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2011年8月

2011年8月31日 (水)

野田新総理大臣と民主党に思う

大変な国難に直面している日本の新総理大臣に、野田氏が決まりました。
それにしても国家のリーダーというのは、実際にやらせてみないとわからないものです。
鳩山さんには個人的に始めから期待度ゼロでしたが、ものの見事に大マイナスの結果を出されてしまいました。特に外交面で、普天間基地移転問題から日米同盟までをガタガタにした責任は非常に重いです。
それに対して市民活動家から出発した菅さんにはもう少し期待できるかと思いました。ところが鳩山さん並みにダメでしたね。およそ国家のリーダーとしての自覚が感じられませんでした。感じたのは、哀しいかな彼の傲慢さと自我ばかり。
民主党の総理大臣には二度も失望させられてしまいました。ただ、元々僕は民主党に投票したことはありません。高額所得者までもが受給できる子ども手当、私立高校に比べて授業料が遥かに安い公立高校授業料の無償化、確かに高過ぎるけれどもタダにまでする必要性はない高速道路無料化、など看板政策にはどれも大きな疑問を感じていたからです。
従って、三人目の野田さんへの期待度も限りなくゼロに近いのですが、それでは困ります。何としても三度目の正直になってもらいたいです。予想を良い方に裏切って、是非とも期待以上の結果を残してもらいたいのです。でないと、本当にこの国は終わってしまいそうです。
自民党を追い込んで、本当に政権党となった民主党。あのときには国民の大きな期待を受けたはずです。それが、今では国民に政治不信どころか、国家不信にまで陥らせそうです。だとしたら、この政党の責任は非常に大きいです。震災対策問題、財政問題、年金問題、エネルギー問題、領土問題、北朝鮮拉致被害者問題・・・・・重要課題は山積みです。
これらはもちろん政権党だけの問題では有りません。自民党も単に衆議院解散総選挙に追い込むことだけを考えるような国民不在の思考では絶対にいけません。
すべては日本国民全体の問題です。もう、これ以上我々に残された時間は有りません。
厳しく新リーダーと政治の行方を見守りましょう。

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2011年8月28日 (日)

モーツァルト ピアノ協奏曲第17番ト長調K.453

さてさて、サマー特集も終了して、モーツァルトのピアノ協奏曲に再び戻ろうかと思います。再開の曲は、ウイーン時代のピアノ協奏曲の六つ子作品、第14番から第19番までの四男坊にあたる、ピアノ協奏曲第17番です。この曲は彼の弟子のバルバラ・プロイヤー嬢のために書いたもので、第15番、16番と比べると技巧的には易しくなっています。それにしても、この曲はおよそ優美さという点では、ウイーン時代の作品の中でも髄一だと思います。モーツァルトは女性の為に曲を書くときには明らかに意識をしていますね。しかも愛弟子ですから、愛情(下心?)があふれ出ています。さすがです。ただし第2楽章や第3楽章の中に聴かれるような音の翳りは既にモーツァルトの本質を表していています。彼自身もこの曲はとても気に入っていたようですが、作曲家オリビエ・メシアンは、この曲について「モーツァルトが書いた中で最も美しく、変化とコントラストに富んでいる。第2楽章アンダンテだけでも、彼の名を不滅にするに充分である。」と絶賛しています。僕はモーツァルトの10番台のピアノ協奏曲の中では、第15番が一番好きではありますが、この第17番もとても好きです。

第1楽章アレグロは、春の暖かな風が頬を撫ぜてゆくようなイントロに始まる、とにかく優美極まりない曲です。けれども展開部の充実した内容は、さすがに中期のモーツァルトです。

第2楽章アンダンテは、「やや遅めに」と指示されているように、深い静けさに包まれた非常に美しい音楽です。特に中間部で転調して移りゆく音の陰りと悲しみの雰囲気は、後期の作品群がすぐ近くまで来ていることを暗示させるに充分です。あぁ、モーツァルト!

第3楽章は、オペラ・ブッフォ調の実に楽しい曲です。「魔笛」に登場する天衣無縫なパパゲーノが舞台の上で飛び跳ねているような光景を思い浮かべてしまいます。中間部で突然音楽が悲しみに変わるのもまた、パパゲーノの心のようです。

この曲も、僕がアナログ盤時代に聴いていたのは、ピーター・ゼルキンとアレキサンダー・シュナイダーの演奏でしたが、現在愛聴しているCDは以下の通りです。

671ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1961年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。テンポは中庸ですが、生命力が素晴らしいです。曲によっては多少の荒々しさを感じることがあるアンダですが、この曲では優美さと躍動感が高次元で融和しています。2楽章の深い翳りも非常に素晴らしいですが、3楽章のリズムの切れの良さとコミカルな表情は、まるで名歌手が歌い演技するパパゲーノのようで最高です。アンダはピアノだけでなく、指揮者としても素晴らしいです。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1967年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。1楽章は意外に速いテンポです。その為か幾らかせわしなく、優美さが充分表し切れていないように感じます。一転して2楽章では遅めのテンポですが、その割に音楽の深みはいま一つです。流れも余り良くないように感じます。3楽章は前半を遅めのテンポでじっくりと各フレーズを歌いますが、楽しさが不十分です。後半はテンポアップして躍動感が感じられて良いです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1976年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。まずはマズア率いるオケ伴奏の美しさに魅入られます。テンポ感覚も中庸かつ抜群です。ウイーン的に甘くなるわけではなく凛とした佇まいが逆に魅了的です。普段はいまひとつのマズア爺が顔に似合わず本当にチャーミングな指揮をしています。シュミットのピアノも堅牢で、女々しくならない格調の高さを感じます。現代的に過ぎないピアノらしい音も好きです。第2楽章の悲しみの表情と美しさも感動的です。第3楽章はコミカルというよりは格調が高いので、DFディースカウのパパゲーノといった雰囲気です。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1981年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。冒頭のオケ伴奏はアバドが優等生的に健闘していますが、アンダやマズアの魅力には及びません。ゼルキンのピアノはここでもゆったりと風格と味わいを感じさせますが、少々のんびりし過ぎた印象です。第2楽章では、ゼルキンが意外や余り淡々とはならずに、むしろ大きな表情で歌います。深い悲しみがドラマティックで感動的です。第3楽章はオペラが得意なアバドに適しているのでしょう。素晴らしくチャーミングな伴奏、というよりも主役です。ゼルキンもそれに乗って生き生きとしています。

ということで、シュミット盤やゼルキン盤も捨てがたい良さが有るのですが、総合的に文句の付けようの無いアンダ盤がやはり一番好きです。

<関連記事>
モーツァルト ピアノ協奏曲第24、21、17、12番 ポリーニ/ウイーン・フィル盤

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2011年8月20日 (土)

マーラー 交響曲第5番&第6番 ジョルジュ・プレートル/ウイーン響 ~夏の夜のマーラー~ 

夏休みやお正月休みがやってくる前は、それはもう嬉しくてたまらないのですが、それが終わってしまい、また仕事に戻らなければならないときには、この世の終わりのような厭世的な気分になります。そんな時には、やはりマーラーでしょうか。ちょうど今夜は涼しいですし、夏の夜のマーラーも悪くありません。

そこで聴いたのは、ジョルジュ・プレートルの指揮するマーラーです。プレートルは昨年、サントリーホールでウイーン・フィルを指揮して、非常に素晴らしい「エロイカ」を聴かせてくれました。そのプレートルがウイーンで、フィルハーモニーではなくシンフォニカ―のほうを指揮したマーラーの第5、第6のライブCDが以前から出ていて評判だったのですが、実は僕はまだ聴いたことが有りませんでした。ですので、やはり一度はと思って聴いてみました。

マーラー 交響曲第5番

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ジョルジュ・プレートル指揮ウイーン響(1991年録音/WEITBLICK盤)

この演奏は宇野功芳先生が絶賛していましたし、色々な方のブログでも「凄い」と評判でした。確かにかなりの熱演であるのは間違いないです。表情が中々濃い部分もあります。ただプレートルは元々オーケストラを厳しく統率するタイプでは無いだけに、悪く言うとかなり雑な演奏になっています。この曲には同じウイーン響をオーケストラ・ビルダーのガリー・ベルティーニが指揮したライブ盤がありますが、聴き比べるとその差が歴然としています。ベルティーニの方はオケのコントロールが実に緻密なのです。もっともプレートルのおおらかさ、「えい一丁上がり!」という神経質にならない味わいが良いという人だって居るかもしれません。それに不思議なほどに明るいマーラーです。暗いマーラーが嫌いな人には良いでしょう。でも、それってマーラーだろうか?とは思います。ウイーン・フィルを指揮した「エロイカ」が素晴らしかったのは、誰が指揮しても、自発的にアンサンブルを整えてしまう能力のあるオケだったからかもしれません。それにマラ5のように至難のアンサンブルの曲では、やはり相当のバトンテクニックが必要になるんじゃないでしょうか。

というわけで、この演奏は世の評判ほどには良いと思いませんでしたが、決して嫌いな演奏ではありません。特に第4楽章アダージェットは、まるでオペラの一幕のように愛を語りかけてきます。ああ、これはマーラーが愛妻アルマに捧げたラブレターです。それをここまで熱く演奏した人は、もしかしたら居なかったかもしれません。終楽章も表情豊かで楽しさに満ち溢れています。この二つの楽章だけならば、掛け値なしの名演だと思います。

マーラー 交響曲第6番「悲劇的」

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ジョルジュ・プレートル指揮ウイーン響(1991年録音/WEITBLICK盤)

第1楽章は非常に速いテンポで始まります。しかもドイツ系の指揮者のように強固なリズムを刻むわけではないので、だいぶ前のめりに感じます。推進力が有るのは良いとしても、もう少し重さを感じさせて欲しくなります。特に展開部ではプジョーさながらにギアーをチェンジしてテンポを一段と上げます。どんなに巨匠になってもやはりフランス人ですね。アルマのテーマの処理は、まあまあというところです。この演奏では第2楽章にスケルツォ、第3楽章にアンダンテの順に並べられているので不満は有りません。但し、第2楽章主部は相当な快速テンポです。切迫感を通り越して、音楽が上滑りしているのでこれでは頂けません。第3楽章は、5番のアダージェットのように一遍の愛の詩になっています。主部はもちろんですが、中間部になっても余り深刻さを感じさせません。この世の終わりのような演奏が普通かと思っていると、すっかり肩透かしをくらいます。さすがはラテン系です。その点、終楽章は元々切迫した曲想ですので、快速テンポが不自然には感じません。無難に及第点と言って良いと思います。第5交響曲の場合には4、5楽章が中々の聴きものだったので、「終わり良ければ、全て良しとするかなぁ」と思えたのでしたが、第6の場合にはちょっと難しいところです。

というわけで、プレートルはマーラーの演奏には本質的に適していないのではないか、というのが僕の感想です。その代わり、暗く重苦しいマーラーが苦手の方には丁度良いのではないかと思います。

<過去記事>

マーラー交響曲第5番 名盤

マーラー交響曲第6番「悲劇的」 名盤

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2011年8月18日 (木)

~サマースペシャル・名曲シリーズ~ メンデルスゾーン 交響曲第3番イ短調「スコットランド」

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今日もまあ暑かったですね。(大汗) でも、お盆を過ぎると夏ももうじき終わりだなぁと思います。昼間はまだまだ暑くても、朝なんかは気温が段々に下がってくるからです。さて、スコットランドにちなんだ曲が続いたところで、もう一曲聴きましょう。とすれば、やはりこの曲かな。

メンデルスゾーンの交響曲第3番「スコットランド」です。メンデルスゾーンは20歳の時に初めてイギリスに渡り、スコットランド地方を旅しました。その時にこの曲の作曲を始めましたが、途中で中断したこともあって、全曲が完成したのは、その13年後の33歳になった時でした。この人には第4番「イタリア」や第5番「宗教改革」が有りますが、実際には、この第3番が最後に完成した交響曲です。番号は出版された順につけられたからです。ですので、この交響曲は、青春の息吹のような爽やかさと、円熟した作風とが上手く同居しています。曲のタイトルは、もちろんスコットランド旅行中に書き始めたからです。

第1楽章アンダンテ・コンモート 悲哀に溢れた幻想的で長い序奏部分は荒れてしまった古城を想わせます。まるで滝廉太郎の「荒城の月」みたいです。そして序奏が終わって主部への移り方は、実に美しく素晴らしいです。徐々にクレッシェンドして盛り上ってゆきますが、ここは北海の荒々しい海を想わせます。

第2楽章ヴィヴァーチェ・ノン・トロッポはスケルツォ楽章にあたります。スコットランド民謡を思わせるような軽快な主題がとても魅力的ですね。

第3楽章アダージョはメンデルスゾーンの魅力全開の、息の長いメロディが非常に美しくロマンティックです。中間部の峻厳な雰囲気も素晴らしいです。

第4楽章アレグロ・ヴィヴァッチェシモでは、音楽が情熱的に躍動しながら行進しますが、明るさと同時にどこか暗さを感じさせます。また幾らか攻撃的なようにも感じます。長い主部が終わると終結部では、全く新しい主題によって壮大で高らかに勝利の歌が歌われて曲を結びます。

この曲の愛聴盤ですが、古いファンなら誰でもご存じの定番です。これですっかり満足しているということでもあるのですが、ともかくはご紹介しておきます。

417jhqpb0wl__sl500_aa300_ ペーター・マーク指揮ロンドン響(1957年録音/DECCA盤) マークは日本のオケにも度々客演しましたし、この演奏もかつては高く評価されていました。けれども最近ではすっかり忘れ去られた感が有ります。非常に残念です。改めて聴いてみると、本当に若々しく瑞々しい演奏なので、若きメンデルスゾーンの異国への旅における喜びが余すところなく表現されていると思います。DECCAの録音も年代を感じさせないほどに秀れているので不満は感じません。

D0ed6f6c7 オットー・クレンペラー指揮フィルハーモニア管(1960年録音/EMI盤) 昔から「スコットランド」と言えばクレンペラーと言われるほどの定番中の定番です。遅いテンポでゆったりと構えているので、メンデルスゾーンの持つ音楽の明るさが減衰している印象です。常にクールで熱く成り過ぎないのです。でも、この曲にはむしろ適していると思います。特に第2楽章の遅さは、このテンポだからこそ、あのチャーミングなメロディが生きるのだと思います。他の部分も甘さ控えめで落ち着いた大人の魅力です。こんなメンデルスゾーンは、ちょっと他の指揮者には真似が出来ないでしょう。

3198070030 オットー・クレンペラー指揮バイエルン放送響(1969年録音/EMI盤) ミュンヘンでのライブ録音ですが、オーケストラは優秀ですし、スタジオ盤を上回るほどの出来栄えです。ところが、ひとつ問題が有ります。クレンペラーは、この曲の終結部が気に入らなかったようで、自分で勝手にコーダを書き換えてしまいました。それは短調のまま静かに終わるので、確かに面白いと思います。でもメンデルスゾーンが13年かけて書き上げたものに手を加えるというのは、如何なものかなぁという気がします。聴き慣れているせいもあるでしょうが、個人的にも通常版のコーダは好きです。従って、これはあくまでもセカンドチョイスとせざるを得ません。

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2011年8月16日 (火)

~サマースペシャル・名曲シリーズ~ ブルッフ 「スコットランド幻想曲」op.46

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毎日暑い日が続いています。
こんな時には、家で爽やかな気分に浸れる音楽を聴くのが一番です。「グリーンスリーブスによる幻想曲」に続いて、スコットランドにちなんだ曲を聴きましょう。マックス・ブルッフの「スコットランド幻想曲」です。

ブルッフはドイツの作曲家ですが、ベルリンの音楽大学の教授でもあったので、生徒の中には日本の山田耕作なんかも居ました。ブルッフの一番有名な作品は「ヴァイオリン協奏曲第1番」で、僕もとても好きな曲です。けれども、同じヴァイオリン協奏曲のスタイルをとりつつも、もっと自由に書いた名作が「スコットランド民謡の旋律を自由に用いた、管弦楽とハープを伴ったヴァイオリンのための幻想曲」です。これでは余りに長過ぎるので、通常は「スコットランド幻想曲」と呼ばれます。

ブルッフの音楽の基調はドイツ・ロマン派としてのロマンティックな音楽ですが、たとえスコットランド民謡を使わなくてもどことなく爽やかな雰囲気を持っています。「ヴァイオリン協奏曲第1番」も、やはりそうでした。ですので「スコットランド幻想曲」ともなると本当に涼しげな空気感が一杯に広がります。爽やかで懐かしいメロディが幻想的な雰囲気の中に次々に現れてきます。民族楽器のバグパイプを模した和音なんかも登場します。
演奏会で取り上げられる機会が決して多いとは言えませんが、珠玉の一品と呼べる素敵な曲なのです。もしもこの曲を聴かれたことが無い方は、是非ともお聴きになられてほしい名曲です。

元々CDの種類も多くは有りませんが、僕が愛聴盤にしているのは下記の3つです。

516u2hymstl__ss500_ チョン・キョンファ(Vn)、ケンぺ指揮ロイヤル・フィル(1972年録音/DECCA盤) この曲は余りにたっぷりと歌われると甘さが過多になって爽やかさが失われてしまいます。大家が演奏すると往々に陥りやすいです。ドイツの森では無く、北国スコットランドの景色を目の当たりにするような空気感が欲しいのです。その点、若きキョンファのバイオリンは実に端正で余分な脂肪分が無く、凛とした雰囲気がこの曲にうってつけです。懐かしい歌い方といい、リズムの切れの良さと言い、正に最高です。更に名匠ケンぺのオケ伴奏も実に素晴らしく、それほど優秀でもないロイヤル・フィルからうっとりとするような美しい演奏を引き出しています。この演奏は、この曲の不滅の名盤だと思います。

51vg6rqyvl_2五嶋みどり(Vn)、メータ指揮イスラエル・フィル(1993年録音) 五嶋みどりの初期の録音です。カップリングのシベリウスでは透徹した曲の魅力が十分に演奏できているとは思えませんでしたが、このブルッフは素晴らしいです。若さに似合わずどっしりとした恰幅の良さを感じますが、脂肪分は少なくとても爽やかです。技術的にも非常に安心感が有りますし、歌心にも不足しません。メータ指揮のオケも響きが美しく、全体的に北欧のクールさよりはドイツ風の空気を感じさせますが、この曲の名演としてチョン・キョンファに次ぐのではないでしょうか。

20091209_1551327 諏訪内晶子(Vn)、マリナ―指揮アカデミー室内管(1996年録音/フィリップス盤) わが愛しの晶子嬢、24歳の時の録音です。演奏本位で言えば、キョンファ盤以外は何も要らないと言いたいところですが、プレイヤー本位(というかCDジャケット本位?)ということで、やはり晶子嬢です。そのお嬢様も今ではすっかり大人の女性になり、私生活や脱税問題で色々と叩かれて苦労しているようなので気の毒です。キョンファの名演奏には敵いませんが、彼女のスリムな体形のように脂肪分少なく爽やかな演奏なので、決して悪くありません。

<補足>
五嶋みどり/メータ盤を追記しました。

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~サマースペシャル~ ニール・ヤング その2 愛聴盤

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ニール・ヤングはバッファロー・スプリング・フィールドやクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングという実力派グループに所属していた時期も有りますが、活動の大半はソロもしくは自分の結成したバンドを率いてでした。当然、そのほうが彼の強烈な個性が存分に発揮されています。

彼はアルバムを数多く出していますが、僕が特に愛聴しているのは、ニール・ヤングが最も創作意欲に溢れていた時期の完成度の高い2つのアルバムです。ファンの間ではどちらも大変に人気が高い作品です。

「After The Gold Rush/アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」(1970年)

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ソロ活動になって3枚目のアルバムですが、ファンの間では一番人気の高いアルバムではないかと思います。アルバムの流れの中心となるアコースティックのナンバーの数々は、どれもが優しい愛に満ち溢れていて、心の奥底に語りかけてきます。メロディもサウンドもシンプル極まりないのですが、どの曲も大変に美しく何度聴いても飽きさせません。その中で、第3曲「Southern man」では、激しいエレキ・ギターの音が真実のメッセージとなって心に突き刺さってきます。魂を揺さぶられるようです。もうひとつのエレキサウンド・ナンバー第9曲「When you can really love」も、一見古いサウンドなのですが、やはり飽きさせません。主流のアコースティック・ナンバーの間にエレキサウンド・ナンバーが上手く収められていて、全体の味付けのバランスが絶妙なのです。

「Harvest/ハーヴェスト」(1972年)

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「アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ」に続いて発表された「豊作」というタイトルを付けられた4枚目のアルバムです。前作と比べると、ずっと重くシリアスな雰囲気になっています。サウンドも前作には無かった、本格的なオーケストラが何曲かで使われています。ですので曲の内容もサウンドも、前作よりもずっと聴きごたえが有ります。また全体を通して、アメリカ南部の土臭さも増しているように感じます。良くも悪くも「濃い」わけです。先日、ご紹介した「Heart of Gold」は、このアルバムの第4曲として納められています。もちろんこのアルバムでもアコースティック・ナンバーは、どれもシンプルで美しいのですが、僕はエレキサウンド・ナンバーの第8曲「ALABAMA」と第10曲「Words (Between the Lines of Age)」が、物凄く好きで心惹かれます。第3曲「A Man needs a Maid」や第7曲「There's a World」にはフル・オーケストラが使われますが、演奏しているのはロンドン交響楽団という豪華さです。正規メンバーだけで演奏しているとは思いませんが、プレーヤーの上手さは本物です。

というわけで、この2枚はどちらも優劣が付けられないほどの素晴らしさなのですが、あえて自分の好みで一つだけ選べば「Harvest」のほうを取ります。

Weld これ以外では、激しいエレキギター・サウンドが炸裂する2枚組ライブ・アルバムの「WELD」が素晴らしいです。アルバムタイトルの通り炎のように燃えて、ついには「溶解」してしまうような、熱い熱いパフォーマンスが聴きごたえ充分です。但し、家で聴くときにはご注意を。家族やご近所から騒音苦情間違い無しですので。

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2011年8月14日 (日)

~サマースペシャル~ ニール・ヤング その1 「Heart of Gold/孤独の旅路」

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サマースペシャル第2弾です。けれどもクラシックではありません。僕の大好きなロック・シンガー、ニール・ヤングです。

僕は中学時代から高校前半あたりまではロック・ミュージックを愛する少年でしたが、ブリティッシュロック、ハードロック、ソフトロック、プログレッシブロック、カントリーロック、など、色々なロックを聴きました。その中で、ジャンル的にはカントリーロックに含めて良いであろう、クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングという4人組のグループが大好きでした。この4人は各自がソロ活動を行う人気グループでしたが、中でも一番好きだったのが、最後の「ヤング」ことニール・ヤングです。なにしろこの人は個性的です。顔はと言えば、ハンサムには縁遠い、なんだか類人猿みたいな顔をしていますし、声といったら鼻に詰まったようなへんてこりんな声ですし、エレキ・ギターを弾けば、およそ上手くは無くガリガリ、キリキリとノイジーな音を出します。ところが、それにも拘わらず、音楽が非常に心に響くんです。たぶんそれは、うわべごとや綺麗ごとでは無く、正に真実の歌や演奏だからだと思うんです。それと、この人の書く曲はどれもがとてもシンプルなメロディーでいて、何度聴いても飽きないような素晴らしいメロディーなんです。ですので、この人のファンは熱烈なファンが決して少なくなかったと思います。意外なことにこの人はカナダの出身ですが、不思議なぐらいカントリー・テイストに溢れた素敵な音楽を書いています。

4月に丹沢山麓に引っ越してからは、車を運転する時にはよくニール・ヤングを聴いています。周囲の畑や田んぼや山並みや川の見える景色に実に良く似合っています。

そこで、この人の曲を一度も耳にしたことが無い方のために1曲だけ、代表曲をご紹介します。当時、日本でもヒット・チャートに上がった「Heart of Gold」(邦題:孤独の旅路)です。英語のHeart of goldというのは直訳すれば金の心ですが、やさしい心という意味を持っています。この歌での金の心は、自分自身の心のことだと僕は考えていますが、色々な解釈が可能だと思います。歌の中で鉱夫だと言うのは、金さがしになぞらえて言っているだけです。下記の和訳は自分流ですので、正しいとは限りません。各自がそれぞれに解釈すれば良いことだと思います。ちなみに邦題の「孤独の旅路」というのは、ファンの間では余り評判が良くないようですが、僕はそんなに悪くないんじゃないかなぁと思っています。

YouTubeで生演奏のビデオを観ることができますので、どうぞお聴きください。

「Heart of Gold/孤独の旅路」 by ニール・ヤング (from YouTube)

I wanna live, I wanna give
I've been a miner for a heart of gold.
It's these expressions I never give
That keep me searching for a heart of gold
And I'm getting old
Keep me searching for a heart of gold
And I'm getting old

私は生きていたい
私は与えていたい
私は(やさしい)金の心を求める鉱夫だ
決してこういう言葉は口には出さないが
私はやさしい心を求め続けて、年をとっていく

I've been to Hollywood I've been to Redwood
I crossed the ocean for a heart of gold
I've been in my mind, it's such a fine line
That keeps me searching for a heart of gold
And I'm getting old.
Keeps me searching for a heart of gold
And I'm getting old.

私はハリウッドに行ったことがある
レッドウッドにも行ったことがある
やさしい心を求めて海をも渡った
素晴らしい言葉が心の中にいつもあった
私はやさしい心を求め続けて、年をとっていく

Keep me searching
for a heart of gold
You keep me searching
for a heart of gold
And I'm getting old.
I've been a miner
for a heart of gold.

やさしい心を求め続けさせてくれ
私はやさしい心を求め続けて、年をとっていく

日本語訳:ハルくん

この曲、いかがでしたか?

ニール・ヤングはアルバムを数多く出していますが、僕が特に愛聴しているアルバムを、その2でご紹介したいと思います。

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2011年8月13日 (土)

ヴォーン・ウイリアムス「グリーンスリーヴスによる幻想曲」 ~サマースペシャル・名曲シリーズ~

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今日から夏休みに入りました。といっても自分の勤務する会社は全部で5日間です。これを短いと感じるか長いと感じるかは、人それぞれでしょうが、世の中には連休と無縁の方だって多くいらっしゃるわけですから、ぜいたくを言ってはバチが当たります。

そこで今週はモーツァルトのピアノ協奏曲シリーズもお休みします。ウォルフィくん、おやすみだよ~ん。

代わりにサマースペシャル・名曲シリーズとしてヴォーン・ウイリアムスの「グリーンスリーヴスによる幻想曲」です。イギリス音楽って実に爽やかですよね。もちろん北欧音楽ほどの清涼感は有りませんが、この爽やかな音楽は、暑苦しい夏に涼しく爽やかな空気を与えてくれます。特にレイフ・ヴォーン・ウイリアムスの音楽は、イギリスの民謡を題材にした曲が多いので、どの曲もとても爽やかです。シンフォニーも多く作曲していますが、どちらかと言うと短い管弦楽曲のほうにこの人の特徴が強く表れている気がします。僕の大好きな「舞い上がるひばり(あげひばり)」なんて名曲も有りますが、今日は「グリーンスリーヴスによる幻想曲」です。

この「グリーンスリーヴス」という曲は元々は16世紀に、イギリスのスコットランド近くの地方で歌われ始めた民謡なんだそうです。どうりで涼しい空気感を持つメロディですよね。ただし作曲者は不明です。ある男性が女性、それも娼婦に対する恋慕を歌にしたという、せつない内容なのです。歌詞はこんな風です。

ああ、私の愛した人は何て残酷な人、
私の愛を非情にも投げ捨ててしまった。
私は長い間あなたを愛していた、
側にいるだけで幸せでした。

グリーンスリーヴスは私の喜びだった、
グリーンスリーヴスは私の楽しみだった、
グリーンスリーヴスは私の魂だった、
あなた以外に誰がいるでしょうか。

という具合です。娼婦に熱を上げるのは本人の勝手ですが、これじゃ困ったものですよね。早く正気に戻りなさいとアドヴァイスしてあげたいです。でも、そんなにもイイ女だったら、一度ぐらい会ってみたいなぁ~。(苦笑)

実は僕が初めてこの曲を知ったのは、アメリカの古いフォーク・ソング・グループのザ・ブラザース・フォアの歌でです。クラシック音楽としては、この歌を題材にした作曲家は何人か居ますが、何といっても有名なのはヴォーン・ウイリアムスですね。元々美しいメロディはますます美しく感じられ、中間部の変奏部分の詩情溢れる幻想的な雰囲気も最高です。僅か5分ほどの短い曲ですが、つかの間の癒しの時間を味わえます。

それでは僕の愛聴盤です。

Barbirori_elgar サー・ジョン・バルビローリ指揮シンフォニア・ロンドン(1962年録音/EMI盤) イギリス人といってもバルビ様はイタリアの血が半分入っていますので、やはり恋歌を歌わせると、どこか熱が入ります。単たるムード的に済ませないで、旋律を明確に歌わせて男の恋心を強く訴えかけます。中間部の歌い方もやはり明確です。それでいて詩情を失わないところはさすがです。録音は少々古めかしいですが、元々地味な響きの曲なので、それほどマイナスには感じません。

Vwilliamsboult サー・エードリアン・ボールト指揮(1970年録音/EMI盤) 交響曲/管弦楽曲集に収められています。いかにも英国紳士風の控えめな歌い方です。バルビ様のように綿々と訴えかけたりはしません。それがイギリス音楽風なのかもしれませんが、曲の内容を考えると、もっと迫るような歌い方でも良いようにも思います。もちろん聴き手の好みも有るでしょうが、僕には地味過ぎに感じられてしまいます。やっぱり、♪ときには娼婦のように~♪という風に行って欲しいなぁ。

12360191164111925131865122901010718 サー・ネヴィル・マリナ―指揮アカデミー室内管(1972年録音/DECCA盤) マリナ―もやはり、速めのテンポであっさりと歌います。爽やかには違いありませんが、少々物足りない気がします。余りにBGM的に聞こえてしまうからです。DECCAの録音は優秀で明瞭なのですが、余り心に訴えかけてくるようなタイプの演奏では有りません。個人的な好みとしては、ちょっと違うかなぁ~という感想です。

せっかくですので、ブラザース・フォアのCDもご紹介しておきます。

Brathers_four_ ザ・ブラザース・フォア(CBS盤) 昔、フォーク・ソングの全盛時代に、彼らは「ブラ・フォー」という愛称で日本でもとても人気が有りました。(「アラフォー」ではありませぬよ。) 僕も高校の放課後に、彼らの「500マイル」や「グリーン・フィールズ」「トライ・トゥ・リメンバー」といった名曲をギター片手に友人と歌ったものです。ですので、今こうして彼らの歌を聴くと、青春時代の思い出が蘇ってきます。あの時の友達は、好きだった娘は、いまどうしているのかなぁ。♪あのこ~どこにいるのやら~♪ 

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2011年8月 7日 (日)

ブログ開設3周年記念御礼!

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おっといけない!先週3日は、ブログ開設の3周年記念日でしたが、すっかり忘れていました。ブログお友達のSeikoさんに言われて思い出す始末です。齢だなぁ~(苦笑)

昨年も思ったことですが、いつも大勢の方にお立ち寄り頂き、暖かいコメントを頂けて、本当に有難いことと感謝しています。完全に自分の生活の一部になってしまったこのブログが、毎日与えてくれる楽しさや喜びは本当に計り知れません。それも全て皆さんのおかげです。4年目に入りましたが、3年目の目標として挙げたバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンが、まだまだ記事にしたいことが沢山残っていますので、続けて触れていきたいと思っています。「名曲シリーズ」も本当はもっと沢山取り上げてゆきたいです。でも、まあ限られた時間の中であせらずじっくりアップしていくことにします。

ところで一度も話題にしたことは有りませんでしたが、4月末に神奈川県に引っ越ししました。長年住み慣れた東京を離れて、神奈川に住むのは初めてのことですが、新居は丹沢山麓の近くにありますので、天気の良い日には山並みがとても良く見えます。周囲の環境は中々気に入っています。

それでは、みなさま今後ともどうぞ宜しくお願い申し上げます。

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2011年8月 4日 (木)

モーツァルト ピアノ協奏曲第16番ニ長調K.451

ウイーン時代のピアノ協奏曲の六つ子作品、第14番から第19番までの三男坊にあたるのが、ピアノ協奏曲第16番です。第15番とともに1784年の春に、作曲されました。第15番は技巧的にとても難しい難曲ですが、この第16番も中々の技巧が要求されます。第15番と比べると規模も小さく、閃きも薄いので幾らか地味ですが、管弦楽のシンフォニックな響きやピアノとのからみ合いの見事さは、さすがにウイーン時代の作品です。

第1楽章アレグロは、シンフォニーのように壮麗な主題がオーケストラにより演奏されます。部分的にはプラハ交響曲のような箇所もあります。ピアノ・パートも華麗に力強く対抗しますが、展開部ではとてもチャーミングです。

第2楽章アンダンテは、「アイネ・クライネ・ナハト・ムジーク」のロマンツェを想わせるような甘くとても美しい曲です。但し「中間部でいくらか間伸びがする」と厳しい指摘をしたのは、モーツァルトの姉のナンネルです。モーツァルトも、それには否定せずに「何かが足りません。」と答えています。確かにそうなのかもしれませんが、ちょっと厳しすぎるんじゃないでしょうかね。

第3楽章モルト・アレグロは、何かのディヴェルティメントのフィナーレのように楽しく魅力的です。ピアノもオーケストラと渡り合って聴きごたえが有ります。

この曲の愛聴盤ですが、アナログ盤時代に聴いていたのは、ピーター・ゼルキンがピアノを弾いて、ブダペスト四重奏団のアレキサンダー・シュナイダーが指揮をした珍しい演奏でした。現在聴いているCDは、やはり下記の3種です。

671ザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1963年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。テンポは幾らか速めで躍動感を感じます。これは他の曲の演奏にも共通していますが、ピアノもオーケストラも非常に力強く男性的です。決して雑ということではありませんが、多少の荒々しさを感じるとても線の太い演奏です。ウイーン時代中期の曲には非常に勢いがあるので、余り繊細に過ぎる演奏よりも向いている面も有るのではないでしょうか。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1973年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。1楽章はゆったり目のテンポですので、やや躍動感に不足してもたつく感があります。ピアノも平凡な印象です。ところが2楽章では柔らかく歌って、静かに沈み込むような佇まいが良いです。3楽章は幾らか遅めのテンポで各フレーズが充分聴きとれるのは良いのですが、その分躍動感はいま一つです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1976年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。このコンビの演奏は、どれも躍動感が有りながらも、がっしりしたリズムのいかにもドイツ的な演奏です。シュミットのピアノは現代的に過ぎない伝統的な「ピアノらしい」音なので好きですし、マズアのオケ伴奏もシンフォニックでとても立派です。両者のバランスの良さは抜群だと思います。目新しくハッとさせるものは何も無いので地味な印象かもしれませんが、何度聴いても飽きのこないオーソドックスで充実仕切った演奏だと思います。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ヨーロッパ室内管(1988年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれていますが、この曲だけがオケがロンドン響ではありません。第1楽章は、躍動感の有るオケ伴奏で開始します。立体感も素晴らしいです。そしてゼルキンはしっかりとしたタッチで立派なピアノを聞かせます。最晩年にもかかわらず、老いを少しも感じさせません。第2楽章でも決してもたつくことなく深い呼吸で淡々と弾き進めます。第3楽章は中庸の実に良いテンポです。躍動感に加えて愉悦感も感じさせる素晴らしい演奏だと思います。

というわけで、この曲では、僕はシュミット盤が一番安心して身を任せて聴いていられますが、ゼルキン盤も同格か、それ以上の素晴らしさです。

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