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2011年9月

2011年9月25日 (日)

モーツァルト ピアノ協奏曲第21番ハ長調K.467 名盤  ~みじかくも美しく燃え~

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     スウェーデン映画「みじかくも美しく燃え」

地獄の淵を覗き込むような暗さと激しさを持ったピアノ協奏曲第20番から僅か1か月後に完成した第21番は、全く正反対の天国的なまでの幸福感に満ちた曲です。美しさの極まった第2楽章アンダンテは1960年代のスウェーデン映画「みじかくも美しく燃え」で、一躍ポピュラー音楽並みに有名になりました。そのイメージから、生粋のクラシック音楽ファンの中には、モーツァルトの音楽を単に美しいだけのBGMのように捉えている方も多いと思います。そういう意味では、この曲が有名に成り過ぎたことは逆にマイナスにもなったかもしれません。実は僕自身も昔は、この曲を何となく一段低いもののように考えていました。けれども現在では、他の20番台の傑作たちと同様にとても素晴らしい曲だと思っています。

それにしても20番以降の曲は大半が人気、内容ともに抜群ですので、そのまま名曲シリーズになってしまいますね。

第1楽章アレグロ・マエストーソは、行進曲のような勇壮な主題で開始されますが、第二主題はロココ調の明るくゆったりとした優美さを感じさせます。展開部を経た中間部では一転して静かな哀しみを感じさせます。

第2楽章アンダンテは、説明の必要が無いほど有名な、幸福感に満ち溢れた曲です。その合間にかすかに漂う寂しさは、いわゆるモーツァルトの「微笑みの裏に隠された哀しみ」です。弱音器を付けた弦楽の音の間をさまようピアノが何と美しいことでしょうか。

第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイは、軽快でオペラ・ブッフォのような楽しさを持つ曲です。こんなに幸せに満ち溢れたモーツァルトを聴けるのは、このうえない喜びだと思います。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

Mozcci00036 ディヌ・リパッティ独奏、カラヤン指揮ルツェルン室内管(1950年録音/EMI盤) これはルツェルンでのライブ録音です。但し、当時のライブとしても音質にはかなり不満を感じます。それでもリパッティの音の良さを「想像する」ことは出来ます。ここでの彼は驚くほど力強い演奏をしています。若きカラヤンの指揮も、まるでトスカニーニのように輝いています。ですので3楽章などは両者ががっぷり四つで大変に聴きごたえがあります。

Casad_00 ロベール・カザドシュ独奏、セル指揮クリーヴランド管(1961年録音/CBS盤) フランスのピアニスト、カザドシュもモーツァルトを得意にしました。スタッカートの軽みの有る音で珠を転がすようです。一方、セルは緻密な指揮ですが、通常目立たない音が非常によく聞こえてきます。両者の息もピタリと合って見事なアンサンブルを醸し出しています。2楽章ではセルが甘く甘く演奏しているのも驚きです。3楽章は、さすがセル、切れのあるリズムと躍動感が見事です。カザドシュも素晴らしいです。録音に古めかしさを感じるのがやや残念です。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1961年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。主題は良いテンポで毅然と進行します。とても安心感が有ります。短調に転調する部分では非常に沈み込んだ雰囲気が漂って来て涙を誘います。2楽章のテンポはかなり遅く沈滞した雰囲気です。ここでは微笑みはほとんど消え去ってしまい、哀しみの表情が一貫して続きます。3楽章は良いテンポで愉悦感を感じさせてくれます。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1968年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。バレンボイムのテンポ・ルバートを多用したロマンティックで天衣無縫のモーツァルトはとても好きです。但し、この曲の1楽章には、更にきりりと引き締まったリズムと立派さが欲しいと思います。タッチにもやや曖昧さを感じます。2楽章の遅いテンポももたれる感じで良さが出ていません。3楽章も平均的レベルです。

932 パウル・バドゥラ=スコダ独奏/指揮、プラハ室内管(1970年録音/スプラフォン盤) ウイーンのピアニスト、バドゥラ=スコダ教授の弾き振りです。これがウイーン大学で教えられる正統派のスタイルなのでしょうか。実につつましやかで端正な演奏です。地味すぎて面白くないと言えないことも有りません。但し、3楽章ではリズムに切れの良さが有ります。オケの響きが薄いので、何となくおもちゃの楽隊のように聞こえます。ということは結局、余り褒めてはいないかな。

Fi2546314_0eアンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1974年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。シュミット女史は60年代にスイトナー指揮で一度この曲の録音を行ないましたが、ピアノもオケもこの新盤のほうが優れています。相変わらず、古典的な造形性を重視した堅実な演奏ですが、この曲のギリシア的な造形を持つ明るい曲想に適しています。男性的なピアノタッチも特にマイナスには感じません。

Anda_2 ゲザ・アンダ独奏/指揮、ウイーン響(1973年録音/DENON盤) 全曲盤から12年後の再録音です。旧盤も素晴らしかったですが、アンダのK467は実に魅力的です。1楽章ではテンポ感覚が実に良いです。ゆとりを感じさせながらも躍動感を失わず、中間部ではぐっと哀しみを表します。録音が良い分、ピアノの音の美しさが良く味わえます。2楽章は旧盤よりも速めですが、むしろ自然にひしひしと心に染み入ってきます。3楽章は軽快で、オペラ・ブッフォのような楽しみに溢れています。

Hmv_3637593_2  フリードリッヒ・グルダ独奏、アバド指揮ウイーン・フィル(1974年録音/グラモフォン盤) グルダのK467は、60年代にハンス・スワロフスキーが伴奏指揮した録音が有りましたが、それは装飾音が多過ぎて個人的には少々抵抗が有りました。それに対してこの演奏は大分オーソドックスになり、アバドの指揮もグルダのピアノも若々しくきりりと引き締まり、青年モーツァルトを感じさせて素晴らしいです。ウイーン・フィルの弦と木管の音も非常に美しくため息が出るほどで、特に2楽章は絶品です。3楽章の軽快なテンポによる愉悦感も素晴らしいです。

Mozart_serkinルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1983年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。1楽章冒頭のアバドのテンポはグルダ盤の時よりもずっとゆったりです。ゼルキンに合わせたのでしょう。それにしても両者とも少々のんびりし過ぎな気はします。2楽章もかなり遅めのテンポですが、沈んだ気分の雰囲気が悪くありません。3楽章は慌てずに余裕を感じますが、愉悦感が失われることが無く落ち着いて楽しめます。

349 ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、ベルリン・フィル(1986年録音/TELDEC盤) EMI盤から20年後の新盤です。旧盤とはかなり違った印象です。まず、ピアノのタッチが明瞭になり滑舌の良さを感じます。非常に輝かしい演奏ですが、それが時折粗さを感じる部分も有ります。オーケストラもシンフォニックです。2楽章のテンポは相変わらず遅いですが、旧盤のようにもたれた印象は無く、ロマンティックで美しいです。3楽章はオケの音が分厚いのでまるでシンフォニーみたいです。この曲については、新盤のほうを取りたいと思います。

以上の中のマイ・フェイヴァリットはというと、アンダ/ウイーン響盤とグルダ/アバド盤です。ユニークなカザドシュ/セル盤にも大いに惹かれます。

<関連記事>
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モーツァルト ピアノ協奏曲第24、21、17、12番 ポリーニ/ウイーン・フィル盤

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2011年9月19日 (月)

~追悼~ クルト・ザンデルリンク

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ドイツの巨匠指揮者クルト・ザンデルリンク氏が9月18日に死去されたそうです。享年98歳でした。

僕はこの人には、物凄く思い入れが有ります。高校生の時に初めて耳にしたレコードによるブラームスの交響曲の演奏。これがブラームスの響きというものなのか、音楽というものなのかと目を覚まさせられた体験です。それは30年以上経た今でも少しも変わっていません。

ザンデルリンク氏はプロイセンに生まれましたが、ユダヤ系であったためにナチス政権が起こってからは旧ソヴィエトに亡命しました。そこでは、かのレニングラード・フィルハーモニーの指揮者の一人として活動しました。戦後ドイツに帰国してからは、東ドイツのドレスデン国立歌劇場やベルリン交響楽団で指揮をしました。氏は、ソヴィエトで活動したことから、チャイコフスキー、ショスタコーヴィチや、あるいはシベリウスなども多く指揮しましたが、やはり生れながらに持つプロイセン魂を如何なく発揮したのは、ドイツ音楽、それも特にブラームスの曲です。ブラームスの音楽の古典的構築性、微動だにしない重量感と、じわじわと心の底からにじみ出てくる情感を、この人ほど素晴らしく表現出来た指揮者を他に知りません。僕にとっては、この人の演奏するブラームスは、フルトヴェングラーのベートーヴェンやムラヴィンスキーのチャイコフスキーと同じような意味を持つのです。

既に現役を引退して10年近く経っていましたが、氏の残してくれた名演奏はいつでもCDで聴くことができますし、今後もライヴ録音が新たに陽の目を浴びることを願ってやみません。

ザンデルリンクさん、本当にありがとうございました。黙祷。

最後に氏の録音の中から、特に素晴らしいものを5つ挙げておきます。

①ブラームス 交響曲全集(ドレスデン国立歌劇場管弦楽団/DENON盤) 最高のオーケストラと最高の指揮者との一期一会の全集です。

 <旧記事>ブラームス交響曲全集/最高の名盤

②ブラームス ピアノ協奏曲第1番(ベルリン国立歌劇場管弦楽団、エレーヌ・グリモー独奏/エラート盤) オーケストラの響きと重圧さが最高です。独奏も素晴らしいです。

③ブラームス 交響曲全集(ベルリン交響楽団/カプリッチオ盤) 人によっては再録音の全集を好む方も居ます。重量感は旧盤以上ですが、オケの響きはドレスデンには敵いません。今となってはどちらも大切にしたいです。

④ブルックナー 交響曲第3番(ライプチヒ・ゲヴァントハウス管/Berlin Classic盤) 武骨で野趣に溢れたブルックナーです。響きも素晴らしいです。

⑤ブルックナー 交響曲第7番(シュトゥットガルト放送響/ヘンスラー盤) 雄大なスケールのブルックナー。それでいて音楽がもたれません。

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2011年9月16日 (金)

モーツァルト ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466 名盤

20061107032113 ウイーンで華々しい活躍をしていたモーツァルトが、ピアノ協奏曲第19番の完成から僅か2か月後に完成させたのが第20番ニ短調です。もちろん10番台の曲の中にも、20番台の先取りを感じさせるような部分がしばしば現れました。けれども、この2か月を隔てて完成された2曲を聴き比べてみると、その音楽の深みと完成度の余りの違いの大きさに驚いてしまいます。ピアノ協奏曲で短調を基調にした曲はこれが初めてですし、ニ短調という調性は歌劇「ドン・ジョヴァンニ」と同じです。果たしてこの曲は非常にデモーニッシュな内容ですが、この頃からモーツァルトはウイーンの大衆が喜ぶような聴き易い音楽を書くことから離れてゆきます。そして、それはあれほど人気の高かった予約演奏会の会員が激減してゆく結果にもなってしまうのです。

第1楽章アレグロは、まるで息を切らせて、もだえ苦しんでいるような不気味な雰囲気のシンコペーションで開始されます。そして極めてドラマティックな展開を経たのちに、一転して天使達の哀しみのような静けさが訪れます。

第2楽章ロマンツェは、一度聴いたら忘れられないほどにシンプルで淡々としています。アカデミー賞を受賞した傑作映画「アマデウス」のエンディングで印象的に使われていましたので、映画をご覧になられた方は脳裏に焼き付いていることでしょう。

第3楽章ロンド、アレグロ・アッサイは、一転して非常に激しい、まるで嵐のような音楽です。中間部では人生の嵐の中のつかの間の幸福感を感じさせますが、モーツァルトのこの頃の精神状態はこうだったのではないかと勝手に想像してしまいます。最後は華々しく、運命に打ち勝った勝利の歌に聞こえます。

この曲は、モーツァルトのピアノ協奏曲の中でも1、2を争うほど人気が有ります。ベートーヴェンやブラームスもこの曲に心酔していたそうですが、さもありなんと思います。

それでは僕の愛聴盤のご紹介です。

Furt_beetho_6 イヴォンヌ・ルフェビュール独奏、フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1954年録音/ERMITAGE盤) スイスのルガーノでのライブです。元々は独奏にエドウィン・フィッシャーが予定されていましたが、代役としてフランスの若き女流ルフェビュールが演奏しました。ところがこれが後世に残る録音となったのですから、人生は運です。う~ん!演奏はフルトヴェングラーの指揮が粘るところが好みませんが、非常にロマンティックで、ドラマティックな演奏です。ルフェビュールのピアノ・タッチは明瞭で、気迫が籠っていて良いです。スイス・イタリア放送による録音は年代を考えると明瞭です。

Mozart758クララ・ハスキル独奏、クレンペラー指揮フィルハーモニア管(1959年録音/audite盤) マルケヴィチ盤の前年のルツェルン録音ですが、モノラルながら非常に優れた音質です。もちろんステレオ録音以上ということはありませんが、ハスキルのピアノの粒が明確に捉えられています。クレンペラーのテンポは落ち着きがあり音楽に立体的な造形性を感じます。非常に立派なのですが、半面マルケヴィチのような推進力や切迫感には欠けています。どちらが良いかは各自の好みに委ねられることと思います。ともかくハスキル・ファンであれば何を置いても聴かれて絶対に損は有りません。

Img_232134_8126049_0 クララ・ハスキル独奏、マルケヴィチ指揮コンセール・ラムルー管(1960年録音/フィリップス盤) ハスキルにはパウムガルトナーやフリッチャイ指揮のモノラル盤も有りましたが、こちらの新盤を代表盤とするのが妥当なところでしょう。24bitリマスターでは、ハスキルのピアノの底光りする美しい音が再現されています。それは現代のピアノの金属的な音とは全く異なります。演奏も本当に人間的な肌触りを感じさせます。問題が有るとすれば、マルケヴィチの筋肉質で男性的な音造りです。ティンパニの激しい強打は特に第三楽章になると少々耳障りです。

413cnwnq4bl__sl500_aa300_ ルドルフ・ゼルキン独奏、セル指揮コロムビア響(1961年録音/CBS盤) ゼルキン壮年期の演奏です。まずセルの厳しい音造りに感心します。曖昧さの無いフレージングで、音の立体感や間合いの良さが実に見事です。ゼルキンのピアノはやたらと肩に力の入らない落ち着いたものですが、淡々とした中に味わいが感じられてさすがです。2楽章は遅めのテンポでしっとりと歌いますが、中間部はやや大人し過ぎる気がします。3楽章も力みは有りませんが、リズムの良さと緊張感が素晴らしいです。

20080324_28671 エリック・ハイドシェック独奏、ヴァンデルノート指揮パリ音楽院管(1962年録音/EMI盤) 若い頃のハイドシェックは本当に素晴らしかったです。晩年の演奏は、有り余る表現意欲が強すぎて必ずしも好きではありませんが、この頃は音の粒も実に綺麗ですし、天衣無縫の(それでいてやり過ぎない)弾き方が、モーツァルトにぴったりだと思うのです。2楽章のロマンティックな雰囲気も、3楽章の躍動感も充分です。数曲しか協奏曲の録音を残してくれかったのが本当に残念でしかたありません。ヴァンデルノートの伴奏指揮も非常に魅力的です。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1965年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。この演奏はとても素晴らしいです。まずピアノもオケも気迫が音によく乗っていて緊迫感が有ります。それでいて、ちょっとした歌いまわしにニュアンスがこもっています。2楽章は速めのテンポですが、よく歌い、即興性を感じます。3楽章はかなり速いテンポで煽りたてるような切迫感を感じます。この演奏はアンダの実力を如何なく発揮しています。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1967年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。早い時期の録音ですが、よく弾きこんだ跡を感じます。1楽章は緊迫感とニュアンスの変化が素晴らしいです。ダイナミックでスケール大きななピアノは、ベートーヴェンを想わせるほどです。2楽章はたっぷりと深いロマンを感じさせます。3楽章は前のめりですが、疾走感が見事です。中間部のホルンの強奏にも驚かせられます。若きバレンボイムの才能が充分に感じられる名演だと思います。

Curzon クリフォード・カーゾン独奏、ブリテン指揮イギリス室内管(1970年録音/DECCA盤) カーゾンは、祖国イギリスでは国宝級のピアニストでした。タイプとしてはハスキルに近いですが、更に地味な印象です。この人は、表現をひけらかすような欲が全く感じられない、まるで「生き仏」のような演奏がユニークです。心の耳を開けば、滋味溢れる良さがひしひしと聴こえてきます。第2楽章では、まるで極楽浄土を逍遥するがごとくです。そんなカーゾンが1、3楽章では精一杯積極的な演奏をしています。ブリテンの伴奏指揮も非常に美しいです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1972年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。録音のせいなのでしょうが、ピアノもオケもどうもこもった音に聞こえます。ティンパニの音が薄いのも気になります。演奏そのものは、ことさら大げさにならずに古典的な造形性を重視しています。決して醒めた演奏では無いのですが、この曲は、もう少し感情面にバランスが傾いても良いように思います。2楽章もあっさりしていて余り夢を感じさせません。

Anda_2 ゲザ・アンダ独奏/指揮、ウイーン響(1973年録音/DENON盤) 全曲盤から8年後の再録音です。旧盤も素晴らしかったですが、この新盤もとても魅力的です。オーケスラの質は問題なくウイーン響が上ですので、しっかりとした土台の上で余裕を持ってピアノが駆け回ります。特に1、2楽章の美しさが勝ります。3楽章は幾らか落ち着き過ぎた印象で、旧盤の切迫感有る演奏を取りたいと思います。全体的には僅差で新盤が好きかなぁ。

Hmv_3637593_2  フリードリッヒ・グルダ独奏、アバド指揮ウイーン・フィル(1974年録音/グラモフォン盤) 1楽章のオケがしなやかに過ぎて、BGMのように聞こえます。とても人生の深淵を覗くような怖さが有りません。アバドらしいと言えばそれまでですが、少々もの足りません。グルダのピアノも美しいですが、影響を受けたのかそんな印象です。2楽章は美しいですし、3楽章は中々の高揚を見せてとても良くなりますが、この人のこの曲を聴くなら、後述のライブ盤をお勧めします。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1981年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。CBSの旧盤から20年後の録音です。ゼルキンの基本的なスタイルは変わりませんが、新盤にはゆとりと音楽の大きさを感じます。反面、タッチの滑らかさが失われた気はします。特に3楽章でかなりもたつきを感じます。アバドの指揮は非常にしなやかで美しいですが、旧盤のセルに比べると僅かにムード的に聴こえます。トータルでどちらか一つと言われたら、僕は旧盤を取りたいと思います。

349 ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、ベルリン・フィル(1988年録音/TELDEC盤) EMI盤から20年後の新盤です。ピアノ独奏は基本的に変わらないように思います。むしろ耳に感じるのは、ベルリン・フィルの非常にシンフォニックな響きですが、どうも威圧感を感じさせるのが気になります。1、3楽章の音の迫力は凄みが有るものの騒々しささえ感じさせてしまい、過ぎたるは及ばざるがごとしという印象です。デリカシーもイギリス室内管には及びません。2楽章のロマンティックな表情だけはとても魅力的ですが、トータル的にはEMIの旧盤を好みます。 

Michelangeli20 アルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリ独奏、ガーベン指揮北ドイツ放送響(1989年録音/グラモフォン盤) ミケランジェリのモーツァルトが優秀な録音で聴けるだけでも有り難いです。いつもながらの透明感のある音と繊細なタッチはこの人そのものです。テンポがゆったり気味なので激しさや焦燥感は余り感じられません。ですのでこの曲の表現としては、理想的は言い難いです。あくまでもミケランジェリの音を楽しみましょう。

Gulda_0 フリードリッヒ・グルダ独奏/指揮北ドイツ放送響(1993年録音/EMI盤) グルダにはアバドが伴奏指揮したスタジオ盤が有りましたが、これはライブ録音です。ここでは極めてオーソドックスで、何も変わったことはしていません。ところが一音一音に非常に惹きつけられます。ピアノテクニックに衰えは全く有りません。粒立ちの良い音は非常に美しいです。北ドイツ放送響の音も暗めで美しく、このデモーニッシュな曲によく合っています。

ということで、どの演奏にも聴きどころが有るので、正直聴き手の好みかなぁ、とは思います。でも、この中で僕が特に好むのは、ハイドシェックEMI盤、バレンボイムEMI盤、グルダのライブ盤の三つです。

<補足>
クララ・ハスキル/クレンペラー盤を加筆しました(2016.10.18.)

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2011年9月10日 (土)

ブラームス「ドイツ・レクイエム」演奏会のご紹介

最近、こちらのブログへコメントを頂戴しているR2 SUZUKIさんが所属をされていらっしゃる丸の内合唱団が、10月2日にブラームスの「ドイツ・レクイエム」を演奏します。前プロが武満徹やバーンスタインという中々ユニークなプログラムですので、ご興味の有る方は是非会場に足を運ばれてみてはいかがでしょうか。詳細は下記のリンクをご覧ください。ただし、会場の収容人数が余り多くは無いようですので、事前にチケットの予約をされた方が確実とのことです。http://marugatsu.cocolog-nifty.com/blog/

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モーツァルト ピアノ協奏曲第19番ヘ長調K.459

モーツァルトが故郷ザルツブルクを離れてウイーンに乗り込んできて3年目の1784年に一気に書いた6曲のピアノ協奏曲(第14番から第19番)の最後を飾る作品です。さしずめ、6つ子兄弟の末っ子です。この曲はレオポルト2世の戴冠式の祝賀コンサートで、第26番「戴冠式」と共に演奏されたことから、やはり「戴冠式」と呼ばれることもあります。但し、元々その祝賀のために作られたわけでも有りませんし、まぎらわしくなるからか現在ではほとんど使われていません。

第1楽章アレグロ・ヴィヴァーチェは、確かに戴冠式にふさわしい、毅然としていて華やかな曲想です。但し第17番、18番あたりと比べると、やや単調な印象も拭いきれません。

第2楽章アレグレットは、穏やかな中にも哀愁がただよう主題が印象的です。特に短調に転調しての、もの悲しい表情にはとても惹かれます。

第3楽章アレグロ・アッサイは、パパゲーノ的なコミカルな動きで始まりますが、リズミカルでシンフォニックに展開してゆきます。この辺りのオーケストレーションは、いよいよ第20番以降の傑作群に到達する、いわば予告編のような気がします。そしてフィナーレはパパゲーノの「パパパパパパパ」で幕を閉じます。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1967年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。この演奏はあらゆる点で中庸です。「中庸の良さ」というのも有るのでしょうが、この場合は余りに普通過ぎて印象に残りません。もちろん全集の順番を埋める演奏としては、決して悪いことは無いのですが、アンダの素晴らしい演奏を知る者としては、この人にはもっともっと期待したいのです。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1972年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれていますが、この録音の頃はバレンボイムの演奏が非常に乗っていたと思います。1楽章のあふれ出る楽しさとニュアンスの変化は充実感で一杯ですし、短調部分でのアタックの力強さは聴きごたえが有ります。2楽章のこぼれ落ちるような哀しみの表情にも大いに惹かれます。3楽章は堂々と立体的なオケ伴奏に乗って自由自在に駆け回るピアノが魅力的です。全体的にロマンティックに傾いた演奏ですが、曲の小粒さを感じさせない素晴らしさです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1975年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。1楽章ではシュミットもマズアも、どういうわけか普段の男勝りで堂々とした雰囲気は無く、非常に女性的で小粒な演奏となっています。もちろん古典的な造形性は美しいとは思いますが、元々小粒な印象のこの曲を等身大で演奏されると、やや聴きごたえが無く感じてしまいます。過不足無いことがもの足りません。但し、2、3楽章では一転して「中庸の良さ」の美しさと充実感を感じます。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1983年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。どういうわけか、この演奏も1楽章が小粒に感じます。特にアバドのオケ伴奏です。ゼルキンのピアノも想定範囲内で特徴に欠けています。それは2楽章に入っても印象が変わりません。3楽章では、ようやく曲にも演奏にも躍動感を感じて楽しめますが、どうもこの曲は、2楽章までが意外に難曲なのかもしれません。

これ以外では、以前はハスキルのフリッチャイ伴奏盤(グラモフォン録音)を持っていましたが、余り印象に残っていません。というわけで、僕にとってはこの曲もやはりバレンボイム盤が群を抜いた魅力を感じさせてくれます。

さて、次回からはいよいよ20番台に入ります。本当の傑作群ですし、愛聴盤の数も増えますので、毎週の記事アップは難しいかもしれませんが、頑張って行きます。

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2011年9月 3日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第18番変ロ長調K.456

ウイーン時代のピアノ協奏曲の六つ子作品、第14番から第19番までの五男坊は、ピアノ協奏曲第18番です。この曲は、ウイーンの盲目の女流ピアニスト、マリア・テレジア・フォン・パラディスの注文によって書かれました。従って、全体は女性的な曲に仕上がっていますが、第2楽章の変奏部分では荒々しく男性的な一面も現れます。

モーツァルト自身もこの曲を自分のレパートリーとして演奏会で演奏しましたが、その会場に臨席した皇帝ヨーゼフ2世は「ブラヴォー、モーツァルト!」と叫んだと言われています。また、やはり会場に居合わせた父モーツァルトのレオポルトも作品の美しさに涙を流したそうです。

ウイーン前期の10番台のピアノ協奏曲には、第15番や第17番以外にも名作が目白押しなので、もしも20番以降の曲しかお聴きになられていないとすると絶対にもったいないと思います。是非ともじっくりお聴きになられてほしいです。

第1楽章アレグロ・ヴィヴァーチェはオペラ・ブッフォ的な楽しさに溢れた曲です。そんな中に時折織り込まれている音の翳りに中々惹かれます。

第2楽章アンダンテ・ウン・ポコ・ソステヌート この楽章は素晴らしく魅力的です。「フィガロの結婚」でバルバリーナが歌う「カヴァティーナ」に良く似た主題と5つの変奏から成りますが、何しろ哀しくも美しい主題ですのでこの曲の一番の聴きどころと言えます。

第3楽章アレグロ・ヴィヴァーチェはロンドですが、優美さと楽しさと重さとが次々に表情を変えて現れるという、これも充実した楽章です。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1965年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。1楽章のテンポは中庸ですが、音の切れや充実感はアンダとしては特別に優れたものとは感じません。2楽章は悪くは有りませんが、曲の素晴らしさにやや追いついて行けていないように感じます。3楽章は一応及第点の演奏です。というわけで、アンダならばもっと期待したいところです。また録音のせいかも知れませんが、オケの音も何となく痩せている気がします。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1972年録音/EMI盤) やはりEMIの全集盤に含まれていますが、これは素晴らしい演奏です。1楽章では楽しさの中に多彩なニュアンスの変化と陰りが散りばめられていて、他の人とは充実感がまるで異なります。白眉は2楽章で、バルバリーナの哀しみが涙と共にこぼれ落ちるようです。変奏での激しさにも圧倒されます。3楽章は一転して優雅さの極みです。タッチと表現の自由自在さが正にモーツァルトを感じさせます。イギリス室内管も美しく優秀です。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1976年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。この曲でも、マズア率いるオケ伴奏の響きの美しさと古典的な造形性が際立ちます。シュミットのピアノは相変わらず質実剛健で女々しさというものを感じさせません。男勝りというほど荒いわけでは有りませんが、男性的と言えるかもしれません。けれども2楽章の深い哀しみの表情には心を打たれます。オケ伴奏と一体になった美しいハーモニーを奏でています。変奏部分にはやや堅苦しさを感じますが、これが彼らの純ドイツ流なのでしょう。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1986年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。第17番でも感じましたが、アバドはオペラっぽい曲の演奏は非常に上手いと思います。これはイタリア人の本能でしょうね。ですので1楽章は魅力充分です。ゼルキンのピアノもゆったりと構えて大人の味わいが有ります。ところが聴きものの2楽章はアバドの指揮が意外に薄く、心に響いてきません。ゼルキンのピアノは逆に表情の濃さを意識しています。変奏部分のテヌートで重く引きずるところなどは、少々やり過ぎのような気もしますが、凄みが有ってユニークです。3楽章はピアノ、伴奏ともに美しく楽しいです。

ということで、この曲に関しては、僕が聴いた限りではバレンボイム盤が群を抜いて魅力的だと思います。

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