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2011年6月

2011年6月30日 (木)

モーツァルト ピアノ協奏曲第11番ヘ長調K.413

生まれ故郷ザルツブルクでのモーツァルトの音楽活動は、コロレド大司教の権力下で随分と制約を受けていました。例えば、大好きな旅行に行くのにいちいち許可を貰わなければならないとか、教会での典礼音楽は45分以内に短く収めなければならないとかです。そのためにモーツァルトはザルツブルクを離れたくて仕方が無かったのです。

1782年になって、やっと希望が実現したモーツァルトは、ザルツブルクを後にしてウイーンに拠点を移しました。ウイーンでは「予約演奏会」を自ら主催し、新曲を披露して、その後に楽譜を出版して収入を得るという、作曲家兼ピアニストの生活を送るようになります。

31rt4f3b26l__sl500_aa300__3 その予約演奏会の為に3曲まとめて作曲したのが、ピアノ協奏曲第11番、第12番、第13番です。ですので、3曲はいわば「だんご3兄弟」なのです。但し、最初に書かれたのは12番で、それから11番と13番が書かれました。この3人、いえ3曲に共通しているのは、ウイーンの聴衆を意識した柔らかい甘さと美しさです。それは、まるでウイーンのお菓子のようです。ですので、「だんご」というよりは「ザッハトルテ3兄弟」と言ったほうがピッタリなのかもしれません。

ということで、今回は3兄弟の「長男」として届けられている第11番です。

第1楽章アレグロは珍しい3拍子ですが、古典的な格調の高さの中に躍動感と喜びが一杯に満ち溢れています。

第2楽章ラルゲットはこの曲の白眉であって、大変に魅惑的な楽章です。ゆるやかな規則正しいリズムに刻まれて、幸福な静けさを感じます。それは「天国的」というよりも、むしろ「母親の胎内で誕生を待つ子供の至福の時」というような印象を受けます。もちろん自分は、その時のことを憶えているはずはありませんが、何かそんなことを思い浮かべてしまいます。

第3楽章テンポ・デ・メヌエットも第2楽章の余韻を破らない幸福感と美しさが有ります。終楽章としては、力強さや高揚感に欠けますが、やはり魅力的な曲です。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。

671 ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1968年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。アンダの演奏にはどれも凛とした品格を感じます。リズムを正確に刻み、きりりと引き締まってはいますが、無機的に感じることは無く、常に暖かい肌触りを感じるのです。2楽章は速めのテンポですが、味わいが欠けることは無く、曲の素晴らしさを満喫できます。また、1、3楽章の格調の高さはいかばかりでしょうか。ピアノの音は硬質ですが、タッチの滑らかさはさすがです。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1973年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。僕はこの曲では第2楽章に最も惹かれますが、その理由は、多分このバレンボイムの演奏が有るからだと思います。本文で「母親の胎内の至福の時」と表現したのも、この演奏を聴いてイメージさせられました。非常に遅いテンポがそれを感じさせてくれます。もちろん第1楽章や第3楽章のウイーンらしい柔らさや甘さも最高です。型にはまらない自在さを感じるのも、モーツァルト自身のピアノを聴くようで楽しいです。バレンボイムの全集には曲による出来不出来が有ると思いますが、この演奏はベストのうちの一つです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1978年録音/独edel盤) 全集盤からの演奏です。この演奏の格調の高さもアンダ盤に劣りません。シュミット女史はどの曲でも、きっちりと明解にピアノを弾きますが、この曲ではそこに力強さを感じます。この曲には、ふつう男性的な要素は余り感じませんが、彼女の演奏にはそれを感じます。決して「武骨」という意味では無くて、「情緒に流されない」という意味合いでです。それを「ウイーン風」では無く、「ドイツ風」と言えないことも無いかもしれません。但しその分、2楽章はテンポが速過ぎてすっきりし過ぎに思います。

というわけで、この曲についてはバレンボイムが最高です。もしもこの曲にピンとこない方がおられたら、一度バレンボイムの演奏を聴かれてみてはいかがでしょうか。

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2011年6月25日 (土)

スメタナ 連作交響詩「我が祖国」 続・名盤

昨日は本当に暑かったです。今日は幾らか気温が下がっているようですが、それにしても毎日不快でうっとうしい天気が続きますね。こんな時期に僕が良く聴くのはスメタナの「モルダウ」なのです。そのことは2年前に、連作交響詩「我が祖国」名盤で記事にしたことが有ります。この曲を聴くと、本当にボヘミアの爽やかな空気が部屋いっぱいに広がる感じです。それに、何と言っても、あの誰でも知っているメロディは稀代の名旋律ですしね。名曲中の名曲です。この「モルダウ」を聴くときには、連作交響詩「我が祖国」の第1曲「高い城」から続けて聴くことが多いのですが、勢い余って(ということも無いのですが)全曲聴き終えてしまうことも、しばしばあります。前回の記事の中でも、ご紹介しましたが、この曲の演奏で僕が最高に気に入っているのは、カレル・アンチェル指揮チェコ・フィルの1968年のライブ盤です。もっとも、この演奏は熱すぎて、とても涼しく聴いてなどはいられないのですけれども。他にも、アンチェルのスタジオ盤とか、ノイマン、スメターチェク、クーベリックといった素晴らしい演奏が目白押しです。そんな中で、前回ご紹介していない名演奏をご紹介します。

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イルジー・ビエロフラーヴェク指揮チェコ・フィル(1990年録音/スプラフォン盤) 

またか、と思われるかもしれませんが、僕がやはり好きなのは、チェコ(もしくはスロヴァキア)出身の指揮者が自国のオーケストラを指揮した演奏なのです。旋律の歌いまわしや響きを聴いて、何とも自然に心に入って来るのです。ビエロフラーヴェクは30年以上前から、日本のオーケストラに数えきれないくらい客演に来ているのでお馴染みです。でもCDの世界でアンチェル、ノイマン、クーベリックほど売れているかと言うと、はなはだ疑問です。でも、この人がやはりチェコ・フィルと録音した「新世界より」も、中々に良い演奏でした。この「わが祖国」も、チェコ・フィルの美しい音を楽しませてくれる点で、ノイマンに充分匹敵します。変わったことをしないので、平凡に感じるかもしれませんが、スメタナの音楽を表現するのに不足しているものは何も有りません。それに、プラハ城の中で収録した録音もとても美しく優れています。

もうひとつは、以前アナログ・レコードについて記事にしたコシュラー盤ですが、CDでも入手することが出来ました。

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ズデニェック・コシュラー指揮スロヴァキア・フィル(1977年録音/ビクター盤)

この演奏の素晴らしさについては、以前の記事に書いた通りです。アナログ盤では入手済みだったのですが、CDでも欲しくてしばらく探していたところ、運よく中古店で見つけました。この録音は元々はスロヴァキアのオーパス(OPUS)レーベルのものですが、日本ビクターがライセンスで出したものです。それにしても、この演奏を改めて聴くと、余りの素晴らしさに感服します。響きはチェコ・フィルに比べるとずっと田舎臭くて素朴ですが、コシュラーの指揮は全てのフレーズに意味深さを感じさせていて驚くほどに説得力が有ります。当時のコシュラーとスロヴァキア・フィルとの相性は最高でした。晩年に新設のチェコ・ナショナル響とも録音を残していますが、歴史のあるスロヴァキア・フィルの魅力には到底及ばないと思っています。この演奏はアンチェル/チェコ・フィルの1968年ライブ盤に匹敵する名演奏だと思いますが、現在は廃盤なのが本当にもったいないです。

さて、次回は再びモーツァルトのピアノ協奏曲の特集に戻ります。

<補足>
コシュラー盤については、以前チェコのGZレーベル盤で紹介しましたが、その後国内のビクター盤に買い直したために一部修正しました。音質はビクター盤が優れます。

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2011年6月19日 (日)

映画「マーラー 君に捧げるアダージョ」

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公開前から観たかった映画「マーラー 君に捧げるアダージョ」をようやく観に行くことが出来ました。これはマーラー生誕150年・没後100年記念映画だそうです。

この映画はGWに公開されましたが、今月24日で終了ということなので、慌てて観に行ったのです。といっても上映館は渋谷のユーロスペースのみ。現在はモーニングシアター?ということで、上映は午前の1回だけです。

ユーロスペースは渋谷の東急文化村のわきを入ってすぐですが、回りにはラブホテルが何件か有るので、朝帰りの若いカップル達とすれ違います。彼らはホットなナイトを過ごした帰り。こちらは朝から暗~いマーラーの映画鑑賞。ホント「人生いろいろ」だぁ~(笑)

それにしても劇場は座席数90人ちょっとのミニシアターですが、今日の観客はどう見ても半分ぐらいでした。意外に年配者(自分も含めて)が多かったですが、あんまりマーラーの音楽とは結びつきそうにない風の人が多かったです。案外と映画って、そんなものですよね。

さて、映画はいきなり未完成交響曲の第10番のアダージョで始まります。というよりも、この曲が映画全体に流れ続けます。他には第5番のアダージェットも流れますが、それはごく一部。君に捧げるアダージョって、第10番のことみたいです。

話は、マーラーが19歳下のアルマを見染めて結婚したところから、一足飛びにアルマが建築家のグロピウスと不倫をするくだりに展開します。苦悩するマーラーが、精神科医のフロイトにカウンセリングを依頼して、アルマの不倫の原因を分析しようとします。それはマーラーがアルマを自分の音楽の協力者としてのみみていて、アルマの音楽活動を封印してしまったことと、女としての肉欲に満足を与えられなかったことが原因だったように描かれてゆきますが、最後にフロイトが何気なく語る「彼女はあなたの目を覚まさせたかったのかもしれませんね。」の一言が有るおかげで、二人が救われたような気になります。

というわけで、この映画はマーラーの伝記映画でも何でもなく、妻の不倫原因の分析映画です。マーラーの曲がアダージョ以外に色々と聴けるわけでも有りません。従って、マーラー・ファンがこの映画を見て大いに楽しめるとは思いません。それでも、当時ウイーンで活躍をしていたクリムトやツェムリンスキー、ブルーノ・ワルターらが次々に登場して楽しませてくれます。ウイーンの街や国立歌劇場、近郊の自然風景なんかも見ていて楽しいです。大満足にはほど遠いですが、退屈することは有りません。人間マーラーについて理解を深めるには、こういう映画も一見の価値は有るのではないでしょうか。

補足ですが、音楽はエサ・ペッカ・サロネン指揮スウェーデン放送響の演奏です。この人らしい、余りドロドロしないスッキリとした演奏でした。

<過去記事> 

交響曲第5番嬰ハ短調 名盤

交響曲第10番アダージョ 名盤

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2011年6月18日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第10番「2台のピアノのための協奏曲」変ホ長調K.365

モーツァルトが生まれ故郷のザルツブルクを離れる前に書いた最後のピアノ協奏曲が、第10番「2台のピアノのための協奏曲」です。これは「3台のピアノのための協奏曲」と同じように、誰かからの委嘱によって書かれたという説が有る一方で、モーツァルトが姉ナンネルと一緒に演奏するために自発的に作曲したという説も有ります。本当のところは分かっていません。「3台のピアノの協奏曲」では、第3ピアノが技巧的に易しく、いわば付け足しのような存在でしたが、この曲では2台のピアノの両方にかなり高度な技巧が要求されます。そのことを考えると、ピアノの名手であったナンネルと自分の二人で弾くつもりだったのではないかなぁ、と思えてしまうのですが。曲としては、前半はいま一つかなぁと思って聴いていると、2楽章の後半以降が断然素晴らしくなります。

第1楽章アレグロは、堂々とした風格を持つ楽章です。曲想に特別な閃きは感じません。どちらかいうと作曲技巧を駆使している印象の方が強いです。それでも聴き手を楽しませてしまうあたりは、さすがにモーツァルトです。

第2楽章アンダンテは、ゆったりと優雅に流れる楽章です。前半はモーツァルトとしては標準的な出来かなと思いますが、後半に入ると音楽がどんどん美しさを増してゆき、心に深く浸みこんできます。

第3楽章ロンド、アレグロは、この曲の白眉であり、僕の大好きな楽章です。曲想はとてもシンプルなのですが、非常に快活で楽しく、独特の愉悦感を持っていて少しも飽きさせません。特に後半に入って、少しづつかげりを感じさせながら彩が刻々と変化してゆく様は本当に魅力的で、モーツァルトの魅力ここに極まれりです。

この曲でも「3台のピアノの協奏曲」と同じように、僕の所有するCDは一つだけです。

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ウラジーミル・アシュケナージ、ダニエル・バレンボイム独奏/指揮イギリス室内管(1972年録音/DECCA盤)

二人の名手の息がぴったりです。この曲でも指揮をしているのはバレンボイムなのですが、音楽の造り方はむしろ、くせが無いアシュケナージのスタイルに近いと思います。二人の独奏者の実力が拮抗していること、そのピアノの音の美しさ、オーケストラの美しさ、アンサンブルの見事さと、これ以上の演奏はそうそう望めないのではないでしょうか。まずは理想の演奏だと言えます。

ということで、ここまではザルツブルク時代の作品である第10番までを聴いてきました。第9番「ジュノーム」の出来映えが一番とは言うものの、他の曲のどれもが捨て難い名曲ばかりだと思います。次回からはいよいよウイーンに移り住んでからの作品です。どの曲も美しい名作なので、今回あらためて聴き直すのがとても楽しみです。

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2011年6月13日 (月)

モーツァルト ピアノ協奏曲第9番「ジュノーム」変ホ長調K.271 名盤

モーツァルトのピアノ協奏曲第8番「リュッツォウ」は、このジャンルで飛躍的な進歩を遂げた最初の傑作だと思いますが、続く第9番「ジュノーム」はそれ以上の傑作です。第10番までが生まれ故郷ザルツブルク時代の作品なのですが、その中で最も充実した作品と言えば、やはりこの第9番であるのは間違いありません。この協奏曲は、フランスの女流ピアニスト、ジュノーム嬢がザルツブルクを訪れた際にモーツァルトが彼女に献呈したと言われてはいましたが、具体的にそれがどこの誰なのかは、長い間、判らなかったらしいです。それが判明したのは何と2004年になってのことで、ジュノームというのはモーツァルトの友人でフランス人舞踏家ジャン・ジョルジュ・ノヴェルの娘のヴィクトワール・ジュナミのことだそうです。彼女が相当なレベルの腕前だったのは、この曲に要求される技巧でも明らかです。この曲は音楽的な内容も凄く大胆で新鮮に感じます。後期の20番台の曲を含めても、コンサートでの演奏回数の非常に多い曲です。

第1楽章アレグロは、オーケストラの第1主題に応えてピアノがさっそうと登場するイントロが非常に印象的です。続く部分も勇壮でありながら優美な趣を持つ素晴らしい楽章です。

第2楽章アンダーティーノはハ短調で、弦楽器が寂寥感に満ちた旋律を奏でます。続いてピアノが淡々とモノローグのように歌います。まるで後期のような深さがあります。

第3楽章ロンド・プレストは若さが爆発するような情熱を感じます。それでいて貴族に献呈した曲であるかのような気品の高さを失いません。

この曲にはモーツァルト自身が書いたカデンツァが何種類も残されているそうです。それはモーツァルトがこの曲を好んで何度も演奏したことを示す証拠なのでしょうね。

それでは僕の愛聴盤です。

1197111202 クララ・ハスキル独奏、ザッヒャー指揮ウイーン響(1954年録音/フィリップス盤) 昔は「モーツァルトといえばハスキル」という評判があって、色々と聴いてみました。結果、確かに気に入った演奏も有りましたが、全般的にピアノの音がどうも冴えない気がしたのです。それはCDで聴いても感じます。何故かオフマイクのまるで風呂場で録音したような風なのです。でも今ではハスキルの音が本当は美しい(はずである)ことはよく判ります。現代の電子楽器のような無機的な音とは全く異なる、木箱であるピアノ本来の自然な響きの音なのです。それが一部の録音を除いて中々聴けないのが残念です。この録音もしかりですが、人間の肌のぬくもりを感じさせる演奏が心をとても和ませてくれます。

671 ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1968年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。アンダの演奏は速過ぎも遅過ぎもしないテンポで本当に凛としていて、まるで小さな耳を真っ直ぐに立てた柴犬のようです。飼い主に媚びないけれども、どこまでも忠実で誠実なそれです。技術が確かなので余裕をもって一音一音を実になめらかに弾き切れます。それも常に音楽に誠実な心の裏付けがあります。2楽章などは心のこもっている点で非常に感動的です。また、ピアノの音が余り現代的で無いのにも好感が持てます。オーケストラも表情が豊かで、アンダの指揮のセンスの良さには舌を巻きます。

262 フリードリッヒ・グルダ独奏、ベーム指揮バイエルン放送響(1969年録音/オルフェオ盤) ミュンヘンでの両者の共演ライブです。グルダのピアノはスタッカートで短めに切る音が多いです。個人的には少々スッキリし過ぎのように感じてしまいます。ベームの音も同様に引き締まった低脂肪の演奏なのですが、味わいが損なわれないのはさすがだと思います。できればウイーン・フィルを指揮したベームの伴奏で聴いてみたかったです。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904 ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1973年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。1楽章は幾らかテンポを遅めに取って、じっくりとこの曲の典雅さや優美さを表現しています。ですので聴き手によっては、もたれると感じる人も居るかもしれません。2楽章のモノローグも淡々と味わい深いです。3楽章は一転して速く活力に溢れます。それにしてもイギリス室内管は優秀で、バレンボイムの指揮も繊細で美しいです。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1978年録音/独edel盤) どの曲にも共通しているのですが、シュミット女史とマズアの演奏は勝手にルバートをしたりしない、堅実でオーソドックスなものです。極めて古典的と言えるのかもしれません。終楽章などはテンポ速めですが、浮ついた印象は有りません。全体的にハッとするような面白さは無いですが、退屈な演奏かというと、そんなことは無く、非常に安心して聴いていられます。曲の良さも充分に伝わってきます。むしろ最初に聴くには一番良い演奏なのかもしれません。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1981年録音/グラモフォン盤) BOX選集に含まれています。第1楽章はハスキル以上に遅いテンポで非常にゆったりしています。所々でルバートを効かせるので尚更です。けれども深い呼吸が自分のものになっていているので、違和感は感じません。但しアバドの方は、この遅さに幾らか窮屈そうです。第2楽章は深い悲しみの表情が秀逸で非常に心を打たれます。第3楽章も遅いですが、生命力を失うことなく堂々と風格を感じる演奏です。

Felista_00000448546 ジャン=マルク・ルイサダ独奏、メイエ指揮オルケストラ・ディ・パドヴァ・エ・デル・ヴェネート(2001年録音/RCA盤) この曲を贈られたフランスのピアニストの演奏です。いかにもルイサダらしい、とても繊細でニュアンスに溢れたピアノです。ピアノの音は現代的なのですが、テンポに充分落ち着きが有って表情が豊かなので少しも無機的に感じません。しかもそれが少しも演出臭く無いのです。この人はやはり本当の音楽家だと思います。ショパン演奏はもちろん素晴らしいですが、モーツァルトも実に素晴らしいと思います。メイエの指揮は手堅いものです。

というわけで、僕はこの曲に関してはアンダを一番好んでいますが、バレンボイムやゼルキンやルイサダもとても好きです。フランス人の演奏として聴きたかったのは若いころのエリック・ハイドシェックなのですが、残念ながら録音は有りません。

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2011年6月 8日 (水)

モーツァルト ピアノ協奏曲第8番「リュッツォウ」ハ長調K.246

モーツァルトは第7番「3台のピアノのための協奏曲」K.242に続いてすぐにピアノ協奏曲第8番K.246を作曲しました。この曲もまた、ザルツブルクの貴族からの依頼で作曲しました。依頼主はリュッツォウ伯爵夫人ですので、この曲は「リュッツォウ・コンチェルト」と呼ばれています。そのリュッツォウ伯爵夫人はザルツブルクのコロレド大司教の姪にあたる人なのですが、ピアノをモツパパのレオポルトに習い、音楽に中々の才能を示したようです。

伯爵夫人のために書かれた曲なので、ピアノのパートは比較的易しく書かれています。けれども曲想は非常に魅力的です。5番、6番も素晴らしかったですが、モーツァルトの才能が飛躍的に進化して花開いた作品はこの第8番です。一般的には、よく第9番「ジュノーム」がピアノ協奏曲の最初の傑作というように述べられますが、僕はこの8番こそが最初の傑作だと思います。

曲の内容については以下の通りです。

第1楽章 アレグロ・アペルト この曲で最も魅力的な楽章です。天空に舞い上がるかのような生命力が素晴らしいです。ピアノとオーケストラの掛け合いに迫力を感じます。

第2楽章アンダンテ この楽章は非常に美しく、心に迫りくる何かが有ります。

第3楽章ロンド、テンポ・デ・メヌエット ピアノのソロで開始する非常に優美で美しい音楽ですが、終楽章としては幾らか物足りない気もします。但し、それは初期のモーツァルトの曲に案外多く見られるパターンです。

それでは、僕の愛聴盤です。

41h5p5kghfl__sl500_aa300_ ウイルヘルム・ケンプ独奏/ライトナー指揮、ベルリン・フィル(1962年録音/グラモフォン盤) 第1楽章は、ゆったりとしたテンポで進みます。ケンプはおよそ「切れの良さ」を感じない大時代的なピアノですが、逆に現代では決して聴くことが出来ない「ゆとり」を感じます。これは非常に得難いです。第2楽章は意外にあっさりと流していますが、味わいは深く、正に至芸と言えます。そして第3楽章の優美なことはこの上ありません。日本のオールドファンにはおなじみのライトナーが指揮する当時のベルリン・フィルも落ち着いた音色が美しいです。

671 ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1968年録音/グラモフォン盤) 全集盤からの演奏です。相変わらず、硬質で素朴なピアノの音は個性的ですが僕は好きです。第1楽章では突き進む推進力が非常に素晴らしいです。かと言って決して速過ぎるようには感じません。テンポ設定が抜群だと思います。2楽章と3楽章は逆に遅めのテンポで一音一音を慈しむような弾き方です。典雅な表情付けとニュアンスの変化が実に見事です。

2edebf2ef962870ed7a190d588ced904 ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1973年録音/EMI盤) EMIの全集盤に含まれています。バレンボイムはこの曲でも全体にテンポを遅く取って、典雅さや優美さを醸し出しています。その為に、第1楽章などは天馬空をゆく勢いが薄れてしまいました。2、3楽章では魅力を発揮しますが、聞かせどころの1楽章でマイナスポイントは痛手です。この曲でもピアノのフィンガリングには幾らか凸凹を感じさせます。

Fi2546314_0e アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1977年録音/独edel盤) 全体的にテンポが速めです。ピアノもオーケストラも歯切れの良さと爽快感は見事なのですが、ちょっと速過ぎのような気がします。2、3楽章もずっと速めで通すので、典雅さや優美さの味わいが欠けてしまいました。実に端正でスッキリしているので、ロココ調というよりはバロック調、と言い方も出来るのかもしれません。

Mozart_serkin ルドルフ・ゼルキン独奏、アバド指揮ロンドン響(1982年録音/グラモフォン盤) ゼルキンが晩年にアバドと録音した演奏のBOX選集に含まれます。第1楽章はケンプ以上に遅いテンポでゆっくりです。これは幾らなんでも遅過ぎかなぁと思いますし、この曲の持つ「天馬空を行く」雰囲気は全くありません。ピアノの切れもケンプ以上に有りません。けれども第2楽章や第3楽章の中間部で聞かせる沈み込む雰囲気は、老境のゼルキンならではでユニークです。個性的な演奏として価値が有ると思います。

というわけで、僕はこの曲に関してはケンプとアンダを好んでいます。

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2011年6月 2日 (木)

モーツァルト ピアノ協奏曲第7番「3台のピアノのための協奏曲」ヘ長調K.242

ピアノ協奏曲第6番に続いて作曲されたのは、「3台のピアノのための協奏曲」です。この曲は、ザルツブルクの名門貴族ロードゥロン伯爵の夫人アントニーナと2人の令嬢のために書かれました。最初の版の献辞には、「貴婦人であるロードゥロン伯爵夫人と、その令嬢たち、アロイジアとジュゼッピーナに。彼女たちの最も献身的な召使いヴォルフガング・モーツァルト。」と記述されていたそうです。

各ピアノ・パートは3人の技量に合わせて書かれているので、第1と第2ピアノはある程度難しく、第3ピアノはかなり易しく書かれています。そのわけは第3ピアノは未熟なジュゼッピーナ用だったからです。

さて、3台のピアノ協奏曲と言うと随分華やかな音をイメージしますが、実際は、曲が伯爵親子の為に書かれた社交的な内容なので、そこには3台のピアノで演奏しなければならない音楽的な必然性は全く無いと思われます。それにモーツァルトにしては、この曲は特別な傑作とも言えません。ただ、だからといって駄作というわけでもありません。聴いていて楽しく美しく、とても心地の良い音楽です。モーツァルトのピアノ協奏曲に駄作は1曲たりとも存在しないのです。彼自身も、この曲は何度か演奏したそうです。

それにしても、第1番から4番までの習作と、この「3台のピアノのための協奏曲」や、第10番「2台のピアノのための協奏曲」を、どうして全集に含めないのかなぁ、と思うのですが。

第1楽章アレグロは、本当に楽しいです。パトロンと一緒に楽しくピアノを奏でるウォルフィの姿が目に浮かぶようです。

第2楽章アダージョは、非常に美しい音楽です。この楽章だけ取り出して聴いても、うっとりとさせられます。

第3楽章テンポ・ディ・メヌエットでロンド形式ですが、通常のフィナーレのような躍動感は無く、実に優雅です。いかにも伯爵令嬢たちのために作られたという印象です。

この曲は全集盤にはほとんど入っていないので、僕の所有するCDは一つだけです。

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ダニエル・バレンボイム、ウラジーミル・アシュケナージ、フー・ツォン独奏/バレンボイム指揮イギリス室内管(1972年録音/DECCA盤)

この曲には、ピアノ演奏にカラヤンやショルティが参加したものや、元ドイツ首相のシュミット氏が参加したものなどと、楽しいものが様々です。けれども、この3人の名手の演奏の美しさは格別です。元々曲が、独奏者が張り合うようには書かれていないので、音だけで聴いていると、僕にはどれが誰のピアノなのだかは分かりません。どの音も綺麗でうっとりだからです。3人が心から楽しんで弾いている雰囲気でいっぱいです。指揮をしているのはバレンボイムなのですが、ピアノも含めて余りバレンボイムらしい粘り気は感じません。とてもサラリとしているので、これはアシュケナージの音のイメージです。たぶんバレンボイムがアシュケナージに合わせたのでしょうね。それにしても、この美しい演奏で聴いていると、本当はこの作品は傑作だったのではないかと思えてくるから不思議です。

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