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2012年5月23日 (水)

~燃える闘魂~ アントキノ・イノキ

今回は、音楽とは、ちょっと違うお話です。

Inoki昨年末のことですが、書店で「燃えろ新日本プロレス~至高の名勝負コレクション~」というDVD付の本を購入しました。

なにしろ、僕らが子供の頃には、プロレスリングの人気が凄かったです。力道山時代は、かすかな記憶しかありませんが、ジャイアント馬場時代になると大変に熱中しました。

そんな僕が中学生の時ですが、学校の放課後に同級生と二人で、東京体育館へ日本プロレスの「第11回ワールド・リーグ戦」の優勝決定戦を観に行ったことがありました。1969年5月のことです。
その時には、ジャイアント馬場とボボ・ブラジル、アントニオ猪木とクリス・マルコフの2試合が決勝の形となり、馬場がブラジルと時間切れ引き分けになり、猪木がマルコフを必殺技卍固めで破ったために、猪木の優勝となりました。実は、この試合は非常に大きな意味を持ち、それ以後はアントニオ猪木はジャイアント馬場と並び立つ存在となり、馬場&猪木時代になったからです。二人は対照的で、スケール大きく動きのゆったりとした馬場に比べて、猪木はスピーディで躍動していました。馬場がクレンペラーなら、猪木はクライバーです。また、数少ない必殺技がお決まりだった馬場に比べると、猪木は多彩な必殺技を次々と見せてくれて、まさに技のデパートでした。

その後、猪木は日本プロレスから独立して、異種格闘技戦として柔道金メダリストのルスカやボクシングのモハメド・アリらと戦って大きな話題となりました。そして、新日本プロレスを立ち上げて、ここでIWGP(インターナショナル・レスリング・グランプリ)という大きな大会を開催して、空前絶後の盛り上がりを見せたのです。購入したDVDはこの新日本プロレスの名勝負をコレクション化したものです。

この頃の、プロレスは子供も大人も大いに楽しませたと思います。プロレスというと、よく真っ赤な血を流すシーンが有るので、特に女性などには嫌う人も多いと思いますし、男性でも「あんなものはシナリオの有るショーだ。」と言って冷ややかな人も多かったです。でも、ショーで良かったのです。鍛え抜かれた肉体と肉体が、がっちりと組み合い、お互いに技を出し合い、受け合うさまが、まさに男のワンダーランドなのです。その後にはK-1の大ブームが起こり、一世を風靡しましたが、あのころのプロレスの楽しさは格別でした。今でも決して忘れられません。あんときの猪木は正に僕らのスーパーヒーローだったのです。

その初刊DVDを、観戦しました。収録されているのは次の4試合です。

①アントニオ猪木 VS ハルク・ホーガン(1983年 IWGP決勝戦)

②アントニオ猪木 VS 前田 明(1983年)

③タイガー・マスク VS ダイナマイト・キッド(1981年)

④アンドレ・ザ・ジャイアント VS スタン・ハンセン(1981年)

いやー、どれも懐かしくて、感無量です。
①猪木VSホーガンでは、猪木が試合中に失神してホーガンに敗れてしまいますが、両者の白熱の攻防には大満足です。敗れてなお、猪木の凄さが思い知らされるというものです。
③は初代タイガーマスクのセンセーショナルなデビュー戦です。まさか子供の頃に見た人気アニメさながらのレスラーが本当に戦う姿が観られるとは思いもしませんでした。
④アンドレ・ザ・ジャイアントVSハンセンは超重力級レスラー同士の激突ですが、これほどのド迫力の試合は後にも先にも観たことは有りません。

これらは至高の名勝負の名に恥じない素晴らしい試合ばかりですが、それを大いに盛り上げた若き古舘伊知郎の熱いアナウンスが実に懐かしかったです。

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コメント

「第11回ワールド・リーグ戦」の猪木対クリス・マルコフ戦はテレビで見て、猪木の物凄い流血をはっきりと記憶しています。
猪木といえば、私はやはりタイーガ・ジェット・シンとの抗争が強い印象に残っています。
ダイナマイト・キッドも懐かしい名前です。
今は、さっぱりプロレスは見なくなりました。跳んだり跳ねたりばかりで全く面白くありません。昔の個性的なレスラーの力と技の応酬が懐かしいです。ですから今のレスラーの名前も全く知りません。
私はプロレスに関しては猪木・馬場時代で終わっていると言えるでしょう。

投稿: オペラファン | 2012年5月23日 (水) 01時51分

こんにちは。
>馬場がクレンペラーなら、猪木はクライバー
さすがな表現ですw

下の世代、新日の武藤ら三銃士、全日の三沢・小橋ら四天王時代に交流が在れば、もうひとうねり起こったと思います。

ホントはハンサムな武藤選手なんて大スターの可能性が充分でした。スキンへッド後の世間の見方や扱いが複雑です。

黒い交際報道も在って放送されなくなったとはいえ、総合格闘技は日本では長く続かないと予測してました。

如何に技を受けないかというよりも、受けてやるという精神、まずは相手の攻めを受け止めてから寄り切るという貴乃花の横綱相撲にも同じモノを感じます。日本の文化とも思いますし、戦隊ヒーローが変身や必殺技の決めポーズしてる時には攻撃されないのもww

投稿: source man | 2012年5月23日 (水) 11時49分

訂正

誤 タイーガ・ジェット・シン
正 タイガー・ジェット・シン

申し訳ございませんでした。
上田馬之助が亡くなった時、CSでアントニオ猪木対上田馬之助の時間無制限一本勝負のお宝映像を見ました。
たいへん懐かしかった。   

投稿: オペラファン | 2012年5月23日 (水) 15時34分

オペラファンさん、猪木対クリス・マルコフ戦の内容をよく憶えていらっしゃいましたね。驚きました。

猪木とTJシンも因縁対決でしたね。
TJシンはレスラーとしての実力はどうかなと思いますが、キャラクターが良かったです。
昔のレスラーは、みな個性的なキャラクターを持っていたので実に楽しかったです。
悪役上田馬之助もしかりですね。


投稿: ハルくん | 2012年5月23日 (水) 23時07分

source manさん、こんばんは。

総合格闘技は観ていて興奮はさせられますが、こと「楽しさ」という点では、やはりプロレスが好きですね。
相手の業を受けてから返すという、横綱相撲のスタイルがやはり良いのでしょうね。

おっしゃるとおり、TVヒーローがポーズをとっている隙に、悪者から攻撃を受けて負けてしまっては、子供たちの夢が無くなってしまうでしょうね。それではいけません。

投稿: ハルくん | 2012年5月23日 (水) 23時16分

おぉ!ハル様はプロレスファンでいらっしゃる!私も子供の頃はテレビチャネルが地方は少なかったのもあり、プロレス中継見ていましたね。猪木よりちょい前の選手たち。新潟の三条市出身の馬場さん、サンダー杉山さん、大木金太郎さん、グレート草津さん(ウルトラマンで覚えた言葉のせいで、ずっとグレー特撮だと思っていたおバカな私)懐かしいなぁ…猪木Vsアリの試合は騙された気分でしたが。マンガのタイガーマスクも、欠かさず見てたっけ。でも、その後は何故か見なくなってしまいました。長州力をナガスツトムと読んで失笑を買った事もあります。

投稿: from Seiko | 2012年5月24日 (木) 21時59分

へえー、Seikoさんはプロレスお詳しいんですね!懐かしい名前が、次々と登場しますねー。

サンダー杉山、グレート草津は主に国際プロレスという団体で活躍していました。ビル・ロビンソンというイギリス人レスラーが「人間風車」という大技で日本人以上に大人気でしたっけ。

投稿: ハルくん | 2012年5月24日 (木) 23時04分

ハルくん様
貴殿もプロレス・フリークでいらっしゃったのですか。実は私も三菱電機がリング上で、電気掃除機・風神でCMをやっていて、馬場&猪木が約4年にわたり看板タッグを組んでいた、ガキンチョの頃からのファンでした。
全日と新日に別れてから以降も、夢中でしたね。それぞれブッチャーとシンと言う稀代の悪役を得て、盛り上がっておりました。二十代の頃は、身銭を切り(笑)、それぞれ2回ずつ、会場にも行きました。D・マードック、A・アドニス、B・アレン、G・ジョー、T・J・シン、上田と言った面々も、一度だけではありますがお姿を拝めました(笑)。しかし、あの頃のプロレスは各人のキャラも試合の流れも面白く堪能できましたね。懐かしいかな…です。

投稿: リゴレットさん | 2018年3月10日 (土) 00時45分

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