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2012年7月

2012年7月31日 (火)

2位じゃダメなんでしょうか?

ロンドン・オリンピックの連日の激闘に熱中しています。おかげで早くも睡眠不足に陥り、職場で毎日ボーっとしています。(汗)

日本選手が勝てばそれは嬉しいですが、勝っても負けても若者が青春を賭けて必死に闘う姿というのは、それだけで感動的です。

ただ、色々な競技を観ていて、ふと感じたことがあります。日本のお家芸である柔道の結果が思うように出ていませんが、選手たちが口をそろえて言うことに、「金メダルを絶対に取ることしか考えていません。」という言葉が有ります。先日も惜しくも決勝戦で敗れた女子選手が「悔しいです。金メダルで無かったので。」と試合後にコメントしました。ええっ、銀メダルを取ったのに?と驚きました。銅メダルを取った水泳選手が、「嬉しいです!これでメダリストの仲間入りです。」とコメントしていたのとは正反対だからです。

更に、昨夜のNHKの柔道の放送の時、日本人選手の決勝戦の前にアナウンサーが言ったことは、「〇○頑張れ!きっと勝ちます。日本柔道は金でなければならないのです。」という内容でした。

蓮舫さんではありませんが、日本の柔道は世界第2位ではダメなんでしょうか?日本の柔道界、マスメディア、さらに日本全体が「柔道は金メダルでなければ」という、呪縛に捉われてしまっているようです。競技発祥国だから金が取れるなんてのはとんだ思いあがりです。サッカーの母国イギリスが「母国なんだから金でなければ」なんてことは、きっと考えていないと思います。

柔道は今や世界で愛好されている競技です。日本の競技人口よりもフランスの競技人口の方が何倍も多いのです。そういうスポーツなのです。いつまでも日本の国内で「日本式の」柔道を守っていても、世界の多様なスタイルの柔道に戦えるはずが有りません。日本選手はどんどん海外で武者修行をして、海外の変則スタイルにとことん慣れてゆくことです。日本国内でだけ強くてもオリンピックの舞台では決して勝てません。ガラパゴス化したお家芸が広い世界に通用するはずがありません。世界的スポーツになった以上は、世界の基準で考えないと駄目なんです。

実力の裏付けのない(いや、有ったとしても)金メダルへの執着は逆に選手に大きなプレッシャーとなっていると思うのです。

選手が柔道の「金メダル神話」とプレッシャーから解き放たれて、「銀メダルを取りました!めっちゃ嬉しいです!」と選手がコメント出来るようになれば、自然に力を発揮出来ると思います。

美空ひばりの「柔(やわら)」を思い出してください。「勝つと思うな。思えば負けよ。」です。人間、無心で闘うときが一番力を発揮出来るのです。

頑張れニッポン!第2位でもイイんですよ。

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2012年7月29日 (日)

「サマー・タイム・ブルース」 忌野清志朗 ~原子力発電反対~

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ロンドン、ロンドン愉快なロンドン、ロンドン、ロンドン楽しいロンドンと、オリンピックで若者の躍動する姿に感動しています。けれども、世の中のメディアは毎日このニュースばかりになっています。それには、また大きな疑問を感じます。消費税問題はどうなった?オスプレイ配備問題は?尖閣諸島問題は?いじめ事件問題は?被災地復興問題は?ガレキ処理問題は?そして原発再稼働問題は一体どうなった?

日本国民の向き合っている大きな問題を全部忘れてしまったかのように毎日オリンピックのニュースばかりです。民主党政権はやれやれで、祭典が終わった後には、民主党の思うままだったなんてことはやめてもらいたい。

そもそも野田総理という人は周囲に何を言われようと反対されようと、お構いなしに粛々と進める頑固さを持っているように感じます。それは、ある意味ファッショでしょう。そういう政治がかつてこの国を戦争に引き込んだのではなかったのか。とても怖ろしいことです。

そういう危険を排除するのは国民の意思が必要ですが、マスメディアが極楽トンボニュースだけを流していれば、国民は結局誤魔化されてしまいます。

福島の原発事故調査委員会の報告では、必要以上に管直人元総理の対応が非難されていたように感じました。それは何故か?うがった見方をすれば、原発ゼロ、再生エネルギー推進を言いだしたこの人の政治生命を剥奪するためではないか、とさえ思えてきます。経済産業省や原子力ムラの連中からすれば、自分たちの利権維持には邪魔な人ですから。

原発再稼働に大きく舵をきって見切り発車をした民主党政権に騙されてはいけません。反対デモも直に下火になると、タカをくくっている彼らの思うつぼにはまってはなりません。

今から3年前に、まだ若くして亡くなってしまった忌野清志朗が生前に歌っていた「サマー・タイム・ブルース」を聴きましょう。彼は、あの事故が起きるずっと前から原子力の危険性を歌で訴えていたのです。

現在の政権党とマスメディアの無責任さに誤魔化されては断じてなりません。

でもオリンピックは応援しますよ。これはまた別の問題ですから。

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2012年7月28日 (土)

エルガー 「威風堂々」第1番 ~2012 ロンドンオリンピック開催~ 

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いよいよロンドン・オリンピックが始まりましたね。無類の(?)スポーツ観戦好きの僕には大変に熱い夏になります。

(日本時間では)今朝の開会式も素晴らしかったですね。さすがはイギリスというか、気品と、慈愛の精神と、ユーモアがとても感じられました。なにしろ映像によって、エリザベス女王がジェームス・ボンドにエスコートされてバッキンガム宮殿からヘリコプターで会場にやって来て、空からパラシュートで降り立つような演出は正にイギリス式ユーモアです。日本の天皇陛下をこんな演出で登場させようとは誰も思わないでしょう。

サイモン・ラトルが指揮してロンドン交響楽団が演奏する「炎のランナー」のテーマ曲も傑作でした。ミスター・ビーンがオーケストラのメンバーとして混じって繰り広げるユーモアのなんと楽しいこと。さすがです。

一方でイギリス国家を耳の聞こえない子供たちの歌声で聞かせるあたりは、慈愛の精神を強く感じました。こういう部分は日本人としても是非とも見習いたいですね。

それにしても若者たちがスポーツで競い合う姿は本当に感動的です。この日のために毎日毎日鍛錬した成果を国の代表として、あるいは一個人として全力で披露するわけですから、心から感動せざるを得ません。

僕は大体どの競技も楽しみますが、特に好きなサッカーは、開会式に先駆けて始まったので既にヒートアップしています。女子がカナダに勝ったのは順当としても(川澄さんのシュートはお見事!)、男子がスペインの無敵艦隊を撃沈するなんて嬉しい番狂わせです。しかも、それは偶然では無く、個人技で優るスペインに一対一の局面でも決して負けていないのが嬉しかったですし、何よりもチームワークの勝利というのが素晴らしかったです。これなら期待できます。

体操にも本当に期待できますね。世界の選手に怖れられる内村くんは凄過ぎ(出来過ぎ??)です。「金メダルの目標は4個」と平気で言い切りますが、少しも気負いが感じられません。本当に取ってしまいそうです。田中三兄弟も爽やかでイイですね。理恵ちゃんにはメダル獲得というよりもあの美しい演技で観客を(男性の目を?)湧かせてもらいたいです。うーん素敵だぁ。熱い!

卓球も凄く楽しみです。世界で実力を上げてきた福原愛ちゃん、石川佳純ちゃん、それに平野さん頑張れ!おじさんは応援しているぞ!
男子の水谷準くんも期待充分です。メダルも夢では無いです。若い丹羽くんにも期待したいです。

水泳では北島康介にもちろん期待ですが、この何年かで日本の選手層はとても厚くなりましたよね。何人も活躍してくれるのではないかな。

その他にも、柔道、レスリング、陸上、マラソン、バレーボール、重量挙げと上げれば楽しみは幾らでもあります。こりゃあ、熱いゼ!野球とソフトボールが無いのは残念ですが、野球場も無く、野球のルールを全く知らないイギリスでは、まぁ仕方がありませんね。

それでは、世界の若者たちが競技を堂々と繰り広げることを願って、イギリスのエドワード・エルガーの「威風堂々」第1番を聴きます。

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サー・アーサー・ブリス指揮ロンドン交響楽団(1958年演奏/DECCA盤) ブリスは19世紀の末にイギリスに生まれた作曲家で、エルガーとも親交が有ったそうです。指揮者もしていたために、1964年のロンドン響の日本ツアーの時にはモントゥーとともに来日して自作曲を指揮したそうです。この演奏は。マーチ集の中に収められていますが、ジャケットがイイでしょう。演奏は本当にあっさりと地味ですが、この控え目のセンスが何とも英国を感じさせるのです。録音は古いですが、その割には明瞭です。

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サー・ジョン・バルビローリ指揮フィルハーモニア管(1962年録音/EMI盤) 録音は古いですが、演奏は最高です。やはり派手派手さは少しも無く、盛り上がっても決して絶叫はしません。中間部の気高い精神を感じさせる落ち着いた雰囲気も正に英国紳士。アメリカのオケでは中々こうは行きません。バルビローリはエルガーのスペシャリストですが、こうした一品にも素晴らしさが滲み出ています。

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2012年7月21日 (土)

メンデルスゾーン 交響曲第4番イ長調「イタリア」op.90 不滅の名盤

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メンデルスゾーンは一年前に、交響曲第3番「スコットランド」を記事にしましたが、それ以外にもヴァイオリン協奏曲や「真夏の夜の夢」という屈指の名曲が有りますね。それらと並んで、とても人気が有るのは交響曲第4番「イタリア」でしょう。個人的には「スコットランド」のほうが好きですが、「イタリア」の輝くばかりの生命力と躍動感は大変に魅力的です。

この曲が「イタリア」と呼ばれるのは、メンデルスゾーンがイタリア旅行中に作品を書き始めたことと、第4楽章にはイタリア舞曲の「サルタレロ」が使われているからです。

第1楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ どの楽章も魅力的ですが、白眉はやはり第1楽章ですね。木管の速いスタッカート伴奏に乗って、さっそうと登場する第1主題は夏の暑さを吹き飛ばす爽快感が有ります。うーん、イタリア!ティ・ア~モ!

第2楽章アンダンテ・コン・モト ほの暗く甘いメランコリックな歌がとても魅力的です。メンデルゾーンの面目躍如です。

第3楽章コン・モト・モデラート スケルツォに相当しますが、甘く柔らかく歌われる旋律が何とも素敵です。

第4楽章サルタレロ・プレスト イタリアの民族舞曲のサルタレロですが、これはメンデルスゾーンがローマのカーニバルで観た印象を曲にしたそうです。さすがはイタリア、情熱的ですねぇ。

実は、この曲の愛聴盤はごく限られています。オールド・ファンなら誰でもご存じの定番中の定番です。

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アルトゥーロ・トスカニーニ指揮NBC交響楽団(1954年録音/RCA盤) 

ギリシア彫刻のような頑強な造形に、炎のように燃え上がる情熱と甘く歌うカンタービレが同居していて、何度聴いても魅了されます。メンデルスゾーンの演奏としては少々武骨に過ぎて、もう少し柔らかさが欲しいかなと思わないでもありませんが、これを一たび聴き始めると、やはり有無を言わせない説得力を感じてしまいます。
1楽章の強靭に刻むリズムは、どこまでが曲本来の姿なのか、トスカニーニ固有の特徴なのか良く分りませんが、それが中間では突然微妙なルバートが現れてハッとさせられます。こういう名人芸はさすがトスカニーニです。終楽章も単に速さで押し切るのではなく、強靭なリズムに音楽の重さ(”重ったるい”のとは意味が異なります)と聴きごたえを与えてくれます。弦楽パートの切り裂くような凄みやティンパニの一打一打の気迫には、心底圧倒される思いです。古いモノラル録音ですが、トスカニーニ最晩年の録音ですので、当時の音質としては優れています。

僕は決して、よく言われるような「最初に聴いた演奏の刷り込み」というのはまず起こらないタイプなのですが、この演奏ばかりは、他のミンシュ、カラヤン、クレンペラー、アバドなど、どの演奏を聴いても、これを越えるようには中々感じられませんでした。もちろん音の良いステレオ録音で、気に入った演奏を聴きたいとは思っていますが、今後もしも期待出来るとすれば現役ではパーヴォ・ヤルヴィあたりでしょうか。

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2012年7月16日 (月)

丹沢の夕空

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(クリックすると写真が拡大します)

今日の夕方、ようやく太陽が沈んだので、愛犬を連れてトコトコと散歩に行きました。我が家の近くからは丹沢山麓が見渡せるのですが、空がとても美しいので感激しました。すでに夕陽は山の向こうに隠れましたが、空はまだ青く澄んでいます。夏空らしい白い雲が山の上にかかり、夕陽に照らされて黄金色に染まっています。夕焼けの紅色とはまた違うゴールデンカラーです。

丹沢の山のシルエットに青い空と黄金色の雲。この絶妙なコントラストは、これまでに余り見た記憶が有りません。愛犬に「おい、きれいだぞ。見てみろよ。」と言っても、彼は知らん顔して草っ原の臭いをせっせと嗅いでいます。情緒のわからないやつだなぁ、とつくづく自分が人間であることの喜びを感じました。せっかく人間に生まれて来たのですから、やはり風情や情緒を心に一杯感じたいですものねぇ。

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2012年7月15日 (日)

「タルカス(TARKUS)」 エマーソン・レイク&パーマーおよび吉松隆編曲版

NHKの大河ドラマは好きで、これまでも大抵の放送を観てきています。今年の「平清盛」は、放送開始前にはどうかと思っていましたが、実際に始まってみると、これが実に面白い。毎週欠かさずに観ています。

ところで、番組の緊迫した部分でバックに流れる音楽には驚かされました。なんと、かつてのプログレッシブ・ロックの雄、EL&Pことエマーソン・レイク&パーマーの音楽がオーケストラ編曲されて聞こえるからです。

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そのEL&Pは、このブログでも以前記事にした、ムソルグスキーの「展覧会の絵」をロックにアレンジして世を驚かせたプログレッシブ・ロック・バンドです。その彼らが1971年に発表したアルバムが「タルカス」です。タルカスとはアルバムジャケットに描かれている、戦車のキャタピラの上にアルマジロみたいな体が乗っている架空の怪獣のことで、バンド・リーダーのキース・エマーソンによるアイディアが元になっています。これは彼らの3枚目のアルバムであり、バンドとしても最も勢いが有った頃の作品ですが、変拍子を駆使した鋭いリズムに興奮させられる素晴らしい傑作でした。

その「タルカス」をフル・オーケストラに編曲したのは吉松隆氏です。氏がプログレッシブ・ロックのファンなのはよく知られていて、昔、音楽之友社の「クラシックの名盤大全」の現代音楽の中で、堂々とピンク・フロイドの「原子心母」を取り上げていました。であれば、今回の編曲も納得です。

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そのフル・オケ編曲版は、藤岡幸雄指揮東京フィルハーモニーにより実際にコンサートが開かれて、またCD録音も行われました。ほとんど同じデザインのジャケットなのが笑えます。

更には、そのオーケストラ編曲版を更にウインド・オーケストラに編曲したものも登場して、佐渡裕の指揮により、やはりCD録音されました。

というわけで、ちょっとした「タルカス」ブームです。昔、「タル(樽)カス」をもじって「オケ(桶)カス」というジョークが流行り(?)ましたが、まさか本当のオケ・カスになってしまうとは夢にも思ってはいませんでした。これで「風が吹けばオケ屋がもうかる」となって、オーケストラの方々の収入が少しでも潤えば良いですね。

かつて高校生時代に(現在は無くなった)後楽園球場でライブパフォーマンスを観たEL&Pの再ブームとなれば嬉しいです。キース・エマーソン本人も、このオーケストラ版のCDを聴いてみて、大いに気に入ったそうです。僕はWEB試聴しかしていませんが、EL&Pのオリジナル盤と比べると、ちょっとなぁというのが実は正直な感想です。でも大河ドラマでは中々に効果的に使用されていますよ。

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2012年7月14日 (土)

シューベルト 交響曲第8(9)番ハ長調D.944「ザ・グレート」 名盤

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「グレート○○」と言えば、直ぐに思い浮かぶのが、グレート東郷、グレート草津、ザ・グレート・カブキと、昔のプロレスラーたちです。何故かリング・ネームに良く使われました。やはり、強そうなイメージが有るからですね。
と、いきなり脱線してスミマセンでした。(苦笑)

さて、シューベルトの「ザ・グレート」という呼び名は、第6番ハ長調と区別するために6番を「小ハ長調」、8番を「大(Great)ハ長調」とイギリスの楽譜出版社が付けたことから始まったそうです。ですので初めは単に「大きい」程度の意味合いだったのが、楽曲そのものが長大で優れていることから「巨大な」「偉大な」という意味を持つようになりました。あのシューマンが、この曲を「天国的な長さ」と呼んだのも適切です。古典派と浪漫派の境目の時代に、後期ロマン派に匹敵する大シンフォニーとなったのはこの曲とベートーヴェンの「第九」だけですね。もっともシューベルトはピアノソナタも長大な曲が多いので、元々長いのが好きだったのでしょう。

実はこの曲も「未完成」と同様に、演奏によって曲の印象が大きく変わります。好きな演奏であれば、曲の長大さが「天国的」に感じられますが、嫌いな演奏では、延々と続く同じような音楽が苦痛になります。

表情を変えながら段々と盛り上がりを見せてゆく第1楽章も素晴らしいですが、僕が好むのは第2楽章です。木管による、いかにもシューベルトらしい哀愁漂う旋律と、威厳の有るフォルテが何度も交互に現れるのが魅力的です。中間部の静けさと美しさにも心惹かれます。第3楽章のスケルツォは、まぁ普通に楽しいですが、素晴らしいのは中間部です。突然、広々とした天空に漂うかのような浮遊感を感じます。ここは実は全曲で最も好きな部分です。終楽章も決して悪くは有りませんが、繰り返しが長すぎて少々くどさを感じます。よほど良い演奏で聴いても、どうも長いなぁと感じてしまいます。

ということで、僕の愛聴盤のご紹介です。現在はそれほど多く有りません。

B0056240_2085326ウイルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1951年録音/グラモフォン盤) 僕がフルトヴェングラーのブルックナーを余り好まないのは、演奏に熱中し過ぎてしまい客観性を失ってしまうからです。ベートーヴェンの場合の強みが逆に弱点となります。シューベルトにもやや同じことが言えます。ただ、この演奏はスタジオ録音ですので、他の指揮者のライブ以上の高揚はしますが、ぎりぎりの許容範囲です。音質は標準的レベルで、更に良ければ、演奏の印象が高まったと思われます。

41uvmjpcql__sl500_aa300_ウイルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1953年録音/RIAS盤) RIAS放送協会の録音ですが、1951年盤よりも音質が優れます。解釈に大きな差は感じませんし、演奏の安定感もスタジオ録音に比べて、それほど劣りません。従って個人的には、こちらをフルトヴェングラーの「グレート」のファースト・チョイスとしたいです。但しグラモフォン盤を聴いている方には、無理にお勧めする必要も無いと思います。

Arc2_11カール・シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送響(1956年録音/archiphon盤) シューリヒトの「未完成」はオケがウイーン・フィルということもあって、儚い夢のような演奏でしたが、「グレート」の場合には古典的な造形性が非常に良く出ています。幾らか速めのテンポできりりと進むオーソドックスな演奏ですが、この人特有の”閃き”は有りません。放送局のライブでモノラル録音ですが、非常にしっかりした音で、後述の1960年ステレオ盤よりも優れていると思います。

226ブルーノ・ワルター指揮コロムビア響(1959年録音/CBS盤) 冒頭から、歌い方の柔らかさに魅了されます。オケの響きの薄さも、必要以上にカロリー過多にならずに好ましく思えます。ゆったりとした落ち着きと推進力のバランスも自分には丁度良く感じられます。スタジオ録音なので楽器の分離は良いですが、金管を常に抑え目に吹かせて、弦と溶け合わせるのはウイーン・スタイルでしょう。曲のどの部分をとっても表情に意味が有るので、この長い曲を少しも飽きさせません。特筆すべきは3楽章の中間部で、これほど浮遊感を感じさせる演奏は有りません。さすがに終楽章では音の薄さがマイナスに思えないことも有りませんが、騒々しいよりは好ましいので、これで充分満足です。

Img_1229640_38249975_0カール・シューリヒト指揮南ドイツ放送響(1960年録音/Scribendum盤) 原盤がコンサートホールなので、音質が余り優れません。特にフォルテで音が割れ気味です。演奏解釈は1956年ライブと同じですが、加えてスタジオセッションらしいきめ細かさを感じます。特に後半の2楽章は単調になりがちなこの曲を、リズムを生かした名人芸で味わい深く乗り切っています。音質さえ良ければ、ランクがぐっと上がる、素晴らしい演奏だと思います。

41jhx1wpgvl__sl500_aa300_カール・ベーム指揮ベルリン・フィル(1963年録音/グラモフォン盤) ベーム壮年期の全集は記念碑的な名盤だと思います。ベルリン・フィルの当時の暗く厚い響きは本当に魅力的でした。この曲の場合も、堂々と立派な造形性が見事ですが、それでいて無機的に感じさせないのが素晴らしいです。弦楽と木管のしっとりとした音色や表情にはとても惹かれますが、金管が目立ち過ぎる点が自分の好みからは幾らか外れます。このあたりは恐らく好みの問題だと思います。

Schubert_great_bohmカール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1975年録音/グラモフォン盤) 日本ツアーのNHKホールでのライブ録音です。オーケストラの音色で言えば、シューベルトはやはりウイーン・フィルが一番です。金管、木管、弦楽の全てが柔らかく溶け合って、極上にブレンドされた響きを聴かせるからです。録音もオフ・マイクなので会場で聴いているような臨場感が感じられます。その分、逆に楽器の分離、バランス的に少々のっぺりとした感じになるのは仕方が有りません。テンポは3種の中で一番ゆったりしていて重量感を感じます。

Bohm_sch8カール・ベーム指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1979年録音/グラモフォン盤) 晩年のライブですが、演奏には驚くほどの若々しさを感じます。テンポは日本ライブよりも速めで、響きは引き締まって迫力が有ります。弦や木管の柔らかい音色はこのオケらしい魅力なのですが、金管が少々張り出し過ぎに感じられます。これは演奏の気迫と裏腹ですのでやむを得ないところかもしれません。「晩年のベームは年寄り臭い」とお思いの方は、きっと認識が覆される演奏でしょう。

この曲の演奏においては、余りに感情移入が激しいものは好みません。例えばフルトヴェングラーが第二次大戦中に指揮した壮絶な演奏が有りますが、個人的には余り好んでいません。クナッパーツブッシュ/ウイーン・フィルのライブ盤(グラモフォン)もクナ・ファン曰く「片手で地球をひっくり返したような凄演」として大変に人気が有りますが、僕は違和感を感じます。期待して聴いたクレメンス・クラウス/ウイーン交響楽団(テルデック)の演奏もさほど良い印象が残っていません。フランツ・コンヴィチュニーが珍しくチェコ・フィルを指揮した演奏(スプラフォン)は、金管のド迫力が自分には論外でした。イシュトヴァン・ケルテス/ウイーン・フィル(DECCA)、それにウイーン子のヨーゼフ・クリップス/ロンドン響(DECCA)も、さほど良い印象が有りません。

そうしてみると、好むのは結局のところワルターとベームの二人に絞られます。特にワルターの演奏は奇跡的な素晴らしさだと思います。ウイーン、ベルリン、ドレスデンと世界に冠たる名楽団を三つ指揮したベームが、アメリカのセッション・オーケストラを指揮したワルターに敵わないのですから、これは驚くべきことです。

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2012年7月 7日 (土)

シューベルト 交響曲第7(8)番ロ短調D.759「未完成」 名盤 ~三大交響曲~

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「未完成交響楽」(1933年 ドイツ=オーストリア作品)

昔、クラシック音楽を聴き始めた頃には、いわゆる「三大交響曲」と言えば、「運命」「未完成」「新世界より」でした。この他にも一般によく知られた交響曲は幾つも有りましたが、こと「三大」と呼べば、やはりこの御三家だったような気がします。それにしても完成していない曲が堂々と入るのですから大したものですね。

子供の頃に、テレビでよく古い名作映画を放送していました。音楽家ものも案外と多かったです。それらの中で特に記憶に残っているのが「未完成交響楽」という映画です。大人になって、懐かしさからDVDで購入しましたが、1933年の作品でした。随分と古い映画だったわけです。話の内容はシューベルトがハンガリー貴族の令嬢と恋に落ちるが、実らずに終わってしまう悲恋映画です。事実を幾らかモチーフにしている面も有りますが、基本的には完全なフィクションなので、間違ってもシューベルトの歴史物語とは言えません。にもかかわらず、モノクロの映像と音の悪い背景音楽が不思議と郷愁を誘います。仮に子供のころに観ていなくても、この映画にはそのような雰囲気が一杯です。それにしても、この映画で演奏をしているウイーン・フィルの当時の音の甘さと柔らかさは、ちょっと浮世離れをしています。

未完成のままに終わってしまった音楽作品というのは、歴史上に数えられないほど存在するでしょうが、最も有名な作品は、やはりシューベルトのこの曲です。通常の4楽章形式の前半しか書かれていないのに、これほどに名曲の扱いを受けているのは驚異です。それもこれも、とてもこの世のものとは思えないような音楽の美しさからでしょう。

シューベルトが何故この交響曲を第3楽章スケルツォの冒頭のスケッチでペンを置いてしまったのかは不明です。あの美しい2楽章に続くのに相応しいスケルツォ楽章がどうしても書けなかったのは、何となく分るような気もします。しかし、もしも後半の3、4楽章が完成していたら、「グレート」にも匹敵する長大な作品になったことでしょう。但し、引き替えに「未完成」という有名なタイトルを失うことにはなりますが。

僕はもちろんこの曲は大好きです。けれどもこの曲の魅力は演奏に極端に左右されるように思います。気に入った演奏で聴くと大変な名曲に感じますが、もしも気に入らない演奏で聴くと、退屈極まりない曲に感じてしまいます。それでは、それを左右するのは何かということですが、ごく簡単に言えば、「この世のものと思えないような音」を聴かせてくれれば好き、逆に音が単なる楽器の音に聞えてしまう場合は嫌い、ということです。たとえば第1楽章のフォルテで金管が強奏したりすると、すぐに耳が拒絶反応を起こしてしまいます。弦と管がしっかりと柔らかく溶け合った音を出してくれないと駄目なのです。そこに古き良きウイーンの情緒が加われば最高ですね。第2楽章の神秘的な美しさもブルックナーやシベリウスの世界に匹敵します。古典派と浪漫派の境界の時代にこんな音楽を書いたとは全くもって驚きです。

では、そういう基準で愛聴盤をご紹介してみます。

Walter_betho6_wien ブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィル(1936年録音/EMI盤) SP盤からの復刻ですので、当然音質は古めかしいのですが、あの「未完成交響楽」で聴いた懐かしい雰囲気をそのままに味うことが出来ます。ウイーンで生まれてウイーンで死んだシューベルトの音楽を演奏するウイーン・フィルの夢見るように甘く柔らかい音は何物にも代えられません。その音は戦後のウイーン・フィルをもってしても、もはや出すことは出来ないのです。参考ですが、オーパス蔵の復刻盤よりも東芝GR盤のほうが好みの音でした。

Mi0001086295 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウイーン・フィル(1950年録音/EMI盤) フルトヴェングラーの「未完成」は演奏が物々し過ぎるので余り好みではありません。但し、ウイーン・フィルとの演奏はベルリン・フィルほどの激しさは有りませんし、弦楽器中心の響きですので好ましく思います。音の柔らかさは戦前のワルターほどではありませんが良く感じられます。年代を考えるともう少し録音が良くてもよいと思いますが、逆にレトロさが出ていることでもあり、良しとしておきます。

41uvmjpcql__sl500_aa300_ ウィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1953年録音/audite盤) このベルリンでのライブ演奏はRIASボックスで持っているものです。個人的にはフルトヴェングラーが「未完成」で聞かせる強烈なフォルテやアタックはこの曲には余計だと思っています。フレージングもくどすぎて、ウイーンの洒落っ気が全く感じられません。このボックスには1948年の演奏も収録されていますが、印象は同じです。録音が良い分、こちらを取るべきです。

Schurichtカール・シューリヒト指揮ウイーン・フィル(1956年録音/IMG盤) DECCA音源ですが、僕はIMG盤で所有しています。この演奏はシューリヒトのファンにも滅多に取り上げられませんが、僕は素晴らしい演奏だと思っています。速いテンポで飄々と進み、フォルテもアタックも弱く軽く流しています。まるで霞のような印象なのですが、それが何とも儚さを感じさせます。2楽章も淡々として浮世離れした雰囲気ですが、儚さや寂寥感を他のどの演奏よりも感じてしまいます。

000000221656097934_10204ブルーノ・ワルター指揮ニューヨーク・フィル(1958年録音/CBS盤) ワルターの代表盤の一つです。これがアメリカの楽団の音だとは信じられないほどに柔らかく美しい響きを醸し出しています。ロマンティックな雰囲気も最高です。ウイーン・フィル以外のオケとこれほど美しい演奏が可能なのはワルターだけでしょう。ウイーン・フィルを超えるかと聞かれれば、そうとは言えませんが、これはステレオ録音ですし、不滅の価値を持っていると思います。

Mah4130 ブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィル(1960年録音/Music&Arts) マーラー生誕100年記念コンサートにワルターが招かれて指揮した時の演奏です。メインのマーラー4番の前に演奏されました。このコンサートはワルターとウイーンフィルの最後のコンサートです。マイクが近いので、楽器の分離が明確で、室内楽的なアンサンブルを楽しめます。時にバランスのおかしな箇所も見受けられますが、録音も悪くありません。歴史的なコンサートということを抜きにしても、素晴らしく味わいのある演奏です。

Shubert_kertez_uccd7223m01dlイシュトヴァン・ケルテス指揮ウイーン・フィル(1963年録音/DECCA盤) 若くして亡くなる前に極めて評価の高かったケルテスでしたが、この「未完成」はいただけません。ウイーン・フィルを締め上げてダイナミックスの大きな演奏をさせているところは同郷のショルティさながらです。フォルテの音は硬く威圧的に感じられ、トロンボーンの強奏は耳をつんざき騒々しいです。弱音部ではウイーン・フィルの美しい音が聴けるのですが、前述の欠点が音楽全体を台無しにしていて残念です。

41jhx1wpgvl__sl500_aa300_カール・ベーム指揮ベルリン・フィル(1966年録音/グラモフォン盤) ベーム壮年期の記念碑的な交響曲全集に含まれます。ウイーン風ではない、純ドイツ風の演奏ですが、当時のベルリン・フィルの暗く厚い響きがシューベルトの仄暗い抒情性に適していてとても魅力的です。金管が目立つことも無く、常に弦と木管との絶妙なブレンドを響かせています。この曲の場合は余り立派な造形性はマイナスに思えますが、ベームはそれを少しも感じさせません。個人的には同じベルリン・フィルでは「グレート」以上の名演だと思っています。

G4312699wオットー・クレンペラー指揮ウイーン・フィル(1968年録音/テスタメント盤) ウイーン芸術週間ライブBOXの中に収められています。いくらか遅めのインテンポで淡々と進みます。俗世に背を向けたような趣は良いのですが、それにしては今一つ心を動かされません。録音もウイーン・フィルの美しい音が充分に再現されているとも思えません。ですので自分にとっては「普通に良い演奏」どまりです。

Beethoven5_bohmカール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1977年録音/グラモフォン盤) オーストリアのホーエンエムスで行われたシューベルト音楽祭でのライブ録音です。かなり遅いテンポで、力んだところの全く見られない枯淡の境地とも言える演奏です。フォルテでも管楽器が弦と完全に溶け合っていますので、外面的な迫力は有りません。そこが素晴らしいのです。それにしても、このしみじみとした味わいはどうでしょう。黄泉の国へと誘われるかのような雰囲気は極めてユニークですが、これこそがこの曲の本質なのではないかと思えるほどです。このコンビの日本公演も美しい演奏でしたが、録音の良さも相まって、このウイーンでのライブが更に上を行くと思います。

Ph06008 ギュンター・ヴァント指揮ミュンヘン・フィル(2000年録音/Profile盤) ブルックナーを得意とするヴァントの音造りはこの曲にも適していると思います。管弦楽的な音よりも自然音に近い音が望ましいからです。1楽章はウイーン風の甘い情緒こそ有りませんが、繊細なフレージングと美しい響きが素晴らしいです。贅沢を言えば、金管の響きがもう一つ抑えられていれば更に満足できますが、凡百の指揮者よりはよほど優れています。2楽章はゾクゾクするほど瑞々しい美しさに包まれていて、現実離れした世界に我々を誘います。

Img_1023790_20551577_0 ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送響(2000年録音/RCA盤) 東京初台のオペラシティでのライブ録音です。メインのブルックナー9番の前に演奏されました。僕は、このコンサートに行ったのですが、仕事で遅刻してしまい「未完成」は聴き逃しました。同じ年の演奏なので、ミュンヘン盤と基本的解釈は変わりません。暗い北ドイツと明るめのミュンヘンとのオケの音色の違いが有るだけです。優劣は付けがたいですが、今回聴き比べた限りではミュンヘン盤のほうが良いような気がしました。

この他に、記憶に残るのはまずムラヴィンスキー/レニングラードPOです。2楽章の途中で通常フォルテで演奏する部分を逆にぐっと音量を抑えて、まるで地獄の淵を覗かせるような緊張感を感じさせました。しかしシューベルトとしてはエクセントリックに思うので好みません。ケルテス/ウイーンPOも定評有りますが、情緒に溺れない指揮ぶりがやはり好みでは有りません。Cクライバーも同じように好みでは有りません。カラヤン/BPOは最初のDG盤をLP時代に聴きましたが、曲の良さを全く感じませんでした。ジュリーニ/シカゴ響なんてのも有りましたが、オケの迫力ある音が曲に不釣り合いでした。

ということで、この曲の自分の好みは余り一般的では無いかと思います。最も好きなのがワルター/ウイーン・フィルの1936年盤。2番目がベーム/ウイーン・フィルの1977年ライブ盤。3番目がシューリヒト/ウイーン・フィルの1956年盤。以上となります。恐らくは皆さんの好みと、だいぶ異ってしまうのではないでしょうか。

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2012年7月 2日 (月)

造反したのは誰だ?

来るべき時が来て、ついに民主党が分裂した。誰もが予想していた通りだ。それ自体は驚きでも何でも無いのだが、つくづく不思議に思うのは、党執行部は小沢を「造反者」と呼び、マスコミも同じように、民主党の消費増税反対議員たちを「造反グループ」と呼んでいることだ。

そもそも民主党は、あの総選挙の時にマニュフェストを掲げて政権公約を行ったのだ。政権交代当初は、当時の前原国交大臣が、八ッ場ダムの工事を有無を言わさず中止して、「これはマニュフェストに掲げたことですから」と、それが至上主義のような態度を取っていた。にもかかわらず、今回はマニュフェストには一言も書かれていなかった消費税増税について、「決めるべき時に決める、先送りをしない政治」などと野田総理大臣が開き直った態度で、まるで英雄政治家気取りだ。しかし。それではマニュフェストに対する「造反」ではないか。政権公約を軽んじる現在の民主党執行部こそが、実は真の「造反者」集団であると思う。
そういう意味では、むしろ小沢グループの方に「大義」は感じる。彼らの言っていることは正しい。もっともそれが、次の総選挙を睨んでの国民への人気取り、票集めにしか感じられないのが少々寂しくはあるけれど。でも「嘘つき」集団よりは、よほどマシだ。かつて鳩山代表が「無駄を省けば財源は幾らでも出てくるんです!」と力説して政権党となった民主党の国民への約束は全て「大嘘」、「出まかせ」だったのだから。

最近の世論調査では増税やむなしという考えの人が多いらしい。民主党も自民党も国家財政立て直しには増税しかないと言い、マスメディアも少しも反論しないので、かなりの国民が洗脳されてしまった。
日本の財政に「無駄」は無いのか?これはもちろん有るに決まっている。ならば、消費税を5%上げようが10%上げようが、ザルに水を注いでいるようなものだから、いつまでたっても財政健全化になんかなりゃしない。それを、最近はほとんど言わないマスメディアの罪も大きい。単なるパフォーマンスの「事業仕分け」なんかではない、本当の無駄の削減を実行しなけれなならないのだ。

嘘で固めた増税政策を、東日本大震災の復興よりも優先している今の政権党に明日は無い。そんなのは構わないが、日本の国の明日が無くなったのでは本当に困る。

だましたアンタが悪いのか、だまされたオイラが悪いのか。よーく考えてみましょう。

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