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2012年2月26日 (日)

聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団 2012日本公演 J.S.バッハ「マタイ受難曲」

Bach_matthauspassion

僕がバッハの「マタイ受難曲」を初めて実演で聴いたのは今から30年以上も前のことですが、たまたまライプチヒ聖トーマス教会合唱団の日本公演を東京文化会館で聴ける機会が有った時です。恐らくこの曲をまともに聴いたのも、その時が初めてだったように思います。大勢の少年達の歌声と、オーケストラの峻厳な響きが、まるで天からの調べのように感じられて、訳も分からずに感動しました。涙も、もしかしたら流していたかもしれません。

その後、この曲を聴く機会はいくらでも有ったはずなのですが、何故か聴きに行くことはありませんでした。それはきっと、その時の素晴らしい印象を大切に持ち続けたかったのでしょう。家では幾つかのレコード、CDを購入して鑑賞しましたが、その後、生演奏に接したのは、一昨年のドレスデン聖十字架合唱団のコンサートでした。

そして昨日、来日中の聖トーマス教会合唱団の「マタイ受難曲」を再び聴きに行くことが出来ました。横浜みなとみらいホールのマチネコンサートです。週末の昼間に公演してくれる横浜は多忙のサラリーマンにとっては大変有り難いです。

ご存じの通り、この合唱団はライプチッヒの聖トーマス教会に所属して、全員が教会の寄宿舎で一緒に生活をしながら、聖トーマス学校で学ぶ少年達です。なにしろ創立されてから800年という長い歴史を持ち、歴代のカントール(教会の音楽監督)の中で最も有名なのは、言わずと知れたヨハン・セバスチャン・バッハです。

彼らは教会の毎週の音楽行事でモテットやカンタータを歌い、受難曲やミサ曲の定期演奏も行っています。ですので、プロの合唱団がコンサートで歌うのとは活動の基盤が根本から異なっています。最近はやりの、古楽器派による少人数で歌う合唱は透明で完璧なハーモニーを聴くことが出来ますが、僕は少年達の真摯な歌声で聴くのが一番しっくりと感じられます。「マタイ受難曲」の初演もこの教会で行なわれました。バッハの死後、100年間はこの曲の演奏が行われなかったとは言え、メンデルスゾーンが復演したのもこの合唱団と、そしてやはりライプチッヒのゲヴァントハウス管弦楽団でした。正にこれは本家本元の演奏なのです。

現在のカントールはゲオルク・クリストフ・ビラ―です。これまでDVDとCDでしか聴いたことは有りませんでしたが、彼がかつて合唱団の団員だったころにカントールだったマウエルスベルガーやロッチェの重厚なスタイルとは異なり、ずっと速くフレッシュな演奏をするイメージを持っています。

それでは、昨日聴いた感想です。

開演前のアナウンスによれば、テノールに予定されていたゲンツさんが体調不良(風邪?長旅疲れ?)とのことで、エヴァンゲリストのマルティン・ペッツォルトさんが、二役を歌うということでした。

まず、第1曲の長大な合唱「来たれ娘たちよ、われと共に嘆け」ですが、テンポが速かったです。完全にリズムを強調した古楽器派的な演奏です。自分は「古い」人間ですので、やはり昔の大河を想わせるような演奏のほうが好きです。オーケストラもビブラートをほぼ完全に排したピリオド奏法ですので、そういう意味では雰囲気が有りますが、音そのものは痩せています。ヴァイオリンはガット弦で、バロック弓を使っているようでした。遠目でしたので、もし間違いでしたらごめんなさい。編成もやや少なめです。昔のゲヴァントハウス管の分厚く荘厳な響きはもうここには有りません。合唱もバランスを考えて、やはり少なめです。とは言え、第1、第2群がそれぞれ30人位は居ますので、最近の演奏としては大きめと言えるのでしょう。当然、2曲目以降の演奏スタイルは同様です。

ソリストでは、アルトをカウンターテナーが歌います。古楽演奏派的には当たり前なのでしょうが、僕は好みません。ソプラノはボーイソプラノの器用は無く、ちゃんと(?)女性のウーテ・ゼルビッヒさんが歌いました。こちらは、僕はボーイソプラノも好きなのでどちらでも良かったです。それにしても、エヴァンゲリストとテノールを一人二役のペッツォルトさんが大活躍で、そのとても美しい声には魅入られました。昨日のソリストのMVPでしょう。

合唱団については、もちろん上手いのですが、純粋無垢な歌声を聴いて、それを上手いの下手のと言いたくもありません。そんな矮小な聴き方が恥ずかしくなるような気持になります。でも聖十字架合唱団も素晴らしかったですが、聖トーマス教会合唱団はやはり素晴らしいです。

オーケストラ奏法には好みが有るとしても、ゲヴァントハウス管はやはり素晴らしいです。早いテンポでも安心して聴いていられます。第1群のヴァイオリン・ソロは現在のコンサートマスターのフランク・ミヒャエル・エレベンさんだと思いますが、一番の聴きものの第39曲「憐れみたまえ」での独奏は、やはり素晴らしかったです。速いテンポですが、充分に歌わせてアルトを引立てます。但し、30年前の文化会館での当時のコンサートマスター、ゲルハルト・ボッセさんのオーラが漂うような演奏にはやはり及びません。これはビラ―の速いテンポも影響しているのかもしれません。

終曲の合唱「われら涙流しつつ、ひざまずき」までを聴き終えて、感じたのは「時代は変わった」ということです。どんなに少年合唱団の歌声が素晴らしくても、全体の演奏のイメージを決めるのは指揮者です。かつての重圧なライプチッヒ・スタイルの演奏は、もう聴けません。「ロ短調ミサ」の古楽器による演奏は好きですが、「受難曲」とくに「マタイ」は以前の重圧なスタイルが懐かしくなります。本音では、昔のような演奏を聴いて「少しも変わっていない」と喜びたかったのです。でも、トーマス教会と言えども変化してゆくのですね。「変化」が「進化」だとは必ずしも思いません。むしろ古楽器派全盛の時代だからこそ、この合唱団だけは変わらないでほしいと思ってしまうのです。でも、そんな「古い」人間は、家で当時のCDを聴くしかないのでしょうか。自分もピリオド派による「流行の」演奏を聴いて、少しは楽しめる「ちょっぴり新しい」人間に少しづつは変わっているとは思いますが、完全に変われる前に、たぶん神に召されてしまうことでしょう。(苦笑)

等々と書いてしまいますと、随分不満めいて聞こえるでしょうが、でもやはり宗教合唱曲は会場で生演奏を聴くのが最高です。まだ今週は東京での公演が3回残っています。これまで実演で聴いたことが無い方は、今からでも是非聴きに行かれることをお勧めしますよ。少々大げさに言えば、人生観が変わります。

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J.S.バッハ(ミサ曲、受難曲)」カテゴリの記事

コメント

ハルくん、こんばんは。「マタイ」の生演奏に行かれたのですね。地方の田舎暮らし(九州・大分の 別府市)の私にとっては夢のような話です。(関東の方が 本当に羨ましいです・・・) 合唱団にしても、オーケストラにしても、昔からの音が変わってゆくのは さびしいものですね・・・。
今夜は マウエルスベルガーの 「マタイ」 から何曲か聴くことにします。

投稿: ヨシツグカ | 2012年2月26日 (日) 18時39分

ヨシツグカさん、こんばんは。

日本有数の温泉地である別府にお住まいとは、羨ましいですよ。アルゲリッチ音楽祭も有りますし。

音がなんでもかんでも変わってしまうのはどうかと思います。保守的なスタイルが残っていても良いと思うのですが。
マウエルスベルガーの「マタイ」こそ、僕が30年前に聴いた当時の音と演奏スタイルです。あの峻厳な演奏はいつになっても素晴らしいと思います。僕も今日は家でこの演奏を聴き直していますよ。

投稿: ハルくん | 2012年2月26日 (日) 21時58分

こんにちは。
かつてハルくんさんが聴かれた公演、何年だったでしょうか。わたしも聴きましたが、東京文化だったかカテドラルだったか思い出せません。とにかく素晴らしかった。

ヨシツグカさん、はじめまして。私は大分市ですよ。上記公演の少し前、マウエルスベルガーのCDに歌詞対訳を書いたS先生の講義を聴いたことを思い出します。

S先生は「この曲のソプラノは少年ではいけない、大人の女性でなければ」とおっしゃっていました、理由は忘れちゃいましたが。ピリオド奏法が話題になる前でしたし、アルトや器楽の奏法についてはコメントありませんでした。ただ、合唱もオーケストラもⅠとⅡの二部に分かれているのにはちゃんと意味があるので、出演者を節約するために一人がⅠとⅡをかけもちするのはよろしくない、ともおっしゃいました。マウエルスベルガーはちゃんとそうしていたそうです。来日公演となると人数の制約はありそうですが。

もうすぐ受難節ですね。

投稿: かげっち | 2012年2月27日 (月) 14時04分

かげっちさん、こんばんは。

僕が聴いたのは大学生の時ですから、おそらく1977年前後だと思います。会場は東京文化会館、これは間違いありません。実は指揮者の名前が記憶にありませんが、この時は既にロッチェのはずですね。職業柄?一番脳裏に焼き付いているのが、「憐れみたまえ」でのボッセ教授のヴァイオリンです。あれは本当に見事でした。もちろん合唱もオケも最高でしたが。

ボーイソプラノはピリオド流儀から言えばごく当たりまえのような気がします。けれども先生が、「ソプラノが少年ではいけない」という理由は、歌詞の内容からではないですか?救済を求める大衆のような歌詞ですから、子供が歌うには「おませ」過ぎるかもしれません。大人の女性が救いを求めて歌うというイメージですからね。

合唱が二つに分かれているのは、第1群は当時その場に居合わせて、事件を目撃した人々の視点から歌うことが多いグループで、第2群は現在の信徒たちの視点から歌うことが多いグループなんだそうです。僕も今回聴きに行って初めて知りました。

投稿: ハルくん | 2012年2月27日 (月) 22時10分

ハルくん、こんばんは。 かげっちさん、はじめまして。え~ そうなんですか? 私はJR亀川駅の近くです。世間は広いようで狭いものですね。(笑) これからも よろしくお願いします。ソプラノの件ですが、バッハは大人の女性のパートと ボーイソプラノのパートを分けて書いているみたいですよ。雑誌で読んだ覚えがあります。

投稿: ヨシツグカ | 2012年2月27日 (月) 22時34分

ハルくんさん情報ありがとうございます。ヨシツグカさん奇遇ですね、仕事でたまに亀川にも行きます。

1977年だと実は私は東京にいなかったので、東京で聴いたのはその次の来日だったかもしれません。S先生を聴講したのは確かに80年で、それより後に聴きましたから。

合唱・オケが2群に分かれている理由、おっしゃる通りです。そして曲は、受難劇の台本やナレーション自体を歌うレチタティヴォなど(=合唱・オケⅠ)と、それを個人的に回顧するアリア、それらを総括して信仰的な結論を歌うコラールの三つから成っています。コラールはギリシア悲劇のコロスが語源ですが、能では地謡にも相当するのかなと考えています。

第1曲「神の子羊」を歌うsoprano ripienoは、2つの合唱隊のsopranoとは別のパートとして書かれていますが、少年が歌えという指示はありません。が、合唱は成人女性でもripienoだけ少年合唱にしている演奏が多いようです。天上からの声のように響くので少年の清らかな声にしたくなるのもわかりますが、成熟した大人の声でなければいけない、というような意見だったかもしれません。『聖書の音楽家バッハ 「マタイ受難曲」に秘められた現代へのメッセージ』という本に書いてあるかもです。

投稿: かげっち | 2012年2月28日 (火) 13時53分

ヨシツグカさん、 かげっちさん、こんばんは。

元々使用楽器の指定が厳格で無いバッハのことですし、当時の歌い手の集合制限も有ったことでしょうから、「こうでなければいけない」というのは、後の時代の研究家が考えた部分が多いような気がします。むしろ、様々な演奏で聴けることはとても楽しいですね。もちろん自分の好きでは無いカウンターテノールも登場するわけですが、そこがまた面白いです。
それらの中から、自分の好みのものを探し出すことが大きな醍醐味のように感じます。

投稿: ハルくん | 2012年2月28日 (火) 23時01分

私は、この曲はオットー・クレンペラ一&フィルハ一モニア管のCDしか持ってません。
生も経験ありません。
ですが、この曲は、ただただ別格だと思っています。
素晴らしいですよね。

こんな素晴らしい曲を生で聴いたとは、うらやましい限りです。

ずいぶん心が洗われたのではないでしょうか。

私も、いつか生で聴きたいです。

投稿: 四季歩 | 2012年2月29日 (水) 20時39分

今晩は、ハルくん様。
バッハ・コレギウム・ジャパンのマタイ受難曲のテレビ放映を見て、胸が苦しくなるような感覚を覚えたのは、いつの事だったでしょうか。感動とは少し異質の感覚…この曲の背景やバッハの指示などの知識は全くない私でも、すごい曲であるという事は分かります。
今日の東京は雪ですか?

投稿: from Seiko | 2012年2月29日 (水) 21時49分

四季歩さん、こんばんは。

クレンペラー盤は悠然としていて、とても良い演奏ですね。

合唱を生で聴くのは良いものですが、特に宗教合唱曲は胸に迫るものが有ります。是非一度お聴きに行かれると良いと思いますよ。

投稿: ハルくん | 2012年2月29日 (水) 23時11分

Seikoさん、こんばんは。

今日の東京(神奈川)は雪でした。昼ごろには随分積もりましたよ。でも湿った雪なので、溶けるのが早そうです。もうじきハルがやって来ますね。(笑)

イエス・キリストの受難(処刑)という題材と、バッハの厳粛な音楽が一つになった3時間に及ぶ大作ですが、古今のクラシック音楽の最高峰と位置付ける人は少なくありません。僕もやはりそうかな、という気がしています。

投稿: ハルくん | 2012年2月29日 (水) 23時21分

ハルくんさん。おはようございます。
私は昨日サントリーホールの公演に行ってきました。o(*^▽^*)o
確かにゲヴァントハウスの重厚なイメージからはちと遠いかも(;ω;)
でもそれに対してどーのこーのという感想はありません。と言いつつマウエルスベルガーのCDを買って帰りました。ヽ(*≧ε≦*)φ

でも活動の場が信仰に根付いている合唱団とオケの演奏を、今の私がしかも日本で聴けたことがとにかく嬉しくてしかたがありません。
死は本当に怖くてね。でもすべて御心のままにひたすら感動と感謝とお祈りしました。(o^-^o)
受難曲はやはり別格。これ以上の曲はないです。
私にとっては受難曲は芸術としての音楽だけではなく心の支えというか、ここまでわかりやすく福音書を語ってくれるモノはありません。
39曲のアリアはもちろん素晴らしかったです。
私ととしては65曲のバスのアリアが心に沁みて思わず涙がこぼれました。(ρ_;)
私は罪深い人間なので本来なら地獄行きは間違いないわけで、あの受難があるから私の魂は救われますだ。
私のイエスよ。お休みなさい。
もうありがたくって。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。

投稿: はるりん | 2012年3月 1日 (木) 10時36分

メサイアをクリスマスに聴く方は多いですが、私はレントにも聴きます。同じ時期によく聴く音楽でも、マタイとはまったく世界が違います。ヘンデルとバッハってほんとに好対照です。わたしはバッハのほうが体に合っています(笑)

そういえば、日本のクリスチャン演奏家だけによるマタイの演奏会の案内を昔見た記憶があります。いまもやってるのでしょうか。

投稿: かげっち | 2012年3月 1日 (木) 12時45分

ハルくんさん、こんにちは。saraiです。

当ブログをご覧いただき、ありがとうございました。
マタイ受難曲はハルくんさんと一緒に聴く運命のようですね。次はアルトの深い響きで聴きたいものです。でも、理想とするテッパーはもういないし、悩ましいところです。まずは未聴のCDを聴きまくることにしようっと。

投稿: sarai | 2012年3月 1日 (木) 13時08分

はるりんさん、こんにちは。

マタイ聴きに行かれたのですね!
ははん、コンサートってこれだったのですね~。(笑)

第65曲のバスアリアも素晴らしいですね。第39曲が「聴きもの」と書いたのは、ヴァイオリン独奏の聴きものという意味なんです。素晴らしいアリアは他にも沢山ありますからね。

受難曲は本当に素晴らしい大曲です。
マウエルスベルガーのCDはイイですよ。もちろんリヒターや他にもイイ演奏は沢山ありますけど、僕の基本はやはりこの演奏なのです。

投稿: ハルくん | 2012年3月 1日 (木) 19時32分

かげっちさん、こんにちは。

僕も「メサイア」は大好きですが、バッハとどちらが好きか言えと迫られたら、やはり「バ、バ、バッハ~~」と答えるでしょう。

それに僕はメサイアはクリスマスだけに聴く人間かもしれません。なんだぁ~(苦笑)

投稿: ハルくん | 2012年3月 1日 (木) 19時37分

saraiさん、こんにちは。

本当に同じ会場で、この曲を聴く運命なのですね。きっと、二度あることは三度あるでしょう。(イエスの預言??)

細かいことを言いだすとキリが有りませんが、この素晴らしい音楽を聖トーマス合唱団で聴けただけでも幸せです。本当はそういうことなのですよ。


投稿: ハルくん | 2012年3月 1日 (木) 19時44分

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