« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »

2011年2月

2011年2月24日 (木)

ブラームス 交響曲第1番ハ短調op.68 名盤(モノラル録音編)

Fi2619759_1e_2_2

今年の目標の一つにブラームスの交響曲を1曲づつ記事にしたいということを上げました。自称ブラームジアーナーの僕ですが、意外なことに、これまでは4曲をまとめて「ブラームスの交響曲」として記事にしただけで、個々の曲について詳しく取り上げたことはありません。第3番だけは、ザンデルリンクの新盤が出た時に取り上げましたが、それも完全なものではありません。そこで今回あらためて交響曲の特集をしたいと思います。但し、前に一度触れた演奏については恐らく同じような内容になってしまうことと思います。まずは第1番からです。

ブラームスの第1交響曲は、構想開始から完成までに20年以上の月日がかかったことはよく知られています。ベートーヴェンの偉大な交響曲を継承する作曲家が中々現れずに、どんどんとロマン派に移りゆく音楽界を意識してブラームスはこの作品に取り組みました。それを成し遂げられるとすれば自分しかいないという強い使命感を持っていた為に、完全に納得出来る作品を目指したのでしょう。そしてついに、この作品を完成させます。名指揮者ハンス・フォン・ビューローが、この曲を「ベートーヴェンの第10交響曲である」と絶賛したことは有名ですが、事実、疑いもなく最も優れた交響曲の一つに数えられます。この作品は、いかにも「これぞクラシック音楽である」という雰囲気です。作品としては、頭で考えた理屈っぽさを感じないでもありませんが、その一方で大衆に喜ばれるようなサービス精神を随所に発揮しています。こんな作品は、やはりブラームスにしか書けないと思います。この曲の解説は色々な所で読むことが出来ますので省きますが、意外と書かれていないことは、独特のブラームス・リズムについてです。アウフタクトがとにかく多様されていることです。何気なく聴いていると、強拍の音のように聞こえている音附が、実は弱拍であることが非常に多いのです。これは何を意味するかというと、リズムの重厚さを生み出します。演奏の際にそれを強調しないと、何とも腰の軽い感じになります。ドイツ人以外の演奏家が、しばしば陥るのがそのようなブラームスです。逆に、これを最も忠実に演奏するのはシュターツカペレ・ドレスデンであり、指揮者で言えばクルト・ザンデルリンクです。

さて、僕の愛聴盤を順にご紹介してゆきますが、やはり自分にとってはブラームスと言えばザンデルリンク、ザンデルリンクと言えばブラームスというぐらいに唯一無二の存在です。けれども今回は無心の状態になって、改めて所有している全CDを聴き比べたいと思います。まずは前半のモノラル録音編です。

1198031254 ウイルヘルム・フルトヴェングラー指揮北ドイツ放送響(1951年録音/TAHRA盤) フルトヴェングラーはもちろんブラームスを得意にしていましたが、個人的には必ずしも好みません。ロマンティシズムばかりが余りに目立って、造形性に欠けるからです。ブラームスの演奏には二つの要素の両立が必須だと思うからです。それでもフルトヴェングラーの演奏の中から一つ選ぶとすれば、この北ドイツ放送響とのライブ盤を取ります。驚くほど深刻に始まり、凄まじく白熱して終わりますが、フルトヴェングラーの表現スタイルとして徹底され尽くしています。北ドイツ放送響もブラームスに相応しい音を持っています。録音は年代相応です。(補足:デルタ盤のリマスターが良いと言う評判です。自分は未聴ですが、これから購入されるかたはそちらが良さそうです。)

B00005 ウイルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィル(1952年録音/グラモフォン盤) ティタニア・パラストでのライブ録音です。当時のベルリン・フィルの弦は北ドイツ放送響よりもずっとボルタメントが多いので、甘くロマンティックに聞こえます。2楽章の独奏ヴァイオリンも、おそらくジークフリート・ボリスでしょう。濃厚な甘さです。これは好みの問題ですが、僕は北ドイツ放送響盤の方を好みます。またフルトヴェングラーにしては演奏に白熱度の不足を感じます。終楽章などは明らかに北ドイツ放送盤に及びません。録音も北ドイツ放送盤のほうが良好です。

Brahms_sym1 クレメンス・クラウス指揮ブレーメン国立フィル(1952年録音/TAHARA盤) 速めのイン・テンポで颯爽と進みますが、機械的な感じがしないのは流石に名人指揮者です。実はすぐに気付かないほどの微妙な間が多く有るからです。音楽の勢いとの絶妙なバランスが素晴らしいです。決して超一流のオケでは無いのに表現がニュアンスで満ち溢れていて、どこをとっても音楽に香りが漂っています。ただホルンが何度も音を外すのは困ったものです。終楽章もアクセルを踏み込んで熱狂するのは良いのですが、少々せせこましい感無きにしもあらずです。録音は明快で生々しい音が味わえます。

Brahms_sym1_schuri カール・シューリヒト指揮スイス・ロマンド管(1953年録音/archiphon盤) ジュネーヴでのライブ録音です。シューリヒトは総じて快速テンポで腰の軽い演奏が多いので、ブラームスの音楽に余り向いてはいません。1楽章はある程度の重さを感じますが、妙な弦のポルタメントが耳につきます。2、3楽章での流れの良さは悪くありません。終楽章は快速で駆け抜けるシューリヒト調ですが、念押しの無い前のめりのリズムがどうも頂けません。録音は並み程度です。

Brahms_monteux ピエール・モントゥー指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1963年録音/TAHRA盤) これもライブ録音です。モントゥーは好きな指揮者に入るのですが、ブラームスに関してはそれほど感心したことがありません。このライブ盤も絶賛している評論家が居ますが、正直わざわざモノラル盤を推すほどのことは無いと思います。「フランス人にしては」という条件付きでは決して悪くない演奏ですが、リズムにドイツ的な厳格さが無いのが不満です。ブラームスはやはりドイツの語法で奏して欲しいです。

Brahms_14 ハンス・シュミット-イッセルシュテット指揮北ドイツ放送響(1967年録音/EMI盤) 北ドイツ放送響(NDR)とのライブ録音の全集ですが、何故か1番だけがモノラルです。この録音年でモノラルなのは残念です。戦後創設されたNDRを鍛え上げたのはこの人とシューリヒトですが、二人が「我々のオーケストラ」と呼ぶぐらいにNDRは素晴らしいオケです。この人はウイーン・フィルを振るときには音の柔らかさを生かしますが、ドイツのオケを振るときには非常に重圧な指揮ぶりになります。かくて、この演奏は正真正銘ドイツ風の実に聴きごたえのあるブラームスです。

以上のモノラル盤に限定すれば好きなのは、フルトヴェングラー/NDR盤とSイッセルシュテット/NDR盤です。奇しくも両方ともNDRという、ブラームスの生まれ故郷ハンブルグのオーケストラになりました。やはりブラームスの音楽は彼らにとっては特別なものなのではないでしょうか。

ということで、次回はステレオ録音編です。

| | コメント (18) | トラックバック (0)

2011年2月18日 (金)

~名曲シリーズ~ ストラヴィンスキー バレエ音楽「火の鳥」 愛聴盤

Stravinsky2007

今回の名曲シリーズは、 ストラヴィンスキーのバレエ音楽「火の鳥」です。クラシック音楽ファンで、このタイトルを聴いて「ああ、手塚治虫のマンガね。」などという方はおられないでしょうが、20世紀初頭に書かれたバレエ音楽です。当時のパリで一大旋風を巻き起こしていたディアギレフのロシア・バレエ団(いわゆるバレエ・リュス)の依頼によって作曲をしました。新進作曲家のストラヴィンスキーに仕事を頼むあたりは、ディアギレフの音楽への造詣は相当深かったのでしょうね。ですが、余り知られてはいませんが、ディアギレフはこのバレエの為の音楽を先にリャードフに依頼していました。リャードフが一向に着手する気配が見られなかったので、しびれを切らせてストラヴィンスキーに依頼したのです。時間は差し迫っていましたが、ストラヴィンスキーは短期間で作曲に取り組み、無事完成させました。初演されたパリのオペラ座での公演は大成功となりました。一躍名の売れたストラヴィンスキーは、「ペトルーシュカ」「春の祭典」の三大バレエを作曲するチャンスを得て大変に有名となり、とうとうココ・シャネルと恋に落ちて不倫にまで至ることになります(というもっぱらの話です)。

もしもリャードフが作曲を行なっていたら、 ストラヴィンスキーの「火の鳥」は世に存在しませんでした。そうなれば「ペトルーシュカ」「春の祭典」」も存在したかどうか分かりません。運命の悪戯というのは実に面白いものです。

「火の鳥」はロシアの民族童話に基づいて台本が書かれています。登場人物は、自分の庭園に入ってきた乙女達を魔法の力で捕えてしまい、男達を石に変えてしまう魔王カスチェイ、妖精の火の鳥、勇敢な王子イワン、カスチェイに捕えられた王女13人です。ストーリーは簡単で、火の鳥を捕えた王子が、逃がしてやる代りに魔法の羽をもらい、その後自分が魔王の庭園に入って捕えられそうになった時に魔法の羽の力でカスチェイを倒し、捕えられていた乙女達を全員解き放してやるという話です。めでたしめでたし・・・だけど、石にされた男たちは本当に元に戻してもらったのかしらん?今度は王子が乙女たちを傍に囲うなんてことは無かったのでしょうね。男はスケベだから信用できん!(苦笑)

音楽については、斬新な書法を用いながらも、ロシアの民謡を基にしたような旋律が出てきたり、夢のように美しく繊細であったり、激しい部分があったりと飽きさせません。とても分かりやすい音楽だと思います。初演の際のオリジナル版が通称「1910年原典版」です。4管編成の完全版で演奏には40分以上かかりますので、家で聴くには少々長く感じるかもしれませんが、これはやはり必聴です。のちにストラヴィンスキーが自分でコンサート用に編集した2管編成の組曲「1919年版」は7曲の抜粋で、原典版のおよそ半分の長さです。「王女達のロンド」、「カスチェイの凶暴な踊り」などの聴きどころがてっとり早く聴けて便利なのですが、短過ぎて少々物足りなく感じられます。同じ組曲版でも「1945年版」は、編成は2管編成で12曲の抜粋ですので、原典版では長過ぎる、1919年版では短過ぎるという人には丁度良いと思います。
もちろんストラヴィンスキーの最高傑作と言えば「春の祭典」ですが、僕はこの「火の鳥」をとても好んでいます。

僕は大学4年の時に母校のオーケストラで1919年組曲版を演奏したことがあります。就活中だったために余り練習が出来なかったので、本番では難しい箇所はほとんど弾けなかった記憶が有ります。バレエ音楽といえども一切の手抜きをしなかったからこそ、ストラヴィンスキーは音楽家として大成功したのでしょう。

この作品を実際にバレエとして観たのは、3年くらい前に東京バレエ団のモーリス・ベジャール追悼公演で観た一度だけです。その時の音楽は録音だったので、今度は生のオーケストラ付きでぜひ観たいと思っています。でも滅多にやらないのですよね。「春の祭典」や「ペトルーシュカ」と一緒にもっと公演が行われれば良いと思います。

それでは愛聴盤をご紹介します。

<1910年原典版>

41mlat0sdl ピエール・ブーレーズ指揮ニューヨーク・フィル(1975年録音/SONY盤) 現代作曲家ブーレーズが指揮活動を盛んに行っていた頃の演奏です。当時の「運命」「幻想交響曲」それにストラヴィンスキーの三大バレエなど、毎回リリースされる度に話題となりました。CBSの録音の分離の良さが演奏を余計に引き立てていたと思います。個々の楽器の動きがとても明確で聴き易いです。後年グラモフォンに再録音を行いますが、この頃の演奏と録音のほうがブーレーズとしては個性がはっきりと際立っていると思います。

41aqabhvrzlコリン・デイヴィス指揮アムステルダム・コンセルトへボウ管(1978年録音/フィリップス盤) ブログお友達のオペラ・ファンさんご推薦の演奏です。ややもすると冷たい管弦楽の響きになるストラヴィンスキーですが、その点ACOは音に人肌のぬくもりを感じさせます。そのオーケストラの響きの美しさは正に極上です。アンサンブルも優秀なのですが、「カスチェイの凶暴な踊り」あたりは、ブーレーズやゲルギエフたちの切れの良さと迫力には一歩譲る印象です。

51tcmpn3hol ワレリー・ゲルギエフ指揮キーロフ管(1995年録音/フィリップス盤) 非常に繊細で美しい演奏です。弱音部の音をとても抑えるので、うっかりすると聴き逃しかねませんが、ある程度ボリュームを上げて真剣に耳を傾けると、素晴らしさが良く分かります。あの美しい「王女のロンド」は震えるほどの美しさですし、「カスチェイの凶暴な踊り」は凄みが有りますし、「終曲」での音のつながりと高揚感も見事です。それにちょっとした節回しに、ロシアの作曲家の手による作品であることを思い出させてくれます。やはり現在では一番の愛聴盤です。

<組曲1919年版>

Smk60694 レナード・バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル(1957年録音/SONY盤) バーンスタインの「火の鳥」は1974年のニューヨーク・フィルの来日公演で聴きましたので、とても思い出深いです。あの広いNHKホールでしたが、3階席までずしりとした音が響き渡りました。このCDは初期のステレオ録音というのが信じられないほどに音が優秀です。演奏も非常に新鮮です。ただ「カスチェイの凶暴な踊り」は非常に躍動的ですが、健康的なので凄みに欠ける印象も有ります。「ウエストサイド」みたい?そうかもしれません。この演奏は1919年版では古典的な名盤と言えると思います。

<組曲1945年版>

Decca4581422 リッカルド・シャイー指揮(1995年録音/DECCA盤) 1945年版の演奏は珍しいですが、シャイーが素晴らしい演奏を聴かせてくれます。あのいぶし銀のコンセルトへボウから、非常に透明感の有る美しい音を引き出しています。機能的にも極めて優秀なのですが、それでいて音楽の温かさを失うことがありません。組曲でも1919年盤では物足りないと思う時に取り出すには最高だと思います。

<追記>コリン・デイヴィス/アムステルダム・コンセルトへボウ管、リッカルド・シャイー/アムステルダム・コンセルトへボウ管を後から書き加えました。

| | コメント (33) | トラックバック (0)

2011年2月11日 (金)

ネーメ・ヤルヴィのシベリウス 交響曲全集(新盤) ~春への憧れ~

立春も過ぎて春が近づいてくるかなと思っていたら、またまた日本列島が大雪に見舞われそうです。春の到来までにはもう一つ山越えのようですね。それでも以前にも書いたことがありますが、僕は今頃の時期にはむしょうにシベリウスの音楽が聴きたくなります。真冬のころにはそれほど思わないのですが、ちょうど今頃の、耳を澄ませば春の足音が遠くからかすかに聞こてくるような、正にそんなタイミングなんです。これは全くの自分のイメージですので、他の人とは違うのかもしれません。

シベリウスの音楽の中核を成すのは何と言っても交響曲です。全7曲の全てが名作ですが、特に後になればなるほど音楽は深みを増してゆきます。この世のものとは思えない神秘感を湛えるあたりはブルックナーの音楽との共通性を感じます。

演奏家に関しては、2年前の「シベリウス 交響曲全集 名盤」という記事で書いていますが、僕が愛聴するのは、作曲者の母国フィンランドの血を引く指揮者が自国のオーケストラを指揮したものです。こういう種類の音楽は同じ土地で生まれ育って、同じ文化を共有する民族で無いと本物の演奏は難しいと思うのです。他の国の人間が演奏すると、どうしても大抵の場合に違和感を感じてしまいます。

僕の愛聴盤を上げると、ベルグルンド/ヘルシンキ・フィル(EMI盤)、セーゲルスタム/ヘルシンキ・フィル(ONDINE盤)、サラステ/フィンランド放送響(FINLANDIA盤)、ヴァンスカ/ラハティ響(BIS盤)、それに変則ですがオッコ・カムと渡邊暁雄の二人が全曲を振り分けたヘルシンキ・フィルの日本ツアー・ライブ(TDK盤)といったところです。ベルグルンドとサラステは大げさなところのない非常に結晶化した演奏ですし、セーゲルスタムとヴァンスカはその反対にダイナミックレンジの非常に広いドラマティックな演奏です。オッコ・カムと渡邊暁雄のライブには、優しさとロマンティシズムを感じます。

Neemejarvi_3 上記以外では、ネーメ・ヤルヴィがスウェーデンのエーテボリ交響楽団を指揮してBISレーベルに録音したものが、優れていました。中でも1番、6番は、曲のベストを争う素晴らしい演奏でした。このコンビの生演奏は、10年ほど前に東京文化会館で、交響曲第2番を聴いたことがありますが、音が極めて個性的で、それはまるで北海の荒海のように暗いモノトーンの音色でした。演奏そのものも実に素晴らしく、BIS盤よりも数段上の名演だったのです。考えてみれば、ヤルヴィはエストニア出身ですが、この国はフィン民族の血が入っていますので、フィンランドとは血縁になります。地理的にも非常に近い距離にあります。

115ネーメ・ヤルヴィ/エーテボリ交響楽団 シベリウス交響曲全集(グラモフォン盤)

ヤルヴィはエーテボリ交響楽団と2001年から2005年にかけてグラモフォンに再録音を行いましたが、僕は2番以外は聴くのを随分と後回しにしていました。昨年になって初めて全体を聴いたのです。じっくり聴いてみたところ、非常に素晴らしい出来栄えでした。BIS盤では総じてテンポが速く、一気苛性の勢いが有りましたが、反面落ち着きの無さが目立ちました。それに比べると再録音盤ではテンポがゆったりして、落ち着いて身を委ねられます。旋律を大きく優しく歌い、ロマンティシズムを強く感じさせるあたりは、カムと渡邊暁雄の日本ライブに一番よく似ています。BIS盤のような曲ごとの出来栄えに凸凹が見られず、全曲とも名演奏です。特に印象的なのは1番、2番、6番、7番で、これらは曲のベストを争うかもしれません。1番と2番はライブ録音と記載が有りますが、完成度が高いのに驚かされます。ただ、強いて言うと3番が結晶化不足で幾らか脂肪分が多過ぎる気がします。これは好みの問題でしょう。オケの音質は、BISの旧盤は透明感が有り過ぎて(それ自体は魅力ですが)実際の生の音とは異なる印象ですが、再録音盤は実際に生で聴いた音に近いです。

全体としてBIS盤を大きく凌駕するばかりでなく、フィンランドのネイティヴ演奏家たちの演奏に充分匹敵する名全集だと思います。ネイティヴ演奏家たちの体感温度が0℃だとすれば、ヤルヴィは2℃くらいでしょうか。この2℃の違いがこの演奏の魅力になっている気がします。それが世評の高い英国勢の演奏だと更に2℃上昇した感じで、それでは少々高過ぎるように感じます。それぐらいシベリウスの音楽はデリケートなものだと思っています。

付け加えますと、この全集はプライスダウンして、同じシベリウスの管弦楽曲CDが3枚加えられているのも魅力です。ということで、愛聴盤がまた一つ増えました。

| | コメント (24) | トラックバック (0)

2011年2月 4日 (金)

カリンニコフ 交響曲第1番ト短調&第2番イ長調 ~ロシア音楽紀行~

早いもので立春を迎えました。今日の東京はとても暖かく感じました。北国ではまだまだ厳しい寒さと雪に見舞われているものとは思いますが、陽射しが随分と明るくなってきたのを感じられますし、もう少し我慢すれば本格的な春がやってくることでしょう。そこで、「暖炉にあたった気分でロシア音楽を聴きましょうシリーズ」の第7回は最終回として、春の訪れを感じる名曲を聴くことにします。

220pxvasily_kalinnikov

ヴァシリー・カリンニコフというと、何年か前に交響曲第1番がロシア音楽ファンの間で静かなブームになりました。けれども、それ以前にこの曲を聴いたことの有るのは、よほどのマニアのみだったと思います。

カリンニコフは19世紀後半の1866年に生まれましたが、20世紀になってすぐの1901年にこの世を去りました。それは彼が僅か34歳のときです。貧しい警察官の家に生まれながらも、子供の時から音楽の才能に恵まれて、14歳で町の聖歌隊の指揮者になったそうです。その後、モスクワで金銭の苦労をしながらも音楽を学び、チャイコフスキーに認められます。ようやく本格的な音楽の仕事を初めて間もなく、元々体が丈夫ではなかった彼は結核の病に侵されてしまいます。そこで、やむなく療養のために温暖なウクライナのヤルタに住みながら作曲を行いました。彼が残した2曲の交響曲もそこで書かれました。その後、彼はウラル山脈の山荘に移りますが、とうとう病が治ることは無く生涯を閉じてしまいます。

この2つの交響曲作品は師であるチャイコフスキーの影響をかなり強く受けています。ロシアの民謡をもとにした旋律は、さしずめチャイコフスキーの初期の交響曲のようです。管弦楽の響きも随分似ているように感じます。但し、チャイコフスキーが荒涼とした冬のロシアの大地を想わせるのに対して、カリンニコフはもっとずっと爽やかで、それはまるで春の息吹を感じさせるかのようです。曲想も若々しいので、「早春の譜」とか「青春の詩」というイメージがぴったりです。正にそこがカリンニコフの魅力です。僕はチャイコフスキーの初期のシンフォニーでは第1番「冬の日の幻想」と第2番「小ロシア」が大好きですが、カリンニコフの二つの交響曲にも抗しがたい魅力を感じます。哀愁漂う旋律の第1番のほうが一般の人気は高いですが、第2番も内容はよく似ていますし、聴くほどに魅力が増してゆく点で、この2曲はどちらも大切にしておきたい音楽です。

CDは、やはり1番と2番をカップリングしたもので聴きたいです。幸い素晴らしいCDが有りますのでご紹介します。

Kalinnikov_svetlanov

エフゲニ・スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(ヴェネツィア盤)

2曲の録音時期は幾らか離れていて、第1番が1975年、第2番が1968年ですが、ロシア・メロディアの録音は1965年あたりからかなり進歩したので、録音の差異はほとんど感じません。ヴェネツィアによるリマスターも優秀ですし、鑑賞には全く問題ありません。それにしてもスヴェトラーノフに、このようなロシアものを演奏させると本当に素晴らしいです。旋律の情緒的な歌いまわしは最高ですし、何しろロシアの素朴な田舎の空気そのものを感じさせます。そしてフィナーレで金管を力強く吹かせるところはチャイコフスキーのシンフォニーと全く同じスタイルです。カリンニコフの師からの影響を改めて感じさせてくれる演奏です。

この曲を他の指揮者で聴いたことは有りませんが、スヴェトラーノフの演奏は大変に魅力的ですので、これ1枚でも不満は感じていません。ですが、もしもゲルギエフが手兵のキーロフ管と録音をしてくれたら、是非とも聴きたいと思います。実現すると良いのですが。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

« 2011年1月 | トップページ | 2011年3月 »