無人ぶりを見るにつけ、その余りのギャップの大きさにとまどうのです。ただし、そんな良い人たちなのですが、自分の意見を言い出したら聞かない性質が確かに有ります。彼らの意見に反論をすると、必ず倍の反論が返ってきます。ですので、適当に諦めます(これが日本人の悪いクセ)。

面白いのは、あるとき台湾の友人が僕に語ったこと。
「中国人は嘘つきだよ。日本人はすぐに騙されるから気を付けないといけないよ。」という内容ですが、実は、その台湾の友人も、しょっちゅういい加減なことを調子よく言っています。その彼がそう言うのですから、まぁ本当のことなのでしょう。(笑)

中国政府の国民への嘘だらけの対応も悲劇ですが、嘘を何とも思わない国民性も、大量の偽物商品の氾濫を見れば納得できます。

昨日は尖閣諸島沖の日本の領海内に中国の監視船が6隻侵入して来ました。政府は「6隻も入って来るとは」と驚いた様子ですが、こんなことは充分想定されたことです。南シナ海でこれまで中国が行なっている領有権主張行動と全く同じです。監視船というのは中国国家の船ですから、彼らは本気です。玄葉外相は「中国には冷静な対応を求める」なんて言っていますが、中国政府は至って冷静なのです。次は「冷静に」漁船団を大量に送り込んで来るのは明らかです。全て彼らの計算通りです。

ですので、尖閣には日本の施設の建設と自衛隊(あるいは国境警備隊)の駐屯が早期に必要なのです。民主党政府が決めた「島の平和安定のために港や灯台は作らない」というのは、中国に対する配慮なのでしょうが、全く意味の無いことですし、嘘を100回つく中国にとっては思うつぼです。聞けば、一度は灯台建設の考えに傾いていた野田総理に、建設反対を説きふせたのは岡田副総理と玄葉外相なんだそうです。信じられないお馬鹿内閣です。民主党の外交音痴ここに極まれりです。灯台も、港も、ヘリポートも、一日でも早く造らなくてはいけません。

お願いだから、中国に奪われて実行支配されないように日本の領土を守ってください。

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2012年9月13日 (木)

ベルリオーズ 「幻想交響曲」 ~ミュンシュ以外の名盤~

フランス人は本当に洒脱です。ベルリオーズは失恋が原因で精神異常とも言えるほどに憔悴し切って作曲したというのに、この曲には「悲しみ」というよりは「情熱」と「美しさ」と「狂騒」がふんだんに詰まっています。服用したアヘンの影響も大きいのでしょうが、たとえば第4楽章「断頭台の行進」を聴いて下さい。冒頭こそ重々しい足取りで開始されますが、徐々に高揚してゆき、なんだかまるで「阿波踊り」のようなお祭り騒ぎです(そういえばリズムも似ています)。ギロチン台に連れて行かれる自分自身をこれほどおチャラかすのは、フランス人でなければ出来ない芸当でしょう。別の視点からは、ギロチン処刑の見物に集まった聴衆たちの楽しみと興奮ぶりという見方もあるのかもしれません。

そんなこの曲を聴くには、やはり総じてフランス人の指揮者が洒脱さを良く表現していて望ましいように思います。あるいはフランスのオーケストラによる音には華やかさと軽味が有って曲に相応しいと思います。
ただ、そうは言ってもフランス以外の演奏家にも好きな演奏は有りますし、フランス人でもピエール・ブーレーズの遅く荘重な、まるで司祭様が指揮したような演奏も有りますので、一概には言えません。

さて、「幻想交響曲」と言えばミュンシュ、ミュンシュと言えば「幻想」なので、前回はシャルル・ミュンシュ演奏の愛聴盤をご紹介しました。そこで今回は、ミュンシュ以外の愛聴盤のご紹介です。

695ポール・パレ―指揮デトロイト響(1959年録音/マーキュリー盤) パレーの出す音は、フランス語の鼻に抜けるような発音では無く、ずっと明確な音です。基本テンポも速く、強固に引き締まった造形は、「フランスのムラヴィンスキー」と呼びたいところです。この曲でも、1楽章と5楽章の速さはミュンシュ以上に常軌を逸していて、大炎上する恋の炎の中に一直線に飛び込んでゆくかのようです。この曲はやはりこのような演奏でなければいけません。年代の割には録音も明瞭なので、演奏の真価を損なうことなく味わえます。ミュンシュ盤と聴き比べてみると楽しいです。

Berlioz_fantasticイーゴリ・マルケヴィチ指揮パリ・ラムルー管(1961年録音/グラモフォン盤) 鬼才マルケヴィチは、ミュンシュやパレーが速いテンポで燃え上がるのとは反対に、テンポを大きく伸縮させており、遅い部分では心の底に深く沈滞するような演奏です。それでいて高揚感にも不足は感じません。やはり曲の本質に近づいた良い演奏だと思います。但し、不満が残るとすれば、オケの響きと性能が極上とは僅かに言い難いことです。

Img481e9336zikezjアンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管(1964年録音/Altus盤) 東京文化会館での歴史的な名演奏です。ドラマティックな白熱度ではミュンシュに僅かに及ばないとしても、相当な熱気を帯びています。それでいて至る所に気品が漂うあたりはさすがにクリュイタンスです。好みで、こちらを取る人も多いと思います。NHKによる録音は当時としては優秀で、ミュンシュのライブ盤よりも音質もバランスもずっと上です。

Ozawa_berlioz小澤征爾指揮ボストン響(1973年録音/グラモフォン盤) 小澤がボストン響の監督になって初めて来日したのが1978年ですが、僕はその時に東京文化会館で「幻想交響曲」を聴きました。それは若き小澤の情熱と熱気がほとばしるような素晴らしい演奏でした。それに比べると、5年前のボストン響とのデビュー録音は、若々しく新鮮な演奏には違いありませんが、少々軽過ぎるように感じます。健康的な印象も、この曲にはどうかなと思ってしまいます。ただ、そうは言いつつも、若き小澤征爾の想い出深い演奏ですので忘れられません。

41sw57tffnl__ss400_ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管(1973年録音/EMI盤) ある意味では最もフランス的な演奏かもしれません。鼻に抜けるような軽味がいかにも生粋のパリジャンを想わせます。ドイツ系の血が流れるミュンシュやベルギー生れのクリュイタンスの力のこもった音とは明らかに異なります。沈み込むような深刻さは余り感じません。2楽章は録音当時としては少数派のコルネット入り版を使用しています。その洒脱な演奏が、いかにもパリの社交界の雰囲気です。

1196100949小林研一朗指揮/チェコ・フィル(1996年録音/CANYON盤) コバケンはこの曲を得意にしていますが、実演で聴いたのは何年か前に東京文化会館でN響を指揮した演奏会です。それは非常にドラマティックな演奏で大いに楽しめました。このCDは相性の良いチェコ・フィルとの演奏ですが、弦も管も音が非常に美しく聞こえます。ただ、コバケンが本領を発揮するのは、やはりライブです。この曲にしては幾らか大人しく感じますが、CANYONの録音も優秀ですし、じっくりと聴くのには良い演奏です。

Eschenbachfantastiqueクリストフ・エッシェンバッハ指揮パリ管(2002年録音/NAIVE盤) パリ管の音を新しい録音で聴けるのは魅力です。1楽章冒頭を思い入れたっぷりに開始するのはエッシェンバッハ調ですが、この曲にはピッタリです。主部の盛り上がりについても上々です。2楽章は綺麗ですが、やや淡白。3楽章は重く聴き応えが有ります。4~5楽章の狂気さはミュンシュには及びませんが、パリ管は流石に手の内に入った演奏ぶりで安心して聴いていられます。録音が良いのでティンパニーの迫力には圧倒されます。但し4楽章のリピートは、一度断頭台に向かった死刑囚が再び刑務所に戻るみたいで好みません。

というわけで、どれもが個性的な演奏なので気に入っていますが、現在いちばん聴きたくなるのはエッシェンバッハ指揮パリ管盤です。

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ベルリオーズ 「幻想交響曲」 シャルル・ミンシュの名盤

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2012年9月11日 (火)

東日本大震災から1年半が過ぎた今日、感じたこと

民主党も自民党も党首指名争いのニュースが毎日伝えられています。

そんな昨日、政権党である民主党の代表に立候補をしている4人の共同記者会見が開かれたようです。もちろん野田首相もその中に含まれています。

新聞でその内容を読むと、4人とも判で押したように綺麗ごとを並べています。相変わらずだな、と思いましたが、気になったのは掲げた政策目標に、「東日本大震災の復興」ということが一言も上げられていない点です。今日で1年半を過ぎても、いまだに復興は停滞しています。震災の直後に「東北復興を最優先課題とする」と言った政権党は一体どこだったのでしょう。政局に明け暮れて、もうすっかり忘れてしまったのでしょうね。

エネルギー政策に関しても、「2030年代に原発をゼロにするよう努力する」なんて出まかせを言っている暇があったら、放射能汚染で故郷を追われてしまった被災者の方々が安心して暮らせる代わりの土地と家の補償を真っ先に対応してもらいたいです。東電の補償金は被害の補償には全く見合っていないそうです。東電まかせで政府は知らんぷり、それでいて早々と原発事故の収束宣言を出して、大飯原発を見切り再稼働してしまうとは、あまりに酷すぎませんか。

そんな人たちに日本の政治をこの先も任せるなんて、まっぴら御免です。自民党も同じようなことをしていたら民主党と同じです。そげなことではアカンよぉ。

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2012年9月 9日 (日)

嘘を重ねるペテン内閣

パラリンピックやヤングなでしこたちの爽やかな感動とは裏腹に、ペテン内閣が相変わらずウソを重ねています。

発表されたばかりの政府の「エネルギー政策」は一体なんでしょうか。「2030年代までに原発ゼロを可能にするために努力する」ですと。「ゼロが目標ではありません。あくまで努力をするということです。」などと相変わらず、うそぶいています。これは原発ゼロを政策に掲げた方が選挙に有利に働くということで、急遽書き加えられたらしいのですが、経済産業省と企業の言うなりに原発の再稼働を見切り発車した内閣の政策として、まるで信用できない嘘だということは明白です。全くやる気も努力する気も無いのは見え見えです。

野田総理は尖閣諸島公有化の手柄を石原知事から横取りしましたが、後のことは何も考えていません。中国に配慮してでしょうが、沖縄島民の希望する漁民の為の港湾施設は建設しないそうです。警備強化の法案改正も考えていません。

野田総理はロシアのプーチンと年内に首脳会談を行うことに決まったようです。ということは「近いうちに解散」というのは全くの嘘だったわけですね。そこで恐らくは、北方領土返還の鼻くそのような話を、さも大きく報告して、国民を欺くに決まっています。今更の悪あがきパフォーマンスとしか感じられません。

民主党内では、野田首相では次期総選挙に大敗必須なので、国民に印象の良い細野大臣を党の顔にしたいという若手の声は通らず、野田総理が再選確実のようです。どこまでもペテン内閣は嘘を積み重ねて行くことでしょう。

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祝・成功! U20 女子ワールドカップ 2012

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サッカーU20女子ワールドカップ2012の幕が閉じられました。日本のヤングなでしこの健闘にも支えられて、大会は大成功に終わったと言って良いでしょう。

日本の女子は既に過去のU19(19歳以下)大会でも好成績を残していたので、もともと力は有りました。それにしても今回は自国開催が有利であったとは言え、3位決定戦で前回準優勝のナイジェリアに勝利したのは大健闘です。

おかげで試合会場の入場者数も準決勝以降は約3万人の大観衆が集まりましたし、TVの視聴率も20%を越えました。女子の育成世代の大会としては素晴らしいことです。

但し、残念だったのは決勝戦のドイツ‐アメリカ戦の生放送が無く、夜中に録画で放送されたことです。せっかくフジテレビが力を入れていると思っていたのに、これではやはり視聴率重視だったのでしょうか。決勝戦の時間帯に放送された、ありきたりのバラエティ番組がどれだけ、それ以上の価値があったのかは疑問です。しかし日本戦を全て生放送したことは大いに評価します。

フジテレビ以外のテレビ局、新聞などのメディアは、大会前にはニュースをほとんど取り上げませんでしたが、いざ大会が始まって、サッカーファンが会場に集まり、日本チームが勝ち進むにつれて、多く取り上げるようになりました。そんな後追いでは困りますね。最初から大会を盛り上げてくれるように働きかけてくれなくてはいけません。

大会中、日本に滞在していたFIFA役員は、今年の2月に急遽決まった開催を大成功に終わらせた日本の運営能力を高く評価しているそうです。そのため、2019年の女子ワールドカップ大会(フル代表なでしこですね)の開催国として日本を有力候補として考えているそうです。

サッカー人気は男子だけでなく、女子も確実に定着しそうですね。僕はサッカー以外のスポーツも大好きですが、サッカー競技の国際的なシステムはやはり他の競技よりも一段も二段も上手く出来ていると思います。世界的に最もの人気のある競技であり、オリンピック以上にワールドカップ大会の人気が高いというのも事実です。

さあ、次は男子代表戦です。ワールドカップ本戦出場まであと一歩です。女子に負けるな、男どもも頑張れ!

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2012年9月 6日 (木)

ベルリオーズ 「幻想交響曲」 ~シャルル・ミュンシュの名盤~

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ベルリオーズの作曲した「幻想交響曲」の解説で、必ず登場するのがアイルランド出身の女優ハリエッタ・スミスソンです。彼女は15歳で地元ダブリンの劇場でデビューして、18歳の時にロンドンへ移りますが成功しませんでした。けれども28歳の時にフランス、パリのオデオン座でシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」や「ハムレット」でヒロイン役を演じると一躍人気女優となりました。

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当時25歳のベルリオーズは、その公演を観て彼女に激しい恋心を抱き、劇場に通い詰めては、彼女にせっせと求愛の手紙を送りましたが、既に人気女優となったハリエッタが、まだ無名で3歳年下のベルリオーズに振り向くわけは有りません。

失恋したベルリオーズは徐々に彼女に憎悪の念を抱くようになり(まぁ、よく有る話です)(笑)、アヘンを服用しながら、この「幻想交響曲」を作曲しました。「恋に深く絶望し、アヘンを吸った、豊かな想像力を持つある芸術家」の物語を音楽で表現したのですが、それが自分自身であったことは言うまでもありません。

その後、徐々に名が知られてきたベルリオーズは女流ピアニストと恋愛して、またも破断の目に遭います。そして、29歳の時にパリで「幻想交響曲」の演奏会を開きますが、ちょうど同じ時に、あのハリエッタ・スミスソンの劇団がパリに滞在していたために、偶然彼女は演奏会に出向きました。彼女はベルリオーズのことなどは、すっかり忘れ去っていましたし、ましてや演奏曲目が自分自身を主題にしたなどとは全く知らなかったのです。ところがプログラムに書かれた解説を呼んでいるうちに、それが自分のことであるのに気が付き、大変な衝撃を受けました。

その演奏会をきっかけに二人の交際が始まり、翌年には結婚しました。いやー、天才芸術家の人生は何ともドラマティックですね。もっとも二人の仲は結婚後に徐々に冷え込んでゆき、結局は離婚してしまいますが・・・。

ここで、曲の物語の概略を記しておきます。

病的な感受性と想像力に富んだ若い音楽家が、恋の悩みに絶望してアヘンによる服毒自殺を図る。彼は重苦しい眠りの中で奇怪な幻想を見て、彼の病んだ脳の中に音楽的な映像となって現れる。

第1楽章「夢・情熱」
彼は情熱の熱病、憂鬱、喜びをわけも無く感じ、愛する彼女を見る。そして彼女が呼び起こす火山のような愛情、胸を締めつけるような熱狂、発作的な嫉妬、優しい愛の回帰、厳かな慰み。

第2楽章「舞踏会」
ある舞踏会の華やかなざわめきの中で、彼は再び愛する彼女にめぐり合う。

第3楽章「野の風景」
ある夏の夕べ、野原で羊飼いが吹く笛を聞く。風にそよぐ木々のざわめきが心に平安をもたらす。しかし彼女が再び現れ、不安で心が締めつけられる。遠くの雷鳴、孤独、静寂。

第4楽章「断頭台への行進」
彼は夢の中で愛する彼女を殺し、死刑を宣告され、断頭台へと引かれてゆく。そして行進は、最後の愛の思いのように、死の一撃によって遮られる。

第5楽章「魔女の夜宴の夢」
魔女の饗宴の場に居る自分。周りには亡霊や化け物が、彼の葬儀に集まって大騒ぎをしている。そこへ殺した彼女が娼婦のような姿に変わり果てた姿で現れて悪魔の大饗宴に加わる。弔の鐘が鳴り、もはや饗宴と怒りの日がいっしょくたになってしまう。

交響曲というジャンルに、これほどまでの物語性を込めたのは音楽史上初めてのことであり、シューベルトやウエーバーから始まったロマン派が飛躍的に進化した記念碑的な作品となりました。全5楽章という構成も形にとらわれずにユニークですし、各楽章が全て個性的で魅力にあふれます。燃え上がるほどに情熱的な第1楽章、美しく華やかにもかかわらず翳りを感じる第2楽章、美しく静寂と葛藤が交錯する第3楽章、乱痴気騒ぎの行進曲だがアイロニーに溢れた第4楽章、正に踊り狂う大饗宴の第5楽章と、どの楽章も非常な傑作です。見ようによっては2楽章のワルツはメヌエット楽章の異形、4楽章の行進曲はスケルツォ楽章の異形と考えられなくもないような気がします。

また、管弦楽の色彩感の豊かさも驚くほどです。ティンパニーを倍にしたアイディアと演奏効果は抜群です。第2楽章にはベルリオーズ本人の手で後からオブリガート的に書き加えられたコルネット入りの版が有りますが、パリの社交界の華やかさが強調されているように感じられます。最終稿では再び削除されていますが、このコルネット入り版も多く録音されています。そして、第5楽章で使われる弔いの鐘も極めて印象的です。

この曲こそは、近代管弦楽の元祖だと言えるでしょう。ベートーヴェンの時代から、まだほんの僅かの時間しか経っていないというのに、ベルリオーズは驚くほどの天才でした。

この曲を演奏する場合には、標題音楽である以上、この破天荒な内容に相応しい演奏で無ければなりません。そうなると、昔からこの曲のスペシャリストとして余りに有名なシャルル・ミュンシュを第一に上げるのが、やはり妥当だと思います。他のどんな指揮者と比べてもミュンシュの演奏は情熱的であり、炎の中に飛び込むような切羽詰まった感情を表現し尽しているからです。基本テンポは相当に速いのですが、音を溜めるべきところではグッと溜めて力を込めた音を鳴らします。ですので他の誰よりも聴き応えが有ります。

ミュンシュの「幻想」には多くの録音が残されていますが、その中から僕の愛聴盤をご紹介します。

Munch592シャルル・ミュンシュ指揮ボストン響(1962年録音/RCA盤) ミュンシュのRCAへのステレオ録音には1954年盤と1962年盤の二種類が有りますが、僕は62年盤で聴いています。RCAの録音が優れているので、最も録音条件の良い演奏を聴きたければこのディスクがお勧めです。但しパリ管盤と比べると整い過ぎていて、ミュンシュにしては少々大人しい印象を受けます(他の指揮者と比べれば充分に熱いですが)。あくまでもパリ管盤の補完的存在と考えるべきです。

Munch_france_radioシャルル・ミュンシュ指揮フランス国立管(1963年録音/ディスク・モンターニュ盤) リスボンでのライブです。モノラル録音ですが、音のバランスが良いので聴き易いと言えます。後年のパリ管との演奏に比べると、表現の幅では幾らか聴き劣りしますが、終楽章などでは、さすがにミュンシュのライブだけあって、凄まじい熱演となっています。但しパリ管のライブ盤が出てしまった以上は、モノラル録音である当盤の存在意義は非常に薄れてしまったと言えるでしょう。

Munch346シャルル・ミュンシュ指揮パリ管(1967年録音/EMI盤) ミュンシュの、そしてこの曲の代表盤として昔から定評のある演奏です。パリ音楽院管が発展して、パリ管に新たに生まれ変わりましたが、フランス文化省の肝入りだけあって、名実ともに大成功となりました。とにかくオーケストラが異常なほどに熱く燃え上がった演奏です。破天荒なこの名曲は、やはりこのような破格の演奏でなければいけません。問題は元々の録音が余り明瞭でないために、CDのマスタリングを高音域強調にしてしまい、音が耳に刺激的なことです。僕のアナログ盤は米Angel盤ですが、弦のふわりとした柔らかさが心地良いです。CDは、国内盤も海外盤(写真)も大きな違いは有りません。

Munch_liveシャルル・ミュンシュ指揮パリ管(1967年録音/Altus盤) 有名なEMI録音から1か月後にシャンゼリゼ劇場でパリ管創設記念演奏会が開かれました。これはその時のライブです。3年前に初めて聴いた時には、残響の少ないデッド気味の音質にやや聴きづらさを感じましたが、耳が慣れると、その生々しい音にむしろ好印象を受けます。スタジオ録音で、あれほどの熱演をしていたミュンシュ/パリ管が実演のそれも記念演奏会となれば、どうなるかは想像出来ますが、果たして予想通りか、それ以上の熱演です。表情の彫は深く、溶解寸前まで熱くなっている演奏を言葉では到底表せません。EMI盤と合わせて座右に置きたい歴史的な名盤です。

この他にも、ボストン響との1954年スタジオ録音や、1962年日本ツアーでのライブ盤があります。変わったところでは1966年のブダペストでのハンガリー放送響とのライブ録音もありました。けれども究極的には、やはりパリ管とのEMI盤とライブ盤の二つに尽きると思います。

「幻想交響曲の演奏はミュンシュに限る」と言っても過言では無いと思いますし、それで少しも困りはしないのですが、これほどの名曲がそれではやはり勿体無いので、次回はミュンシュ以外の愛聴盤についてご紹介する予定です。

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2012年9月 3日 (月)

ペテン内閣はノーダ!

Tky201206040540
鳩山元総理はシアワセもののアホだった。菅元総理は国家元首としての能力に欠けていた。そして野田総理は嘘とペテンの厚顔無恥だ。

野田総理は確かに演説が上手い。力強く語るし、いかにももっともらしく話すので、うっかりすると騙される。けれども言ってる内容とやっていることは嘘とペテンばかり。しかも他人の話を一切聴かずに(聴いたふりをしているだけ)自論を押し通す。これではペテン師の独裁者だ。

マニュフェスト公約違反の消費増税を、「決断する政治」だとうそぶく。福島原発の被災者は1年半経っても地元に帰れず、代替え転地の補償も先延ばし。そんな状況下にもかかわらず、原発の再稼働を強引に進める。原発反対運動が余りに大きくなったので、リーダーと面談をする。ところが反対派の意見を聞く耳などは最初からこれっぽっちも無く、逆に「再稼働に対する理解をお願いした」とうそぶく。オスプレイの沖縄配備問題には、防衛大臣がアメリカまでわざわざ試乗しに行って(金の無駄!)、「過去の墜落事故は全てパイロットの人為的ミスで、機体性能には問題が無いので安心」とまたうそぶく。人為的ミスで落ちるような飛行機は必ずまた落ちるに決まっている。「落ちる可能性はゼロではないが、日本国土の防衛のためには不可欠だから」と正直に何故言わないのか。消費増税法案を通すために約束した「近いうちに衆院解散」の公約はどうなったのか。のらりくらりと解散せずに延命を続けそうだ。尖閣諸島購入問題も石原都知事が国に購入を譲る条件として、漁船退避施設や通信基地の設置を提案したのに対して、長々と回答の先延ばしをしたあげくに、突然の今日の「地権者から購入の合意をほぼ得られた」という嘘かホントか判らないような内閣官房長官の発表。これでは石原都知事が激怒して当然だ。

何から何まで嘘とペテンで固めて、仁と義のかけらも無い内閣はノーだ。一刻も早く辞めてほしいと思う。かくて民主党政権は三代目で間違いなく潰れるだろう。そして、悪い夢から覚めた国民は、次の総選挙で今度こそ、よーくよーく考えて投票をしてほしいと思います。

以上、個人的な意見でした。でも大半の国民は同じように思っているのでは?

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