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2011年12月

2011年12月29日 (木)

チャイコフスキー 交響曲全集 ロジェストヴェンスキー/モスクワ放送交響楽団

本当に大変だった一年もいよいよ終わろうとしています。気が付けば「晩秋」もどこへやら、真冬となり各地から大雪のニュースが伝えられてきます。僕が住む神奈川に雪が降ることは滅多にありませんが、それでも冬の寒さはこたえます。そんな時には、やはりチャイコフスキーを聴くのが良いんですね。大オーケストラの勇壮な響きで、冬将軍に負けるな!という気になります。

そんなチャイコフスキーの交響曲全集というと、現在では幾らでも選ぶことが出来ますが、僕が学生の頃にはごく限られたものしか有りませんでした。世界初の録音として、スヴェトラーノフの全集について以前記事にしました。本国ロシアが1960年代に当時新進気鋭のスヴェトラーノフとソヴィエト国立交響楽団(現在ではロシア国立響)に託した事業です。その後を追って1970年初めに、モスクワの放送交響楽団と全集録音したのが、やはり当時若手のロジェストヴェンスキーでした。この全集はとても話題になり、僕もアナログLP盤で購入しました。そのような、とても思い出深い全集なのですが、そのアナログ盤は既に手放してしまい、長いことCDも出ていませんでした。前からもう一度聴いてみたいと思っていたところ、少し前にようやくリリースされたので、久しぶりに聴くことが出来ました。その感想をお伝えしたいと思います。

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ゲンナジ・ロジェストヴェンスキー指揮モスクワ放送交響楽団(1972年録音/ヴェネツィア盤)

オリジナルはロシアのメロディア録音ですが、定評のあるヴェネツィア・レーベルのリマスターですので、まずは信頼できます。アナログ録音のデジタルリマスターのために、どうしても高音型になり、かつてのアナログ盤と比べると低域の量感不足を感じますが、音造りとしては決して悪くないと思います。

250pxgennady_rozhdestvenskyロジェストヴェンスキーという指揮者は、たとえばスヴェトラーノフがロシアの広大な大地を想わせるような土臭さは持っていません。ずっと洗練されたスマートさを感じさせます。その点では、ムラヴィンスキー・タイプなのかもしれません。けれどもムラヴィンスキーもそうでしたが、一たび指揮棒に気合が入ると耳をつんざく様な金管が炸裂する凄まじい爆演を行ないます。ところが、それとは逆にチャイコフスキーにしばしば登場する軽やかなバレエ音楽のような美しい部分の表現にかけても、大変な素晴らしさなのです。この両面性がこの指揮者の最大の魅力です。

ところで、当時のモスクワ放送響は、相当のヴィトゥオーゾ集団でした。ホルンの首席の名前は知りませんが、長いパッセージを朗々と歌い切る実力は他の一流楽団の奏者と比べても群を抜いています。ですので第1番「冬の日の幻想」の2楽章や第5番の2楽章のような、ホルンのソロの聴かせどころは最高です。また、弦ではチェロ・パートをヴィクトル・シモンというロストロポーヴィチばりの名奏者が統率していましたので、低弦の歌い方といったらそれは素晴らしかったです。もちろん金管楽器のパワーもさすがにロシアの一流オーケストラです。当時のスヴェトラーノフのソヴィエト国立交響楽団、ムラヴィンスキーのレニングラード・フィルと並びます。

昔は、初期の第1番から3番までの演奏は非常に気に入っていましたが、4番以降についてはムラヴィンスキーと比べて物足りなさを感じていました。けれども現在聴き直してみると、4番以降も実に素晴らしい演奏です。いかにもロシア的な荒々しい音の迫力と、洗練されたおしゃれなセンスとを兼ね備えている非常に稀有な演奏だということに気づきます。チャイコフスキーの交響曲全集としては、スヴェトラーノフの晩年のスタジオ録音と東京ライヴの二種類が最高だとは思いますが、やや違う味わいを楽しめる演奏としてはこのロジェストヴェンスキー盤が真っ先に挙げられそうです。

この全集は6枚組ですが、実はサービスが満点なのです。「マンフレッド交響曲」が入っているだけでも有り難いのに、更に「ヴァイオリン協奏曲」のオイストラフ/ロジェストヴェンスキーの1968年ライブの天下の名演が入っています。そのほかに、ロストロポーヴィチ独奏の「ロココの主題による変奏曲」や序曲「1812年」、バレエ「くるみ割り人形」組曲も全てロジェストヴェンスキーの指揮で入っています。正にジャパネット・タカダばりの出血大サービスです。

というわけで、これが本年最後の記事になると思います。明日明後日は家の大掃除ですので。

皆様方もどうか良い年越しをお過ごしになられ、そして素晴らしい新年をお迎えください。一年間拙ブログにお越し頂きまして本当にありがとうございました。

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2011年12月27日 (火)

エレーヌ・グリモーのモーツァルト/ピアノ協奏曲第23番他

Title0005_2今年を振り返って、というわけでもありませんが、自分のブログについて言えば、一年の半分もの時間を費やしたモーツァルトのピアノ協奏曲に尽きると思います。こんなに長い期間、来る日も来る日もそれを聴き続けたことはありません。そのうちの第23番K488の記事の時に、発売のタイミングで間に合わなかったディスクが有りました。それは僕の大好きなエレーヌ・グリモーの演奏です。彼女が弾いたブラームスの協奏曲第1番は最高に好きな演奏のひとつですし、ブラームスやシューマンの独奏曲も気に入っていますが、モーツァルトに関しては、これまで全く聴いたことが有りませんでした。ですので、初めて出す協奏曲のCDの曲目が第23番と知った時には、聴くのが楽しみで仕方ありませんでした。

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① ピアノ協奏曲第19番K459
② コンサート・アリア「どうしてあなたを忘れられよう」K505
③ ピアノ協奏曲第23番K488
エレーヌ・グリモー(ピアノと指揮 )、モイカ・エルトマン(ソプラノ)、バイエルン放送響室内管(2011年録音/グラモフォン盤)

このCDのユニークな点は、2曲の名作協奏曲の間に、素晴らしいコンサート・アリアが収まっていることです。幼少の時に、このアリアを初めて聴いたグリモーは、この曲に込められたモーツァルトの音楽ならではの優美さに心を打たれて、それ以来ずっと愛して止まない曲となったそうです。

まず、1曲目の第19番を聴いて、オーケストラの音のきりりと引き締まった端正な響きに驚きます。この団体の母体はバイエルン放送響ですが、少人数で室内管弦楽団の編成をとっています。グリモーは指揮もこなしていますが、スタッカート気味でノン・ヴィヴラートに近い古楽器的な弾き方にもかかわらず、非常に繊細な表現を聞かせています。その反面、ピアノは現代に近い弾き方なので、オケの音とギャップが生まれそうですが、両者はとても上手く融合していて少しも不自然でありません。2楽章の哀しみの表情もとても深々しています。

2曲目のコンサート・アリアは若手のモイカ・エルトマンの美しい声に惹かれます。この曲は、昔からテレサ・ベルガンサの美声で親しんで来ましたが、エルトマンの歌も非常に素敵です。そして、もちろんグリモーも、この曲への愛情がにじみ出るような美しいピアノ伴奏を聞かせています。

3曲目が第23番です。もちろんスタイルは第19番と同様です。早めのテンポで引き締まった両端楽章も良いですが、2楽章の一見無表情の演奏が虚無感までも感じさせて、言いようも無く哀しくなります。大げさに歌うよりもよほど孤独な怖さを感じるのです。一転して、3楽章の飛び跳ねるような生命力のほとばしりは見事です。ピアノもオケも最上の出来栄えです。この曲の一番好きなハイドシェックの演奏に肉薄するか、あるいは並び立つほど魅力的な演奏だと思います。僕の大好きな第23番に素晴らしい愛聴盤が増えました。それにしても、本業のピアノはともかくも、グリモーの指揮の才能には驚嘆します。彼女のモーツァルトの弾き振りの第二弾、そしていずれは全曲を聴いてみたくなります。この美貌にして、この才能。う~ん、参った!

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2011年12月23日 (金)

ブラームス クラリネット五重奏曲 続・名盤

クラリネット五重奏曲ロ短調op.115は、ブラームスが晩年に名クラリネット奏者リヒャルト・ミュールフェルトの為に書いた一大傑作ですが、そればかりかブラームスの全室内楽作品の中でも間違いなく頂点を極めていると思います。

僕もこの曲は、心中しても良いと思うぐらい(古い言い方だぁ~オヤジくさっ!)大好きですので、3年前にも一度「クラリネット五重奏曲 名盤」で記事にしています。今回は、その後に加わった愛聴盤をご紹介したいと思います。

Vegh967アントニー=ピエール・ド・バヴィエ(Cl)、ヴェーグ四重奏団(1949年録音/CASCAVELLE盤) ジュネーブでの古いライブ録音ですので、お世辞にも音質は良いとは言えません。ノイズも多いです。けれども、この演奏で強烈に耳に残るのは、第1ヴァイオリンのシャンドール・ヴェーグの奏でるロマンティックな音です。何とも言えぬ懐かしさで胸がいっぱいになります。どこをとっても人間的で、機械的な感じが全くありません。味わいの濃さでは、ウイーン・コンツェルトハウスのアントン・カンパ―と並びます。それはジプシー・ヴァイオリンの血を引くハンガリーの出身だからかもしれません。バヴィエのクラリネットも上手さはともかくも味わいが有ります。但し、この演奏は余りに個性的ですので、誰もにお薦めするのは少々ためらいます。

Hcd11596ベーラ・コヴァーチュ(Cl)、バルトーク四重奏団(1974年録音/フンガトロン盤) オール・ハンガリーのメンバーによる演奏です。この曲にはハンガリーの音が良く似合うと思います。バルトークQはヴェーグあたりと比べるとずっとスマートで、しなやかな弦の響きが新鮮です。しかも現代的な冷たさは少しも有りません。ポルタメントを多く使って甘さを醸し出しています。ここには強い哀しみは存在しません。良くも悪くも「老境の孤独」というよりも、「青春の感傷」というようなイメージを感じます。

Brahms_melosミッシェル・ポルタル(Cl)、メロス四重奏団(1990年録音/ハルモニアムンディ盤) ポルタルはフランスのベテランですが、音色に翳りが有るのでこの曲に向いています。メロスQも第1ヴァイオリンのメルヒャーを中心に、しっとりとした美演を聞かせてくれます。決して枯れた味わいでは無く、瑞々しさを感じさせます。非常にニュートラルな演奏なので、この曲を聴く時のリファレンスとしても良いと思います。但し、余り強いクセが無いので抵抗なく自然に聴いていられる反面、もっと個性が欲しいかな、という気も起きてきます。

Uccg50081m01dlデヴィッド・シフリン(Cl)、エマーソン四重奏団(1996年録音/グラモフォン盤) これは凄い演奏だと思います。音の彫琢の度合いが半端で無く、メンバー全員の弾く音符全てに意味が有ります。確かにクールには違いありませんが、機械的だとか無機的な印象は全く感じません。もちろんシフリンは素晴らしいですが、弦楽が非常に素晴らしく、両者のからみ合いは、初めてこの曲を聴くかの如く新鮮に感じます。特に気に入っているのは、遅めのテンポで立体的な1楽章と、万華鏡のように様々な変化を見せる4楽章です。ある意味、シンフォニックとも呼べる演奏であり、何となくジュリーニの演奏するシンフォニーを連想させます。

というわけで、どんな演奏を聴いても、あのウラッハ/ウイーン・コンツェルトハウスSQ盤の王座は揺るぎませんが、バヴィエ/ヴェーグSQ盤とシフリン/エマーソンSQ盤も絶対に欠かせないマイ・ベスト3の座に就きました。

※補足: その後、更に名盤の「続々編」を記事にしています。
<関連記事>
ブラームス クラリネット五重奏曲 続々・名盤

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2011年12月17日 (土)

ブラームス ピアノ四重奏曲集 続・名盤

「ピアノ四重奏」という編成は、弦楽四重奏団にとっては少々半端な編成です。なぜなら、第2ヴァイオリンの出番が無いからです。ですので、常設のカルテットは余り演奏を行いません。ところが、ブラームスはこのジャンルにも非常な名作を3曲書いています。幸いなことに、バリリ四重奏団の往年の名盤や、イザベル・ファウストを中心としたメンバーの素晴らしい録音が有るので、家で楽しむのに不自由はしません。その二つの演奏については、3年前のブラームスの室内楽特集の時に「ブラームス ピアノ四重奏曲集 名盤」としてご紹介しました。ところが隠れた名盤というのは有るもので、更に二つの素晴らしい演奏に出会うことが出来ました。それを是非ご紹介したいと思います。

ピアノ四重奏曲第1番~3番

41uudouvwkl__sl500_フェスティヴァル四重奏団(1957-60年録音/RCA盤) ”祝祭カルテット”ってなに?とお思いでしょうが、彼らはアメリカのロッキーマウンテンの小さな町アスペンで毎年夏に催される音楽祭に出演して大好評だったために、定期的に活動を行うようになった団体です。メンバーはシモン・ゴールドベルク(Vn)、ウイリアム・プリムローズ(Va)、ニコライ・グラウダン(Vc)、ヴィクター・ヴァビン(Pf)という名手揃いです。ゴールドベルクとグラウダンは、かつてフルトヴェングラー時代のベルリン・フィルの首席奏者どうしでした。その間の音を”神様”プリムローズが埋めるのです。この団体の演奏の特色は、簡単に言えば、ミニ・ベルリンフィル(といっても当然昔の)という印象です。非常に良く練り上げられたアンサンブルと音色、人間的な歌いまわし、力強く刻むリズムなど、全て「古き良き」ベルリン・フィルの味わいです。彼らは常設では無いにしても、固定メンバーで活動した珍しい”ピアノ四重奏団”でしたが、グラウダンが急死してからは、「代わりのメンバーを迎えて活動を続けるなど論外のこと」と、解散をしてしまいました。この団体がどれほど素晴らしい演奏を行なっていたかは、この録音を聴いて貰えれば一目瞭然です。

Brahms_piano_qurtet_schneiderアレクサンダー・シュナイダー(Vn)、ワルター・トランプラー(Va)、レスリー・パーナス(Vc)、ステファニー・ブラウン(Pf)(1977年頃録音/ヴァンガード盤) Aシュナイダーは知る人ぞ知るブダペストSQの第2ヴァイオリニストです。彼は一度ブダペストから離れてシュナイダーSQを主宰し、10年後に再びブダペストに戻ります。ブダペスト解散後には、もう一度リーダーとして、このメンバーで録音を行いました。ヴィオラのトランプラーはブダペストSQが弦楽五重奏曲を演奏するときに必ず起用された名手です。チェロのパーナスもカザルス時代から共演をしている名手です。女流ピアノのブラウンについては何も知りませんが、この演奏を聴いていると、シュナイダーが妥協無しで選んだのだろうと納得します。それにしても、この演奏を聴いてまず感じるのが、音がブダペストSQそのものだということです。骨太で男性的な力強さに溢れます。シュナイダーの演奏は、かつてのブダペストの第1ヴァイオリンであった、ヨゼフ・ロイスマンそっくりです。高い技術に裏付けされた構築性と、しばしば聞かせる「泣き節」がまるでロイスマンです。これほどの名人が第2ヴァイオリンを弾いていたのですから、どれほどブダペストSQが凄かったか納得します。ブダペストでこの3曲を聴きたかったという夢がかなえられたような嬉しい気持ちです。

他には、第2番単独ですが、やはり良い演奏が有りますので、ついでにご紹介します。

ピアノ四重奏曲第2番

Brahms_piano_qurtet_bordinボロディン弦楽四重奏団員、スヴャトスラフ・リヒテル(Pf)(1983年録音/タワーレコード盤) ボロディンSQは昔から好きなカルテットです。彼らがピアノにリヒテルを迎えた、シューベルトの「ます」やシューマンのピアノ五重奏曲など、いずれも素晴らしい演奏でした。このブラームスでも、第1ヴァイオリンのコぺルマンの甘いポルタメントが古き良きウイーンの味わいを醸し出していて実に素敵です。リヒテルもこのメンバーとの共演がよほど気に入っているのでしょう、実にはつらつと弾いています。終楽章では熱く成り過ぎて荒いほどですが、ピアノの貫禄ぶりは流石です。甘さと力強さが溶け合った良い演奏だと思います。なお、このCDはタワーレコードがフィリップスのライセンス販売をしています。

というわけで、全3曲揃った演奏としては、1950年代のミニ・ウイーンフィルとも呼べるバリリと、ミニ・ベルリンフィルのようなフェスティヴァル四重奏団を聴き比べるだけでも楽しいですが、個人的にはブダペストそっくりの骨太な音が聴けるシュナイダー達の演奏にとても惹かれます。そして、イザベル・ファウスト達の非常にしなやかな演奏も外せません。これだけ素晴らしい演奏を幾つも味わえるとは、ブラームジアーナー冥利に尽きます。

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2011年12月11日 (日)

ブラームス クラリネット・ソナタ集 名盤 ~こちらが元祖です~

Muhlfeldブラームスは晩年にマイニンゲンを訪れて、宮廷管弦楽団のクラリネット奏者である、リヒャルト・ミュールフェルト(写真)に出会います。その演奏に深く感激したブラームスは、クララ宛の手紙に「ミュールフェルト以上に美しくクラリネットを吹く人間はいません」と書きしるしました。そして、彼の為にクラリネット/ピアノ/チェロの三重奏曲(作品114)、五重奏曲(作品115)、2曲のソナタ(作品120の1と2)を書きました。このうち規模も内容も最高の五重奏曲は非常に有名ですが、他の曲は名作であるにもかかわらず知名度が高いとは言えません。ソナタについては、ブラームスが書き換えたヴィオラ版のご紹介をしましたが、そういうわけでクラリネット版が元祖なのです。

クラリネットという楽器は日本でも昔から広く親しまれていますね。子供のころに商店街の大売り出しで見かけた、ちんどん屋さんの中心楽器はクラリネットでした。歌謡曲や行進曲など、何を演奏してもレトロな雰囲気が漂ってきますし、悲しい曲を演奏してもどこか明るいとぼけた雰囲気を失いません。とても人懐っこい愛すべき楽器だと思います。

そんなクラリネットで聴くブラームス晩年のソナタは、遠く過ぎ去った青春への懐かしい想いを運んでくれるかのようです。諦念を感じますが、決して哀しくは有りません。懐かしい想いで胸がいっぱいになるのです。個人的には、情熱的な若さを取り戻したかのように聞こえるヴィオラ版のほうをより好んでいますが、心静かにクラリネット版で聴きたくなる時も有るのです。特に第1番の2楽章のような緩徐楽章はむしろクラリネットの味わいが勝ると思います。

どうしてもヴィオラ版を聴くことが多いために、所有するクラリネット版のCDは僅かに一つのみですが、昔からアナログ盤で親しんできた演奏です。

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レオポルト・ウラッハ(Cl)、イエルク・デムス(Pf)(1953年録音/ウエストミンスター盤)

かつてのウイーン・フィルの首席奏者ウラッハは、しっとりとした柔らかい音とゆったりとした独特の歌い回しでオールド・ファンにはいまだに絶大な人気を誇っているでしょう。クラリネット五重奏曲などは、アントン・カンパ―の素晴らしいヴァイオリンともども、それ以上に心を打たれる演奏には出会ったことがありません。
この2曲のソナタでも、柔らかい音と懐かしい雰囲気にとても惹きつけられます。録音はウエストミンスターレーベルといえども、さすがに古さは感じさせますが、この曲の場合には逆にレトロな雰囲気が増して、かえって良いのかもしれません。若い時代のデームスのピアノも素晴らしいです。
これは古典的な名盤として不滅の価値が有ると思います。

<追記>
その後、クラリネット版のCDを幾つか購入しましたので、ご紹介することにします。
ブラームス クラリネット・ソナタ集 続・名盤

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2011年12月10日 (土)

ブラームス ヴィオラ・ソナタ集 続・名盤 ~神様VS王様~

Viola_sonata_2昔、アマチュア・オーケストラでヴィオラを弾いていたこともあって、この曲は憧れの曲でした。当然、楽譜を買い求めて練習をしましたが、自分のレベルでは何しろ難しくてほとんど弾けませんでした。(笑) 写真はその楽譜です。

この2曲は本当に大好きなのですが、それは決して贔屓目とかではなく、愛くるしさと円熟した味が見事に溶け合って、地味ながら”滋味”に溢れた最晩年のブラームスの大変な傑作だと思います。個人的には、魅力の点でもチェロ・ソナタ以上、3曲のヴァイオリン・ソナタと全く遜色が無いと思っています。

この曲については、3年前にブラームスの室内楽特集をした時に、ブラームス ヴィオラ・ソナタ集 愛聴盤という記事を書いています。この曲はオリジナルのクラリネット版で聴くと、晩年の枯れた味わいが、とても強く感じられますが、ヴィオラ版で聴くと、だいぶ若さと色艶を取り戻したように聞こえるので不思議です。作品番号が実際の120番から一気に80番台辺りの作品に若返ったようなのです。特に第1番の1楽章、そして第2番の2楽章、いずれもアレグロ・アパショナートですが、ブラームスの情熱的な感情表現が余すことなく現れています。僕が何度聴いても胸を揺さぶられてしまう楽章です。

旧記事では、お気に入りCDとしてスーク盤をご紹介しました。この曲の可愛らしさと渋さがほどよく混じり合った素晴らしい演奏なのですが、あえて欠点を言えばピアノのパネンカが弱いことです。もうひとつのズーカーマン盤はロマンティックでずっと若々しさを感じる演奏で、バレンボイムのピアノの良さも有ってバランス的には優れています。

その記事の中で、昔LP盤で聴いていたヴィオラの神様プリムローズについて触れましたが、CDをようやく聴くことが出来ましたので、現代のヴィオラの王様バシュメットの演奏と合わせてご紹介したいと思います。

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ウイリアム・プリムローズ(Va)、ルドルフ・フィルクスニー(Pf)(1958年録音/EMI盤) 

かつて東芝EMIがCD化しましたが現在は廃盤です。それをようやく中古店で入手できました。プリムローズはかつてはヴィオラの神様でした。イギリス出身ですが、トスカニーニのNBC交響楽団の全盛期1930年代の首席ヴィオラを務め、退団してからはソロや室内楽活動を行いました。シャルル・ミンシュの「イタリアのハロルド」の録音でも素晴らしいソロを弾いています。そんなプリムローズのブラームスのソナタとあれば、代表盤にふさわしいのですが、それが廃盤ということは、やはりヴィオラは陽の当たらない楽器です。久しぶりに聴くこの演奏ですが、素晴らしさに感動しました。テンポは速めですが、大きな歌いっぷりに感情がいっぱいにこめられています。それも慈愛だけでは無く、驚くほどの激しさを持ち合わせます。スフォルツァンドでは弓のアタックで音がつぶれるほどです。この「グチャ」というこの音こそ正にヴィオラ特有の音で、やはりこう弾いてほしいです。

ここには、アドルフ・ブッシュやヨゼフ・シゲティのヴァイオリン、パブロ・カザルスのチェロのような、人間の心や感情そのものと言える演奏があります。それでいていかにも「ヴィオラ」という楽器(の奏者?)らしい、奥ゆかしさや謙虚さを決して失わないのです。

もうひとつ特筆すべきはフィルクスニーのピアノの素晴らしさです。この人は、フルニエと組んだチェロ・ソナタでも見事な演奏を聴かせてくれましたが、ここでも素晴らしいテクニックに支えられた、力強さと繊細さを兼ね備えた実に魅力的なピアノを弾いています。この曲のピアノ伴奏に関しては最上だと思います。

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ユーリ・バシュメット(Va)、ミハイル・ムンチャン(Pf)(1995年録音/RCA盤)

現代のヴィオラの王様バシュメットは、活動が華やか過ぎるのがどうも好きになれず、この演奏も最近ようやく聴いたものです。太く厚く、広がりがあるヴィオラの音が素晴らしく、正に王者の貫禄です。1楽章を非常に遅いテンポで悠然と演奏する様も、やはり王様の風格です。ところが、この王様は非常にクールであり、感情に流されたりしません。冷たい氷のハートと言っては言いすぎですが、演奏は実に冷めています。第1番は通して、そんな印象を受けます。第2番もスタイルは同じですが、こちらのほうが音楽に自然に入り込むことは出来ます。2楽章の大きなスケール感は聴きものです。ムンチャンのピアノは上手いのですが、バシュメットに似て感情の起伏が余り感じられ無いのが欠点です。

ということで、バシュメットの王者の風格を横目で見ながらも、プリムローズ/フィルクスニーの歴史的な演奏こそは、この曲のマイ・フェイヴァリット盤に君臨しそうです。もっとも、このCDは廃盤で手に入りにくいので、この曲を聴いてみようと思われる人には、まずはスーク盤をお勧めします。

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2011年12月 4日 (日)

ブラームス ヴァイオリン・ソナタ集 ~続・隠れ名盤~

晩秋のブラームス特集ですが、今回からは室内楽を聴いてゆきます。まずはヴァイオリン・ソナタを聴きましょう。このジャンルは、これまでにブラームス ヴァイオリン・ソナタ集 名盤、それにブラームス ヴァイオリン・ソナタ集 隠れ名盤で二度記事にしています。それらの演奏はどれも気に入っているのですが、中でも特に好きなのはシェリング/ルービンシュタイン盤とスーク/スコダ盤です。けれども、その後にまたお気に入りに仲間入りした演奏が二つ有ります。どちらも古いモノラル録音であり、余りポピュラーな存在ではありませんので、「続・隠れ名盤」としてご紹介したいと思います。

   第1番、第3番

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ヨゼフ・シゲティ(Vn)、ミエチスラフ・ホルショフスキー(Pf)(第1番:1951年、第3番:1956年録音/MYTHOS盤) 

シゲティは好きなヴァイオリニストの五指に入る存在ですが、ブラームスのソナタに関しては、一般的にはステレオ録音の2番しか知られていません。けれどもその演奏は2番単独で言えば、シェリング、スーク以上に好きな演奏なのです。であれば、当然他の曲も聴きたくなります。実はシゲティは1950年代に米コロムビアにかなりの録音を行ったそうですが、当時発売された音源のCD化は全くと言って進んでいません。最もこの米レーベルは現在はソニー傘下で、カザルスやブッシュの貴重な録音も廃盤にした状態ですので、あきらめる他に無さそうです。そんな中でも、その偉大な音楽価値を認識するマイナーレーベルはあるもので、近年BiddulphやMYTHOSが当時のアナログ盤から復刻を行なっています。このディスクも初期LP盤からの復刻です。まず聴いた瞬間に、音質の良さに驚きます。柔らかく厚いヴァイオリンの音色はアナログそのものです。第1番の1楽章の人間味溢れる表情はどうでしょう。多用されるボルタメントも小賢しい演出とは一切無縁で、自然な情感が心からにじみ出ています。2楽章の大きくヴィブラートを効かせたたっぷりとした歌い方は、表情が余りに豊かなので、聴きようによっては演歌のようです。けれども聴き手の胸を打つことこの上ありません。この音楽を聴いて心揺さぶられないなんて有り得ないと思います。3楽章も遅いテンポで、ブラームス得意の延々と続くシンコペーションの旋律をたっぷりと歌います。この楽章が、これほどまるでエレジーのように哀しく聞こえたのは初めてです。やはりシゲティはジプシーの血を持つハンガリー出身だからなのでしょうか。第3番では、バイオリンの哀しい音色に惹かれます。ボルタメントが「甘さ」では無く「泣き節」につながるのは、ハンガリーの演奏家に共通している点です。この演奏はオイストラフ/リヒテルのような力強さは有りませんが、胸に染み入ってくる情感においては、それ以上と言えます。2楽章は完全な「エレジー」です。やるせないまでに哀しくも懐かしい情景がここには有ります。3、4楽章もやはり遅いテンポでたっぷりと歌いますが、これほどまでに人間味を感じる演奏は聴いたことがありません。この復刻CDは、長年の渇望を癒して余りある有り難い存在です。1番と3番が収められていますし、何しろ音質が素晴らしく、針音やプチ・ノイズもほとんど気になりません。なお、Biddulphレーベルからも2曲が別のディスクに分かれて出ていますが、そちらは聴いていません。

   第1番~第3番

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シモン・ゴールドベルク(Vn)、アルトゥール・バルサム(Pf)(1953年録音/テスタメント盤) ポーランド生まれで、ドイツで活躍し、その後アメリカに帰化したゴールドベルクの最後の奥様が日本人ピアニストの山根美代子さんだったことは良く知られています。この人はまた、フルトヴェングラーに認められて僅か20歳でベルリン・フィルのコンサート・マスターに就任したことも知られています。多分に戦争の歴史に翻弄された人生であったことは否定できませんが、生涯演奏家を続けられたことは幸せだったのではないでしょうか。そのゴールドベルクのブラームスのソナタ集のディスクの存在は知っていましたが、じっくり聴いたことはありませんでした。それが聴きたくなったのは、このブログにコメントを頂いたViollinPaPaさんのお薦めだったからです。

ゴールドベルクは戦前のバイオリニストにしては、非常に端正な弾き方をします。幾らか速めのテンポでビブラートは控え目、ボルタメントも多用する割には目立ちにくく強調された感じが有りません。技術的には音程、リズム、ボウイングが実に安定していますが、それをひけらかすような感じは全くありません。要するに音楽の内容表現にひたすら奉仕するようです。ある種「求道的」な印象すらするほどです。現代のメカニカルな演奏とは全く異なり、実に人間的な味わいを感じます。大げさな表情づけは無いのに、胸いっぱいに音楽が浸みわたってきます。ここには古過ぎず、新し過ぎない中庸で魅力的な音楽が有ります。そういえばブラームスの音楽の特徴も同じではないでしょうか。この演奏では、3曲とも緩徐楽章の第2楽章に特に惹かれます。情感が心に沁み入ってきます。それでいて、第3番の4楽章あたりの緊迫感も充分です。決して優しい情緒だけの演奏家ではありません。共演者のバルサムのピアノもとても良いです。このCDはドイツ・グラモフォンからのライセンスなのですが、ニューヨークで録音を行ったのは、どうやらDECCAらしいです。ですので、音質は非常に優れています。

<追記>
素晴らしい演奏はまだまだ有るもので、ユーディ・メニューイン盤も愛聴盤の仲間入りをしました。

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2011年12月 1日 (木)

ブラームス 「ドイツ・レクイエム」  続・名盤

ブラームスの声楽曲の大作「ドイツ・レクイエム」は、今年3月の東日本大震災の時に「亡くなられた被災者の方へ」で、追悼の為に取り上げました。その中でご紹介した、ラファエル・クーベリック指揮バイエルン放送響のライブ録音(audite盤)こそは、いまだに自分の一番の愛聴盤なのですが、新たに2種のディスクを購入しました。一枚はヘルムート・コッホ盤、もう一枚はヘルベルト・ケーゲル盤です。どちらもドイツ人指揮者がドイツのオーケストラと合唱団を指揮した演奏ということで、自分の嗜好にはピタリと合っています。それと、コッホはもちろん合唱指揮者ですが、ケーゲルも初めは合唱指揮者でした。従って、当然のことながら合唱曲には優れているのではないかと思えたのです。

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ヘルムート・コッホ指揮ベルリン放送響/合唱団(1973年録音/Berlin Classics盤) 

第1曲から合唱の美しさに感心します。力強さよりも声の美しさが目立つので、第2曲あたりは幾らか物足りなさを感じます。それでも中間部の合唱はやはり美しいです。オーケストラはあくまで合唱の脇役であり、主役は徹底的に合唱です。コーラスパートの対旋律がとてもよく聞き取れます。独唱歌手も声は美しいのですが、幾らか線が細い印象です。とても地味ですが、妙に神経質にならない大らかさを感じる良い演奏だと思います。

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ヘルベルト・ケーゲル指揮ライプチヒ放送響/合唱団(1985年録音/カプリッチオ盤) 

コッホ盤とは逆に、良い意味で神経質なほどに繊細な印象です。合唱の弱音がとても美しく、静寂を保っている部分はさしずめ天国からの調べのようです。何か凄く厳かな響きに感じてしまいます。オーケストラは管楽器が時々目立ち気味ですが、とても雄弁です。ケーゲルらしい非常に素晴らしい演奏だと思います。それにしても、この録音から5年後にピストル自殺をしてしまうケーゲルはこの曲をどのような心境で演奏していたのでしょうか。

ということで、両盤ともクーベリック盤とはまた違った素晴らしさが有ります。名曲を色々な名演奏で味わえるのは音楽鑑賞の大きな喜びですね。

晩秋のブラームス特集ですが、次回からは室内楽を聴いてゆきます。

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