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2012年5月 4日 (金)

リヒャルト・ワーグナー 舞台神聖祝祭劇「パルジファル」 名盤

Parsifal

「パルジファル」はワーグナーの書いた最後の作品ですが、彼はこの作品を「歌劇」とも「楽劇」とも呼ばずに、「舞台神聖祝祭劇」と名付けました。それはこの作品が非常に宗教的な色合いが濃かったからです。更に、この作品の上演の際には、観客に拍手を行なわないように指示をしています。

ワーグナーは自分の作品を理想的な環境条件で上演するために、バイロイトに専用の劇場を建てました。有名なバイロイト祝祭歌劇場です。「パルジファル」は、この劇場で初演されました。この劇場は、オーケストラの演奏するピットが舞台の下に隠れていて客席からは見えないことが最大の特徴です。そのために観客は舞台に集中できるわけですが、オーケストラの音はこもって柔らく聞こえるようになります。

―劇の概要―

物語背景 キリストが十字架で処刑されたときに流れた血を受けた聖杯と、処刑に使われた槍(すなわち聖槍)をまつるために聖杯守護の騎士団を抱えることになったティトゥレル王が年老いたために、二代目のアンフォルタスに譲位をした。アンフォルタス王は、魔法を使って騎士たちを誘惑して信仰の王国を破滅させようとする魔法城の主クリングゾルを倒そうとする。ところが、クリングゾルの魔法にかかって妖女に変身したクンドリへの愛欲に迷わされ、聖槍を奪われたあげくに重傷を負わされてしまう。

第1幕 アンフォルタスは、負った傷を毎日のように湖の水で流すが、いつまでも癒されずにいる。王の傷が治るには、「同情により知を得る、清らかなる愚か者」が現れることが必要であった。

王に使える騎士グルネマンツは、森で育った愚直な若者パルジファルを見つけて、「この者か!」と思い、聖杯城の儀式を見せるが、何の興味も示さないので失望して、彼を城から追い出してしまう。

第2幕 パルジファルが森をさまよっているのを、魔法城のクリングゾルが見つけるが、同時に彼の使命を察知して、抹殺しようとする。魔法の園の美女たちがパルジファルに近づいて誘惑をしようとするが、彼はそれに全く反応しない。そこで妖女に変身したクンドリが「パルジファル待て!」と呼び止めると、彼は自分の名前を思い出す。クンドリが彼の母親の生涯について語り、母のように接吻をすると、パルジファルは自分の使命を思い出した。クンドリは一度だけでも彼と結ばれたいと哀願するが、パルジファルはそれを拒絶するので、激昂する。そこにクリングゾルが現れて聖槍をパルジファルに向かって投げつけるが奇跡が起こり、槍はパルジファルの頭の上で止まってしまう。パルジファルがその槍で十字を切ると、魔法の城と園は跡形もなく消え去ってしまい、クリングゾルも姿を消す。

第3幕 さまよい続けたパルジファルは鎧を身にまとい、聖金曜日の朝に、聖杯の森に足を踏み入れる。既に老騎士となったグルネマンツが彼と出会うが、その聖槍を持つ騎士が、かつて自分が聖城に連れて行った若者であることに気が付いて驚き、再び聖城に連れて行く。聖城に入るとパルジファルは聖槍でアンフォルタス王の傷を治して、王の後継者となる。

「トリスタンとイゾルデ」が、官能の愛とエロスの世界だとすれば、「パルジファル」は、愛欲に打ち勝つ聖なる信仰の世界です。この二つのテーマこそは、およそ古代からの人間にとって最も重要なものではないでしょうか。はたしてワーグナーは、それぞれのテーマに最高の作品を残したわけです。

この最後の作品は、それまでの作品のような派手で豪華な音楽では無く、非常に地味で控えめな印象です。けれども、動機(ライトモティーフ)を使った音楽が物語の進行に有機的にかかわり合ったり、曲ごとの番号オペラでは無く、音楽が切れ目なく無限旋律的に続いてゆく技法が実に精妙に駆使されていて、ワーグナーの音楽の完成形と言えるでしょう。もちろん物量的には、上演に4日間を必要とする「ニーベルングの指輪」のスケールが群を抜いていますが、作品の凝縮された質の高さとしては、僕はやはり「トリスタンとイゾルデ」と「パルジファル」が双璧であると考えています。

そこで、僕の愛聴盤です。

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ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイロイト祝祭歌劇場(1962年録音/フィリップス盤)

第二次大戦終結後にバイロイト音楽祭が再開された1951年から1964年まで、53年を除いて毎年、クナッパーツブッシュはこの曲の指揮台に立ちました。この巨人指揮者(実際の身長は高くはありません)が、ワーグナーの聖地で、どれほどカリスマであったかが良く分ります。音楽の精妙さだとか緻密さに於いては、これ以上の演奏はいくらでも有ります。けれども、これほど厳粛な雰囲気を感じさせる演奏は聴いたことが有りません。「前奏曲」や「聖金曜日の音楽」の敬虔な響きと表情は神々しいほどですし、「場面転換の音楽」から続く「騎士たちの合唱」での呼吸の深さと、怖ろしくなるほどの巨大さは如何ばかりでしょう。何よりも、聴衆に「聴かせよう」という演出効果に目もくれず、ただ我が道を行く素朴な指揮ぶりが、禁欲的なこの曲に実に良く似合います。録音は、他のスタジオ盤のクリアーな音と比べると、大分こもったような音に感じますが、実はこれが本来のバイロイトの音なのです。実際に生で聴いたことのない自分がこのようなことを書くのもおこがましいですが、30年前にバイロイトでこの曲を聴いたという信頼できる友人に聞いた話では、このクナ盤の音は、当時の実際のバイロイト歌劇場の音そのものであるそうです。24ビット化されたリマスター盤ではアナログLP盤と比べても遜色の無い優れた音質で聴くことが出来ます。正にワーグナー・ファンの最高の宝と呼べる演奏録音だと思います。クナの毎年の演奏のCDは、正規盤、海賊盤を含めると、数多く出回っていますので、マニアの間では、何年の演奏が良いとか、どの歌手が良いとか、色々と語られるでしょうが、バイロイトの音を忠実に鑑賞できるのは、このフィリップス盤のみですので、一般的には文句なく決定盤だと言えます。演奏中も聴衆の咳ばらいが頻繁に聞こえるのが欠点ですが、これも臨場感あふれるライブ録音だと思えば、気にならなくなります。

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ピエール・ブーレーズ指揮バイロイト祝祭歌劇場(1970年録音/グラモフォン盤)

前述のクナ盤が有れば他は要らない、と言っても構わないのですが、それでは余りに偏ってしまうので、もう一つ愛聴している演奏が有ります。それが1970年のピエール・ブーレーズのバイロイトでのライブ盤です。これも昔、アナログ盤で聴いていましたが、しばらく聴かずにいました。それをCDで買い直して聴き直してみると、やはり素晴らしい演奏でした。クナッパーツブッシュに比べればテンポは相当速いですが、せせこましい印象は受けません。むしろ聴き易い良いテンポです。オケの響きはとても透明感があり、クナ時代の重厚な響きとはかなり異なります。ワーグナーの書いた精緻な音は、実はこのようであったのかと改めて認識させられます。ライト・モティーフの精妙、複雑なからみ合いが非常に聴きとりやすいので、音によるドラマが手に取るように理解できます。歌手陣も、クナ時代の歌手たちよりも、ずっと軽みの有る声で精妙に歌っています。これも歴史に残る名演奏だと思います。

この他では、クーベリック盤の評判が良いので以前から興味が有りますが、未聴です。

自分は、どう考えても「パルジファル」では無く「トリスタンとイゾルデ」の世界の側の人間??だと思いますが、この二つの作品には心の底から共感を覚えます。

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コメント

ハルくん、こんにちは

ワーグナーの楽劇の話で、舞台を観ている人があまりの退屈さに眠ってしまったが、起きて舞台を観ると、歌手達が眠る前と同じ姿勢で歌っていたと言うのがありますね。多分、このパルジファルのことではと思っています。

さて、この曲の録音ですが、私が持っているのはクナの1960年盤のみですが、多分、持っているのに満足して一度も聴いていないのではと思います(苦笑)。この曲は、私にとってはオケのみの抜粋で十分で、NAXOSから出ているカール・ムック指揮の古い録音は何回聴いても感動します。

投稿: matsumo | 2012年5月 4日 (金) 17時37分

matsumoさん、いつもコメントありがとうございます。

しばらく眠って、目を開けても舞台の様子が変わっていないというのは、なにも「パルジファル」だけではなくて、ほとんどのワーグナー作品について言えるでしょう。むしろセコセコと動き回られると音楽に集中できません。そういう意味では生公演もCDで鑑賞しても同じと言えないこともないのですねぇ。

とても長く感じる曲ですが、長さと睡魔と戦うのが、ワーグナー鑑賞の醍醐味です。是非一度戦われてみてはいかがでしょうか。

投稿: ハルくん | 2012年5月 4日 (金) 18時53分

ハルくん、今日5月22日(あっ、もう5月23日か)はリヒャルト・ワーグナー様のお誕生日ですね。 生誕200年記念すべき日を迎えました。
この曲、昨年バレエのテレビ放送で送らばせながら知りました。
肌色のタイツの男性とやはり肌色の衣装の女性が密着して踊る姿は、かなりエロチックで刺激的でしたね。ベジャールの振り付けだったと思います。踊りが強烈で曲をよく覚えてませ~ん(笑)

投稿: from Seiko | 2013年5月23日 (木) 02時02分

Seikoさん、こんにちは。

そのテレビ放送は見逃してしまったのですが、世界バレエフェスティバルのものなのかな?
内容のお話からすると、魔法の園の美女たちに誘惑されるシーンかもですね。
エロチックで刺激的なダンス、見たかったで~す(笑)

投稿: ハルくん | 2013年5月23日 (木) 12時52分

ハルくん様
この舞台神聖祭典劇(笑)、愚生は第2幕のクリングゾルの魔法の園と花の乙女の情景が、好きです。聴ききれないほど発売されているこの作曲家の管弦楽曲集の録音で、何故これが取り上げられないのか…と、いつも思っております。

投稿: リゴレットさん | 2018年3月25日 (日) 10時54分

リゴレットさん

管弦楽曲集というとどうしても序曲、前奏曲集という傾向になりますね。
といってパルジファルの管弦楽曲集なんてのも無いでしょうし。不運と言えば不運ですがこれは全曲で楽しめば良いということでしょう。

投稿: ハルくん | 2018年3月26日 (月) 11時12分

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