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2011年5月

2011年5月29日 (日)

英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団 2011日本公演 「ダフニスとクロエ」「真夏の夜の夢」

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昨日はバレエを観てきました。2年半ぐらい前にボリショイバレエ団の「白鳥の湖」を観に行って以来ですから、随分と久しぶりです。今回、どうして観たくなったかと言えば、「ダフニスとクロエ」を生オーケストラ付きで観ることができるプログラムだったからです。「真夏の夜の夢」も元々劇音楽ですし、バレエには向いていることでしょう。

バレエ団は英国バーミンガム・ロイヤル・バレエ団です。コヴェントガーデンのロイヤル・バレエ団とは元々は一緒で分派してできた姉妹バレエ団です。シェークスピアの国のバレエ団とあれば、「真夏の夜の夢」も楽しみになります。

会場は上野の文化会館でした。外来バレエ公演の多いこのホールの5階席は僕のバレエ用特等席です。ソリストを見るには1階席が良いに決まっていますが、コールド・バレエ(群舞)を見るにはむしろ全体が見渡せる上の階の方が向いていると思います。それにエコノミーですしね。

昨日の前プロは「ダフニスとクロエ」です。これはラヴェルの曲の中でも特に好きな曲なのですが、バレエで観るのは初めてです。ですので、前からとっても観たかったのです。バレエ音楽は一度は本来のバレエの姿で鑑賞するべきだと思います。ただ、オーケストラ演奏ではなく、テープ録音の公演も多いので、機会が少ないのが残念です。演奏はシティ・フィルハーモニーでした。通常、バレエ公演の演奏はオーケストラ演奏会の水準からは大分落ちるのが普通ですので、今回も弦楽はともかく、管楽器の演奏にだいぶ不満を感じました。ただ、それでも上手いテープ録音よりも生オーケストラの演奏のほうが良いですね。演出は、照明と色彩の美しいものでした。衣装が現代的なカジュアルっぽいものでしたので、何となくミュージカルのようで神秘的という感じはありませんでした。けれども、よくある奇抜なオペラの演出と比べれば、よほど違和感は感じません。とにかく「ダフニスとクロエ」の全曲をバレエで楽しめたのですから、僕はそれだけで満足です。

後半プロは「真夏の夜の夢」です。これはメンデルスゾーンの名曲ですね。「白鳥の湖」のような神秘的な深い森の舞台がとても美しく、序曲の演奏が始まってどきどきしました。登場したコールド・バレエもとても美しいです。けれども、音楽は大分編集されていたので、CDを聴いているつもりでいると、突然音楽が変わってしまいズッコケます。それでも、フィギュアスケートの音楽でよくあるセンスの無い切り貼り状態ではありませんけれど。主役プリマは日本人の佐々木奈緒さんです。昨日は裏配役日ですが、表の吉田都さんに負けないように頑張っていました。僕はダンサーだけが目当てでは無く、あくまで踊り、舞台、音楽全体を楽しむので、充分満足です。それに、やはり英国のバレエ団ということもあるのかもしれませんが、こちらの「真夏の夜の夢」のほうが、舞台としての完成度が高いような気がしました。

それにしても、オーケストラ公演と同じ値段で、美しい踊りや舞台も楽しめるバレエ公演って、とってもお得だと思いますよ。僕の周りのオーケストラ好きの友人たちも、意外にバレエには出かけないようなので、もったいないなぁといつも思っています。

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2011年5月26日 (木)

モーツァルト ピアノ協奏曲第6番 変ロ長調K.238 

モーツァルトは17歳の1773年に、初自作のピアノ協奏曲第5番を作曲しましたが、それからまた3年間はピアノ協奏曲を作曲しませんでした。けれども、20歳となる1776年から翌1977年にかけて、第6番から第10番までの5曲を立て続けに書き上げました。ここまでが、生まれ故郷ザルツブルク時代の作曲です。

その5曲のうち、第7番は「3台のピアノのための協奏曲」、第10番は「2台のピアノのための協奏曲」と変則です。ですので、独奏ピアノの協奏曲としては、6番、8番、9番となります。その中で第6番はかなり目立たない存在です。けれども、よく耳を傾けてみると、何ともチャーミングな曲なのです。女性的と言えないこともありませんが、それぐらい優雅で美しい曲だと思います。

第1楽章アレグロは力強さよりも、優雅さを感じさせます。とても魅力的です。

第2楽章アンダンテ・ウン・ポコ・アダージョは、全体を幸福感が覆っていますが、モーツァルトとしては、特別に優れているとは感じません。平均的な出来栄えでしょうか。

第3楽章ロンド・アレグロは、愉悦感に溢れた本当にチャーミングな名作です。モーツァルト自身が「もう楽しくて仕方がない!」と感じているようです。この楽章は僕はとっても好きです。

それでは、僕の愛聴盤のご紹介です。第5番と演奏家は同じなのですが、お気に入りの演奏が異なるのは面白いです。

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ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1962年録音/グラモフォン盤) やはり全集盤に含まれています。この曲でも、素朴なピアノの音がとても好みです。硬質なのですが、現代の楽器の響きのように無機的な冷たさを感じることがありません。表情のニュアンスの変化は相変わらず魅力的なのですが、この演奏では特にテンポの良さが際立っています。決して速すぎることなく、曲の典雅な雰囲気がとてもよく生かされています。僕にとっては、ほぼ理想的な演奏に思えます。

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ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1973年録音/EMI盤) やはりEMIの全集盤に含まれています。バレンボイムは曲によってはテンポが遅過ぎて引き摺り気味なのが気になることがありますが、この曲ではそれが逆にプラスに働いています。それぞれのフレーズを心から慈しむかのようにゆっくり進めるので、この曲の持つ優雅さや愉悦感を倍増させる結果をもたらしています。ピアノのフィンガリングには幾らか凸凹を感じさせますが、独特の表現が何とも魅力的です。

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アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1977年録音/独edel盤) 全体的にテンポがかなり速めです。ピアノもオーケストラも歯切れの良さと爽快感は見事なのですが、この典雅な曲にしては、ちょっと速過ぎのような気がします。特に第2楽章などは味気なさを感じてしまいます。この曲に関しては、もたつくぐらいにゆったりとしたバレンボイムのほうがずっと好きです。

というわけで僕の好みでは、アンダ盤とバレンボイム盤を取りたいと思います。

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2011年5月21日 (土)

モーツァルト ピアノ協奏曲第5番 ニ長調K.175 ~記念すべき協奏曲~

ピアノ協奏曲の第1番から4番までの4曲は他人の曲を編曲した習作でしたが、それから6年後の17歳になって、ついにモーツァルト自身の作によるピアノ協奏曲を完成させました。それが、ピアノ協奏曲第5番 ニ長調 K.175です。従って、これは記念すべき作品なのです。一般には「まだヨハン・クリスティアン・バッハの影響を留めている」と評価される一方で、オリヴィエ・メシアンは「試作というには、あまりに見事な腕前」と評価しましたし、モーツァルト愛好家のアインシュタインも「独奏楽器とオーケストラの釣合、ならびに規模の点で、既にヨハン・クリスティアンをはるかに越えている」と絶賛するなど、多くの人に高く評価されています。使用楽器はトランペットとティンパニを加えるなど、非常に華々しく色彩的な響きになっています。

第1楽章アレグロは、天馬空を行くような曲で、若きモーツァルトがオーケストラを従えて、堂々とピアノを弾く姿が思い浮かびます。間違いなく初期の傑作だと思います。

第2楽章アンダンテ・マ・ウン・ポコ・アダージョは、音楽にそれほどの深みこそは有りませんが、翳りの無い幸福なモーツァルトそのものです。

第3楽章アレグロは、曲の素材自体には特別な閃きこそ感じませんが、天才的な編曲の上手さを感じます。音楽は誰も止められないような生命力に満ち溢れています。なお、有名な「ロンド」K.382は、ウイーンでの演奏の際に、新しい終楽章として書かれたそうですが、やはり原曲のほうがずっと良いように思えます。

モーツァルトはこの記念すべき協奏曲に相当に愛着を持っていたらしく、各地で繰り返し演奏しましたし、最晩年まで弾き続けていたそうです。

それでは僕の愛聴盤をご紹介します。

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ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1968年録音/グラモフォン盤) 全集盤に含まれています。初期の曲の演奏で感じた左手の和音の荒さが気になりません。恐らくモーツァルトの書いた管弦楽の響きが充実したために、バランスが適度になったからなのかもしれません。やはり素朴なピアノの音が好ましいです。表情のニュアンスの変化も過度では無く、適量に感じます。オーケストラが音符ごとにきめ細かくスタッカートとレガートを弾き分けているのは、明らかにアンダの指揮のせいで、本職顔負けのセンスの良さを感じます。全体的に立派な演奏で、クリスティアン・バッハの影響から抜け出して、モーツァルト自身の堂々とした音楽になっている印象です。

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ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1969年録音/EMI盤) EMIの全集盤の中に含まれています。幾らか遅めのテンポで堂々と演奏される1楽章のオーケストラは、クリスティアン・バッハの影響ではなく、後期のモーツァルトかベートーヴェンをも感じさせます。但し、ピアノに関しては音の粒に重さを感じます。もう少し、音に羽の生えたような軽味が有る方が好みです。フィンガリングにも大雑把さを感じます。ところが2楽章では、逆に遅いテンポが生きています。何とロマンティックで音楽に深みを感じることでしょう。他の奏者とは別の曲を聴く趣が有ります。この楽章の演奏がある限り、このCDは外すことが出来ません。

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アンネローゼ・ シュミット独奏、マズア指揮ドレスデン・フィル(1977年録音/独edel盤) シュミットの全集には初期の4曲は無く、5番から収められています。録音当時はシュミットは堅実でも面白みのないピアニスト程度にしか思っていなくて、余り聴きませんでした。現在聴いても、堅実なのは間違いが有りません。一音一音を弾き飛ばすことなく、ドイツ的に確実に演奏しています。まるで譜面を見ながら聴いているような印象を受けます。けれども、これが無味乾燥でつまらないということでは決して無く、あくまでもスタイルの問題です。速めテンポの1楽章や3楽章の切れの良さと爽快感は見事ですし、マズアの指揮も含めて古典的に引き締まっていて、クリスティアン・バッハの影響を感じさせます。

とういうことで、この3つの演奏は、どれも捨てがたい魅力があります。

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2011年5月15日 (日)

モーツァルト ピアノ協奏曲協奏曲第1番~第4番(K.37、39、40、41)

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今回からは、モーツァルトのピアノ協奏曲の特集です。実は、僕がモーツァルトの素晴らしさに目覚めたのもこのジャンルでした。クラシックを聴き始めた高校生の頃は、モーツァルトの音楽は綺麗だけれども、どうも聴きごたえが無いように思っていました。それが大学に入ってすぐ、たまたま名曲喫茶で耳にしたピアノ協奏曲第27番(K.595)を聴いて、脳天に電気が走ったのです。それ以来、この人のピアノ協奏曲を順番に聴いていきましたが、どの曲をとっても魅力的に感じました。ですので、あの時は正に「目からうろこ」のきっかけだった訳です。それにしても、独奏ピアノがオーケストラを従えて華やかに演奏するピアノ協奏曲というスタイルは、モーツァルトの音楽の粋と魅力が最もストレートに表されているように思います。

神童モーツァルトにとって一番重要な楽器がピアノだっただろうということは、その作品の多さから想像がつきます。協奏曲の分野では全部で27曲有りますが、これはヴァイオリンや管楽器と比べると相当な多さです。けれども、驚かされるのは、およそ全ての曲が魅力的な作品であることです。もちろん第20番以降の素晴らしさは圧倒的ですし、10番台も傑作ばかりです。モーツァルトのシンフォニーは第41番まで有りますが、初期の作品が必ずしも飛び切り魅力的とは言えないのに対して、ピアノ協奏曲の充実ぶりは驚異的です。

1767年に、当時11歳のモーツァルトは生れ故郷のザルツブルクで4月から7月にかけてのわずか3か月そこそこの間に4曲のピアノ(クラヴィーア、あるいはチェンバロ)協奏曲を作曲しました。ピアノ協奏曲第1番から第4番(K.37、39、40、41)です。但しこれらは全て習作で、モーツァルト自身の作曲ではなく、他の人の作品の編曲です。譜面書きも、パパモツのレオポルトの協力が相当あったと考えられています。

4曲の原曲は楽章ごとに作曲家がまちまちですし、作品としてもチェンバロ・ソナタやヴァイオリン・ソナタなどと随分多彩です。ところが実際に聴いてみると、モーツァルトの作品として見事にまとまっていますし、非常に魅力的です。この4曲を全集の中に含めずに、5番以降のみを録音する演奏家も多く存在します。もちろん、それはそれで理解できるのですが、省いてしまうには余りに「もったいない!」作品ばかりなのです。

僕が、特に好んでいるのは、まず第1番K.37の第1楽章です。始まったとたんに、あの天馬空を行くようなモーツァルトのアレグロのとりこになってしまいます。そして、それ以上に愛してやまないのが、第4番K.41の第2楽章です。この緩徐楽章は、あの大傑作K.488の第2楽章を想わせるような哀愁が漂う、大変にロマンティックな音楽です。

それでは僕の愛聴盤をご紹介します。

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ゲザ・アンダ独奏/指揮、ザルツブルク・モーツァルテウム室内管(1968-1969年録音/グラモフォン盤) たしか世界で最初のモーツァルトのピアノ協奏曲全集だったと思います。ですので、オールド・ファンにはとても人気が有ります。御年配の方が、レコード店でこの演奏を絶賛していたのを記憶しています。アンダのタッチは素朴で硬質だと思いますが、音にメカニカルな感じが無く、有機的な肌触りを感じます。とくに、重くならない音での右手のスケールや音の粒立ちはとっても好きです。問題は左手の和音です。録音のせいなのかどうかは分りませんが、どうも荒く聞こえます。乱暴にさえ感じるこの音はどうしてなのでしょう。それ以外は、非常に良い演奏だと思います。モーツァルテウム室内管も、さすがはモーツァルトの生まれ故郷の楽団です。技術的に最上とは思えませんが、モーツァルトに対する愛情をとても感じます。もっとも、それはアンダが自ら指揮しているせいも有るのでしょうけれども。

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ダニエル・バレンボイム独奏/指揮、イギリス室内管弦楽団(1974年録音/EMI盤) EMIの全集盤の中に含まれています。バレンボイムはこの全集の後にベルリン・フィルとも新録音を残しましたが、そちらは、どうも演奏が脂ぎって聞こえます。その点、若い時代の旧録音は、ロマンティックな性格を持ちながらも、さほど脂ぎって聞こえません。むしろ厳格な型にはまらずに、自由に飛翔するようなピアノの印象がモーツァルトの音楽の本質にとても適していると思います。部分的に音の粒に凸凹を感じなくも有りませんが、基本的には軽妙なピアノ・タッチが実に心地よいです。それでいて、僕の好きな第4番K.41の第2楽章などでは、ロマンティシズム全開となっているのが、たまらない魅力です。イギリス室内管も優秀で、このような音楽を演奏させると抜群です。

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2011年5月 7日 (土)

~名曲シリーズ~ ワーグナー「ジークフリート牧歌」

モーツァルトのピアノ協奏曲特集を始める前に、もう一曲だけ名曲シリーズと行きます。

リヒャルト・ワーグナーというと、どうしても巨大なスケールの英雄的な音楽というイメージが強いのですが、小編成の管弦楽用の「ジークフリート牧歌」という一品が有ります。この曲は、本当に心に染み入るような優しさと愛らしさに溢れた佳曲です。僕にとっては、夜更けに一人静かに聴きたくなる曲の最右翼です。

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ワーグナーは長年不倫関係にあったリストの娘のコジマと、ようやく正式に結婚が出来た年のクリスマスに(12月25日がコジマの誕生日でした)彼女への贈り物として、この曲を書きました。それはまた、自分の子供を産んでくれたコジマに、ねぎらいと感謝を示す意味も有りました。ワーグナーがこの曲をコジマへ初めて聴かせた場所は、当時二人で暮らしていたスイスのルツェルンの邸宅でしたが、その時の様子はおよそ次のようなものだったそうです。

クリスマスの早朝、ワーグナーの弟子のハンス・リヒターがチューリッヒのオーケストラから選んだ17人の腕利き奏者達が家に到着すると、こっそりと台所で楽器の音合わせを行いました。それから、彼らはコジマの寝室の外の回り階段に譜面台を並べました。ワーグナー自身は、指揮をする為に階段の最も上に立ち、演奏者達はその下の階段に順番に並びました。いよいよ演奏が始まると、それを知らされていなかったコジマは大変驚いて感激しました。演奏の出来映えも実に見事だったそうで、その日のうちに数回も繰り返し演奏されました。

この曲は後から、楽劇「ジークフリート」の中に転用されましたが、それは本当に美しく神秘的な場面の音楽となっています。ですが、原曲の「ジークフリート牧歌」は、曲の生まれた背景から、一管編成の規模で書かれています。ですが実際に演奏される際には、編成を大きくすることがほとんどです。

この名曲は、ワーグナーを得意とする指揮者達が精一杯の愛情を込めて演奏していますので、僕の愛聴CDをご紹介します。

Pocl4304_l ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウイーン・フィル(1955年録音/DECCA盤) 「リング」を指揮すれば、あれほどまでに豪快な演奏になるクナですが、この曲の場合はいじらしいほどの優しさに溢れた演奏をします。50年代のウイーン・フィルの懐かしく甘く柔らかい響きも素晴らしいです。晩年の再録音と比べると、クナにしてはテンポも比較的速めです。モノラル録音で鮮度が落ちていますが、一応は平均レベルです。

Wacci00003 カール・シューリヒト指揮シュトゥットガルト放送響(1955年録音/ヘンスラー盤) クナと同じ年のライブ録音です。当然モノラルですが、中々に良好と言えます。いかにもシューリヒトらしく、速いテンポであっさりと進みますが、一見そっけないようでいて、良く耳を傾ければ深い愛情に満ち溢れているのが分かります。ニュアンスに富んだ、奥の深い味わいは格別です。

1197070962 ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘン・フィル(1962年録音/ウエストミンスター盤) 同じウエストミンスターにはブルックナーの8番という超弩級の名盤が有りましたが、ワーグナーの管弦楽集がステレオ録音で聴くことが出来るのもこたえられません。デッカ盤に比べると、随分と甘さが抜けて素朴な味わいです。ともすればメカニカルで無機的に感じる現代の演奏とは全く異なる、非常に人間的な肌触りのする演奏です。

Klempe77d オットー・クレンペラー指揮ウイーン・フィル(1968年録音/テスタメント盤) これはウイーン芸術週間のライブ演奏です。この曲の演奏はほとんど全て編成を大きめにしてありますが、クレンペラー盤はオリジナルの最小編成です。その為に、独奏で弾かれる第一ヴァイオリンのいじらしいほどの表現が魅力倍増となって聞こえます。コジマが感動したのは、きっとこういう音だったのだと納得させられてしまいます。この演奏を聴かずして、この曲は語れません。

Wagner_regner ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送響(1978年録音/シャルプラッテン盤) かつてのレーグナーの代表的な名演奏です。相当に遅いテンポで、じっくりと進みますが、決してもたれることが有りません。楽器のハーモニーの美しさも、特筆ものです。美音と落ち着いた雰囲気に、時を忘れていつまでも浸っていたくなるような素晴らしい演奏です。録音も優秀です。

Wagner_cheri セルジュ・チェリビダッケ指揮ミュンヘン・フィル(1993年録音/EMI盤) レーグナーを更に上回る遅いテンポです。ブルックナーなどでは、この遅さにもたれてしまい、息苦しさを感じることが多いですが、この演奏は深い音楽の雰囲気にどっぷりと浸らせてくれます。ライブ演奏ですが、さすがにチェリ/ミュンヘンだけあって、実に美しい音と出来栄えです。

というわけで、クレンペラー/ウイーン・フィル盤こそが、この曲の本来の姿を伝える最高の演奏だと思いますが、それ以外ではクナッパーツブッシュ/ミュンヘン・フィル盤、レーグナー盤、チェリビダッケ盤あたりも、曲の素晴らしさから、やはり充分に満足できる名演奏だと思います。

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2011年5月 1日 (日)

「若葉のころ」 by ビージーズ

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今日から五月ですね。往年の名ポップグループ、ビージーズの歌う「First of May」(邦題:若葉のころ)を聴いています。この曲は映画「小さな恋のメロディ」にも挿入されましたが、昔から大好きな曲です。彼らには他にも「マサチューセッツ」とか「ジョーク」とか素晴らしい曲が沢山ありましたけれども、この曲は特に好きなんですね。但しこの曲は、五月に心がうきうきという歌詞ではありません。ちょっと寂しい内容なんです。

僕が小さく クリスマスツリーが高く思えた頃
みんなが遊んでる間も 僕らは二人でいたね
どうしてなんて聞かないで 時は過ぎてしまったけど
どこか遠くのなにかがきて 僕らを隔ててしまったね

今では僕らのほうが高く クリスマスツリーが小さく見える
君は時間のことなんて訊ねたりしない
僕らの愛の時は 消えはしないけど
巡り来る若葉のころに 僕らは決まって涙するだろう

僕らのために育ったりんごの木
りんごが落ちて行くのを 僕はじっと見つめてた
どの瞬間も全部覚えてるよ
あの日 君の頬にキスしたら 君は行ってしまったね

僕が小さく クリスマスツリーがずっと高く思えた頃
ドゥドゥドゥドゥ ドゥドゥ・・・
どうしてなんて聞かないで 時は過ぎてしまったけど
どこか遠くのなにかがきて 僕らを隔ててしまったね

で、この曲を聴きながら次の特集は何にしようか考えています。しかし既に五月。今年の目標に掲げた特集が一向に進んでいないなぁ。かろうじてブラームスのシンフォニーだけは終わりましたが、モーツァルトの交響曲もピアノ協奏曲も、ベートーヴェンの弦楽四重奏も手つかずです。いやー、このままでは計画倒れ必至ではないですか。とにかく次は何にしましょう。たぶん・・・モーツァルトのピアノ協奏曲かなぁ。

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