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2012年2月

2012年2月26日 (日)

聖トーマス教会合唱団&ゲヴァントハウス管弦楽団 2012日本公演 J.S.バッハ「マタイ受難曲」

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僕がバッハの「マタイ受難曲」を初めて実演で聴いたのは今から30年以上も前のことですが、たまたまライプチヒ聖トーマス教会合唱団の日本公演を東京文化会館で聴ける機会が有った時です。恐らくこの曲をまともに聴いたのも、その時が初めてだったように思います。大勢の少年達の歌声と、オーケストラの峻厳な響きが、まるで天からの調べのように感じられて、訳も分からずに感動しました。涙も、もしかしたら流していたかもしれません。

その後、この曲を聴く機会はいくらでも有ったはずなのですが、何故か聴きに行くことはありませんでした。それはきっと、その時の素晴らしい印象を大切に持ち続けたかったのでしょう。家では幾つかのレコード、CDを購入して鑑賞しましたが、その後、生演奏に接したのは、一昨年のドレスデン聖十字架合唱団のコンサートでした。

そして昨日、来日中の聖トーマス教会合唱団の「マタイ受難曲」を再び聴きに行くことが出来ました。横浜みなとみらいホールのマチネコンサートです。週末の昼間に公演してくれる横浜は多忙のサラリーマンにとっては大変有り難いです。

ご存じの通り、この合唱団はライプチッヒの聖トーマス教会に所属して、全員が教会の寄宿舎で一緒に生活をしながら、聖トーマス学校で学ぶ少年達です。なにしろ創立されてから800年という長い歴史を持ち、歴代のカントール(教会の音楽監督)の中で最も有名なのは、言わずと知れたヨハン・セバスチャン・バッハです。

彼らは教会の毎週の音楽行事でモテットやカンタータを歌い、受難曲やミサ曲の定期演奏も行っています。ですので、プロの合唱団がコンサートで歌うのとは活動の基盤が根本から異なっています。最近はやりの、古楽器派による少人数で歌う合唱は透明で完璧なハーモニーを聴くことが出来ますが、僕は少年達の真摯な歌声で聴くのが一番しっくりと感じられます。「マタイ受難曲」の初演もこの教会で行なわれました。バッハの死後、100年間はこの曲の演奏が行われなかったとは言え、メンデルスゾーンが復演したのもこの合唱団と、そしてやはりライプチッヒのゲヴァントハウス管弦楽団でした。正にこれは本家本元の演奏なのです。

現在のカントールはゲオルク・クリストフ・ビラ―です。これまでDVDとCDでしか聴いたことは有りませんでしたが、彼がかつて合唱団の団員だったころにカントールだったマウエルスベルガーやロッチェの重厚なスタイルとは異なり、ずっと速くフレッシュな演奏をするイメージを持っています。

それでは、昨日聴いた感想です。

開演前のアナウンスによれば、テノールに予定されていたゲンツさんが体調不良(風邪?長旅疲れ?)とのことで、エヴァンゲリストのマルティン・ペッツォルトさんが、二役を歌うということでした。

まず、第1曲の長大な合唱「来たれ娘たちよ、われと共に嘆け」ですが、テンポが速かったです。完全にリズムを強調した古楽器派的な演奏です。自分は「古い」人間ですので、やはり昔の大河を想わせるような演奏のほうが好きです。オーケストラもビブラートをほぼ完全に排したピリオド奏法ですので、そういう意味では雰囲気が有りますが、音そのものは痩せています。ヴァイオリンはガット弦で、バロック弓を使っているようでした。遠目でしたので、もし間違いでしたらごめんなさい。編成もやや少なめです。昔のゲヴァントハウス管の分厚く荘厳な響きはもうここには有りません。合唱もバランスを考えて、やはり少なめです。とは言え、第1、第2群がそれぞれ30人位は居ますので、最近の演奏としては大きめと言えるのでしょう。当然、2曲目以降の演奏スタイルは同様です。

ソリストでは、アルトをカウンターテナーが歌います。古楽演奏派的には当たり前なのでしょうが、僕は好みません。ソプラノはボーイソプラノの器用は無く、ちゃんと(?)女性のウーテ・ゼルビッヒさんが歌いました。こちらは、僕はボーイソプラノも好きなのでどちらでも良かったです。それにしても、エヴァンゲリストとテノールを一人二役のペッツォルトさんが大活躍で、そのとても美しい声には魅入られました。昨日のソリストのMVPでしょう。

合唱団については、もちろん上手いのですが、純粋無垢な歌声を聴いて、それを上手いの下手のと言いたくもありません。そんな矮小な聴き方が恥ずかしくなるような気持になります。でも聖十字架合唱団も素晴らしかったですが、聖トーマス教会合唱団はやはり素晴らしいです。

オーケストラ奏法には好みが有るとしても、ゲヴァントハウス管はやはり素晴らしいです。早いテンポでも安心して聴いていられます。第1群のヴァイオリン・ソロは現在のコンサートマスターのフランク・ミヒャエル・エレベンさんだと思いますが、一番の聴きものの第39曲「憐れみたまえ」での独奏は、やはり素晴らしかったです。速いテンポですが、充分に歌わせてアルトを引立てます。但し、30年前の文化会館での当時のコンサートマスター、ゲルハルト・ボッセさんのオーラが漂うような演奏にはやはり及びません。これはビラ―の速いテンポも影響しているのかもしれません。

終曲の合唱「われら涙流しつつ、ひざまずき」までを聴き終えて、感じたのは「時代は変わった」ということです。どんなに少年合唱団の歌声が素晴らしくても、全体の演奏のイメージを決めるのは指揮者です。かつての重圧なライプチッヒ・スタイルの演奏は、もう聴けません。「ロ短調ミサ」の古楽器による演奏は好きですが、「受難曲」とくに「マタイ」は以前の重圧なスタイルが懐かしくなります。本音では、昔のような演奏を聴いて「少しも変わっていない」と喜びたかったのです。でも、トーマス教会と言えども変化してゆくのですね。「変化」が「進化」だとは必ずしも思いません。むしろ古楽器派全盛の時代だからこそ、この合唱団だけは変わらないでほしいと思ってしまうのです。でも、そんな「古い」人間は、家で当時のCDを聴くしかないのでしょうか。自分もピリオド派による「流行の」演奏を聴いて、少しは楽しめる「ちょっぴり新しい」人間に少しづつは変わっているとは思いますが、完全に変われる前に、たぶん神に召されてしまうことでしょう。(苦笑)

等々と書いてしまいますと、随分不満めいて聞こえるでしょうが、でもやはり宗教合唱曲は会場で生演奏を聴くのが最高です。まだ今週は東京での公演が3回残っています。これまで実演で聴いたことが無い方は、今からでも是非聴きに行かれることをお勧めしますよ。少々大げさに言えば、人生観が変わります。

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2012年2月20日 (月)

ティーレマン/ウィーン・フィル ベートーヴェン 交響曲全集 ~推薦盤~

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ベートーヴェンの交響曲全集が新たに登場しました。いまやドイツ楽壇の期待を一身に担って大活躍のクリスティアン・ティーレマンが世に問う全集盤です。これは是非とも聴いてみたくなりました。2008年から2010年にかけてウィーン・フィルハーモニーとコンサート収録したものです。メディアはブルーレイ・ディスクによる映像版と、音のみのCD版の二種類ですが、オペラやバレエ(あるいは美女演奏家??)以外を、それほど映像では鑑賞しない自分はCDのほうを購入しました。

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ティーレマンは現役の指揮者では珍しく「重厚長大」な演奏をします。意地の悪いリスナーからは「過去の大巨匠達の真似をしているだけだ」と陰口を叩かれます。けれども、僕に言わせれば、猫も杓子も古楽器奏法的な快速テンポでキレの良い演奏を目指すという「軽薄短小」時代に、ドイツの伝統に真っ向から挑戦する立派な気概を持つ演奏家です。現代の指揮者は大抵、有名コンクールで優勝することによって、その名前が知られます。けれどもティーレマンは、最近では珍しくオペラハウスのアシスタント指揮者から出発した、現場たたき上げの「カぺル・マイスター」なのです。まだまだ演奏に出来不出来が有るのは当たり前で、これからの円熟を長い目でじっくり見届けたいと思っています。

それでは、CDの聴後の感想をお伝えします。

9曲通して言えるのは、録音が非常に優秀なことです。ウィーン・フィルの美音がコンサート・ホールの最上席で聴くような臨場感を持って捉えられています。ですので、各楽器のニュアンスが生演奏のように(か、あるいは、それ以上に)良く聞き取れます。演奏スタイルは、いつも通りの「重厚長大」スタイルです。その点でファンを決して裏切りません。テンポは概して遅めでスケールが大きいです。リズムには重量感が有りますが、重過ぎてもたれることはありません。しばしば聴かせどころでテンポに変化をつけたり、音にタメをつくって念押ししたります。最近の快速でストレートな演奏に慣れた耳には、それが少々煩わしく感じられるでしょうが、昔の巨匠達の演奏をずっと聴いて来た耳には、何とも心地よく感じられます。と、ここまで書くと、何やら本当に過去の巨匠のコピーのような演奏に聞こえるでしょうが、決してそれだけでは有りません。今世紀に入ってウィーン・フィルもすっかりメンバーが若返りましたが、そうした奏者の若々しさも感じられます。音が、単に「甘く柔らかい」のではなく「しなやかさ」と「爽やかさ」を強く感じます。これはベーム時代とは随分異なる要素です。このティーレマン盤は、音にとても若々しさが増した印象を受けます。ドイツ伝統の重さと、若々しさとを、絶妙にブレンドしているのは非常に素晴らしいと思います。得てして、大抵はどちらかに偏ってしまうものだからです。

まず、1番、2番、4番という初期の作品では、その若々しさや切れの良さが最上に生かされています。これは、この人の後期ロマン派の演奏イメージからは随分と離れていて意外ですが、実に魅力的です。

それが、3番や5番、7番となると、今度は重厚長大な印象がずっと大きくなります。唯一失敗だと思うのは5番の終楽章で、テンポを動かし過ぎて、いささかわずらわしく感じられます。逆に7番は、重量感と推進力のバランスが抜群で、非常に聴きごたえのある傑作です。2楽章の悲壮感の表出も、まるでフルトヴェングラーのようです。「田園」の演奏も非常に気に入っています。まるでベームのようにゆったりとしたテンポでこの曲の美しさを心ゆくまで堪能させてくれるからです。

8番も、この曲にしてはゆったりめのスケール大きな演奏です。どうしてどうして「小さな交響曲」ではありません。1楽章で途中に入れたルフトパウゼだけは、幾らか余計なように思いますが、どうでしょう。

そして、いよいよ結びの一番、ではなく9番なのですが、これが中々に良い演奏です。フルトヴェングラーのような凝縮された音での鬼気迫るドラマは有りませんが、解放されて豊かに広がる響きで、非常にスケールの大きさを感じます。ところどころでブルックナーのような音に聞こえる瞬間が有ります。もちろん熱さも充分感じさせますが、「激しさ」よりは「大きさ」を強く感じさせます。3楽章の表情豊かな弦楽の美しさは特筆ものです。終楽章の主題が最初に弦で奏されるところも非常に美しいです。合唱も美しく、この曲は単独でも、モノラル録音のフルトヴェングラーは別格としても、ジュリーニや、クーベリック、シュミット-イッセルシュテットなどのステレオ録音の名盤に肩を並べる素晴らしい演奏です。

全曲を聴き終えて、この人は、ベートーヴェンの作品や、時代による様式の変化を忠実に捕えているなぁと感じます。それに比べると、良くも悪くも往年の巨匠たちや、現代の指揮者たちの演奏は、どうも一本調子に思えてきます。但し、この人は決して閃きを持った「天才型」では無く「努力型」だと思うので、表現に僅かながらも不自然に感じられることが、まれに有るのは否定できません。けれども全体の評価を下げるほどのものではありません。

ベートーヴェンの交響曲については、このブログで昨年、1番から9番まで順番に愛聴盤のご紹介をしました。けれども「全集」という形でのご紹介はしていません。その理由は、曲毎にベスト盤が異なるので、全集盤として一人の指揮者で通して聴くことが、意味の無いことに思えたからです。フルトヴェングラーにしても、EMIの全集は2番と8番の音が悪過ぎるいう欠点が有ります。もしも、この2曲がせめて7番程度の音であれば、全集としてベストに上げられるかもしれませんが、現実はそうでは無いわけです。もし、強いて上げるとすれば、カール・ベーム/ウィーン・フィルか、あるいはフランツ・コンヴィチュニー/ライプチヒ・ゲヴァントハウス管という選択肢が有ります。そんな中で、このティーレマン盤を聴き終えて、各曲がこれだけ出来不出来の無い全集は極めて稀だと思いました。解釈の正統性、オーケストラの音の美しさと上手さ、優秀な録音、というようにおよそ欠点が感じられないのです。もしもベートーヴェンの交響曲全集をこれから手に入れようという方がおられれば、僕は迷うことなくこのティーレマンの新盤をお薦めします。

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2012年2月16日 (木)

ブルックナー 交響曲第9番 サヴァリッシュ/ウイーン・フィルのライブ盤

このブログを読まれていると、古い録音盤が大半なので、さぞや古い奴だとお思いでしょう。それは否定できませんが(苦笑)、大きな理由は新盤が高価だからです。価格と感動は決して正比例はしませんので、どうしてもコストパフォーマンスの高い古いCDを、それも中古店で購入することが多くなります。

まあ、そうは言いましても新盤を聴きたいと思うこともあります。そんな新盤の試聴記として「新盤アワー」のスタートです。

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今回は、最新の録音ではありませんが、Altusから昨年12月にリリースされたCDです。NHK交響楽団を約40年間に渡り指揮して、日本の音楽ファンに大変親しまれましたが、すでに現役を引退した、ウォルフガング・サヴァリッシュさんがザルツブルク音楽祭でウイーン・フィルを指揮したブルックナーの交響曲第9番です。これは1983年のライブ録音です。(ALT222/3)

このCDは、何といってもオーケストラがウイーン・フィルです。出身のミュンヘンの楽団やウイーン交響楽団を指揮する機会が多かったサヴァリッシュさんは、ウイーン・フィルからずいぶんと熱望されていたにもかかわらず、指揮台に登った回数はかなり少なかったそうです。

サヴァリッシュさんは、ウイーン交響楽団からブルックナー・メダルを授与されたほどですので、ブルックナーは得意のはずです。けれどもCDにはほとんどめぼしいものが見当たらず、実際に聴いた記憶が有りません。N響の定期でも取り上げていたこととは思いますが、これもまた記憶が定かではありません。そんな中で、ブルックナー最晩年の傑作、交響曲第9番をウイーン・フィルとの演奏で聴くことが出来るので、どうしても聴いてみたくなりました。

それでは、演奏を聴いてみましょう。

第1楽章冒頭のトゥッティが力強く奏されます。幾らか荒々しいほどです。その後のピチカートはあっさりとしていますが、弦楽で主題が歌われる部分では、テンポが速めです。呼吸が浅いというほどではありません。テンポは速めですが、歌いまわしが大きく、彫が深い印象です。この辺りは非常に遅いテンポで息がし辛くなるチェリビダッケとはまるで正反対です。後半のフォルテの音は荒々しいほどに迫力が有り、必ずしも美しさを意識して響せてはいません。カラヤンが指揮したライブCDのような騒々しさは感じませんが、相当に壮絶な印象です。

第2楽章はかなり速く、何かに追い立てられているような緊迫感があります。金管もティンパニも強奏強打されて凄まじいかぎりですが、悪く言えば幾らかドタバタ感が残ります。中間部はウイーン・フィルとしては標準的な美しさで、寂寥感の表出も普通という感じです。

第3楽章も前半のトゥッティが迫力充分ですが、やはり無機的なうるささは感じません。その後に押し寄せるであろうドラマティックな演奏を予感させます。果たして、感情一杯に大きく歌わせますが、ブルックナー特有のはかなさとか、この世の終わりのような雰囲気はそれほど強く感じさせません。どちらか言えば現世的な演奏かもしれません。終結部は壮大に盛り上がって聴きごたえ充分です。

まとめてみると、ヴァントやチェリビダッケのようにひたすらハーモニーを整えて、響きを豊かに膨らませるようなタイプのブルックナーでは有りません。しいて言えばヨッフムや、同じN響にゆかりの深いマタチッチのように豪快タイプの演奏です。それも相当にドラマティックです。けれども、ブルックナーの本質から外れているようには少しも感じられず、中々にユニークな名演奏だと思います。少なくとも自分にとっては、シューリヒト/ウイーン・フィル盤やヨッフム/ミュンヘン・フィル盤のような奇跡的な名演奏には及びませんが、この個性的なブルックナーは、時々取り出して聴きたくなるような、ある種の「毒」を持っている気がします。

録音は極めて明瞭で分離が良いです。雰囲気を感じる音ではありませんが、コンサート会場の比較的ステージ寄りの席で聴いているような臨場感が有って楽しめます。

<過去記事>ブルックナー 交響曲第9番 名盤

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2012年2月11日 (土)

モーツァルト 交響曲第41番「ジュピター」ハ長調K.551 名盤 ~最高の創造神~

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「ジュピター」という副題はモーツァルト自身が付けたわけではありませんし、誰が付けたのかも分かっていません。けれども、ローマ神話に出てくる最高の創造神(ギリシア神話ではゼウスのこと)の名前というイメージが、この曲の持つ崇高で壮大な内容にピタリと合うからでしょう。実際、三大交響曲の最後を締めくくるにこれほどふさわしい曲はありません。そしてそれはモーツァルトの全交響曲の最後でもあります。これ以降、彼が天に召されるまでの三年間に交響曲を書くことは二度とありませんでした。

この曲は基調がハ長調ということもあり、最も明快さと壮麗さを持つ作品です。その点、前作の40番とはまるで対照的な内容です。その余りに完全で立派過ぎる曲想が、どこか近寄り難さを感じてしまい、個人的にはむしろ39番や40番、あるいは38番を聴く機会のほうが多いです。とは言え、3楽章のスケール壮大なメヌエット(これが!)や、フーガの技法を駆使した終楽章での、この世のいかなるものも追いつけないかのような疾走感、さらに終結部での三重フーガの壮大さには、ただただ言葉を失います。あのリヒャルト・シュトラウスも、「ジュピター・シンフォニーは、私が聴いた音楽の中で最も偉大なものである。終曲のフーガを聞いたときに、私は天にいるかの思いがした」との賛辞を残しています。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

Brahms_sym1 クレメンス・クラウス指揮ブレーメン国立フィル(1952年録音/TAHARA盤) 古いライブ録音ですが、案外明快で生々しい音質です。併録されたメインのブラ1と同様に、速めのイン・テンポで颯爽と進みます。リズムは前のめりですし、下手なミスが随所に聞かれます。ところが、最近の整理された演奏とは比べものにならないニュアンスの変化と面白さが有ります。流石は往年の名人指揮者で、どこをとっても音楽に香りが漂っています。それでいて終楽章の迫力も圧巻です。

Mozart_6_symph_walterブルーノ・ワルター指揮コロムビア響(1959年録音/CBS盤) ニューヨークPOとのモノラル盤と比べると、別人のようにゆったりとした演奏です。エネルギー不足という指摘もありますが、僕はこのウイーン的な柔らかさを感じさせるステレオ盤が大好きです。さすがに終楽章では、テンポの遅さが少々まどろっこしく感じさせますが、ワルターの長い生涯にわたるモーツァルト演奏の最終到達点ですので、心から楽しみながら聴いています。

Cdh7649042カール・シューリヒト指揮ウイーン・フィル(1960年録音/EMI盤) ザルツブルクでのライブです。併録の「プラハ」の演奏は最高でしたが、こちらも素晴らしいです。シューリヒトのウイーンPOとのライブが聴けるのは幸せなことです。例によって速いテンポで飄々と進みますが、ここには1950年代のウイーンPOの柔らかい音がそのままで、管も弦も得も言われぬ名人芸が味わえます。終楽章のじわりじわりと高揚してゆくのも聴き応えがあります。

9528aad8eb5aa6add4cd619595c9df9fカール・ベーム指揮ベルリン・フィル(1962年録音/グラモフォン盤) 流石にベーム壮年期の演奏で、速いテンポで切れ良く厳格なリズムを刻みます。ベルリンPOは上手く力強さに溢れていて圧倒されます。音像が立体的なので、あたかもギリシア神殿を見上げるようです。これは曲と演奏スタイルが見事に合致した、まれにみる幸福な組み合わせの結果だと思います。

Mozart41schurichtカール・シューリヒト指揮パリ・オペラ座管(1963年録音/DENON盤) コンサートホール・レーベル録音です。室内楽的な味わいは良いとしても、編成が小さいせいか、音に薄さを感じます。「リンツ」「プラハ」と比べても、緊張感の少なさに驚きます。終楽章のフーガはシューリヒトならではの面白さは有りますが、この曲の演奏としては、やはりウイーン・フィルとのライブ盤を取るべきだと思います。

706パブロ・カザルス指揮マールボロ音楽祭管(1967年録音/SONY盤) 1楽章は遅いですが、リズムには強い念押しが有り、一つ一つの音符に気迫がこめられています。オケの洗練されない音は、例えれば現代のビルディングではなく、人間が手で積み上げた石造りの大神殿のようです。2楽章もこれほど大きな表情で魂に訴えかけるような演奏は聴いたことが有りません。終楽章はテンポアップして炎のように燃えていて圧倒されます。これは真の大芸術家カザルスにしか成し得ない破格の演奏です。

Klempe77d オットー・クレンペラー指揮ウイーン・フィル(1968年録音/テスタメント盤) これはウイーン芸術週間のライブ演奏です。クレンペラーも遅いですが、更に大きいリタルダンドをかけるので余計遅く感じます。ところが大地が動くような推進力が有るので決してもたれません。これもまた「大」芸術です。こんな破格の音楽家がまだ何人も生き残っていた1960年代とは何という幸福な時代だったのでしょう。柔らかい音で目いっぱい歌うウイーンPOの魅力も絶大です。

026 ラファエル・クーベリック指揮ウイーン・フィル(1971年録音/オルフェオ盤) ザルツブルク音楽祭でのライブ演奏です。ことさらに曲の威容を強調した演奏ではありません。ウイーンPOの美音を生かしたすっきりと流れの良い演奏です。テンポも速過ぎず遅過ぎず、実に自然です。クレンペラーほどには大きく歌わせませんが、凡百のオケと比べれば充分に柔らかく歌っています。音楽を安心して楽しめるという点では最右翼の演奏かもしれません。終楽章のフーガの聴き応えも充分です。

858ヨーゼフ・クリップス指揮コンセルトへボウ管(1972年録音/DECCA盤) コンセルトへボウの柔らかく溶け合う響きも本当に美しく、正にウイーンPOと双璧です。クリップスはアクセントやフォルテをことさら強調しませんが、その品の良さが魅力です。単に平板な演奏とは次元が異なります。テンポにもゆとりが有り、心に本当に安らぎを与えてくれます。この心地よさは他の演奏ではちょっと味わえません。

435オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1974年録音/Berlin Classics盤) SKドレスデンの響きの美しさもウイーンPOとコンセルトへボウに並びます。木管もまるで「純木」でできているような古雅な音ですし、名手ゾンダーマンの叩くティンパニの音と上手さも最高です。全体のマルカートで楷書的な音の出し方は、39番と並んで曲に向いています。スウィトナーのテンポは速いインテンポで一気苛性の勢いが有りますが、優しさも充分に兼ね備えています。

Yamano_3200121246カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1976年録音/グラモフォン盤) ベルリンPOとの旧盤は非常に立派な演奏だと思いますが、改めてウイーンPOとの新盤を聴いてみると、気迫に於いて少しも負けていないことに気が付きます。音楽にゆとりが有る分、一見パワー不足に感じるかもしれませんが、それは誤りです。ギリシア神殿の上空のエーゲ海の青空を仰ぎ見るようなスケールの大きさを感じます。アナログ録音末期の完成された音作りもウイーンPOの美音を完璧に捕えています。

Suitner398オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリン(1978年録音/TDK盤) 僕が聴いた厚生年金会館でのコンサートでも順に3曲が演奏されました。今こうして当夜の録音を聴き直してみると、本当に素晴らしい演奏です。かっちりとしてマルカート的なSKドレスデンに比べると、SKベルリンは音のしなやかさが魅力です。スウィトナーの指揮に大きな違いは有りませんが、やはりライブでの感興の高さが有ります。特に終楽章では当日の興奮がひしひしと蘇ります。続けてアンコールの「フィガロの結婚」序曲も聴けますが、これがまた本当に素晴らしいです。

Cla111012012ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1980年録音/SONY盤) クーベリックのモーツァルト全般に言えるのですが、極めてオーソドックスで文句の付けようのない演奏です。ところが、何か特別に印象に残る点が有るかというと考えてしまいます。音楽をありのままの姿で聴こうという場合には良いでしょうが、才気あふれる閃きを期待すると裏切られます。そんな中では、王道を行く音楽内容のこの曲には最も向いていると思います。

175 オイゲン・ヨッフム指揮ウイーン・フィル(1981年録音/Altus盤) ウイーン楽友協会大ホールでのベーム追悼演奏会のライブです。従ってベームの得意とした「ジュピター」を演奏したのでしょう。敬愛するベームを悼んでウイーンPOのメンバー達が熱演しています。ヨッフムの指揮も良いのですが、ベームの指揮と比べるとモーツァルト演奏の深みに於いては一歩及ばない印象です。逆にベームの凄さを再認識することになりました。

014レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1984年録音/グラモフォン盤) こういう曲をウイーン・フィルに演奏させれば誰が指揮しても美演になるのは確実です。にもかわらず、ベームのような含蓄の深さを誰でも出せるわけではありません。ここが指揮の難しいところです。バーンスタインの指揮は、とても立派で躍動感も有りますが、それ以上の「特別な何か」を感じさせてくれることはありません。

こうして聴き終えてマイ・フェイヴァリットを選ぶとすれば、やはりベームの2種です。特に、録音、演奏共に最高のウイーン・フィル盤を最上位にしたいです。次いでは、スウィトナーですが、ここはアンコールの「フィガロ」序曲も加えてシュターツカペレ・ベルリン盤としたいです。もう一つはクリップス/コンセルトへボウ盤にします。それと、もうひとつ決して忘れてはならないのがカザルス盤です。

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2012年2月 9日 (木)

ブラームス「ドイツ・レクイエム」演奏会のご紹介

最近、こちらのブログへコメントを頂戴しているlin2さんが所属をされていらっしゃる合唱団アニモKAWASAKIが、4月28日に神奈川県の川崎市でブラームスの「ドイツ・レクイエム」を演奏されます。オーケストラは東京交響楽団ですし、前プロも「悲劇的序曲」とブラームス・ファンが大喜びするプログラムです。ご興味の有る方は是非会場に足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

詳細は下記のリンクをご覧になってください。問い合わせ先も、リンク内に記載されています。

合唱団アニモKAWASAKIの演奏会予定

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2012年2月 7日 (火)

~祝優勝 菅井円加さん~ ローザンヌ国際バレエコンクール2012

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いやー驚きましたね。連日のテレビ報道でご存じでしょうが、スイスのローザンヌ国際バレエコンクールで日本の高校二年生が優勝しました。菅井円加(すがいまどか)さんです。

Sha1202061932010p1 若手のバレエダンサーの世界的登竜門であるこのコンクールで、過去には熊川哲也さんが第1位を取りましたが、日本女性では今回が初めての快挙のようです。またしても、大和なでしこの活躍。それにしても若い日本女性のパワーは凄いですね。

彼女はクラシックバレエだけでは無く、日本人が苦手とするコンテンポラリーダンスでも審査員がうなったほどの素晴らしさだったとか。これから世界のバレエ学校でじっくりと学んで、世界一流のダンサーに育ってほしいです。皆で温かく見守りましょう。

ところで彼女の出身は神奈川県厚木市ですが、なんと自宅は我が家の隣町です。ご近所さんにもバレエに興味を持つ人が増えるんじゃないでしょうか。これはとっても素晴らしいことです。

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2012年2月 3日 (金)

モーツァルト 交響曲第40番ト短調K.550 名盤 ~永遠の名曲~

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一度聴いたら忘れられない名旋律の第1楽章ですが、僕が初めて聴いたのはたぶん中学生の時、イージーリスニングのレイモンド・ルフェーヴル楽団の曲として耳にしました。当時はハード・ロック小僧だった自分が、「ずいぶん良い曲だなぁ」と感激したのを覚えています。

とにかく、イージーリスニングになってしまうほどの名曲であり、クラシック・マニアをも呻らせるのが交響曲第40番ト短調K550です。「ト短調交響曲」として余りにも有名ですが、この曲はモーツァルトが1788年の夏の僅か2か月の間に作曲した三大交響曲の真ん中に位置する、正に「永遠の名曲」の名に恥じない大傑作です。

この曲は基調のト短調の性格通り、哀しく、悲劇的でありながらもロマンティックな甘さを持ち合わせています。1楽章モルト・アレグロは今更言うまでもない名曲中の名曲ですが、僕が強く惹かれるのは、第3楽章メヌエットです。ここには軽妙な舞踏曲のイメージは全く無く、主部は嵐のように吹き荒れます。それがトリオでは一転して、つかの間の安らぎを得たような懐かしい歌が奏せられます。何という美しさでしょうか。終楽章アレグロ・アッサイは、まるで何者かに追いつめられてゆくような緊迫感が有ります。

この曲には最初はクラリネットは使われていませんでしたが、モーツァルト自身が書き直した第2版には追加されています。古典的な響きの第1版、ロマン的な色彩を加えた第2版と、どちらも良いのですが、通常は書き直しを行わないモーツァルトがそれを行なったということは、やはり第2版が理想の姿だったと考えられなくもありません。

この曲はウイーンで初演されたと推測されていますが、その演奏会で指揮をしたのは、どうやらあのアントニオ・サリエリだったそうです。モーツァルトの天才に呆れて一体どんな顔をして演奏したのでしょうね。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介に移ります。

Mi0001086295 ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ウイーン・フィル(1949年録音/EMI盤) 第1楽章に指定された”モルト・アレグロ”を忠実に守って快速で駆け抜ける演奏です。それについては賛否両論あるところですが、やはり説得力のある解釈だと思います。あの美しい旋律をもっと歌わせてほしいと思う反面、音楽の切迫感が充分に感じられるからです。2、3楽章は比較的オーソドックスですが、終楽章では再び緊迫感を醸し出します。ウイーン・フィルの音と演奏はやはり素晴らしいです。録音は年代的に水準程度というところです。

4104090365ブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィル(1952年?録音/SONY盤) 余りにも有名な、ウイーンでのライブ録音です。この演奏の呪縛にかかった人にとって、そこから離れるのは容易ではないと思います。事実、僕もいまだに離れられません。1楽章の上昇音型でのポルタメントは強烈な印象ですが、演奏全体の評価を左右する要素としては小さいです。当時のウイーン・フィルが、まるで生きもののように自由自在にうねり、嵐のように激しく慟哭する凄みこそが、この演奏の比類無さです。古典的造形はどうでも良いのです。録音は悪いですが、その凄さは充分に聴きとれます。

51kgwkdnr1l__ss500__2 ブルーノ・ワルター指揮ウイーン・フィル(1956年録音/Altus盤) この演奏は実は前述のSONY盤と同じです。どちらも音源はオーストリア放送協会から提供されたテープですが、録音時期が1956年6月24日と明確に記載されてあったそうです。ということはSONY盤の1952年という記載が誤りだったことになります。ピッチについてもSONY盤は若干高めだったのが修正されています。そのせいか音質は高音成分が減って、だいぶ落ち着いた印象に変わっています。音圧はAltusのほうがボリューム3段階ほど低いですが、問題が有るレベルではありません。どちらかを選べと言われれば、現在ではAltus盤を取りますが、SONY盤を既に持っている人に何が何でも買い替えろと言う気はありません。特別に興味の有る人だけで良いと思います。但し、こちらではカップリングが第25番ではなく、グラモフォンから出た1955年の「プラハ」ですので、お持ちでない方には大いに価値が有ると思います。

Mozart_6_symph_walterブルーノ・ワルター指揮コロムビア響(1959年録音/CBS盤) ライブ盤と比べると、まるで別人のように落ち着いた演奏です。それでもゆったりとしたテンポで大きな歌を聴かせてくれるあたりは、やはりワルターです。表情は豊かですが、少しも脂ぎらずに、過ぎ去った過去を振り返るかのような枯淡の雰囲気を感じます。ワルターにはニューヨーク・フィルとのモノラル録音も有りますが、僕が好きなのは、前述のウイーンPOライブとこのステレオ盤です。

9528aad8eb5aa6add4cd619595c9df9fカール・ベーム指揮ベルリン・フィル(1961年録音/グラモフォン盤) ベームらしい立派で格調の高さを感じる演奏です。じっくりとした厳格なリズムに乗った演奏は、一見武骨で冷たく感じられそうですが、情緒に流されない強さを持っています。まだカラヤン色に染まる以前のベルリン・フィルの音もほの暗く、この曲に向いています。時が流れても少しも古臭さを感じない名演奏ではないでしょうか。

Emperar002カール・シューリヒト指揮スイス・イタリア放送響(1961年録音/ERMITAGE盤) スイスのルガノでのライブ録音です。シューリヒトの40番は「リンツ」、「プラハ」のような強烈な個性は有りません。けれども、この演奏の気迫は相当なものです。またしても二流のオケが、驚くほど厳しい音を出しています。シューリヒトが客演で行なう演奏では、よほど厳しい練習を要求したに違いありません。この曲には別の録音が幾つか有りますが、ベストは断然この演奏で、雲泥の差があります。モノラル録音で残響も少ないですが、音質はこれが一番明瞭です。

Morzart_k550_schuricht カール・シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送響(1961年録音/archiphon盤) これもライブ録音です。スイス・イタリア放送盤と同じ年の演奏ですが、あれほどの厳しさは有りません。終楽章の展開部で、だんだんに遅くなり沈み込んでゆくのはユニークですが、それ以外はこの人にしてはいたって普通の演奏です。決して悪い演奏では無いですが、シューリヒトの凄さを知る人は過剰な期待をしてはいけません。モノラル録音ですが音質は明瞭なほうです。

Mozart41schurichtカール・シューリヒト指揮パリ・オペラ座管(1964年録音/DENON盤) コンサートホール・レーベル録音です。ここにも、同じレーベルの「リンツ」、「プラハ」のような強烈な個性は有りません。2年前のシュトゥットガルト放送響盤と、ほとんど違いは無いと言えます。これも悪い演奏ではありませんが、余り期待をして聴くと裏切られた気分になります。ステレオ録音ですが、残念なことに音質は余り冴えません。

695 ヨゼフ・カイルベルト指揮バイエルン放送響(1966年録音/オルフェオ盤) これはミュンヘンでのライブ録音です。ドイツのカぺル・マイスターらしいオーソドックスな演奏で、特に情緒的に訴えるわけではなく、音楽をそのまま聴き手に差し出す印象です。その分、メヌエットあたりは古典的な演奏に終始してしまい、幾らかの物足りなさを感じます。この年代のライブ録音にしては音質は優れています。

M204ジョージ・セル指揮クリーヴランド管(1967年録音/CBS盤) 一聴したところ冷静で情緒に欠けた印象が有りましたが、よくよく聴くと余分な成分を極限まで削ぎ落とした、非常に透徹した演奏であることがわかります。純度の高さで言えば、これ以上のものは知りません。ただし決して無味乾燥ということではなく、モーツァルトの心の奥底の哀しみがじわりと伝わってきます。オーケストラの上手さは言うまでもなく、終楽章の十六分音符も低弦まで完璧に揃っています。

706パブロ・カザルス指揮マールボロ音楽祭管(1968年録音/SONY盤) ロココ趣味の華麗なモーツァルトからは最も遠くにある演奏です。テンポは速めですが、アタックは強く、思い切り歌い、モーツァルトの内面をえぐり出すようです。老カザルスが何故こんなにも激しい演奏が出来るのか、つくづく驚くばかりです。残響の無い録音が、ややもするとオーケストラを下手に感じさせるかもしれませんが、そうではなくて彼らは表面的に上手く弾くことなどには少しも執着していないだけなのです。

858ヨーゼフ・クリップス指揮コンセルトへボウ管(1972年録音/DECCA盤) カザルスの後に聴くと、何とも品の良い演奏に聞こえます。けれども、コンセルトへボウの柔らかく溶け合う響きを生かした美しい演奏には、いつの間にか自然に聴き入ってしまいます。ワルターやカザルスのように激しい表現とは異なる、このヨーロッパ伝統の音を心落ち着けて味わう余裕は持っていたいと思います。

Yamano_3200121246カール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1976年録音/グラモフォン盤) ベルリン・フィル盤と比べると、ずっと遅いテンポでじっくりと歌います。昔はこの演奏をもたれて感じましたが、今日こうして順に聴いてくると、このテンポの素晴らしさが理解できます。但し、唯一メヌエットだけは遅く感じます。ウイーン・フィルの美しい音と表情は、やはり魅力的です。ベルリン・フィル盤も良いですが、やはりこちらの方が好きです。晩年にウイーン・フィルと主要曲を再録音してくれたのは幸運なことでした。「全集だったら」とは言いません。

435オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1976年録音/Berlin Classics盤) SKドレスデンのマルカートで楷書的な音の出し方は、39番のようなシンフォニックな曲には最高ですし、この曲でも3、4楽章は良いのですが、1楽章では必ずしもベストだとは思いません。やはりウイーン・フィルのしなやかで艶のある音の方がこの楽章には適していると思います。スウィトナーのテンポは意外に速くありません。じっくりと腰を落ち着けています。

Suitner398オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリン(1978年録音/TDK盤) 会場の厚生年金会館は残響お少ないホールでしたが、そんなことを物ともせずに美しい演奏を聴かせてくれました。それを忘れてCDで聴き比べても、この曲に関しては、音のしなやかさで優るSKベルリン盤をSKドレスデン盤よりも好みます。ライブならではの危なっかしい部分が無いわけではありませんが、逆にスリリングな緊張感がこの曲に向いています。

Cla111012012ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1980年録音/SONY盤) ゆったりとしたテンポで落ち着いた、とても美しい演奏です。細部のニュアンスも豊かで、何気ない部分にも神経が通っています。但し、全体としてはどうも音楽に大きさを感じません。何か「木を見て森を見ない」という印象です。オーソドックスな演奏として完成度が高いのですが、聴いていてぐいぐいと引き込まれるということが有りません。唯一、3楽章はレガートで女性的なのがユニークで面白いです。

014レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1984年録音/グラモフォン盤) この曲ばかりは、やはりウイーン・フィルが最高です。名旋律を情緒たっぷりに、しなやかに歌う芸当はちょっと他のオケでは真似が出来ません。バーンスタインの指揮も躍動感が有りますし、オケの美しい音を十二分に生かしています。終楽章で突然ギア・アップするのはありきたりの演出ですが、激しく切迫感が増しているので良しとします。選集の中では特に優れた出来栄えだと思います。

913 カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウイーン・フィル(1987年録音/オルフェオ盤) これはザルツブルク音楽祭でのライブです。さすがにウイーン・フィルはここでも実に美しいです。ジュリーニの指揮は遅めのテンポで落ち着いてスケールが大きいので、晩年のベームと良く似ています。そうなると、スタジオ録音のベーム盤の方がウイーン・フィルの音の美しさが際立つので不利です。2楽章も耽美的で幾らか寂寥感に不足する感が有ります。併録の「大地の歌」のほうが更に素晴らしい演奏だと思います。

以上の中で、マイ・フェイヴァリットを上げれば、何を置いてもワルター/ウイーン・フィルです。次点としては、シューリヒト/スイス・イタリア放送、カザルス、それにベーム/ウイーン・フィルを挙げます。更に捨てがたいのが、フルトヴェングラー、ワルター/コロムビアSO、セル、スウィトナー/SKベルリン、バーンスタイン、ジュリーニ、というとやっぱりほとんどですね。まぁ永遠の名曲ということでお許しを。

<補足>
フルトヴェングラー盤を後から追記しました。

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