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2012年5月25日 (金)

シューマン 「子供の情景」op.15 名盤 ~子供は眠る~ 

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「眠る子供たち」 ワシーリー・ペローフ(ロシア)

僕は、どちらか言えばピアノ曲よりも、ヴァイオリンや室内楽を聴くことが多いのですが、ピアノ曲も決して嫌いなわけではありません。ベートーヴェン、ショパン、シューマン、シューベルトあるいはドビュッシーなんかも結構好んでいます。中でもシューマンの曲は、自分の肌に一番合っていると思います。明暗が余りはっきりとしないマーブル色の色彩の曲想に、とても惹きつけられるのです。

シューマンのピアノ作品の中では、とりわけ「幻想曲」「クライスレリアーナ」「交響的練習曲」の3曲を好んでいます。楽曲の充実感が群を抜いているからです。それ以外の曲で上げるとすれば、「幻想小曲集」が好きですが、もう一つ「子供の情景」も中々気に入っています。

「子供の情景」を聴いて思い出すのは、児童文学作家の森絵都(もり・えと)さんの短編小説集「アーモンド入りチョコレートのワルツ」に含まれた小説「子供は眠る」です。主人公の中学生が、何人かのいとこたちと海の近くの別荘で夏休みを過ごす話ですが、別荘の持ち主の家の年長のお兄さんが、毎晩、「音楽鑑賞の時間だぞ」と言って、みんなに無理やり「子供の情景」のレコードを聴かせます。ですので、みんなはすぐに眠くなってしまい、最後まで聴き通せないのですが、その時の子供たちの様子や別荘での生活ぶりが、詩情豊かに描かれていて、大変ほのぼのとした気持ちになります。

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さて、シューマンの「子供の情景」は、全部で13曲から成ります。

「知らない国々」「珍しいお話」「鬼ごっこ」「おねだり」「満足」「大事件」「トロイメライ(夢)」「炉辺で」「木馬の騎士」「むきになって」「おどかし」「子供は眠る」「詩人のお話」

これらはすべて3分以内、短いものは30秒ほどの小曲ばかりです。子供のためのアルバム、と言えるのでしょうが、単に子供に弾かせるためのピアノピースということではありません。大人が自らの子供時代の回想をしているような趣が有ります。シューマン自身も、クララから「ときどき、あなたは子供に見える」と言われた言葉の余韻の中で作曲をしたそうです。シューマン特有の光りと影のまだら模様の雰囲気が、全曲に共通して感じられます。

第6曲「トロイメライ」は最も有名で、美しさの極まった名曲ですが、こういう曲は演奏が案外難しいと思います。情緒を感じさせてくれなくては話になりませんが、かといって余りにゆっくり思いを込め過ぎても、もたれてしまい旋律線があやふやになります。いくら「夢」だといっても、それは困ります。

第12曲「子供は眠る」は、子供の寝ている姿を眺めて幸福感に浸るというよりも、「大人になってしまった自分は、もう二度と幸せな子供の頃には戻ることが出来ないのだなぁ」という寂しさや哀しさを感じます。この曲と、それに続く終曲「詩人のお話」は、いかにもシューマンらしい沈滞した雰囲気に包まれています。

それでは、この曲の愛聴盤のご紹介です。

51lod210vsl__ss500_ ウラジーミル・ホロヴィッツ(1969年録音/CBS SONY盤) ホロヴィッツの弾く「クライスレリアーナ」は最高でしたが、「子供の情景」にも一切手を抜きません。ピアノタッチが明瞭で、音符の全てが光り輝いています。とても子供のためのアルバムどころではありません。「トロイメライ」の美しさも際立っています。それに比べると、最後の2曲は、意外にあっさりと流れてしまい、もう少し余韻を感じさせてくれても良かったように思います。

61ez9sietxl__ss500_ ウィルヘルム・ケンプ(1972年録音/グラモフォン盤) ケンプの演奏は、少しもヴィルトゥオーゾ的で無いので、曲によっては物足りなさを感じることが有ります。もちろんそれは、この人の魅力の裏表なのですが。その点、この曲では、少しも物足りなさを感じません。老ケンプが、子供時代に馳せる思いを淡々と弾き表す姿には、とても心を打たれます。特に「子供は眠る」から「詩人のお話」へと続く終曲では、何と深い感動に包まれることでしょうか。

Schumannpianoworksjorgdemusnuovaera イエルク・デームス(1972 or 1976年録音/Nuova Era盤) これはデームスが録音したシューマンのピアノ曲全集に含まれています。全曲が僅か2年で録音されたせいかどうかは分かりませんが、ちょっと聴くと大雑把な演奏に感じます。ただデームスさんに師事したピアニストに話を聞くと、この人は変わった運指が多いのだそうです。もしかしてそれがそんな印象を与えるのかもしれません。しかし逆にコントロールされ過ぎて人工的に陥るようなことが無く、ある種の素朴さや人肌の温もりを与える結果となり好ましいとさえ思えます。

51mmmcehxil__ss500_マルタ・アルゲリッチ(1983年録音/グラモフォン盤) アルゲリッチにしては、案外淡々と弾いています。それでもテンポや音の強弱にメリハリが適度に効いていて、バランスの良さを感じます。僕が彼女の演奏でしばしば気に入らない原因となる「あざとさ」をここでは少しも感じさせません。但し「トロイメライ」は、弱々しくのっぺりし過ぎで物足りません。最後の2曲では逆に深々と余韻を感じさせてくれます。ピアノ演奏とは難しいものです。

Schumann8193rwtjzul_sl1500_ アルフレッド・コルトー(1947年録音/EMI盤) 非常に古い録音で、昔のSP盤からの復刻ですのでサーフェイスノイズがずっと大きく入っています。しかし演奏そのものは現代では到底聴けないような味わいの深いピアノです。二つの大きな戦渦を越えて生き、演奏をし続けてきた大家がそれからどのような音楽を表現するか、我々現代人には到底理解できる範囲を超えています。技術が優れるとか優れないとかいう次元ではとても語れないようなこの音楽に是非ともじっと耳を傾けて欲しいと思います。

 これらの演奏にはどれも特徴が有りますが、全曲を聴き終わった後に、一番「良かったなぁ」と思わずにいられないのは、ケンプです。特に最後の2曲の良さが光ります。終わりよければすべて良しですが、この曲の場合には特にそう感じます。

<補足>コルトー盤、デームス盤を追記しました。

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コメント

ハルくんさん、こんにちは。 「子供の情景」はシューマンのピアノ作品の中では 「クライスレリアーナ」 「ピアノ協奏曲」 と並んで 大好きな作品です。ちょっとしたフレーズの中にもロマンチックな香りが漂う 素敵な曲ですよね。CDは アルゲリッチ盤、ホロヴィッツ盤も持ってますが 良く聴くのは ケンプ盤とハスキル盤です。特にクララおばさまの演奏は 本家のクララ(笑)を連想させる素晴らしい演奏です。

投稿: ヨシツグカ | 2012年5月26日 (土) 13時56分

ヨシツグカさん、こんばんは。

「子供の情景」「クライスレリアーナ」「ピアノ協奏曲」が、シューマンのピアノ曲のベスト3なんですね。僕も「ピアノ協奏曲」は好きですよ。

ハスキルの演奏はノーマークでしたが、クララおばちゃまなら、間違いなく良い演奏でしょうね。

投稿: ハルくん | 2012年5月26日 (土) 23時40分

こんばんは。
やっと落ち着いてあちこちブログ散歩ができるようになりました。
シューマン、もうちょっとうまく弾きたかったですけど・・・・orz
「子供の情景」は5年前、抜粋(約半分)で弾きました。その後もたまに弾きますけど、「大変なこと」「トロイメライ」、あと「子供は眠る」「詩人のお話」はたいがいセットで弾きます。
とくにおっしゃるように「子供は眠る」から「詩人のお話」へのくだりは、聴きどころであり、弾きどころでもあると思います。

ちなみに私は「子供んは眠る」はけっこう遅いテンポで弾き、そのままボーっと終曲へ入る感じです。

クロイツェル、そろそろ聴きます!楽しみです。

投稿: いぞるで | 2012年5月31日 (木) 01時40分

いぞるでさん、こんばんは。

まずはコンサートお疲れ様でした。
素晴らしかった出来栄えは、こちら関東にも風のうわさで伝わってきていますよ!(なんちゃって)(笑)
でも、本当に聴いてみたかったです。
特に前半のシューマン・プロは興味芯々ですね。ブラームスが最後に入るところがまたニクイ!


>私は「子供は眠る」は、けっこう遅いテンポで弾き、そのままボーっと終曲へ入る

これは実に正しい解釈でしょう。そういう曲だと思います。

クロイツェルのご感想、楽しみにしていますね!

投稿: ハルくん | 2012年5月31日 (木) 22時05分

ハルくんさん こんにちは。

数年前に「子供の情景」が弾きたくってピアノを再開しましたが、無謀にも発表会で弾くことになりました。
結果は散々たるものでして、その中でもとりわけ悲惨だったのが「子供は眠る」です(涙)

私もケンプの「子供の情景」が一番好きかな。
こんなふうに弾けたらいいなぁ
いつもそう思います。

投稿: はるりん | 2012年6月 3日 (日) 17時50分

はるりんさん、こんにちは。

演奏って、人に聴かせる楽しみばかりでは無く、間違えようが何しようが自分で弾く楽しみって有りますよね。僕も最近、自分だけが楽しむためにヴィオラがまた弾きたいなぁなんて思っています。
こんな風に弾けたらいいなぁと思って、ほんの僅かづつでも練習してゆけば良いのではないですか?

投稿: ハルくん | 2012年6月 3日 (日) 18時58分

ハルくん様

GWはいかがお過ごしでしたでしょうか。

5月4日と5日は神戸市東灘区の例大祭(だんじり祭り)にボランティアで親の無い子供たちを連れて参加していました。おかげで、今でも体中痣だらけです。
しかし、元気に笑顔で祭りに参加する子供たちを見ていると、ほのぼのとした気分になります。
そのせいか、今シューマンの「子供の情景」を聴きながら、これを書いています。

それでは僕の愛聴盤を紹介させていただきます。

① モラヴェツ 1987年録音
モラヴェツはピアノ協奏曲と子供の情景を録音しています。
彼の弾く子供の情景は、孫たちが公園で遊ぶ様子を優しく微笑んで見ているお爺さん、というイメージです。全曲とも優しい包容力に満ちています。もしかするとモラヴェツもそういう人だったのしれません。

② アニー・フィッシャー 1964年録音
こちらは、昼は子供たちと一緒に元気一杯に駆け回り、夜は子供が眠るまで本を読んであげる優しいお母さん、というイメージです。
アニー・フィッシャーは稀代の才能を持ったピアニストで、多くのレコード会社や名だたる指揮者から録音を請われたそうですが、名誉欲や経済欲が無く、録音には全く無関心でした。
彼女はベートーヴェンとシューマンを特に好んでいたようで、シューマンも数は少ないものの、EMIに録音しています。彼女の演奏したクライスレリアーナは、ホロヴィッツ盤に比肩できる唯一の演奏だと思っています。

さて、ハルくん様はどのような「子供の情景」がお好きですか?

投稿: motosumiyosi | 2018年5月 8日 (火) 19時54分

motosumiyosiさん、こんにちは。

GWは遠出はせずに近くで過ごしました。
地元の神奈川や都内で数えてみたら5つのコンサートに行っていました。まずは音楽三昧といったところでしょうか。

モラヴェツ、フィッシャーともに往年の名ピアニストですね。
私は記事中に書きましたが、やはりケンプのような優しさを感じる演奏が好きです。

投稿: ハルくん | 2018年5月 9日 (水) 12時37分

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