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2012年1月27日 (金)

モーツァルト 交響曲第39番変ホ長調K.543 名盤

モーツァルトの第35番ハフナー以降の六大交響曲はどれもが傑作ですが、中でも最後の第39番、40番、41番の3曲は俗に「三大交響曲」と呼ばれていて、一段と輝きを放っています。この3曲は1788年の夏に、たった2か月という短い間にたて続けに作曲されましたが、このときモーツァルトは32歳。天に召される3年前です。

それにしても、この3曲の完成度には驚くばかりです。透徹した美しさを持つ39番、孤高の哀しみを湛えた40番、あたかも天界に飛翔するかのような41番と、どの曲をとっても完成し尽されています。しかも、3曲を並べた場合の均衡には驚くべきものがあります。それは、後期ロマン派の大シンフォニーをもってしても、比較をすることがおよそ無意味に思われるような存在です。器楽曲としては、モーツァルトの音楽だけでなく、音楽史上のどんな作品をもしのいでいるかもしれません。

3曲のうち、最初に書かれたのが第39番変ホ長調K.543です。この曲ではオーボエが外されて、クラリネットが活躍しますが、これは当時の編成としてはかなり珍しいです。バロック的な音のオーボエでは無く、ずっと新しくロマン的な音色のクラリネットを使うことによって、斬新なオーケストラの響きを生み出そうとしたのではないでしょうか。

前作「プラハ」は3楽章構成でしたが、この曲では再び4楽章に戻りました。けれども、以前の曲と徹底的に違っているのは、それまでは軽妙な舞曲に甘んじていたメヌエット楽章の充実ぶりに有ります。このメヌエットが驚くほどの高みに至っていて、それはベートーヴェンのあの素晴らしいスケルツォ楽章が登場する完全な前触れであったと思います。

ところで、この第39番を聴くと、宮本輝さんの小説「錦繍(きんしゅう)」を思い出します。主人公の女性が通う「モーツァルト」という喫茶店がでてきますが、そのマスターがモーツァルト好きで、流れている音楽はいつもモーツァルトです。マスターは主人公に、モーツァルトについて色々なことを教えてくれるのですが、交響曲第39番のことを「十六分音符の奇跡」と言います。なるほどモーツァルトのこの曲の姿をよく言い表していると思います。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介に移ることにします。

Mozart_6_symph_walterブルーノ・ワルター指揮コロムビア響(1960年録音/CBS盤) 昔はニューヨークPOとのモノラル盤の方が好きでしたが、それは随分とベートーヴェン寄りの演奏ですので、現在はもっぱらステレオ盤を好んでいます。ゆとりのあるテンポで、あたかもウイーンの音のような柔らかい表情を持つのが非常に心地よいです。若いころの師であるマーラーの指揮するモーツァルトを「少々ロマンティックに過ぎる」と語ったワルターでしたが、どうしてどうして自分の晩年の演奏も相当にロマンティックです。

M204ジョージ・セル指揮クリーヴランド管(1960年録音/CBS盤) 昔はセルの演奏はどうも冷たいイメージが有って好みませんでしたし、今聴いても同じように感じることはあります。このモーツァルトもスマートでクリーン、不純物ゼロという印象です。けれども元々、ある意味「孤高の音楽」であるこの曲の表現としては、それもまた大いに魅力となります。いまだ人間が汚していない山の清流のように清らかな美しさを持っています。

Mozart_monteuピエール・モントゥー指揮北ドイツ放送響(1964年録音/DENON盤) 元々メカニカルに整えた演奏では無いので、残響の少ない録音が余計に粗さを感じさせるかもしれません。けれども、このおおらかさがモントゥーの魅力です。少しも神経質にならないウォームな音楽には心がとことん癒されます。このような演奏の良さを感じ取れないような、いわば現代病のような精神状態にはなりたくないと、日頃から思っています。

Vicc2032エフゲニ・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィル(1965年録音/メロディア盤) 昔から宇野功芳先生が絶賛していて、僕も長い間愛聴してきました。演奏には余分な脂肪分を落とし切った純度の高さが有ります。アクセントやフレージングにも豊かなニュアンスが込められていて飽ることがありません。4楽章だけは速過ぎて腰の軽さを感じますが、非常に個性的で、ベートーヴェンの4番と並んで、この39番は孤高の演奏だと思います。

9528aad8eb5aa6add4cd619595c9df9fカール・ベーム指揮ベルリン・フィル(1968年録音/グラモフォン盤) なるほどベームらしい立派で威厳の有る演奏です。ベルリンPOも重厚な響きを聴かせてくれます。但し、一方で余りに常識的で、いくらか四角四面に過ぎる印象も残ります。全集の演奏としては充分素晴らしいですが、この辺りの曲になると、更にプラスアルファの魅力を感じさせてほしいと思ってしまいます。

706パブロ・カザルス指揮マールボロ音楽祭管(1968年録音/SONY盤) 序奏後の第一主題の豊かな歌に惹きつけられます。アレグロに入っての力強さも凄いです。2楽章でも短調部分の激しさに驚きます。老カザルスのこの情熱は何なのでしょうか。3楽章の激しさもやはり同様です。4楽章も速いテンポでどんどん高揚します。他の誰よりも命の燃える炎を感じさせてくれます。これこそが「芸術は爆発だ!」ではないでしょうか。

858ヨーゼフ・クリップス指揮コンセルトへボウ管(1972年録音/DECCA盤) 序奏部の柔らかく溶け合った響きの美しさに驚きます。やはりこのオケは音の美しさではウイーンPO、SKドレスデンと並びます。クリップスの指揮はフォルテでも柔らかいので、聴き手によっては物足りなく感じるかもしれませんが、これがこの人の味なのです。そして、それを100%生かすコンセルトへボウの音と上手さです。ここには「爆発しない芸術」が有ります。

Hans_schumit_beeth7 ハンス・シュミット‐イッセルシュテット指揮北ドイツ放送響(1972年録音/GreenHill盤) 北ドイツの雄NDRはほの暗く厚い音が魅力的です。ウイーン風でなく純ドイツ風のモーツァルトなのですが、シンフォニックなこの曲にはこれもまた良いのです。イッセルシュテットにこの曲の正規盤があったかどうか忘れましたが、これは海賊盤ながら優れたステレオ録音です。しかも最良の姿の演奏が聴けますので、有り難い気持ちで一杯です。

435オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1976年録音/Berlin Classics盤) 三大交響曲については後述の日本ライブ盤もありますが、このSKドレスデン盤も本当に素晴らしいです。全盛期のこのオケの各楽器が柔らかく溶け合った典雅な響きが実に美しいですし、スウィトナーの速いイン・テンポによる古典的な造形性も秀逸です。べたべたした演奏が嫌いで、古楽器では味気ないと思う方には最適ではないでしょうか。

Suitner398オトマール・スウィトナー指揮シュターツカペレ・ベルリン(1978年録音/TDK盤) 東京の厚生年金会館で開かれた後期三大シンフォニーのコンサートですが、この時僕は客席で聴いていました。僕がこれまで実演で聴いた最高のモーツァルトです。SKドレスデンとのスタジオ盤も良いですが、こちらのライブ録音も素晴らしいです。精緻さでは僅かに劣りますが、SKベルリンのしなやかさは魅力的で、まるで目の前で演奏されているような臨場感がとても新鮮です。

Mi0001148763ール・ベーム指揮ウイーン・フィル(1979年録音/グラモフォン盤) ベルリンPO盤と比べると、ゆったりした印象を受けます。けれども、決してもたれることはありません。この絶妙な味わいは晩年のベーム以外には中々聴くことが出来ないと思います。ウイーンPOの音も非常に美しく、1950年代の柔らかさががかなり減退したとはいえ、まだまだ魅力的です。3楽章が遅過ぎには感じますが、全体的には四角四面のベルリンPO盤よりもずっと好きです。

Cla111012012ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響(1980年録音/SONY盤) まず序奏の和音の美しさに惹きつけられます。アレグロ部のアンサンブルも素晴らしく、相当に弾きこんだ印象です。ベーム/ベルリンのような四角四面さは感じますが、明るいオーストリア的な音色が固さを中和しています。リファレンス的な演奏としては、クリップス盤以上だと思いますが、少々一本調子なので反復されると幾らか退屈感が残ります。そうなると、もう少し閃きが欲しくなります。

Sawallische657ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮ウイーン・フィル(1983年録音/Altus盤) 最近リリースされたばかりのザルツブルクでのライブです。メインのブルックナー9番については、別にまた記事にしたいと思います。モーツァルトは、ウイーンPOの室内楽的な自発性を感じるのが愉しいです。テンポはやや速めで躍動感がありますが、音楽には落ち着きを感じます。録音も自然で臨場感が有り、ウイーンPOの弦楽を主体にした美しい音を捕えています。

014レナード・バーンスタイン指揮ウイーン・フィル(1984年録音/グラモフォン盤) ウイーンPOの音はそれなりに美しいですし、音楽に躍動感が有りますが、録音時期の近いベームやサヴァリッシュと比べると、音そのものが上滑りをしているような気がします。それにウイーンPOにしては、何となく音が雑に感じられます。終楽章を速いテンポで煽ってみるのも、いかにもありそうな表現で、大きな感銘を受けるに至りません。

以上を聴いた上でのマイ・フェイヴァリットなのですが、この曲にシューリヒトの録音が無いのはつくづく残念です。そこでベスト盤は、ずばりスウィトナー/SKドレスデン盤です。心情的には生演奏に接したSKベルリン盤にしたいのですが、CDで聴き比べた場合には、この曲に関してはドレスデン盤を上にします。

その他で絶対に外せないのは、ムラヴィンスキー盤、カザルス盤、ベーム/ウイーンPO盤です。そう言いながらも、ワルター、セル、モントゥー、サヴァリッシュなどにも後ろ髪を引かれる思いです。

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コメント

ハルくん、こんにちわ

この曲、初めて聴いた時は外山雄三指揮NHKsoのコンサートだったのですが、楽章と楽章の間に、毎回、チューニングを行ったことと、バイオリンが妙に高い音を出していた記憶があります。しかしながら、その後、LP等で聴くと、良い曲なのですね。ですから、今は大好きな曲の1つです。

さて、上げられた録音では、ワルター、モントゥー、カザルス、クーベリックのものを持っていますが、最も好きなのは、ワルター指揮ニューヨークフィルハーモニックのモノラルです。

投稿: matsumo | 2012年1月27日 (金) 16時00分

matsumoさん、こんにちは。

お話のコンサートは何か環境条件が悪かったのでしょうかね?

ワルターのNYP盤は今でも人気が有りますね。非常にエネルギッシュですし、僕もかつて愛聴していました。現在は、ずっと柔らかい音のコロムビアSO盤のほうが好きですけれど、どちらも素晴らしい演奏ですよね。

投稿: ハルくん | 2012年1月27日 (金) 19時17分

ハルくん こんばんは。第39番は ワルター ニューヨークフィルしか 手元にありませんが,SP復刻版の ワルター BBC響 と ケルテス VPO が、私は好きですね。特にワルター BBC盤は メヌエットが素晴らしいと思います。機会があったら お聴きください!

投稿: ヨシツグカ | 2012年1月27日 (金) 21時11分

ハルさん、こんばんは。

さすがに後期三大交響曲ともなると、挙げられているCDの数も多いですね。これだけ聴きこまれて、それぞれの評価をしているプロの音楽評論家もあまりいないような気がします。

さて、ハルさんが挙げられているCDのいくつか所持しておりますが、私が隠れた名盤と勝手に思い込んでいるCDをご紹介したいと思います。

それは、パイヤール指揮イギリス室内管のCDです(レーベルはRCAです)。この演奏には、特別な閃きを感じさせることはないのですが、パイヤールがイギリス室内管から、とても柔らかい音を引き出し、39番の特色の透明感がある演奏をしています。大指揮者のようなスケールの大きさは望めませんが、聴いて、とてもホッとする演奏です。

パイヤールの指揮は、ライヴでもフォーレのレクイエムを聴いたことがありますが、奇を衒わず、純粋な気持ちで音楽に向かう姿勢がとても好ましく感じました。

その姿勢がモーツァルトの39番にもよく表れていると思います。

投稿: たろう | 2012年1月27日 (金) 23時27分

ヨシツグカさん、こんばんは。

ワルターは大好きですが、BBC盤は残念ながら聴いたことがりません。一度聴いてみたいですね。
どうもありがとうございました。

投稿: ハルくん | 2012年1月27日 (金) 23時31分

たろうさん、こんばんは。

パイヤールは実はパッヘルベルのカノンが最高の名演奏だと思っていますが、そういえばモーツァルトも良さそうですね。イギリス室内管は非常に上手い団体ですし、聴いてみたくなりました。
どうもありがとうございます。

投稿: ハルくん | 2012年1月27日 (金) 23時35分

ハルくんさん、こんばんは

かつては「三大交響曲」の中にあって、私には人気の低い曲でしたが、今は逆に、一番人気です。モーツァルトらしい、オペラに通ずるところの多い曲だと思います。
演奏は、誰のということはないのですが、私にとっては、ベーム/BPOがスタンダードになっており、他にワルター、セル等、その時のちょっとしたきっかけで、引っ張り出して聴いています。比較的最近聴いたのはケルテス/VPOで、オケの少し明るい響きが素敵でした。HABABI

投稿: HABABI | 2012年1月28日 (土) 00時14分

HABABIさん、おはようございます。

やはり素晴らしい曲だと思います。僕もむしろ「ジュピター」よりも良く聴く曲ですよ。

ケルテスは聴いたことが無かったです。ウイーンPOですし、是非聴いてみたいですね。
どうもありがとうございます。

投稿: ハルくん | 2012年1月28日 (土) 06時49分

ご無沙汰しています。ついにザンクまで来ましたね!クラ奏者にとっては夢のような曲です。あのXXしいオーボエがなくてフルートの横に座れるのですから(笑)
1楽章がややゆったりと中間的なテンポなので、終楽章の快速が際だちますね。2楽章の木管室内楽みたいなところもすばらしい。クラやファゴットのセカンド奏者までも駆使しているあたり、レクイエムなどの楽器使用法を思い出させます。以上、管楽器奏者からのコメントです。

投稿: かげっち | 2012年2月 5日 (日) 19時49分

かげっちさん、

管楽器の音色が非常に際立つ曲ですね。
管楽の為の協奏交響曲みたいに聞こえるところが多々あります。
やはりモーツァルトの珠玉の名作だと思います。

投稿: ハルくん | 2012年2月 5日 (日) 23時16分

なるほど、確かに協奏交響曲のようですね。管楽器の音色が好きじゃない演奏はパス、というわけで個人的にはベームに一票です。

投稿: かげっち | 2012年2月 8日 (水) 13時17分

かげっちさん、ベーム/ウイーンPOの管楽の音色は本当に美しいですね。
僕はスウィトナー/ドレスデンの音も大好きです。

投稿: ハルくん | 2012年2月 8日 (水) 22時08分

こんにちは。

ベーム&ウィーン・フィルを聴き直していますが
この曲も素晴らしいですね。
特に第2楽章が美しさの限り・・・

こうした演奏を聴いていると「熱っぽさ」「激しさ」ばかりが
芸術の良さではない・・・と感じます。

投稿: 影の王子 | 2015年11月 7日 (土) 16時42分

影の王子さん

お返事が大変遅くなりました。
晩年のベーム/ウイーンpoの良さに気が付くと大抵の録音に魅了されますね。この39番も好きですね。
単に上辺だけの”熱演”よりももっとずっと芸術の奥深さを感じます。

投稿: ハルくん | 2015年11月12日 (木) 12時39分

こんばんは。

ムラヴィンスキーのメロディア録音を数種聴きなおしましたが

モーツァルト :第39番
ベートーヴェン:第4
シューベルト :未完成

が非ロシア音楽でのベスト3ではないか?と
感動を新たにしました。

いかんせんナローレンジで、会場ノイズも盛大な録音ですが
オケの音色の美しさが捉えられているのが良いです。
故・諸井誠氏が「戦前の響きを戦後のスタイルで聴かせるコンビ」
と書いてましたが、「貴族的」とも言える響きの魅力は絶大ですね。
また、ロシア音楽よりもテンポの融通無碍な流れの良さも特筆もの。
その点でモーツァルトは実に魅力的です。

投稿: 影の王子 | 2017年5月 2日 (火) 20時50分

影の王子さん、こんにちは。

ムラヴィンスキーの演奏確かに凄いですね。
モーツァルト39番とベートーヴェン4番に関しては名だたるドイツ・オーストリア系の大指揮者を押えて最高に好きな演奏です。4番などはCクライバーの人気が高いですが、ムラヴィンスキーのほうがずっと好きですね。

ただし「未完成」については自分にはシューベルトの音楽の怖さだけが感じられてしまい、エキセントリックな演奏だと思っています。凄いことは確かなのですが。

投稿: ハルくん | 2017年5月 8日 (月) 11時37分

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