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2011年11月

2011年11月26日 (土)

ブラームス ピアノ協奏曲第2番 続々・名盤

ブラームスのピアノ協奏曲の第1番に続いては第2番です。昔は1番に比べて2番のほうを好きな度合いがずっと強かったのですが、ルプーの素晴らしい1番の生演奏に触れてからはその差がずっと縮まりました。それでもやはり2番を上位に置きたいのは、スケルツォに相当する素晴らしい第2楽章が有るからです。もしも2番にこの楽章が無くて、1番と同じ3楽章構成だったとしたら、2曲のポジションは逆転するかもしれません。ブラームジアーナーの心をぐらぐらと揺さぶるこの楽章の存在は大きいと思います。

この曲は既にブラームス ピアノ協奏曲第2番 名盤、それにブラームス ピアノ協奏曲第2番 続・名盤で愛聴盤をご紹介しました。今回はそれ以外のディスクについてのご紹介なのですが、ところがどっこい、それは単なる落穂拾いなどでは無く、大変に個性的なつわもの達が登場します。

129クリフォード・カーゾン独奏、クナッパーツブッシュ指揮ウイーン・フィル(1958年録音/DECCA盤) 昔LP盤で聴いていた頃には、締まりの無い気の抜けた演奏に思っていました。それが今では、実にゆったりとして味わい深い演奏に感じられます。年齢のせいでしょうね(苦笑)。まず当時のウイーン・フィルの弦と管の柔らかい音が素敵です。3楽章など絶品と言えます。クナもライブの豪快さとは違って、気楽にくつろいでいるかのような演奏ですが、それでいて所々で聞かせる濃い味わいはさすがに巨人指揮者です。カーゾンも力みやハッタリの全く感じられない誠実なピアノで好感が持てます。音質もオリジナルのモノラルでリマスタリングされて明解になり、ステレオ録音と間違えるほどです。

51yrcvk8tl__sl500_aa300_エミール・ギレリス独奏、ヨッフム指揮ベルリン・フィル(1972年録音/グラモフォン盤) 旧記事では「嫌いだ」と書いた演奏ですが、昔は愛聴していましたし、評価される方も多いので追記します。但し、実際はアナログ盤しか所有していません。一番のマイナス点は、カラヤン時代のベルリン・フィルの余りに押し出しの強過ぎる音です。(カラヤンのブラームスの交響曲も同傾向の演奏でした。)ブラームスに外面的な迫力は不要です。ギレリスもブラームスやベートーヴェンなどのドイツものには今一つピンと来ません。力強い打鍵は立派なのですが、弱音にデリカシーが一見有りそうでいて案外と心に響いてこないからです。もっとも、これはあくまで僕個人の印象ですので、もしも未聴の方は是非ご自分の耳でお聴きになられてみて下さい。

Evgeny_mravinskyimg600x578128540626クラウディオ・アラウ独奏、マルケヴィチ指揮フランス国立管(1976年録音/INA盤) クナの後にはマルケヴィチと大変な指揮者が続きます。しかもピアノはアラウですので、興味芯々です。これはローザンヌ音楽祭のライブ録音ですが、音質は明瞭です。冒頭から両者が相手に合わせると言うよりも自分のペースで演奏する感が実に楽しいです。これでこそ一期一会のライブです。それでいて、いつの間にか両者ががっぷり四つに組み合ったスケール大きい演奏にぐいぐい惹きこまれてしまいます。スタジオ録音だと案外と退屈してしまうことのあるアラウは実演のほうが断然面白いと思います。

659スティーヴン・コヴァセヴィチ独奏、サヴァリッシュ指揮ロンドン・フィル(1993年録音/EMI盤) 実はコヴァセヴィチの演奏は、このブログでひゅーいさんから教えて頂いて聴いてみたのですが、確かに非常に素晴らしいです。1番の演奏も良いですが、2番は更に良いと思います。遅めのテンポでゆったりとした構えにとても安心感が有ります。音も美しく、テクニックにも充分余裕が有りますが、聴き手を驚かすようなこれ見よがしな表現が全くありません。サヴァリッシュの指揮も同様で、とてもピアノに相応しい極めて誠実な音楽造りをしています。

Brahms_pcon2_axエマニュエル・アックス独奏、ザンデルリンク指揮ベルリン・ドイツ響(1997年録音/sardana盤) ブラームス演奏にかけては比類の無いザンデルリンクのこの曲の正規盤が存在しないのは残念ですが、海賊盤CD-Rで最晩年のライブを聴くことが出来ます。ピアノはアックスです。この演奏には、あの交響曲全集の重厚で味わい深いブラームスそのものが有ります。例によって念押しするリズムが極めてドイツ的ですが、もたれることはありません。内声部の音が大きく物を言っているのも流石はザンデルリンクです。驚かされるのはアックスが、実にドイツ的で重厚なピアノを弾いていることです。この人って、こんなに素晴らしい演奏家でしたっけ?アメリカ人かと思っていたら、ユダヤ系のポーランド人なのですね。両者の演奏は、1楽章から素晴らしいですが、2楽章の巨大な波に揺さぶられるような音楽の大きさはどうでしょう。3楽章の味わいの深さも並みではありません。4楽章は肩に力の入らない悠然とした歩みですが、やはり味が有ります。デジタル録音による音質も優秀で、正規盤でも充分に通用するほどです。

<後日記事>
ブラームス ピアノ協奏曲第2番 新・名盤

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2011年11月23日 (水)

ブラームス ピアノ協奏曲第1番 続・名盤 ~ポリーニ/ティーレマン盤 他~

ブラームスは自身が名ピアニストであっただけに、ピアノの為の協奏曲やピアノを含む室内楽曲は、どれもが大変な力作です。中でも2曲の協奏曲は充実仕切った傑作中の傑作なので、何度聴いても飽きることが有りません。その第1番については旧記事の「ブラームス ピアノ協奏曲第1番 名盤」で、愛聴盤をご紹介しました。その中のルプー盤とグリモー盤は、どちらもザンデルリンクの比類ないオーケストラ伴奏もあって、現在でも不動のトップ2の位置を占めています。 けれども、その時に触れていなかった演奏にも素晴らしいものがまだまだ有りますので、続編としてご紹介させて頂きます。一番新しいものは、今年の6月に録音されたポリーニとティーレマンの共演したライブ盤です。初めはこのディスクを単独で記事にしようかとも思いましたが、他のディスクも皆素晴らしいことから、まとめた形で取り上げました。

4111090512マウリツィオ・ポリーニ独奏、ティーレマン指揮シュターツカペレ・ドレスデン(2011年録音/グラモフォン盤) ポリーニのブラームスが特に好きなわけではありませんが、ティーレマン/SKドレスデンの伴奏とあっては興味芯々でした。これはドレスデンのゼンパーオーパーでのライブ演奏です。ティーレマンの指揮はイン・テンポでは無く、幾らかテンポを動かして効果を狙っています。そこが面白くも有る反面、やや矮小さを感じるという結果を生んでいます。SKドレスデンの響きは期待通り柔らかさと深みが有って素晴らしいです。録音も僕が二度聞いた生の音色にとても近いと思います。ポリーニのピアノは、30年前のベーム盤に比べて力んだ硬さは取れていますが、基本的なスタイルは大きく変わりません。とても立派ですが、少なくとも僕にとっては心に浸み渡るようなブラームスの音ではありません。2楽章が良い例で、曲に陶酔させてくれないのです。この人が老練な円熟したピアノを聞かせるようなことは果たしてこの先あるのでしょうか。けれども面白く感じたのは3楽章です。大抵の演奏が、速いテンポの熱演になりますが、この演奏にはある種の余裕を感じます。両者が”楽しんで”演奏している印象です。結論を言うと、優れた録音で今が旬のティーレマンとSKドレスデンのいぶし銀の音と、ポリーニの現在が聴けるこの演奏は、それだけでも充分に聴く価値が有ると思います。先に何となく否定的な感想を書いてしまいましたが、是非ともご自分の耳と感性でお聴きになられてみて下さい。そして感想をお聞かせ頂ければ嬉しく思います。

129クリフォード・カーゾン独奏、セル指揮ロンドン響(1962年録音/DECCA盤) 冒頭のセルの指揮するロンドン響の音の充実ぶりに驚きます。翌年のモントゥーの演奏とはまるで別のオケに聞こえます。カーゾンのピアノは少しも力んだところが無く、淡々としていながらも、しみじみとした味わいに溢れています。テクニックにも特に不足を感じることは有りません。この深い音楽を表現するのには充分過ぎます。デッカの録音も優秀です。

Schucci00019bジュリアス・カッチェン独奏、モントゥー指揮ロンドン響(1963年録音/DECCA盤) カッチェンのブラームスは、やはり素晴らしいです。力強く骨太のフォルテとデリカシーに富んだピアニシモのタッチがブラームスにピッタリです。1、3楽章の荒々しいほどの男っぽさと、2楽章の優しさとロマンティックで陰影の深い情感が、どちらも素晴らしいです。モントゥーの指揮も気力充分で良いのですが、ロンドン響の音が粗削りなのに少々不満が残ります。なお、同時期のコンヴィチュニー/ゲヴァントハウスとのライブ盤も素晴らしい演奏なのですが、モノラル録音なのが残念でした。

569クラウディオ・アラウ独奏、クーベリック指揮バイエルン放送響(1964年録音/オルフェオ盤) ミュンヘンでのライブ録音です。アラウのピアノは、ゆったりとした構えで少しもせせこましさを感じない大家風の演奏です。底光りするような音色も美しいですが、フォルテの幾らか荒々しいほどの力強さも曲にピッタリです。何よりも大人の味わいがブラームスに実に向いています。特に2楽章の味わいは格別です。オーケストラのスケール大きく厚い音も素晴らしいですし、録音が優秀なのも非常に嬉しいです。

200911102140181beマウリツィオ・ポリーニ独奏、ベーム指揮ウイーン・フィル(1979年録音/グラモフォン盤) ポリーニのこの曲の最初の録音です。まずベームがウイーン・フィルから醸し出す重厚な響きに魅了されます。そして、音楽全体の主導はベームにあるように思います。若きポリーニのピアノは剛鍵とも言えるもので、力強く迫力ある音には圧倒されますが、反面硬さを感じます。繊細な部分の情感にもそれほど深みを感じません。大変立派な演奏には違いありませんが、心に浸み渡って来る具合がどうも今ひとつです。

659スティーヴン・コヴァセヴィチ独奏、サヴァリッシュ指揮ロンドン・フィル(1991年録音/EMI盤) この人の生演奏は日本でも聴いたことが有りますが、とても誠実でオーソドックスな印象でした。この演奏でも、自然な流れで味わいの深いブラームスを聞かせてくれます。タッチも美しいですし、力強さとテクニックにも不足は有りません。サヴァリッシュの指揮も素晴らしく、音の薄いロンドン・フィルに精一杯の力演をさせています。一聴したところそれほど強い印象は残らないのですが、不思議と後味の良い演奏です。繰り返し聴くほどに味の出てくるスルメのような演奏でもあります。

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ブラームス ピアノ協奏曲第1番 名盤
ブラームス ピアノ協奏曲第1番 続々・名盤

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2011年11月16日 (水)

ブラームス 「悲劇的序曲」op.81 ~泣く序曲~

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ブラームスの管弦楽曲の中では、「ハンガリア舞曲集」を別とすれば、「ハイドンの主題による変奏曲」が最も頻繁に演奏されています。変奏曲の”鉄人”ブラームスの非常な傑作なのは間違いありませんが、もう一曲僕がとても好んでいるのが、「悲劇的序曲」です。この曲は作品番号80の「大学祝典序曲」と双子の作品81です。というのも、ブラームス自身の記述に、「陽気な”笑う序曲”(大学祝典序曲のこと)と対になる”泣く序曲”(悲劇的序曲のこと)を書こうと思う。」と有るからです。

「大学祝典序曲」は、ブラームスが大学から名誉博士号をもらった時に、大学への謝礼に仕方なく書いた明るい曲ですが、「悲劇的序曲」にはブラームスのアイロニーが感じられます。自分が書きたいのは本当はこういう音楽なんだよと、言わんばかりの様です。果たして、この「泣く序曲」は、素晴らしくブラームス的な傑作です。傑作揃いのブラームスの交響曲のどの楽章と比べても、聴き劣りしません。しかも僅か十数分の曲の中で音楽は完結しています。嵐のように緊迫した部分と、胸いっぱいに広がる懐かしい歌、淡々とした孤独な歩み、切羽詰まった追い込み、とこの曲はあたかも「小交響曲」にも例えられると思います。

もうひとつ、この曲の特徴的な点は「アウフ・タクト」です。元々、アウフ・タクトはブラームスの音楽の重要な要素ですが、この曲ほどそれが頻繁に、これでもかこれでもかと現れる曲は他に有りません。人によっては、それが「しつこい音楽」に感じられるのかもしれませんが、ブラームジアーナーにとっては、たまらない魅力となります。

2曲の序曲は、初めはピアノ連弾によってペアで披露されました。もちろん奏者の一人はブラームス自身ですが、もう一人はクララ・シューマンでした。その後、ベルリンで正式にオーケストラによる初演が行われた時にも両曲はやはりペアで演奏されました。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

Cci00039_2 ルドルフ・ケンペ指揮ベルリン・フィル(1960年録音/IMG盤) オリジナルはEMI録音です。僕は「20世紀のグレート・コンダクター」シリーズで持っていますが、現在はテスタメントの交響曲全集盤に収録されているはずです。これは実に素晴らしい演奏です。冒頭から緊迫感が凄まじい上に、リズムを刻むアウフ・タクトの処理がずっしりとドイツ的な重量感を感じさせるのに圧倒されます。中間部のロマンティックな歌いまわしも魅力的で惹きつけられます。ベルリン・フィルがまだカラヤンのカラーに染まる前なので音色も伝統的なドイツ風で素晴らしいです。同時期のベルリン・フィルとのブラームスでは交響曲1番も素晴らしいですが、それを更に上回る出来栄えです。

Walter3200081099 ブルーノ・ワルター指揮コロムビア響(1960年録音/CBS SONY盤) ワルター最晩年の録音にもかかわらず、かなりの熱気に包まれた演奏をしています。いわゆるドイツ的な剛直さでは有りませんが、リズムに迫力を感じます。にもかかわらず、どうも聴きごたえを感じないのは、オーケストラの厚みに不足するからだと思います。この曲は、シンフォニー以上に音の厚みを要求する為なのでしょう。

Cci00036b カール・シューリヒト指揮バイエルン放送響(1961年録音/Scribendum盤) 以前はDENONから発売されていました。シューリヒトのブラームスは晩年のシュトゥットガルト放送響との交響曲2番を例外として、軽く颯爽と進む演奏で、重厚さとは無縁です。この演奏も快速で突き進み、リズムが完全に前に倒れています。張りつめた緊張感は凄いですが、普通の意味ではブラームスには聞こえません。ところが聴き終えたあとに凄いものを聴いたなぁと感心させてしまうのが流石シューリヒトです。

Brahms_monteux ピエール・モントゥー指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1962年録音/TAHRA盤) ライブ演奏のモノラル録音ですが音質は良好です。演奏には気合が入っていて迫力充分です。中間部の歌いまわしにも心惹かれます。ただ、この人のブラームスはテンポに伸縮性が有るために、どうしてもドイツ的な剛直さを失うことになってしまいます。そこが、個人的にいま一つ好きになれない理由です。

416gjxaqwml__sl500_aa300_ クルト・ザンデルリンク指揮シュターツカペレ・ドレスデン(1972年録音/DENON盤) このコンビによるシンフォニーの演奏ほど絶対的な存在ではありません。もちろん徹底したマルカート奏法やイン・テンポで押し通す安定感は素晴らしいのですが、ザンデルリンクにしては速めのテンポで、ややスタイリッシュな印象です。白熱度にも物足りなさを感じます。この演奏には、SKドレスデンのいぶし銀の響きをゆったりと楽しめる点で、満足したいと思います。

41mqvx5jevl__sl500_aa300_ カルロ・マリア・ジュリーニ指揮ウイーン・フィル(1989年録音/グラモフォン盤) 遅いテンポでイン・テンポを守り、スケールの大きさを感じさせます。たたみ掛けるような切迫感は有りませんが、決して緊張感に欠ける訳ではありません。むしろ、アウフ・タクトの一音一音に念押しをする重量感がたまりません。中間部のじっくりとした足取りにも、ブラームスの情念が深く込められているかのようです。音楽の持つ底知れなさを余計に感じる演奏です。

学生時代に良く聴いたのはカラヤン/ベルリン・フィルでしたが、迫力と緊張感が凄かったと記憶しています。しかし、現在のマイ・フェイヴァリット盤は、ケンぺ/ベルリン・フィル盤です。次点としては、ザンデルリンク盤、ジュリーニ盤を上げたいです。

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2011年11月12日 (土)

ブラームス交響曲全集 カルロ・マリア・ジュリーニ/ウイーン・フィル盤

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朝晩がすっかり冷え込んできて、いよいよ秋が深まりましたね。さて、「秋の夜長はブラームス」。ブラームジアーナーのこの合言葉通りに、今月はブラームスの曲を楽しみます。これまでも、交響曲、協奏曲、室内楽などの特集を行ないましたが、それ以降に聴いた演奏がだいぶ溜まりました。その中には、是非ともご紹介したい演奏も少なからず有りますので、今回はそれらをまとめてご紹介するつもりです。

手始めはシンフォニーです。最近は新しいディスクを購入することはすっかり減ってしまいましたが、しばらく前にコメントを頂いた、じゅりさんのお気に入りというジュリー二盤が気になっていたので聴いてみました。ジュリーニはウイーン・フィルと録音した「ドイツ・レクイエム」の演奏では、少々カンタービレが強過ぎてドイツ的な圭角が失われた印象でした。けれども考えてみれば、常に遅いテンポでイン・テンポを保ち、堂々としたスケール感を生み出すというジュリーニの演奏スタイルは、ブラームスの音楽の特徴とも重なります。

オーケストラに関して言えば、自分はブラームスには北ドイツ的な重厚な音を好むので、必ずしもウイーン・フィルの演奏が好きなわけでは有りません。けれども確かに流麗で美しいブラームスにも魅力を感じないことはないので、ジュリーニがどのように指揮しているか、じっくりと聴いてみました。

1989年から1991年にかけてグラモフォンに録音を行なったこの全集ですが、4曲ともに、遅く、重く、念押しするリズムでじわりじわりと音楽を高揚させてゆく表現はいつものジュリーニです。そしてカンタービレが非常に良く効いています。少しも力むことはありませんが、緊張感を失うことが無く、ずしりとした手ごたえが有ります。4曲の中で、特に優れていると感じたのは4番です。耽美的なワルターの演奏に重量感と演奏の立派さを加えた印象です。1番の第1楽章も絶品です。4楽章の有名な旋律ではカンタービレの効かせ過ぎのために幾らか高貴さを失い気味なのが気にはなりますが、やはり良い演奏です。2番もウイーン・フィルの美感を生かしている点では、ベームと並ぶかもしれません。3番はジュリーニにしては意外に速めのテンポに感じますが、自然な流れの良い演奏です。3楽章は何故か濃厚に歌わずに、弱音であっさりと歌うのがユニークです。

ということで、4曲のいずれもが非常に水準の高い演奏です。ブラームスの交響曲のディスクというと、曲ごとには好きな演奏が有っても、こと全集盤となると、これまではファースト・チョイスのザンデルリンク/ドレスデン盤以外にはほとんど思いつかないのが正直なところでした。強いて挙げれば、ザンデルリンク/ベルリン響の新盤か、むしろベーム/ウイーン・フィル盤でしたが、今後はセカンド・チョイスとしては、このジュリーニ盤を上げたい気持ちです。

それぞれの曲についての感想は、過去記事に加筆をしましたので、良ければ目を通してみてください。

交響曲第1番 名盤

交響曲第2番 名盤

交響曲第3番 名盤

交響曲第4番 名盤

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2011年11月 6日 (日)

テミルカーノフ/サンクトぺテルブルグ・フィル 2011来日公演

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サンクトぺテルブルグ・フィルハーモニーが来日していますが、今日は横浜みなとみらいホールに聴きに行ってきました。このロシアの名門オーケストラを前回聴いたのは、ちょうど3年前の2008年ですが、そのコンサートについては「サンクトぺテルブルグ・フィル来日公演」の記事にしています。この時には、本当に素晴らしい「悲愴交響曲」を聴くことができました。今回は同じチャイコフスキーでも交響曲第5番を聴けるので、とても楽しみにしていました。

このオーケストラはロシア最古の楽団であり、ソビエト連邦時代には、レニングラード・フィルハーモニーの名称で、かのムラヴィンスキーが50年間の長きに渡って率いたオーケストラとして、その名を知られています。

ムラヴィンスキーの後を引き継いだユーリ・テミルカーノフは、先代が余りに偉大であったために大いに苦労したことが想像されます。実際に人気の上では(地元では知りませんが)凋落しました。けれども前回のコンサートを聴いた限り、オーケストラの実力は全く落ちておらず、テミルカーノフの円熟した指揮ぶりが素晴らしかったです。翌年に聴いたゲルギエフのマリインスキー劇場管弦楽団よりもオケの実力は上だと思いました。スヴェトラーノフも居ない今、ロシアの最もロシアらしい音を聴くことが出来る最高のコンビなのは間違いありません。

今日のプログラムは、前半がラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、後半がチャイコフスキーの交響曲第5番と、ロシア音楽のファンにとっては嬉しい組み合わせです。それではコンサートの様子をお伝えします。

前半のラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、ピアノ独奏はロシア出身のルーステム・サイトクーロフという人です。恥ずかしながらこのピアニストは名前も知りませんでした。ですので期待値はそれほど高くは有りません。ところが!最初の和音から中々の手ごたえです。音も美しいですし、この難曲を弾きこなすテクニックに不足は感じません。そして何よりも、オーケストラの合い間に奏でるロマンティックな旋律が何ともデリカシーに富んでいます。ラフマニノフの暗甘い音楽を心から堪能できました。オーケストラの分厚い響きも素晴らしかったです。ラフマニノフはやっぱりロシア音楽なんですよね。こういう音での伴奏は、滅多に聴けません。う~ん、ラフマニノフ!

後半のチャイコフスキーの交響曲第5番も、結論から言うと非常に素晴らしい演奏でした。本場もの嗜好の自分にとっては、これ以上のチャイコフスキーを現在、生で聴くのはまず難しいです。導入部は遅く、主部に入ると徐々にテンポを上げてゆきます。速い部分では切迫感を感じるほどに追い上げます。そして再びゆったりとしたテンポで大きく歌い上げます。要するに緩急の巾が極めて大きいのです。アゴーギグもふんだんに取り入れます。けれども唐突な感じは全く有りません。僕はこういうチャイコフスキーが大好きです。テミルカーノフの熟達した職人技には本当に感心します。金管の迫力も相当なものなのですが、決して騒々しくはなりません。どんなフォルテシモの場合でも響きのバランスが保たれて美しさを失いません。かつてのロシアの名指揮者達である、ムラヴィンスキー、スヴェトラーノフ、ロジェストヴェンスキー(はまだ現役か)のチャイコフスキーは実演の場合、金管のバランスのタガが外れてしまい、余りの音量に騒々しくなることが往々にして有りました。テミルカーノフはその点、よくも悪くも冷静です。演奏がヒートアップしても、指揮者は冷静さを失いません。ところが聴衆は充分に興奮させられます。これは大したものです。ということで、今回もまた、素晴らしいチャイコフスキーを堪能しました。演奏後の聴衆の拍手は当然凄かったです。

ちなみにこのコンビが1992年にRCAに録音したCDが有って素晴らしい演奏でしたが、今日の演奏は感興の高さがそれを上回り、更に素晴らしかったです。

アンコールは2曲。エルガーの「愛の挨拶」とチャイコフスキーの「白鳥の湖」から「四羽の白鳥の踊り」です。エルガーの弦楽がいじらしいほどの美しさで感激しました。

テミルカーノフさんは現在73歳ですが、まだまだ日本に来てくれることでしょう。その時には何を置いても、また聴きに行きたいと思わずにいられません。

<旧記事> 「チャイコフスキー 交響曲第5番 名盤」

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2011年11月 3日 (木)

モーツァルト ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595 名盤

5月にスタートしたモーツァルトのピアノ協奏曲特集が、とうとう最後の曲になりました。第27番K595です。この曲は3年前に、「クラリネット協奏曲&ピアノ協奏曲第27番」という記事にしたことがあります。その時に、僕がモーツァルトの音楽に開眼するきっかけとなったのが、この曲だったことをお話ししました。

モーツァルトは11歳の時に初めて第1番から第4番までの4曲を書いて以来、35歳で生涯を閉じるまでの24年間に全部で27曲のピアノ協奏曲を作曲しました。その最後の作品が、この第27番です。それはモーツァルトが神に召される11か月前のことです。

前作の第26番「戴冠式」からは、3年間の空白が有りましたが、第25番、26番が、大きな規模の管弦楽編成の華やかな曲だったのとはガラリと変わって、極限まで切り詰めたようなシンプルな編成の曲です。

この曲は、それまでの曲とは全く異なります。というのも「演奏会で聴衆に聴かせよう」という目的を持って書かれたようには聞こえないからです。例えてみれば、あたかも遠い天のかなたから聞こえてきた調べのような神秘性を漂わせています。「彼岸の音楽」とでも言いましょうか。モーツァルトが、たとえ本当に神様に使わされた音楽家だったとしても、そんな風に感じられる曲は決して多くありません。協奏曲であれば、やはり晩年の作品であるクラリネット協奏曲K622がそれです。亡くなる11か月前に書かれたことと、まるで彼岸のような雰囲気から、この時モーツァルトはすでに自分の死期を悟っていたかのようによく言われます。但し、僕は必ずしもそうとは思いません。というのもこの曲は、演奏によって印象が案外と変わるからです。枯れた詠嘆の雰囲気に聞こえることもあれば、瑞々しい命の息吹を感じる音楽に聞こえることもあるからです。けれども、当時はウイーンでの人気がすっかり落ちてしまい収入に困窮し、体調までも思わしくなかったモーツァルトが、まるで秋の青い空のようにどこまでも澄み切った音楽を書いたことは驚きです。

第1楽章アレグロは、天から聞こえてくるような弦のさざなみで始まります。それに乗って美しい第一主題が流れたかと思った瞬間、音は天空に舞い上がり、そして急降下します。昔、僕が学生の時に初めて耳にして、雷が脳天に直撃したような衝撃を受けた部分です。この瞬間に、僕はモーツァルトの音楽に目覚めたのでした。

第2楽章ラルゲットも天国のように美しい曲です。けれども孤独な寂しさを感じます。せっかく天国に来たというのに、まるでモーツァルトの魂が一人ぼっちで居るかのようです。ピアノもオーケストラも、余りの美しさに言葉を失います。

第3楽章アレグロは、ロンド形式です。この主題は次の作品である歌曲K596「春への憧れ」にそのまま転用されていますが、元々は民謡だそうです。それまでの明るく愉しいロンドとは異なって、どこか寂しさを感じさせます。モーツァルトにとって明るく楽しい春は、遠く手に届かない「憧れ」だったのでしょうか。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

Cci00028ウイルヘルム・バックハウス独奏、ベーム指揮ウイーン・フィル(1955年録音/DECCA盤) 僕がかつてモーツァルトに開眼した演奏です。美しい音で純粋無垢な、本当に神々しいような演奏です。1950年代のステレオ録音なので、さすがに音の鮮度は落ちていますが、当時のDECCAは優秀なので全く不満は感じません。それどころか、現在では失われてしまった当時のウイーン・フィルの柔らかく、美しい音を聴くことが出来ます。編成の小さい弦楽が透明で室内楽的な音を醸し出しますが、ベームの指揮は見事としか言いようがありません。どこをとっても立派で深い意味が有ります。この曲の諦観の雰囲気も最も良く出ています。バックハウスのピアノについても全く同じことが言えます。ピアニスティックな要素がまるでないのに、何度聴いても飽きることが有りません。ピアノが楽器としてのピアノでは無く、まるで天から聞こえる音のようにも思えます。

413cnwnq4bl__sl500_aa300_ルドルフ・ゼルキン独奏、オーマンディ指揮フィラデルフィア管(1962年録音/CBS盤) ゼルキン壮年期の演奏です。1楽章のゼルキンのピアノは中々に美しいと思いますが、オーマンディのオケ演奏はさすがにベームほど立派ではありません。2楽章は遅いテンポで、心の奥底に沈んでいくような哀しさを感じさせます。3楽章では一転して、弾むような楽しさを感じさせます。全体的に中々に良い演奏だと思います。

Casad_00ロベール・カザドシュ独奏、セル指揮コロムビア響(1962年録音/CBS盤) 1楽章のテンポは速めです。少々あっさりし過ぎかなとも思いますが、過剰な表情が無いのでこの曲の持つ純粋無垢な雰囲気がとても良く出ています。カザドシュの宝石のように粒立ちの良い音が余計にそう感じさせます。2楽章は案外ゆったりとしています。ここではセルのオケ演奏が非常に美しいです。3楽章は再び速めで清々しい演奏です。

25_27 エリック・ハイドシェック独奏、ヴァンデルノート指揮パリ音楽院管(1962年録音/EMI盤) この曲は天衣無縫のハイドシェックのスタイルには一番向かなそうですが、全くの杞憂です。端々にルバートや自由な表情の変化を聞かせますが、それでいてこの曲の諦観な雰囲気も持ち合わせるという、大変な離れ業をやり遂げています。こんな魔法のような演奏が出来る人は、中々他には居ないと思います。若いころのこの人は本当に天才でした。ヴァンデルノートのオケ伴奏も美しく素晴らしいです。

Uccd34291クリフォード・カーゾン独奏、セル指揮ウイーン・フィル(1964年録音/DECCA盤) カーゾンのピアノも淡々として過剰なものが何も有りません。純粋無垢な演奏がかえって哀しさを感じさせます。セルの演奏も同様で、時にスタッカートが短か過ぎなのが気になりますが、ウイーン・フィルの美しい音を生かしています。2楽章では遅いテンポで諦観の雰囲気を強く醸し出していて心に染み入ります。3楽章も落ち着いていて哀しみを感じさせます。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1967年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。バレンボイムにもこの曲は向いていないかと思いきや、そんなことも有りません。1楽章はある種の「華」が有り、諦観よりも生命の息吹を感じます。但し、2楽章は遅いテンポで哀感の表出を目指したのでしょうが、少々粘り過ぎて音楽がもたれます。3楽章も遅めですが、やはり明るさと「華」を感じます。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1969年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。1楽章のテンポは速めです。アンダのピアノは硬質で研ぎ澄まされたタッチが美しいですが、オケの音が少々薄く洗練不足に感じます。第2楽章は中庸のテンポですが、第3楽章のテンポは速く軽快です。現世の春の喜びを歌っているかのようです。全体的に悪い演奏とも思いませんが、特に素晴らしいとも思えません。

Curzon クリフォード・カーゾン独奏、ブリテン指揮イギリス室内管(1970年録音/DECCA盤) セル盤からわずか6年後に再録音を行いました。カーゾンは旧盤も素晴らしいですが、新盤は更に演奏の純度を高めている印象です。ブリテンの指揮はセル以上に完璧で、さすがはコンポーザーと感心させられます。完成度の高さでも新盤が上を行くと思います。どちらか一つに絞るとすれば、僕は新盤のほうを選びます。

3198100700 エミール・ギレリス独奏、ベーム指揮ウイーン・フィル(1973年録音/グラモフォン盤) ベームのオケ伴奏は本当に素晴らしく、冒頭のオケの序奏だけでも完結した芸術に聞こえます。バックハウス盤でのウイーン・フィルの50年代の柔らかい音も最高でしたが、立派さではこちらが更に上回ります。但し3楽章はリズムが重すぎて少々もたれます。ギレリスはベームに触発されて素晴らしいピアノを弾いています。神々しいほどのバックハウスと比べるのは少々酷に思いますが、これは大健闘です。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1974年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。1楽章は速いテンポで春の息吹を感じさせるようです。シュミットのピアノも力強く立派です。その分、詠嘆とか哀しみは余り感じません。2楽章も速めで、軽く流れてゆきます。3楽章は落ち着きと躍動感のバランスが良いです。全体的に堅実な演奏ではありますが、個人的には何度も繰り返して聴きたいというほどではありません。

Hmv_3637593_2 フリードリッヒ・グルダ独奏、アバド指揮ウイーン・フィル(1974年録音/グラモフォン盤) さすがにウイーン・フィルの音は美しいです。アバドの指揮もしなやかで良いのですが、さすがにベームのような立派さや威厳は有りません。グルダのピアノも美しいですが、カデンツァではかなりピアニスティックに弾くのが好みから離れます。それでも全体の音楽は自然なので、装飾音を一杯に交えた、かつてのスワロフスキー指揮盤ほどの抵抗感は有りません。

Vcm_s_kf_repr_615x846 マレイ・ペライア独奏/イギリス室内管(1979年録音/SONY盤)  ペライアは1楽章をかなり速いテンポで開始します。これには躍動感よりもせわしなさを感じてしまいます。メリハリも必要以上に強調されています。ピアノは音は綺麗なのですが、弾き方がオケと同様で、どうも落ち着きません。2楽章は逆に落ち着いたテンポで哀感を出しています。3楽章は中庸の良いテンポです。というわけで、1楽章以外は素晴らしい演奏です。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1983年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。1楽章は意外に標準的なテンポです。ゼルキンのピアノは、初めは音の粒の凸凹が気になるのですが、いつの間にか慈愛と哀感に惹きつけられてしまいます。2楽章は遅いテンポで淡々と進みますが、深々とした趣に強く惹かれます。3楽章はかなり遅いテンポで、とてものんびりしていますが、一音一音に味わいが有って心に浸み入ってきます。これは巨匠の晩年でなければちょっと出せない味なのでしょう。

349 ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、ベルリン・フィル(1988年録音/TELDEC盤) EMI盤から20年後の新盤です。ピアノ独奏は基本的に変わりませんが、フィンガリングやフレージングに更に磨きをかけた印象を受けます。オーケストラは録音のせいもあるでしょうが、編成が大きくなったような厚い響きに聞こえます。2楽章は旧盤同様に遅くロマンティックですが、音の流れは新盤の方が良いです。3楽章もゆったりと落ち着いていて美しいです。

Felista_00000448546 ジャン=マルク・ルイサダ独奏、メイエ指揮オルケストラ・ディ・パドヴァ・エ・デル・ヴェネート(2001年録音/RCA盤) ルイサダは、あの素晴らしいショパン演奏で知られていますが、モーツァルトの録音はまだ多く有りません。ここでは、美しい音でデリカシーに溢れたピアノを聞かせてくれます。テンポは全体にゆったりと落ち着いていますが、枯れた雰囲気はなくどこか華を感じさせます。といってもピアニスティックな感じは全くしません。メイエの指揮するオケも美しいです。 

以上を全て聴き直してみましたが、やはりピアノとオーケストラのどちらも素晴らしい演奏が理想です。その点で完璧なのは、やはりバックハウス/ベーム盤です。この孤高の曲の稀有な名演奏だと思います。ギレリス/ベーム盤もオーケストラの素晴らしさでは充分に匹敵しますが、ピアノがバックハウスの域には達していません。むしろ両者とも優秀なのは、カーゾン/ブリテン盤ですので、これをセカンドチョイスとしたいです。他にはユニークな、ハイドシェックEMI盤、ゼルキン/アバド盤にもとても惹かれます。なお補足ですが、バックハウス/ベームには1960年のザルツブルクでのライブ録音盤が出ていますが、演奏も音質もDECCA盤には及びません。記録として聴いてみたいと思う方のみに止めておくべきです。

ということで、この半年間、モーツァルトのピアノ協奏曲を改めて聴き直しましたが、モーツァルトにとってこのジャンルは本当に中心となる音楽だと実感します。もちろん他にもオペラやシンフォニーなどの素晴らしいジャンルが有りますが、 作曲家としても、演奏家としても本領を最大限に発揮できたのは、ピアノ協奏曲を置いて他には無いと思います。繰り返しになりますが、1番から19番までの曲も是非じっくりとお聴きになられてみてください。こんなにも魅力的な宝の山を見過ごすのは、本当にもったいないですよ。

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