シベリウス 交響詩「クレルヴォ」 ヨルマ・パヌラ/トゥルク・フィル ~隠れた手~
まだまだ暑い日が続いていますので、爽やかな北欧音楽特集で行きましょう。グリーグに続いてはシベリウスです。
シベリウスの記事は、ずっと書いていませんでしたが、実は相変わらず良く聴いています。やはり7つの交響曲が中心となりますが、特に神秘的な4番、6番、7番の持つ音楽の魅力には、聴けば聴くほどに虜になってゆくように思います。1番、2番、3番、5番ももちろん大好きなのですが、聴き易い反面、深みという点では幾らか劣るかもしれません。
そして「クレルヴォ交響曲」という通称を持つものの交響曲では無い、シベリウス初期の大作も本当に魅力的な曲です。この作品は、以前の記事で一度取り上げていますが、その時にはオスモ・ヴァンスカの素晴らしいCDをご紹介しました。ヴァンスカ盤は今もって最高の演奏として愛聴していますが、最近それ以上に惹きつけられる、とてつもないCDに巡り合いました。指揮をしているのはヨルマ・パヌラという人です。
ヨルマ・パヌラという名前は指揮者を目指す人以外にはほとんど知られていないと思います。フィンランド生まれですが、パーヴォ・ベルグルンドがヘルシンキ・フィルの音楽監督に就任する前の監督だと聞けば、「なーるほど」と思われるかもしれません。但し演奏の録音は極端に少なく、シベリウスの交響曲第5番の記事でご紹介したCDの他には目ぼしいものは有りません。
というのも、この人はヘルシンキ・フィルの音楽監督を退いてからは、もっぱらフィンランド、スウェーデン、デンマークの音楽院で教授としての仕事を主体にしているからです。その教え子には、エサ=ペッカ・サロネン、ミッコ・フランク、サカリ・オラモ、ユッカ=ペッカ・サラステ、オスモ・ヴァンスカといった現代の層々たる指揮者たちが居ます。そこで、人はパヌラを「隠れた手」と呼んでいます。
ただ、上記の第5交響曲の録音では、後輩のベルグルンドやヴァンスカたちの素晴らしい演奏に比べて特別に優れているようには思いませんでした。ですので、この人はマエストロではなくプロフェッサーなのだろうなと、思っていました。ところが、今回「クレルヴォ」のCDを聴いて、その認識を完全に覆されてしまいました。この人は大変なマエストロです。
ヨルマ・パヌラ指揮トゥルク・フィル/シベリウス「クレルヴォ」(1996年録音/NAXOS盤)
このCDは廉価レーベルのNAXOSから出ていますが、このレーベルには時々珠玉の演奏が含まれています。演奏しているオーケストラはトゥルク・フィルハーモニー管です。こちらも、ほぼ無名と言って良いでしょうが、思えばトゥルクはフィンランドの古都であり、ヘルシンキに移る前までの首都でした。日本で言えば、さしづめ京都のような都市です。文化への傾倒も高く、優秀なオーケストラが存在していて何ら不思議はありません。このトゥルク・フィルは、これまで知っていたフィンランドのヘルシンキ・フィル、ラハティ響、フィンランド放送響と比べても遜色無いほどに優れています。美しく澄んだ響きは、やはり北欧のオーケストラです。
パヌラの指揮はハッタリやこけおどしの全く感じられない非常に実直なものですが、純粋そのもののシベリウスの音楽は、それでこそ生きます。もちろん民族的な旋律は雰囲気豊かに歌わせますし、壮大な部分は充分に盛り上げています。けれども、決して過剰には成らないのです。特に素晴らしいと思ったのは、第1曲「導入部」、それに終曲「クレルヴォの死」です。美しい旋律がしみじみと歌われて胸に深くしみこんで来ます。なんという美しい音楽なのでしょう。
シベリウスは晩年に、ある人に書いた手紙の中で、こう書いています。
「・・・・自分の青年時代のこの作品に、私は今でも強い愛着を持っています。クレルヴォに秘められた民族精神は、現代の空気とはかけ離れていると思います。この作品が外国で演奏されることを私が望まないのはその為です。未熟なところもありますが、それを含めて私の貴重な歴史なのです。」
フィンランド人でなければ、この曲を理解できないとは思いませんが、それでは「本当に理解出来るのか?」と聞かれても、中々イエスとは言えません。それでも、それを頭の隅に置いたうえで敢えて言えば、この曲は若きシベリウスが書いた、フィンランド民族の歴史や文化、風習に根付いた本質を持っている、かけがえのない名曲だと思います。
このような音楽を忠実に演奏するのに、ヨルマ・パルマとトゥルク・フィルハーモニーは理想の組み合わせだと言えるでしょう。ヴァンスカ/ラハティ響盤は表現が、より明確で音楽が解りやすいのですが、しみじみとした感情はパルマ盤が更に良く伝えているように思います。
このような凄い指揮者を「隠れた手」にしておくのは実にもったいない気がします。トゥルク・フィルとシベリウスの交響曲全集を録音してくれたら、実に嬉しいのですが、実現の可能性は低いかもしれません。
最後に余談になりますが、パルマさんはチェーンソーを持ってフィンランドの木を切ることを趣味にしているそうです。さすがは森と湖の国の指揮者ですね。
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コメント
ハルくんさん、こんばんは。 シベリウスの音楽は 同じ北欧でも グリーグより音楽が厳しい感じがします。その 感じが 交響曲第4番以降 さらに 強く、深くなり 第6番、第7番で 宇宙の極点まで行ってしまったのではないでしょうか。私は そんなシベリウスの音楽が大好きです。「クレルヴォ」のCDは、ベルグルンド/ヘルシンキ・フィルのものしか聴いてないので 機会があれば、パヌラ盤を聴いてみようと思います。
投稿: ヨシツグカ | 2012年8月25日 (土) 18時41分
ヨシツグカさん、こんばんは。
暖流の影響で気候が穏やかなノルウェーと比べて寒さの厳しいフィンランドは音楽の雰囲気にも違いが出るのかもしれないですね。
そんな厳しいシベリウスの音楽は本当に素晴らしいと思います。
ベルグルンド/ヘルシンキ・フィルの「クレルヴォ」も、もちろん大変素晴らしいですが、パヌラ盤は是非お聴きに成られてみてください。入手もし易いと思います。
投稿: ハルくん | 2012年8月25日 (土) 23時03分
ハルくんさんへ~
僕も、厳しいフィンランドの自然を感じさせる、シベリウスの音楽はとても好きです。ただ20代の頃は~、後期ロマン派やグリーグの影響を受けた初期の作品が好きでしたが、最近は中期~後期の交響曲第4番や第7番、そして交響詩「ポヒョラの娘」や「タピオラ」に強い感銘を覚えます。
なので、どうしても~ご紹介されている、クレルヴォ交響曲は、まだ初期の習作の書法から脱し切れない、若書きのイメージがあって~、以前FMで一回聞いただけですが、このバヌラさんの演奏はそんなに素晴らしいのでしょうか?
投稿: kazuma | 2012年8月26日 (日) 12時24分
シベリウスの話でなく申し訳ないのですが、ベルリンフィル主席ヴィオラ奏者の清水直子さんがEテレに出演されていらっしゃいました。CDのジャケで見たとき、男性に負けない強い女性という感じの人かなと思ったのですが、素顔は強い女性というより優しそうな笑顔が素敵な方ですね。ヴィオリストにもっとスポットを…ねぇ、ハルくん。
PS…KAZUMAさま。お久しぶりですね。しばらく音沙汰なしで心配してましたよ。また、山形-新潟のローカルネタ、この場をたまにお借りして交換させて頂きましょう。ハルくん、宜しくお願いします!
投稿: from Seiko | 2012年8月26日 (日) 21時46分
kazumaさん、こちらへもありがとうございます。
シベリウスの音楽の究極の魅力は、やはり後期の深淵な作品群にあると思います。
けれども「クレルヴォ」の魅力は絶大で、とてもとても習作や若書きなどで片付けられはしません。オスモ・ヴァンスカやヨルマ・パヌラの演奏で聴くと特にそう感じます。
現在はパヌラの演奏が一番好きですね。
投稿: ハルくん | 2012年8月26日 (日) 22時52分
Seikoさん、こちらへもありがとうございます。
らららクラシックですか?
N響アワーから変わってからは余り観ていませんが、中々面白い内容もあるのですねえ。
でもヴィオリストはスポットが余り当たらない裏渡世人なところが良いのですよ。目立ちたがり屋さんはヴィオラには不向きですもの。(笑)
投稿: ハルくん | 2012年8月26日 (日) 23時12分
ヴィオリストの皆さん、さびしい時はクラと遊びましょう。ブルッフもモーツァルトもありますよ。
シベリウスの話ですが、国内で「餅は餅屋」に最も近いのが札幌交響楽団でしょう、今夏久しぶりに帰郷したときKitaraショップでいい録音を見つけました。購入したのは尾高忠明指揮(2010)でグリーグ/抒情組曲、 シベリウス/交響詩「ポヒョラの娘」 「夜の騎行と日の出」 他を収録しており、北欧音楽シリーズの一枚です。他にエリシュカ指揮のチェコ音楽シリーズもあります。クレルヴォの録音はなかったように思いますが。
ちなみに当日は私たちが第九を演奏した後、続けて高校生が「こうもり」、スラブ行進曲、ドヴォ7を演奏しました。私たちの時代とは比較にならないほど高校生が上手く、特に弦の演奏水準の高さにはに驚嘆しました。
投稿: かげっち | 2012年8月29日 (水) 12時31分
かげっちさん、
ヴィオラとクラリネットは音域が近いせいも有り、似たもの夫婦を思わせますよね。
まぁ、かげっちさんと同性結婚は出来ませんが(笑)、アンサンブルもほのぼのした曲が多いように思いますよね。
札響のシベリウスは昔から定評が有りますね。どうしてかというと、やはり似た空気の中で毎日暮らしている団員たちの演奏だからでしょうか。
昔より高校生のオケも増えましたしね。僕の母校の大学のオケも弦楽の団員は倍以上は居そうです。大したものです。
投稿: ハルくん | 2012年8月29日 (水) 22時46分
NAXOSレーベルは、よくチェックしているはずのつもりでしたが、ヨルマ・パヌラ指揮トゥルク・フィルの交響詩「クレルヴォ」は全くの盲点でした。
今は超金欠病ですが、入手不能ですが、余裕が出来たらぜひ購入したいと思います。
投稿: オペラファン | 2012年8月30日 (木) 14時45分
オペラファンさん、こんばんは。
僕もこのCDの存在は最近Amazonで偶然見つけました。
この曲の持つ美しさを改めて認識させてくれる素晴らしい演奏だと思います。是非お聴きになられてください。
ご感想を楽しみにしています。
投稿: ハルくん | 2012年8月30日 (木) 23時32分
ハルくん様 (ハル様の方が良いのでしょうか?)
初めて書き込みをさせていただきます。
morokomanと申します。(^^)
私はシベリウスが大好きで、毎日聴かなければ生きてはいけない!とせっせと聴きまくる、聴かなければ禁断症状を起こす「シベリウス・ジャンキー」に成り果てています。
以前のハルくん様のシベリウスの交響曲全集の書き込みを読み、我が意を得たり! と心を強く思いことしきりでした。(その記事を読んだのは、つい最近でしたので、あえて書き込むことはありませんでしたが)
パヌラを取り上げて下さって、嬉しいですね~。ナクソスはよく収録してくれたものです。(^o^)
彼の演奏CDで忘れられないものは、BISによる「シベリウス:オーケストラ伴奏の歌曲集」です。シベリウス歌曲の魅力満載の素晴らしい演奏ですよ! これも機会があれば取り上げていただければ幸いです。
また書き込みます。今後ともよろしくお願い申し上げます。
投稿: morokoman | 2012年9月18日 (火) 15時02分
morokomanさん、はじめまして。
ようこそお越しくださいました。
シベリウスの以前の記事へご賛同頂きまして、大変嬉しく思います。
BISの「シベリウス:オーケストラ伴奏の歌曲集」は未聴ですので、いずれ聴いて記事にしたいですね。
恐らくは自分よりも、ずっと多くのCDを聴かれていらっしゃるでしょうから、色々と教えてください。
こちらこそ、今後ともよろしくお願い致します。
投稿: ハルくん | 2012年9月18日 (火) 22時06分
ハルくん様
morokomanです。
暖かく迎えてくださり、どうもありがとうございました。(^_^)
パヌラの『クレルヴォ』持ってますよ。
“パヌラの指揮はハッタリやこけおどしの全く感じられない非常に実直なものですが、純粋そのもののシベリウスの音楽は、それでこそ生きます。もちろん民族的な旋律は雰囲気豊かに歌わせますし、壮大な部分は充分に盛り上げています。けれども、決して過剰には成らないのです。特に素晴らしいと思ったのは、第1曲「導入部」、それに終曲「クレルヴォの死」です。美しい旋律がしみじみと歌われて胸に深くしみこんで来ます。なんという美しい音楽なのでしょう。”
ハルくん様の文を長々と引用させていただきましたが、全く同意見です。
morokomanはベルグルンドの二つの演奏の方が好きですが、あくまでもそれは「好みの問題」でしかありません。それとは別にパヌラのCDによって、この曲とパヌラ自身に触れる方が出てくるのは嬉しい限りですね。
私も彼については「教育者」という視点で見てしまっていましたから、指揮者としての実力が披露されるのはありがたいです。もっとナクソスならずとも、どこか別のレーベル(例えばBIS)当たりでもっと録音してくれないでしょうかね。そこが不満です。教育業に専念しているのかもしれませんが……。
でも、彼ほどの人物が教育に専念してくれたからこそ、現在フィンランドはサロネン、サラステ、ヴァンスカらを筆頭に「若い指揮者たちの宝庫」と言われるようになり、沢山のレーベルでせっせとシベリウスのCDを出しまくるようになりました。お陰様でこの作曲家が世界的にもどんどんメジャーな存在になっていったのだと思います。
逆に言うと、若い指揮者たちが存在しなかったら、例えばベルグルンドだけだったとしたら、今でもシベリウスは「国民楽派」という枠で軽く評価されるだけで、未だに「フィンランディア&二番だけ」の作曲家としか見られなかったのではないでしょうか。
シベリウスがメジャーな存在になった影の功労者として、私のようなジャンキーにとってはまさに「神のごとき存在」と言えましょう!
ありがたや、ありがたやですね。(^人^)
BISの歌曲集、機会があれば是非どうぞ。後悔はしないと思いますよ。(^^)
投稿: morokoman | 2012年9月19日 (水) 21時51分
morokomanさん、こんにちは。
再びコメントありがとうございます。
そうですねー。パヌラの指揮者としての活動が物足りないのは、才能ある後輩たちの育成の代償と考えれば、やむを得ないことなのかもしれません。
でもそろそろ健在なうちにシベリウスのシンフォニー全集を是非とも録音してもらいたいです。
このクレルヴォも、僕はヴァンスカとどちらが上かというぐらいに気に入っていますので。
投稿: ハルくん | 2012年9月19日 (水) 23時30分
こんばんは。
パヌラ/トゥルク盤を聴き終えた処です。
>決して過剰には成らない
全く同感で、第1の感想としては徹底したムード(←笑)に尽きます。
ベルグルンドEMI全集はコノ曲から聴き始め、1楽章から「ムムっ」と引き込まれたのですが、2楽章以降は某芸人の言葉を借りれば「高低差」を感じてしまい、若書きという世評も納得でした。
ところがコノ演奏ではそんな感じは全く受けません。ドラマ性やキレを求めるなら物足りないと感じられるでしょうが、どの楽章でも統一されたムードに支配されているコノ演奏をボクは推します。
レナルト/ブラティスラヴァ放送響の「新世界」といい、貴Blogならではのご紹介盤に深謝。
投稿: source man | 2015年1月14日 (水) 19時52分
source manさん、こんばんは。
source manさんの”シベリウス・チクルス”、パヌラ/トゥルクのこの盤まで来ましたか!
ムードと言うと何となくポピュラーみたいですが、要は「雰囲気」「情緒」「味わい」ということですから、この演奏は正にムード最高!ですよね。
>レナルト/ブラティスラヴァ放送響の「新世界」
あれほどローカル色豊かな演奏はちょっと無いですね。僕も最近ではノイマン、コシュラーとベストスリーに数えたいほど好きです。あれは”隠れ名盤”の最たるものですね。
投稿: ハルくん | 2015年1月15日 (木) 21時01分